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話術巧みに野球談議
2010年04月10日 (土) | 編集 |
~4月8日 読売新聞スポーツ欄より~

木村さんの巨人への入団記者会見は、2006年6月6日、
ソフトバンク戦を控えたヤフードームで行われた。
巨人は主力に故障者が相次ぎ、
熟練の選手を補強する必要に迫られ、広島から急遽。決まった。

しかし、木村さんは東京ドームで行われた試合で、
大事な送りバントに失敗し、チームは敗れた。
帰る時に選手サロンで、
『今日はすみませんでした』と大声で謝り、頭を下げた。
責任感にさいなまれた表情は、今も忘れられない。

08年に入ると、その存在が重みを増した。
暑い時には、ユーモア交じりにゼイゼイ言いながら、
6月21日のソフトバンク戦では延長12回に
逆転サヨナラ打を放つなど、夏場に活躍した。
この頃、遠征先では、試合後の食事会場で、
木村さんの座るテーブルが、野球談議で盛り上がる光景を
よく目にした。

得意の話術に、身ぶり手振りを加えながら、
若手の野手たちに、プロとしての経験を聞かせ、
野球指導に一役買っていたのだ。

昨年終盤のヤクルト戦では、頭部死球で退いた
加藤選手に代わり、捕手を務めて、ピンチを救った。
原監督が、
『「これが巨人の野球だ」と言える素晴らしいプレー』と
称賛した働きだ。
そのことを本人に聞くと、
『監督から「もしもの時は(捕手が)出来るか」って声を
 かけられていたし、年に何度かはブルペンに入って(投手の球を)
 捕っていましたよ』と、
実に嬉しそうだった。

『生え抜き選手』『移籍選手』という言葉がある。
一昨年まで巨人で働いた私は、この使い分けに、違和感を覚えた。
木村さんのような選手が、巨人の一員であることを誇りに、
懸命に努力する様子を見ているからだ。
だからこそ、原監督は引退した木村さんを、
すぐに一軍の内野守備走塁コーチに抜擢したのだろう。
喪失感はあまりに大きい。


                   運動部長 山岸均氏
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