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おかわり君を開眼させた1本のホームラン
2009年10月05日 (月) | 編集 |
~松井秀喜もかつて通った道~  

                           鷲田康 = 文  

9月16日(日本時間同17日)のヤンキースタジアム記者会見場。

この日のトロント・ブルージェイズ戦に5対4で
サヨナラ勝ちを収めたヤンキース、
ジョー・ジラルディ監督の会見での出来事だった。

8回に左腕・ダウンズから起死回生の
同点2ランを放った松井秀喜外野手に関する質問が飛んだ。

「彼は日本で多くの左投手とも対戦して経験を積んでいる。
 相手投手の左右を苦にしないのは監督として心強い」

指揮官がこう答えると会見の司会役を務める
ジェイソン・ジロー広報部長が、ニヤッと笑った。

「いまイサオがクビを振っていたから、
 彼はそうは思っていないようだ」

松井の広報として日米のメディアを仕切っている
広岡勲広報の方を指差し、
こんなことを言うと会見場は爆笑に包まれた。

松井秀喜を成長させたのは、“松井キラー”の左腕投手だった。
「フッと遠山のことを思い出したんですよ」

会見が終わると広岡広報は首を振った事情をこう説明した。

遠山とは阪神タイガースで“松井キラー”といわれた
左腕・遠山奨志投手のことだった。

当時の野村克也監督(現楽天監督)に
「シュートを投げろ」と言われ、
外角に逃げるスライダーとのコンビネーションで
一躍左キラーとなった。
1999年には松井を13打数ノーヒットに抑え、
松井に「顔を見るのも嫌だ」と嘆かせた投手だった。

「でもあの年だけだよ。打てなかったのは!」

そんな広岡広報の言葉に反論したのが松井本人だった。

左投手の変化球に対していかにして
肩を開かずに溜めて打てるか。
これを契機に分かっていても、
なかなか出来ない左腕対策に必死で取り組んだ。
苦手との対戦が、松井を成長させるきっかけとなったのだ。  


西武・中村剛也を開眼させたオリックス・香月良太。
おかわり君こと西武の中村剛也内野手が一皮剥けたといわれる。

ホームランダービーのトップを快走していた8月26日に
左太ももの故障で登録抹消されたが、
9月10日の復帰戦で37号を放つなど故障の影響はない。
日本人としては久々の50発の大台への可能性も残している。

そんな中村を開眼させたのが、
実はオリックスの香月良太投手だというのは、
あまり知られていない。   


<内角に意識を置いて、外角を打つ─弱点を克服した中村>  

「あのホームランで考え方が変わりました」

中村が振り返ったのは7月22日のオリックス戦の8回、
香月から放った右中間への31号本塁打だった。

もともと内角に弱点があるといわれる中村にとって
鋭いシュートを武器にする香月は、
対応の難しい投手の一人だった。

「どうしてもシュートに意識がいくと
 外のスライダーに対応できないような気がする。
 でも、あれだけえげつないシュートを投げられると、
 内角を意識しないわけにはいかないんです」

その日もシュートを意識しながら打席に立っていたが、
来たのは外角へのスライダーだった。

「自然にバットが出て逆らわずに
 ボールを右方向に打ち返せたんですよね」

外角寄りの球でも強引に巻き込んで左方向へ打つ。
むしろ甘い外寄りのボールの方が踏み込んで
腕が目一杯伸びる分だけホームランにしやすい。
外角は得意なコースだった。

ただ、内角に意識を置かなければならない投手の場合は、
意識が分散される分だけ外のボールへの踏み込みが
甘くなってしまうのがジレンマだった。
それを引っ張りにいくと、引っ掛けてゴロになるか、
ラインドライブがかかってしまう。

だが、香月から放った右方向への本塁打で意識は変わった。

「得意なコースっていうのは、意識しないでも打てる。
 自然にバットが出て、
 逆らわずにボールを打ち返せば本塁打になるということです。
 そういう意識で待てるようになったのが一つのポイントでした」

苦手投手の存在が打者を成長させる。
香月のような投手のときには徹底的に内角に意識を置く。
それで外角に来ても、
得意なコースには体が自然に反応してバットも出るから対応できる。

「今は意識しないでも左肩が開かないで
 ボールを拾えるようになっている。
 むしろ左投手の方が溜まって打てるぐらいだよ」

 松井もこう解説した。

内角を徹底して待てる分だけ、
中村も本塁打にできるコースの幅は広がった。

香月という苦手の存在が、
おかわり君をさらに成長させるきっかけとなったわけだ。




    ≪ 筆者プロフィール ~ 鷲田康  ≫  

1957年埼玉県生まれ。
慶應義塾大学卒業後、報知新聞社入社。
およそ10年にわたり読売ジャイアンツ取材に携わった。
2003年に独立。
日米を問わず野球の面白さを現場から伝え続け、
Numberほか雑誌・新聞で活躍。
著書に『僕のメジャー日記 松井秀喜』(文藝春秋)、
『ホームラン術』(文春新書)がある。
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