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中日戦に照準 選手にカツ
2009年09月25日 (金) | 編集 |
~維新 原辰徳~  原監督手記より

一昨年、昨年は、ひたすら勝つことだけに一生懸命になって、
連覇を果たした。
  
日本一にはなれなかったが、巨人の野球、原の野球というものを
落ち着いて出せる時期になったと思った。
  
だから、チームの指針として「維新」を掲げた。
新たな勝負、新しい巨人の元年。
2連覇は忘れ、今年から5連覇すると決めた。
  

チームを強くするには、外国人選手、FA、トレードによる補強、
全てが必要だ。
  
しかし、よみうりランド(ジャイアンツ球場)で
泥んこになって鍛えられた選手が、東京ドームのスポットライトの
下で大歓声を受ける姿がどれほどチームに影響を与えることか。
  


昨年、我慢をしながら使った坂本勇人が何とか一人前になって、
今年は更に大きく飛躍し、ランド組の選手の力まで
引き上げてくれた。
たくさんの若い選手が力になって、昨年のメンバーとは
ガラッと変わった状態で栄冠を勝ち取った。
自分も「維新」をやり抜いたという実感がある。
  

4月17日、ナゴヤドーム。
ミーティングで少し時間をもらった。選手を前に
『2009年の巨人は、中日戦でどれだけ戦えるかが最も重要だ。
 中日戦で活躍できない選手は、巨人のレギュラーとして認めない』
と言った。
過去4年、中日に勝ち越せなかった。
今年は中日に勝ち越せない限り、ペナントレースで優位に立てない
と思った。
  

WBCに中日の選手は一人も出場しなかった。
どんなチーム事情があったかは分からないが、
日本代表監督の立場としては『侍ジャパン』として戦えるメンバーが
中日にはいなかったものとして、
自分の中で消化せざるを得なかった。
野球の本質を理解した選手が多く、いつもスキのない野球を
仕掛けてくる中日の強さには敬服するが、
スポーツの原点から外れた閉塞感の様なものに
違和感を覚えることがある。
今年最初の3連戦、しかも敵地で中日に3連勝出来たことは、
格別の感があった。
  


思えば大きな補強もなく、WBCで宮崎キャンプ途中から
チームを離れたこともあり、開幕前は不安もあった。
ただ、2月1日のキャンプ初日、
投手のほぼ全員がブルペンに入り、野手も全力で打って、
投げて、走れる状態で勢ぞろいした。
  

2006年、一時の貯金14が最終的に借金14まで失速した
あの弱い巨人軍で、
『うまい選手は要らない。強い選手を望む』と言った私の思いが、
3年かけて選手にもコーチにも浸透したと強く感じた。
だからこそ、先発に東野を抜擢し、若い坂本と松本に、
1,2番を任せ、亀井が一塁を守るという新しい用兵にも
怖さは感じなかった。   
  


優勝に向け、最後にムチを入れたのは8月23日、
1勝1敗で迎えたヤクルト3連戦の3戦目だった。
2.5ゲーム差に迫っていた2位中日との3連戦を直後に
控えていただけに、何としても勝って、名古屋に行きたかった。
神宮のクラブハウスで、
『今日は絶対に負けられない一戦。
 何としても勝とう』と声を上げた。
そして1点を追う9回、抑えの林昌勇から2点を奪って逆転勝ち。
勢いに乗って、名古屋では中日戦今年3度目の同一カード
3連勝を飾り、優勝マジック26を点灯させた。
チェン、川井に、3戦目は吉見を中5日でぶつけて
こざるを得なかった中日に対し、私は3戦目にローテーション
通り1週間前に今季初先発したばかりの久保を先発させた。
負けてもいいとは思わなかったが、
ここが天王山だというつもりは全くなかった。
もう手綱を絞る必要さえなかった。
  


去年までは1人か2人の強力な船頭に支えられていたチームを
今年は10人、15人が束になって引っ張ってくれた。
バネが伸びきった状態ではなく、
少し余力を残してチームを前に進めることが出来た。
選手が自分で自分にムチを入れた。
最後は『馬なり』のゴールインだった。


                          読売新聞より
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