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勝負と育成(5)
2009年09月18日 (金) | 編集 |
89年9月18日、巨人のファームチームはオリックスを倒し、
ジュニア日本選手権3連覇達成。
メンバーが足りない中でのやりくり優勝だった-。   


育成と勝負。
この両立が須藤のファームでのテーマだった。
  
長嶋茂雄監督の後を受けた、
藤田元司監督は2軍から上がってきた選手を即起用し、
駒田徳広、槙原寛己、吉村禎章の「50番トリオ」を誕生させたが、
王監督になるとファームで鍛え上げられた
選手が活躍する機会が少なくなっていた。
  
須藤は1軍に定着し、しかも戦力になる選手の育成を、
ファームの試合で使いながら作っていった。
  

1986年(昭61)、須藤が巨人2軍監督に就任すると、
よどんでいたファームの雰囲気は一変した。
イースタン・リーグでは勝敗にこだわり、
「勝敗は二の次」といったファームにはびこる悪癖を一掃。
  
どん欲に勝ちに行った巨人は同年、
8年ぶりにイースタンを制覇。
以後、須藤在任中に4連覇を果たし、
その後も勝ち続けて95年には1軍の記録を追い抜き、
10連覇を達成した。
  

87年から始まったウエスタン・リーグの覇者との
ジュニア日本選手権でも須藤はV3。
  
89年9月18日、
神奈川・平塚球場でウエスタン優勝のオリックスを3-0で倒して
3連覇を成し遂げると、須藤は6度宙に舞った。
1軍の2年ぶりV奪回のために、選手を次々と供給。
加えてケガ人続出の中で、
控え投手が内野を守らなければならない中での優勝に、
須藤の目からこぼれるふた筋の線は、なかなか消えなかった。 
 


勝つことの喜び、
勝利への執念を身に付けた選手は1軍でも結果を残した。
  
ファーム生活の長かった村田真一捕手を試合経験を積ませて
味のある女房役に育て、
非力でも守備とバントで1軍で通用するようにと、
川相昌弘には河埜和正を鍛えたようにマンツーマン指導。
盗塁王・緒方耕一は須藤から積極的に次の塁を奪う姿勢を学び、
ファームの試合で三振の山を築きながらも、
我慢して使い続けた井上真二は1軍昇格後、
ココ一番の場面では遺憾なく実力を発揮した。
  

投手では斎藤雅樹、宮本和知、木田優夫、香田勲らが
須藤学校の卒業生。
  
「選手の欠点を直そうとするより、
 選手の持ち味、長所、キャラクターを生かした
 指導をしていかなければならない」。
須藤は育成の方針を尋ねられると、
自分に言い聞かせるように何度も繰り返した――
  

須藤  「ファームで思う存分腕が振るえたのも、
     幸いなことに球団の理解があったからだと思う。
     当時2軍といえば、1軍のお古の用具を使わされたり、
     三男坊みたいな扱いをされていたけど、
     球団は設備を整えてくれたし、
     アメリカの教育リーグにも参加させてくれた。
     アリゾナとフロリダの2つの教育リーグを視察して、
     立地条件などアリゾナの方がいいと
     判断して決めたんだけど、
     まあそんな贅沢な選択をよくさせてくれたなあと、
     今になって思うね」
  

    「ファームの4連覇は、僕ではなく、
     球団のファームに対する理解で勝ち取ったものだったと
     言えるんじゃないかな。それに選手が応えた。
     80年代の巨人は
     自前の選手を育てていこうという姿勢が
     チーム内にあったことが、
     毎年優勝争いに加われた理由だろうね。
     1軍にもいいタイミングで選手を送り出して、
     それに上がっていった選手が結果を残したのが
     2軍に対する評価を高めたのは間違いないね」
  

    「どの選手も印象深いけれど、例えば井上。
    当たれば場外に飛ばすし、
    ずっとファームで4番打たせてたの。
    でも3打席3三振とか、4打席4三振ばっかり。
    性格は気短だけど、選手起用は気長な僕でも
    “明日は外す”と決めたことが何回あったか、
    数え切れない。
    ところが、次の朝、僕がグラウンド行くと
    何時間も早く出てきてマシン相手に打ち込んでいる。
    その姿勢に“もう1回使ってみるか”となって、
    また試合ではダメの繰り返し。
    それでも努力している姿を知っているから、
    チャンスを与える。
    それで最後には1軍行って結果出したからね。
    初めて1軍でヒット打った日に電話がきたのよ。
    “やりました!”って。忘れられないね。何年経っても」
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