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メダルの裏にはドラマがある
2009年08月28日 (金) | 編集 |
愛媛県松山市の小学校教頭、福島聖史さん(49)は
『私が投手としてうまく育てられなかったことが
 銅メダルにつながった』と笑った。
同県生名島にあった生名中(現弓削中)の野球部顧問時代、
中学生離れした快速球を投げた教え子の
村上幸史(29)が、
陸上世界選手権の男子やり投げで日本人初の
銅メダルを獲得した。


ボールは速いが、
『性格が真面目すぎて、りきむクセがあり、
 制球が乱れることが多かった』と福島さん。
練習ではセンターの定位置近くから、本塁まで50~60㍍の
距離で投げさせてもストライクが取れた。
制球に自信をつけさせようとしたこの遠投のおかげで、
やり投げ向きの肩になったのかもしれない。


母親・明美さん(54)も中学から実業団まで
ソフトボールの投手。
地肩の強さを譲ってくれた母と同じ今治明徳高に進み、
やり投げで花を開かせた。
日大3年で日本選手権初制覇以来、
10連覇と国内敵なし。
世界選手権では各選手が風に苦しむ中、
2投目に低い軌道で82㍍97を投げた。
確かに野球を続けていたらこの銅はなかった。


とはいえ先月、プロ野球の横浜のイベントに招かれた村上は、
142㌔をマーク。
“ハマの番長”三浦が『オレより速い』と舌を巻いた。
1991年のドラフトで西武が、
高校で野球経験のない国体やり投げ6位の選手を指名して
驚かせたことがあったが、
村上の球速なら野球でも名を成したかもしれない。


生名中時代の体育教諭で、やり投げの高校王者だった
中谷博さんの
『高校でやり投げをやったら』の言葉が別れ道だった。
その恩人は5年前に急逝した。
『やり投げを選んで後悔はない』と村上。
メダルの裏にはいろんなドラマがある。


                 サンケイスポーツ 『甘口辛口』より
                                 今村忠氏
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