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まさに『野球の虫』~人に倍する圧倒的な努力
2009年07月10日 (金) | 編集 |
~「命と男」をかけたスイング~

バットを手に顔をしかめる長嶋茂雄。

長嶋茂雄の選手時代にドーム球場はなかった。
雨が降れば中止。
多摩川の雨天練習場か、相手の練習場を借りて練習した。

長嶋も参加はするが、たいていは適当に汗を流して
『ハイ、お疲れさん』と、早めに引き上げた。
王貞治らは『ミスター、雨、嫌いだから』と笑っていたが、
実は長嶋の“本番”はその後だった。

東京・田園調布の自宅地下には
賞状やトロフィーを飾る部屋が造られており、
バットスイングができるようになっている。
家に戻ると、ここへ直行し、
満足できるまで1時間でも2時間でもバットを振り続けた。

遠征先では宿舎の部屋が練習場になる。
それは試合後も同じだった。
“部屋っ子”の土井正三にアドバイスを求めながら振るから、
そのスイングは“コーチの目”で見なくてはいけない。
土井によると深夜、真っ暗な中でのバットスイングもたびたびで、
そのまま起きるとバットが直撃する。
土井は目を慣らしてから声をかけて起き上がった。
『練習の大切さを命がけで教わった』と話している。  


壮絶だったのは引退の年となった1974年のキャンプ。
毎日、暗くなるまで1人グラウンドに残って走り、
宿舎ではバットを振った。
それは『最後を全力で』という気持ちと、
8歳になった一茂への思いからであった。
『打てなくなった親父を、学校で責められていると思うんだが、
 何も言わない。
 親父の苦しみが分かる、男になったんだなと思う。
 ボウズのために今年は打たなきゃ!』―。

そんな感動的な話をした直後に
『足首の肉をあと100グラム落とせばバッチリ』と続ける。
そうすれば、俊敏に動けるようになるということなのだろうが…。
このあたりの“感覚”は、常人には到底理解できない。 


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