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青木の復調
2009年07月05日 (日) | 編集 |
ついにペナントレースが再開した。

交流戦から復調の兆しが見られた、東京ヤクルトの青木宣親。

大きなスランプを経験したことが無かった青木。
今シーズンの青木は開幕から絶不調だ。
「WBC組」が相次ぎ故障や不調を訴えるなか、
彼もご多分に漏れず不振に喘ぎ、
5月中旬まで打率は2割3分を前後する毎日だった。

まだ、本来の青木には戻っていないのだろうか?

200本安打を達成した05年以降、毎年3割を記録し、
これといって大きなスランプを経験していなかった青木が、
プロ6年目にして初めて味わう苦悩。

イチローにしても、
今季こそDLから復帰後はハイペースで安打を量産しているが、
例年、4月は打率2割台が多いことから、
シーズン序盤の低迷はこの種の打者のお定まりと言ってもいいだろう。
だから、青木の現在もそれと照らし合わせれば、
さして大きな問題でもないように思える。

プロ6年目にして初めて不調を招いた遠因。
WBC直前、青木に話を聞いたとき、こんなことを言っていた。

「今年はWBCがあるんで、
 去年のシーズンが終わってからずっとトレーニングを続けていて…
 できれば開幕を1カ月遅らせてほしいくらいですよ。
 やっぱり国際大会でのプレッシャーはハンパじゃないですから」―。

そう、冗談を交えながら笑顔を見せた。
昨年のオフから、プロ入り後、
初めて本格的なウエイトトレーニングを導入するなど
休むことなく身体を動かし、
3月からは約1カ月にも及ぶプレッシャーと戦ってきた。
そういったツケが、現れてきているのかもしれない。

本人もテレビや新聞などを通じて、

「(不振は)何が原因か分からない」

と言っているくらいだ。  

打撃コーチ・淡口は、青木の下半身主導の打撃に復調を見る。
だが、打撃コーチの淡口憲治は
青木について強気にこう語っている。

「彼は調子が悪いときでも計画的なトレーニングができる選手。
 自分のなかでのゲーム感さえ掴めれば、
 結果はおのずとついてきますから」―。

実際、感覚を取り戻し始めたな、と感じさせるゲームもあった。
5月31日の千葉ロッテ戦、青木は64打席ぶりとなる
タイムリーを含む2安打4打点。
この日は彼の特徴である下半身主導の打撃が冴えていた。
淡口も
「バッティングで重要なのはお尻に力を入れること。
 それができれば内転筋や腰にもうまく力が伝わる。
 青木はそれがもともとできているんだから」と言う。

この試合がきっかけで、青木は交流戦での打率3割5分4厘と、
いつも通りの数字を残すことができた。
直近の巨人戦3試合だけで評価するとまだまだ本調子には程遠いが、 
淡口の言うゲーム感覚は次第に戻ってきていたのである。

青木の打撃に対する求道的精神が、スランプをもねじ伏せる。
青木は復調する、という確信には実は他の理由もある。

今年の春季キャンプでのこと。
フリー打撃で右方向への打球ばかりだったことが少し気になり、
そのことについて軽く振ってみた。
すると彼は「引っ張りを意識していましたので」とアッサリと答えた。

「それだけならいい、ただ」とこちらが逡巡したかしないか……。

何かを察したかのように急に青木が尋ねてきた。

「いま何か気になることでもありましたか?」

いや、と答える。でも彼は頑として納得しない。

「なんですか? 言ってみてください」

正直な感想を述べてみた。

「少し内角の捌き方が窮屈だったかな、と」

すると、その意見で納得したようにこう答えてきた。

「でしょ。なんかバットの出が悪くて。
 いつもとなにか…感覚が違うんですよね」―。

フリーバッティングの直後、
室内練習場でセンターへのライナーを意識しながらの打撃修正に
黙々と取り組む青木の姿があった。

彼は「いつもと同じ感覚がほしいんです」と常々言っていた。

 “いつも”の好調時の感覚を取り戻すためには、
一介のライターにでもどんどん意見を求めるし、
誰も見ていなかったとしても求道的なまでの鍛練を怠ることがない。
その姿勢は今も昔もまったく変わりはないのだ。

「打率が3割台にいかない青木は青木じゃない」

そう思っているファンも多いだろう。

今はスランプだとしても、シーズン終了後、
指定席であるリーグ打率部門の上位に青木宣親の名は
必ずあるはずだ。
そう信じられるだけの、
“いつも”の兆しはすでに現われているのだから。



筆者プロフィール

田口元義
1977年福島県生まれ。
元高校球児(3年間補欠)。
ライフスタイル誌の編集を経て2003年にフリーとなる。
Numberほか雑誌を中心に活動。
試合やインタビューを通じてアスリートの魂(ソウル)を
感じられる瞬間がたまらない。
共著に「戦力外通告 プロ野球をクビになった男たち」、
同「諦めない男たち」などがある。

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