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康生らしさ 認めた父
2008年05月16日 (金) | 編集 |
井上康生の父、明さん(61)に北京オリンピック代表選考会の前、
じっくり、話を聞く機会があった。

明さんは康生が5歳の時からの柔道の師匠。
神奈川県平塚市での練習後、競技人生の最後になるかもしれない
舞台に臨む息子への思いを明かしてくれた。


『康生にとっては折り返し点に立つだけで、
 本当の引退は60歳k70歳。
 これからは指導者側に回る。
 だから、今度の大会では多くの人に、
 最後まであきらめない姿をしっかりと焼き付けるべきだと
 思っています』―。
  

インタビュー当時、代表選手は絶望的な状況だった。
わずかな夢を託していたとはいえ、
父はすでに覚悟を決めていた。
最後まであきらめずに戦うことは、重要だ。
  
2月のフランス国際で、康生は準決勝で敗れた後、
3位決定戦でも一本負けした。
父には、その姿が『ふぬけ』に見えたのだと言う。 
  
このとき、もし、気持ちを切らずに3位になっていれば、
代表争いの状況は変わっていたかもしれない。
まして、これが五輪なら、銅メダルと5位は大きく違う。
  
康生には、将来、指導者になった時のためにも、
最後まで勝利に向かって突き進むことを
自ら実践してほしかった。
  


迎えた全日本選手権。
康生は準々決勝の高井戦で、残り10秒からの内股をかわされ、
そのまま抑えこまれた。
両者ポイントがなく、判定に持ち込む作戦もあったが、
最後の最後まで勝利を追いかけ、
伝家の宝刀を繰り出した。
康生は、あきらめなかった。
  


会場で観戦した父は試合後、拍手をして、
穏やかな表情を浮かべた。
  
『あえて守りに入らず、攻め抜いた。
 康生らしさがやっと出た』―。
  


康生は数日後、指導者を目指すことを表明した。
芸術品のような『内また』とともに、
父から教わった勝負への心構えをぜひ、
若い選手に伝えてほしい。
最後まで攻めを貫いた康生に、その資格は十分にある。
  


               読売新聞 『熱視線』より
                           荒井秀一氏 
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