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黒人初の大リーガー誕生から61年
2008年04月19日 (土) | 編集 |
ロサンゼルス15日(日本時間16日)。
米大リーグ各球団は15日、『ジャッキー・ロビンソン・デー』
を実施した。
  
『人種の壁』を破った黒人初の大リーガーは、
61年前の4月15日にドジャースでデビュー。
  
この日のド軍ーパイレーツ戦では、
両軍の全選手がロビンソンの背番号『42』の
ユニホームを着用した。


ロビンソンが黒人大リーガーとしてデビューしてから61年。
ドジャースタジアムに背番号『42』がズラリと並んだ。
『みんなが着けて42番効果があったようだ。
 チームにも、いいゲームだった。
 ロビンソンは確かな足跡を残したと思う』―。
背番号『6』ではなく『42』を着用し、11-2で大勝した
ド軍のジョー・トーリ監督(67)も会心の笑みだ。  


大リーグでは、この2球団を含む9球団で全選手、
残りの球団を合わせると330人以上が『42』の
ユニホームでプレーした。
  
中でもロビンソンの古巣・ド軍は特別。
14歳以下のファンには背番号『42』のTシャツが配られ、
セレモニーでは現役時代のプレーが流された。
始球式には姪のキャシー・ロビンソン・ヤングさんが登場。
試合前の国歌は、昨年グラミー賞を受賞した
チャカ・カーンが斉唱した。
  


トーリ監督は7歳のとき、ロビンソンと対面し、
握手をした覚えがある。
『とても特別な選手だった』―。
元ブレーブスの兄・フランクの試合を観戦した際、
白人用と黒人用に隔てられている水のみ場を見て
人種差別の存在を知ったという。
  
『カージナルス監督時代は、メンバー表を書くと
 「今日は白人がいない」と言われたこともあった』と同監督。
61年の歳月が流れ、人種問題を気にせずに
試合ができる喜びをかみしめていた。
  


≪ジャッキー・ロビンソン≫  

1919年1月31日、米ジョージア洲生まれ。
45年にブルックリン・ドジャース入団。
47年に有色人種として初めてメジャーデビュー。
同年から新設された新人王を受賞した。
49年には首位打者、盗塁王を獲得し、MVP。
通算成績は10年間で1382試合に出場、
打率.311、137本塁打、734打点。
引退後は黒人の公民権運動に影響を与え、
62年に野球殿堂入り、72年に53歳で死去。
デビュー50周年の97年に全球団で背番号『42』が
永久欠番となった。
1㍍80㌢、92㌔。右投げ右打ち。  
  



≪メジャーに存在するアジア系選手への“差別判定”≫
  ~力を示すことが市民権獲得への道~
  

1947年にドジャースでメジャーデビューし、初めて『黒人の壁』を
打ち破ったジャッキー・ロビンソンを記念するセレモニーが
全米各地の球場で行われた。
米セントフロリダ大の調査によると、昨季、
メジャーに在籍した黒人選手は過去20年で最低の
8.2%だった。
それでも8球団で監督を、3球団でGMを務め、
ロビンソンの登場から61年で、黒人は一大勢力と
なってきている。
  

その一方で、いまメジャーでは全体の28%が非アメリカ国籍選手
となっている。
そんな多国籍化が進む中で、いまメジャーで最もマイノリティー
(少数派)なのは、日本人選手など
アジア系選手であるのは間違いない。
  
 
『他の選手にはボールだったコースを突然、
 ストライクと判定されることはある』というのは松井秀喜だった。
もっとはっきり“差別”を口にするのは、
マリナーズで守護神を務めた佐々木だ。
『エーッ、っていう判定は何度もあった。
 白人の投手だったら、絶対に手が上がっている(ストライクの)
 ケースは数え切れないほどだよ』―。
魔神でも、そういう“壁”を感じ、それを乗り越えてきた。
  
いまだ偏見に満ちたメジャーの中で、
日本人を含めたアジア系選手が“市民権”を得る道は、
まだまだ険しいといわざるを得ない。
  


来年3月にはWBC(ワールド・ベースボール・クラシック)の
第2回大会が開催される。
  
分配金の比率が明確化されないなど大会運営における
MLB(メジャーリーグ機構)の“横暴”は相変わらずだという。
  
そのため日本では大会の出場辞退を口にする関係者もいると
伝わってくる。
  
ただ、『壁』を打ち破るには、とにかく戦いの場に立つことしか
ないのではないだろうか。


ロビンソンがグラウンドで力を示し、初めて黒人に
“市民権”は与えられた。
アジアの野球も辛抱強くその力を示すことでしか、
米国で“市民権”を得る道はない。
その戦いの場こそ、WBCなのではないだろうか。


           サンケイスポーツ 『球界インサイドリポート』より
                                   鷲田康氏
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