日々様々なスポーツ界での出来事や、気になった記事を取り上げ考えていくブログです。
スポンサーサイト
--年--月--日 (--) | 編集 |
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
リトル・リーグに見た松坂のルーツ
2008年03月25日 (火) | 編集 |
サンケイスポーツでの『イデスが見た!ニッポンのやきゅう』
というコラムが載っていて興味をひきました。
今回はこの記事を載せてみたいと思います。


レッドソックスが阪神と東京ドームで対戦している頃、
私は葛西臨海公園の近くにある野球場にいた。
  
松坂の野球の原点ともいえる
『江戸川南リトル』の練習を取材するためだった。
  


まず驚いたのは、到着した途端に全員が駆け足で集合。
整列して、帽子をとって挨拶されたことだ。
帰る際も監督にお礼を言って引き揚げようとすると、
フリー打撃を中断して再び丁寧な挨拶をされた。
  


日本のリトル・リーグは礼儀と基本プレーを重んじると
聞いていたが、これほどだとは思っていなかった。
とても好感が持てた。
父親が海軍だったという有安信吾総監督(66)の
指導もあるのだろう。

 

グラウンド内では常に小走りで移動。
いつも声を出しながら練習しているのも、
米国のリトル・リーグでは見られない光景だった。



土曜日と日曜日の練習時間が8時間というのも、
米国では聞いたことがない。
子どもの頃は飽きさせないように練習時間は短くし、
バスケットやサッカーなど、
さまざまなスポーツをするのが一般的だからだ。
  


子ども達が自転車で通っているのも違うところだ。
米国は通学も保護者の送り迎えかスクールバス。
洲によって差はあるが、ある程度の年齢になるまでは
子どもだけで通学することはない。
  
少年時代の松坂は、自転車で3~40分の距離を
通っていたという。

 

レッドソックス対阪神は取材できなかったが、  
松坂の少年時代を思い描けるようになった。
日米のリトル・リーグの違いも知ることができた、
とても有意義な1日だった。
  


≪ゴードン・イデス≫  

米・マサチューセッツ州ルネンバーグ出身。53歳。
シカゴ・トリビューン紙でのアルバイトからスタート。
ロサンゼルス・タイムズ紙やアトランタ・ジャーナル氏などを経て、
ボストン・グローブ紙へ。
今季が野球記者としては25年目で、
レ軍担当としては12年目。
地元テレビやラジオにも出演し、
レ軍球団幹部の信頼も厚い。

スポンサーサイト
コメント
この記事へのコメント
松坂は、高校時代からプロ入り後も、常にテーマを持って投げているそうです。大概の投手は、勝つことで精一杯ですが、松坂は、プロ入り後も、試合によっては、事前に監督の了解をとり、色んな事を試していたすです。日々進歩が怪物を創り上げたんであって、天才ではないんですよ。
天才は、一時の活躍で消えていくもんです。
努力の天才だったんですよ。
2008/03/29(Sat) 10:44 | URL  | 一花 #-[ 編集]
コメントを投稿
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック