FC2ブログ
日々様々なスポーツ界での出来事や、気になった記事を取り上げ考えていくブログです。
鉄腕稲尾
2007年11月14日 (水) | 編集 |
 “鉄腕”の名を欲しいままにした かつての大投手、
 稲尾和久さんの訃報に接した。
 10月はじめ、故郷大分・別府市民球場内にできた
 『稲尾記念館』のオープンのニュースを見たが、
 元気そうだった。
 10月末に検査で入院し、そのまま亡くなったという。
 まだ70歳。
 鉄人にしては早すぎる“ゲームセット”だった。


 150㌔近いストレートや鋭いスライダーも印象に残るが、
 何といっても打者の打ち気を読み取って冷静に組み立てる
 頭脳的なピッチングが、連投また連投に耐え抜いた
 鉄腕の真骨頂だった。
 幼い頃から、近くの海岸で日が暮れるまで石投げをして
 遊んだことが、鉄腕の素になった。

 
 父親の久作さんは漁師で素人相撲の横綱だった。
 開催中の九州場所の前夜祭で配布されたパンフレット
 『相撲ファン』に、父親の血を引いて相撲好きという
 稲尾さんの談話が載っている。
 久作さんは若い頃、大分・宇佐神宮奉納相撲で
 4人抜きし、5人目の少年に負けた。
 その少年こそ、後の名横綱双葉山というのが
 父の自慢だった。


 5人抜きの賞品は白米1俵。
 稲尾さんが後年、元双葉山の時津風理事長と会食
 した時、その話が出て、
 『生まれて初めて腹いっぱい白米を食べた』と
 理事長が笑ったそうだ。
 横綱の初代若乃花や柏戸も飲み仲間だった。
 昭和32年に九州場所ができて以来、毎年のように
 観戦し、今年も楽しみにしていたという。


 『巨人、大鵬、卵焼き』の時代。
 日本シリーズで巨人の前に立ちはだかる『鉄腕稲尾』は、
 巨人好きの子供にとっては憎らしい存在でもあった。
 あれほど超人的な投手はもう現れないだろう。
 セピア色の昭和のプロ野球がまた遠のいていく。
 ご冥福をお祈りする―。  


          サンケイスポーツ 『甘口辛口』  
                           今村忠氏      

 

  
スポンサーサイト



コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック