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休む勇気
2007年09月20日 (木) | 編集 |
 『あっ、痛い!』
 初の大リーグ春季キャンプの2003年3月11日。
 目覚ましの音みに、松井秀喜選手がベットから身を
 起こそうとすると、首に激痛が走った。
 突然の痛み。
 それはすぐに不安に変わった。
 ここまですごぶる順調にきていただけに、これから一体、
 どうなるのかそれを考えると、いっそう不安が募ってくる。

 原因は寝違えだった。
 おそらく寝相が悪かったために、首の筋を痛めたのだろう。
 とにかく、こんな経験は生まれて初めてであった。

 このまま部屋でジッとしているわけにはいかない。
 その日、レジェンズフィールドでは、デトロイト・タイガース
 とのオープン戦が予定されているのだ。
 松井選手は何食わぬ顔のまま球場入りすると、
 いつものようにユニホームに着替え、ランニングから
 キャッチボール、そして打撃練習にも加わった。
 しかし、痛みは一向に引かないばかりか、
 益々増していく。

 このまま試合に出るべきか、休むべきか。
 松井選手は迷った。
 もし、出場しなければ・・・。
 オープン戦とはいえ、多くのファンが楽しみにしているに
 違いない。その中には、日本からわざわざ自分を応援
 する為に来ている人だっていることだろう。
 もし、自分が出ないことになれば、日本の報道陣も
 きっとガッカリするだろう。

 その反面、この状態で無理をしたら、さらに長引く危険もある。
 開幕まで引きずるようにでもなったら、それこそ元も子もない。
 それらを考えると、なかなか決心がつかなかった。


 
 そんな時だった。松井選手の脳裏に4年前の出来事が
 蘇ってきた・・・。

 それはプロ入り7年目の1999(平成11)年7月30日の
 ことだった。
 その日、広島市民球場では、ペナントレース後半の開幕戦
 ともいうべき広島対巨人戦が行われることになっていた。
 首位中日に追いつく為にも、弾みを付けたい。
 当時の長嶋監督も、この試合にかけていたのである。
 が、そのスタートから遅れをとったのが松井選手だった。
 原因は、直前のオールスター第3戦(7月27日倉敷球場)
 で傷めた右脇腹痛である。
 当日、夏風邪をこじらせ、38.6度の熱があり、試合に出場する
 予定はなかったが、ファンの姿を見たとたん、
 『このまま出ないのでは、選んでくれたファンに申し訳ない』
 と言って、ウォーミングアップもストレッチもしないまま
 8回に代打で出場。
 バットを振った瞬間、右脇腹を傷めてしまったのである。

 ファンを大事にするがゆえの強行出場。
 それはプロとして責任感ある態度とは言えたものの、
 その代償はあまりに大きかった。


 広島に到着してからも、痛みが消えない。
 トレーナーの見解は、肉離れ。
 筋肉の断裂までには至っていなかったものの、完全に
 痛みが引くまでには1週間。
 その間は絶対安静というものだった。
 だが、トレーナーの休養指示に対し、松井選手はがんとして
 首を縦に振らなかった。
 『試合には何が何でも出る』―。
 痛み止めの注射を打ち、テーピングで固定すれ
打席に立てる。
 それが、松井選手の訴えだった。

 これには長嶋監督以下、コーチ陣も頭を抱えてしまった。
 脇腹といえば、バッターにとっては大切な部分。
 一度痛めると
クセになり打撃フォームを狂わす原因にもなる。

 『できることなら、休んだほうがいい。
  風邪をこじらせた後でもあるし、長期離脱でもしたら、
  それこそ・・・』―。


 その一方で、首脳陣を悩ます問題があった。
 松井選手がそれまで積み上げてきた574試合フルイニング
 出場と、781試合連続出場という記録をどうするか、という
 問題であった。
 できることなら、記録を続けさせてやりたい。
 長嶋監督は悩んだ末、当日の状態を踏まえ、あくまでも
 松井選手の自主性を優先させるという結論を下した。

 松井選手のフリー打撃は、わずか8球で終わった。
 誰の目にも満足なスイングができていないのは明らかだった。
 しかし、松井選手は『いけると思う』と主張。
 長嶋監督をはじめコーチ陣の結論も
 『それでは、いけるところまでいこう』となった。
 スターティングメンバー表には、松井選手の名前を書き込み
 長嶋監督は報道陣に『松井は出ます』と、
 先発出場を告げた。

 しかし、試合開始まで約1時間と迫ったところで、
 松井選手は原(辰徳)野手総合コーチのところにやってくると
 こう申し出た。
 『やっぱり。思い切りスイングが出来ません。
これ以上チームに迷惑はかけられません。
  チーム第一でお願いします』―。

 生まれてはじめての出場辞退だった。
 試合後、松井選手は報道陣に語った。
 『フリー打撃が終わってから、あれこれ自問自答しました。
  いろいろ迷ったけど、最後は自分で出した結論です。
  9回に代打で立ちましたが、あれが精一杯の
  意地でした
』―。

 

 話はアメリカに戻るが、寝違えで首を痛めた松井選手、
 タイガースとのオープン戦をどうしたのだろうか。

 試合開始1時間前、監督室のドアをノック。中に入ると、
 トーレ監督にこう申し出た。
 『申し訳ありませんが、今日の試合を休ませていただけない
  でしょうか』―。
 返事は、もちろんOKである。


 過酷なスケジュールで知られるメジャーリーグ。
 フルシーズンを戦うには、ときには休む勇気、
 自分を抑える勇気が必要だということを、
松井選手はあらためて学んだのだった。
 
 
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