FC2ブログ
日々様々なスポーツ界での出来事や、気になった記事を取り上げ考えていくブログです。
最速157㌔ 努力の結晶
2011年02月11日 (金) | 編集 |
読売新聞(1月12日付け)~拓く 沢村の挑戦 (上)~

最速157㌔の速球を誇り、アマチュア球界ナンバー1の評価を受けて
巨人にドラフト1位で入団した沢村拓一投手(22)~中大~。
『人生を自分の力で切り「拓」いてほしい』と両親が名前に込めた通りの
野球人生を歩んできた黄金ルーキーの足跡をたどる。


1月8日から始まった新人合同自主トレでのキャッチボールが、
同僚のため息を誘った。
沢村の投球が糸を引くように伸び、相手のグラブに収まる。
この右腕の魅力は、何と言っても球速150㌔超えの速球だ。
4年前まで、130㌔後半を出すのが精一杯だった。
そう聞かされても、信じられないかもしれない。

剛速球を武器に2度の沢村賞に輝いた、ソフトバンクの
斉藤和巳(33)のような本格派投手に憧れ、
佐野日大高(栃木)ではブルペンで直球ばかりを投げ込んだ。
ただ、遠投120㍍を超える強肩がありながら、
球速は伸びずじまい。
甲子園出場を果たせず、控え投手で最後の夏を終えた。

中大進学が決まったとき、18歳の沢村は考え込んだ。
どうすれば壁を乗り越えられるか、悩んだ末に、
一つの答えを出した。

誰の指示でもなかった。

『上半身の力だけに頼って投げているから、
 球速が出ないんだ。
 下半身を鍛えれば、150㌔だって投げられるはず』―。

全体練習の前後に、バーベルを担ぎ、黙々とスクワット。
『プロの一流選手でさえ、努力している。
 だったら、その倍は練習しないと追いつけない』と、
ひたすら鍛え続けた。
くじけそうなときも、
『自分でやると決めたことは、変えたくない。
 自分に負けることが一番嫌いだから』と歯を食いしばった。
大学4年でやってプロに行けなければ、野球はやめる―。
両親に宣言した大きな決意が、体を突き動かした。
鉄の塊を上げ下げするたび、足腰は分厚い筋肉に
覆われていた。

果たして、沢村の努力は正しかったのか。
結論は昨年5月4日の神宮球場、東都大学リーグの東洋大戦で
証明された。
初回、『157㌔』の速球表示。
『投げられる力が目に見えて変わった。
 努力は無駄ではなかった』―。

今では最高で245㌔のバーベルを担ぎ上げる。
高校時代に75㌔程度だった体重は90㌔を超え、
58㌢だった太ももは65㌢に、ヒップは108㌢に。
成人式で着たスーツは、すぐに着られなくなった。

中大監督の高橋善正(66)は4年前を振り返り、
『特に光るものはなく、目に付いたのは癖のないフォームぐらい。
 もう少しセレクション(新人部員選抜テスト)のレベルが
 高ければ、入学していなかった』と打ち明ける。

ゼロから出発した右腕は、たゆまぬ努力で中大のエース、
大学日本代表、そしてドラフトの目玉へと駆け上がった。

今、『何かを得るためには、何かを犠牲にしないといけない』と
自信を持って言える。
学生生活を野球に捧げ、磨き上げた剛腕だった。


スポンサーサイト



コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック