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調整役の手腕 チーム作りに
2010年10月17日 (日) | 編集 |
~都市対抗野球で住友金属鹿島をベスト4に導いた
 平野和男監督(51)~

温厚な話口は長年、営業部門と工場部門の“調整役”に
打ち込んでいた頃をほうふつさせる。
社会人野球の現場から退いて18年間を経て監督に就任し、
1年半でチーム最高タイの都市対抗野球大会ベスト4に導いた。
快進撃にも『選手が頑張ってくれたおかげです』と謙虚だ。

千葉県立銚子商校、中央大で主に三塁手として活躍し、
いずれも全国制覇を経験。
期待されて1981年に住友金属鹿島製鉄所に入社し、
全国大会に2度コマを進めたが、
いずれも初戦敗退だった。

8年間で退き、仕事中心の生活に変わった。
携わった生産管理は、顧客の要望を聞いた営業部門と
モノづくりを担う工場部門とのパイプ役だ。
営業部門が求める納期と工場側の意見はたいてい食い違う。
営業と工場の求める納期が1ヶ月もずれることもあった。
『それぞれの言い分を相手の気持ちになって聞かないといけない。
 頭を下げてばっかりでしたよ』と笑う。

仕事が軌道に乗っており、野球部復帰には迷いもあった。
それでも『野球で生きていきたい』と決意し、
コーチ2年間を経て、2008年12月に監督に就任した。

就任後、チームの課題は『世代交代』だった。
積極的に若手を起用し、ベテラン選手を控えに回した。
ベテランが腐ることのないように
『必ず助けてもらう大事なときが来る。
 調整しておいてくれ』と声を掛け続けた。
意識したのは
『ベテランと若手、双方の選手の話に耳を傾けること』―。
調整役は得意分野だ。

迎えた6月の都市対抗地区予選。
代表決定リーグの一戦で、最終回にベテラン選手が
サヨナラ本塁打を放って勝利。
『やってきたことは間違ってなかった』と
手応えを感じた。
チームは勢いに乗り、都市対抗野球で2000年以来
2度目のベスト4進出を果たした。

滑り出しは順風だが、
『今回は運もあった。
 社会人でも全国制覇したいね』―。
笑顔が少し引き締まった。

            読売新聞 『ズームアップ』より
                       建石剛氏
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