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波乱万丈の野球人生で鍛えた、日ハム・榊原諒の“全天候型”能力
2010年10月06日 (水) | 編集 |
                氏原英明 = 文 

“救援”投手とは、まさに、彼のことを言うのだろう。

初勝利を挙げた、6月15日のヤクルト戦の緊急登板に始まり、
中継ぎだけで実に10勝を挙げている。
中継ぎ投手の二ケタ勝利は、最近では特に珍しいことではないのだが、
この男は、常に、チームを“救援”する投球を続けている。

日本ハム・榊原諒は39試合に登板し10勝1敗。
防御率2.63とCS進出を争うチームの投手陣を支えている。

彼の活躍が驚きなのは、そのヤクルト戦にしても、
2勝目を挙げた6月18日のオリックス戦にしても、
先発投手のアクシデント降板から、
10球にも満たない投球練習でマウンドに上がった末に、
快投しているということだ。
緊急登板で、これほど高いレベルでのパフォーマンスを発揮できる投手は
そういない。

今となっては、「榊原が投げれば勝つ」とさえいわれている。
“強運リリーバー”と報じるメディアもあった。

とはいえ、その功績を「運」で片づけられてしまっては困る。
裏打ちされたしっかりとした力が榊原にあることも、
また事実なのである。

~高校卒業後、入社した三菱自動車岡崎野球部が休部に~

榊原は、MAX150キロのストレートと切れのあるスライダー、
シュートなどの変化球、正確なコントロールが評価されて、
'08年のドラフトで2位指名を受けた。
アマチュア時代は速い球も投げたが、本格派右腕と言うより、
バランスのとれた投手だった。
ランナーを背負ってもクイックが速く、
フィールディングをそつなくこなす。
身長176センチという大きくはない上背ながら、
高い評価を受けたのはピッチャーとしての総合的な力が認められてのものだ。

ただ、そんな榊原の野球人生は、
すべてが順風満帆だったわけではない。

中京高校(岐阜)3年の春のセンバツに出場。
実績もあったが、大学へは進学せず、
地元に近い三菱自動車岡崎に入社し、その力を磨くことになった。
もちろん、3年後以降のプロを目指していた。

ところが、彼が入社してすぐ、親会社のリコール問題が明るみになり、
三菱自動車岡崎野球部が休部を余儀なくされたのだ。
移籍も考えたが、1年目でまだ実績もない彼の行き先など
そう多くは望めるはずもなく、野球部を辞めるか、
休部状態のチームに残るか、
宙ぶらりんの立場に彼は追いやられた。

そんな状況を見抜いて、声を掛けてきたのが関西国際大だった。
創部して10年にも満たない地方リーグの新興勢力である。
監督を務める鈴木英之は、神戸製鋼時代に休部を経験した身で、
当時18歳の榊原の事情が理解できた。
「18歳の選手の移籍先なんてないんですよね。
 だから、本人に連絡を入れて、もう一度学生野球をやってみいひんか? 
 と誘った」そうだ。
榊原は関西国際大にいた高校時代のチームメイトに状況を聞き、
1年遅れで大学野球に身を転じた。

~現在の姿に重なる大学時代の波のないピッチング~  

規定で1年秋のシーズンまで登板できないという苦汁こそ舐めたが、
1年秋からエースになると、
徐々に投手としての力を積み上げていった。
3年春の時点では140キロ台だったストレートは大学4年時後半に
150キロまで伸びた。
もともとスライダーとコントロールが持ち味だったから、
球速が上がったストレートとともに、
彼はバランスのとれた投手となったのである。

とはいえ彼の持ち味は、そうした技術面だけではない。
それこそ、今の姿を映し出すような真骨頂が大学時代からもあった。
鈴木がこんな話をしていたことがある。

「榊原はどこでも変わらないピッチングができる。
 雨でも晴れでも、グラウンドコンディションが悪くても良くても、
 (全国大会である)神宮球場で投げていても
 (リーグ戦のある)万博球場でも、同じピッチングができる。
 それは彼の持ち味でしょう」

調子に波がなく、どんな時でも一定のパフォーマンスを発揮できる。
榊原の持つ大きな力である。
緊急時にマウンドに上がり、チームを救う今の姿と重ならないか。

それは技術的というより、人間的な部分と言った方が良いかもしれない。
そんな力をこれまでの経験で培ってきたのだ。
大学時代の、彼の言葉を思い出す。

「調子に波があるかないか……う~ん、それは性格だと思います。
 やったりやらなかったりをなくすことですね。
 たとえば、靴を脱いだら必ずそろえるとか、
 大学で言えば授業に出るとか出ないとかの、
 そういう波をなくすことが野球につながってくる。
 練習態度にしても、10本のランニングをただ走るだけなのか、
 上手くなるために走っているんだという意識を持つかどうかで、
 だいぶ違ってくると思います」

~10勝を挙げる活躍で、CS進出と自らの新人王を視界に~

天性のリリーバー向きの気質が彼には備わっている。
もともとは、先発投手として試合を作れるだけの技術力があるのだから、
本来の力が発揮されさえすればもっと他の起用法もあるだろう。
だが「どんな状況にも力を発揮できる」、
という彼の少しばかり特異な才能は、緊急登板で、今、発揮されている。

24日の楽天戦では先発の木田が1回2/3で降板。
榊原が救援に立ち、5回を1失点に抑えて10勝目を挙げ、
チームは今季初の単独3位となった。

思えば、榊原が初勝利を挙げた6月15日、チームは最下位だった。
おそらく、その時点では、シーズン終盤戦に日ハムがCS進出を賭けて
戦っているとは思っていなかっただろうし、
まさか、榊原が10勝を挙げているとも思っていなかっただろう。

「少しずつ自信がついてきた」と榊原は10勝目を挙げた後にコメントを残した。
チームのCS進出とともに、
榊原には新人王というタイトルまでもが、視界に入ってきているはずだ。


                        (更新日:2010年9月27日)

【筆者プロフィール 氏原英明氏】

1977年ブラジル生まれ。
奈良大学を卒業後、地方新聞社でのアルバイト勤務を経て、
フリー活動を開始。
高校野球を中心に活動を続けるが、
野球を通じた人間性、人生観を伝え続け、
Numberのほかに野球専門誌で活躍。
WEBの世界でも「人間力×高校野球」(高校野球情報.com)
と題したコラムを連載している。

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