日々様々なスポーツ界での出来事や、気になった記事を取り上げ考えていくブログです。
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飛ばないボール
2011年05月24日 (火) | 編集 |
飛ばないボールになってどんな影響があるのか?
『影響があっても、選手は絶対に言いませんよ』―。
サンスポ専属評論家・小早川毅彦さんの解説だ。

『条件は一緒で、影響のある選手とない選手がいる。
 そうしたら選手は口が裂けても、ボールのせいには
 できないです』―。

ただ、少しずつ傾向は出てきているような気がする。
影響の大きい選手と少ない選手。
ひとつの線引きは、逆方向への打球だった。

逆方向への長打を得意としてきた選手にとっては、
飛ばないボールはボディーブローのように効いている。
一方、長打のほとんどが引っ張った打球という選手は、
それほど影響を受けない。
開幕からここまで見ていて、
こんな傾向が見て取れるような気がするのだ。

不振に苦しむ巨人の小笠原もそうだった。
ある首脳陣の証言だ。
 『去年までなら外角に流れる変化球に対して、
  体を沈めて左中間に打てていた。
  そのボールに対して今年は全部、体が右を向いている』―。
なぜこうなるのか?
小早川さんが言うように本人は何もしゃべらない。
ただ、飛ばないボールに対して『強く打つ』という意識が、
スイングを変えているのではないのか?
だから逆方向への打球に、改めてどういう意識を持つか。
それが一つのきっかけになるように思う。

今年はこの小笠原だけでなく、
中日の和田が1割台、西武・中島も開幕から2割5分を切る
低打率で、昨年214安打を放った阪神・マートンも
2割6分台と苦労している。

いずれも、逆方向に強い打球を打つのを得意とする打者達だ。


一方、横浜の村田や阪神新井貴ら、引っ張った長打が多い打者には、
影響がほとんど出ていない。
巨人・原監督は、今月12日の横浜戦で小笠原を1番に起用した。
不振からのリスタートには、まず何かきっかけが必要で、
打順変更はそのための手段だった。
そして小笠原は試合前の練習で、徹底的に逆方向に
打球を打ち返し続けた。

第一打席の左中間2塁打は、こんな原因と過程を経て
うまれたものだった。

       サンケイスポーツ『球界インサイドリポート』より
                         鷲田康氏
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投球術
2011年05月18日 (水) | 編集 |
巨人のルーキー沢村がなかなか勝ち星に恵まれない。
12日の横浜戦も5回に味方打線が3点取って3-2とした直後に、
逆転2ランを浴びて3連敗。
ニ死走者なしで村田にカウント2ストライクから右前打され、
次打者ハーパーに初球の直球を右翼席に運ばれた。
せっかくのリードを、たった2球でフイにしてしまった。

同じルーキーの斎藤(日ハム)なら、どうだったか。
本紙(サンケイスポーツ)専属評論家の江本孟紀氏は
『ハーパーには、まずボールから入ったろう』という。
『斎藤は球威はないが、勝負球、逃げる球、
 ストライクを取る球といったように
 投球術を心得ている。
 沢村は球こそ速いが、投球術という点ではまだまだ・・・』

高校時代から“修羅場”をくぐってきた斎藤に対し、
沢村が投手として本格的には 投げ始めたのは中大から。
力任せに投げ、たまたま勢いで押さえ込むことはあっても、
プロの水はそう甘くないらしい。
江本氏は
『ウエートトレ派のようだが、投げ込み、走り込みは十分なのか?
 後半極端にスタミナ落ちするのも気になる』とも指摘する。

沢村と入れ替わりに中大には昨年春夏の甲子園を制した
興南の左腕エース島袋が入った。
東都の開幕投手になり、ここまで4試合に登板。
リーグ3位の防御率1.32と好投しながら競り負け、
白星なしの3敗というのも先輩に似ている。
打線との巡り合わせもあるだろうが、
点を取られても勝てる投手は勝てる。

沢村も島袋も、素晴らしい素材であることは誰もが認めるところで、
後は江本氏のいう投球術。
他の投手の攻め方も学んで視野を広げ、
ここというときの1球の重みを知って、
ただのいい投手から勝てる好投手に育ってもらいたい。


     サンケイスポーツ 『甘口辛口』(5月13日付け)より
                       今村忠氏
一戦必勝体制の横浜ベイの救世主? 心を入れ替えて復活した吉村裕基
2011年05月13日 (金) | 編集 |
       村瀬秀信=文

今季、特に劇的な変化が感じられる選手がいる。
10日はソロ、そして8日のサヨナラと
2戦連続本塁打を放った吉村裕基だ。

2000年代序盤から中盤。
当時チームは弱くとも内川、古木、村田、多村、吉村……
なんて圧倒的な才能を感じさせる若手がベイスターズには存在した。

なかでも吉村は高卒4年目の'06年に26本塁打で
レギュラーを獲得した早熟の逸材。
足を高く上げた豪快なスイングと、
「歌舞伎投げ」と呼ばれる美しすぎるフォロースルーで
多くのファンの心を鷲掴みにし、応援歌
「ハマに勝利を呼び込む豪快なスイング、
 ユーキ!ユーキ!狙えスタンド遥か」
の歌詞通り、翌'07年は24本、
'08年には34本塁打を放ち村田らに続く横浜の看板打者に上り詰めた。

だが結果を残したとはいえ、
まだアラも多く好不調の波も激しい。
その当時インタビューしたある野球解説者の吉村評も
ひどいものだった。

「あまりにも考えなしにバットを振り回しすぎだよね。
 チームがタイムリーを欲しい場面で
 明らかなワンバウンドに手を出して三振してる。
 彼はチームじゃなくて自分のために野球をやってる。
 考えて野球をやらないと先はないよ」

解説者の予想通り、翌年から吉村は極度の不振に陥った。
'09年打率.248、16本塁打。
さらに昨年は49試合で打率.205、本塁打3本。
5月には二軍落ちと吉村にとってプロ人生最悪の2年間となった。


~ライトを守る背後で容赦なく浴びせられた残酷な野次~

この間、輝ける期待の大砲の溌剌とした姿はどこにもなかった。
得点圏にランナーを置いても無策な一発狙いでバットは空を切り、
外野の守備でも凡ミスを連発。
そんな吉村のプレーに、ライトスタンドのファンからのタメ息、
そしてヤジは日増しに激しさを増していき、
いつしか一部ファンから応援歌を
「タマ~に勝利を呼び込む~豪快なスイング、ユーキ! ユーキ!
 狙うと打てなーい」なんて替え歌まで歌われる始末。

「嫌いだったり、憎いわけじゃないんですよ。
ただ、守備の雑さも、
狙うと打てないがタマには勝利を呼び込む豪快なスイングってのも
事実でしたからね。
彼に対するイメージそのまんまの替え歌ですよ」(替え歌を考えたファン)


~ライトを守る吉村の背中から聞こえる強烈なヤジ~

かつて同じように不振にあえぎ守備でもやらかしていた
古木克明(現格闘家)が、
「何を言われても、頑張れと言われても
 バカにされているようにしか思えなかった」と
気を病んでしまったように、
味方から背中を撃たれるものほど応えるものはない。

~野次に対して頑なな態度をとり続け、沈んでいった吉村~

 それでも、多くのプロ野球選手はその壁を乗り越えてきた。

自軍の応援団の目の前でプレーするライト(もしくはレフト)は、
ある意味メンタルのポジション。
暗黒時代の辛い罵声を乗り越えて現在の地位を築いた
阪神の桧山のような選手を見ていると、
その壁の前でどう振る舞えるかが選手としての
分かれ道のような気さえしてくる。

 だが、野次に対して吉村は頑なになった。

ライトスタンドの声援にも応えないことが多くなり、
サインボールも内野席だけに投げ入れる。
それでも声援を送り続けるファンはもちろんいたが、
吉村の態度にこれまで擁護していたファンも少なからず呆れかえった。

「こちらを見ないように後ろ向きでバックしながら守備位置に着く。
 『吉村コール』にも後ろを向いたまま帽子をちょっと取っただけ……
 なんてこともありました。
 こちらの野次が原因だってことはわかっていますけど、
 あの態度には腹が立つ以前に、あ然としました」(ライトスタンドのファン)

両者ともに汲むべき事情はある。
だが、その関係は修復不可能なところまでこじれていた。
弱いとこんなことまで起きてしまうという典型的な例というべきか、
なんというべきか。

当の吉村は苦しんでいた。
自分のスタイルを見失ったかのように打撃フォームはくるくると変わり、
昨シーズンには'06年以来はじめてファームに落とされ、
最後まで復調は叶わず。
レギュラーは下園辰哉に奪われて、オフには大幅減俸の提示。
新聞紙上にはトレード要員という報道も出るなど、
文字通り崖っぷちにまで追い込まれていた。
高卒4年でレギュラーを取ってからのこの浮き沈み。
平静でいられるわけがなかった。

~昨年オフに囁かれた言葉「もう吉村はダメだろ」~

「もう別人になっちゃったよね。
本当は明るくて素直な子なのに、
球場で挨拶しても下を向いて素通りしちゃうし、
どうしちゃったんだろう」 

 以前から吉村を知る人は、その変貌ぶりに戸惑っていた。

「もう吉村はダメだろ」

昨年オフ、そんな言葉を何人の横浜ファンから聞いただろうか。
それまでの吉村に向けられていた期待はすべて
2年目の筒香へと移行したかのように、
その名前を聞く機会はパタリとなくなってしまった。

多村が去り、相川が去り、古木が去り、内川も去った。
ベイスターズの未来を背負って立つはずだった彼らと同じように、
吉村に懸けた夢もまた露と消えて行くのか。

~“ハマの毒舌家”中野渡進氏までが認めた劇的な変化~

筆者が吉村復活の兆を知るのは、昨年オフ、
国分寺でもつ鍋を食べている時だった。

「吉村はやるんじゃねぇの。
 キャンプで中根さんと一緒にめちゃめちゃ練習してたけど、
 目の色が全然違ったからな」

普通の人が褒めるならまだしも、
発言の主はベイスターズとケンカしてプロ野球を引退した、
毒しか吐かない元横浜の中継ぎ投手であり店主の中野渡進氏である。
彼が横浜の選手を褒めるなんて事件と言ってもいい。

それ以降、吉村の言動に注目し始めた。
昨オフから中根コーチと徹底的に新フォームの完成に取り組み、
自主トレは取材陣もシャットアウト。
大きく足を上げ、
フルスイングする従来の豪快なバッティングフォームを捨て、
シンプルなスイングにこだわった打撃を求めた。
さらに、これまで固執し続けていた本塁打も
「捨てる」というようなことまで漏らしている。

吉村の中で何かが変っている気配はしたが、
確信したのはキャンプ中のこんな発言だ。

「昨年は本当に悔しい思いをしたし、このままでは終われない。
 自分自身、本気で覚悟を決める時がきたと思います。
 今年も横浜スタジアムのライトスタンドをバックに守りたいです」

忌避していたライトスタンドを意識したような発言。
去年までの吉村の態度を知る人からは信じられないのだが、
その覚悟は開幕後に本物であることがわかる。

~ファンサービスでも見違えるような変化を見せた吉村~

開幕戦、スタメンを勝ち取った吉村は新打法が機能したのか
4打数4安打の大活躍を果たした。
ライトスタンドのある女性ファンは、
サインボールを投げ入れてきた吉村に感動しきりだった。

「昨シーズンの最後の方にもちょこちょこ投げるようには
なってくれていましたけど、今年は態度が明らかに違っていて驚きました。
表情が柔らかくなったというか、
いろんなものを受け入れようとしてくれているのが動きや言葉から
感じられるようになった気がします」

~ファンから向けられた声援に応える~

タイムリーヒットを打てば、塁上からファンに向かって拳を突き上げる。
ホームラン談話では
「ファンの声援がスタンドまで運んでくれました」
なんて殊勝なコメントを出してしまう。

今シーズン、吉村のそういう言動に出会う度に、
幸せな何かが込み上げてくる。
いや、他球団ファンからすれば、
「幸せの敷居が低すぎる」と笑う話なのかもしれないが、
それが今までできなかったのがベイスターズなのだ。

もちろん、すべてが改善されたわけではない。
吉村は相変わらず三振が多いし、守備でもボーンヘッドをやらかす。
現時点で4本塁打なのに7打点など、ヤキモキさせられることは多い。
ファンの方から野次も相変わらず飛ぶ。

 だが、復活した吉村はそんなことじゃ腐らない。

サヨナラホームランを打ち、でんぐり返しでホームイン!!

 5月8日の阪神戦だ。

それまで16打席連続無安打で迎えた9回の打席。
考え込み暗くなりがちだった吉村は、
「こんな暗い顔をしていたらダメだ」と、
笑って打席へ向かいサヨナラホームランを放った。
さらに、おどけてでんぐり返しでホームインした吉村は、お立ち台で叫ぶ。

「ベイスターズファンの皆さん、
センターの守備位置で気持ちが下向きになりそうな時に
頑張れと言ってくれた右中間のファンの皆さん、
今日はありがとうございました!」

あんなに笑っている吉村の顔を見るのは、
今回のベイスターズの4連勝よりも遥か遠い昔の出来事だった気がする。

「楽しもうと思う」

2年間のどん底を経て尚もそんな言葉が言えるのは、
どんなに結果が出なくても腐らずに戦おうとする決意、
そして自分の真後ろにある、
ライトスタンドを背負っていこうという覚悟があるからだろう。

~「去年までの僕の野球は子供だったと思います」~

「過去は過去と割り切りました。
 自分で言うのもなんですけど、
 去年までの僕の野球は子供だったと思います」

試合後のコメントを聞いて確信した。
吉村は壁を一歩乗り越えたのだ。
そして、それはライトスタンドで野次を浴びせていたファンにも
同じことがいえよう。

「昨年、二軍落ちしたときに
『やっぱり吉村がいないと寂しい』と気づかされたんです。
 まだ打撃も守備も雑さは残っていますが、
 今年は覚悟を持ってやっているのが伝わってきますし、
 頑張っていると思います。
 そりゃ嬉しいですよ。嫌いなわけじゃないんだから。
 吉村にはすぐ後ろにはファンがたくさんついているってことを
 忘れないでほしい。ただ、
 気の抜けたプレーには容赦なく野次りますけど(笑)」(野次の中心人物)

~不幸な関係を乗り越えた絆は強くなる~

ハマスタで声の限りにユーキ! と叫べる幸せ。
そんなものが続いていけば、
ベイスターズは玉砕覚悟のこのシーズンをも乗り越えていける。

小事は大事を生む
2011年05月09日 (月) | 編集 |
『百里を行く者は九十を半ばとす』。
物事は終わりの部分に困難が多いから、九分通りを半分と心得て、
最後まで緊張と努力を続けなければいけないことを意味する
中国の故事だ。
残り11安打でシーズンに入ったが、まさかの不振。
巨人・小笠原道大内野手の通算2000本安打到達は、
17試合の長旅だった。

『やっぱり意識しました。
 普段あれだけのカメラが集まることはないので』と
正直な話した。
口さがない評論家は
『ガッツも人の子』と言ったが、ソフトバンクの王貞治球団会長は
『人間らしさを垣間見た気がします』と称えた。
“プレッシャー”で足踏みしたのも、努力の人らしさなのだろう。

1997年、ドラフト3位で日本ハムに入団。
中堅以外の全てを守った経験があることから
『コンビニルーキー』と呼ばれていたそうだ。
1~2年目は捕手としてプレー。
空振りしたマルティネス(当時西武)のバットが、
捕手・小笠原の後頭部を強打し、意識朦朧となった場面を
“珍プレー”で見たが、まさにガッツの根源だ。

すでに3500安打(日米通算)を超えている
マリナーズのイチロー外野手とは同い年で、
誕生日が3日遅いだけ。
『柔』の男とは対局に位置するフルスイングの『剛』の男は、
『野球が10あるとすれば、まだ1も分かっていない気がする』―。
道半ばと謙遜した。

97年から2年間、日本ハムで同じユニホームを着てプレーし、
ガッツの野球観に影響を与えた中日・落合博満監督は、
『何がそんなにめでたいんだ。
 2000本打って辞めるのか?
 続けるんだろ?』。
こちらも通過点でしかないというオレ流の祝辞。
野武士がバットに記す『道』の文字は、百里まで続くはずだ。


 サンケイスポーツ 『甘口辛口』(20011・5.7付け)より
                        清水泰史氏
困難な状況
2011年05月04日 (水) | 編集 |
福島第1原発から直線にして3㌔。
福島県双葉町にある県立双葉高校は“原発に最も近い高校”で、
この野球部は夏の甲子園大会に過去3回出場した
文武両道の伝統校としても知られる。
3回目となった94年は準優勝した樟南(鹿児島)に
3回戦で敗退したが、グリーンを取り入れたユニホームで、
校名を強く印象づけたものだ。

原発事故で町はゴーストタウンと化し、
学校は県内の喜多方高に仮事務所を開いた。
生徒の半数は磐城高、福島南高など県内5校が協力する
サテライト式で、5月9日から分散授業を受ける。
学校自体、地震と津波による被害は少なく部員たちが
『練習は続けられる』と思った直後に襲った“人災”だった。

10人いる3年生は、
『できるだけ1ヶ所に集まろう』と最後の夏に向けて結束し、
なんとか7人が磐城高で授業を受けることになった。
3人の2年生を加え目下13人で再開を目指している。
『用具は何もなく、各自で体作りをしている。
 みんな野球をやりたいだろう。
 歯がゆさでいっぱいだ』と田中巨人監督(37)は話す。

高校野球は各都道府県で春季大会が真っ盛りだが、
福島、宮城は中止になった。
同じように甚大な被害を被った岩手県は、
『中止した場合の沈滞ムードを避けたかった』と
今月19日から予定通り開くが、6月に宮城県で予定されていた
東北大会も中止が決まっている。

東京電力によると、原発事故収束に6~9ヶ月かかるという。
道は果てしなく遠い。
『町を元気づけるためにも夏は出る。
 しかし、来年以降を思うと・・・』と
田中監督は声を詰まらせる。

甲子園出場という何よりも貴重な経験を糧として、
何とかこの困難な状況を乗り切って欲しい。


            サンケイスポーツ 『甘口辛口』より
                       今村忠氏
お久しぶりです・・・
2011年05月04日 (水) | 編集 |
なかなかブログ更新出来ず、楽しみにして頂いている方には
申し訳なく思います・・・(いますかね?)

先月はT杯、昨日から明日までは3年生合宿、
合宿中に昨日、今日と地区シード決めの予選大会・・・
今月末にH杯、来月からいよいよ総体地区予選・・・と
まさに慌しく過ごしています・・・

毎朝ですが今朝も早起きで、これから試合ですが、
1位通過間違いなしなので、私は安心して
娘の部活動帰り待ちです。
主人は店を閉めて早々に試合会場へ向かいました。
そして今、やっと時間が取れてブログ更新に辿り着きました

勇汰も気持ちばかり焦って、思うように体が動かないようです。
バッティングにしても守備にしても、
評価は高いのですが、背伸びし過ぎて楽な方法で技術を会得しようと
しているように感じます。

自分もある程度の経験をしているので、
今、勇汰に足りない練習やトレーニングなど見えていますが、
それを注意すると、ふてくされて態度が横柄になります。
『お母さんに何が分かるんだ・・・』という態度。
とにかく上体だけで何とかしようとするので、
バッティングも守備も空回り。
気持ちだけ強くて思い通りにいかないでいる。

コーチにも先生にも『勇汰は一冬越えて成長した』と
お褒めの言葉を頂くのですが、本人はその言葉を頂いたことで
天狗になってしまい、ダメになっているように思います。

何かの機会に、その鼻をへし折られるような屈辱をまた
味あわせないと、体で心で本人が感じないと
今以上の成長はないと確信しています。
その機会を私は待ちたいです。
総体までに何らかの屈辱を思い知らせたい・・・

まだまだ発展途上・・・