日々様々なスポーツ界での出来事や、気になった記事を取り上げ考えていくブログです。
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プロ野球界選手会の見識
2011年03月19日 (土) | 編集 |
プロ野球選手会の見識に、うなずいた人は多かったろう。
公式戦開幕延期を主張するパ・リーグに対し、
復興の後押しをしようと25日開幕にこだわるセ・リーグ。
12球団による15日の実行委員会は結論が出なかったが、
新井選手会長は、
『余震が続き、被害が拡大している状況では延長すべき』
と訴えたという。
その通りだ。

『被災者を勇気づけたい』というセ・リーグ側の主張は
分からなくもないが、
被災地の人たちはプロ野球どころではないだろう。
首都圏の住民でさえ、わかりにくい計画停電へのいらだちや、
放射能の恐怖、食料品や水の払底などの不安が日に日に増しており、
心情的には被災者と変わらない。

セの主張からは、どんなに覆い隠しても
『営業最優先』のにおいが感じられ、
国民感情を読み違えると勇気づけるどころか
ファンに見放されてしまう。
選手会側は延期により後々、過密日程になっても協力するとまで
いっている。
最悪試合数を減らしてでも地域生活が通常レベルに戻り、
ファンの支持が得られるまでは、延期は当然ではないか。

同じ野球でも甲子園のセンバツは異質で、なんとか予定通り
23日に開いて欲しい。
テレビも中継したら選手たちの直向きな姿が、
避難所暮らしの人々をどれほど勇気づけるか。
宮城の東北高校は全員の無事が確認され、
部員は給水のボランティア活動に励んでいるという。

『寮はやっと電気が通り、水は不足し食料は何日もつか。
 その中で、出来る限り勇気を与えられるように
 頑張っていきたい』
という東北・五十嵐監督のコメントは胸を打つ。

練習も満足に出来ないだろうが、
何とか甲子園の土を踏んで力一杯戦ってもらいたい。


        3月17日 サンケイスポーツ 『甘口辛口』より
                        今村忠氏
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革新をもたらした若き指揮官の言葉力 ~渡辺久信×秋山幸二×西村徳文~
2011年03月10日 (木) | 編集 |
若い3人の指揮官が今、注目を集めている。
昨季、混戦のパ・リーグで優勝争いを演じた監督達である。

彼らの戦い方は三者三様だが、
言葉を重視するところに共通項がある。

~新たな時代を担う智将たちは選手の力をいかに引き出すのか~

「パ・リーグの時代」と言われて数年が過ぎた。
そしてその流れは今年も変わりそうにない。
60歳を過ぎた星野仙一が楽天監督に就任し、キャンプ序盤の話題を集めた。
斎藤佑樹が入団した日ハムを率いる57歳の梨田昌孝監督、
そして53歳の岡田彰布・オリックス監督も虎視眈々と
リーグ優勝を狙っている。

しかし昨季終盤、クライマックスシリーズ(CS)を沸かせたのは、
若い監督たちであった。
監督就任初年度のロッテ・西村徳文、
2008年に監督就任1年目で日本一に輝いた西武・渡辺久信、
そして昨季7年ぶりにリーグ制覇を果たしたソフトバンクの秋山幸二。

この3人にはいくつか共通項がある。
現在監督を務めるチームで主軸として活躍し引退後、二軍首脳を経験。
そしてその後、手腕が認められ40代で一軍監督へ抜擢されたことだ。

昔から渡辺は周囲に対しての気配りと洒脱な会話で、
ムード作りが上手だった。一方、真逆な性格だったのが秋山。
寡黙な男で、熟考を重ねた上で行動するタイプだった。
そして西村は決して時の流れに逆らうことのない常識人である。
みな優れた人間性の持ち主であり、硬骨漢だった。

3人が監督に就任した今、二軍時代に育てた選手たちが、
チームの中心として活躍している。
また現役時代ともに戦い、気心が知れた選手たちも多くいる。
果たして新世代の指揮官は彼らにどのような言葉をかけ、
チームを引っ張ってきたのだろうか。
そして混戦を制し、いかにCSへと導いたのだろうか。

~西武・渡辺監督にかけられた一言に涌井は「久しぶりに燃えた」~

昨年、首位を快走していた西武に陰りが見えたのは7月。
大久保博元二軍打撃コーチの解任騒動がきっかけだった。

「理由のいかんを問わず、部下を守ってやれなかったのは自分の責任」

大久保の解任が正式に決まると、
渡辺は自分の非をチーム関係者の前で口にした。
その姿をみてエースの涌井秀章は
「一緒に戦ってくれる人だ」と感じたという。

涌井にとって渡辺は入団時の二軍監督。
「プロで生きていくためには投球スタイルを変えなければいけない」
と忠告され、育てられ、鍛えられた恩人だったということも
影響しているのかもしれない。
渡辺も涌井を信頼し、大切なゲームで起用し続けた。

ソフトバンクに首位を譲った西武はCSでロッテと対戦。
後半戦、調子を落としていた涌井だったが、
渡辺は迷わず初戦の先発に決めた。
「お前がエースだ」。
マウンドに送り出すときに渡辺は涌井に一声かけた。
涌井はこのひと言で久しぶりに燃えたという。

この言葉が支えになり8回1失点の粘りの投球を見せた涌井。
しかしチームが追加点を挙げ勝負を決定付けた時、
渡辺は迷わず抑えのシコースキーをマウンドに送った。

渡辺は日本球界引退後、
言葉が全く通じない台湾プロ野球でコーチ兼任選手として、
3年間プレーしていた。
その時の教訓はただひとつ。
「言葉は通じなくても接し方ひとつで必ず気持ちは通じる」だった。
渡辺にも「外国人選手」の経験があるのだ。

~「どんな些細なことでも自分の言葉で語っていく」(渡辺)~

そのためだろうか。
'08年、日本一になった時も「短期決戦で外国人の抑えは信用するな」
という球界の常識を意に介さずグラマンを積極的に起用した。
「KILL OR BE KILLED(やるか、やられるか)」と言いながら
肩を叩いてグラマンをマウンドに送り出していたという。

「外国人だからと特別視したくなかった」
という強い思いで優勝を決めるマウンドを託した渡辺。
その信念は揺らぐことなく、
昨年のCS初戦も迷いなくシコースキーを投入した。
しかし結果はまさかの3連打4失点。
延長戦の末に星を落とし、続く第2戦にも敗れ、
西武はCS第1ステージで姿を消した。
渡辺はロッテに敗れた後、これまでを振り返ってこう話した。

「今思うと二軍監督を経験してわかったことがある。
 わかっているだろう、では通用しない。
 言葉にして気持ちで相手に伝えるか、理詰めで相手に伝えるのか、
 どちらかを選択しないといけない。
 就任1年目は、恥も外聞もなく
 『やらないで失敗するなら、やって失敗したほうが次につながる』
 という思いで選手に伝えていた。それを思い出さなければ」

新燃岳の火山灰が降るキャンプ地・宮崎県南郷。
就任4年目を迎えた渡辺は、
初心に戻ってどんな些細なことでも自分の言葉で語っていく、
と今季の抱負を語ってくれた。

~秋山監督の現役時代を知る選手たちが支えるソフトバンク~

ソフトバンクの7年ぶりのリーグ制覇は、大逆転劇だった。
残り6試合で3.5ゲーム差をひっくり返したのである。

監督就任3年目の秋山幸二は寡黙な指揮官だ。
チームを率いるにあたり言葉で伝えるのではなく、
自ら率先して行動で示したほうが良いと決めた。
それは現役時代も同じだった。

'99年、王ホークス初優勝の時、松坂大輔から顔面に死球を受け骨折。
それでも監督に言われるまま、主将として大阪遠征に帯同し、
背中でチームをまとめたことがあった。
当時を知るベテランが現主将の小久保裕紀であり、松中信彦である。
秋山の背中を見ていた選手が、今のソフトバンクを支えているのだ。

西武のマジックが「4」になり、迎えた9月18日、
本拠地での西武3連戦。
第1戦、3点差の6回裏、1死二、三塁の場面で秋山は珍しく松中を呼び寄せた。
2球続けて内角球が来ると予想した秋山は
「なめられてるな。もう1球来るぞ」。
それに反応し待ってましたとばかりに打った同点スリーラン。
試合後、秋山は
「状況が分かっているベテランには言いたくなかったが……」と
少しテレていた。
三冠王を獲った男に対して二軍行きを命じたこともある指揮官の
「なめられてるな」のひと言で、
松中の意地が爆発した瞬間だった。

延長戦のイヤなムードを払拭したのも、
やはり秋山の背中を見て野球人生を歩んできた小久保の決勝ホームランだった。
この試合、3年ぶりとなるバントも決めている。
まさになりふり構わず掴んだ初戦の勝利だった。
実は3連戦の前、秋山は小久保に声をかけている。

~寡黙な男・秋山が土壇場でベテランたちにかけた言葉~

「主将であるお前を4番から外さない」

小久保を発奮させたのはこのひと言ではなかっただろうか。
打率2割7分9厘、ホームラン15本は4番として優れた数字ではない。
首を痛め左肩痛に悩まされ、一時は引退まで考えた4番打者。
その男に「4番を外さない」。
このひと言は「やれることを全部やる」
という気持ちにさせるには十分な言葉だった。

ソフトバンクのマジックが「2」となって迎えた9月25日の日ハム戦。
先発を任されたのは杉内俊哉。
4試合勝ち星がなく前回登板の西武戦でもふがいない投球で降板していた。
調子がいいとは言い難い。
そのうえ相手ピッチャーは難攻不落のダルビッシュ有。
不利が予想される戦いを前に秋山は、
「ゲタを預ける」と高山郁夫コーチを通じて杉内に伝えたのだった。

「登板日2日前に投げ込みを行なったり、
 やるべきことを全部やっているという報告をうけていたから。
 もう杉内に任せるしかないと思った」

その秋山の「意気」に答えた杉内。
ダルビッシュを相手に1対0の完封勝利を挙げた。

ソフトバンクは攝津正らを擁し、12球団随一の中継ぎ、抑え陣を誇る。
しかし秋山は
「任せると言ったのだから杉内に任せるしかない」
と大事な試合の前に覚悟を決めたのだった。

試合後、杉内はインタビューで人目をはばからず涙を見せていた。
それは責任を果たせた安堵の涙だったのかもしれない。
背中でチームを引っ張ってきた秋山が土壇場で掛けたベテラン達への言葉。
忘れかけていた勝利への執念に火をつけたのはその言葉だった。

~CSの敗因は「言わなくてもわかってくれる」と考えたこと!?~

キャンプ地がある宮崎・生目(いきめ)の杜。
センターポールで翻るリーグ優勝のチャンピオンフラッグを見て
笑いながら秋山は言った。
「火山灰が降ってきて、二度もスタジャンを洗濯に出すことになった」。
そして少し間を置いて付け加えた、
「あの旗じゃ、駄目なんだよ」。

日本シリーズまであと1勝に迫りながら勝ち越せなかったのは
「長い間、一緒に戦ってきているから、
 こちらが余計なことを言わなくてもわかってくれる」と考え、
CSでは選手たちにあえて声をかけなかった点にあるのではないか。
CSでは小久保が22打数4安打、松中は18打数3安打、
杉内は2敗とロッテに抑え込まれている。
秋山のかけた発奮の言葉は再度の確認が必要だったのである。

~バレンタイン前監督と対照的なロッテ・西村監督~

ひとつ負ければシーズン終了、という状況から勝ち進み、
日本一に輝いたロッテ。
監督の西村は二軍監督の経験こそないものの、
二軍コーチ、一軍ヘッドコーチの経験を持つロッテの生え抜きである。

帽子のひさしの裏には「信は力なり」という
伏見工高ラグビー部総監督・山口良治の言葉が書き込まれている。
まさにコーチ、選手を信頼し勝ち取った栄光だった。

「いくらチームのためと思って発言しても
バレンタインは全く聞き入れてくれなかった。
だから自分が監督になった時、
コーチには思い切って発言してもらおうと思った」

選手とも同じ目線で会話をしようと決めていた。
メジャー帰りの井口資仁、選手会長のサブロー、
チームリーダーの西岡剛とはシーズン中でも常に会話することを心掛けた。

特に西岡だ。
バレンタイン時代には打順が固定されていなかった男を主将に指名し、
その時にひと言添えた。

「1番に固定する。全試合に出場してナインを引っ張ってくれ」

西岡にとってその言葉がどれだけ励みになっただろうか。
日本シリーズ第7戦前にも西村は
「ここまで引っ張ってくれたのだから、
日本一を手土産に胸を張ってメジャーにいったらどうだ」
と話しかけている。

~「戦いの場で余計な言葉はいらない。普段の会話が重要だ」(西村)~

西村が対話を重視する理由はもうひとつあった。
チームにとって一番怖いのが「不満分子」が増えること。
西村は「不満分子は必ず一人でいない。仲間を引き入れる」と言う。
井口とチーム状況を話し合い、
不満分子を増やさないための相談をしていたのである。

終盤の苦しい展開の中、サブローは肉離れをおしての出場だった。
その時、サブローは西村に
「守備に就かせて欲しい。そうしたら指名打者で福浦和也が使えます」
と直訴した。
答えは「やってくれるか。チームのためだ」だった。
「監督は直接意見を言える雰囲気を作ってくれたし、
 あのひと言で自分がやるんだと決意した」
とサブローは語った。

残り3試合となった、9月28日の楽天戦。
今季初めてサブローを4番に据えた。

「任せたと言うけれど、選手にあれこれ言わなかった。
 戦いの場では余計な言葉はいらないと思ってます。
 それよりも普段の会話が重要だと思います」

そのサブローが楽天戦で2ランホームランを放ち、
土壇場での3位進出の原動力になったのだ。

~荻野貴司は西村の言葉に感謝し、コンバートに同意~

下克上を果たして日本一になった石垣島のロッテキャンプ。
西岡の抜けたショートを荻野貴司が守っている。
西村は「序盤の快進撃は間違いなく荻野のおかげ」と明言する。
昨年、荻野が膝の半月板損傷で戦列を離れた時には
戦力ダウンを嘆くどころか
「選手生命に関わる。完治するまで無理するな」と言った。

「チームよりも僕のことを考えてくれている。
 この監督を信じようと思った」と荻野も感謝し、
コンバートに同意している。


'11年のペナントも激しい戦いが予想される。
西武の渡辺は「寛容力」で主力を惹きつけ、
ソフトバンクの秋山はベテランの尻を叩きながら
プライドをくすぐる言葉で奮起を促し、
ロッテの西村は普段の対話を重視し和を尊んできた。
今年はどのチームの監督がどんな言葉で鼓舞するのか。
その興味は尽きない。



名将の言葉学。~2011年のリーダー論~
【証言構成&インタビュー】 ザッケローニ「アジア王座への言葉術」
落合博満「『理』と『沈黙』」/星野仙一/ストイコビッチ
イビチャ・オシム/野村克也
【名伯楽の育てる言葉】 平井伯昌「北島康介を育てた対話力」
岩出雅之「帝京大ラグビーの波及力」
関塚隆「雑草軍団U-22に咲かせた花」
我喜屋優「興南高を連覇に導く普通力」
山田満知子「浅田真央と同じ目線で」
眞鍋政義「女子バレー快挙の超準備術」
山下正人「長谷川穂積へのチラシ手紙」
岡田正裕「箱根駅伝・拓大快走の抱擁力」
吉岡徹治「石川遼を世界へ解き放つ力」

定価:550円(税込)   
オリ駿太も『持ってる』?
2011年03月01日 (火) | 編集 |
実力の世界にも、きっと『運』は介在する。
見えない力を備えた人は <持っている> などと言われる。

オリックスでは、
新人の駿太(本名・後藤駿太、前橋商)だろうか。

昨秋、岡田監督がドラフトのクジを3度も外してくれた
おかげで、『1位入団』の称号を得られた。

キャンプは二軍スタートだったが、
外野の先輩・赤田、森山が故障したことで、急きょ一軍へ。
紅白戦で結果を残した。

かつては、ドラフト下位指名の掛布雅之(元阪神)が
1年目のオープン戦で、
結婚式で欠席したレギュラー選手に代わって先発。
2安打を放って勢いに乗り、一軍に定着した。

岡田監督も、6球団が競合しながら、
大ファンの阪神に入団した経緯がある。

持っている?
駿太に水を向けると、
『福引とか、1回も当たったことないです。
 じゃんけんも勝てる気がしない』。

まだ17歳。
これだけユニホームを汚していれば、
いつか野球の神様が味方になってくれるよ。


2月25日 読売新聞スポーツ面 『キャンプ えとせとら』より
                     北谷圭氏
中田翔の激変ぶりをキャンプで検証。ホームラン・アーチストへ覚醒か?
2011年03月01日 (火) | 編集 |
            氏原英明 = 文
 

もはや、活躍するしないの領域で彼を論じてはいけないのかもしれない。

右打席から放たれるその日本人離れした打球、
練習に対する姿勢、取材の受け答え。
どれをとっても、一流の風格が出てきた。

 プロ4年目、日ハム・中田翔のことである。

これまでも、何度も中田のことは取り上げてきた。
ただそれは、期待感に近いものがあったのも、また事実である。
高校通算本塁打記録を塗り替えた男には、プロの舞台で、
なんとかモノになって欲しいという願いが先行していた感があった。

しかし、その期待感が確信に変わりつつある。
現場で得た様々な証言からも、
彼の一挙手一投足にさえ一目置かれ始めているのが分かった。

 ある番記者がこう話していた。

「とにかく練習する。球場から出てくるのはいつも最後だし、
 休日も休まない。発言も大人になりましたよね。
 すごいよ、今年の中田は。打球が、パワーが、違います」

~中田翔と斎藤佑樹のプロ初対決は意外なまでに平静だった~

春季キャンプ第3クール初日。
この日は、中田翔vs.斎藤佑樹の勝負が実現するとあって、
メディアの注目を集めていた。
'06年夏の甲子園の2回戦、優勝候補筆頭の大阪桐蔭高にあって、
2年生にして4番を任され人気急上昇中だった中田。
その中田を3三振に切ってとり甲子園から去らせた投手こそ、
当時はまだ無名に近い存在の斎藤だった。
いわば斎藤佑樹の未来を変えた試合で、
かませ犬になったのが中田だったのだ。
あの時、斎藤が中田に対して見せた投球術は、
以後の彼のピッチングを本物にした。

そんな彼らが対戦するとなれば、マスコミが注目するのも、無理はない。
だが、この対決には、メディアが騒ぐほどの熾烈な様相はなかった。
紅白戦でもなければ、シート打撃でもない、
フリーバッティングであいまみえた二人の対戦は、斎藤は
「ストライクを投げようと思った」だけだったし、中田にしても、
「斎藤さんが相手とか関係なく、自分がこれまで練習してきたことを、
 しっかり確認したかった」という程度のものだった。

~ホームラン・アーチストとしての本領を斎藤に見せつけた~

結果は、報道されているように、中田が7発の本塁打を放った。

7本のうち5本がセンターから右方向へのものだった。
斎藤がアウトローを中心に外角に投げていたとはいえ、
それを力で無理矢理引っ張り込もうともしない。
また、球に合わせての右方向への打球を特に意識している訳でもなく、
自然と飛ばしているのだ。
その見事な技術に、中田の凄まじい成長の証を見る思いがした。

往年の落合博満や広沢克実、
近いところでいえば中村剛也(西武)が放つ、
右投げ右打ちのホームラン・アーチスト特有の右方向に
ぐんぐん伸びていく打球が、
今の中田の打棒から放たれるようになっていたのだ。

練習後のコメントでも中田は「風もあった」として
自身の力だけの本塁打ではないと頬を緩ませることさえしなかった。
だが実際は、打たれた斎藤にして
「さすがはプロの選手。右方向へ大きいのを打つ」と
感嘆させたほどの力強い打球だったのである。

~「今年は全く違う。俺は信じるよ」と梨田監督~

間違ってはいけないのは、
中田が変わった点は技術だけではないということだ。

「オフに入ってから、右方向に打てるようになろうと思って、
 そのことを考えて振ってきました」
という彼なりの技術的なアプローチが成果を上げているのは確かではある。
だが、そうした技術面よりも、
野球に対して取り組む姿勢そのものが激変したということが重要なのだ。

プロ入り1年目の時のような軽口を叩く様子もないし、
何より練習での真剣味がまったく違う。

 最近の中田については、梨田監督の評価も上々である。

「取り組みがいいよね。練習をよくするのもそうだけど、
 練習は多くすれば良いってもんじゃない……
 中田の場合は、練習の中でおかしいと思ったことに対して、
 もう一度確認したり、分からないときは、コーチに聞いたりしている。
 自分で気付いてやろうとしている。
 去年も今頃は調子良かったけど、今年は全く違う。
 俺は(中田を)信じるよ」

~落ちているボールを拾い集める姿に人間的な成長が現れていた~

とはいえ、取り組む姿勢や右方向への強烈な打球まで備えた
素晴らしい打棒も、振り返ってみると去年から伏線はあったのだ。

昨シーズンの中盤、
彼がプロ初本塁打から続けざまにアーチを量産し始めた頃のこと。
取材していて特に感心したのは、
技術的な成長よりもむしろ練習での態度の方だった。

試合前、守備練習から三塁ベンチに引き揚げる際、
ゲージ下に落ちていたボールをひとつずつ丁寧に拾いあげていた中田の姿。
これまでの彼では絶対に考えられない光景だった。
この春のキャンプでも、グラウンドに無造作に転がっているボールを
そのまま残して練習を引き上げるような選手ではないことを、
再び確認した。

このキャンプ、中田は
「隙を見せたくない」
とたびたび口にしている。

1球も無駄にしない……
落ちているボールさえ見過ごさないという、
野球に対する極端なまでに真摯な姿勢が、
別人かと見まごうほど中田を人間的に成長させていたのだ。

そんな少しずつの「変化」が積み重なって、
このキャンプ、中田は大きな飛躍を果たそうとしている。

「これまでならホームランじゃなかった打球も右方向に
 (ホームランとして)打てるようになった。
 左方向のホームランも、今までだったら、
 開いて打っているだけだったのが、
 ひじを畳んで、回転して打てたので、手ごたえ的にも良かったです」

斎藤との対戦があった直後、
笑みをこぼすでもなくまっすぐ前を向いたまま淡々と中田はコメントしている。


~ダルビッシュの領域まで、いかに近づけるか?~

初の対外試合となった広島との練習試合では、
2打席連続本塁打を放つ活躍を見せた中田。
試合後のコメントでは
「ホームランを打てたことは嬉しいんですけど、
 ヒットを打てた・打てないは別にして、
 やろうとしてきたことができない打席があった」と猛省していた。
今の中田は、結果だけが重要という価値観を越えているのだ。

もはや、彼が活躍するしないのレベルで論議するのは
ナンセンスである。

これから彼が目指すべきは、
今の取り組み姿勢をさらに深めていき、
アスリートとしての最終目標をどこまで高くしていけるか、
ということなのだろう。

オフの間に劇的な肉体改造を試み、
野球に対してどこまでもストイックな姿勢を貫いている、
今や誰もがその名を挙げる日ハムのあの選手のように……。

 そうダルビッシュの領域にまでたどり着けるかどうか。

 今後の中田への関心は、むしろ、そっちにある。