日々様々なスポーツ界での出来事や、気になった記事を取り上げ考えていくブログです。
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硬い体を柔らかく!欠点直してレギュラー獲り
2010年03月23日 (火) | 編集 |
巨人のドラフト1位、長野久義外野手(25)が、
体が硬い欠点を克服するため、
女優の藤原紀香(38)らが愛用するクッションを
注文したことを明らかにした。
紀香流で体の柔軟性を高め、故障知らずのボディーをつくる。

~ケガ防止へ~
ストレッチのメニューに取り組む長野の端正な顔がゆがんだ。
川崎市のジャイアンツ球場で行われた新人合同自主トレの
第2クール最終日。
全メニューを終えると、課題克服の為、
とっておきのアイテムを注文したことを明らかにした。

『以前から体が硬いと指摘され、自分でも感じていたので、
 ストレッチ用に買うことにしました。
 ケガを防ぐためにも体を柔らかくしたい。
 ストレッチは毎日やらなくてはいけないと思っています』―。

購入を決めたのは、白板トレーニングコーチから勧められた
サンテプラス社の『フレックスクッション』(税込み10290円)。
傾斜の付いたクッションに座ってストレッチをすることによって、
股関節が柔らかくなるなどの効果が得られる。

同社関係者によると、プロ野球や大相撲、サッカーなど
スポーツ選手だけでなく、
藤原紀香、梅宮アンナら女性芸能人も愛用しているという。
美容本などを出版し、ボディーケアへの意識も高い紀香らに
あやかって、長野もケガをしにくい体に改良しよう
というのだ。


『股関節などが硬いと故障の原因になる。
 体を温めてお風呂上がりにこまめにストレッチをやると
 いいですね』と白板コーチ。

近日中に届くクッションで紀香流ストレッチに励み、
試合に臨む。


              サンケイスポーツ 1/14日付け
                    阿見俊輔氏


【クッションを使わないでストレッチ(座って開脚)をすると・・・】

  体が硬い場合、骨盤が後傾し、体重が後方に逃げてしまう。
         ↓
  骨盤、脊柱(背筋)、膝などが曲がり、
  正しい姿勢をとるのが難しくなる。
         ↓
  骨盤&股関節周辺の十分な運動が難しく、
  内転筋(内もも)やハムストリング(もも裏)の
  ストレッチ運動も難しい。 

【フレックスクッションを使用することによって・・・】

  骨盤の前傾が補助され、自重によって前方に重力がかかる。
         ↓
  骨盤が立つことにより、脊柱や膝が伸び、
  正しい姿勢を取りやすい。
         ↓
  骨盤&股関節周辺の十分な運動が可能になり、
  内転筋(内もも)やハムストリング(もも裏)の
  ストレッチが楽になる。
 
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尾花新監督は横浜を変えられるのか? 問われる「名参謀」の“決断力
2010年03月20日 (土) | 編集 |
                       田口元義 = 文   


横浜ベイスターズ 「名参謀」で終わるのか? 
それとも、「名監督」へ向けて新たな一歩を踏み出せるのか?

今シーズンから横浜で指揮を執る尾花高夫の、
指導者としての真価が試される1年がスタートした。

 ルーキー監督は、キャンプから大胆に動き出す。

まず、昨年まで午前中に組まれていたブルペンでの投球練習を
午後に回した。これには、
「疲れている状態で、バランスよく無駄な力を入れずに
 投げることを体で覚えてもらいたい」といった意図が込められている。
巨人のコーチ時代に導入していたメニューを、
そのまま横浜にも取り入れたわけだ。

そして、体の強さはもとより、昨年、
守護神として18セーブを挙げた山口俊のメンタルを買い
先発転向を指示。彼を含め、
エースの三浦大輔、ロッテから移籍した清水直行、
2年目のランドルフ、寺原早人(隼人から改名)の
「先発5本柱」でシーズンを戦う意志を早くも固めた。

2年連続最下位と低迷するチームにあって、
このような改革を俊敏にできる尾花の手腕は、
さすがのひと言に尽きる。

そして、やはり「名参謀」と呼ばれていたコーチ時代の経験が
確実に生きているのだな、とも思う。

~投手出身ながら捕手の目線で指導できる「名参謀」~

'95年のロッテからコーチ人生がスタート。
'97年にはヤクルトに移り、田畑一也を15勝投手に成長させるなど、
「野村再生工場」の陰の功労者として脚光を浴びた。

ダイエーでは、'99年から'05年までコーチを務めリーグ優勝3回、
日本一2回。
その期間に斉藤和巳や和田毅、杉内俊哉といった金の卵たちを、
球界を代表する投手へと見事に孵化させていった。

巨人時代も磐石の投手陣を作り上げ、在籍期間にリーグ3連覇。
昨シーズンは、02年以来となる日本一に大きく貢献した。

 尾花がなぜ「名参謀」になれたのか?

それは、投手目線ではなく捕手目線で指導できることだ、
と尾花同様、名参謀として数多くのチームを優勝に導いた
黒江透修氏は言う。

「現役時代に広岡(達朗)さん、選手、コーチ時代に野村(克也)さんから、
 徹底的に緻密な野球を教え込まれたことが
 生きているんだと思いますね。
 ダイエーに呼ばれたのも、
 王(貞治)さんが彼の育ってきた経緯や野球理論を高く評価していたから。
 事実、投手ミーティングでは自分で用意した膨大な資料を見せて、
 『このバッターのインコースの打率は低い。
  だから、そこを起点に攻めろ』など、
 明確な対策を選手に伝えていたそうです」

黒江氏は、
「横浜ではおそらく投手コーチ兼任のような立場になるでしょうね」
と言う。

これまでの実績を考えればそのほうが
チームにとってもプラスに働くだろう。  


~名将たちの決断を間近で見てきた経験は活かされるか?~

しかし、これからは他者から進言されることはあっても、
今までのようにすることはできない。
決断するのは監督である尾花本人なのだ。

尾花は今まで数多くの名将を見てきた。
野村克也、王貞治、原辰徳。
彼らがゲームで何を考え、重要な局面でどのような決断を下したか? 
そういったところも、冷静に見てきたはずだ。

たった1イニングで勝敗の行方がガラリと変わる。

あの試合で得た教訓も大きかったのではないだろうか。

'08年の日本シリーズ第7戦。
2対1と巨人がリードしていた7回、
3番手の越智大祐は西武打線を0点に抑えた。
尾花はこの時点で原に、
「次のピッチャーいけます」と交代を促がしたが彼は続投を選んだ。
8回のピンチの場面でも進言したが、
指揮官は首を縦に振らなかった。
結局、チームは逆転され、日本一を逃した。

決断力は紙一重。
原の「続投」という答えが間違っていたわけではない。
結果として負けたに過ぎない。

監督となった今年、ペナントレースでそのような局面を迎えた際、
どのような決断を下すのか。
そういったところにも注目していきたい。

~オープン戦では最下位。やはり「今年もダメ」なのか?~

ただ、監督で勝てるほどシーズンは甘くない。
昨年、両リーグを通じて最下位の打率2割3分9厘、
11位の防御率4.36を残してしまった選手たちが、
ヤクルトで「野村野球」を熟知し、
ダイエー、巨人で常勝軍団の帝王学を学んだ指揮官の野球に
どれだけついていけるか? 
最終的に重要となってくるのはそこだ。

オープン戦が本格的に始まった3月。
相変わらずの不調ぶりにファンは落胆してしまう。
「今年もダメか」と。

しかし、今はまだ1、2年目を中心とした若手を率先して試している状態。
手探りの段階ともいえるこの時期に、
シーズンの行く末を判断してしまうのは早計だ。

仮に、新人監督以上にプレッシャーを感じているのが、
選手たちであったにしても……。


【筆者プロフィール 田口元義】

1977年福島県生まれ。
元高校球児(3年間補欠)。
ライフスタイル誌の編集を経て2003年にフリーとなる。
Numberほか雑誌を中心に活動。
試合やインタビューを通じて
アスリートの魂(ソウル)を感じられる瞬間がたまらない。
共著に「戦力外通告 プロ野球をクビになった男たち」、
同「諦めない男たち」などがある。

ファーム行き決定の西武・雄星。松坂、涌井との差は“下半身”にあり。
2010年03月16日 (火) | 編集 |
                  鷲田康 = 文  


西武のドラフト1位ルーキー・雄星投手の試行錯誤が続いている。

初めてのプロのキャンプ。
1軍スタートはしたものの、結局は力不足が露呈。
オープン戦からはファームに合流して再調整をすることになった。

「段階を踏んでやっていく。
 まずシート打撃から入って、教育リーグで打者と対戦させるつもり」

2軍落ちを決めた渡辺久信監督は、
今後の育成方針をこう明らかにした。

10年、いや20年に一人の素質であることは誰もが認めている。
天性のしなやかさ。
特に雄星の特長は肩甲骨の可動域の広さとヒジの柔らかさだ。
体に巻きつくように腕がしなり、放たれたボールは独特の伸びを生む。
腕が遅れて出てくることによって
打者からリリースポイントが見えにくいという特長もある。

投手として教えても教えられない腕と体の使い方ができるからこそ、
大器としての期待が膨らむのは当たり前だった。

だが、それでも現段階では1軍のレベルには届かないというわけだ。

~“プロの方が楽”という横浜高校の過酷な走り込み~

西武ではタイプこそ違うが同じように高卒ながら、
プロ1年目から頭角を現わした投手がいた。

松坂大輔(現レッドソックス)と涌井秀章の二人の右腕だ。

ニ人とも鳴り物入りで入団し、1年目から着実に1軍で歩を進めてきた。
松坂は4月の初先発でいきなり155キロをマークして
プロ初勝利を挙げると、その年16勝をマーク。
涌井も開幕には1軍ベンチに入りし1年目から13試合に先発、
6月18日のヤクルト戦で初勝利も挙げている。

「あの二人に比べると少し時間がかかるかもしれないね」

高卒即戦力となった二人と比べて雄星は、
長い目で見るべきだと指摘する声が首脳陣の間でも多い。

 それでは松坂、涌井と雄星の違いは何なのか?

 それは下半身の“完成度”の差だった。

「松坂が入ってきたときに一番びっくりしたのは下半身の大きさだった」

こう振り返るのは育ての親と言われる
東尾修元西武監督だった。

確かにパワーピッチャーの松坂は、体全体の筋力も強かったが、
下半身、特にお尻周りの大きさは高校生離れしたものがあった。
比較的、スマートな体型の涌井も、
実は下半身の筋肉に関してはかなりなものがある。
そして二人に共通するのは、
名門・横浜高校出身ということだった。

「とにかく横浜高校の野球部は死ぬほど走らせる。
 本当に反吐がでるまで走らされて、
 1年生から徹底的に下半身を鍛えられる。
 横浜のOBたちは、プロ入りしても
 “走ることに関しては、プロの練習の方が楽だ”
 というぐらいですからね」

 ある球団のスカウトの証言だ。

~横浜・筒香が証明した横浜高OBの驚異的なスタミナ~

実はいま売り出し中の同校OB、
横浜のドラフト1位ルーキーの筒香嘉智内野手も、
キャンプで周囲を驚かせたのがそのスタミナだった。
184cm、88kgとちょっと太目の体型で、
いかにもすぐに息が上がりそうにみえるのにどうしてどうして……。

「走ったら中堅、ベテラン選手がへとへとになっている中で、
 筒香は涼しい顔してメニューをこなしていたの。
 只者ではないと思った」
(横浜担当のベテランスポーツ紙記者)

横浜高OBの凄さはここでも証明されていたわけだ。

もちろん雄星も決して走らなかったわけではないだろう。
ただ、何人ものプロ野球選手を輩出し、
プロ関係者も認める横浜高野球部に伝わる
下半身強化のメニューで鍛えられた松坂らと比べると、
やはりプロ入りしたときの雄星には差があった。
だからプロの世界の最初の一歩を技術から入れた松坂や涌井に比べて、
雄星はまず体の強化となったわけだ。

そう考えると改めて、
松坂と涌井を生んだ横浜高校野球部の凄さが身にしみてくる。


【筆者プロフィール 鷲田康氏】

1957年埼玉県生まれ。
慶應義塾大学卒業後、報知新聞社入社。
およそ10年にわたり読売ジャイアンツ取材に携わった。
2003年に独立。
日米を問わず野球の面白さを現場から伝え続け、
Numberほか雑誌・新聞で活躍。
著書に『僕のメジャー日記 松井秀喜』(文藝春秋)、
『ホームラン術』(文春新書)がある。
豊富な引き出しを持つ男、田口壮の圧倒的な存在感
2010年03月11日 (木) | 編集 |
                       永谷脩 = 文  


宮古島キャンプで久しぶりに会うと、
若返ったオリックスの精神的支柱になっていた。
9年ぶりに日本球界復帰を果たした40歳、田口壮のことである。

先月5日、小瀬浩之が突然亡くなった。
その時、茫然としている選手会長の日高剛に、
あるアドバイスを送ったという。

「カージナルス時代にも選手が突然亡くなったことがある。
 その時は棺を送り出す際に、一列に整列して見送った」
と自らの経験を話し、それを区切りに頭を切り替えようと伝えた。
日高も田口のアドバイスがなければ、
どう対処すべきか分からなかったかもしれない。
様々な引き出しを持っている田口に感謝していた。

キャンプ中のウォーミングアップを見ていても、
田口の存在感は別格だ。
チームの最後尾を走り、大声を出してナインを鼓舞している。
自分の役割をよく理解しているからこそできる働きである。

~ひとり息子の言葉が9年ぶりの日本球界復帰を後押し~

8年間のメジャー生活では、
ワールドチャンピオンリングを2個獲得したが、
実はマイナー暮らしも長い。
当時のその辛い経験が強みになっている。

「図太くなりました。少々のことには動じませんから。
 いきなり『下に行け』と言われてマイナーに行くと
 スパイクのサイズが合わない。
 つま先に脱脂綿を入れてプレーしたこともありました」

昨年はカブス傘下3Aアイオワに在籍していたが、
レギュラーシーズン終了後に自由契約となってしまう。
40歳の控えより将来ある若手にチャンスを与えたい、
というのが球団の本音だった。
もう野球を辞めるかもしれない……
そう家族に告げた時、ひとり息子の猛反対にあった。

「『自分から諦めるな』がパパの教えだろ」

この時、田口は自分を必要としてくれる球団があるうちは、
野球を辞めないと決意したという。

~「若年寄扱いはやめてくれ」とレギュラー獲りに執念を燃やす~

メジャーからのオファーはなかったが、古巣から声がかかった。
オリックスは将来の監督候補として呼んだのだろう。
しかし、田口自身は若い選手と横一線のレギュラー争いをしたいと考え、
T-岡田、坂口智隆らに対して
「若年寄扱いはやめてくれ」とキッパリと言い切っている。

「力の落ちたベテランと出世を諦めたサラリーマンは扱いにくい」
という言葉があるが、
キャンプでの様子を見ていると、田口には当てはまらなさそうだ。

“ポスト阿部”を着々と準備する「育成の巨人」、その強さの源泉
2010年03月10日 (水) | 編集 |
                   田口元義 = 文


今年の巨人は外野のレギュラー争いが話題となっているが、
個人的には今後、注目していきたいポジションがある。

 それは捕手だ。

選手名鑑を開いてみると、巨人は捕手も豊富に抱えている。
レギュラーの阿部慎之助を筆頭に、加藤健、鶴岡一成、實松一成、
星孝典、鬼屋敷正人、市川友也と支配下登録選手だけで7人。
育成枠も含めると、谷内田敦士、河野元貴とその数は9人。
12球団のなかでも中日と並び最も多い人数となる。

一般的に解釈すればこのポジション、3年間は安泰のはずだ。
それは昨年オフ、阿部が3年契約を結んだからに他ならないのだが、
その後はどうなる? 
3年後のシーズン開幕時だと、阿部は33歳。
まだまだ現役を続けられる年齢とはいえ、
そこから後進の指導に着手しても遅い。
「一人前の捕手に育て上げるまでに3、4年はかかる」と言われているだけに、
今から若手育成に本腰を入れていったほうが、
後に好結果をもたらすことにもなる。

以前までの「補強の巨人」ならまだしも、
「育成の巨人」となった今のチームならそれも十分に可能だろう、と思う。

~野村克則を二軍コーチに招聘。“ポスト阿部”育成に本腰を~

その大きな理由が指導者だ。
昨年まで東北楽天でコーチを務めていた野村克則を
二軍のバッテリーコーチとして呼んだことは、
捕手育成にあたり適材適所の人選といっていい。

野村コーチは、いわずと知れた「野村ID野球」の継承者ではあるが、
それ以上に現役時代にレギュラーを勝ち取れなかった悔しさ、
苦しさを知っている。
だからこそ、二軍の選手と正面から向き合い、
根気強く指導することができる。

キャンプを見たなかで例を挙げれば、
シート打撃で投手との呼吸が合わなかった鬼屋敷を呼び、
バッテリーとコーチとの間で10分以上も球場内でミーティングをしていた。
全体練習後には、彼のほか、星、谷内田、河野といった若手捕手を集め、
ゴロ捕球やスローイングなどの自主練習に付きっきりで
指導する場面もあった。

楽天時代、若手の嶋基宏やキャリア10年以上の中堅選手である中谷仁を
一軍の主力クラスに育て上げるのに一役買った野村コーチだけに、
若手捕手の躍進を期待させるものがある。

それについて話を聞くと、
「まだシーズンが始まっていないし。評価は1年ごとにされるものだから」
と冷静にひと言。
だから、とコーチは続ける。

「もっと厳しくしないと。観ていてあれじゃダメだと思ったでしょ? 
 本当は『鬼コーチ』なんだけどね、自分は」

 冗談交じりではあったが、確かな手ごたえを感じているようだった。


~レギュラー、控えの分け隔てなくチャンスを与える原監督~

仮に今年、野村コーチの辣腕によって前出の二軍選手が
一軍デビューを果たしたとする。
そこからはガチンコの力勝負。
本来なら、阿部や鶴岡ら熟練捕手たちを脅かすことはすぐにはできないだろう。

 そこで重要となってくるのが、原辰徳監督の存在だ。

レギュラー、控え問わず彼の指導を受けた「元巨人」の選手が
異口同音に言うのは、
「原さんは誰にでも必ずチャンスを与えてくれる」ということ。

プロ野球を引退した、ある「元巨人」の方が
しみじみと語ってくれたことがある。

「原さんは厳しいですよ。
 『ダメなら試合で使わない。ただ、結果を残せば使う』と
 はっきりと選手に伝える。
 ただ、二軍に落とされても、
 下でしっかりやっていればまた呼んでくれる。
 巨人の選手層は厚いですけど、
 何年も二軍でくすぶっているからといって腐って欲しくないんですよね。
 自分がそうなってしまっただけに……」

原監督は折に触れ、
「別に若手を率先して使っているわけじゃないんですよ」と言う。
その真意は、先の巨人OBの言葉にあるように
「いいものはいい、ダメなものはダメ」と、
至極シンプルなものなのかもしれない。

~信賞必罰の意識が全員に根付いた巨人の強さは侮れない~

実際の指揮系統はもっと複雑だが、二軍には決して選手を腐らせず、
根気強く指導できる野村コーチがいる。
一軍には分け隔てなくチャンスを与えてくれる原監督の存在がある。
何より、捕手ではないが山口鉄也や松本哲也の例でも分かるように、
今では「育成枠でも結果を残せば……」
という明らかな希望が、若手選手のなかでの共通認識としてある。

それが、野手で最もレギュラー奪取が難しい捕手にまで根付いている。
やっぱり「育成の巨人」は侮れない。
本当に、そう強く感じる。

35歳松井秀喜が迎えた岐路
2010年03月07日 (日) | 編集 |
35歳は野球選手にとって、ひとつの曲がり角かもしれない。
『30代前半は野球選手のカルビです』―。
この名言は巨人・長嶋終身名誉監督のものだ。
プレーヤーとして心技体が絶妙のバランスとなり、
脂が乗り切ったカルビのようになる。
選手としての頂点を迎える時期。
それが30代前半だという。
と、なれば35歳とはその頂点を登りつめ、
今度は下り坂に入る年齢となるわけだ。


今季からエンゼルスに移籍した松井秀喜外野手は、
今年の6月に36歳となる。
ミスターの伝でいけば、プレーヤーとしてのカルビは過ぎ、
少し脂の落ちたロースの時代に入っているかもしれない。
アリゾナ州テンピのエンゼルス・キャンプで
そんな松井秀を取材した。
久々に外野で飛球を追う背番号55。
まぶしい光の中で復活に必死の汗を流すが、
その一方でロースとなった不安がないわけではなかった。

『年々、体重が落ちにくくなっている。
 やっぱり歳かなぁ・・・』―。
膝の故障の原因もオーバーウエートにあるのでは、
と指摘するのはミスターだった。

現在の体重は104㌔。
ベストまでまだ3,4㌔は落とさなければならない。
若い頃なら走って簡単に絞れたが、
膝に故障を抱える身ではそれもままならない。
だから、ここからが大変なのである。
『いつもはこの時期から徐々に落ちていって、
 開幕にはほぼベストの体重で入れる。
 でも、ここのところなかなか減らなくて・・・』―。

新天地での再起。
心と技術に関しては何も心配をすることはない。
ただ一つ、体調をどう整えてシーズンに臨めるか。
ウエートコントロールがきっちり成功するか、
それとも太めでシーズンに入ってしまうのか。
簡単そうだが、松井秀にとっては、そこが
今季の運命を握る一つの大きなポイントとなりそうだ。


          サンケイスポーツ 『球界インサイドリポート』より
                              鷲田康氏
垣根を越えた野球の将来
2010年03月04日 (木) | 編集 |
『キャッチボールでもするか』と
プロ野球選手が卒業した高校に顔を出し、
後輩部員の相手をしたとする。
母校に限り簡単な会話やキャッチボールだけなら問題ないが、
『こう投げろ』などと声をかけるとプロ指導したことになり
高校出は違反になるという。
そんなことを誰がチェックするのか知らないが、
あまりにも時代錯誤だ。


ようやく大学、高校を傘下におく日本学生野球協会が、
1946年に制定以降初めて学生憲章の全面的な改正を決めた。
『学生野球は教育の一環である』
『友情、連帯、フェアプレーの精神を理念とする』と
新憲章は相変わらず高潔で、
何がどう変わったのか門外漢にはよく分からない。


ただ、野球の将来にとって歓迎すべきは現行で禁止されている
プロとの練習や試合も可能にする交流制限の緩和だ。
交流は『協会の承認を受けた上で・・・』との条件が付いており、
ある高校の監督は
『大学と違いOBでもノックすらできないのが現状。
 学生憲章が変わっても、高野連には別の考えもあり、
 まだ疑心暗鬼』と首をひねる。


しかし、大学の方は選抜チーム同士でプロと記念試合を経験済みで、
事と次第によっては巨人ー早大など単一チーム同士の対戦も
見られることになる。
社会人では春の日立市長杯にヤクルトの2軍、
ベーブルース杯には中日2軍が参加している。
ヤクルトはベスト4がやっと、
中日も出場4年目の昨年初めて優勝できた。


『大学も2軍とならいい試合ができる。
 春のオープン戦で組めば球春到来が一段と盛り上がる』と
関係者はいう。
ゆくゆくはサッカー天皇杯のようにプロ、社会人、大学が
トーナメント戦で戦うカップ戦の開催まで進めてもらいたい。


            サンケイスポーツ 『甘口辛口』より
                         今村忠氏
沖縄人の『なんくるないさ』が弱点? 新垣渚が断絶すべき“負の歴史”
2010年03月01日 (月) | 編集 |
                 中村計 = 文  


 ちょっと切なくなるような光景だった。

 ソフトバンクの宮崎キャンプを訪れたときのことだ。

球場外に、球団グッズのセール品が売られていた。
Tシャツもトレーナーもオール1000円。
思わずトレーナーの方を衝動買いしかけたのだが、よく見ると、
ほとんどが背番号18番なのだ。
そう、つまりは新垣渚のものだ。

 理由は2つ考えられる。

作りすぎてしまった、もしくは、売れ残ってしまった。

推測だが、ムネリンこと川崎宗則のものならともかく、
失礼ながら、新垣の場合は、
前者ではないように思える。
となると、やはり、後者か……。

人間心理とは微妙なもので、売れ残っているのだと思うと、
急に目の前の商品が色あせて見えてきてしまうものだ。

 ――やめた。

 伸ばしかけた手を、結局、引っ込めてしまった。

~3年連続2桁勝利のブライテストホープが「暴投王」に転落~

それにしても(売れ残ったという前提で話を進めさせていただきます)、
ここ数年の新垣はいったいどうしてしまったのだろう。

入団2年目となる'04年から'06年は3年連続2桁勝利を達成。
150kmを軽く超える速球と球界随一とも評されたスライダーなど、
リーグを代表する投手になるのも近いと噂されるほどの大物っぷりで、
どこから見ても順風満帆な船出に思えた。

 ところが'07年から急にコントロールが乱れ始める。

「暴投王」

これが新垣につけられたニックネームだった。

'07年には1シーズン25暴投というプロ野球新記録を樹立し、
続く'08年には1試合5暴投という新記録もつくった。

昨年もその悪癖は改善されず、
1軍での登板はわずか4試合にとどまった。

~傑出した身体能力を持つ沖縄出身者はなぜ活躍できないのか?~

ちょうど新垣が下降期に入り始めた頃だった。
関西球団の某スカウトから、こんな話を聞いたことがあった。

「今はもう、大阪やからとか、四国やからってことは
 ないんじゃないですか。どこも一緒ですよ。
 東北の子やからって、気が弱いこともないでしょう。
 これだけボーダレス化が進んどるんやから。
 ただ、沖縄の子だけは、優しいイメージがあるなあ……。
 沖縄の子の身体能力は、ほんまにすごいんやけどな。
 ほれぼれする。
 新垣なんて、あんなの本州にはおらんやろ。
 でも、沖縄ということで評価を差っ引かざるをえない。
 活躍したの、石嶺(和彦=オリックス→阪神)ぐらいやろ。
 でも、彼だけ性格が違とったわけやないんですよ。
 彼は沖縄の性格で成功した珍しい例。
 向こうの言葉でいう、
 『なんくるないさ(なんとかなるさ)』ってね。
 何事にもこだわらないというかね」  


~ロッテ・大嶺祐太にも“沖縄人のジンクス”がつきまとう~  

プロ野球界には今も根強く、沖縄人は成功しないというジンクスがある。

身体能力はずば抜けているのに、なぜか、
力を発揮し切ることができない。

新垣は沖縄水産高校時代、
松坂大輔以上の逸材と言われたこともあった。
だが、現在の2人の差は、どうしたことか。

千葉ロッテの大嶺祐太にしてもそうだ。
新垣と同じく長身右腕で、八重山商工時代、
甲子園ではこちらも新垣と同じく151kmをマークした。
そしてやはり、素材としては、同世代の田中将大以上と言われていた。
だが、今や、完全に水をあけられてしまっている。

2人に共通しているのは、すごいときはとにかくすごいのだ。
誰もが打てないようなボールを投げ込む。
だがその反面、信じがたいような崩れ方をしてしまう。

~ゴルフなどの個人競技では沖縄勢が席巻しているが…~

沖縄の、ある甲子園常連校の監督は、
沖縄の子どもに勝負根性をつけようと、
素手でボクシングの真剣勝負をさせたり、
包丁で生きたニワトリの首を落とさせたりしていた。

方法的にそれが適切だったかどうかはさておき、沖縄人の中にも、
自分たちは競争に不向きなのではあるまいかという劣等感が
もしかするとあるのかもしれない。

高校野球に限って言えば、沖縄のチームは春の甲子園で二度、
全国制覇を成し遂げてはいる。
野球だけでなくバレーボールや様々な取材で沖縄に行くたびに、
いつも彼らの身体能力には驚かされてきた。
だからこそ思うのだが、彼らの能力からしたら、
春の甲子園での二度の優勝くらいでは物足りない。
もっと勝ってもいい。

ボクシングやゴルフなど個人競技の世界では、プロアマ問わず、
沖縄人は大活躍している。
だが団体競技になると、ぱたりと名前を聞かなくなる。
その中でも特にプロ野球の世界は顕著だ。

~プロ球界に連綿と続く“沖縄人の負の歴史”を払拭せよ!~

 今年は大嶺祐太の弟、翔太も千葉ロッテに入団した。

翔太は周知の通り、ドラフトのあと、
居酒屋で同級生と酒を飲み補導されるというスキャンダルを起こした。
そんなことからも想像できるように、いわゆる「やんちゃ坊主」だ。

彼なら、プロ球界に連綿と続いている沖縄人の
負の歴史を変えることができるだろうか。

いずれにせよ、翔太でなくともいい、日本プロ野球界のためにも、
1日でも早く、誰かがそのような流れを断ち切って欲しいのだ。

可能性をもっとも秘めているのは、
今もなお、新垣であることは間違いないのだが。


【筆者プロフィール 中村計氏】

1973年千葉県出身。ノンフィクションライター。
某スポーツ紙を経て独立。
『Number』(文藝春秋)、『スポルティーバ』(集英社)などで執筆。
『甲子園が割れた日 松井秀喜の5連続敬遠の真実』(新潮社)で
第18回(2007年度)ミズノスポーツライター賞最優秀賞受賞。
他に『佐賀北の夏』(ヴィレッジブックス)、
共著に『早実vs.駒大苫小牧』(朝日新書)などがある。
『雪合戦マガジン』の編集長も務める。
趣味は、落語鑑賞と、バイクと、競艇。