日々様々なスポーツ界での出来事や、気になった記事を取り上げ考えていくブログです。
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郷に入らば郷に従え
2009年04月30日 (木) | 編集 |
『何であんなことすんねん・・・』
初登板を白星で飾ったオリオールズの上原が不思議がった。
マウンドで使ったボールが、
オープン戦とは全く違う感触だったのだ。
なぜそんなに違ったのか?
理由を探ったところ『何で?』という疑問にたどり着いたのだという。

実は試合で使用するボールは手になじむように
裏方さんが事前にこねるのだが、水でふいて、土をつけてこねる。
『水でふくから水分で重くなる。
 土をつけるので余計に滑るようになる。
 なんでわざわざ投げにくくするんやろ・・・』―。
これが上原の疑問だった。


しかし、この作業はオリオールズだけでなく、
メジャー共通の手順なのだ。
基本的に試合球を事前にこねて使用するということは、
ルールに明記されている。
これはボールの縫い糸についたロウをとって、
手になじむようにするところから始まったものだった。
ロウを落とすためにザラザラした土でもむわけだが、
問題になるのがその土だ。
日本では砂を使うために、
最初に使う時から多少ザラザラ感が残るが、
メジャーでは逆にツルツルしてしまう。
しかも、この土は、『デラウエア川の川床の土』と決まっており、
その土が缶詰で販売されているのだ。

ということは、どの球場でも同じこね方で、
滑り具合も同じということになる。
メジャーに挑戦する日本人投手を手こずらせる要因の一つが、
実はこのメジャーの歴史にあったというわけだ。

『ボールの握りを変えて慣れていくしかないね』―。
上原はどの球種でも、縫い目に指をかけて投げることで、
滑るボールに対応している。
郷に入らば郷に従え―。
メジャーの歴史には逆らえない。


            サンケイスポーツ 『球界インサイドリポート』より
                                      鷲田康氏
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ヘルメット着用を義務化へ
2009年04月29日 (水) | 編集 |
中日とヤクルトの一、三塁両ベースコーチが、
今季からヘルメットを着用してコーチスボックスに立っている。
アマチュア球界は今年1月、正式に着用義務を決定。
プロ野球界も近く義務化される見込みで、
2球団は率先垂範というわけだ。


理由はもちろん危険防止。
2007年に米マイナーリーグで一塁ベースコーチが
打球の直撃を受けて死亡する痛ましい事故が発生した。
事態を重視したメジャーでは、すでに昨年から義務化されていた。
抜群の運動神経の持ち主であるプロコーチでも、
避けきれないスピードの打球はあるのだ。


15日の阪神ー中日(甲子園)。
阪神・関本のワンバウンドした打球が、山脇三塁コーチの
右ひざ付近を襲った。
同コーチは一塁ベースコーチ時代の昨年から、
ヘルメットではないが防御キャップを着用していた。
その上に、球団帽をかぶっていたため、
頭の部分がちょっと不自然に盛り上がっていた。


『もうちょっとカッコいいのができないか、改良中でね』と
“新兵器”の到着を待っているとか。
危機管理意識を持っている山脇コーチでも、
ボールの直撃を受けるのだから、やはり危険な仕事なのだろう。
審判歴34年の谷博セ・リーグ審判員は、
『いずれ義務化されるでしょうが、その前に他球団も是非、
 着用してもらいたいですね』と話した。


さらに、ベテラン審判員が提案したのが報道カメラマンの着用。
防御ネットのないカメラマン席でシャッターを押し続ける。
ボールに集中しているとはいえ、審判の目には、
危険極まりなく映るそうだ。
楽しいはずの野球が、大事故と背中合わせでは困る。
皆さん、対策は万全に。


                    サンケイスポーツ 『甘口辛口』より
                                 上田雅昭氏
野球上達へのヒントは他のスポーツにもあり
2009年04月27日 (月) | 編集 |
松坂への質問コーナーが雑誌に記載されていたので
取り上げてみました。 


―メジャーリーガーに負けない、速いボールを投げるには
  どんなトレーニングが必要ですか?

松坂)元々僕は肩が強かったのですが、小学生の頃から
    『どうしたら速く投げられるか』を自分なりに考えて
    練習をしていましたね。
    投げ方やトレーニングの仕方など。
    もちろん子供だったので、間違ったやり方もあったかも
    しれませんけど、考えることが好きでした。
    それは今でも変わらない。
    うまくなるためには、どうしたらいいか、
    そのためにこうしようと常に思っています。
    そういうクセをつけることは、いいんじゃないんですかね。
    探求心を大事にして。


―子供の頃の具体的な練習は?

松坂)1㌔~1.5㌔ぐらいのトンカチを使って手首を鍛えたり、
    僕は剣道をやっていたので、マスコットバットを
    竹刀のようにして素振りをしたりしました。
    すると、肩、ヒジ、手首、背筋が鍛えられるので、
    それはよかったと思いますね。


―いろいろなスポーツをやることも大切なんですね。

松坂)そうですね。
    今でも僕はいろいろなスポーツを見るのが好きですし、
    何かうまくなるヒントがあるんじゃないかと
    いつも思っていますね。


―最近のヒントは?

松坂)例えばテニス。
    疲れてきて肘が下がってきた時に、
    肘を上げることを意識するためにテニスのサーブを
    意識するような投げ方でキャッチボールをしたりしますね。
    あとは水泳のクロールの腕の使い方とか。
    どこかにヒントはあるものです。
    今のピッチングフォームがベストというわけではありません。
    今でも自己分析をしながら常に考えて
    自分でいろいろと変えながらやっています。
    まだまだ途中段階ですね。
     
不動グリップ 安打の秘密
2009年04月24日 (金) | 編集 |
マリナーズのイチローが、張本勲氏の日本プロ野球記録
『3085』を日米通算で超えた。
米国で記録更新に立ち会い、帰国した張本勲氏が21日、
イチローについて、語った。

               聞き手・荒井秀一氏

シアトルでは、記録保持者の張本が来ている、と
球場の電光掲示板で紹介を受けました。
観客が立って拍手をしてくれて、男冥利に尽きましたね。
記録を抜かれるのは、そりゃ、うれしいことではありません。
でも、彼のおかげで、そういう経験が出来たわけですから、
今は、感謝したいぐらいの気持ちです。
  


彼のフォームの特徴は、打ちにいっても、
バットを持つグリップが動かないことです。
  
私や川上(哲治)さん、ワンちゃん(王貞治)、長嶋(茂雄)さんに
しても、タイミングをとるために少しは動くんです。
遠くへ飛ばしたいからリズムをとるんですね。
  
しかし、彼は飛ばす必要がない。
正確さを考えているから、グリップが動かないんです。
  


もう一つは、ボールを見ている時間が非情に長い。  
これは打者として一番、利点があります。
長ければ長いほど、曲がる球や落ちる球に対応が出来ます。
彼の場合、投手寄りに体が動きながら、
見ている時間も長い。
こんなバッターは、見たことがありません。
  


胃潰瘍を患ったイチローには今回、
『君のように精神が強い男でも、胃に負担がかかるくらい
 深刻に考えるのか』と声をかけました。
すると、彼は
『私も普通の神経ですから』と答えました。
やはり、彼は彼で神経質なのかと思いましたね。
  
でも、神経質の方が、どこの業界でも大成する人は多いんです。
豪快な人は少し、油断するところがありますから。
私もワンちゃんも川上さんも神経質です。
不安なものだから、日夜、コツコツ、
練習しないと気が済まない。
それで力がつくんです。
  


イチローには、ピート・ローズの大リーグ最多安打記録
『4256』を抜いてもらいたい。(あと1167本)
彼も今、35歳。
6年ぐらい、200本を打ち続けないといけないから、
確かに困難ですが、
彼はこれまで難しいと思われたことをやってきた選手です。
だから、期待しています。
4000本打ったらまた、『大あっぱれ』ですよ。

                  4月22日 読売新聞 スポーツ面より
 
“サムライニッポン”の威厳
2009年04月23日 (木) | 編集 |
レッドソックス・松坂投手が開幕早々
故障者リスト(DL)入り、とは思ってもみなかった。
アスレチックス戦で、1回5安打5失点で降板し、
翌15日にフランコナ監督らと話し合って
DL入りが決まった。
疲労による『右肩の軽い張り』とみられ、
松坂は『いい調整期間をもらったと考えるしかない』と
話しているという。


WBCでの松坂は、3試合で249球とそれほど多く
投げてはいない。
しかし、本紙評論家の江本孟紀氏は
『本来その時期にやるべき投げ込み、走りこみなどの
 調整が移動などで不足し、
 体が出来ていないのに連覇、連覇と騒がれて
 テンションだけは上がり、
 結果的にうまくいかなかったのでは・・・』という。


この日、胃潰瘍による欠場から復帰第1戦で、
マリナーズのイチローは張本勲氏の持つ
3085安打のプロ野球記録に並んだが、
同僚の城島はやはりWBCの疲れからか右太ももを痛めた。
国内でも岩隈(楽天)、青木(ヤクルト)ら
代表組の出遅れが目立つ。
原因はすべてWBCにあり、とはいえないまでも、
連覇の代償は大きい。


大リーグが金儲けの一環で開く大会なのに米国は、
多くの一線級が出場を拒否した揚げ句、
緩慢なプレーが続出して、やる気が見えなかった。
失礼な話である。
それに引き換え日本は『サムライだ』『日の丸だ』と
プレッシャーをかけられ真剣に取り組んだ結果、
しわ寄せは選手にくる。
理不尽な話だ。


しょせん春先の開催は無理がある。
連覇の威光で『開催時期の再検討を』と、
日本は強く主張したらどうか。
『ダメなら出ない。チャンピオンが出なくていいのか』
とでもハッタリをきかせれば、
少しは考え直すのではないか。


             サンケイスポーツ 4月17日付け
               『甘口辛口』より   今村忠氏
同僚・城島が見た『イチローさんの凄さ』
2009年04月22日 (水) | 編集 |
これがイチローさんの真実―。
マリナーズの城島健司捕手(32)が、
日本選手最多の3086安打を達成した
同僚イチローの“凄さ”を語った。
自身は右太もも肉離れで、入れ替わるように
故障者リスト入りしたが、
『天才の理解者』の貴重な証言だ。

【3086安打】
周りは(イチローさんが)簡単に打っているように
見えるだろうが、
本人は物凄くプレッシャーを感じていると思う。
でも、後ろ姿からはそれを感じさせない。
嬉しい記録だと思うが、当たり前のようにやる
格好良さがある。

【ストイック】
たまに感じるのは、“鈴木一郎”はイチローという選手を
物凄く客観的にとらえている。
だから、イチローさんが私服で野球のことをしゃべっている時、
『おれが』ではなく『彼はね』と言いそうな雰囲気がある。
イチローという選手は、
クラブハウスでユニホームを脱ぎ、球場を出るまで
イチロー選手であり続けようとしている。
選手って、調子が悪かったりすると、
今日やらなきゃいけないことも『やらなくていいか』
みたいなところがある。
逆に調子がいいと、どんどんトレーニングをやりたくなる。
でも、イチローさんは、
『彼は』っていう視点で見ているから、
今日やろうと決めたことはしっかりやるし、
調子が良くても悪くても、やらなくてもいいことはやらない。
無駄が省け、ストイックな毎日にもつながっている。

【的外れな批判】
イチローさんの(チームプレーをあえて否定するような)
コメントというのは、周りから見たら『何でだ?』と
なるかもしれない。
でも、自分にプレッシャーをかける言葉でもある。
米国人は日本の武士道みたいなものが分からない。
成績がずば抜けているから、どうしても自分のことだけを
しておけばいいのか、っていう変な見方をされる。
あの言葉が、どれだけ自分に対してのプレッシャーなのか、
ということが分かっていない。

【リーダーシップ】
最初、イチローさんとは(チームを見つめる)視点が
合わないのかと思ったけど、違う。
(見ているところが)一緒だと感じた。
結構、いろんなところを見ている。
それがリーダーシップなんじゃないかな。
リーダーシップがない人は、自分のこと以外見ていない。
イチローさんが普段から僕に
『ジョー、こうなっているよ』とは絶対に言わない。
僕も求めていないから。
でも、困ったときは、
『こうなっているよ』って冷静に判断して指摘してくれる。
それが本当のリーダーシップだと思う。


          サンケイスポーツより
後進に大きな刺激
2009年04月21日 (火) | 編集 |
読売新聞 『イチローを語る(下)』より


連覇を果たしたワールド・ベースボール・クラッシック(WBC)。
韓国戦で優勝を決める一打を放ったイチローだが、
大会での打率は2割7分3厘と精彩をを欠いた。
それでも世界一に上り詰めたチームには、
イチローの存在感が大きかった。
  

3番に入った青木(ヤクルト)は、
『イチローさんが不振だからこそ』と自らを鼓舞した。
3年前と比べ、主力の自覚を持って大会に臨んだ青木は、
『イチローさんが出ると、絶対かえそうという気持ちになる』―。
事実、イチローが記録した7得点のうち、
4得点は青木のバットで。
イチローは
『流れを止めていたのは僕。
 支えてくれてありがとうと言いたい』と感謝した。
  

3年前の前回大会でイチローに出会った川崎(ソフトバンク)が、
感銘を受けたのは、
野球に対する取り組み方だった。
『室内練習場に行ってビックリした。
 1時間でも2時間でも打撃練習をやる・・・』―。
以降、毎オフに合同自主トレを行ってきた。
『心が折れそうになった』とまで苦しんだイチローについて、
それでも、『いつもと全く変わらなかった』と川崎。
結果が出なくても、決してイチローの志気を下げない
立ち振る舞いに、帰国後、
『もっと好きになりました』とメールを送った。
  

一緒に自主トレを行った小松(オリックス)にとっても
大きな出会いとなった。
1月末に神戸での打撃練習で対決。
大会の後、決勝打について、
『自主トレの成果が出た、と言ってもらった』と小松。
  


イチローと世界一を目指した日々は、小松だけでなく、
あとに続く若い選手にとっても、
今後の野球人生に大きな意味を持つはずだ。



精密機械のような生活
2009年04月20日 (月) | 編集 |
不滅の大記録といわれた張本勲氏が持つ
通算3085安打の日本プロ野球記録に並んだイチロー。
何を考え、どんな行動をとって偉業に到達したのか。
イチローと関わりの深い人たちの証言から探った。

               読売新聞 『イチローを語る(上)』より

試合後、イチローは、アンダーシャツ姿のまま
ロッカーに腰を下ろす。
しばらく真剣な表情で、試合を反すうする時間に充てる。
グラブを磨き、シャワールームへ。
ロッカーに戻って再び座り、記者の質問に背中越しに答える。
  
勝っても、負けても、自分が打っても、打たなくても、同じ。
活躍して喜ぶこともなければ、
不振で肩を落とすこともない。
周囲の自分への評価や、雑音を封じるすべのように映る。
  


イチローの一日は『ルーチン』と呼ばれる決まった動作の
連続で成り立っている。
  
シアトルでナイターの日は、午前中の遅い時間に起き、
午後1時頃、球場入り。
トレーナーの森本貴義さんの入念なマッサージを受け、
チームの練習に加わる。
試合後、郊外の家へ帰り、深夜に就寝する。
  
オリックス時代からイチローのトレーナーを務める森本さんは、  
『行動をパターン化することで、
 調子がいい時も悪い時も、同じように試合に臨める。
 精神面の浮き沈みが少なく、コンスタントに結果が残せる』
  
と説明する。さらに、
『集中力を自然と高める方法が体に染み付いている』と分析。
ルーチンこそ、安打を積み重ねる秘密と明かす。
  


2006年に初めてチームメートになった城島が驚いたのは、
『準備のすごさ』だ。
決まった手順で調整、試合開始の瞬間にトップギアで疾走する
背番号『51』を見て、
『自分はあんな準備が出来ているか?
 イチローさんが相手なら抑えられるか?』と
自問自答してきた。  
  


さらに遠征先のレストランもほとんど決まっていて、
注文するメニューまでも同じことが多いという。
森本さんは
  
『何人もの選手がイチロー君の行動をまねたけど、挫折した。
 彼の生活自体がベースボールなんです』と証言する。
  


1991年12月、オリックスと入団契約してから17年と4ヶ月。
6300日余りはすべて、
球場で最高のパフォーマンスするために費やされてきた。

大記録を生んだイチローの記憶力
2009年04月20日 (月) | 編集 |
サンケイスポーツ 『エモやんの舌好調』より
   ~特別編~

2月のWBC代表宮崎合宿で、イチローに驚かされたことが
あった。
突然声を掛けてきて
『久しぶりですね。SF(サンフランシスコ)のデパート以来、
 あれは2004年でした・・・』―。
オレはバッタリ会ったことだけは漠然と覚えていたが、
いつかまでは忘れていた。
しかも驚いたことに
『いやあ、できればあの時、エモトさんにも誰にも
 会いたくなかったんですよ。
 パンツを買ってたんで・・・』―。
とイッキに続けたのだ。

イチローはオレの顔を見ただけで、
『エモト→04年のSF→パンツ』と瞬時に記憶の回路をたぐった。
野球は、基本的には記憶力の勝負。
打者は投手の球種、球道を体で記憶し、
過去の対戦を頭で記憶する。
この投手の、このコースの、
この球には、バットをこう出せばヒットになる。
記憶を集積し抽出する能力にたけているんや。

張本さんとは現役で対戦したけど、下半身が動かない
不動のフォームからバットが水平に出てくる。
動物に例えるなら『象』。
イチローの打撃には右足を軸にして、
移動しながら獲物を狩るイメージが『ヒョウ』。
できれば現役で対戦したかった。
『パンツ』と一緒に記憶されるんやなくてね。
初恋の人からの手紙
2009年04月17日 (金) | 編集 |
『初恋の人からの手紙』というサイトを
今朝の『ズームイン スーパー』で特集していたので、
面白そうだな、と思いアクセスして遊んでみました。                                          

kuni28さん、ひさしぶり。
もう肉じゃがぐらいは作れるようになりましたか?
「肉じゃが作れば女らしいんでしょ」
と一人でキレていたkuni28がなつかしいです。

kuni28がおれに
「別れないから大丈夫だよ」なんて言いながら
徐々に連絡がとれなくなったあのころから、
もう25年が経ったんだね。月日が流れるのは早いものです。

あ、そうそう、
手紙を書いたのは何か理由があるわけではないんだ。
ただなんとなく学校の前を通ったらなつかしくなって、
思いつくままに書いてみようと思い立っただけ。驚いたかな。

思い返してみると、
あのころkuni28はとても余裕があって、
大人びていたなぁと思います。
男子と幅広く仲が良かったkuni28に、
おれは「男好きだな」などと皮肉を言ったけれど、
kuni28は平気で
「そういう女が嫌いなら付き合わなくてもいいんだよ」と
返していましたね。
そういうkuni28の余裕が、やけに鼻についた思い出があります。

そういえばkuni28にとって、おれって初恋かな?
なんだか普段からやけにツンツンしているわりに、
恋愛になるとぎこちなくなっていたイメージがあります。
もはやあんなウブさはないんだろうけど(笑)。

付き合い始めのころ、kuni28は平気で
「いつか結婚してあげてもいいよ」などと言っていましたね。
あまりの強気(意地っぱり)に唖然としたけど、
その気持ちは嬉しかったものです。
今でもその話は有効なのでしょうか。

全体的に言えば、おれはkuni28と付き合えて
よかったと思っています。
だいぶ自由人なkuni28に疲れたところはあったけど、
おかげでかなり精神力が鍛えられました。

いろいろ書いたけど、おれはkuni28が大好きでした。
これからもkuni28らしさを大切に、
それとそろそろ彼氏の財布からお金盗むのはやめて(笑)、
これからもっと幸せになってください。

またいつか会いましょう。では。

P.S. おれと付き合った過去をみんなに隠しているって本当ですか?


半分当たっていて、半分はずれていますが・・・
結構面白かったです。
男性からお手紙なんて・・・主人から、お付き合いしている時に
頂いたのが最後()でしたから、新鮮な気持ちにもなります。


そして、分析結果は・・・以下の通り。


【短評】
しっかり者で、男性を守る側になることも。
相手の気持ちに配慮もできて精神的にタフ。
弱味を見せないところがある。

(ズバリ

【あなたの恋愛事情を考察】
kuni28さんは、よく「付き合った男性がみんな弱っていく」などと
感じませんか?
または、長く付き合ううちに「私はあなたの母親じゃない」と
言いたくなることはありませんか?
逆に、kuni28さん自身が甘える場面というのは
少ないのではないでしょうか。
   
(すごい鋭い

基本的にはkuni28さんは、
わりと恋愛では「強い」ほうだと思います。
周りの人からは、悩み事がないかのように
思われる可能性もあります。
確かに精神的には比較的タフだとは思われますが、
一方で、そういう役割にばかり追われると、
もっと子供のように甘えたい気持ちが内側に蓄積するものです。

素直さや隙がないために、
相手がkuni28さんをどう愛していいのか、
どこをとっかかりとして幸せにしていいのか、
よく分からないことでしょう。
  
(これは昔、何人かの人によく言われていました
 
そして相手男性が弱くなっていくか、逆に針が振れて、
自分に振り向かないほどの男性(彼女持ちとか)を
いつのまにか選んでしまう可能性もあります。
  
(これは今まで一度もありませんが)

ここから言える、kuni28さんにありそうな問題点を列挙します。

◆自由人でしっかり者だが、男性からしてみると近寄りがたい。
◆なぜか少し弱々しい男性に好かれる。そしてドキドキできない。
◆素直に甘えられる(ドキドキできる)男性を求めると、
  しんどい恋愛に変わる。


これはズバリ!的中しています
結構楽しいサイトです。
たまにはこんな砕けた記事を載せてもアリ・・・かな

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ご結婚50年 天皇、皇后両陛下の会見より
2009年04月16日 (木) | 編集 |
ニュースでも取り上げていた、
天皇、皇后、両陛下の記者会見で、
とても心に残ったお言葉があったので
ここで紹介したいと思います。


~生活にいつも笑い~

<皇后さま>
夫婦としてうれしく思ったこと、
このようなお答えでよろしいのか、
嫁いで1,2年の頃、散策にお誘いいただきました。
赤坂のお庭は、くもの巣が多く、陛下は道々、
くもの巣を払うための確か寒竹だったか、
葉の付いた細い竹を2本切っておいでになると、
その2本を並べてお比べになり、
一方の竹を少し短く切って渡して下さいました。
ご自分のよりも軽く、少しでも持ちやすいようにと
思ってくださったのでしょう。
今でもその時のことを思い出すと胸が温かくなります。
(中略)
結婚してよかったと思った瞬間は、
という難しいお尋ねですが、
もうエピソードはこれで終わりにさせていただいて、
本当に小さな思い出を一つお話しいたします。
春、こぶしの花が取りたくて、木の下で、どの枝にしようかと
迷っておりました時に、陛下が一枝を目の高さまで
下ろしてくださって、
そこに欲しいと思っていた通りの美しい花がついておりました。
うれしくて、のちに歌にも詠みました。
歌集の昭和48年(73年)のところに入っていますが、
でも、このようにお話をしてしまいましたが、
それまで一度も結婚してよかったと思わなかったということでは
ありません。(笑いながら話される)
この50年間、陛下はいつも皇太子、また天皇としてのお立場を
自覚なさりつつ、私ども家族にも深い愛情を注いでくださいました。
陛下が誠実で謙虚な方でいらっしゃり、
また常に寛容でいらしたことが、私の、
おそばで50年を過ごしてこられた何よりの支えで
あったと思います。

            読売新聞(4月10日 社会版より)


相手を敬い、思いやる心を持ち続け、
天皇、皇后さまのお立場ではなく
一人の人間として相手に対して温かみのあるお言葉を贈られ、
そのお二人の会見の姿に、感動させられました。
とても人間味のある会見だったと思います。
天皇、皇后さまの言葉一言一言に教えを受けたようにも
思います。

発せられるお言葉に癒される自分がいました―。
いじめ克服の歌
2009年04月15日 (水) | 編集 |
いじめを克服した実体験をもとに作られた歌がある。
タイトルは『友達にならない?』。
この歌が小中学校などの教育現場で広がりを見せている。


歌のもとになった手紙を書いたのは、現在、
高校1年生になる横浜市の女子(16)。
小学校高学年の3年間、同級生達に無視され、
『当時の記憶が全くない』というほど
自分の殻に閉じこもっていたという。

しかし、卒業式の後、一人の同級生が『友達にならない?』と
声を掛けてくれたことがきっかけで自信を取り戻し、
中学校時代には多くの友達ができた。
中学1年の時、授業の中で、この同級生への感謝を表現した
絵手紙を書いた。
それが校長の目に留まり、学校の廊下に張り出された。


作家のヒロコ・ムトーさんが、絵手紙のことを知ったのは、
2007年11月。
ムトーさんは、いじめを受けた子どもを励ます絵詩集
『あなたがいい』を朗読する活動をしており、
朗読講演のためにこの中学校を訪れた。
絵手紙に感動したムトーさんは、この文章をもとに作詞し、
作曲家に依頼して、
『友達にならない?』と『あなたがいい』を歌にした。


2曲は共感を呼び、横浜市内の中学校や、
長野県や福島県内の小中学校では、
授業で取り上げられるようになった。
東京都杉並区立小学校のPTA連合協議会では、
今年7月、コンサートで会員が
『友達にならない?』をコーラスする。
都内の児童合唱団も今夏以降、
地方公演で歌うことを計画している。


ムトーさんは
『いじめられている子に「友達にならない?」と声を掛ける勇気を
 持って欲しい』と話す。


~生徒の書いた手紙~

   友達にならない?
   どこでかけられたかは、覚えてないけれど
   1年くらい日がたった今でも
   このあたたかい言葉は心に響いて
   私から離れることはない。
   あの時、私は
   『いいよ』って簡単にサラリッと言ったけれど、
   本当はすっごく嬉しかったんだ(後略)
本当に好きなことを見つけて
2009年04月14日 (火) | 編集 |
バンド『シャ乱Q』でデビューし、プロデューサー、
作詞・作曲家としても活躍している つんく♂さん。
昨年出版した『一番になる人』(サンマーク出版)では、
『凡人』だという自分が一番に上り詰めるまでのノウハウを
伝授している。
会社経営者でもある立場から、この不況を乗り越え、
幸せに働くためのメッセージを語る―。

             読売新聞 『オンの才人 オフの達人』より


本の中で、夢や目標に向かって『妄想』するだけでなく、
うまくいかなかったことも含め、
様々なパターンを想定しておくことが大事だと書きました。
  
物事がうまくいく妄想をしたら、
次に失敗するケースを妄想しておき、
それを回避する対策を取る。
どんな失敗にも落ち着いて対処するためで、
危機管理につながります。
  


子供の頃、実家の塩干・乾物屋を手伝った経験が、  
今の自分の原点にあります。  
売り場で創意工夫して商売するのは楽しかったけれど、  
それは『得意』であって、『好き』ではなかった。  
自分の中で  
『得意』と『好き』をしっかり区別しておくことは大切です。  
もちろん、得意だから、それを仕事にするのもアリだと
思いますが、『好き』のエネルギーにはかないません。
  

ただ、学生の頃には
『これが本当に自分の好きなことなのか分からない』
『好きなことが見つからない』
という人もいるかもしれません。
そういう時は、
  
『この人の言うことなら聞ける』
『この人になら3年間捧げてももいい』と思えるような
『心の師匠』を見つけ、
3年間、その人の下で修行する。
その間に、自分が本当に好きなことが見つかるかも
しれません。
  

『石の上にも3年』のことわざがある通り、
若い人には、弟子でも下積みでも、
3年は我慢して頑張ってほしい。
苦しくても、永久にこの苦しみが続く訳ではありません。
  
僕たちには『音楽で売れたい』という希望があったので、
どんなに苦しくても頑張ってこられました。
  


昨年、子ども達のリズム感を育てるゲームソフトを
プロデュースしました。
リズムを教えるというと、日本ではまず理論から入りがちですが、
そうではなく、音符の前にリズムがあって、
跳んだり跳ねたりが楽しめるよう、
ゲームで学べる内容にしました。
いずれこのリズムを学んだ人が、世界で通用するシンガーに
育ってくれたらうれしいですね。
  


世界的に景気が悪化していますが、日本もこの2、3年が
山場だと思います。
まず食や住が優先され、人々が音楽にかけるお金も削られ、
音楽を取り巻く状況は厳しい。
けれど、どんな時代にも音楽は必要で、
これまでも逆境ほどヒット曲が生まれてきました。
自分が苦しい時は、上司も会社も同じように苦しいんです。
  
愚痴を言うのは簡単だけど、
愚痴を言っても世の中は変らない。
だったら、その代わりにポジティブで楽しいことを言った方が
人生は楽です。
  
24時間のうち23時間は必死に働いても、
後の1時間だけは笑っている時間を作ればいい。
そうした幸せな時間を1日いくつ作れるかが大事で、
世の中は厳しくても、
自分の心まで病気になってしまってはダメ。
それは、自分の心持ち一つで変えられることです。
  
昔から、お祭りに行くよりは、
屋台などお祭りに参加するのが好きなタイプ。
  
目の前にいる人が
『面白かった』『楽しいね』と感動してくれるのが嬉しくて、
その一言を常に待っている気がします。


懸命に生きる それが幸せ
2009年04月13日 (月) | 編集 |
85歳となった作家、
佐藤愛子さんの新刊『院長の恋』(文芸春秋)は、
人生にふと訪れる喜びや悲しみをユーモアあふれる筆致で
描いた短編集だ。
帯には『これが最後の作品集』とあり、
5編を収めるが、そこから浮かび上がるのは、
生きることへの絶対的な肯定とも言うべき眼差しである。


父・佐藤紅緑、異母兄・サトウ八チローら
破天荒な佐藤家の人々を12年かけて描いた『血脈』
(2001年刊)以来、久々の小説となった。
刊行まで時間が空いたのは、
『「血脈」でエネルギーを使ったんでしょう。
 その後、小説が書けなくなってしまって』―。
しばらくエッセーばかりをしたためたが、
身辺雑記を記すエッセーは、どうしてもパターン化していく。
自分でも『嫌だな』と感じ始めた頃、
文芸春秋から小説執筆の依頼が来たのだという。
締め切りも枚数も決めない。
自由に書き、書けた段階で順次、雑誌に載せていく、
という条件で。

『それがありがたかった。
 昔は、借金とか生活の為とかに無理やり搾り出していたけど、
 今回は時間をかけ、じっくり書けましたから。
 かつて書き散らしたものを全部捨て、
 これだけを残しておきたいぐらいです』―。

確かな手応えが、『最後の作品集』という帯の言葉に
つながったのだろう。
『次に書くものが、これより落ちるのはイヤ。
 それぐらい、自分でも気に入っているんです』―。


そんな言葉の通り、5編はどれも人間の心の機微を描き、
実に味わい深い。
表題作では、妻子に恵まれ、病院長としても尊敬される
52歳の男が、20歳近く若い女に恋い焦がれ、右往左往する。
『離れの人』では、昔の恋人の前に姿を現した男の霊が、
自分を思い出してもらえぬことに嘆息しながら、やがて、
自分が悲しんでいる理由すら分からなくなる。
『沢村校長の晩年』では、
妻に先立たれた主人公が、お手伝いの過分な善意に辟易とし、
最後は憎みさえするのに、結局受け入れてしまう。


時に滑稽で、時に切ない。
まさにそれが、人生である。
誰もが山や谷を越え、生きて行く。
『人は、かく生きてかく死んだ、それだけだ、という思いが、
 私の芯の部分にあるんです。
 何が幸せで何が不幸かなんて、その時には分からない。
 ただ、大事があれば、そこで精いっぱい頑張って生きる。
 それが幸せということだと思う』―。

その境地に達するには、『荒ぶる血』を持つ佐藤家の男達に
振り回され、自身も結婚で苦労した経験が大きかったという。
最初の夫はモルヒネ中毒、次の夫は膨大な借金を作った。
『もう、悲劇的なことを面白く見立て、笑うしかないんです。
 ひどい話でも、面白おかしく他人に話して笑ってもらえれば、
 自分も一緒に笑い、慰められる』―。

そう生きられれば、ちょっとしたイライラならすぐ解決されるだろう。
例えば電車の中で化粧をする女性を見た場合―。
『ブスがきれいになっていくのを見て、
 さて化けた後、どこに行くのかと想像してみるんです。
 男に会う?なら、男はこの女を美人と思っているのか?
 もし結婚したら、化粧を落とした朝の顔を見て、
 男は失望するのか、あきらめるのか。
 そう考えると、楽しくなるでしょう』―。


もちろん、今の日本の状況にまで視野を広げれば、
簡単に笑い飛ばせるものばかりではない。
だが、
『愚痴をこぼしたり絶望したりする暇があるなら、
 何か出来ることを探せばいい。
 日本人は豊になり、傲慢になった。
 だから少し謙虚になり、立ち直るチャンスにすればいい』―。

辛いことを、笑って紛らわせもするが、
最後には、しっかりと受け止める。
愛子節、健在である。

                  読売新聞より

 
努力と縁で現役最年長
2009年04月10日 (金) | 編集 |
現役最多の通算222勝を挙げ、最年長記録を次々更新して、
28年目のシーズンを迎えた。
来月の子どもの日に46歳になる。
新著『現役力』(PHP研究所』では、
『気付くことが未来を分ける境界線。
 自分を変えるきっかけは足元に転がっている』

持論を綴る、横浜ベイスターズ・工藤公康投手を
今回はピックアップ。
             読売新聞『オンの才人・オフの達人』より


僕は、練習はウソをつかないと信じています。
練習したことは、いつか必ず自分自身に返ってくる。
やればやるだけ返ってくるので、プロ野球選手は、
面白い職業だと思っています。
  
僕は野球しか選択肢がありませんでした。
父親には、
『野球で高校に進学できなければ働け』と言われていました。
だから『自分で何とかしなければならない』と、
昔から思っていました。
  
どうやったら、野球が早くうまくなれるか―
プロのピッチングの分解写真を見て、
ひじ、下半身の動きを研究しました。
努力をしないと運は巡ってきません。
そのご褒美が甲子園だったと思います。


僕の転機はプロ入り3年目、21歳の時でした。
当時の西武ライオンズ・広岡達朗監督に命じられ、
アメリカの1A教育リーグに留学したことです。
  
『厳しさ』『非情さ』『真剣さ』『情熱』で、
自分の置かれていた環境との違いをすごく感じました。
まるで野生のライオンと、飼われているライオンの差のような
もので、自分の考え方を変えました。
  
やらされるのではなく、自分自身で一生懸命努力しようと。  
それから先発ピッチャーに起用され、勝てるようになりました。

人のやっていないことを自分で考えてやるとか、
いろいろなことにチャレンジし、
自分に合わないものは捨て、
大事だと思ったことは取り入れてきました。
そうすることで、今まで続けてこられたと思います。


自分を鍛えて強くしていく為に、アドバイスをしてくれる人との
出会いを逃さないようにしてきました。
人との出会いも運なのです。


40歳を過ぎた今、僕の1年の体の変化は、
若い人の3年から5年に相当すると思っています。
投手である以上、バッターをどうやって抑えていくか、
その為には体をどういう状態に作らなければいけないか―
に日々、集中しています。
球場には早く来て、必ず走ります。
その日の状態によってメニューを考えています。


プロ野球は、ファンあってのもの。
年を取れば取るほど、温かい応援に支えられ、感謝しています。
恩返しの為に、時間が許す限りサインをして応えています。
僕は将来、プロスポーツ選手を目指す子ども向けの
アカデミーを作りたい。
そこでプロ野球を辞めていった人がセカンドキャリアを築けるような
システムにしたいと思います。


妻がいなかったら、ここまで出来ていなかったと、
確実に言えます。
妻は、『パパだったら出来るわよ』と励まし、真剣に
『ああしましょう、こうしましょう』と栄養面で支えてくれます。
さらに、子ども達が僕の家族として生まれて来なかったら、
しかも5人生まれてこなかったら、
ここまで現役でいなかったと思います。
5番目の子は、4番目の子と5つ離れており、
『この子が野球を分かるまでは・・・』という気持ちです。
  
                                 (談)


失望の中に希望の光
2009年04月08日 (水) | 編集 |
読売新聞 『NEWSなおにぎり』~社会部次長 棚瀬篤氏~より


大学でも体育会で続けたほどだから、
子供の頃から野球がうまかったんだろう。
やはりプロ野球選手を夢見たのだろうか・・・。

ご本人には失礼と思いつつ、その若者の来し方を
勝手にあれこれ想像してしまった。
3月27日の神奈川県版に載った
横浜国立大学の卒業式の記事で、
『不安よりも希望の方が大きい』と語っていた学生のことだ。
準硬式野球部の投手として活躍、
今春から小学校の教壇に立つ、とある。


記事を読んだとき、東大社会科学研究所の玄田有史教授が、
『希望学』(中公新書ラクレ)で紹介している話を思い出した。  

プロ野球選手を目指していた人がいた。
中学、高校と練習に打ち込んだが、ある時、
自分の力では無理だと気づく。
夢を失ったその人は、進むべき道が分からなくなった。
そんな彼に、知人がふと、
野球選手になろうと思ったきっかけを尋ねた。
『初めて野球場に行ったとき、芝生の美しさに感動した。
 ここで野球ができたら最高と思った』―。
その答えに知人が言う。
『じゃあ、芝生に関わる仕事をしてみては』―。
閉ざされた道がそこで一気に開けたという。  



この話にはポイントが二つある。  
ひとつは、失望や挫折を経験して人は本当の希望を手にするのだ
ということ。
  
初めから希望を持たなければ失望もしない。
そこに希望を持つことの意味がある。

二つめは、失望が新たな希望に変わるきっかけが、
しばしば人とのつながりの中から生まれるということだ。
『挫折してもいい。壁の前でウロウロしながらいろんな人と
 付き合ううちに、再び希望が見えてくるから』―。
  
若い世代への玄田教授のメッセージである。

先の横国大の卒業生に聞くと、やっぱり子供の頃から
エースでクリーンアップだったという。
小学校の卒業文集で
『プロ野球選手になる』と宣言。
中学の野球部でもエースになった。
が、他校との試合で、世の中にはもっと球の速い人間が
大勢いることを知る。
沈む心を癒してくれたのは、笑顔の優しい体育の先生だった。
やがて教師という仕事への憧れが芽生え、
どうしたらなれるかを具体的に調べ始めた。


気流欄に載った小学校講師の投書によれば、
日本のWBC連覇で、野球選手を夢見る子どもが増えたそうだ。
そこから何人のサムライが育つか。
そんなことを考えるのも楽しいけれど、
今はひとつのその夢が、将来いく通りにも広がる様子を
想像するのも悪くない。  



~今日は息子の中学校入学式でした。
  学年主任の先生が、こんなことを話してくれました。
 『中学校は小学校よりも生徒の自主性が試されます。
  「やらされる」のではなく「自分たちで創り上げていく」ものです。
  小学校では土台を作り、中学校では目的に向かい着実に進歩していく
  大切な時期でもあります。
  中学校生活での様々な行事や出会いが
  お子様の成長の肥料となっていくことでしょう』

息子にはこれからの色々な経験の中で、
その延長上に夢から現実に変化させられるよう、
小学校までの土台を踏み台に、
邁進していって欲しいと願っています。
3年間はあっという間・・・ですよね。

環境の変化・・・話を聞こう
2009年04月06日 (月) | 編集 |
新入学の季節。
新しい友達、新しい先生―期待が高まる一方で、
『クラスになじめるか』『友達と仲良くできるか』と、
子供の人間関係についても心配は尽きない。
家庭では、子供の言動をよく観察し、話を聞く姿勢が大切だ。


東京都内に住む母親(38)は、次女(6)の小学校入学式を
控える。
長女(10)は小学校5年生に進級。
通っている公立小学校は、昨年から全学年で
クラス替えをするようになった。
長女は『クラスが替わるのはさみしい』と話す。
一方、引っ込み思案の次女は、
1月に買ったランドセルも箱を開けようとしないほど不安な様子。
母親は『長女は、新しいクラスになじめるか、次女は、
学校に行けるかが心配』と話す。


『子どもの心のコーチング』の著者で、
NPO法人ハートフルコミュニケーション代表理事の
菅原裕子さんは、
『親が必要以上に心配しないこと。
 その気持ちは、子どもに伝染する。
 子どもは親が思うほど不安でないものです』
と助言する。

だが、環境が変わり、友人関係も不安なこの時期、
『口数が少ない』『考え込んでいる』など、
いつもと違う様子がないかどうか観察することは大切だ。
無理に聞き出そうとせず、子どもが話しやすい環境を作る。
低学年なら、抱っこしたり、ひざに乗せて本を読んだりして
スキンシップを。
中高学年では、遊びに誘うのもいいだろう。
遊びながら、その日の出来事についておしゃべりをする。


子どもが友人関係の悩みを話し出したら、
『大変だったね』『それは嫌だったよね』と、
まず気持ちを受け止める。
そのうえで子どもが解決策を求めてきたら、
時間をかけて考えを聞く。
親の体験を話してもいい。
『子どもが自分で解決しようとする力を奪わないで。
 人間関係に摩擦はつきもの。
 それを経験することで、人との付き合い方を学びます』と
菅原さんは話す。


さいたま市では、小学校の多くで全学年クラス替えをしている。
市立常盤小学校の杉浦健治校長は、
『クラス替えで子どもは友人関係が広がり、
 新しい学年へ向け、気持ちも切り替えられる』と
利点を説明。

同市では学期の初め、小学3年以上を対象に、
『人間関係プログラム』という授業を行っている。
コミュニケーション技術を高めることが目的だ。
(*)マークは、話の聞き方を学ぶロールプレイング(役割演技)
の例。
家庭で試すこともできる。


杉浦校長は、
『かつては遊びの中で人との接し方やマナーを自然に身に付けた。
 それが難しくなった今、
 相手が不快に思っていることに気付かなかったり、
 ささいなことに傷ついたりする子もいる。
 多くの友達と交わり、相手の気持ちを尊重する力を
 養ってほしい』と話している。



(*)話の聞き方を学ぶロールプレイング(2人組)

  ①話し役と聞き役に分かれる
  ②話し役は、あるトピック(日曜日の過ごし方、昨日の夕食など)
   について、1分間話す。
   聞き役は、『相手が元気の出なくなる話の聞き方』をする。
  ③話し役と聞き役を交代し、②を行う。
  ④感想を話し合う。
  ⑤話し役は、別のトピックについて1分間話をする。
   聞き役は、『相手が元気の出る話の聞き方』をする。
  ⑥話し役と聞き役を交代し、⑤を行う。
  ⑦感想を話し合う。
  ⑧『相手に体を向けて話を聞く』『顔を見ながら話を聞く』
   『“うんうん”とうなずく』など、相手が元気の出る話の聞き方を
   確認していく。 
(さいたま市教委の『人間関係プラグラム』などを参考に作成)


                  読売新聞 『くらし 家庭』 より
少年の心つかみ満員の新装甲子園を
2009年04月03日 (金) | 編集 |
12球団一といわれるファン層に支えられ、営業面では安泰
かと思われる阪神タイガース。
しかし、営業責任者の岡本交右球団専務(54)は意外にも、
“未来図”への不安を明かした。


2002年のオフだった。
星野監督の1年目が終わり、名門復興の手応えが
感じられた秋、阪神電鉄社長室を中心に、
『ベースボール戦略』が立ち上げられた。
岡本専務は同室部長として、この計画に参加した。
『電鉄、球団、流通などグループ全体で
 “ファンが何を求めているか”を、年々くみ上げ続けています。
 10年計画とか、期限を切る考え方ではなく、
 継続的な試行錯誤です。
 ファンに良かれと思ったことはすぐにやり、
 ダメだったらすぐに変える。
 これが、今のタイガースです』―。

“改革初年度”の03年、いきなりチームは優勝。
その後もV争いが当たり前となった。
岡本専務が指揮する営業部門も、入場者数を実数で発表するように
なった05年以降、巨人を抑え4年連続で12球団1位と
なっている。
しかし、岡本専務は世間の変化が、阪神の
“未来図”に不安な影を落としていると予見した。


『社会の少子高齢化は、プロ野球にも必ず影響を与えるはずです。
 実際、私どものファンクラブの平均年齢が高齢化しており、
 これは今甲子園に来て下さっている300万人にも
 当てはまるでしょう。
 “将来のファンをどうやって増やすか”が、大事な仕事です』―。

既に、土曜日の2軍公式戦後は、選手全員が残って
野球教室を開催するなど、
少年ファン獲得への地道な努力を始めている。
そして今年からは、新装甲子園を中心に、
次世代のファンを生み出す企画を打ち出す。

『球場をきれいにすれば女性や、家族連れが増える。
 これは私案ですが、ボード(電光掲示板)に映った
 お子さんの映像を、
 すぐにプリントして記念品として贈る。
 これは印象に残りますよ』―。

03年以降、優勝争いの常連となった阪神タイガース。
新装甲子園が、
“ダメ虎を知らない子ども達”だけで満員となる日も近い。

              サンケイスポーツ 『球界未来予想図』より
                               岩渕直一氏

日本一広い球場・・・ではなかった。
2009年04月02日 (木) | 編集 |
『日本一広い』と思い込んでいた甲子園球場は、
実は中堅118㍍、両翼も95㍍しかなかったそうだ。
このほど改修工事を終えて判明した。
これまでは公称がそれぞれ120㍍と96㍍。
『平成3年にラッキーゾーンを撤去した時に
 測定しているはずだが・・・』と
関係者も首をひねっているという。


42.195㌔のマラソンでは、ワイヤを使って尺取虫のように
計測し、さらにメーター付き自転車3台を走らせて念入りに測る。
1000分の1のプラス42㍍までの誤差は許容範囲で、
マイナスは認められない。
42㌔でもそれだけ厳格なのに、たかが100㍍で1㍍もの誤差
というのは、なんともずさんで、このハイテク時代に信じられない。


セ・リーグの本拠地では横浜スタジアムの94㍍、118㍍と並ぶ
“狭さ”になる。
甲子園はファウルグラウンドが広々としていて、
スタンドの傾斜がなだらかな為広く感じるのか。
もし横浜のように傾斜が急だったら、もっと圧迫感を
感じるはずだ。
70年以上も誇大サイズで通用したのも
目の“錯覚”によるものらしい。


阪神出身の本紙専属評論家・江本孟紀氏はいう。
『私がいた頃から中堅が実は118㍍と分かっていた。
 当時は後楽園も両翼が実測85.5㍍という時代で
 表示もインチキも多かったが、
 公にしないのは“武士の情け”でもあった。
 今回、阪神電鉄がきちんと公表したのはいいことだ』―。


陸上の100㍍なら1㍍の誤差は大問題だが、
野球では実害はない。
だからどうしたと・・・笑い話で終わるような話ではある。
とはいえルールで規格(両翼約100㍍、中堅約122㍍以上)が
決まっている以上、
いつまでも笑い話では済まないのではないか。


              サンケイスポーツ 『甘口辛口』より
                                 今村忠氏


私も以前、甲子園球場に母校を応援に行きましたが、
第一印象は
『思ったより狭い』・・・でした。
たかが1㍍、されど1㍍・・・。
公の場での公表は、偽りなしでいてほしいです。
どんなことでも。
江本孟紀氏のいう『武士の情』って
見て見ぬフリをしていた、ってことですかね?
大人って、都合悪い時には“見て見ぬフリ”を上手く活用することで
世の中うまく潜り抜けていける生き物なのでしょう。
私はいつも真正面から受け止めてしまうので、
目を背く、という器用なことができない性分だから、
損しているかもしれません・・・。 トホホ・・・(涙)

盲学校にオルゴール 半世紀
2009年04月01日 (水) | 編集 |
山梨県立盲学校(甲府市下飯田)に匿名の女性が
1964年から贈り続けているオルゴールが今年も届き、
内松太一校長が先月10日の卒業式で、
卒業生一人一人に手渡した。
毎年、卒業式が近づくと、
『今年の卒業生は何人ですか?』と
女性の声で学校に電話がある。
女性は名乗ることはない。
今年は、3月初めに木製オルゴール
(縦15㌢、横20㌢、高さ10㌢)が10個届いた。
ふたを開けると、
『カノン』か『星に願いを』のメロディーが流れる。
『あなたの上に、神のご加護がありますように』と
点字メッセージが入っている。

幼稚部、高等部など12人の卒業生のうち、
これまでにオルゴールをもらっていない10人が受け取った。
幼稚部を卒業した宮本龍貴ちゃん(6)は
『早く聞きたいな』と笑顔を見せていた。


赤井美知恵教頭は
『感謝の気持ちでいっぱいです。
 贈り主は女性としか分かりませんが、
 詮索しないようにしています』と話した。


―とても粋な計らいですよね。
 この記事を読んで、このような奉仕の心を持てる大人に
 なりたいな、と心を打たれました。
 私も今、出来る範囲で社会奉仕をしたいと
 常々思っています。
 ただ、実行を起こすには気力と勇気と勢いが必要でしょう。
 今の所、実行したいと思っていることは、
 先月、息子が退団した少年団を
 今後はサポートしていきたい、ということと、
 地区の為、慈善活動を続けること・・・です。
 募金活動もコンビニなどに小銭を入れたり、
 誰でも出来る事を実戦しています。
 世の為、人の為に、奉仕の心を持ち続けたいと思います―