日々様々なスポーツ界での出来事や、気になった記事を取り上げ考えていくブログです。
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『基礎』が個性養う
2008年12月31日 (水) | 編集 |
戦後日本の経済発展は日本人の高い教育水準に
支えられてきたと評価する人が8割近い。
これは戦後教育への自信の表れだと思う。
平等な教育の機会を保証してきたということ、
基礎的な学力を身につけさせてきたということへの評価も高い。

ただ、調査では今の教育には厳しい数字が並び、
こうした三つの点に対する評価の高さは、
『今後も維持して欲しい』という願望の表れとも言えそうだ。
  



学校教育への不満は急に増えてきているわけではない。
しかし、3分の2の人が不満だというのは高い水準だ。
教育については『1億総批評家』ともいわれる
国民の関心の高さも反映されているようだ。
  



『教師の質』を不満に思う人が5割を超えたのは、
ゆゆしき問題だ。
『道徳教育』への不満が4割を超えたのは、
家庭でしつけをできず、学校でもできていないことへの
不安の裏返しではないか。
  



学力が低下したと思う人が増えたのは、
国際調査で日本の子供の学力低下が示されていることに加え、
『ゆとり教育』の問題が国民的な認識として
行き渡っているためだろう。

 

ゆとり教育は本来、基礎的学力をしっかり教えた上で、
応用力をつけさせるのが狙いだった。
しかし、実際には教える内容が減っただけになってしまった。
被害者は子ども達だ。
『ゆとり教育』も『詰め込み教育』もそれなりの長所はある。
進め方に注意が必要だ。
  


日本の教育が子供の才能や個性を伸ばしてこなかったとする人が
3分の2を占めている。
才能や個性は基礎的な学力、
やらなければいけないことを身につける過程で養われていく。
『型』を教えられて初めて、そこからはみ出そうとする
バネが働くからだ。
それが今は、最初から『好きにやっていいよ』と言われ、
何をやっていいのか分からないという状態だ。

『基礎』を教えることが十分でないからだ。

          読売新聞より 昭和女子大学長 坂東真理子氏 
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多忙な1年でした・・・。
2008年12月31日 (水) | 編集 |
久々の更新です
チーム、地区少年団それぞれの納会、
来年3月の我チーム30周年記念式典の準備など・・・。
子ども達とのクリスマスパーティーや
年末の大掃除、年賀状作成そして、
店の仕事などなど・・・

ブログを開く時間が無くて慌しい毎日をおくっています


いよいよ2009年、迎えますね。
息子もいよいよ中学生。
気持ちを新たに日々、中学での部活に着いていけるよう
体力づくりをこの冬も毎日欠かさず続けています。


明日の元日は笠間稲荷神社へ参拝、その後
主人の実家(三茶)へ2泊。
2日は毎年恒例、主人と国立競技場へ
大学ラグビー選手権準決勝を観戦に。
3日は夕方から私の実家の新年会でボーリング大会、
カラオケ大会、新年食事会。
4日からは仕事・・・と、ハードな3日間をおくる予定です

1月中旬に中学校説明会、
3月は息子の卒業式、野球チームの卒団式、30周年記念式典、
4月は入学式。
行事が目白押しですが、楽しみでもあります。
卒業式に私は、父兄代表で謝辞を述べることになり、
そちらの方が気になっていますが・・・


この『一緒に育てよう!』も
みなさんの支えで2年続けられました。
今後も色々な角度で皆さんに良い記事や気になったことなどを
お伝えできたらと思っております。

今後とも末永く宜しくお願い致します。
そしてみなさん、よい年を





サーフトレやるぞ!!
2008年12月22日 (月) | 編集 |
西武のG・G・佐藤外野手(30)が19日、
優勝旅行先のハワイで今オフの自主トレにサーフィンを
導入する構想を明かした。
大波を乗りこなすバランス感覚と粘り強さを備えた下半身が、
持ち味のフルスイングをさらに進化させるというのだ。


波間に浮かぶサーファーたちを見つめるうちにピカッ。
G・G・佐藤がひらめいた。
『日本に帰ったら、サーフィントレをやりたい。
 打撃と同じでバランスが命だから、通じるものがあります』―。
この日、22日までバカンスを楽しむチームメートより
一足早く、笑顔でホノルル発の航空機に乗り込んで帰国。
頭の中はすでに野球モードにシフトしていた。

『予測できない波に対処することは投手の球への対処と似ている』―。
サーフィンは未経験だが、オフは横浜市内のジムで
トレーニングする為、“サーフィンの名所”神奈川・湘南海岸など
練習場には困らない。
“おかわり君”こと中村と並んで
来季の有力な主砲候補が、珍練習で連覇の扉を開く。
“朝原走法”で加速!!
2008年12月22日 (月) | 編集 |
ヤクルト・田中浩康内野手(26)が18日、
埼玉・坂戸市の城西大グラウンドで、
2008年北京五輪男子400㍍リレーで銅メダルを獲得した
朝原宣治氏(36)の走り方を伝授された。
同五輪で短距離コーチを務めた土江寛裕氏(34)の
指導を受け、体に負担の少ない“朝原走法”で
来季はフルイニング出場を目指す。


陸上トラックでの練習は、みっちり3時間。
ハードルをまたぎ、走り方をビデオで撮影してチェックするなど、
田中浩が陸上選手ばりの練習に汗を流した。
『体に負担のかからない走り方を身に付けるのが狙いです。
 ケガも減るし、今後も継続的に続けていきたいですね』―。

入門したのは1996年アトランタ、2004年アテネ両五輪で
100㍍と400㍍リレーに出場し、
北京五輪では短距離コーチを務めた土江氏(同大陸上部監督)。
早大の先輩後輩という縁もあって実現した。


北京五輪で銅メダルに輝いた男子400㍍リレーの
“高速バトンパス”を考案した土江氏は
『地面をけって進むのではなく、
 地面の跳ね返す力を利用する方法を伝えました。
 理想は朝原さん』―。

守備、走塁時のスピードアップが課題の田中浩に、
今年9月に引退した朝原氏の飛び跳ねるような走り方を伝授した。

『今までと全然違う走り方。頭を使うと疲れますね』と田中浩。
目標とするフルイニング出場へ
“朝原走法”で走り出した。
現代版 スクールウォーズ
2008年12月19日 (金) | 編集 |
ラグビーの元日本代表、大八木淳史氏がゼネラルマネージャー
(GM)を務める高知中央高が、
創部2年目で全国高校大会への出場を決めた。
昨春、同氏が就任し部員11人でスタート。
いまは21人で、他の高校や部活動で脱落した“落ちこぼれ”の
受け皿でもある『つぎはぎだらけ』のチームを
熱血指導で花園へ導いた。


タレント業のかたわら、大八木氏は母校同志社大の大学院生
(博士課程)として
『地域スポーツクラブによる青少年育成システム構築』を研究し、
論文執筆中。
GM就任も全国大会出場が目的でなく、
研究に沿って
『高知のラグビー普及と、ラグビーを通じて人生の生き方を
 教えたかった』と話す。


主力の1人は全国屈指の強豪校から今春転校してきた。
勝利至上主義にちていけずに脱落したその部員に、
規則で対外試合には出られない半年間、
“プレーイングコーチ”に任命すると
水を得た魚のように動き回った。
反対に退学になった元部員が試合を応援に来たり、
大人たちのクラブチームでラグビーを続けているという。


『部員が出たり入ったりだけど、退学してよそに行っても
 忘れずに見に来てくれたのは本当にうれしい』と
目を細める。
ほかに京都市社会教育委員、香川大客員教授の肩書きもあり
『体がいくつあっても足りない』ほどだが、
年間120日のペースで高知に通い、
『スポーツの教育力』という理念を体現した。

12月6日、組み合わせ抽選が行われた。  
『うちが一番弱いと思うし、強豪相手に恥をかくかもしれないが、
 花園で新たな人生の生き方をつかんでほしい』―。
ラグビー不毛の地から現れた新星の戦いぶりに注目したい。


                  サンケイスポーツ 『甘口辛口』より
                               今村忠氏
近未来予想図(広島)
2008年12月18日 (木) | 編集 |
広島東洋カープの松田元オーナー(57)。
来季の“新球場元年”を起爆剤とした、
元祖地域密着球団の未来図を語る。


祖父から3代、半世紀以上にわたり
“地域密着”“独立採算”の球団理念を守っている松田オーナー。
『将来の大きな問題は、テレビ放映権の低下。
 今でも(巨人戦中継地上波減で)ピーク時の半分くらい。
 観客動員を伸ばし、グッズを新展開させることで埋めたい』と、
近未来図の課題と対策を明かした。


課題克服へ、期待がかかるのが来季開場する新球場だ。
さまざまな座席や27種類もの飲食売店などを用意。
『野球に興味がなくても、家族や友人、会社の同僚たちと楽しめる
 空間になっている』と、
初年度の動員目標を、今季より11万人増、
球団新記録の150万人(過去最多は79年の145万4000人)に
置いている。

さらに、再来年以降についても
『ディズニーランドと同じ。
 アトラクションを増やすように、年々進化させたい』と表明。
一例ではグッズ売り場に歴代の名選手の用具を並べ、
博物館としても楽しめるようにするなどを検討している。

『新球場は今までの日本の球場と、2つの点で全く違う。
 1つは特別な形のフィールド。
 そして2つ目はファン、自治体、財界、みんなで作った球場(*)
 だということ。
 みんなの誇りにしてほしい』―。

一方で、球場は変わっても、球団の“精神”は変えない。
インタビューの最後、松田オーナーは熱く断言した。
『ウチのスタンスは、あくまでも“育てる球団”であること。
 FAで誰に出て行かれても、必ず次を用意しておいて、埋める。
 ウチがプロ野球に生き残れる要素は、これしかない』―。

チームは91年以降優勝がなく、11年連続でBクラスに甘んじている。
しかし、新球場効果と信念に基づく経営方針は、
いつの日か広島に勝利を呼び込むだろう。

(*)総工費は約90億円。
   市民球場建設時の『たる基金』を再現した、ファンの募金は、
   1億2500万円に上った。


~地域密着パイオニア 67種の地域活動~

今でこそ多くの球団が『地域密着』を打ち出しているが、
広島は半世紀も前から取り組んでいる。
『広島の人が当たり前だと思っている活動を、ヨソの球団が聞いたら
 ビックリすると思うよ』と松田オーナー。
今季も核兵器廃絶を訴える『折りづるナイター』から
地域行事への協力など、実に67種類もの市民交流、
貢献活動を行っている。


*新球場に誕生するユニーク施設のあれこれ~
①パーティーフロア・・・貸切スペースで宴会しながらの観戦が可能
②テラスシート・・・グループ観戦用に2階最前列、右翼ポール際などに
           設置。ウッドデッキのテラス席も
③飲食施設・・・牡蠣めし、広島風お好み焼きなど地元名物から
          和洋デザートまで27店舗
④のぞきチューブ・・・右翼フェンス下部に設置された横12㍍、縦60㌢の
             のぞき窓から観戦できる
⑤ただ見エリア・・・左翼場外に入場券なしで場内をのぞけるスペースを
            設置
        
ライオンキングになる
2008年12月17日 (水) | 編集 |
サンケイスポーツの巨人オフ企画は、
09年の飛躍が期待される若手にクローズアップ。
来季のキャッチフレーズ、公約は・・・。

第1回は今季、中継ぎ&先発とフル回転した
東野峻投手(22)。
背番号『93』から“完全男”の槙原寛己投手が背負った
『17』に変更する右腕が、先発ローテ入りを宣言した。


これも今シーズン得た自信からか。
目標を語る口調と視線に、勢いが感じられた。
『今年は自分の立場は負け試合のロングリリーフ。
 来年は最初から投げる立場を確立したい』―。
東野が、来季の先発ローテ入りを目標に掲げた。
09年はFAで大リーグ挑戦を表明している
エース上原不在での戦いを強いられる。
首脳陣がポスト上原として、東野にかける期待は大きい。
その証として、背番号も来季は『93』から、
槙原寛己が背負っていた『17』に変わる。
期待に応えるため、東野はふたつの課題を克服する。


①フォークの完全習得
今季も投げたが『あまり落ちなかった』という。
そんな中、9月の広島遠征中、鉄板焼き店で偶然、
広島・東出と一緒になり、
『落ちる球があったらもっとよくなる』と助言された。
それ以来一層、習得への気持ちが高まった。
今オフは師匠の豊田に積極的に指導を受けるなど
目の色を変えている。

②禁煙
昨年まで1軍に定着できず、ストレス解消のために
1日20本程度、吸い始めた。
だが、今季中盤に原監督から注意を受けた。
『うちの先発投手に喫煙者はいないぞ。
 どうなんだ?
 いつになったらやめるんだ』―。
この言葉に一念発起したが、現在でも禁煙には至っていない。
『やめるように頑張ります』―。
来季はクリーンな肺で長丁場を切り抜ける覚悟だ。
『賞金とかでいろいろ買えるようになりましたね。
 Tシャツだと、自分の好きなブランドは1枚1万円くらい
 なんですけど、最近は3,4枚買えるようになりました』―。

今季はプロ初勝利も挙げ、年俸も625万円から、
1560万円に増えた。
スタートへの階段を一歩ずつ上がっていく。
東野の09年は希望に満ちている。

                       近藤安弘氏

~上司の通信簿・原監督~

ジャイアンツの大エースになる人は、人並み外れた技術、
体力、全てを持ち合わせている。
東野にもそれぐらいの投手になってほしいし、
なれると期待している。
若い投手達と投手王国を築きたいと考えているので、
東野にもスポーツ選手なんだから、
タバコは吸うなと言っている。


*東野峻 (とうのしゅん)
1986(昭和61年)年7月11日、茨城県生まれ、22歳。
鉾田一高から05年ドラフト7巡目で巨人入団。
昨季は2軍でセットアッパーとして27試合に登板、
防御率1.74と活躍。
今季は9月17日の横浜戦(横浜)でプロ初先発、
初勝利を挙げた。
今季成績は28試合に登板、2勝0敗、防御率2.80。
1㍍86、85㌔。
右投げ右打ち。独身。

謙信戦法で連覇!
2008年12月15日 (月) | 編集 |
車懸かりの陣で世界一を目指す!
来年3月のワールド・ベースボール・クラシック(WBC)で
日本代表監督を務める巨人・原辰徳監督(50)は
WBCでの打順を3ブロックに分けて構築するプランを
明らかにした。
戦国武将・上杉謙信が川中島の戦いなどで用いた戦法で、
まずは“コリンズ中国”を撃破!
日本を2連覇に導く。


指揮官はすでにWBC本番での打順の構想も練っていた。
手本は上杉謙信が編み出した『車懸かりの陣』―。
円状に配置された舞台が風車のように回転して戦う。
敵と当たった部隊は後方に回り、
新しい部隊が次々と前へ出て行く。
相手に息つく暇を与えず、連続攻撃を仕掛ける戦法だ。


『代表チームはみんながクリーンアップを打てるような選手だから、
 全体を3つに区切り、一の矢、二の矢、三の矢の
 車懸かりで戦う』―。

9人のサムライを3つの“部隊”に分け、
各部隊は同タイプの3兵士が波状攻撃していく。
『1~3番は出塁率が高い選手、
 4~6番は得点力はもちろん進塁率など自己犠牲のできる選手、
 7~9番は意外性のある選手』
と説明した。

イチロー、青木、松井稼らで塁に出て、
松中、小笠原、村田らで得点を奪い、
福留、城島、岩村らで追い討ちをかけるイメージだ。

『日の丸を背負ってサムライジャパンとして強く戦っていこう、
 という内容に、自分のサインを書いた。
 みんながいいスタートを切ってくれると信じている』―。
日本代表暫定候補44選手に、原監督は8日発送で
各選手に手紙を送ったことも明かした。
指揮官からの檄文を手にしたサムライが来春集い、
究極の目標に向かって突き進む。
育て勝つ~巨人新時代(下)~
2008年12月14日 (日) | 編集 |
プロ1年目のシーズンを終えようとしていた
左腕の古川祐樹(明大)は、
その書類にうなずくしかなかった。
『変化球の勝負球』の欄は、10点満点の『5』だった。
『決め球がないとずっと思っていた。
 それを明確に示され、改めて課題だと感じました』―。


書類とは、今季から一、二軍の若手約50人に導入した
選手評価の『カルテ』だ。
  
投手ならスタミナ、対左打者など、
野手なら長打力、俊敏性など10項目を採点。
グラフにし、コーチからの課題も示す。
  
松尾英治・育成ディレクターによると、  
『現状の課題を分かる形で示し、反省と目標を選手自身で
 考えさせることができる』―。
  


効用は幅広い。
一軍昇格の際も、首脳陣がカルテ一つで明確に特徴を
把握できる。
情報は更新、蓄積されるため、
『選手を獲得した際、同タイプの先輩のカルテを見て、
 育成方法などの参考にできる』と松尾ディレクターは話す。
  


ドラフト戦略でも新機軸を打ち出した。
球団では、谷佳知や高橋尚成ら、大学や社会人を経て
プロで活躍した12球団の選手を分析。
清武英利・球団代表は高校時代にドラフトから漏れた彼らが、
おしなべて体が小さいことに着目した。
『従来なら漏れていた選手を育てたい』と今秋ドラフト4位で
獲得したのが、1㍍72の橋本到(仙台育英高)だった。
スピード感あふれるプレーが身上の橋本もまた、
未来への大きな一手だ。
  


実践機会を大幅に増やし、ドラフトの間口を広げ、
評価を体系化した。
球団では来季1月に育成部を創設し、
より育成に軸足を置くことになる。
その中でポジションをつかむ原石たちは一握りだ。
  


選手には何が必要か。  
岡崎郁・新ニ軍監督は人気ポップスグループ・ドリカムのヒット曲、
『未来予想図Ⅱ』に例えて言う。
『選手には何年後にこうなりたいという“未来決定図”を
 持って欲しい。
 そのために何をするべきかという“未来計画図”も
 描いてもらいたい』―。
  


今季飛躍した坂本勇人の決定図は、
『3年後の打率3割、20本塁打』。
そして、免除された秋季練習に志願参加して、
誰よりも最後までバットを振っていた姿が、計画図である。


チーム、選手が一体となった『育成の巨人』を築き上げるための
挑戦は、スタートしたばかりだ。
  


          読売新聞 『育て勝つ~巨人新時代~』
                        清水暢和氏・西村海氏担当            
育て勝つ~巨人新時代(中)~
2008年12月14日 (日) | 編集 |
今季イースタンで最も多く打席に立ったのが、
巨人の高卒新人中井大介だった。
96試合中、94試合に出場して、390打席。
松尾英治・育成ディレクターが付け加える。
『台湾遠征や教育リーグ、昨年からのチャレンジマッチも
 含めると、500打席近くになります』―。
ここにも育成戦略が隠されている。
  


若い時の打席数はその後の飛躍と密着に関連している。  
2004年の青木(ヤクルト)は二軍で346打席に立ち、
02年の中島(西武)は実に429打席だ。
  
巨人ではOBの二軍の数字を検証した。
今より二軍の試合が少ない時代に、駒田徳広は2年目に
268打数で、岡崎郁は入団2年目から3年連続200打数を
クリアしていた。
後の主力はほぼ例外なく若い時に多くの実戦を経験していた。
  


巨人で06年に300打席を越えた選手はいなかったが、
07年には強化指定選手を設定、
3人が330打席をクリアした。
その内の1人が坂本勇人だった。
  
『練習で技術的なことを教わり、試合では色々と試すことが
 できて良かった』と坂本は語る。
坂本は二軍の試合後に毎回打撃、守備練習を行い、
修正を行った。
試合で課題を浮かび上がらせ、練習で克服し、実戦に臨む。
理想的な形だった。
  


今季はさらに選手ごとに打席数、登板数の目標値などを
細かく設定した。
もちろん、ケガなどでクリアできなかったり、
目標を大きく超える選手も出てくる。
  
今季二軍監督を務めた吉村禎章・一軍野手総合コーチは、
『坂本も中井も、体が強く、結果的にあれだけの打席数になった』
と話す。
  
原監督が求める『強い選手』の第一条件は、
試合に出続けられる強い体だ。
坂本が今季、日本シリーズまで含めて全155試合でスタメンを
張れたのは、あらゆる意味で昨年の二軍の経験が
下地となっている。

  

その実戦機会が、来季はもっと増える。
球団では独立リーグや社会人との対戦を組むなどし、
大幅に試合数を増やす方向だ。
清武英利・球団代表は前を見据える。
『来季以降、どの球団よりも多く試合をやる。
 数年後にはその差が如実に表れるはずだ』―。


第二、第三の坂本誕生の布石は着実に打たれている。  


                  (読売新聞より)
育て勝つ~巨人新時代(上)
2008年12月12日 (金) | 編集 |
高卒2年目の坂本勇人、育成出身の山口鉄也ら、
若い力が主力とかみあってリーグ2連覇を成し遂げた巨人。
育成選手制度をうまく活用し、実践の機会を増やすなど、
さらなる充実に向けて着実に進んでいる。
未来を見据えた巨人の育成戦略をリポートする。

                           読売新聞より

~育成制度で原石発掘 山口鉄也投手~

2005年10月。
ジャイアンツ球場(川崎市)で行われた巨人の入団テストで、
スカウトらの視線は異色の経歴を持つ左腕に注がれた。
それが、当時21歳の山口鉄也だった。

山口は高校卒業後に米国へ渡り、3年間ルーキーリーグでプレー。
日本のプロ野球を目指してこの年の夏に帰国し、
横浜と楽天の入団テストを受けたが、不合格となっていた。

140㌔前後の直球を投げ、チェンジアップも鋭く落ちる。
ただ、制球が悪く、いい球は10球に1、2球。
『大化けするかもしれないが、ドラフトで指名するには実績もない』と
獲得するかどうかで揺れていた末次利光スカウト部長(当時)の頭に、
育成ドラフトでの指名が頭をよぎった。

この年、プロ野球界初の試みとなる『育成選手制度』の実施が
決まった。
育成選手の最低年俸は240万円。
支配下選手の440万円と比べ、
かなり低い金額で契約することができる。
そのため、巨人のスカウトは、育成制度の導入が決まった時から、
ドラフト指名選手と並行して育成で獲得できる選手がいないか
目を光らせてきた。
粗削りながら、可能性を秘める山口はうってつけの存在だった。
『プロの高いレベルに挑戦できることがうれしかった』と山口。
この時の育成ドラフトで、横浜と楽天の指名選手はいなかった。

巨人は育成制度の導入依頼、育成ドラフトで12球団最多の
15人と契約している。
この数字に、埋もれた原石を発掘しようという強い姿勢が
表れている。

山口と同じく育成から一軍昇格を果たした隠善智也は、
大学4年春に不振に陥って他球団がリストから外す中、
山下哲治スカウト部長が打撃センスを評価して獲得を決めた。
『育成制度がなければ、山口も隠善もプロ入りはなかった』と、
山下部長は言い切る。


これまでに、山口や隠善のほか、松本哲也、オビスポ4選手が
支配下登録されている。
今季は山口が育成出身初の2ケタ勝利となる11勝をマークし、
新人王を獲得。
隠善も、故障者が相次いだ外野の穴を埋めた。
育成制度と、その制度を積極的に活用しようという
球団の戦略がなければ、彼らの活躍はなかった。
 
『走塁意識の差』でヤンキースを上回ったレイズ
2008年12月11日 (木) | 編集 |
レイズが今季球団創設11年目で初のリーグ優勝を果たしたのに対し、
ヤンキースは14年ぶりにポストシーズン進出を逃した。
ア・リーグ東地区で起きた『下克上』は、
まさに現代社会の縮図だった。
珍事でも偶然でもない。
それは『ある意識の差』から生まれた―。
  


≪走れ走れ≫  
レイズは今季『全力疾走』を掲げた。
全力疾走で防ぐことも可能な併殺打の数は、
リーグ最少タイの111。
ヤンキースは全力疾走を怠ったわけだはないだろうが、
リーグワースト3位の149。
走塁の意識は明らかにレイズの方が上だった。
  
その結果・・・。
併殺を崩せれば、進塁につながってくる。
  


≪進め進め≫  
レイズの今季盗塁数は142(失敗50)。
企図数が192で、成功率は74.0%。
ヤンキースの成功率は75.1%(成功118、失敗39)と
レイズより高いが、企図数は157と少なく、
走れるのに走れなかった、いわば宝の持ち腐れ状態だった。
『先へ先へ』の意識もレイズが上回った。
  
その結果・・・。
二塁や三塁に走者を置いた得点圏での打席数にも差が出た。
  


≪チャンスの演出≫  
レイズの得点圏の打席数は昨季1703→今季1726と
23打席増えたのに対して、
ヤンキースは1963→1735と228打席も減少。
その得点圏での得点は、レイズが570→577と
7得点伸ばしたが、ヤンキースは739→592と
147得点の大幅減となった。
  
レイズは走塁と進塁の意識を“補強”することで、
得点増に成功したが、
ヤンキースは従来通りの戦力補強に固執した。
その結果・・・。
レイズの完勝だった。
  


現代社会も同じだろう。
ヤンキースのように有能な人材を集めておくだけで
企業が成長する、そんなバブリーな時代は終わった。
レイズのように個々の意識を変えて、高めていくことが
成長につながる。
データーは両軍の差をしっかりと“表現”していた。
  


               サンケイスポーツ 『記録で読むMLB④』より
                                    小川真幸氏 

クリスマスに子ども達に夢を贈る“クリスマス・イベント”
『お父さんと過ごすクリスマスナイト~レイズ岩村明憲選手のトークショー』
(主催:サンケイスポーツ)を12月25日(木)、19時~20時半まで、
都内品川区の学研本社ビル3F多目的ホールで実施します。
米国のメジャーリーグで活躍する岩村選手を招き、
家族愛や親子愛をテーマにしたトークショーに、
300人の子供&父親を無料で招待!
岩村選手とのふれあいを通して、子ども達に野球をはじめとする
スポーツへの関心を高め、同時に父親と子供の『絆』を深める
きっかけ作りが出来ます。

【岩村明憲トークショーの内容(予定)】
 ・米国での生活や経験
 ・スポーツと教育に対する考え
 ・子供の頃の夢
 ・夢を叶えるために努力したこと
 ・家族との思い出
 ・子供との関わり
           など

【応募方法】
参加希望者は郵便番号、住所、参加者全員の氏名、年齢、
代表者職業、電話番号、メールアドレスを明記の上、
①ハガキまたは②メールで応募して下さい。

①〒100-8140
  サンケイスポーツ事業部
  『お父さんと過ごすクリスマスナイト』サンスポ係まで
②件名を『お父さんと過ごすクリスマスナイト』とし、
  t-spo-jigyo2@sankei-net.co.jp まで。

【応募資格】
小学4年生~中学3年生の子供とその父親

【応募締切】
12月17日(水)必着。
応募者多数の場合は抽選。
当選者の発表は招待状の発送をもって代えます。

【問い合わせ】
03-3275-8851(平日10時~17時)

【主催】
サンケイスポーツ

【後援】
産経新聞、夕刊フジ

【特別協賛】
学研

【岩村選手のイベント情報】
http://www.r-amsports.com


残念ながら、うちも応募したかったのですが、
主人が仕事の為、断念せざるを得なかったのですが、
この機会に是非、参加してみて下さい!!
私も会いたかったです

球界近未来予想図 (1)
2008年12月10日 (水) | 編集 |
~ファンサービス “勝率10割” 目指す~


プロ野球人気再興へ、各球団の秘策をキーマンが明かす
オフ企画。
第1回は、日本一を奪回した埼玉西武ライオンズです。
荒原正明事業部長(40)は今季からの『再生3年計画』を指揮。
昨年、12球団最下位まで落ち込んだ観客動員数を
3割増させました。
計画2年目となる来季以降の戦略を披露してもらいました。
                         (取材・構成 岩渕直一氏)


今季、渡辺新監督ら首脳陣を一新。
同時にフロントも大改革した。
プリンスホテル出身の荒原部長を中心に、全職員78人のうち
6割を事業部に充てる総力戦で、3年計画が始まった。

1年目の今季は、球団名に『埼玉』を冠するなどの
(*1)ベースボールタウン構想で、
観客動員3割増を達成。
現場も日本一を奪回、大成功のうちに終わった。
『正直、2年目のハードルは高くなりましたね』と苦笑する
荒原部長だが、“連覇”への未来図は万全だ。

①西武ライオンズ継承を公式に宣言
一貫して九州時代を“別物”と扱ってきたが、
『球団の宝である歴史は尊重すべき』(同部長)と方針を
180度転換。
来季から球団史の起点を、
“西武の球団買収”ではなく、“西武球団の誕生”に置く。
球団記録も西武単体で教えてきたリーグ優勝数を、
西鉄時代から『21回』とするなど、大幅に改訂する。
今季好評だった(*2)ライオンズ・クラシックを
太平洋、クラウン時代にも広げるなど、球団の原資を
最大限に活用する。


②高木大成プロデュース、イケメン・プロジェクト
高木事業部課長(34)は、95年に慶大からドラフト1位で入団。
“元祖レオ王子”。
女性ファン獲得のため、岸、中島、片岡ら現役のレオ王子による
ファンサービスをプロデュースする。
女性ファンの涙腺と財布のひもを緩める企画を考案中だという。


③松坂資金の有効利用
レッドソックス・松坂大輔のポスティング移籍金から17億円を使った、
西武ドームの第2期改修工事がまもなく完了する。
ブルペン横のフィールドシートや、グループ観戦用の
テラスシートが登場。
さらに7回以降はデザートメニューなど、イニングによって商品を変える
売店なども検討中だ。

『野球は勝率6割で優勝ですが、ホテルで顧客満足度が6割なんて
 許されません。
 まだまだやれることが いっぱいあるはず』と荒原部長。
3年計画に続く未来図にも思いを巡らせている。


*1)ベースボールタウン構想
   西武ドームを『家族が楽しめる憩いの場とする』ことを目標に、
   試合後のグラウンド開放など、
   全員参加可能なイベントを実施した。

*2)ライオンズクラッシック
   今年の西武球団創設30周年と西鉄創設100周年を記念し、
   6月28日からの西武主催12試合で、
   西鉄ライオンズの復刻ユニホームを着用した。


レオファン一筋 ~ 荒原正明氏 ~

西武沿線に育ち、物心ついたころからの西武ファン。
筑波大を経て94年に当時西武の親会社だったコクドに入社。
軽井沢・プリンスショッピングプラザのPR責任者、
軽井沢プリンスホテルの副支配人を務め、
06年4月から現場。  

                   〈サンケイスポーツより〉

            
津田プレート
2008年12月09日 (火) | 編集 |
広島市民球場の一塁側ブルペン柱に設置されている通称
『津田プレート』が、来春オープンする新球場に
移設されることが決まった。
来年3月に閉場する同球場の“隠れ必見スポット”だっただけに、
その引越し先が気になっていた。


津田恒実さんは1982年、同球団史上初の新人王に輝き、
86年のリーグ優勝にも貢献。
『炎のストッパー』と呼ばれ、セ界の打者の前に立ちはだかった。
しかし、93年、脳腫瘍のため32歳の若さで他界。


『津田プレート』は、そんな津田さんの功績と人柄をしのんで
『直球勝負 笑顔と闘志を忘れないために』の文字を刻んで
語り継ごう、というものだ。
名ストッパーだった大野豊はじめ、
広島のリリーフ投手は、誰もがプレートに手を触れ、
先輩の力をもらってマウンドに向かっていった。


その直球のすさまじさは今や伝説だ。
同時代に阪神で活躍した真弓明信さんが現役の頃、
対戦した中で最も速い球を投げたのは?と問うと
『津田。文句なし』―。
その頃の剛速球投手といえば江川卓(巨人)、小松辰雄(中日)
らもいたが、即答だった。
阪神最強助っ人、バースが剛速球を『クレージー』と評したのも
有名な話。


9月上旬、“津田ファン”だった私もこの名所を見学。
手を触れてきた。
こんなファンが多いのだろう。
事前予約者のみ見学可能だったが、
希望者殺到で9月下旬からは一般開放されて
にぎわっているようだ。
今回の移設の決定はまさに朗報。
ただ、ブルペンにするのか、最終設置場所は未決定だとか。
個人的には今まで通りブルペンの方がいいような・・・。
永遠の守護神には、その方が居心地もいいのでは。

               サンケイスポーツ 『甘口辛口』より
                               上田雅昭氏
「命と男」をかけたスイング
2008年12月08日 (月) | 編集 |
長嶋茂雄の選手時代にドーム球場はなかった。
雨が降れば中止。
多摩川の雨天練習場か、相手の練習場を借りて練習した。


長嶋も参加はするが、たいていは適当に汗を流して
「ハイ、お疲れさん」と、早めに引き上げた。
王貞治らは「ミスター、雨、嫌いだから」と笑っていたが、
  
実は長嶋の“本番”はその後だった。

東京・田園調布の自宅地下には
賞状やトロフィーを飾る部屋が造られており、
バットスイングができるようになっている。
家に戻ると、ここへ直行し、満足できるまで1時間でも2時間でも
バットを振り続けた。


遠征先では宿舎の部屋が練習場になる。
それは試合後も同じだった。
“部屋っ子”の土井正三にアドバイスを求めながら振るから、
そのスイングは“コーチの目”で見なくてはいけない。
土井によると深夜、真っ暗な中でのバットスイングもたびたびで、
そのまま起きるとバットが直撃する。
土井は目を慣らしてから声をかけて起き上がった。
「練習の大切さを命がけで教わった」と話している。


壮絶だったのは引退の年となった1974年のキャンプ。  
毎日、暗くなるまで1人グラウンドに残って走り、
宿舎ではバットを振った。
  
それは「最後を全力で」という気持ちと、
8歳になった一茂への思いからであった。
「打てなくなった親父を、学校で責められていると思うんだが、
何も言わない。
親父の苦しみが分かる、男になったんだなと思う。
ボウズのために今年は打たなきゃ!」


そんな感動的な話をした直後に  
「足首の肉をあと100グラム落とせばバッチリ」と続ける。
そうすれば、俊敏に動けるようになるということなのだろうが…。
このあたりの“感覚”は、常人には到底理解できない。



 【74年の長嶋】
4月6日、後楽園球場でヤクルト・松岡弘投手から
5年連続開幕戦本塁打を放ち、好スタートを切ったが、
梅雨時になって失速。
6月12日に打率が2割3分7厘まで落ち込み、
翌日の中日9回戦で先発を外れた。
同19日にプロ入り初の1番打者で出場するなど、
首脳陣も長嶋再生にさまざまな手を打ったが
調子は上がらず、10月14日に引退。
最終成績は2割4分4厘、15本塁打、55打点。
打撃成績24位は現役17年で最低だった。



G戦士 被災地に勇気
2008年12月05日 (金) | 編集 |
巨人の阿部と新潟県出身の加藤は4日、
2007年の中越沖地震で被害の大きかった
新潟県柏崎市を訪れ、
小学校で児童と給食を食べるスクールランチや
仮設住宅の慰問を行い、被災地を勇気づけた。


巨人のスクールランチは06年7月から始まり、今回で12回目。
2人はいまだに仮設住宅から通う児童のいる柏崎小を訪れ、
教室で談笑しながら給食を食べた。
その後、約50世帯が生活する柏崎駅前の仮設住宅を訪問、
別の小学校では野球を教えた。
昨年も被災者救援に100万円を寄付した阿部は、
『地震の傷跡が生々しい。
 でも子ども達は元気。
 この元気で被災地を盛り上げてほしい』
と話した。



プロ野球選手は近年、積極的に社会貢献活動に携わるように
なっている。
  
阿部は今季、1安打につき1万円を積み立てるなど
345万円相当を集め、球団の『赤十字支援プロジェクト』の
中心となって活動した。
阪神では、赤星が盗塁数に合わせ病院などに車いすを寄付。
自らが糖尿病を患う岩田は、同じ病院の子ども達を甲子園に招待。
日本ハムのダルビッシュも水不足に苦しむ人々を助けるため、
1勝につき10万円の基金を設立。
ソフトバンクの和田は05年から、
ポリオワクチンを海外に寄付する活動をしている。
  


選手の優れた社会貢献活動を表彰する
『ゴールデンスピリット賞』には今年、
1勝につき10万円を積み立て、スマトラ沖地震で津波災害を受けた
タイの学校に図書館を建てた楽天の岩隈が選ばれた。



プロ野球選手会は05年12月の総会で、
社会貢献活動に取り組むことが、
球界の発展、野球振興につながることを確認した。
そうした『使命』意識が、着実に浸透している。


                          読売新聞より



『岩隈図書館』 21勝の原動力
2008年12月04日 (木) | 編集 |
楽天の岩隈が、社会貢献活動を評価され、
『ゴールデンスピリット賞』を受賞した。
彼の寄付金でタイに設立された“岩隈図書館”は、
それほど、現地の子ども達に夢と希望を与えるものでもあった。
  


夫人の友人からボランティア団体を紹介された岩隈は、
昨年から1勝につき10万円の寄付をスタート。
2004年のスマトラ島沖地震の被災地、ラノーン県の小島に
図書館を作ろうという話しが持ち上がり、
30万円を使うことになった。
  

8月に完成。
学校には幼稚園から中学生まで約300人が通うが、
教科書すら持てない子供も多く、勉学にも大きな力となった。
また、津波で船が流された人も多く、
漁業中心の島全体に暗い影を落としていたが、
図書館が子ども達の憩いの場ともなり、
心に光を与えるものになった。
  


現地の中学2年生が岩隈に送った手紙には、
こんな言葉が書かれている。
  
『私たちを学習に対して、幸せをかんじられるようにして下さった
 岩隈さんの成功をお祈りしています。
 私は良い生徒となり、一生懸命学習に励みます』―。
  


岩隈の活動は、目覚しかった。
昨年の5勝から21勝。
子供の為に1勝でも多く頑張ろう、という気持ちが、
見えないところで成績を押し上げたように思えてならない。
  


今回、建設に携わった『アジアの女性と子どもネットワーク』の
山本博子事務局長は言う。
  
『勝てば子供を応援できるということが、
 彼のエネルギーになったのかもしれない。
 私たちがボランティア活動をする時、
 それは最も理想の形なんです』―。
  


プロ野球選手の社会貢献活動は年々、広がりを見せている。
他人に勇気を与え、自分も励まされる。
そんなボランティア活動の喜びを知る選手達が
増えてきているのではないだろうか。


岩隈の23年ぶりの21勝という快挙は、尊い気持ちの結晶であり、
まさに理想型でもあった。
  


                        読売新聞 『熱視線』より
                                  荒井秀一氏    


息子の寝室には、自分に足りないことなどを書いた言葉が
貼ってあり、
毎晩、唱えて床につきます。
息子にも話していますが、プロ野球選手になったらまず
社会貢献できる選手になることを目標に掲げています。
“野球を見ている人達に、
 夢と勇気と希望を与えられる選手になります!”
と毎晩、自分に言い聞かせています。
なかなか難しいことですが、今でもできることは実行して教えています。
(コンビニなどの募金や地区の奉仕作業など)
プロ野球選手も社会貢献に力を入れて活躍している選手がいる、
ということを、もっと多くの人たちに伝えていって、
“尊い気持ちの結晶”を大きくして欲しいと願っています。

『目標設定』 岸の進化
2008年12月03日 (水) | 編集 |
日本シリーズの活躍で、注目度がグーンとアップした
西武の岸。
東北学院大の菅井徳雄監督(51)が初めてその怪腕ぶりを
目にしたのは2002年夏、岸が高3の時だった。


宮城県大会。
監督は3年の息子が出場する試合をたまたま見に行った。
すると、ブルペンですごい球を投げる投手がいた。
それが、相手校の名取北の岸。
父の視線は4番を打つ息子から岸へ。
細身の右腕は5回参考ながらノーヒットノーランを達成し、
監督の心をとりこにした。
ちなみに、1死球を与えなければ完全試合だったが、それは
『息子にぶつけたもの』というから因縁深い。


そんな岸だが、大学3年までは伸び悩んだ。
菅井監督はランニングで後ろの方で走る姿を見て、
もどかしかった。
『プロでやらせられなかったら、私の責任』とまで
感じていただけに、
何とかのんびり屋のやる気を促そうと、厳しく叱った。

『目標をはっきり決めて、やりなさい。
 プロに行く気持ちがないと、プロには行けないぞ』―。

岸が変わったのは、それからだった。
ランニングは先頭。
それまで『連投できない岸』とまで酷評されたが、
春のリーグ戦では、延長11回の完投を含む3連投。
東北福祉大の35連覇を阻む鉄腕振りを見せた。


監督は言う。
『何かの目標を持たせてやらせたら、すごいんですよ、あいつ。
 まだ持っている力を出し切っていないかもしれない』―。


目標をきちっと設定できれば、人は大きな力を発揮し、
変われるもの。
大学時代の岸のケースはいい例だと思う。
今年のシリーズではMVPの大活躍を見せたが、
『日本一』という目標が、
彼の潜在能力をさらに引き出したようだ。


岸は、WBC日本代表の有力候補。
『世界一』という目標を掲げたら、どんな力を発揮するのか。
今から楽しみでもある。


                    読売新聞 『熱視線』より
                             荒井秀一氏


以前のブログに息子の『プライドを持て!』
という題材で書いて、みなさんからのコメントも参考にしていますが、
『目標設定』は絶対的に必要で、
何事に関しても目標があれば辛いことも辛抱でき
強い気持ちが備わる、
と私も経験しましたし大切なことだと思います。
始めから“無理”と決めつけることより
“自分の中での課題を目標設定し乗り越えよう”と
強い気持ちを持った子は
今の時代には少ないように思います。

先日、息子の友人ママとの会話の中で、
『できるかどうかなんて先の事は誰も分からないけれど、
 子供を信じて守ることが親の役目だよね』と
二人で親心を語り合った時間がありました。
親がプロ意識を持ち子供に伝え、子はそれを学び取り活かしていく。
まだ12歳の息子に“絶対プロ野球選手になりなさい”
ではなく、
“こうすることがプロとしてやるべきことで、
 少しずつででもプロに近づけるように意識改革していこうね”
と子供にプロ意識を持たせることで、
息子も“本当にプロになって欲しいんだ、お母さん”と
思って頑張ってくれていると(?)私は思っていますが・・・?

親も諦めず“プロになれる!”と強い信念を持って
一緒に目指す方向を向いていれば、
達成できると信じています。