日々様々なスポーツ界での出来事や、気になった記事を取り上げ考えていくブログです。
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常に世間を意識して
2008年11月28日 (金) | 編集 |
読売新聞 『アングル』より
『モラル再生』という特集記事の中から紹介します。


―医療現場が一部の患者からの暴言や暴力に疲弊している。  

『自分は医療費を払っているお客様』という意識から、
過剰なサービスを病院に求め、
受け入れられないと感情を爆発させてしまうのではないか。
病院側はまず、医師や看護師の置かれている状況を
把握することが大切。
患者の苦情の対応に追われているようであれば、
カウンセリング技術を持つ職員が代わりに患者と話し合い、
  
不満の原因を探っていく必要がある。  


―交通機関でマナー違反を注意され、暴力をふるう人も目立つ。  

携帯電話や携帯音楽プレーヤーの普及で、
公的空間である電車の中に私的空間が広がった。
かつて公共空間では、利用者が私的な要求を抑え
自分を律することで、公共のマナーが保たれていた。
ところが最近は、どんな場所でも構わず私的空間にしようとする
傾向がみられ、トラブルが生じやすい環境になっている。
  


―突然、感情を爆発させないようにするには?  

気持ちが高ぶってしまった時には、息を長く吐くことをお勧めする。
そうすると、心が自然に落ち着く。
普段から本を読む習慣をつけることも大事だ。
他者との考え方の違いを学ぶことで、
人の話に耳を傾けることができるようになる。
特に音読は、内容が頭に入りやすく効果が大きい。
  


―日本人はモラルを取り戻せるだろうか。  

現在、地域や職場での人間関係が希薄になり、
他人と接する中で自分自身を客観的に見つめる機会が減っている。
だからこそ、自分の行動がどのように映るか、
常に世間を意識して欲しい。
他人に対して不機嫌に振る舞うことを戒め、
気持ちよく相手に接するように心がけることが、
モラル回復への第一歩になると思う。


       斎藤孝さん(48)
        明治大学文学部教授。
        教育学、身体論などが専門
        2001年に著書『声に出して読みたい日本語』が
        反響を呼び、今年5月に
        『あなたの隣の<モンスター>』を出版した。 

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プライド持て!!
2008年11月27日 (木) | 編集 |
昨日の息子とのランニング中での出来事。

いつもランニングしながらその日の学校での出来事を
話してくれる息子。
今日は来月初めに行われる校内マラソン大会の練習結果を
話してくれました。

『みんな体力がついてきたんだなぁ・・・。
 俺なんか追いつかないくらい、みんなペース速いんだ。
 1着と半周もゴールで差が出ちゃったよ。
 今年は10位以内に入れるかどうか・・・。
 絶対無理だなぁ・・・』―。

『随分諦めるの早いんだね。
 なんで1度しかまだ試走していないのに、
 始めからさじを投げるようなこと言うの?
 あんたは全力を出し切っていないんだよ、欲が無いな!!』―。

『無理なものは無理!!絶対追いつかない!!
 だって俺は野球の為に毎日走っているんだし、
 マラソン大会は(学校行事だから)遅くても関係ない!!』―。

『情けない。
 あんた毎日こうしてお母さんと走っていて
 確かに野球の為に協力しているけど、
 “毎日走ってる結果を最後の校内マラソン大会で1位取って
  みんなにスゴイと思わせてやる!!”
 くらいなこと思わないの?
 毎日続けることの大切さを
 マラソン大会を通して伝えていくことができるんだよ。
 ただ走ってるだけでは、みんなにメッセージが届かないよ。
 “なんだ、あいつ毎日走ってても遅いんだな”
 って思われるより
 “やっぱりスゴイな!!”
 って思われたいでしょう。
 毎日走っていることにも意味があるし、自分をもっと高めていかなくちゃ
 プロ野球選手なんてなれないよ!!
 あんたには“プライド”ってもんがないの??』―。


しばらく口をきかず、そのうち私の自転車をこぐスピードが加速していき、
私は情けなくて半べそかいてしまいました。
悔しくて・・・。
なんでもっと欲を出せないんだろう?って。
しばらくして、その加速していく私の後方からすごいスピードで
息子は追いつき追い越し・・・。
やればできるのに面倒くさがるクセがある息子。
お尻に火がなかなか発火してくれないもどかしさに
いつもイライラしてしまうのですが、
その度、“この子のペースなんだ”と黙って見守り続けていました。
が、さすがにこの日は爆発しました。

でも帰ってから黙って宿題を淡々とこなし、
その後のトレーニングや素振りもこなしていました・・・パパと。
(パパは私の態度の異変にただならぬ恐怖を感じたようで・・・)


1位をとって欲しいのではなくて、
始めから負けを認め、勝とうという気持ちを持てない弱い心に
情けなさを感じました。
最後まで何事も始めから諦めず、自分の限界を試してほしい。

親の勝手なエゴでしょうかね?


 
  
背番号とは選手が自分で育てるもの
2008年11月26日 (水) | 編集 |
巨人のドラフト1位指名、東海大相模高・大田泰示内野手の
背番号が『55』になった。
巨人が久々に獲得した高校球界のスーパースラッガー。
将来の4番候補として期待を込めて選んだこの
『55』は、ご存知のようにヤンキースに移籍した
松井秀喜選手がつけていた背番号だった。


ただ、この大田の背番号『55』に、
ちょっと疑問を感じているのは筆者だけだろうか。
理由はいくつかある。
一つはこれで巨人が松井を完全に失うことになるのでは、
ということだ。
メジャー挑戦の際に巨人は、
『背番号は空けて待っている。いつでも帰って来い』と
“約束”した。
今回は清武代表が本人に確認して快諾を得たというが、
松井が『NO』という訳はない。
これはあくまで巨人の誠意の問題だからだ。
松井が将来、日本球界に復帰するかどうかは分からない。
ただ、ここまで待ち続けたのに、巨人にはもう
誠意はなくなってしまう。
目先の話題が優先したとしたら、なんとも寂しい限りだろう。


そしてもう一つが、果たして大田にとっても背番号『55』が
ふさわしいのかということだ。
それまでさほど意味のなかった『55』番を、
松井は自分の力で大きく育て、松井色に染め上げていった。
これも松井の巨人における功績の一つだった。
それだけに『55』番には、
松井のイメージが染み付き過ぎている。
それならば、大田は大田なりに新しい番号を自分で育て上げる。
それが本人にとっても良かったのではないか。


1㍍88、90㌔と体格も大きいから、
『55』でなくても大きな番号がきっと似合うはずだ。
何よりもこれから数年、
『大田といえば』という数字を作り出す喜びを、
ファンと共感できる。
そこに意味があるのだ。


背番号とは選手が自分で作り、育てるものである。
安易に『○○2世』というのは、
時代遅れだと気づくべきだ。


              サンケイスポーツ 『球界インサイドリポート』より
                    スポーツジャーナリスト 鷲田康氏


大田選手は魅力あるスラッガーです。
結果を求められるプロ2,3年は
この背番号のおかげで苦しむとは思いますが、
本来の持ち味を出していけばプロでも活躍できると思います。
不動心でプロ野球界を盛り上げていってほしい
私も若手の中で注目している選手の1人です。
岩村“イチ流”への一歩
2008年11月25日 (火) | 編集 |
地元のセントピーターズバーグ(米フロリダ洲)全体を巻き込んだ
『モヒカンブーム』の立役者が、天才のすごさに脱帽した。

今季、レイズの岩村明憲内野手(29)は、
リードオフマンとして球団史上初のア・リーグ優勝に導いた。
レギュラーシーズンで700打席以上の選手はリーグで
10人しかいないが、
  
岩村は7位の707打席だった。  

『700打席以上の中の一人になれたのは誇り。
 ケガもなく1年間、試合に出続けたことが評価できる』―。
  

昨季は故障離脱など595打席に終わっただけに、
年間を通じてプレーできたことに満足感を覚えていた。
  
一方で難しさも知った。  
マッサージを好まない岩村だが、
シーズン終盤の9月に日本から知人のトレーナーを招いて
体をほぐしてもらった。
疲労は想像以上。
  
そこで頭に浮かんだのは、先輩メジャーリーガーの顔だった。  

『イチローさんのすごさはそこにある。
 (年間)200安打より、8年間ずっと試合に出続けることのほうが
 大変だと分かった』―。

マリナーズ・イチロー外野手(35)の本当のすごさ―。  


1年間でも大変だと痛感した体調の維持を、
イチローは8年間続けてきた。
今季の打席数はリーグ最多の『749』。
ここに『200』以上の“偉大さ”を感じた。


岩村は二塁手に転向した今季、
下半身への負担を軽減させるために、
人工皮素材だったスパイクを
5月中旬から軽いスエード製に変更した。
約60㌘の軽量化に成功したが、
実はこれも“イチ流”のケアだった。

『イチローさんもそうしている。
 軽い分、傷むのは早いけど、
 そのときは新しいスパイクに変える』―。

イチローは、常に10足前後の“予備”をもっているという。

岩村の“イチ流への苦労”はこれからだ。


               サンケイスポーツ 『アナーザーストーリー』より
                                  湯浅大氏   
 
助け励まし社会に貢献
2008年11月21日 (金) | 編集 |
スポーツ報知では、日本のプロ野球界に所属する
首脳陣、選手、関係者の中から、
積極的に社会貢献活動を続けている人に対して、
毎年1人『ゴールデンスピリット賞』を贈り、
表彰しています。


体の不自由な人や恵まれない環境にある人を、
球場に招待するなどのさまざまな善行は、
これまでも多くの選手が行ってきました。
しかし、社会的貢献を大いに讃える欧米などに比べると、
まだまだ日本では確立しているとは言い難かった1999年に、
スポーツ紙発刊50周年を記念し、
米大リーグで
アメリカ野球界での最高の賞と呼ばれる  
ロベルト・クレメンテ賞』を参考に設立したものです。  



12球団からノミネートされた選手を、プロ野球コミッショナー、
セ・パ会長らで構成される委員会で選考。
第1回に松井秀喜外野手(当時巨人)が選ばれて以来、
受賞者が数を重ねてきました。
  


その間、選手をはじめ球界関係者の福祉活動は、
広く、大きな広がりを見せるようになりました。
児童施設を訪問する選手は、
もう数え切れないほどになり、
形を変えて、しかも長く継続的に交流が続けられるように
なっています。
災害があったりすると、素早く支援の手が差し伸べられるように
なりました。
また、その支援は日本国内にとどまらず、
世界各国にまで及ぶようになっています。
  



今回の楽天・岩隈投手の受賞が10回目となりました。
野球の成績に関する賞は、たくさんありますが、
  
人々を助け、励ますこの賞はほかになく、
『野球外のMVP』と高く評価を得ています。

日本流にこだわったメジャー1年目
2008年11月20日 (木) | 編集 |
サンケイスポーツ 『アナーザーストーリー’08~’09』より
不振は“想定内”だったというカブス・福留孝介外野手(31)を
特集しています。


ルーキーイヤーは散々だった。
4年総額で約53億円。
日本人選手の1年目の年俸(約13億円)としては
レッドソックス・松坂大輔投手(28)を上回る史上最高額で
カブスに入団。
メジャー1年目は数字の上では不振を極めた。

出場150試合で打率.257、10本塁打、58打点。
三振も大台(104)に乗った。
シーズン終盤はレギュラーから外された。
とても年俸に見合う活躍ではなかった。

しかし、不振が“想定内”だったとしたら・・・。  
今だから書く。


福留は覚悟を決めていた。
数字がついてこなくても仕方が無い、
と腹をくくって今季に臨み、その通りの結果に終わった。
  
過去、メジャー1年目の日本人打者は、こう口をそろえた。
『メジャーに適応しなくてはいけない』―。  

微妙に動く球、日本と比べて外角に広いといわれる
ストライクゾーン。
郷に入れば郷に・・・でメジャー流に合わせて自分のバッティングを
変化させた。
  
福留の考えは違った。
『日本で積み上げた経験がある。
 米国に来たからと言ってスタイルを変えるつもりはない』―。

開幕前にはこうも言っていた。
『自分のストライクゾーンで勝負します。
 (ボール球と判断して)球審が3度手を挙げた
 (ストライクをコールされた)らゴメンナサイ。
 自分の打てる球しか手は出しません』―。
  

1年目は捨てる、といったらおおげさかもしれない。
しかし、福留は何も分からないうちに“メジャー流”に合わせて
自分の打撃を崩すことを嫌がった。
だから、首脳陣ともぶつかった。


メジャーの投手はチェンジアップを多投し、打者のタイミングを
崩しにかかる。
福留の打法では、速球との緩急差に対応しにくいと判断した
首脳陣から
『踏み込む右足の歩幅を狭めては』と
何度も忠告された。
福留は聞く耳を持たなかった。
  

ルーキーイヤーを“日本流”で戦った。
大ブーイングを浴び続けても自分のスタイルを貫いた福留は、
まさにサムライだった。

『来季は今年を踏まえてやっていくつもりですから』―。
屈辱の1年がきっと、2年目の躍進につながると信じている。

                           <広岡浩二氏>


先日、私の息子のことを取り上げ書かせて頂きましたが、
この記事を読んで納得しました。
自分のスタイルにこだわることは大切なんですね。
自分が納得いくバッティングを心得る。
全てが“学び”です。
遠回りをしても、最終的に自分が理解し納得できるフォームを
習得できれば、本物でしょう。

福留選手と息子では次元が全く違いますが、
自分を信じて貫いていってほしいです。
福留選手を見る目がこの記事を読んで変わりました。
選手のための 『ウイン・ウイントレード』
2008年11月19日 (水) | 編集 |
メジャーリーグには『ウイン・ウイントレード(勝ち・勝ちトレード)』
という言葉がある。
選手を交換した両球団が、お互いに得をしたと思える、
いわばお手本のトレードというわけだ。

最近はかなりドライになったとはいえ、
まだまだ日本のトレードにはマイナスイメージが付きまとう。
選手にはどこか『お払い箱』『不用品』というイメージ、
球団にとっては『出した選手だけが活躍したら・・・』
という懸念がある。

『ウイン・ルーズ(勝ち・負け)』になることを恐れる気持ちは
いまだに強い。
それが主力選手の放出に、なかなか踏み切れない背景と
なっている。


そんな中で巨人と日本ハムが主力選手を軸にした
複数トレードを成立させた。
巨人からはニ岡と林、日本ハムからマイケル中村と工藤が
移籍するもので、両球団より発表された。


今季は故障に泣いて、ほとんど1軍でプレーができなかったが、
ニ岡のプレーヤーとしての潜在能力はまだまだ高い。
山本モナとの不倫騒動というトラブルもあったが、
それでも巨人がトレードに踏み切ったのは、
何よりも坂本の成長があったのは言うまでもない。

ただ、以前であればたった1年の実績で坂本に
太鼓判を押すことはなかった。
『ひょっとしたら』とニ岡で“保険”をかけて残留させていた。
体が万全のニ岡がいたら、
来季の坂本の起用にも少なからず影響は与えたはずだ。


そう考えれば、今年1年使い続けた原監督の起用と
その実績にかけたフロントの勇気。
この2つがトレードを成立させた要因といえるだろう。


『ウイン・ウイン』は、決断がなければなかなか実現できない。
移籍してきたマイケル中村と工藤が期待を裏切り、
環境が変わったニ岡や林が想像以上の活躍をしても、
チームもファンも『選手のためになった』と思えることだ。

『ウイン・ルーズ』の積み重ねからしか
『ウイン・ウイン』は生まれてこない。


              サンケイスポーツ 『球界インサイドリポート』より
                                    鷲田康氏
監督との信頼関係
2008年11月17日 (月) | 編集 |
秋も深まり各スポーツ競技も秋季大会真っ盛り。
私のブログに遊びに来て下さるお子さんをお持ちの方々も、
毎週土日祭日など、忙しくされている様子が
ブログの中からも読み取れます。
私もその中の一人です。


大会も佳境に入り、それぞれの大会で優勝や
残念ながら2回戦負けなど・・・。
悔しい思いや嬉しい思いを重ねながら、
小学校最後のチームとしての思い出を
メンバーみんなで作っています。


うちの息子も苦い思いを続けた甲斐があり、
ようやくチームに貢献し結果を出してきています。
そのきっかけが、監督の一言でした。
あまり余計な事を言わないで、その子の能力をうまく引き出し、
分け目隔てなく子ども達を温かく見守って下さる
人としても尊敬できる方です。

『お前のスイングは速いんだから、その特性を活かせ』―。
構える状態を体で説明して下さったそうです。
ほんの数分。


そのアドバイスを頂いて息子が家に帰って来て一言。
『お母さん!!分かった!!
 もう大丈夫!!』
と目をキラキラに光らせて
監督からのアドバイスを話してくれました。

『そのアドバイス・・・、お父さんが前から言ってくれていたじゃない?』
と話すと、
『監督から言われて納得できた!!』と喜んでいました。


息子は私に似てとても不器用で、頭で考えてしまうタイプ。
固定観念が強く、自分で納得しなくては人の意見は聞かず、
取り越し苦労してしまうところがあります。
でも、“これだ!!”と自分で理解し物にすると
その後は手が付けられないほど上昇気流に乗っていきます。


この監督からのアドバイスを頂いた次の試合で、
すぐに結果を出しました。
準決勝の第一試合、第1打席。
レフトへの特大ファールを見て、“もう大丈夫だ!”と
私も核心しました。
息子の打点で勝利、優勝(1-1引き分けくじ引き)に導き出しました。
昨日も3打数3安打3打点の活躍。
右にも左にもセンターにも強打を放てるバッティングに
胸が熱くなる思いでいっぱいになりました。


やっている事は地味で、でも毎日コツコツと素振りをし、
トレーニングをし、ランニング、陸橋の往復、ティーバッティング・・・。
無理なことは避けて、その日の体調と相談して
出来ない時はおもいきり休んで。
そんな毎日を3年続けてきて
その姿も監督は見守って下さっています。
褒めるわけでもなく、ただ見守って下さっています。
だから息子も、監督の一言には重みを感じるようです。


まだ公式戦は残っているので、息子に対してこの所の結果を
“やったね!!すごいよ!!”とは言いません。
通過点に過ぎず、まだやらなくてはならない仕事は残っています。
6年間お世話になってきた監督や首脳陣の方々への恩返しを、
残りの大会で返していって欲しいと思います。
その為にはコツコツと努力を惜しまぬ忍耐力と集中力が必要です。
私もこのブログを通して、
また良い報告ができることを願い、
日々精進していきたいと思います。




野茂教室
2008年11月14日 (金) | 編集 |
清原という“看板”が消えたオリックスだが、またまた大物を
引っ張り出してきた。
今季限りでの引退を表明した日本メジャーリーガーの
パイオニア、野茂英雄氏(前ロイヤルズ)が
臨時コーチに就任するという。
近鉄時代にチームメートだった大石監督の要請に快諾。
12日から3日間、秋季キャンプ地・高知で『野茂教室』が
開講されることになった。


これまた近鉄時代の同僚、佐々木投手チーフコーチの
説明には笑った。
『人見知りが激しい。
 だから、うちの選手には積極的に質問していくように言いました』―。
確かに口数の少ない野茂氏。
もし誰も聞きに行かなかったら、何の指導もなく
3日間が過ぎてしまうのでは・・・。


おせっかいな心配をしていると、野茂氏と同い年の親友で、
近鉄でも一緒にプレーした佐野慈紀氏に
『たぶん、彼はコーチに向いていますよ』と叱られた。


『昔から、気が付いたことを的確に指摘してくれるんです。
 瞬時に見抜く力はすごい。
 無口じゃなくて、余計なことをしゃべらないだけですから。
 話を聞いて一緒に考えることを重視する男ですよ』―。
佐野氏の言葉で思い出したのは、野茂氏が2年目、
サイパンでの春季キャンプ。
新任コーチが報道陣を集めた上に
『オーイ、野茂。ブルペンで投げようか』と声をかけた。
すると、はるかかなたで、野茂投手は両手で×印。
拒否したのだ。
『だって、何も聞いていないし、(ブルペン入りの)話も
 してませんでしたから』―。


当時は『早くもオレ流』なんて報じられ方をしたが、
本人の意向を尊重してくれないコーチに『×』を出したのだ。
雄弁がコーチの仕事ではない。
案外、引っ張りだこになるかもしれない。


                  サンケイスポーツ 『甘口辛口』より
                                  上田雅昭氏  

本物のシリーズ
2008年11月12日 (水) | 編集 |
日本シリーズ第7戦(9日)の視聴率は28.2%
(ビデオリサーチ調べ、関東地区)と、
最近のプロ野球中継では出色だったようだ。
見応え十分で、第6戦の岸に続き石井、涌井ら
先発投手陣をリリーフに使った渡辺監督の投手起用はお見事で、
これほどまでしっかりした采配をふるうとは思わなかった。


抑えや中継ぎならともかく、岸のような中2日の登板は
今の時代、常識外だろう。
それでも選手達は嫌がらずに仕事をこなした。
西武の黄金時代、現役としていやというほど短期決戦を経験してきた
渡辺監督だからこそ、一丸となっての戦いに向け、
選手にしっかりと心の準備をさせていたのだろう。


若い頃は寮を抜け出して遊びまわり“西武の新人類”と呼ばれた。
一見、チャランポランなイメージもあったが、
98年に1年だけいたヤクルト時代はミーティングでの
野村監督の言葉をノートに細々と書きとめ、
今でも読み返して采配に生かしているとか。
緻密な一面もあるようで蒸し返すようだが、
WBCの日本代表監督としての手腕も見たかった。


西武と巨人。
ともにリーグ優勝し、クライマックスシリーズ(CS)を制した
チーム同士だから余計よかった。
“本物”のシリーズという感じだった。
ついでに蒸し返すと、第2ステージでリーグ優勝チームに
アドバンテージの1勝を与えた上、全てホームで行い、
極力シリーズに出やすくさせてまで
CSを争う意味がどこにあるのか。


各球団の財政事情もわかるが、
スポーツは公平なルールのもとで戦うのが大原則だ。
いずれは、1リーグにして大リーグのような
地区制にするなど、
不公平が生じないような改革が必要だろう。


                   サンケイスポーツ 『甘口辛口』より
                                    今村忠氏
コンコルド打法
2008年11月11日 (火) | 編集 |
ヤクルトの松山秋季キャンプ2日目の6日、
来季から1軍を担当する淡口憲治打撃コーチ(56)が、
3年目の武内晋一外野手(24)ら左打者を徹底指導した。
淡口コーチは現役時代、その打球の速さから
『コンコルド打法』と呼ばれた左打者。
伸び悩む打撃陣に伝説の打法を伝授し、
貧打を解消する。


プリッ、プリッ。
お尻を2度振ってバットを構える伝説の
『コンコルド打法』を伝授だ。
ポカポカ陽気の松山で、淡口コーチが武内に
つきっきりで指導した。

『力があるのに(スイング時に)右手が伸びきって、
 ボールに伝えきれていなかった。
 高田監督から「このキャンプで武内を作りあげてくれ」と
 言われていますからね』―。

ティー打撃では、左右の手を逆にしてバットを握る
秘密特訓も披露。
フリー打撃で快音を連発した武内は、
『同じ左打者の淡口さんの話は勉強になる事が多い』と
手応えを口にした。


巨人打撃コーチ時代には、新人の松井秀喜も門をたたいた
“淡口道場”。
全体練習後の居残り練習では、同じ左打ちの中尾、川端、上田ら
若手も入門し、手取り足取りの指導は日が暮れるまで続いた。

巨人、近鉄での現役時代に、驚きのスイングスピードで
弾丸ライナーを連発。
当時イギリスとフランスが共同開発した超音速旅客機の名前を
とった『コンコルド打法』が代名詞だった。
打席でお尻を振る姿が特徴で、全国の小中学生が
『バッター淡口』と言いながらマネをした。

『今は「コンコルド打法」を知っている選手なんていないんじゃないの?
 でも(速い打球を打つには)腰の使い方が大切だからね』と
淡口コーチ。
貧打に泣いたツバメ打線が、コンコルドを目指す。


【打法アラカルト】

・一本足
  別名フラミンゴ打法。
  投手のフォームに合わせ投手側の足を高く上げることによって
  ボールを引き付けタイミングを取りやすくする。
  868本塁打の世界記録を樹立した王貞治
  (巨人、現日本代表監督相談役)の代名詞。

・振り子
  投手側の足を高く上げるか、すり足で体を投手側にスライド
  させながら踏み込んでスイングする打法。
  94年にイチロー(オリックス、現マリナーズ)が
  史上初のシーズン200安打を達成した。

・神主
  神主がおはらいをするように、バットを体の前に立てる
  独特な待球フォーム。
  岩本義行(松竹など)が元祖。
  落合博満(ロッテなど、現中日監督)はこの打法で
  三冠王を3度獲得。

・コンニャク
  梨田昌孝(近鉄、現日ハム監督)が開発。
  グリップを下げ、両手足を小刻みにクネクネと揺らす
  ユニークな打法。

・てんびん
  てんびんの棒を担ぐようにバットを頭に高く掲げ、
  上下に揺らしながらタイミングを取る。
  近藤和彦(大洋など)が剣道の構えからヒントを得て発案。
 

細川が惚れた岸のカーブ
2008年11月10日 (月) | 編集 |
11月7日のサンケイスポーツ『ノムラの考え』より

<直球にもキレ>

岸とは楽天で何度も対戦したが、
これほどカーブが多いピッチングを見たことがない。
それほど細川が、この日のカーブに
『惚れた』のだろう。

(中略)

『岸はスライダーピッチャーだ』という先入観がある。
私もそうだ。
シュート系の球とスライダー、チェンジアップが主で、
カーブは意識したことがない。
この日の岸は、球速以上に直球のキレがあった。
そして縦のカーブが使える。
そうなると、得意のスライダーよりも、カーブの方が高低と緩急の
変化がつけられるだけに、
『内角直球と対になる球種』としてうってつけだ。


細川が“惚れた”理由はこれだ。
巨人の強力打線は『何となく』打席に立ち、
『何となく』打ち取られ続けた。
  
配球の基本には、
①緩急
②高低
③横の揺さぶり
があるが、直球、スライダー、チェンジアップだけなら、
①と②があっても極端ではない。
しかし、カーブは①と②の幅を広げる。
しかも、事前情報が少なかっただけに、
途中から気になり始めた。
迷うから『何となく』と見える。
  


例えばラミレス。
第1打席で内角への直球に空振り三振。
内角に意識を高めている第2打席では、
外角へ直球を2球続けられた後、予期せぬカーブで遊ゴロ。
第3打席では内角の直球に加えてカーブを意識した。
だが、カーブは1球もこなかった。
そればかりか、内角を意識していた分だけ甘い真ん中の直球に
振り遅れてファウル。
最後はチェンジアップで右飛に仕留められた。
まるで追えば逃げる“鬼ごっこ”のようだった。  


私が考えるカーブの攻略法は、ただひとつ
『捨てる』だけだ。
  
『追い込まれるまでカーブはやめよう』と強い意志を持たなければ、
つい手が出てしまう。
意識して捨てなければ、狙い球にもできない。
  
そんな状況だから細川は簡単に打者心理を読み、
『打者中心』のリードで巨人を封じた。
  
特に2試合連続本塁打で息を吹き返していたラミレスを
再び眠らせ、李を不振のどん底にたたき落としたことは、
バッテリーにとって勲章甲である。


<カーブが苦手・・・少年野球にも一因>

最近の少年野球では、カーブを始め変化球を投げることが
禁じられている。
その理由は、骨が未発達な為に肘や手首など
関節の故障が多くなるからだという。
そして最近のプロ野球選手がカーブを打つのが下手なのは、
子供の頃からカーブを見て育っていないことに
一因があるのではないか。

地方の無名校の野球少年だった私は、
プロに入ってからカーブの打ち方を覚えた。
『カーブの打てないノ・ム・ラッ!!』とスタンドからヤジられた
こともある。
また『技術だけで勝利することは難しい』というのが
私の信念でもあるが、これも落差の大きなカーブを打つために
『ヤマを張らなければ打てない』と
D型(別項)で臨むことを覚えたことが一端になっている。


関節だけでカーブが投げられるわけではない。
全身の正しい使い方を教えることこそが必要なのだ。
子ども達はみな、岸が巨人打線を手玉に取ったカーブを
目を輝かせて見つめたことだろう。
また、どうやってカーブを打つのかも知りたいはずだ。
そうした好奇心や興味が努力の源となるということだけは、
忘れてはならない。



≪打者の対応型≫

野村氏は、打者のタイプを次の4タイプに分けて分析している。

【A型】
 特にヤマを張らず、真っ直ぐに重点を置きながら
 変化球にも対応しようとするタイプ

【B型】
 内角球か外角球か、狙う球のコースをどちらかに絞り込むタイプ

【C型】
 打つ方向を右方向か左方向かに決めるタイプ

【D型】
 ストレートか変化球か、球種にヤマを張るタイプ

                            





『衰え』との戦い
2008年11月07日 (金) | 編集 |
イチローが先月、35歳になった。
ベテランと言っていい年齢だが、彼の打撃フォームを解析している
中京大体育学部の湯浅景元教授(61)に、
今後について、聞く機会があった。
教授は説明した。

『イチローさんの場合、ボールがどこに来るかを
 見極めることが大事。
 目の衰えが一番、心配です』―。


イチローの打つ技術は言うまでもないが、
150㌔を正確にミートする目も人並み外れているはず。
教授によると、衰えを訓練で遅くさせることもできるが、
早い人で30代後半から始まる。
打撃の根幹に狂いが来れば、確かに心配だ。
教授は続けた。
  

『彼は塁間速度が速い。その衰えが次に起こる。
 いくら打球がいい所にいっても、
 足が遅ければヒット数は減ります』―。
  


8年連続200安打という偉業は、27~34歳という年齢的に
脂の乗った時期に作られたもの。
目と足の衰えが襲う35歳以降は、イチローと言えども、
苦労することは想像できる。
インタビュー中、
『大変な時期を迎えるんですね』と思わず、言葉が出たが、
教授は意外な見方をした。
  

『イチローさんの性格から言うと、一番、
 楽しい時期を迎えるんじゃないかと思います。
 彼は困難と思っていない可能性がある。
 チャレンジですよ』―。
  


『苦労』という言葉がある。
イチローは確かに見えないところで様々な努力をし、
『労』はしている。
しかし、彼にとって、それは『苦』ではない。
教授は、心理面にまで、踏み込んで分析してくれた。
  


イチローの強気なコメントを聞くと、
確かに困難を楽しんでいるようで、
その前向きな思考が、何より、
彼の優れた点に感じる。
希代のヒットマシンが、衰えというアスリートにとって、
避けられない現象にこれから、どう立ち向かうのか。
イチローなら、苦労が『苦』でないことを
見せてくれそうな気がする。
  


                  読売新聞 『熱視線』より
                              荒井秀一氏
送り出す度量の広さ持つべき
2008年11月06日 (木) | 編集 |
アマ球界のNO.1右腕の新日本石油ENEOS田沢純一投手。
150㌔を超す直球に加え、切れのいいスライダーや、
鋭く落ちるフォークもあり、ドラフトで1巡目指名確実の
目玉だっただけに、プロ側のショックは大きい。


アマ選手が、いきなりメジャーと契約するのはルール上問題ないが、
日本のドラフトの形骸化につながる心配もなきにしもあらずという。
『そんなことになったら“国交断絶”だな。
 日本人メジャーリーガーは総引き揚げだ。
 なめられちゃいかん』と息巻いていたオーナーもいたようだ。


日本にいればドラフト1巡目で指名され契約金1億円
プラス出来高5000万円、年俸1500万円という
最高の条件で迎えられ、開幕からローテーション入りするだろう。
だが、米国に渡ってすぐにメジャーのマウンドに立てるかどうか。
恐らくマイナーからのスタートになるだろうが、
その心意気には拍手を送りたい。


フリーエージェントの規定では国内移籍はドラフトで入団後7年だが、
海外移籍は9年が必要という。
しかも1軍登録が年間145日以上で、
ケガで1年棒に振ったら、その分余計にかかる。
“億万長者”になっても9年も縛られ
いいトシになってしまうから、リスクを度外視し
『力をどこまで伸ばせるか試したい』と考えて当然だ。


流出を食い止めたいという気持ちは分からなくもないが、
時代の流れはいかんともしがたい。
『頑張ってこい』と背中を叩いて送り出し、
また日本でプレーすることになったら、
気持ちよく迎える度量の広さを見せないことには、
日本の野球に将来はない。


               サンケイスポーツ 『甘口辛口』より
                                 今村忠氏
品のある野性味を
2008年11月05日 (水) | 編集 |
『今夜は先輩たちと思い切り勝利の美酒を味わいたい』―。
東京六大学野球の早慶1回戦で優勝を決めた
早大のエース斉藤佑樹投手の、
そんなコメントが載っていた。
いつまでも“ハンカチ王子”の爽やかイメージがあって
『えっ、酒?』と思うが、6月で二十歳になったとか。
さぞ、うまい酒を飲んだことだろう。


1回戦では7回を投げて慶大に7安打を許し、
5度も先頭打者を出塁させながら1点に抑えた。
調子はいま一つのように見えたが、要所を押さえる投球術は
さすがだった。
プロ野球に入っても確実に2ケタ白星は挙げられそうな投手で、
再来年のドラフト会議の目玉になることは間違いない。


ただ、ピッチングも試合後の談話も優等生すぎ、
学生野球という枠の中で小さくまとまって人気的には
“賞味期限切れ”の印象もぬぐえない。
先日、あるテレビで早大の女子学生が
『斎藤くん?学校で見かけるけど全然目立たない。
 まじめすぎてボーイフレンドとしてはどうかな?』と話していた。
男の魅力の一つである野性味という味付けが足りないのかもしれない。


野性味といえば、同じ学生スポーツには柔道の
石井慧という野生そのもののような男がいる。
柔道の枠にとらわれず、高収入を求めプロ挌闘家という
別の世界を目指すとか。
『とんでもない』との批評も多いが、
新入社員の3割が3年以内に転職する時代である。
いまどきの若者の考えを代表しているのかもしれない。


それはいいとしても、石井の言動からは品格や爽やかさは
まるで感じられない。
投げる求道者のような古風な若者に見える斎藤はまったく対照的だが、
こちらは“品のある野性味”が加われば
言うことなしではないか。


                    サンケイスポーツ 『甘口辛口』より
                                  今村忠氏
ラミ蘇らせた 3つの条件
2008年11月04日 (火) | 編集 |
サンケイスポーツのコラム~『ノムラの考え』より~

①状態の悪さに油断したのでは―
~『稼ぐ』ではなく『誘う』べきだった~

 ラミレスは完全に打撃を崩している。
 サヨナラ本塁打の場面で、西武バッテリーには、
 そんな油断があったのではないか。
 初球のフォークはボール。
 2球目の真ん中スライダーは、前日の上原に続く“痛恨の1球”に
 なってしまった。
 私はこの1球の意図を岡本真に聞いてみたい。
 なぜなら“カウントを稼ぎにいった”としか見えなかったからだ。
 もしこの場面でストライクを取りにいったとしたら、
 それは致命的で許されないミスである。
 投手が投げる1球にはそれぞれ、
 『稼ぐ』『誘う』『見せる(捨てる)』『勝負する』など
 すべて意味がある。
 もちろん、相手打者や状況に応じて異なるものだ。
 この状況は“ホームラン即サヨナラ”で4番打者。
 カウント0-1とはいえ、2-0、2-1に追い込んだつもりで
 内角高めへの『捨て球』や、ゴロゾーンの低めに変化球などの
 『誘い球』を駆使して打ち取りに行くべきだ。
 細川が要求した外角低めのスライダーは、
 『誘う』目的なら間違いではない。
 事実、第1戦では涌井のスライダーにタイミングを外されていた。
 だが岡本真がそれを『稼ぐ』と誤解したなら意思統一が
 なされていない。
 まして日本シリーズを前に、ラミレスの本塁打ゾーンは
 洗い出されているはず。
 私なら投手に『ここだけには投げるな』と
 声を掛けて念を押しておく。
 そうすれば投手も『ここは誘い球だ』と強い意識を持って
 投げられるはずである。

②4打席すべて『左』に凡退―
~『右』に代わって生まれた余裕~

 一方で打ったラミレスには、それまでの4打席を逆転させるだけの
 条件がそろっていた。
 ラミレスには
 1)超積極的
 2)外角低めの変化球の選球眼が悪い
 3)内角直球に手を出す
 4)大ヤマを張らない
 ―という特徴がある。
 第1打席はカウント0-3から甘い直球を打ち損じてファウル。
 結局一ゴロに終わった。
 2打席目以降は内角を意識させられ、凡打を重ねていた。
 しかし、西武の継投が結果的にラミレスへの『油断』を生んだように
 見えた。
 それまではすべて左投手。
 右打者のラミレスに対し、懐に入ってくる変化球が甘く入れば
 やられてしまう。
 だから捕手の細川は細心の注意を払い配球し、
 投手も大胆に攻めていた。
 だが、右の岡本真に代わり
 『左に比べれば処しやすい』という安堵があったはずだ。
 ラミレスにとっても、岡本真への交代が余裕を生む。
 左から右への交代は、抑えられた4打席の『つながり』を
 リセットする。
 日本の野球を知り尽くし、しかも中日にいた岡本真は
 過去に対戦している相手。
 球威の衰えを感じ、見下ろして打席に入ることができた。


③投手見下ろし変化球狙いに―
~結果論・・・グラマン投入すべき~

 ホームラン打者が投手を見下ろせば、
 『オレには直球は来ない』と変化球に狙いを定められる。
 私はこれを 『ホームラン打者の特権』 と呼んでいる。
 大ヤマを張らずとも本塁打に出来る変化球を狙える状況で、
 まさにそのスライダーが来た。
 出るべくして出たホームランである。
 結果論を承知で言えば、西武ベンチは前日にラミレスを
 打ち取っている左腕のグラマンを投入すべきだった。
 3日は移動日だから、2回は投げられる。
 投手が10人いても、通用しないと分かれば非情を承知で
 順番を入れ替える。
 この日の西武は『勝負手』を打てず、
 『シーズンと同じ戦い』を重視した。
 失投を本塁打される、という試合の連続でシリーズは1勝1敗の
 タイになった。
 第3戦からは『勝負に徹する』側が勝機をつかむような
 気がしてならない。

                     楽天ゴールデンイーグルス監督