日々様々なスポーツ界での出来事や、気になった記事を取り上げ考えていくブログです。
スポンサーサイト
--年--月--日 (--) | 編集 |
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
魅力あるグラブトス
2008年10月31日 (金) | 編集 |
『 進化の証し グラブトス』 と題して昨年8月23日のブログで
紹介した記事を載せてみたいと思います。


 多くの攻守が見られた今大会。
 中でも、
帝京の二遊間が佐賀北との準々決勝(19日)で
 披露した華麗なグラブトスは、快挙ともいえる
 出来事だった。
  

 二遊間のゴロを、二塁・上原が逆シングルで捕球し、
 回り込んだ遊撃手・杉谷拳にバックハンドでトス。
 杉谷拳が、流れるように一塁送球してアウトに仕留めた。
 
 昨夏の横浜が試みて話題になったプレー。
 常葉菊川の二遊間も日大山形との2回戦(13日)で
 試みたが、
横浜も常葉菊川もアウトにはできなかった。  

 3年生の上原は
 『いつか自分たちも横浜と同じ場面がくる』と、
  
 後輩の杉谷拳と2人で居残り練習を重ねていた。
 大舞台で初めて成功し、
 『苦労が報われた』と胸を張った。
  

 高校生ではあまり見られなかったこの連携プレーは、
 『技巧に走りすぎ』との批判もあるだろう。
  
 だが、むしろ、いつ来るか分からないゴロに備え、
 反復練習を繰り返した選手たちの頑張りを称えたい。
 選手の自由な発想と努力が、甲子園を進化させている。
  


杉谷拳士選手(遊撃手)、日ハムドラフト5位指名おめでとうございます!!
あのグラブトスは未だ鮮明に脳裏に残っています。
洞察力、瞬発力共に一級品!!
このブログを通して実のお母様のブログとご縁があり
コメントを出し合ったりする機会もございました。
少しの期間でしたがコンタクトが取れて光栄でした。
拳士くんがバッティング不調の時には、そっと見守り続け、
その様子などが書かれたブログを読んで心を打たれたりもしました。
この時に、『バッティングの極意』という
恩師の方からの教えが書かれていて、
私も書き留めておきました。
今日はその『バッティングの極意』を紹介したいと思います。


①ボールを見逃すとき、しっかりと打ちに行った姿勢で見逃す。
②足に体重を五分五分。
③スウィングしても当たる所までしっかり球を見る。
④バットを体にもう少し近づける。
⑤点で打つのではなく、線で打つ感じ。
⑥空手チョップの要領。
⑦バットが手の延長と思って打つ。
⑧体に巻きついている感覚。
⑨誤差を作らない。
⑩ゆったりと楽に構えれば打てる。芯に当てれば なんとかなる。

今、改めて思い返して読んでみて、
息子のバッティングに必要なものを見つけられました。
不調の時こそ、初心に戻ってバットを振る。
杉谷選手から教わった宝物です。

プロの道が開け、誠に喜ばしい出来事です。
今後も日ハムでの益々の活躍を楽しみにしております。
ちなみに日ハムの現ショート、金子誠くんは、
私の後輩にあたるので、是非、後を宜しくお願いします!!

スポンサーサイト
NPB大人の度量
2008年10月30日 (木) | 編集 |
この度量の狭さは、逆に海外を目指す若者に強い決意を
促すことになりはしないか。
日本プロ野球組織(NPB)はドラフト指名を拒否し外国球団入りした
選手が帰国しても一定期間、NPBの球団とは契約
できないことにした。
大学・社会人は2年間、高校出は3年間、日本でのプロ入りが
凍結される。


今秋のドラフトで1巡目指名が確実的視されながら、
メジャー挑戦を公表した
田沢純一投手(新日本石油ENEOS)の問題を受けての自衛策という。
アマ選手の海外流出がこの一件で一気に加速しかねないし、
2年後は日本球界の宝でもある斉藤佑樹投手(早大)が
ドラフトを迎える。
プロ側の危機感は相当なものだろう。


それは分かるが、今ドラフトから適用の方向とは
“ドロ縄”もいいところだ。
田沢に一本取られたことでの“意趣返し”と受け止められても仕方ない。
ルール破りや抜け道を使ったわけでもなく、
堂々とメジャーに挑戦しようとする田沢はまるで
悪者のような印象を与えかねず、気の毒でもある。


NPBは『米球団のスカウトを日本球団と同様、登録制にする』との
自衛策も打ち出した。
これにも、ある関係者は
『スカウトだけでなく球団と契約したブローカーやエージェントなども
 多数入れ込んでいて、どこまで規制するか線引きは難しい』
と首をひねる。
小手先の対策では流れは止めようもないところまできている。


快く送り出し、失敗しても温かく迎え入れるのが大人の度量と
いうものだろう。
『流出防止』といわれれば逆に“やってやろう”と反発するのが
若者である。
自分たちの利益ばかり考えず、流れが激流に変わる前に
外国との共存の道を探るべきではないのか。


                  サンケイスポーツ 『甘口辛口』より
                                  今村忠氏
リード抜群 冷静さに信頼
2008年10月29日 (水) | 編集 |
大学球界で、もっとも勝ち方を知っている捕手だろう。
東都大学リーグでは昨春から3連覇。
昨秋の明治神宮大会で優勝し、今年の大学選手権も制覇と、
チームの大黒柱として主なタイトルを総なめにしてきた。
『うまくもないし、センスもない』と控えめだが、
プロに数々の選手を送り出してきた高橋昭雄監督は、
『これまでで一番の捕手』と太鼓判を押す。


遠投105㍍の強肩、リーグ戦6本塁打のパンチ力に加えて、
リードも一級品だ。
『考えることが好き。考えて考えて結果を出したい』と話す。
試合前に対戦相手のデーターを頭に入れて配球を熟考。
試合中も打者やベンチの様子を見逃さない。
高橋監督も
『分析力、判断力があり、リードも抜群』と全幅の信頼を置く。


本人も監督も認める冷静な性格。
ピンチでも落ち着きをなくさない。
飛び出した二塁走者をけん制で刺すなど、
すきを見せないプレーは何度もチームを救ってきた。
『勝つために捕手の役割は大きい。
 捕手が良ければ勝つし、悪ければ負ける』―。


岐阜総合学園高1年の秋に三塁手から捕手に。
東洋大では2学年上だった捕手の田中大輔(中日)の
キャッチングや配球の組み立てを見て覚え、
別の先輩からマンツーマンで基礎を叩き込まれた。
正捕手となった3年は大場翔太(ソフトバンク)とバッテリーを組み、
4年は主将としてもチームを引っ張るまでに成長。
アマ屈指の捕手になったが、
『すべてで未熟。いろいろなものを学んでいきたい』―。

ひたむきに、着実に進んでいくつもりだ。


                   読売新聞 『’08 ドラフトの星』より
                                   田中誠之氏
“ALL FOR ONE” みんなは1人のために
2008年10月28日 (火) | 編集 |
これが“ALL FOR ONE”(みんなは1人のために)の
ラグビー精神の実践だろうか。

重い心臓病と闘う千葉市の中学2年生、
岩田天晴君(13)が米国で心臓移植手術を受けるために、
ラガーマンの父親の仲間たちが呼びかけた募金が
10月8日現在で1億4149万9257円となり
予定より2ヶ月も早く目標を達成した。


テニスやサッカーが好きで病気知らずだった天晴君は今年2月、
ぜんそくのような症状が出たあと原因不明の
『突発性拡張型心筋症』に襲われ、
一時は生死の境をさまよった。
日本では15歳以下の子供の臓器提供は認められていないため
人工心臓を装着し、東大病院で来年1月の渡米を待っている。


父親の天稙さん(50)は北野高(大阪)で主将を務め京大、
博報堂で活躍したラガーマン。
愛息の病気を知った仲間たちが『天晴君を救う会』をつくり、
両親らと力を合わせ9月から募金活動を始めた。
OB会やクラブへ郵便や電子メールで呼びかけ、
秩父宮や花園など試合場、地元の千葉市などでも協力を仰いだ。


ネット時代だけに、とりわけメールが威力を発揮した。
国内だけでなく海外でメールを受けたOBが地元の日本人チームに
呼びかけると、メンバーが逆に国内のそれぞれの母校などに発信した。
『メールが地球を2周した。
 ラグビーをやっていたのは父親なのに、
 こんなにつながるのかと驚いた』
と会の代表の1人、赤木直人さんは話す。


試合場の募金箱には千羽鶴に折られた紙幣もあった。
世の中捨てたものではない。
全国で同じような病気と闘う子供たちにも夢と希望を与えた。

これからは天晴君に “ONE FOR ALL”の頑張りを期待したい。


                      サンケイスポーツ 『甘口辛口』より
                                      今村忠氏
“ひとり勝ち” 早稲田ラグビー
2008年10月27日 (月) | 編集 |
早大ラグビーは、選手1人1人がとことん考えるのが、
今季のスタイルという。
9月下旬には豊田主将ら幹部19人が、
都内ホテルで2泊3日のミーティング合宿を開いたそうだ。
これからの戦い方について、
例えば主力をケガで欠いた場合など、大学選手権まで考えられる
あらゆるシナリオを想定し、討論を重ねグループ別に発表した。


3日間で約20時間の討論。
特に2日目は朝8時から夜12時まで続けた。
監督就任前、三菱総研に勤務し、組織や地域のリーダーとなる
人材育成研修に携わっていた中竹監督ならではの
ハードな内容だったようだ。
『予定表を見て文句を言っていた学生も、
 始まると熱くなって時間のたつのも忘れていた』と同監督。


シーズン中の練習抜きの合宿もそうだが、
上級生だけでなく2年生のリーダー候補を参加させたのも
他の大学では考えられない。
中竹監督は言う。
『ラグビーへの取り組み方で上級生とは温度差があるが、
 いずれリーダーになるのなら早いうちに理解した方がいい』―。


ピンチにもリーダーを頼らず、それぞれが危機管理能力を
働かせる。
来年、再来年まで見据えたチーム戦略も確固たるものがある。
早大のすきのないチーム作りには脱帽するが、
毎年“ひとり勝ち”では対抗戦の妙味は薄れる一方だ。
他校の奮起も期待したい。


                      サンケイスポーツ 『甘口辛口』より
                                      今村忠氏


仁義なき戦い
2008年10月24日 (金) | 編集 |
第104回ワールドシリーズ、レイズーフィリーズ戦が昨日開幕。
球団11年目で初優勝を目指すレイズに不正疑惑が浮上した・・・。


レイズの本拠地・トロピカーナ・フィールド。
レイズの不正発覚に、普段は温厚な
レイズのアンドリュー・フリードマン副社長(41)が声を荒らげた。
『バカげた話だ。ありえない!!』―。

発端は日本で報じられた
レッドソックス・松坂大輔投手(28)の発言。
  
ア・リーグ優勝決定シリーズ第1戦で先発した際、  
プレート板が一塁側に通常より10㌢も
ずれていたというものだった。
  
プレートの一塁側を踏むレイズ先発の
ジェームズ・シールズ投手(26)が
右打者への外角球を投げやすくするためと思われ、
三塁側を使う松坂には不利。
  
第6戦でシールズと投げ合った
同僚のジョシュ・ベケット投手(28)も
三塁側を踏むため、
松坂が忠告したと日本で報じられた。


これに敏感な反応をしたのが、フィリーズだ。
球団関係者が報道を知り、松坂が指摘したとされるプレート板の
不正工作を調査。
シールズの今季成績が本拠地(9勝2敗、防御率2.59)と
ビジター(5勝6敗、防御率4.82)で違いすぎる上、
リーグ優勝決定シリーズは本拠地での第2、6戦に先発したことで、
疑惑が深まった。


米大リーグ機構関係者によれば、
すでにフィリーズはプレート板の位置確認を非公式に要請。
ワールドシリーズでは毎試合前に行われる審判団によるチェックも、
より徹底するように指示が出されている。
不正疑惑をかけられたトロピカーナ・フィールドのグラウンドキーパーは
激怒して取材拒否。
両軍だけでなく、松坂まで巻き込んだ遺恨の中、
世界一をかけた戦いが繰り広げられる。
何苦楚魂
2008年10月23日 (木) | 編集 |
レイズ・岩村明憲選手が今日から、ワールドチャンピオン目指し
本拠地で戦う。

岩村選手は常々子ども達へ夢をつなげたいと、
チャンピオンリングを日本に持ち帰る勢い!!
『何苦楚魂』が根底にある岩村選手のインタビューを
雑誌からピックアップして紹介したいと思います。


―チームメイトとのコミュニケーションは?

岩村)取っていますよ。
    積極的にいこう、ということですね。
    自分から行かないと、周りはもっと来ないと思うし。
    最初は来てくれると思うんです。
    でも、アメリカ人は特にそうなんですけど、
    こいつは相手にしても面白くないとなったら、
    一切相手にされないですから。
    ロッカーにしてもどこでも、馬鹿なことを言って笑わせたり(笑)。
    そういうふざけた会話が野球の会話につながっていくんですよね。
    こいつはオモロイとなったら、輪の中で一緒の扱いになるんで。
    僕は最初に頑張ってやったので、
    受け入れられ方が良かったですね。

―子ども達へのアドバイスとして、スランプ脱出法を教えてください。


岩村)バッティングに限らず、とにかく原点をに戻ることですね。
    例えば『ウォーキング・ティー』というのがあるんですが、
    歩きながら体を大きく使ってティーバッティングをやってみたり。
    僕は左バッターなので、右打ちでティーをやって
    腰を逆に回転させてみたり。
    あとは特守。
    10分くらい長めにノックを受けて汗をかいてみるのもいい。
    ただひたすら走りたいという時もあるんですよ。
    そういう時は、外野に行ってダッシュを繰り返して、
    腰のキレを取り戻す。
    そうすれば、打てない時期を乗り越えられるんですよね。


―ここがこうなったらダメ、という兆候などはありますか。

岩村)欲を出し過ぎるとか、謙虚さを忘れてしまうとか。
    僕らは毎日野球をやるので、どうしても惰性でやってしまうことが
    あるんです。
    そういう時は、一番気をつけなくてはいけない。
    自分自身、そういうつもりは一切ないんですけど、
    自然に体がそうなってしまう。
    そこでいかに早く歯止めを利かせるか。
    切り替えてやるのが大事かなと。


―肉体的な面では。


岩村)疲れが出たり、どこか痛いのに無理して試合に出ることで、
    体のバランスを崩して、バッティングの状態を落としていくというのも
    当然ありますけど、まあ、精神力が大事だと思います。
    1年間という長丁場を乗り切っていくうえでは。


―では最後に、そういった部分を踏まえて子ども達にメッセージを
  お願いします。


岩村)みなさんも打てない時期というのはあると思いますが、
    いずれ必ず自分の流れというのは出てくるものなので、
    打てない時期もその流れを掴み取るための充電期間だと
    思って辛抱強く、粘り強くやっていくことですよね。
    僕も99年に開幕からしばらく、
    ずっと打てない時期が続いたんですが、
    内野安打1本でバッティングが変わったことがあった。
    それも気持ちだと思うんです。

    子ども達に目標の野球選手を尋ねたときに、
    “岩村”という名前がすぐ出てくるような選手を目指して
    やりたいと思います。
    そして子ども達にも、そういう所を目指して欲しい。
    野球を好きになって、一生懸命、ひたむきに練習をやって
    もらいたいですね。


チームが毎年最下位のチームに昨年入団した岩村選手。
チームをけん引しリーダー的存在の岩村選手からは
見習うところが多いです。
今日は残念ながらチームは敗退しましたが、明日以降も必ず
やってくれることでしょう!!
“何苦楚魂”で!!!
   
走攻守 スケール大きく
2008年10月22日 (水) | 編集 |
プロ野球のドラフト(新人選手選択)会議が30日、
都内で開かれる。
高校生と大学・社会人が4年ぶりに統合され、
1巡目は入札抽選方式で行われる新方式ドラフト。
上位指名が確実な注目選手たちを紹介する。

                (読売新聞・『ドラフトの星』より)


甲子園をかけた今夏の北神奈川大会。
県大会記録を塗り替える5本塁打を放ち、注目を集めた。
決勝で敗れて甲子園には手が届かなかったが、
3年間で通算65本塁打をマーク。
マウンドに上がれば140㌔台後半の速球を投げ、
50㍍を5秒8で走る。
スケールの大きな遊撃手を、巨人の長谷川国利スカウトは、
『逆方向に飛ばす長打力があるうえ、肩、足、全てが素晴らしい。
 何十年に一人の逸材』と絶賛。
ある米大リーグ球団のスカウトには
『今すぐメジャーで勝負するべきだ』と言わしめた。


恵まれた体に詰まった才能を開花させたのは、
挑戦し続ける強い精神力だ。
中学2年の冬、地元・広島での野球で
巨人の原辰徳監督と出会い、あこがれを抱いた。
『文句なしのスイングだ。このまま頑張れ』と褒められた言葉を励みに、
広島から東海大相模に進学。
より厳しい環境で自分を磨きたかった。

入学当初は変化球に苦しんだが、打ち方をマスターして
高校屈指のスラッガーに成長。
もともと大学進学希望だったが、プロの試合を観戦するうちに、
『この舞台で挑戦したい』との気持ちを抑えきれなくなった。
もっと強く、もっとうまくなりたい。
『自分は欲が深いんです』と笑う。


各球団の高い評価を聞かされても、
『まだまだプロでは通用しない』と冷静だ。
だから今も毎日グラウンドに出て、木製バットで打ち込んでいる。
『自分はプロ野球から夢をもらった。
 いつかその舞台で活躍して、子ども達に夢を与えられる選手に
 なりたい』―。

大きな夢を胸に、運命の日を待つ。

                                

野球人冥利
2008年10月21日 (火) | 編集 |
今年もプロ野球ドラフトの季節になり、
30日の会議に向けたニュースが目に付く。
ヤクルトは野手部門の最上位候補として
早大・松本啓二朗外野手をリストアップしたという。
千葉経大付高ではエースとして夏の甲子園でベスト4入りし、
早大で野手に転向した走攻守3拍子揃った選手。
ヤクルトならずとも欲しい球団は多いだろう。


父親の吉啓さん(50)は千葉経大付高の監督で、
“父子鷹”として話題となった。
東京・桜美林高では夏の甲子園の優勝投手。
明大4年の時は大学日本一になり東海大・原(巨人監督)、
亜大・大石(オリックス監督)らとともに日米大学野球に出場するなど
華やかな球歴の持ち主だ。


そんな名の知れた監督の息子がドラフトにかかるのも珍しいのに、
同時に今年の選抜ベスト4の原動力となった
同校のエース斉藤圭祐投手も上位候補に挙がっている。
さらに、大学生の上位候補である青学大のエース
井上雄介投手も同校卒で、松本さんは息子、現役部員、
卒業生の3人のドラフトの結果を待つことになる。


ドラフトは昨年から1巡指名が重複した場合は抽選で
2巡目以降はウエーバー方式だが、
今年は『高校生』と『大学・社会人』の分離開催を改め
4年ぶりに一括開催となった。
『息子は早大の監督さんにお任せしているが、
 3人とも会議で名前が早く挙がって、いい形で入ってくれれば、
 と祈るだけ』と松本さんは話す。


息子の啓二朗は日頃から
『大学までは追い越せなかったおやじを、
 プロで活躍してやっと追い越すことができる』と話しているとか。
在京球団希望の息子をはじめ
『3人分、今から胸がドキドキしている』のも
野球人冥利というものだろう。   


                 サンケイスポーツ 『甘口辛口』より
                                  今村忠氏


19日の明大戦で、通算100安打を達成した。
二塁方向への高いバウンドのゴロで、懸命に一塁を駆け抜けた。
足が一瞬早くセーフ。
『僕らしいヒットですね』と照れ笑いを浮かべた。

この日は3安打。プロの注目も高い。
最後の秋を自らのバットで実りの秋にする!!
アメリカンリーグ 制覇!!
2008年10月20日 (月) | 編集 |
球団創設11年目でア・リーグ東地区を初制覇したレイズ。
就任3年目でチームを大変身させたジョー・マドン監督(54)は
大胆かつユニークな発想の持ち主で、
大リーグの指揮官では珍しいタイプだ。


黒縁メガネを紫のゴーグルに代えて、
シャンパンファイトに加わった。
普段はクールな指揮官だが、この日ばかりは歓喜の美酒に
酔いしれた。
『これは日本に生中継されているのか?
 選手は一丸となって戦ってくれた。
 みんなを誇りに思っている』―。


就任3年目の今季みせた采配は、決して教科書通りでなかった。
レッドソックス戦では主砲デービッド・オルティス内野手(32)
に対して、二塁手と三塁手を後方に下げて
“外野手5人”シフトをしいたり、
ナックルボールが武器の右腕ティム・ウェークフィールド(42)に
対しては、スイッチヒッターに右打席に立つことを指示。
8月17日のレンジャーズ戦では、
球宴までに95打点を記録したジョシュ・ハミルトン外野手(27)を
4点リードの9回ニ死満塁の場面で敬遠。
3点差で逃げ切ったこともあった。


『管理コーチ』と呼ばれる独自のポジションを今季から設置し、
ネット裏から自チームを分析させた。
そして修正すべき点やベンチ内で気づきにくいことを報告させ、
早い段階で対応した。



発想の源は長い下積み時代にある。
捕手として入団したエンゼルスで4年間プレーした後、
15年もマイナーの指導者として若手を育てた。
当時、試行錯誤したことや豊富な読書量が
斬新なアイディアを生み出しており、
選手には心理学や脳に関する本を勧めている。


今日からプレーオフ。
さい先良く、ホワイトソックスに勝ち、弾みをつけるレイズ。
今シーズンのレイズは見応え盛り沢山です!!
“岩村効果”は絶大で、
東映でプレー経験があり、メジャー4球団で監督を務めた
ドン・ジマー特別アドバイザー(77)は、
『岩村の二塁転向は今季の大きなポイントだった。
 予想を大きく上回る守備力だったし、三塁に新人の
 ロンゴリアを起用できた。
 二塁転向が失敗していたら、ロンゴリアが20本塁打以上放って
 新人王候補に挙がることはなかっただろう。
 打撃でも、1年目の経験を生かして昨季を上回る数字を残した。
 讃えられる活躍だ』―。
称賛に値するコメントを出しています。  



10月3日に載せたブログを今日はア・リーグ制覇した記念に再度、
載せてみました。
岩村選手を中心に、チームのムードも最高潮
いよいよワールドチャンピオンシップを狙います


レイズ・岩村選手の活躍を楽しみにしています
レイズ万歳~~~~~~




快進撃けん引 OR砲
2008年10月17日 (金) | 編集 |
シーズン序盤、手術明けの小笠原の左ひざには
補強運動に耐えられる力が、まだなかった。
『ひざは大丈夫。自分の力がないだけ』と言い続けたが、
5月末の打率が2割6分。
比例するようにチームも阪神に大きく離された。
白坂トレーニングコーチと話し合い、
補強運動を行うことを決めたのはこの頃だ。
高さ約30㌢の台に乗り、左足でバランスを取る運動。
これまで左ひざへの負担が大きく、できなかったが、
試合に出ていることで、筋肉の量が戻り出来ると判断した。
しかし小笠原は通常の補強運動を超えるものを提案した。

『野球の動きを取り入れたい』―。
スイングを意識したひねり、スローイングのような動き。
『5を指示すると、7,8のメニューにする』と白坂コーチが
うなる熱心さで、状態がみるみる良くなった。
『ひざさえ良くなれば、技術はあるのだから絶対に数字は上がる』
という篠塚打撃コーチの予想通り、
7~9月の月間打率はすべて3割5分を越えた。


9月3日の広島戦では自身初のサイクル安打をマークするなどして、
9月は月間MVPに。
チームは7月に16勝8敗と大きく勝ち越すと、
9月も17勝6敗1分け。
後半戦快進撃は、背番号『2』の上昇カーブと完全にシンクロしていた。


その彼を『これまで見た中で最もいい打者の一人』と
敬服するラミレスが、前半戦苦しい時から打線を支えた。
5月は月間MVPを獲得し、6月にかけて27試合連続安打。
小笠原と何度も食事をともにし、
貪欲に打撃理論を戦わせたりもした。
日本球界の誇る強打者二人のアベック本塁打の試合は、
15戦全勝の驚異的な勝率を残した。


二人の貢献はバットだけではなかった。
投手野手構わず、気が付いたことを口にした。
8月21日のヤクルト戦。
先発金刃が経験のない雨天中断で困惑していると、小笠原は
『体だけは冷やすな』とアドバイス。
坂本らに打撃のヒントをラミレスの姿もおなじみ。
『二人の存在はチームにとって大きい』と語る伊原ヘッドコーチの言葉は、
ナインの本音でもあった。


寡黙なサムライと、陽気な大砲は、ともに優勝までの全試合に出場。
強く、頼もしいチームの柱である。


              読売新聞 『大逆転 V2 (2)』より
                                清水暢和氏
急成長・坂本 猛追支える
2008年10月16日 (木) | 編集 |
大学・社会人出身の先輩達を抑え、
高卒2年目で開幕スタメンの座をつかんだ坂本も、
前半戦はスランプや失策が続いた。
それでも原監督は辛抱強く、坂本にこんな言葉をかけ続けた。
『今はミスをしてもいいから、
 将来、チームを引っ張れる選手になれ』―。
生え抜きの若手を育てたい―。
意図は明確だった。


6月までの打撃成績は2割3分2厘、3本塁打。
プロの壁に苦しんだ。
しかしその後は一変。
7月以降の成績は打率2割8分3厘、5本塁打。
打順は下位だったが存在感を見せた。
彼の急成長が、原監督のタクトを自在にさせた。


今季は高橋由、李らベテランに負傷者が相次いだ。
休ませながら、状態のいい選手を使いたい首脳陣は、
打線の編成に何度も頭を悩ませた。
その中で日々成長する19歳は、試合に出続けることでチームに
『安心感』を与えた。


ケガに強かった。
新人だった昨季もプロの厳しい練習に音を上げず、
二軍でフル回転したタフな心と体は、一軍でも変わらなかった。
4月12日のヤクルト戦で、144㌔の死球を右手首に受けた。
しかし、
『これくらい平気です。僕は鉄人やから』とサラリと言った。
長橋トレーナーは、
『10代の頃の松井秀(ヤンキース)は骨格も筋肉も別格だったが、
 坂本は他の選手に比べても特別とまでは言えない』と言う。
今季、激しいプレーで顔をゆがめたことは1度や2度ではなく、
開幕が危ぶまれるほどの腰痛もあった。
それでも屈しない精神力が頼もしかった。


成長のカーブと、チームの快進撃は見事に符合する。
6月を終えて貯金1だったチームは、7月以降で貯金26。
後半戦は打撃だけでなく守備でも貢献した。
チーム最多の15失策を記録したが、阪神を猛烈に追い上げた
8月以降は3失策。

『同じ失敗を繰り返さないのが彼の長所。
 前半戦と後半戦で、安定感が違った』と福王内野守備走塁コーチ。
開幕戦で故障離脱したニ岡の穴を補っただけでなく、
遊撃手として広い守備範囲と強肩をいつの間にか、
試合で発揮できるようになっていった。


19歳の予想を超えた急成長が
大逆転優勝の強力なエネルギーとなった。


                   読売新聞 『大逆転V2 (3)』より
                                 風間徹也氏

新しいヒーローが生まれる瞬間とは、
こんなタイミングなのだな、と思わせる坂本選手の急成長ぶり。
プロ野球の世界で、ヒーローと呼ばれる選手が誕生しづらい今、
ようやく一筋の光が見えてきたように思います。
楽天・田中マー君を始め日ハム・中田翔、中日の平田など。
プロ野球界で新しい芽が活躍すると共に
チームそれぞれに活気に満ち、
プロ野球界全体に潤いが循環されます。
原監督の方針は、他の球団にも反映され
これから更に盛り上がりを見せることでしょう。
ドラフトが楽しみです。
ヤングG ベテランに刺激
2008年10月15日 (水) | 編集 |
巨人が最大13ゲーム差をつけられた宿敵・阪神をひっくり返し、
劇的な連覇を達成した。
1996年の『メークドラマ』を上回る歴史的な大逆転優勝。
その勝因を探り、伝説を作りあげたヒーローたちの戦いの
軌跡を振り返る。

         読売新聞 『大逆転 V2 (1)』より
                            山脇幸二氏


自己アピールがあまり得意ではない原監督が、
さらりと口にした。
『手前みそになるけど、キャプテンの成果だよね。
 若い連中がどんどん結果を出している』―。
6月の遠征で、ともにしたランチの席だった。
昨年の5年ぶりV奪回の原動力となった上原、高橋由、二岡らが
故障や不振で出遅れ、チームは波に乗り切れずにいた。
  
原監督は打開策として『若手登用』というカンフル剤を処方し、
その効果が表れ始めていた。


背景には春のキャンプがあった。  
原監督は一、二軍制を廃し、A,B,Cの3班に分けて練習を行った。
若手中心のB班を受け持った吉村二軍監督はキャンプ前、
原監督に注文された。
  
『若手のレベルアップが今年1年だけでなく、
 今後の巨人にとって最も重要になる。
 しっかり鍛えてくれ』―。

日暮れまで続いた猛練習で培った若い力は、シーズンに入って
芽を吹いた。


若手に刺激を受けたのが、中堅ベテランだった。
鈴木尚、木村拓、古城、大道らが日替わりでヒーローとなり、
反攻が始まった。
主力が戦列に戻ってきた7月初め、原監督は話していた。
  
『手放しで“さあ、待ってたよ”と出迎えるのではなく、
“よし、来たか。じゃ、戦ってみろ、勝ち取ってみろ”という
 高いレベルで迎えるのが理想だ』―。
  
指揮官は選手の実力と体調を冷静に見極め、
用兵を練った。
激しい競争がチームの活力となって勝利を呼び、
阪神猛追につながった。
  


常勝を義務づけられる巨人は、フリーエージェントや
外国に外国人による補強を進めてきた。
その結果、どうしても若手が伸び悩み、主力がケガなどで
戦列を離れると一気に戦力が落ちてしまうことがあった。
  
悪循環を断つため、原監督はキャンプの3班制で若手の底上げに
本腰を入れたのだ。
  


原監督は言う。
『勝つことにこだわりすぎると、新しいものは作りづらい。
 去年の優勝で今年は思い切ってチームを変えられた。
 この連覇で来年はもっと若返らせようと思う。
 来年は勝てないかもしれないが、再来年から5連覇する。
 ただ試合に勝つだけでは夢がない』―。


育てながら勝つ。
夢の巨人野球が、原監督の手によって形になりつつある。

清原 『右打ち』と『フォア・ザ・チーム』
2008年10月14日 (火) | 編集 |
オリックスの清原が引退した。
巨人担当時代、2000本安打と500号に立ち会う幸運に
恵まれ、清原という打者について検証したことがある。
その時、西武入団時のコーチ、土井正博氏と
PL学園高時代の監督、中村順司氏に何度か話を聞く機会が
あったが、出てきた答えが
『右打ち』と『フォア・ザ・チーム』という二つの言葉だった。
土井氏は言った。
『入団時から、右方向に打つ技術はプロもマネ出来ない
 素晴らしいものを持っていた。
 打った後、右手がグーンと伸びて、押し込んでいく。
 これは彼にとって、ものすごい宝です』―。


清原の通算本塁打は525本。
その一本一本を調べると、半数以上の272本が中堅から
右方向へのものだった。
そう言えば、引退試合での最後のヒットも右中間への二塁打だったが、
この右方向に大きな当たりを打てる技術こそ、
清原というスラッガーを特徴づけるものでもある。
中村氏は『フォア・ザ・チーム』を強調した。

『彼はチームの中で自分が何をすればいいのか、
 常に考えていた。
 (29-7で勝った)東海大山形との試合でも
 ホームランを打っていない。
 チャンスを広げる打撃をしていた。
 (清原は5打数2安打2四球)』―。
PL学園では2度の全国制覇、西部と巨人で計10度ものリーグV・・・。
打線の中心としてチーム打撃を見せなければ、決して、
この数字は残っていなかったことだろう。
目立たないが、通算四球1346個という数字は王、落合に次ぐ、
歴代3位。
つなぎの姿勢の一端を物語ってもいる。


最近の清原は、真っ向勝負のような『男気』という言葉の陰に
隠れてしまったが、実は広角の長距離砲で、
野球というスポーツで最も大切な
『フォア・ザ・チーム』を体現した選手でもある。
いつの日か、グラウンドに戻ってきた時には、
是非、この技巧と精神を後進に伝えて欲しい。


                     読売新聞 『熱視線』より
                               荒井秀一氏
『代償』に苦しんだ1年
2008年10月09日 (木) | 編集 |
熱心な分だけ、さみしさが漂った。
先月21日の本拠地最終戦へ向け、カウントダウンを始めた
ヤンキースタジアム。
試合前練習では連日、左翼に陣取った。
左ひざは手術間近。
守備練習への参加は許可が出ない。
だから球拾いとして、同僚が打つフリー打撃を待ち構えたのだ。

『もう最後だから。名残惜しくて』としんみり。
左翼の位置は故障で、完全に手放した。
今は別の選手がそこでノックを受ける。
邪魔にならないよう、左翼線方向に位置をずらし、ぽつんと立った。
そうして届く範囲で時に猛然と打球を追い、つかみ、
ホームの左翼に別れの儀式を続けた―。


昨オフに手術した右ひざでなく、左に不安があった。
開幕後まだ2週間の4月中旬には、こう漏らした。
『左は(軟骨に)傷が入っている。
 その範囲が広い。
 はがれたら、右と同じようにならないとも限らない』―。

左は1998年の巨人時代からの古傷だ。
約10年、トレーニングと慎重なケアで持ちこたえてきた。
しかし昨オフ、右と一緒にやったMRI(磁気共鳴画像法)検査で
状態を再確認したのに続き、6月23日の検査で危うさへの確認は
増していた。

『昨年の右は1ヶ所だけ、局部的に大きく削れていたけど、
 傷ついてる部分は左の方が多い。
 削れて関節内に浮いてる大きさは、左の方が大きいかもしれない』―。

不安は現実に。
10年耐えた左が限界を超えた。
痛みと腫れで約2ヶ月、戦列を離れた。
復帰してもDH専門、打順も下位に。
現ヤンキースタジアム最終年は皮肉にも、
踏ん張ってきた代償を支払う1年となった。

ベーブ・ルースと同じ左打席に入り、満塁弾で本拠地デビューを飾った
03年4月8日から5年半。
本拠地最後の21日は9戦ぶりの出場だった。
打順は開幕同様、8番だった。

その翌日に内視鏡手術を受け、今はリハビリ中だ。
単調な毎日だがそれは98年から初めて、打撃の“間”や
パワー伝達を支える左ひざに、不安をなくす過程でもある。
『10年前と同じからだになるわけじゃないけど、
 精神的に違う。
 トレーニングもできるようになる』―。


新球場で迎える09年は躍動の1年となるか。
中軸、左翼、ワールドシリーズ。
松井秀喜は全部を取りに戻ってくる。


                 読売新聞 『’08 松井秀喜』より
                                  小金沢智氏
負けない松坂 『解説不可能』
2008年10月08日 (水) | 編集 |
18勝3敗、防御率2.90。
チーム一の勝ち星を挙げた。
それでも、米メディアは
『なぜ負けないのか不思議だ』といぶかしがる。

制球に苦しみ、四球で走者を出し、
球数が増えて早々と降板することが多い松坂だが、
決定打を許さない投球術については、地元メディアでも
『解説不可能』とお手上げのようだ。


制球難でピンチを招くことについて、松坂は
『いつものことなので慣れている』と笑う。
レギュラーシーズンの与四球はア・リーグ最多の94個だが、
一方で得点圏での被安打率2割1分1厘はリーグで一番低い。
今季14度あった満塁のピンチで、1本の安打も許していない。
要所での粘りが白星につながった。


その要因の一つは、昨季苦労したスライダーの切れが増したこと。
松坂が 『確実に使えるようになったと思っている』と
自信を見せれば、捕手のバリテックも
『昨年よりも鋭さは上がっている。
 カットボールやチェンジアップと交ぜれば、そうは打たれない』―。
得点圏に打者を置いても、鋭く曲がって落ちるスライダーを軸に
変化球で攻め、バットの芯を外す。
自信のある球があるから、ピンチで落ち着いていられる。


一方で、松坂自身はこうも思っている。
『去年より、ロッカールームの居心地がよくなった。
 それが、試合にもいい影響を与えているんです』―。

昨年は『お客さん扱いだった』が、2年目に入り、
同僚とゴルフや外食に行くことが増えた。
チームを『自分の家のよう』と感じられるようになり、
余裕につながった。


フランコナ監督は、
『シャンパンファイトで騒いでいる姿を見て、
 チームの一員になったな、と感じた。
 本当に周りを気遣う選手だ。
 言葉の違いがあるから簡単じゃないのに』とほめる。
好成績の裏には、チームに好かれる人柄の良さがあった。


今季の18勝で得たものを問われ、
『自分の投球さえすれば勝てるという自信』と答えた。
そして、続けた。

『昨年の苦労があるから、今年は楽しめている』―。
  
昨季は思うような投球ができなかったポストシーズン。
『世界一』連覇のため、リベンジも大詰めを迎える。


               読売新聞 『メジャー’08』より
                              本田祐介氏
チームメートと深刻亀裂
2008年10月06日 (月) | 編集 |
先月25日、シアトル・タイムズ紙が、
マリナーズ・イチロー外野手(34)がチームメートから
総スカンを喰らい“制裁案”が練られていたことを報じた。


仰天の“内部告発記事”だ。
地元のシアトル・タイムズ紙が5日連続で
『マリナーズ再建』と題した特集を開始。
25日付は第2弾として、イチローへの“暴行未遂事件”を
掲載した。


記事はクラブハウス内の情報提供者の証言を元に作成。
チームメートの一部がイチローの自身の記録中心などの
プレースタイルを、『自分勝手』と“断罪”。
実際にイチローに対して暴行を加えようという動きにまで発展した。
前代未聞の“襲撃計画”を知った当時の監督、
ジョン・マクラーレン氏(57)がミーティングを召集して、
不穏な空気を封印。
“未遂”に終わらせたという。


昨年も同様な騒動があり、
『多くの選手がイチローのことを嫌っていることに驚いた』と
関係者のコメントも載せている。


執筆者は
『イチローは誰よりも試合前の準備を真剣に行っている』とも
書いており、8年連続200安打の偉業を讃えている。
今回の記事はイチローへのアレルギーを伝えるのではなく、
他の選手に厳しい目を向けるべき―という論調だった。


地元のラジオ局などで、この記事が取り上げられるなど
衝撃を与えたが、ファンもイチローに同情的。
そんな中、何事も無かったようにこの日、マルチ安打を記録した。


グラウンドだけではなく、その外でも九死に一生を得た(?)
イチロー。
敵は己とチームメートにあり。
過酷な戦いだが、次の目標に向けて最後まで走り続ける。


                     9/27 サンケイスポーツ記事より



本人は特別なことをしているとは思っていないのに、
周囲は何に嫌気を感じるのか、
蹴落とそうとすることしか考えない凡人。
前回(9/29付)も紹介しましたが、イチローは好きな野球を純粋にしているだけ。
その好きな野球を長く続ける為には、何をすべきか自分で理解して
自然に体を動かし準備しているだけ。
その日の体調が良くなければ、全く体を動かさないで休養する。
無理はしない。
それは長く野球がしたいから。


『その人の苦労まで欲しいと思ったら、羨んで良し』―。
辛く苦しい状況は表立っては紹介しません。
イチローにはイチローの苦労が表立って見えないほどあると
思います。
『成功と進歩は、努力した量に比例し、
 頂点を極めることは、昨日の努力を越えることにより
 必ず実現する』―。
イチローは持っているものは一流、
でも、それ以上の努力があったから頂点を極められるのであって、
この記事を読み、
一流メジャー選手らが、同じチーム内で、クラブハウス内で、
尊敬に値するイチロー選手に“襲撃計画”を企てていたなんて、
野球ファンの私には、許せぬ記事でしたので、
この場を借りて紹介してみました。


どの世界でも、際立って目立つ存在がいて、
目の上のたんこぶと思う嫉妬心を持つライバルはいます。
それを跳ね除けてこそ、
一流なのでしょう。
マドン魔術
2008年10月03日 (金) | 編集 |
球団創設11年目でア・リーグ東地区を初制覇したレイズ。
就任3年目でチームを大変身させたジョー・マドン監督(54)は
大胆かつユニークな発想の持ち主で、
大リーグの指揮官では珍しいタイプだ。


黒縁メガネを紫のゴーグルに代えて、
シャンパンファイトに加わった。
普段はクールな指揮官だが、この日ばかりは歓喜の美酒に
酔いしれた。
『これは日本に生中継されているのか?
 選手は一丸となって戦ってくれた。
 みんなを誇りに思っている』―。


就任3年目の今季みせた采配は、決して教科書通りでなかった。
レッドソックス戦では主砲デービッド・オルティス内野手(32)
に対して、二塁手と三塁手を後方に下げて
“外野手5人”シフトをしいたり、
ナックルボールが武器の右腕ティム・ウェークフィールド(42)に
対しては、スイッチヒッターに右打席に立つことを指示。
8月17日のレンジャーズ戦では、
球宴までに95打点を記録したジョシュ・ハミルトン外野手(27)を
4点リードの9回ニ死満塁の場面で敬遠。
3点差で逃げ切ったこともあった。


『管理コーチ』と呼ばれる独自のポジションを今季から設置し、
ネット裏から自チームを分析させた。
そして修正すべき点やベンチ内で気づきにくいことを報告させ、
早い段階で対応した。



発想の源は長い下積み時代にある。
捕手として入団したエンゼルスで4年間プレーした後、
15年もマイナーの指導者として若手を育てた。
当時、試行錯誤したことや豊富な読書量が
斬新なアイディアを生み出しており、
選手には心理学や脳に関する本を勧めている。


今日からプレーオフ。
さい先良く、ホワイトソックスに勝ち、弾みをつけるレイズ。
今シーズンのレイズは見応え盛り沢山です!!
“岩村効果”は絶大で、
東映でプレー経験があり、メジャー4球団で監督を務めた
ドン・ジマー特別アドバイザー(77)は、
『岩村の二塁転向は今季の大きなポイントだった。
 予想を大きく上回る守備力だったし、三塁に新人の
 ロンゴリアを起用できた。
 二塁転向が失敗していたら、ロンゴリアが20本塁打以上放って
 新人王候補に挙がることはなかっただろう。
 打撃でも、1年目の経験を生かして昨季を上回る数字を残した。
 讃えられる活躍だ』―。
称賛に値するコメントを出しています。


先日の清原和博引退にあたり、岩村選手も兄貴と慕う仲らしく
(daiyaさんのブログより)清原選手のサインを手に、
実兄・父が球場へ応援に駆けつけているそうです。

応援しています!!


やる気引き出す 選手起用
2008年10月02日 (木) | 編集 |
昨日に引き続き、読売新聞の記事『レオ再生(下)』を
お送りします。


3月20日、松坂が9番・左翼で初の開幕スタメンに名を連ねた。
渡辺監督は選手会長の赤田を差し置いて、
オープン戦で打率3割1分と活躍した22歳の成長株を起用した。
就任時、『全員がレギュラーになれるチャンス』と訓示した通りの
フェアな用兵だった。


松坂の抜擢で、若手は奮起し、中堅は刺激を受けた。
レギュラーのG.G.佐藤が
『ポジションを奪われないよう必死だった』と言い、
ナイター後にもジムに通うなど、猛練習に励んだ。
いい意味で指揮官の視線を気にする競争意識が、
チームを活性化した。


今季のチームは主将不在。
監督は
『投手、野手にまとめ役が欲しいが、主将の器はいない』―。
38歳の江藤と32歳の平尾がリーダー役を務めた。
6,7月の2ヶ月間で10打席しか出場しなかった江藤が代打や代走、
守備固めが主な主な出番の平尾が、
黙々と早出練習に打ち込む姿がお手本だった。
大久保コーチが『2人はコーチ代行』と話すように、
首脳陣と若い選手たちのパイプ役になった。



『打高投低』の今季パ・リーグで、
投手陣もリーグ3位のチーム防御率3.87と健闘した。
投手出身監督の観察眼がものを言った。
昨年途中からリリーフに転向したグラマンをいち早く抑えに指名すると、
31セーブ、防御率1.42と絶対的な守護神に君臨した。

夏場には、35歳の正津を終盤の勝負所でのピンチ専門リリーフに
据えた。
敗戦処理からはい上がったベテランが、岡本真、小野寺ら
セットアッパーの不振を補い、
乱戦の芽を摘み取った。
一方で先発陣は5人をほぼ固定。
石井一、帆足の両左腕が開幕ダッシュを支え、
岸、西口が夏場以降に踏ん張り、エース涌井の不調を
全員でカバーした。


機動的な選手起用と、我慢の采配が両方はまった。
指揮官の信じた潜在能力が、勝利を積み重ね、
経験と自信を深める中で、真の実力に変化していった。


                     読売新聞   津崎勝利氏
早出特打 『イケイケ』 開眼
2008年10月01日 (水) | 編集 |
読売新聞 スポーツ欄の『Vレオ再生(上)』より

26年ぶりのBクラスとなる昨年の5位から、
V字回復で4年ぶりのリーグ制覇を果たした西武。
選手の個性を尊重し、潜在能力をのびのびと発揮させた
渡辺監督の采配の秘密に迫る。




始まりは昨年10月27日だった。
5位から再出発した宮崎・南郷キャンプ。
『渡辺西武』初日は、午前7時から午後5時半まで
10時間半に及んだ。
かつて黄金時代の礎を築いた猛練習が日常となった―。


野手全員参加の早出練習は、キャンプ後もシーズンを通して続いた。
ナイター開催時、西武ドームで正午すぎから始まる特打を含め、
打撃練習は通常の他チームの4~5倍にあたる40~50分間。
21歳の銀仁朗が、38歳の江藤が、一緒に毎日打ち込んだ。


ソフトバンクの王監督が
『どんどん振るからこそボールも飛ぶ』と感心した
『フルスイング打線』―。
191本塁打、1058三振がともに両リーグ断トツというど迫力。
豊富な練習量に培われ、今季は両リーグ最多の7人が
規定打席に到達した。
楽天など他球団も今季途中から、西武にあやかり早出練習を始めた。


1998年にヤクルトでプレー、野村監督の『ID野球』に触れた
渡辺監督は、
データー重視の緻密な野球も志向した。
試合前は選手とスコアラーが一対一の面談方式で
データーを分析。
大久保打撃コーチが次打者席選手に
『○球目の○○を狙え』と詳細な指示を送る“ささやき戦術”が
何度も的中した。
試合中だけではない。
4月12日夜、福岡市内の韓国料理店。
ある選手の携帯電話が突然鳴った。
『(明日先発の)和田は左打者にチェンジアップが甘くなる。
 恐れずに踏み込め』―。
秘策を授ける大久保コーチの『ホットライン』は
昼夜を問わず結ばれた。


選手とコーチが衝突したこともあった。
首位打者を目指す中島は
『データーに頼りすぎると、指示と違う甘い球に反応できない』
と主張。
G.G.佐藤は『投手寄りでさばけ』というコーチの指導を拒み、
FAで中日に移籍した今も心酔する和田の手元に
呼び込む打法を貫いた。
しかし、渡辺監督は選手をたしなめず、コーチ陣に
『選手の持ち味を見極めろ』と徹底、
わずか1年で型にはまらない『イケイケ野球』を開花させた。


このブログでの『カテゴリー』の中に、西武ライオンズの欄があります。
昨年、シーズンオフ当時スポーツ新聞の記事の中で、
際立って私の目に焼きついた内容のキャンプを行っていたのが、
西武ライオンズ。
このブログでも何度か紹介しています。
今シーズンを振り返るには納得のいく内容が書かれている記事です。
合わせて読んでみると、今年の快進撃にうなずかされると思います。