日々様々なスポーツ界での出来事や、気になった記事を取り上げ考えていくブログです。
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マ軍入団時イチローに『全力疾走』助言
2008年07月31日 (木) | 編集 |
ファンは有名人を『神格化』する傾向がある。
スポーツ界なら古くはベーブ・ルースで最近なら
NBA(バスケットボール)のマイケル・ジョーダンや
ゴルフのタイガー・ウッズ。
日本でのイチローにも同じ印象を受けるが、
彼らもグラウンド(またはコートやゴルフ場など)を
離れれば、1人の人間なのだ。


日米通算3000本安打を放ったイチローに出会ってから
15年以上たった。
私がオリックスの投手コーチ(90-93年)だった頃は、
まだ2軍が大半。
観戦に来ていたチチロー(父親の宣之さん)から、
『息子を頼みます』とよく声を掛けられ
『私は投手コーチですよ』と返答していたことを
懐かしく思い出す。


マリナーズの極東スカウト部長(97-00年)になってからも
交流は続いた。
イチローは毎オフ、1月になるとCM撮影やトレーニングで訪米。
忘れられないのは、私の自宅近くのマリーナへ昼食に
出かけた日のことだ。
どの高級レストランに案内するか迷っていると、
イチローは売店に立ち寄りホッとドックを3本も注文。
買い物より、日本のゲームセンターのような場所へ
行きたがった。
ホットドッグには、もう一つ思い出がある。
シアトルへ一緒に行った時、
イチローが空港で食べながら『スゴイ!』とうなった。
味や大きさに驚いていると思い、
『おいしい店は他にたくさんあるよ』と言ったら、
『違いますよ』と周囲を指さされた。
イチローは周りの目を気にせず、ホッとドッグを
頬張れることに感激していたのだ。


マ軍入団会見の後には、ホテルのバーで夜遅くまで
語り合った。
強く助言したしたのは、内野ゴロでも外野フライでも
全力疾走を怠らないこと。
それができている間は、今後もヒットを打ち続けていくだろう。


        サンケイスポーツ 『MLBロッカールーム』
               レンジャーズ環太平洋地区スカウト部長
                             ジム・コルボーン氏


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最後は揃ってゴール
2008年07月31日 (木) | 編集 |
今年のペナンとレース終盤が、いつになく盛り上がりそうな
気がする。
優勝争いより、クライマックスシリーズ出場をかけた3位争い。
現時点では横浜を除く11球団にチャンスがあり、
今年の交流戦のように、最終戦まで数チームが
可能性を残す激戦になるかもしれない。


元々、プレーオフ導入を決めた理由の一つに、
『消化試合をなくす』 があった。
ただパ、セの順で導入してから、3位争いでもつれたのは
04年のパの1度だけ。
むしろ優勝(一昨年までは1位通過)争いが盛り上がり、
ペナントに水を差していた感が強かった。


144試合の長丁場での“ハナ差”争いに期待できる要因に、
今年は各チームの消化試合数に差が無いことが
挙げられる。


最悪に興ざめなのは、一方が間もなく全日程を終わるというのに
地方はまだ10試合以上も残っているケース。
逃げる側は、相手の勝敗を見ながら選手起用できるし、
追いかける側は総動員で行けるところまで行くという
戦法が採れる。
フェアとは言い難い。


サッカーのW杯やユーロでは、一次予選最終日は、
複数のゲームが同時刻に開始する。
プロ野球交流戦も、予備日がその後に組まれていたため、
厳密にはサッカーほど平等ではなかったが、
最後のカードは、ナイターで6試合一斉に行われた。


屋根の有無、本拠地の気候などで、
全球団が同時進行していくことはなかなか難しい。
それでも毎年、 “ゴール前” を盛り上げようと思ったら、
メジャーのように雨天中止→翌日ダブルヘッダーといった
強行日程も議論しておいていいのではないか。


         サンケイスポーツ 『甘口辛口』より
                          楠山正人氏
五輪野球改革
2008年07月30日 (水) | 編集 |
北京五輪の野球にタイブレーク制が導入されるという。
延長戦での決着を早めるため1次リーグでは
延長11回以降は無死一、二塁の状況で
攻撃を始めることになる。
日本代表の星野監督が、
『おかしいにもほどがある。我々は親善試合ではなく、
 世界一を決める真剣勝負をするのだから』と怒るのも、
もっともではある。


ルール変更についてのIBAF(国際野球連盟)の発表は
25日だったが、米国はその前に打診された。
日本はメールで初めて知らされ、まさしくカヤの外だったという。
各IF(国際競技連盟)内での日本の発言の無さを
ここでも露呈したが、冷静に考えると出るべくして出た
ルール変更だろう。


日本人は子どもの時から見慣れていてあまり感じないが、
野球はルールが複雑なうえ試合時間が長すぎる。
世界的に普及しないのも致しかたない。
早大の斉藤佑樹投手らが出場し、チェコで開催中の
世界大学選手権も、たいそうな大会名の割には出場7カ国で
ベスト4は日本、韓国、台湾、米国とおなじみの顔ぶれだ。


バレーボールはサーブ権に関係なく得点が入るラリーポイント制に
したり、1日1種目ずつだった近大五輪は5種目全部を
1日で終えるようにした。
陸上競技でさえ2回目以降のフライングは誰でも失格にした。
テレビ向きに時間を短縮し、五輪で生き残ろうと
ドラスティックルールを変えている。
野球だけが特別ではない。


16年五輪での復活を目指し、北京では積極的にIOC委員の
視察を仰ぐだろうが、欧州やアフリカの委員が
最後まで見るのは苦痛かもしれない。
“2球2振”とまではいかないまでも、
国際大会では7イニング制など、思い切った改革が必要だろう。


           サンケイスポーツ 『甘口辛口』より
                             今村忠氏


確かに野球を幼少から見て育ってきて、野球好きな私にとっては、
1試合を見ることに苦痛を感じたことはないですが、
野球を知らない人々に、その長い試合の面白さを
伝える手立てとして7イニング制にしてみるのも方法だと、
私も思いました。
野球を知らない人が“延長11回以降、無死1、2塁から”という
タイブレーク制を考案したのだと思いますが、
野球の面白みを世界の祭典五輪で今後も競技として
つなぎ続けていきたいのであれば、
7イニング制に魅力を感じます。
日本が一番いい体操をしている
2008年07月29日 (火) | 編集 |
京都・洛南高で寮生活を送った3年間、信心にかかわらず、
毎朝決まり事として、般若心経を唱えた。
ひたすら繰り返して、いつの間にか覚えたお経。
最近、ちょっと口ずさんでみたところ、
『うまくいかないんですよねぇ』―。
一つひとつ言葉の意味を理解し、頭の中を整理しながら
学んでいれば、『もっと早く覚えたかもしれない』し、
『今でも、すらすら言えたんじゃないか』と思っている。


体操も 『がむしゃらにやるだけでは多分、ダメ。
考えながら練習しないと、柱が狂ったときに、
どこまで戻ったらいいか分からなくなる』―。


北京五輪本番に向けたトレーニングも、いよいよ大詰め。
世界の頂点に立った男の調整法は、実に奥深い。
仕上げたはずの演技に、ミスが出る。
ただし、失敗のパターンは一定ではない。
『感覚の修正をしているんです。
 考えながら、どうなったらミスするのか細かく確認する。
 自信って、漠然と100回やって成功しても身に付かない。
 1日に1回でいい。
 “この1本”と意識した時、ちゃんと出来れば、試合で不安に
 なることはないんです』―。


好物は焼肉だったけれど、近頃魚の味も捨てがたくなって、
『これは、歳をとったってことでしょうか』と苦笑する。
選手寿命の短い競技で、27歳は明らかな“ベテラン”。
長い年月に及ぶ激しいトレーニングは、腰や肩に慢性的な
痛みを背負わせた。
しかし、焦りとも、悲壮感とも無縁のたたずまい。
沈思黙考を積み重ねたアスリートの目に、
進むべき道は、はっきりと見えているのだ。

この1本―。


『自分の演技をやれば、結果はついてくる』―。
世界が集う大舞台で、すべての能力を出し切るため、
エース静かに牙を研ぐ。

               富田洋之(27) セントラルスポーツ


    読売新聞 『北京へ 主役(9)』より
                   田中富士雄氏

  
水着が泳ぐわけじゃない!
2008年07月28日 (月) | 編集 |
今春、英国スピード社の新作水着『レーザーレーサー(LZR)』
着用選手が世界新記録を連発し、
その優位性が世界中で話題となった。
アテネ五輪平泳ぎ2冠の北島も、ミズノ社との契約問題等で
騒がれ、不愉快な思いをする日々が続いた。


『速くなる水着など、今に始まった話じゃないし、
 過敏に反応しすぎ。
 五輪年なのだから、松田丈志(ミズノ)がビニールハウスの
 プールで練習してきたこととか、
 もっと選手の頑張りを伝えて欲しい』と考えていた。


実際、北島自身も、今シーズンは合宿から順調に練習が進み、
これまでにない泳ぎの手応えをつかんでいた。
その努力に目を向けない人々が水着の性能だけを
取りざたするのは、あまりにも報われない話だ。


この不快な状況を打破するため、北島は無言の訴えを行った。
6月のジャパンオープンで初めてLZRを着用した際、
『泳ぐのは僕だ』と日本語、中国語、英語で書かれた
Tシャツを着て、世界中に問いかけた。
そして、200㍍でハンセン(米)の世界記録を0秒99も
塗り替える大記録を打ち立て、水着の性能だけでは
説明しきれない圧倒的実力を見せ付けた。


1ヵ月後、LZRを着て米国の五輪代表選考会に臨んだハンセンは、
200㍍決勝で、自己ベストより2秒87も遅い4位に終わり、
同種目で五輪キップを逃した。
この失速でLZRが“魔法のではないことを、
皮肉にも、4年越しのライバルが説明してくれた。


五輪を前に、ようやく体一つで勝負する競泳本来のあり方を、
世界に取り戻すことができた。
水着を巡る雑音を五輪に一掃し
『金メダルしか頭に無い』と晴れ晴れとした気分で、
日本競泳史上初の2種目連覇を駆け抜けた
北京のスタートに立つ。


          読売新聞 『北京へ 主役(7)  北島康介(25)』より 
重圧克服 『仮想のテープ』
2008年07月24日 (木) | 編集 |
大阪教育大の船越正康名誉教授(69)
―スポーツ心理学専科―は、日本柔道を長く、精神面から
サポートしている。
2000年のシドニー五輪で初めて金メダルをとった
谷亮子も、その時、カウンセリングを受けた一人だった。


船越教授は、谷に言った。
『100mのランナーは、どこを見て走っていると思う?』
『テープですか?』と谷。
教授は、答えた。
『一流ランナーは、実際のテープより奥に仮想のテープを見て走る。
 今、見えているゴールを見すぎると、近づいた時、
 体が自然ではなくなるんだよ』―。


谷は1992年のバルセロナ、96年のアトランタで銀。
頂点を目前に、あと一歩が届かないでいた。
教授は、3度目の挑戦で当然、肩に力が入ることが
予想される谷を見て、
『スーッと駆け抜けるぐらいの気持ちでやってみろ』
と諭したかったのだという。


シドニーの本番直前、教授は、谷の関係者から、
こんな話を聞いて、ひそかに納得した。
『あのバカ、シドニーはこれからだって言うのに、
 「アテネも、やる」って言い出したよ』―。


シドニー当時、柔道を担当していた。
谷は念願の金メダルをとった直後、『アテネも狙う』と宣言し、
そのたくましさに驚いた記憶が残っている。
このとき、谷の仮想のテープは、まだまだ先にあったのだろう。


北京五輪まで、あと2週間。
各選手、重圧をどう克服するかがテーマににもなるが、
この例のように、目標をもっと先に設定するのも
一つの方法だと思う。
日本の選手の多くは、
『この五輪を最後のつもりで戦う』などと悲壮感が漂い過ぎて
いるような気がする。


ところで、その谷だが、32歳の今も、
『ロンドンだって、もしかしたら、もしかするかもしれませんよ』と
話す。
スーパーアスリートは、5度目の五輪も
“駆け抜け”そうな勢いだ。


          読売新聞  『熱視線』より
                       荒井秀一氏
手の内隠せないキューバ戦は厄介
2008年07月18日 (金) | 編集 |
北京五輪の野球メンバーが昨日決まった。
星野監督が率いる日本代表は、
8月13日の初戦でいきなりキューバと激突。
その後、台湾、オランダ、韓国、カナダ、中国と当たり、
最後に米国と対戦する。


厄介なのは、やはり初戦がいきなりキューバとの
対戦になったことだ。
  
金メダルを狙う日本にとって、世界最強のアマチュアといわれる
キューバは、ライバル国の一つ。
  
ただ、その強い相手といきなり、というのが
厄介な理由ではない。
初戦で対戦することで、キューバに手の内を隠して戦うことが
難しくなってしまったのだ。
  


キューバの強さの秘密は、もちろん選手個々の能力の高さにある。
もう一つ、国際舞台で恐れられているのが、
あらゆる手段を使った情報収集とその分析力なのだ。
  
アテネ五輪の際、大会を前に長嶋茂雄監督が最も恐れたのが、
キューバとの情報戦。
一部では試合中、スコアラーが相手チームのサインを盗み
ベンチに伝達しているというウワサも流れた。
  


それだけに、日本としては1次リーグのキューバ戦では
できるだけ手の内を隠して、22日の準決勝戦、23日の決勝に
臨みたいところだった。
もし、ある程度勝ち星を挙げ、準決勝進出のメドが立っていれば、
そうした戦いもできるのだが・・・。
いきなり初戦からでは、“相手を見た戦い”というのが
非常に難しくなってしまった。
  


アジア最終予選では、韓国が試合開始直前にメンバーを
入れ替えて問題になった。
  
実は過去の国際大会でもう1カ国、同じことをしたチームがあった。
それがキューバだったのだ。
  
勝つためなら手段を選ばない。
星野JAPANはいきなり“仁義なき戦い”を強いられることになる。


            サンケイスポーツ 『球界インサイドリポート』より
                                 鷲田 康氏

薬物男ハミルトン “更正の証” 新記録28発
2008年07月17日 (木) | 編集 |
かつて問題児とよばれたレンジャーズの
ジョシュ・ハミルトン外野手(27)が、粋な恩返しだ。


昨日のメジャー球宴前日の本塁打競争の打撃投手に
招いたのは、
71歳のクレイ・カウンシルさん。
30年以上もボランティアで高校球児の打撃投手を務めており、
ハミルトンは兄の高校時代に初めて会い、
1日に200球以上投げてもらうなど
世話になったという。


『10年以上前に “本塁打競争に出ることがあれば、
 打撃投手に呼ぶ” と約束したことがあるんだ。
 何かを得るために投げている人ではないんだけど、
 ヤンキースタジアムのマウンドに立たせることができて
 よかったよ』―。


1999年のドラフトで高校生ながらトップ指名されたハミルトンだが、
03年から3年間はマイナーでさえプレーできなかった。
マリフアナ吸引、睡眠薬やアルコール依存症に遅刻癖・・・。
  
転機は4年前の結婚だった。
夫人のケイティーさんに支えられてリハビリに励み、
昨季レッズで才能が開花。
レンジャーズにトレードされた今季は前半だけで
断トツの95打点を挙げて、ファン投票で球宴初出場を果たした。


『3週間前に電話をもらうまでヤンキースタジアムで
 投げられるなんて想像していなかった。
 心臓が止まるかもしれない、と言ったのは冗談じゃないよ』
とカウンシルさん。


ハミルトンは本塁打競争1回戦で、見慣れた71歳右腕から
13連発を含む28本のサク越えを放ち新記録を樹立。
最長512フィート(約156メートル)の特大アーチもかけ、
満員の観客を熱狂させた。
決勝では力尽きたものの、この日の主役はハミルトン。
  
記録より立ち直った姿を見せられたことが、
少年時代を知るカウンシルさんへの最高の恩返しになった。

                  
                  サンケイスポーツ 『MLBプレス』より
                                 田代学氏


*ジョシュ・ハミルトン
   1981年5月21日、米ノースカロライナ州生まれ、27歳。
   99年ドラフト1巡目でデビルレイズ(現レイズ)入団。
   昨季はレッズで4月にメジャーデビューを果たし、
   19本塁打。
   今季からレンジャーズ。
   今季成績は93試合に出場、
   打率.310、21本塁打、95打点。
   メジャー通算成績は183試合に出場、
   打率.302、40本塁打、142打点(現地14日現在)。
   1㍍93㌢、107㌔。
   左投げ左打ち。既婚。
   年俸39万6830㌦(約4170万円)。背番号32。    


時期が経っても、お世話になった人へ恩返しをしたい、
と思う気持ちは、
目指した世界で更なる活力にもなり、
何よりも代えがたい強みになると思います。
過去にさまざまな脱線をしてきたハミルトン選手ですが、
この球宴を糧に、これからも真摯な姿勢で
メジャーで活躍していってほしいですね。

村田兆治さんは野球界の親善大使
2008年07月16日 (水) | 編集 |
島国日本では大小、実に6852もの島々で
構成されているという。
そのうち本州や北海道、九州、四国、沖縄本島などを除く
6847が離島(有人島260)とされる。
  
過疎化、高齢化、観光客離れ、所得水準低下などに加え、
最近は高騰するガソリンが1㍑200円を越えるところも多く、
離島は格差の縮図のようになってる。
  


そんな離島の子ども達を元気付けようと、
『第1回全国離島交流中学生野球大会』が25日から4日間、
東京・伊豆大島で開かれる。
  
元ロッテのエースで引退後、全国50の離島を回って
野球教室を開いてきた村田兆治さんのライフワーク集大成
ともいえる大会。
  
奥尻町(北海道)、佐渡市(新潟)、隠岐の島町(島根)など
10自治体が参加する。
  


多くは島の選抜チームで、トーナメントや敗退組の交流戦に加え、
村田さんが監督を務めるプロ野球OBチーム
『まさかりドリームス』と離島選抜の親善試合、
野球教室などが予定されている。
  
大会の経費は国土交通省の離島振興対策により、
1200万円の補助でまかなわれるという。
  


道路問題などでとかく批判を浴びる同省にしては
有意義なお金の使い方をしたものだが、
遠来のチームがほとんどで監督を含め1チーム20人の
交通費はかさむ。
参加自治体も、それぞれ150万円を負担して開催にこぎつけた。
ほかにスポーツ用品、運輸、飲料など
8社が企業PR抜きで協力してくれた。
  


関係者のひとりは  
『これを機に離島が結束し、日本をよくするひとつの力にしたい』
と力を込める。
  
徐々にチーム数を増やし決勝を東京ドームか甲子園で、と
夢も広がっている。
まずは第1回大会の成果が楽しみだ。


                   サンケイスポーツ 『甘口辛口』より
                                   今村忠氏
『オタク』 なりきれず孤独感
2008年07月15日 (火) | 編集 |
― 彼女さえいれば』 『不細工』など、
ネットの書き込みからは、容姿や異性関係に対する加藤智大
容疑者のコンプレックスがうかがえる。
内面的な若者に多く見られる自意識のあり方だ。
最近は、自分たちのことを『非モテ』『キモメン』(気持ち悪い男)
という言葉で卑下する若者も多い。
  
彼等は実際は醜くなくても、コミュニケーション能力不足が原因で、
異性経験が少なくなり、そのことだけで『負け組』と思い込む。
彼等は『努力すればモテるかも』と期待を持ち続けることを
つらいと感じることが多い。
  
加藤容疑者も、努力では変えられない外見に劣等感を集約し、
あえて自ら期待を断ち切ろうとしたのではないか。
  


周囲に『アニメの女性は裏切らない』と語っていた点は
どう見るか。
いわゆる『オタク』たちがそうするように、
現実の女性の代わりに空想のキャラクターに興味を
示してみたのかもしれない。
  
ただ、彼は十分オタクにはなりきれなかった気がする。  
私が知るオタクとは、モテなくても、キャラクター女性などで
それなりに満足できる。
そんな現実を仲間同士で自虐交じりのユーモアで語り合い、
居直ってみせることもできる。
  
そうしたコミュニティーに加藤容疑者も属していれば、
少しは楽になれたかもしれない。
  


なぜ、なりきれなかったのか。
かつてはエリートだったという意識があり、
空想の世界に逃避することに心のどこかで抵抗があったのだろう。

家族関係を喪失した孤独感も想像以上に大きいと思う。
その空白を埋めてくれると信じていたのだが、
『彼女』という存在だったのではないか。
  


多くの引きこもりの若者を見てきて思うが、  
家族という居場所は嫌悪感の対象になるが、
極端な行動に走らせない緩衝材にもなっている。
若者を孤立させないために、
今回の事件が家族のあり方を考えるきっかけになってほしい。


                        精神科医  斉藤環さん(46)
親との『確執』 が 『憎しみ』 に
2008年07月15日 (火) | 編集 |
事件や社会問題には様々な顔があります。
読売新聞で企画された『アングル』というコーナーを
前回より何度か取り上げていましたが、
今回も載せてみたいと思います。
  

この『アングル』では、各方面の識者に多角的な視点から
分析してもらい、読者の方々に考えるヒントを
提供できれば、と企画されたようです。
今回は二人の心理療法医師、精神科医の先生のご意見を
紹介したいと思います。
  



― 加藤智大容疑者(25)は子ども時代、
親に干渉されたことを恨むような供述をしている。

子どもによる家庭内暴力の相談をよく受けるが、
そうした家庭では、親が勉強や生活について口うるさく
干渉していることが多い。
親の過干渉はそう珍しくことではないのだが、
  
ボタンの掛け違いが積み重なっていくと、
不満が憎しみへと変化してしまうことはある。
  
加藤容疑者も同じなのかもしれない。

― 携帯サイトにも延々と親への不満が書き込まれている。
『25歳にもなってなぜ』というのが世間一般の感覚だと思うが、

私のところに相談に来るケースでも、30歳代、40歳代になっても
親との問題を抱えている人が少なくない。
  
年齢に関係なく、関係修復のきっかけをつかめなければ
いつまでも親との確執を抱き続ける。
  
加藤容疑者もタイミングをつかめないまま、長い時間をかけて、
親を憎む心が凝り固まってしまったのではないか。



― 事件の根はどこにあるのだろうか。  
価値観の違いから生じる親子の対立など
思春期の問題を一緒に乗り越えられなかったところから
始まっているのではないか。
  
加藤容疑者が携帯サイトに書き込んだ
『親に捨てられた』などの言葉からは、大人になりきれずに
親に強くわだかまりを持ち続けている様子が感じられる。
  
他者とうまく関われないのは、友人や教師との関係もそうだが、
家族間で共感したり互いに認め合ったりする経験が乏しかった
からではないだろうか。
  


― 家族の結びつきが弱まりつつある中、どんな解決策が
あるだろうか。
  
たとえ家庭内でそうした経験が積めなくても、
一定のコミュニケーション能力を磨けるように、
学校教育などでも、自分の感情をうまく表現する
トレーニングを取り入れる必要があると思う。


                       淀屋橋心理療法センター所長
                           医師 福田俊一氏

       
スカウト気分で観戦も楽しみ
2008年07月14日 (月) | 編集 |
たまたま周囲に高校野球好きが増えたせいなのだろうか、
最近、地方予選の話題をよく耳にする。
ハンカチ王子や中田翔のようなスターがいるわけではないのに、
どこどこの誰々はプロ注目だとか、松坂級の球を投げるとか・・・。
この時期の情報はアテにならないが、ただ、秋の楽しみに向け、
覚えておいて損は無い。


秋の楽しみとはドラフト会議のこと。
昨年から希望枠がなくなり、今年からは高校生と大学生、
社会人分離されていたのが、3年ぶりに一つになる。
各球団の駆け引きも必要で、ドラフト当日は
江川やKKコンビ(桑田・清原)時代のように盛り上がる
可能性もある。


スポーツはつながりがあるから面白い。
米国のフットボールやバスケットは、
大学スポーツ(NCAA)の人気なくして存在しないし、
サッカーだって五輪の年齢制限(今年の場合はU23)が
設けられて、より日本代表が注目されるようになった。
人は歴史をたどることを好むだけに、途切れてしまうと途端に
白けるのだ。


野球の話題に戻るが、近年の野球人気の低迷は、
あらかじめ逆指名で決まってしまうドラフトにあると指摘した
アマ関係がいた。
高校生には逆指権はなかったが、ドラフト会議じたいの
注目度が下がり、甲子園予選から金の卵を探すという興味を
失わせたという意味は一理ある。


ダルビッシュやマー君、唐川のように、最近は高卒ルーキーで
活躍する選手が増えてきた。
なにせ毎年のようにメジャーリーグに流出し、
日本野球全体が底上げを求めているのだ。
今夏の予選に来年、プロで活躍している“即戦力”が
何人いるか?
ひいきチームのスカウト気分で観戦するのも、
楽しいのではないか。

      
                    サンケイスポーツ 『甘口辛口』より
                                   楠山正人氏


私は基本的に一花さんや夏海さんのブログを中心に、
高校野球雑誌に目を通して、
実際の注目選手を自分の目で見て確かめています。
注目されていない選手でも、
試合の流れを見て、野球を知り尽くしている選手などにも
注目して見ています。
高校時代は成長が著しく、体や心の変化には個人差があります。
どんな方法でこの夏を迎えているのか、
トレーニング内容なども注意して読んでいますが、
やはり、基本的なところではメンタル面。
野球は一人ではできない、チームプレーができる選手に
スポットを当てます。
東洋大姫路の佐藤翔太投手も注目されていた選手の1人
でしたが、私は春のセンバツの段階で、
『この子はここまでだよ』と息子に話しました。
案の定、今回予選初戦敗退。

これからの成長に期待したいものです。


高校野球を見て、将来の日本プロ野球界を代表する選手を
探すことが、私の楽しみでもあります。
(特にピッチャー)
自分の目を信じてこれからも楽しんで高校野球を
見ていきたいと思います。
(我が息子の実力を、私の目で見て甲乙付けられたら
 このブログでも紹介していきます。
 今の所はまだまだ・・・です
そもそもFAとは・・・
2008年07月11日 (金) | 編集 |
プロ野球のFA期間が8年に短縮されるなど制度が改定された。
今回の決定で評価できるのは旧球団での年俸でA
(その球団の1~3位)、B(4~10位)、C(11位以下)に分け、
Cランクの選手は人的、金銭補償ともになくなったことだ。


そもそもFA誕生への理念は、出場機会のない控え選手の
移籍の活性化。
それが一部のトップ選手やメジャー入りを目指す者だけが
得をする制度となった。
優勝劣敗という勝負事の本質からみれば、
これまでの制度を全否定するつもりはないが、
控え選手の権利だけが置き去りにされていたのは事実だ。


もう一つ、評価できるのは、Bランク以上の選手で、
人的補償を残した点だ。
本来は米国のようにドラフト指名権とリンクさせるのが理想だが、
日本の場合、ドラフト上位=即戦力の意味合いが強く、
それではFA市場を滞らせてしまう。
今季、福地、赤松、岡本真ら人的補償で移籍した組の
活躍を考えれば、戦力均衡の意味でもこの制度を
存続させて正解だ。


ただ、依然としてメジャー移籍だけは、
日本球界の“取られ損”なのが気になる。
メジャー球団同士でFA移籍する際は、獲得球団は旧球団に
ドラフト指名権という代償を払うのに、
日本からなら“無償”で済む。
これではより日本市場がターゲットにされてしまう。


選手の売り買いにつながる方法は本来は好ましくないが、
メジャー移籍に関しては致し方がないのではないか。
前出のAランクの選手の移籍に関しては、
国内移籍と同額以上の金額が日本球団に入るようにする。
松井秀、福留、黒田クラスなら、その程度の代償を強いられても、
日本選手への欲求は薄れないだろう。

                           
                 サンケイスポーツ 『甘口辛口』より
                                 楠山正人氏
野球の神様
2008年07月10日 (木) | 編集 |
読売新聞 県内版より。
載せられていた文面を紹介したいと思います。


巨人のエースだった桑田真澄さん(40)は、
『野球の神様』のことをよく口にする。
存在を強く信じて疑わないそうだ。
大ケガから戻ったマウンドでは、プレートに右ひじを置き、
復活を報告したし、サインにも
『野球の神様に感謝』と書き添えることが多かった。


米大リーグ挑戦中、不運なケガに見舞われた際は、
『野球の神様が“まだメジャーは早い。もっと準備をしなさい”と
 言ってくれたんだと思う』とコメント。
夢が叶ったデビュー戦では、
『ありがとう』と心で言って投げたという。


運も不運も選手にもたらす、そんな野球の神様が忙しくなる季節が
今年もやってきた。
夏の高校野球県大会が開幕し、甲子園への切符を目指す
熱い戦いが始まった。
もっとも神様、一足先に動き出した形跡もある。
大聖堂への落書きで解任された監督も、
不思議な力の介在を多分感じたことだろう。

軽率とはいえ、2年半前の遠い場所での行為のつけが、
こんな形で回ってくるとは思ってもいなかったはずだ。
災難なのは選手達。
神様は試練がどうもお好きなようだが、
さて、これからの思惑は―。


さわやかな感動ドラマの演出も忘れないでと、
お願いしたい。


                            岡島毅氏



“野球の神様”は、人より純粋に何倍も努力する球児に、
ここぞ!という時にチャンスを与えて下さいます。
努力した人は、何の見返りも求めず、
一試合一試合、懸命に白球を追い求めて
己の今までの努力を信じ、常にチームの為に戦います。
自分の信じた監督に従います。

私の大好きな夏が始まりました。
一生懸命プレーする球児を応援したいと思います!!

   “努力できることは、才能である―”  

私の大好きな言葉で、
松井秀喜さんが常に心に留めている言葉です。

 

頑丈ボディー曲がり角
2008年07月09日 (水) | 編集 |
頭の隅にあった悲しい予感―。
巨人時代からの古傷、左ひざが腫れと痛みで、悲鳴を上げた。

昨年11月、夏場以降に悩まされた右ひざから、
はく離した軟骨を除去する手術を受けた。
ここまで首位打者争いに絡み、その影響をはた目に
感じさせなかった。
早出のウオームアップや、月の半分は日本から専門家を
招く個人トレーニング。
『何かを怠ったとは思っていない』―。
できる範囲で準備を続けた自負はある。


しかし、完治に至っていないことも分かっていた。
最大で直径2㌢程度もある軟骨の破片を取り除いた右ひざ。
日常生活でも負荷のかかる関節。
違和感は半年たってもなかなか消えない。
『未だに、階段を下りるのは怖いよ』―。
そう漏らしたのは、5月末のこと。
無意識のうちに、その右ひざをかばうのも無理はない。
そうすることで古傷の左ひざに負担が積み重なる下地は
十分にあった。
代償だ。


18日、晴れた左ひざの関節から水を抜いた。
アイシングは不可欠。
試合前でさえ、ママさんバレーで使うひざ用サポーターの何倍もある
氷枕を付けた。
それでも、
『DH(指名打者)なら、出ようと思えば出られる』と言ってきた。
痛みをこらえ走った試合もあった。
チームも治療に専念させる日を設け、ギリギリまで復活を模索した。
オフのトレード候補や開幕8番を乗り越え、
中軸に戻った意地。
今や打率3割2分を越える左打者への期待。
10日間、両者の思いが交錯した果てに、
27日の故障者リスト(DL)入りが訪れた。


34歳を迎えて、寂しげに苦笑したことがある。
『最近、小さなケガが増えてきた。
 あれ、ここ痛くないなあとか。
 たぶん、それが年齢的なものなんだろうね』―。


一昨年は左手首を骨折、昨年は右ひざの他に、左太もも裏を痛めた。
3年連続のDLは年齢から来るひずみと無縁ではないだろう。
2006年5月まで、日米通算で1768試合に連続出場し、
頑丈だった背番号55にも転機が訪れている。


まずは、ひざ痛からの回復に専念する。
古傷だから、手術を伴う根本的な治療がなければ、
小康状態での復帰になるかもしれない。


変調が顕著となり始めた自分と向き合う戦いも
待っている。
慈善活動を続ける意味
2008年07月08日 (火) | 編集 |
毎日、ロッテ・今江選手のブログを拝見しています。
今日付けのブログ、強く心に響いてきたので、
ここで紹介したいと思います。



七夕の今日、夫婦2人で
千葉市内にある乳児院と児童養護施設へ行って来ました。

前回は児童養護施設だけでしたが、
今回は新生児から、3歳までが生活している乳児院に
初めての訪問。

勿論、赤ちゃんや子供達は、僕の事など全くわからないでしょうし、
どのように接して良いのか?不安もありました。
でも子供たちに会えるのを楽しみに向かいました。

しかし、その不安は一瞬にかき消されました。

それは施設長さんのお話や、
保母さんの人柄や雰囲気にも加えて、
何といっても、赤ちゃん皆の元気な声や、表情を見て、
なんとも言えない気持ちになったからです。

嫁は、その姿を見て、感動してしまい、
目を潤ませていました。

色々な諸事情を事前に聞いていましたが、
そんな事など関係なく
今を必死に明るく生きている
子供達の真直ぐな姿、純粋な瞳、
本当に人の心を打つものなんだと深く深く感じました。

言葉で伝えるのはとても難しく、
感じたことを何と表現したらいいのか。
言葉で簡単に表せる事は出来ません。

心と心の間のものですから。


僕も今日は保父さんに変身!嫁も保母さんに!

おもちゃやボール使って、一緒に遊びました。

ボールはマリーンズキャラクターのまぁーくんや、
りーんちゃん、ズーンちゃん、クールの絵が入ったものを
用意しました。

お絵かきに使ってほしいと思いクレヨンもプレゼント。

最初は怖がっていた赤ちゃんも
次第に心を開いてくれました。
そして今日七夕の笹の葉をプレゼント。
折り紙での飾りも僕ら夫婦で作りました。

飾っていただき、それをバックに一緒に写真撮影、
全員の子供を抱っこして、記念写真を撮りました。

施設長さんからは、
「この子達が卒業する時に渡す記念のアルバムに入れます」
との事。

とても光栄です。
今後も何枚も追加してもらえるようにしたいです。

その後は、児童養護施設のハウスにいきました。
丁度、学校帰りも重なって、
たくさんの子供達とも接する事も出来、
その場が、ちょっとした懇談会と言うか、
サイン会になりました。

嬉しいことに、逆に女の子から手書きの絵の入った
メッセージも貰いました。
本当に優しい子供達ばかりです。

おそらく上は中学生だと思うのですが、皆、
とても行儀良く、挨拶もしっかり出来て、
こちらまで清清しい気持ちになりました。

中に野球の好きな男の子もいて
「一昨日、マリンに行ったんだ」と話してくれました。
本当に有り難い事です。

嫁は嫁で、女の子から似顔絵をもらったり、
キャラクターのメモ帳をもらったり、
女の子ならではの話をしていました。

その後も、庭でキャッチボールをやったりと
本当に素晴らしい時間を過ごさせて頂きました。

グローブをはめ、野球をする姿をみて嬉しくなりました。
野球をずっと続けてほしい。

帰り際も最後まで送ってくれて、
「また来てね!頑張ってね!」と言ってくれました。

本当に嬉しかった。


その帰りの車の中、先程までの事、
そして今後について嫁とたくさんの話をしました。


僕は今、このようにプロ野球選手になる事が出来ました。
それは、多くの方々のお陰だと思って常に感謝しています。


その気持ちを今度は行動にして
社会にお返ししていきたいと思っています。

これはかつてからの僕だけでなく、嫁と二人の想いです。  

偉そうな事や、かっこつけるつもりもさらさらありません。
小さな事かもしれませんが、自分達で出来る事をやっていきたい。


今何ができるか、自分に問いかけ、
今後も活動をしていくつもりでいます。

このようなお話を、
今日一日で、説明する事は難しすぎて言えません。


でも地道に、そして少しずつ皆さんにお話していきたいと思います。
そして皆さんにも、
応援して頂けるような輪を広げていければ幸いです。
  
またこのようなご報告をさせてください。


さて、最後に、帰り際、子供達から
「明日のファイターズ戦、絶対に勝ってね」と言われました。

この約束を守らなければ!!!

その為にも、皆さん、いつもの熱い声援で
僕の背中を後押ししてください。

皆さんの期待と、子供達との約束。

本当に今日はたくさんの子供達から
たくさんのパワーをもらいました。

今度はグランドで僕がパワーを与える番です!
頑張ります。




今江選手は、以前から慈善活動を個人的に行っています。
『奉仕の心』『社会に貢献できる心』を
若くして持てるなんて、
本当に素晴らしく感心させられます。
社会生活とはかけ離れた世界の“プロ野球選手”としての活動が、
プロ野球界を開かれた世界としてファンを招きいれ、
地道ではありますが、社会貢献への意味をファンに伝え
選手達、チーム全体が、ファンとの身近な存在であって
ほしいと思います。


今江選手、ガンバレ!!







投げて直せぬ戸惑い
2008年07月08日 (火) | 編集 |
チームトップの9勝(1敗)を挙げている
レッドソックス・松坂だが、
白星とは裏腹に最近の表情は渋い。

5月末の右肩の違和感で、24日間も離脱した。
今の状態は
『最低ラインより上だけど、更に上へ行くかは分からない』―。


成績と内容とが、かけ離れている。
先発投手の安定感を示す一つの指標、
『クオリティースタート』(6回以上を自責点3以内に抑えた試合数)は
14試合中5だけで、チーム4位。
上位3人は2ケタだ。


元々、松坂は球数を投げて、矯正するタイプ。
2日レイズ戦も
『自分が持っている引き出しを使って、うまく修正できた』―。
軸となる球種やフォームなどを微調整しながら、
調子を上げていただけに、
『もう1回投げられた』と残念がった。


いまだに調整方法や先発の責務に関して、
首脳陣と微妙な温度差がある。
日本では、球数を投げ込んで肩を作ってきたが、
今は先発3日前に入るブルペンでの投球練習は50球前後。
投げすぎを見張るように、コーチがつきっきりだ。
『肩は消耗品。先発は100球がメド』というメジャーの常識から、
好投していても交代させられる。


チームには
『日本のベストピッチャーを預かっている』(フランコナ監督)という
意識もある。
肩の違和感の際には、『軽い張り』と診断されたが、
10日間はキャッチボールさえさせなかった。
過保護とも思えるほどの扱いに、
日本のエースに万一のことがあっては―という配慮も感じる。


27歳右腕は、そんな首脳陣の思いをくみ取りながらも、
『できるだけ長いイニングを投げたい』という理想と
チーム方針との乖離に、
もやっとした気持ちが消えないようだ。
メジャー2年目、もどかしさが募る日々だ。


                  読売新聞 『メジャー’08』より
                              清水裕氏


今日の松坂の登板も7回1/3、ランナーを出して岡島にリレー、
岡島は満塁を何とかしのいでマウンドを降りました。
(岡島は勝ち投手)
今日の試合は投手戦で、
松坂の課題である初回を無失点に抑え、
順調な球数で(108球)イニングを進め、球にも伸びや勢いがみられましたが、
勝ち星の権利も得られず
今日も悔やまれる内容だったと思います。







 
謝罪
2008年07月07日 (月) | 編集 |
6月21、22日の2日間にわたって、
このブログにて紹介させて頂きました
朝日出版社 『甲子園の夏』より
『甲子園名監督』を掲載致しましたが、
出版会社より適切なご忠告を受け、
直ちに記事を削除致しました。

出版会社の方々に多大なるご迷惑をおかけしてしまいましたので、
この場をかり、謝罪致したいと思います。


大変申し訳ございませんでした。
今後、同じことのないよう
配慮に努めます。



                        kuni28

完全ウェーバー制ドラフトで強くなったレイズ
2008年07月07日 (月) | 編集 |
お金をかけなくても、いいチームが作れる。
そんなシステムが日本にも必要ではないだろうか。
米大リーグでは岩村明憲二塁手が所属するレイズが、
ア・リーグ東地区の首位を快走している。


レイズの快進撃を支える一つの要因に、
メジャーのドラフト制度がある。
球団創設から10年間で9度の最下位。
だが、最下位を続けることで、完全ウェバー制のドラフトでは
常に上位で好選手を補強できた。
その花が開いたのが今季のチームなのだ。


現在、打線の中にはアップトン(2002年全米2位)、
ロンゴリア(06年同3位)らドラフトで全米3位以内に獲得した
選手がひしめく。
また、03年の全米1位・ヤングと交換でツインズから
先発のガザーを獲得。
これが先発の軸となるなど、フロントのうまさも目を引く。


FAでも高額選手には目もくれない。
岩村をポスティングシステム(入札制度)で獲得したときも、
入札額は455万ドル(約5億円=当時)と
松坂や井川とは比較にならない つつましやかさだった。


年俸総額はヤンキースの『約7分の1』の
3181万7020㌦(約33億円)。
“小さい球団”でも、時間をかけて戦略的にチーム作りをすれば、
対等にわたり合える。
そういうシステムがあるわけだ。


日本でも球団の資金格差は広がっている。
『チーム強化への熱心度の差』といえばそれまでだが、
経済が低迷する中で、お金をかけずに強いチームが作れる
システムも、今後の一つのテーマになるはずだ。


FA権が8年に短縮され、資金を投じれば好選手を獲得できる
チャンスはますます広がる。
それならいっそ、もっと期間を短縮して、
代わりにドラフトは完全ウェーバー制にするという考えが
あってもいい。
レイズ的アプローチで、強いチームを作れる。


そうなれば企業ににとっても、まだまだプロ野球は魅力的な
コンテンツとなるはずだ。


              サンケイスポーツ 『球界インサイドリポート』より
                                    鷲田 康氏
                       
松坂に3つの武器
2008年07月07日 (月) | 編集 |
レッドソックス・松坂大輔(27)の今季遠征に3つのアイテムを
持参していたことが分かった。
空気清浄機と加湿器、そしてアロマだ。
アロマといっても香りによるリラックス効果だけでなく、
特殊な性能を持つものだという。


『専用のケースに(アロマを)たらして使いますが、
 そこから発生する成分が空気中の悪い細菌や
 バクテリアを殺してくれるようです』―。


昨年はウィルス性の腹痛、今季も4月にインフルエンザで
先発を回避した経験があり、
遠征先での過ごし方には特に気を配っている。


首位奪回に向け、まずは徹底した体調管理で
先発ローテを守り抜く!
木内監督復帰 甘さ一掃
2008年07月04日 (金) | 編集 |
私の母校でもある、常総学院・木内幸男監督。
息子と同じ少年野球チーム先輩にあたる選手もいて、
かなり目先の甲子園優勝を目指すだけの
メンバーは取り揃えています。
(寄付金はもちろん!!出しますよ~



過去2大会、甲子園で勝てなかった常総学院の切り札は、
5年前の全国制覇を花道に勇退した
名将・木内幸男監督(76)の復帰だった。


茨城なまりの ひょうひょうとした語り口。
『あれ以上ない終わり方だったのに、
 この年で戻るのは恥ずかしい』と照れ笑いする。


霞ヶ浦高校と対戦した春の県大会決勝は、
9回に2点差を追いつき、延長の末に勝利。
『木内マジック』と呼ばれた采配は健在だった。  


練習や試合でプレーの一つ一つを選手達に細かく解説し、
その戦術を地道に浸透させていく指導は変わらない。
  
だが復帰後、ある変化ににも直面した。  
『少年野球で「野球を楽しめ」と言われて指導されてきたせいかな』―。
素質がありながら、どこか甘さを残す選手が増えたように感じる、
という。

 

だからこそ、期待する選手には厳しくなる。
その一人が、島田隼斗主将(3年生)。
父は、21年前の準優勝投手で、プロ野球の日本ハムで
活躍した
島田直也さんだ。
本職は内野手だが、父譲りの素質を見抜き、
今春から投手も兼任させた。
  
だが、先発した6月末の練習試合では、完投したが6失点。
試合中盤には右手に打球が直撃し、
痛そうにかばう場面があったが、
それでも降板を許さなかった。  
『あいつは一度、さらし者にしねえと』―。
厳しいようだが、すべて主力としての粘りと自覚を
身に着けさせるためだ。
  


まもなく喜寿を迎える名将が、今の高校生に伝えたいのは、  
『野球は勝ってこそ楽しい』―。
それには練習や試合で苦しい経験を積まねばならない、とも。
  


野球の真の楽しみ方とは―。
記念大会に巡り合わせて復帰した今夏、
木内監督は、その戦いぶりで、高校球界に
問いかけようとしている。




情熱注いで急成長促す
2008年07月04日 (金) | 編集 |
いよいよ明日から夏の甲子園地区予選が
我が県でも始まります。
私の最も注目している我が県の監督を今日2校、
紹介していきたいと思います。


まずは、私の中では甲子園出場を願っている
霞ヶ浦高校野球部・高橋祐二監督を紹介します。
(ローカルですみません


全国大会出場3回。
霞ヶ浦監督、高橋祐二(48)の誇る実績だ。
ただし、野球ではなくバレーボール。
高橋は19年間、同校バレー部を率い、
県下有数の強豪に育て上げた。

1982年、母校に体育教師として赴任した高橋に用意されたのは
バレー部監督のイスだった。
高校時代は県内屈指の左腕といわれ、
日体大でも白球を追った高橋にとって、
学校の方針とはいえ不本意だった。


一からバレーを勉強し、他校の練習に参加したり、
専門書を読みあさったりした。
『自分はバレー素人。
 学ぶべきことは、年下だろうが後輩だろうが耳を傾けた』―。
情熱的な指導が実を結んでいった。


野球部の監督に就任したのは2001年4月。
当時は長髪やピアスをした部員もいた。
『本気でやりたいと思う者は頭を丸めろ』と命じ、
二十数人部員は半分に減った。
県大会で3年連続初戦敗退など苦渋をなめた時期もあったが、
ここでも常総学院監督の木内幸男などの指導法を
徹底的に研究し、徐々に結果を出し始めた。
今夏は優勝候補の一角に挙げられている。


高橋は勝ちだけにこだわることはしない。
広いとはいえないグラウンドで80人の全部員が
同時に練習を行う。
『勝つことだけを考えたら、レギュラークラスだけで練習すればいい。
 でも、そういうことはしたくない』―。
勉強でもスポーツでも、何か打ち込むものを
見つけてほしいからだ。


今大会の開幕が近づいても、控えメンバーが受けるノックを、
最後の1本が終わるまで見届ける姿があった。


『負けたら終わり』 とらわれ過ぎ
2008年07月03日 (木) | 編集 |
読売新聞 『アングル』より。


― 加藤智大容疑者(25)はなぜ犯行現場に秋葉原を
選んだのだろう。
秋葉原はインターネットの掲示板のような街だ。
ゲーム、フィギュア、パソコンなどの様々な分野の
スレッド(掲示板)に様々な立場の人間が書き込むのと同じように
色々な趣味の人が各地から集まってくる空間だ。
携帯サイトへの書き込みから想像すると、彼は孤独で、
誰かとつながりたかったのだろう。
  
秋葉原も携帯サイトも、遠い所にいても興味が同じなら
つながることができる世界。
どちらも彼の理想郷だったのではないか。
  


私が秋葉原に行くようになったのは中学生の頃。
音楽を聴くカセットの生テープを買いに月に2回は
通ったものだ。
かれこれ30年以上たち、その間、家電の街からパソコンの街へ、
さらにパソコンのソフトやゲーム、漫画などに主役は移ったが、
今も全て混在するのが秋葉原の良さ。
しかし、街の変化につれ、集う人は互いに無関心になった気がする。
最近、茨城県土浦市の連続殺人事件など、
凶行に走った若者が秋葉原に執着していたと
報じられることが多いが、
その無関心や孤独を秋葉原なら受け入れてくれると
思ったのではないか。

 

― なぜ自分の『理想郷』で犯罪を犯したのだろう。
秋葉原を歩くほかの人は楽しそうで、自分だけが苦しい環境に
あると思い込む、いわば近親憎悪のような感情なのかもしれない。
同じような境遇の人は大勢いる中、
彼だけが一線を越えてしまったのは、
  
『一度負けたらおしまい』という思いに
とらわれ過ぎていたからでは。
  

こうした風潮は広がっている。
親が『再チャレンジは無理』と思っているから
子どものお受験にやたらと力を入れ、
教師や官僚も失敗を恐れ何事も無難に過ごそうとする。
  
失敗しても這い上がれる『柔らかな粘り』のようなものを
子ども達が学べる環境を作るべきだ。
  


                         作家 石田衣良さん(48)

掲示板でイメージ具体化
2008年07月03日 (木) | 編集 |
昨日に引き続き、読売新聞『アングル』より。



― 加藤智大容疑者(25)が携帯サイトの掲示板に
書き込んだ内容が注目されている。
誰かに読んでほしいという気持ちもあると思うが、
基本的には自分に言い聞かせ、行動を起こす手段だったと思う。
言葉にすることでイメージは具体化する。  
もし掲示板がなければ、社会に対する漠然とした不満を抱え
続けるだけで、行動には移せなかったかもしれない。
  


― 『不細工』『彼女ができない』などと
自虐的な書き込みが目立つ。
恵まれない状況を他人のせいにしているだけだろう。
『不細工』と繰り返すことで、『私を産んだ親が悪い』と
  
責任転嫁している。  
『書き込みを見て犯行を止めてほしかった』
とも供述しているようだが、裏を返せば
  
『止められなかった社会が悪い』と主張しているように思う。  


― 1日200回以上書き込むこともあったようだ。
身近な出来事を実況中継するかのように書き込みを繰り返す、
いわゆるリアルタイムブロガーだ。
メールのやりとりには相手が必要だが、
掲示板なら友人がいなくても書き込める。
  
10~20の掲示板に登録し、
誰かに嫌な書き込みをされるとすぐ別の掲示板に移る人も多い。
そこにあるのは、
  
『いつでもリセットできる人間関係』だ。  


― 事件後もネットで犯行予告をして逮捕される若者が
後を絶たない。
グリコ・森永事件など、類似の犯行予告が出されることはあったが、
手紙などの投函先は警察や一部マスコミなどに限定されていた。
ネットなら、自分の書いたことをそのまま見てもらえるので、
ネット仲間の反応を楽しもうと気軽に予告してしまうのではないか。
数多い書き込みの中で、自分だけが特定されるとは
思っていないのかもしれない。


                         大学教授 加藤主税さん(61)
書き込みへの共感 危うい
2008年07月02日 (水) | 編集 |
事件や社会問題には様々な顔があります。
読売新聞で企画された『アングル』というコーナーを
今回から何度か取り上げてみたいと思います。
この『アングル』では、各方面の識者に多角的な視点から
分析してもらい、読者の方々に考えるヒントを
提供できれば、と企画されたようです。


第一弾は、東京・秋葉原で起きた無差別殺傷事件。
逮捕された加藤智大容疑者(25)の心理や
事件の背景を読み解いてもらいます。


1997年に14歳の少年による神戸連続児童殺傷事件が
起きて以降、同世代の少年による凶悪事件が相次ぎ、
『酒鬼薔薇世代』と呼ばれた。
この世代だけを問題視するのは疑問だが、
若年層でストレスに対する耐性が弱まっているのは確か。
これまで個人のストレスを緩和・吸収していた地域や家族などの
共同体が崩れ、若者が『自己責任』の名の下、
優勝劣敗が露骨に表れる状況におかれている。


― 過去の凶悪事件では、ネット上で犯人を
『神』などと英雄視する書き込みが見られた。
酒鬼薔薇事件以降の傾向だが、今回は特に携帯サイトに
書き込まれた加藤容疑者の言葉が、
若者の共感を呼んでいる点は要注意だ。
まるで自分の『隣人』のような感覚でとらえている。
テレビ番組にも『書き込みは心に響くものがある』などの
投書が寄せられていた。
危うい風潮だ。


格差問題などの社会に責任を転化するような一面的な議論に
触発されて、反社会的な行動を助長してしまうことにも
つながりかねない。


― こうした風潮にどう対処すべきか。
もちろん事件の一背景である社会経済状況の改善は重要だ。
事件を機に、ようやく国が派遣労働のあり方を見直すことになったが、
これが凶悪犯の『手柄』になるようでは情けない。
本来は事件が起きる前に、政治家や官僚が手を打って
おくべき問題ではないか。



ただ、こうした事件の動機形成を一つの要因だけに
求めるのは間違いだ。
  
事件の主因はあくまでも容疑者の資質や育成史であって、
派遣労働やサブカルチャーの問題などは従因だ。
せめて主因と従因を分けて報道する必要がある。
この点で混乱している報道や評論が多かった。
冷静で科学的な分析が求められる。
  


                           宮崎哲弥氏(45)
                                  評論家   
友の裏切り
2008年07月01日 (火) | 編集 |
今日は学校の創立記念日で、これから主人の実家へ
親孝行に行ってきます。
娘とは原宿、渋谷へ久々ショッピング。
ママも楽しみ!!


さて、今日はいつもとは違い、日記風に書かせてもらいます。
昨日は小学校行事のPTA授業参観がありました。
勇汰は6年生、綾乃は4年生。
どのクラスも落ち着きが見られ、
真剣に授業に取り組んでいました。
ただ、気になったのが、勇汰のクラスのある男の子Y君・・・。
授業中、友達の発表も聞かず、落ち着きがなかったのです。

Y君とは1年生の頃から仲が良く、
いつも一緒に行動をしていました。
勉強もとてもできて、勇汰が尊敬している友人の1人でした。
が、5月頃からY君はある女の子とお付き合いをし始めてから、
勇汰とY君との仲が急に悪化していきました。


色々と事情はあるのですが、ここには書けません。
事情を知っているだけに悔しいのです。
勇汰がたまたまY君に触れただけで
『わっ、気持ち悪い!!』・・・。
それだけではないのですが、極端にひどい仕打ちをするようになって、
クラスの友人らも気付くくらいの悪態をとるらしいのです。
昨日はさすがにショックが続き、学校から帰ってきてから
『おれ、今まで色々な仕打ちを受けてきたけど、
 これほどショックな出来事は初めてだったし、
 あんなに信用していた友人に、裏切られた気持ちで
 立ち直れない・・・』―。
とショックを隠しきれない様子で私に話してくれました。
勇汰も私に話すことで、落ち着きを戻していました。


友人からの仕打ちには、私としても正直ショックで、
でも、Y君の気持ちも分かるだけに、
勇汰には『もう少し様子を見て見守っていこうね』と
励ましました。


成長の過程には、色々な心の変化があります。
勇汰には、この事をきっかけに
『どんな友人に対しても、思いやる心を忘れないでいて欲しい』
と、伝えました。
逆の立場に立ったとき、どう思うか。
相手の立場に立って考えてあげられる広い心を持ってね、と。


勇汰は、ひがみや妬みを持たれやすい所もあるのですが、
誰に対しても、謙虚に思いやりの精神を持って、
いずれはY君にも分かってもらえるように、
温かく見守っていこうと思っているそうです。
またひとつ、勉強したようです。