日々様々なスポーツ界での出来事や、気になった記事を取り上げ考えていくブログです。
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『故障=改良』が松坂&黒田のプラスに
2008年06月30日 (月) | 編集 |
レッドソックスの松坂とドジャースの黒田が、
相次いで肩の故障で戦列を離れた。
松坂は5月27日のマリナーズ戦で先発した際に
右肩の違和感を訴え、30日に故障者リスト(DL)入り。
黒田も6日のカブス戦で初完投したのもつかの間、
17日に右肩の違和感を訴えて20日から15日間の
DL入りとなった。


ただ、この故障はメジャーでより高みを目指したとき、
2人が通らなければならなかった道だったのかもしれない。
以前にも書いたが、松坂や黒田のようなタイプの投手には、
メジャーの硬くて傾斜の強いマウンドは合わない。
ステップ幅が広く下半身で粘って投げるが、
踏み出した左足の土が日本のように掘れないので、
足の裏できちっと体重を受け止められない。
その分、足から腰への負担が大きい。
制球にも苦労するし、疲れもたまりやすい。


2人がメジャーでより上を目指すためには、
マウンドに合った投げ方をすることが避けて通れない
テーマだった。
今季の松坂が踏み出しの幅を少し狭くして、
リリースポイントを高くしているのも、そんな課題を踏まえての
ものだった。
黒田も意識しているかどうかは分からないが、
開幕当初に比べると、上体を使った投げ方に
変わってきている。
一流だからこそ、こうした変化ができるのだが、
その一方で、これまでと違った体の使い方、肩の使い方に
なったことが、故障の原因となったとも考えられる。


松坂は約1ヶ月ぶりに先発した21日のカージナル戦で
2回途中KO。
今後に不安を残す結果となった。
だが、長い目で見れば、この『故障=改良』は
必ずプラスになるはずなのだ。
投手にとって肩の故障は不安が大きいが、
こと2人にとっては希望につながる故障、
と言ったら言い過ぎだろうか。


         サンケイスポーツ 『球界インサイドリポート』より
                           鷲田 康氏
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ビデオ判定導入の交換条件
2008年06月27日 (金) | 編集 |
サンケイスポーツ 『MLBプレスルーム』より。
マイナーリーグ審判員・平林岳さんの手記を紹介します。


大リーグでは8月から、本塁打かどうか微妙な打球に限り
ビデオでの判定が導入されそうです。
フェアかファウルか、外野フェンスを越えたか否か、
そして観客の妨害の有無。
今季はトラブルが相次いでおり『インスタント・リプレー』を
使っての判定を求める声が急速に高まっていました。
  


審判にとって60メートルくらいの先の打球を正確に判定するのは、
とても困難な仕事の1つです。
大リーグは、球場によって外野フェンスの高さや形も
かなり違います。
ボクが審判をしているマイナーリーグは、
もっと複雑な形状をしている球場が多いので、
『ビデオ判定できたら』と思うことがよくあります。
  


ただ、大リーグ機構と審判組合が合意するには、
解決すべき問題点もあります。
審判サイドが最も懸念しているのは、
他の判定に関してもビデオ導入の動きが進むことです。
次は野手が打球を直接捕ったか否か、そして
通常のアウト・セーフを経て、最後はストライク・ボールの判定にも
ビデオを使うようになるのではないか。
審判にとっては死活問題ですし、
野球というスポーツ自体も変わってしまいます。
  


複数のメジャー審判員によれば、今回の導入に際しては
交換条件を出すようです。
  
例えば1クルー4人制から5人制への増員。  
控えの審判が常にビデオをチェックできる体制作りが
目的のようですが、本塁打の判定が難しい打球は
毎試合のようにはありません。
クルーの増員は待遇面の向上なのです。
さすがに審判組合は簡単に『YES』とは言わないと
感心していました。
  


メジャー審判員が増やされれば、
われわれマイナー審判員の昇格も上がります。
そういう意味からも、今回のビデオ導入は大歓迎です。



プロ1号から9年・・・届いた大台
2008年06月26日 (木) | 編集 |
ふらふらと上がった打球は風にも乗ってグイグイと伸び、
左翼席に飛び込んだ。
  
マーリンズ戦で岩村が3回、逆転の5号2ランを放ち、
日米通算200号に到達。
『積み重ねてきた数字だし、感慨はある』と
素直に喜んだ。
  


1点を先制されて迎えた3回一死一塁。
フルカウントから2球ファウルで粘る。
  
甘く入った直球にうまくバットを合わせ、節目の一発を放った。  
再びリードされた後の8回は、先頭で右前打、
9回も左越え二塁打。
6-4で勝ったチームの得点機全てに絡む活躍だった。
  


日本で188本塁打の岩村も、今やレイズの不動の1番打者。
あくまで出塁を重視し
  
『強い打球を打った結果が本塁打になればいい』と言う。  
それだけに、  
『こっちでそんなに量を打てないのは分かっている。
 量より質という意味で、(一時は逆転となる)
 いい場面で打てた』と喜んだ。
  


流れを変える一発もある。
レイズにとっては、心強いリードオフマンだ!!
  



daiyaさんのブログにも紹介しています。
daiyaさんは19日渡米し、レイズの試合観戦へ行きました。
その時の様子なども紹介しています。
合わせてお楽しみ下さい!!
短所より長所を伸ばす指導方法を徹底中
2008年06月24日 (火) | 編集 |
『報知 高校野球7月号』より。
見事なセンバツ制覇も感激より“ひと安心”。
弱冠26歳の指揮官には貴重な通過点だったようです。


沖縄尚学 比嘉公也監督の手記を抜粋して紹介します。  



何十年と指導されておられる大先輩の監督さんたちに、
とにかくいろんな話を伺って、
  
僕の“引き出し”をたくさん持ちたい。  
まだまだ実践した試合数も少なく、失敗の数も足りません。
失敗を、負けを恐れずにできる部分があると思います。
  

それに高校生は“まだ高校生”なんです。  
教えることは何でも吸収できる頭の柔らかさを持っていますし、
だから野球の指導と同時に人間形成も教えなくてはならない。
野球技術とは違う分野をどう正しく導いて行くか。
その指導が一番難しいと感じています。
  
僕も大先輩から教えて頂き、吸収したい。  
一般社会に出ても通用する人間に育てる、です。  

今、選手達は“できることから”を求めています。
それができてくれば次の段階へと進んで行きます。
  
ゆっくり過ぎるとこれはまた問題ですが(笑い)。
高校野球をやれるのは2年5ヶ月しかないので。


選手の力を引き出すためにどうすればいいか。
ヘタに触るよりも、短所を直すよりも、
長所、その子の良さを
見つけて、見つけた後本人と、
『オレはこう思うけれど、お前はどう思う』と確認を取って
やっていこうと。
  
大学時代、学生コーチをやり、このとき、
同級生や下級生から『トスを上げてください』とか
『スイングを見て下さい』と自然と話しかけられました。
今は高校生が相手ですが歳も近いので、
  
“話しかけやすい監督”という立場を意識しています。  

でも怖い存在でいることも必要だと思います。
兄貴的な存在に近いような。
だからいつでも話し掛けて来てくれ、と。
監督に就任した時、みんなには
『常に扉を開けているからいつでも来い』とは言いました。
アメとムチじゃないですけれど、指導にはメリハリが必要でしょう。


監督として僕が意識して実践していることがあります。
試合中、色々な状況に直面します。
例えば攻撃の時、ここは盗塁させるとかスクイズのチャンスとか、
その“何か”を感じた時は迷わずサインを出します。
指示を出せずにやられたりすると、一番後悔するじゃないですか。
やって失敗ならまだ納得します。
これまでのゲーム中、何度も迷って指示せず、
悔やんだことが度々ありました。
だからこれを肝に銘じています。
  
自分が感じた感覚、勘を大事に、です。
感性でしょうか。
今後も多くのことを学んで、その感性を磨きたい。
試合を無駄にしない、です。


センバツ優勝は通過点だと思います。  
最終的な目標も全然分かりません。  
監督現3年生はこの夏で終わりですが、  
僕はさせて頂いている以上、
ずっと甲子園出場を目指します。
僕にはまだこれというスタンスもありません。
築き上げられていません。


これからももっと苦しい時期が必ずくるでしょう。
そんな時にどう対処できるか。
だからこそ数多くの“引き出し”を持ちたい。
技術的な引き出しも足らないし、
精神的な満足度はまだありません。
大先輩の先生方のお話を聞き、頭に残るような言葉を
今も書き留めています。
まだまだ勉強中です。
  
 
大学4年の時、現在、社会人野球・日本生命の監督をされている
杉浦正則さんのお話を聞く機会がありました。
当時は投手コーチをされていましたが、その中で、
  
『投手には10安打完封を意識させている』―と。
どんなに打たれても最終的には点をやらなければいい、
という意味だと思いますが、
強烈な印象で頭に残り、今でも選手達には言っています。


選手達には、“熱い人間”と思われたい。
どんどん吸収していこうという意識を忘れずに
このまま進むつもりです。


                 





“ハングリー野郎 野村克也”
2008年06月23日 (月) | 編集 |
このところ絶好調のノムさんの“つボヤキ”が毎日楽しみだ。  
18日の阪神戦で楽天・野村監督は1969年に
南海の選手兼任監督に就任以来、
監督通算1454敗の最多記録となった。
前日、三原脩氏の1453敗に並ぶと
  
『勲章だよ。悔しかったらやってみい』と言い、新記録には
『これは不滅だな。名を残すよ。汚名を』ときた。
  


数々の語録の中で最近では、なんと言っても、
2点差なのに盗塁死で試合終了になった先月末の
巨人戦で出た
  
『バッカじゃなかろか、ルンバ!』が傑作中の傑作だろう。
負けた阪神戦での
『うちのストッパーはストップウオッチ。
 押してみないと分からない』も、お見事である。
  


『ボヤいているうちは元気だよ。
 理想と現実のギャップがボヤキだ』というのが、
達者なのは口だけではない。
75歳から後期高齢者と勝手に線引きし、
何事も年寄りはダメ、若ければいいという悪しき風潮が
はびこる中、  72歳で若い監督と
張り合ってよく頑張っているものだ、と頭が下がる。
年齢だけで人の能力は測れないといういい見本だろう。
  


ノムさんを取り上げた先月末の
NHKテレビ『わたしが子どもだったころ』を見て、
かつて同じ釜のメシを食ったサンケイスポーツ専属評論家
江本孟紀氏はブログにこう記した。
  
『出会って36年たった今、やっと本当の
 “野村さん”を理解でき、感動で涙が止まらなかった。
 あの有名なボヤキも暗さも毒舌もすべて、
 日本海の網野町(京都)という町で育った中で形成され・・・』―。


最後に、
『本物の“ハングリー野郎 野村克也”は 
 やはり偉大だ』と結んだ。
  
あと何敗するのか見当も付かないが、それこそ命の続く限り
ノムさんは現場にいてボヤキ続けてほしいものだ。


               サンケイスポーツ 『甘口辛口』より
                               今村忠氏
情けない・・・
2008年06月20日 (金) | 編集 |
全日本大学野球選手権準決勝(14日)での、
明大の1イニング16失点。
  
たまたまパソコンで速報をチェックしていたが、
明大が6点リードした5回裏、東海大に突如『16』が表示
されたときは一瞬、入力ミスを疑ってしまった。
  


部員不足で助っ人を集めた高校生が四球やエラーの連続で
10点、20点と取られるのとはわけが違う。
確立のスポーツでもある野球では、
3連打まではあっても、4連打はほとんどないという。
3連打の後、守備側が四球やエラーを出さず確実にアウトを
取れば、また3連打が繰り返されても
こんな大量失点はまずありえない、と専門家は分析する。 
  


そのあり得ない、というより
あってはならない事が現実に起こった。
  
打者19人で10安打(うち2本塁打)を集中した東海大の
強さは分かったが、
立大時代の長嶋茂雄さんをはじめ、
子供の時から半世紀以上も見続けた六大学野球の
一ファンとして情けない・・・。
明大の故島岡監督は天国で
『野球の神様に謝れ!!』と激怒したろう。
  


それなのに明大善波監督の
『うーん、何だったんでしょう』で始まった談話にはがっかりした。
  
負けは仕方ないにしても、長い六大学の歴史に汚点を残した、
といっても過言ではないような惨敗である。
まず『代表校として他の5校に申し訳ない』と、
一言あって然るべきだったろう。
  


気持ちを切り替えるため、明大は7月5日までオフに入ったという。  
ただし、この悔しさをケロリと忘れては困る。  
『勝ちに不思議な勝ちあり。
 負けに不思議な負けなし』―。
という楽天・野村監督の名言が、
出直しの教訓にぴったりかもしれない。


               サンケイスポーツ 『甘口辛口』より
                                 今村忠氏
『ハニカミ王子』にプロの壁
2008年06月19日 (木) | 編集 |
高校生プロゴルファー、石川遼選手(16)が
プロの壁にぶつかっている。
  
現在、ツアー4試合連続で予選落ち。
『ハニカミ王子』は、現状を打開できるのか。
  


石川選手は、開幕戦で5位と健闘した。
2戦目も予選ラウンドを通過、42位と踏ん張った。
しかし、父でコーチの勝美さん(51)は、
『結果はたまたま。まぐれでしかない』
と冷静に受け止めていた。
実際、その後は、一度も決勝ラウンドに進めていない。
  


結果が出ない理由のひとつは、体力面にある。  
アマチュアで、ツアーにスポット参戦していた昨年は、
出場8戦で予選落ちは2試合だけだったが、
今年は初日からの出遅れが目立つ。
開幕から3週連続出場後に39度の熱を出し、
翌週の試合が始まっても微熱が治まらなかったように、
未経験の連戦で疲れが蓄積しているのは明らかだ。
  


精神的な重圧も大きい。  
石川選手が出場した今季6戦のギャラリーは、
昨年比4割増の約15万6000人と飛躍的に増えた。
国内賞金王4度の片山選手が
  
『16歳の頃の僕には耐えられない』と言う通り、
その双肩にかかる重圧は計り知れない。
  
ツアー4勝の久保谷健一選手は  
『ギャラリーの期待に応えようとスケールの大きいゴルフに
 とらわれすぎて、流れを悪くしている』と指摘する。
  


体の疲れに、精神的な重圧。
両者が相まってか、今季は、生命線のドライバーショットが
乱れている。
  
平均飛距離はツアー6位の293.64ヤードだが、
フェアウエーキープ率は50.89%で79位と低迷している。
  


しかし、石川選手に焦りはない。  
『我慢の時。
 スコアを気にしないで、スイングのことだけを考えて
 プレーしている』
と納得している。
  
現在は、結果より、安定感のあるスイングの完成を
目指しているからだ。
  


藤田寛之選手(ツアー6勝)は
『ショットのポテンシャルが高い。近い将来、2勝目はできると思う』
と潜在能力を高く評価する。
  


『今はプロとしての経験を積む時期。
 秋にはしっかり戦える形にしたい』と勝美さん。
『ゴルフと真剣に向き合い練習を重ねたい』と石川選手。

今季は、あと10試合程度に出場する予定だ。
評価を下すのは、まだ早い。


                    読売新聞 『気になる!』より
                                 門脇統悟氏
オールドファンにはたまらない!
2008年06月18日 (水) | 編集 |
今月6日の阪神戦で、白地に深緑の南海時代のユニホームを着た
ソフトバンクも感慨深かったが、
28日からは西武が、西武時代のものを着用する。
日本シリーズ3連覇など黄金時代を築いた伝統のユニホーム
だけに、今から楽しみにしている。


復刻版はすでに数球団が着用しているが、
両球団が素晴らしいのは、親会社だけでなく、
本拠地までが変わっているのに、オールドユニホームを採用した点。
福岡の西鉄ファンは、
今はソフトバンクに鞍替えしているかもしれないが、
飾り文字でLIONSと綴られたロゴに稲尾、中西、豊田
といった往年の名選手を思い出すのではないか。


最近は軽量化が進んでいるとはいえ、
野球のほど機能的とは言い難いユニホームはない。
なにせ長袖(アンダーシャツ)の上に半袖を着るわけだし、
胸はボタンで留めるものが主流。
ベルトレスやプルオーバー型が流行った時期もあったが、
すぐに元のスタイルに戻った。


そういう意味では親会社が自社の利益にこだわらず、
伝統を重んじるのはいいことだ。
できれば最下位で苦しんでいる横浜も
採り入れてくれればと思う。
交流戦用の特別ユニホームを着用しているが、
チームカラーにないエンジンが入っているせいで、
違和感が拭えない。


個人的にはアスレチックスに似た緑と橙のが好みだが、
当時は低迷期だっただけに、昭和35年、
『三原マジック』で優勝した時の、橙色の筆記体で
『Whales』と書かれたものでもいい。
ちなみに日本シリーズの相手は大毎オリオンズ(現千葉ロッテ)。
今季は下位に低迷する両軍が復刻版で対戦したら、
来年はオールドファンにたまらない
好カードになること違いない。


                    サンケイスポーツ 『甘口辛口』より
                                 楠山正人氏
就寝前 苦悶のトレーニング
2008年06月17日 (火) | 編集 |
苦しい。辛い。起き上がれない。
深夜のホテルで顔をゆがめている。
2安打1打点と活躍した15日の前夜もそうだった。
就寝前のトレーニング。


今はPNFの専門家が日本から来ている。  
PNFは神経を刺激して伝達機能を高めることで、
筋肉の働きを増加させるトレーニング。
柔軟性や俊敏性の向上に効果があるとされる。
  
例えば、腹筋を使って起き上がろうとする際、
トレーナーが後ろから抑えて負荷をかける。
何度かやったら、逆の動きも抑えられる。
  
『行こうとする動きを、行かせてもらえない。
 これって本当にキツイ』―。
  
何より神経を鍛えるから、『頭も疲れる』―。
苦悶すること約1時間。PNFは毎月1週間程度、続く。


これとは別に、筋力トレのトレーナーも毎月1週間程度、
日本から来る。
腹筋だけでも6種類という細かいメニューで、
マッサージを入れれば、毎日2~3時間を費やす。
更に整体師が月に2日ほど。
神経系、筋トレ、整体と、月の半分は専門家と一緒に、
体力強化、体調維持を図る。


162試合あるメジャーの日程はタイトだ。
例えば、ここ5カードを切り取ってみる。
ヤンキースは11連戦目の9日、デーゲームを終えるとすぐ、
時差3時間のサンフランシスコへ6時間超かけて移動し、
10日から3連戦。
12日のナイター後には、時差2時間のヒューストンへ向かい、
翌13日の午前6時半に到着。
その日から3連戦だ。
  
毎月2週間の集中トレは、こうした合間に行う。  


『技術は悪くないのに体調が悪いから、
 バッティングがおかしく感じる』―。
  
そんな現象もうなずける過酷な日程に、
自己管理は大事な要素だからだ。
  
特に昨年右ひざを痛めたときは、患部周辺のトレーニングが
できなかった。
  
『打撃に直接影響しなくても、体が弱くなると、
 投球に対してもろさが出る』―。
打率2割を切った昨年9月は、打席で下半身が粘れなかった
のだろう。


睡眠も大事。
自宅と同じ枕を遠征に持っていく。
1個数万円の高級品は、
『何とも言えない弾力性が気持ちいい』―。

ハードな1日の終わりは、安眠枕でおやすみなさい。


                 読売新聞 『松井秀喜 ’08』より
                               小金沢智氏
逆らわず『甘え』受け入れる
2008年06月16日 (月) | 編集 |
読売新聞『赤ちゃんABC』~育児ストレス~より。


親の育児ストレスが大きくなる時期のひとつが、
子どもが2歳前後になるころからの、
いわゆる反抗期です。
  
自分で何でもしたがり、『嫌だ』を連発します。
親もついあおられて、対抗しそうになります。

その一方で、むやみに抱っこをせがむなど、甘えてくることも
多いものです。
いらいらが更に募ることもあります。


東京都保健所心理相談員協議会会長の
山本勝美さんは
  
『子どもは、「甘える心」と「自立する心」の二つを基礎に
 成長していきます。
 甘える心が満たされて情緒が安定します』
と解説します。

甘えは、自立と対立するものではなく、自立の基礎となり、
反抗期後も続く大切なもの―
というのが山本さんの考え。

甘えを受け入れることで、子どもが落ち着くことがあれば、
親も楽になります。
また、子どもの自己主張の場面では、
一歩下がって見守る気持ちが大切です。


そうはいっても、いらいらが高まり、手が出てしまいそうに
なることがあるかもしれません。
そんな時は、
  
『隣の部屋へ行くなど、とりあえず子どもから離れる』
『連絡し合える仲間を作っておき、電話やメールで愚痴をこぼす』
『好きな物を食べて、気を紛らわす』
などの対処を。


『ストレスを無くすのは難しいですが、
 好きな音楽を聴いたり、1日1回は外に出て気分転換したり、
 普段からイライラ予防を心掛けて下さい』と
山本さんは話す。
  



この記事を読んで、先日東京・秋葉原で17人が襲われた
無差別殺傷事件での容疑者を思い浮かべました。


次の投稿を読んでみて下さい。

『この事件を受けての根本的な解決とは、
 自分の不満を解決するために人を殺傷してしまうような
 人間を作らない社会にすることだ。
 そのためには何よりも人間教育、子どもの時からの
 しつけが重要だ。
 今の社会は、何でも自分の好きなようにするのが
 「自由」だという誤った考えがはびこり、
 自制心や他人への思いやりの気持ちを養うことが
 疎かになっていると思う。
 家庭や学校では社会人として最低限必要な
 資質を磨くことを最優先すべきではないか』―。
                    読売新聞 『気流』より

容疑者の生い立ちをテレビのワイドショーなどでも
取り上げていましたが、
親が子(容疑者)を尊重してあげられず、自立させる基盤、形成が
できていなかったように思いました。

この『赤ちゃんABC』での記事は、
赤ちゃんだけのことではなく、子育てをしている親子全てに
『子育てのあり方』を理解すべき記事であり、
これからの子どもの将来が輝かしくなるよう、
大人社会が変わっていかなくてはならない、
そして、この事件が引き起こした背景に、大人達が
変化の時期に差しかかった事件だったと思いました。



プロアマ交流指導あり方
2008年06月13日 (金) | 編集 |
今春就任したばかりの元巨人投手・高橋善正監督(64)
率いる2部1位の中大が1部6位の駒大に2勝1敗とした。
1部で24回優勝の名門とはいえ、監督交代で“即昇格”とは
確かに驚きだ。


東映(現日ハム)時代、完全試合を達成した高橋監督は、
『ブルペンでうまくなったやつは1人もいない』と
投手の投げ込みは打者を立たせ、
常に試合を想定するフリー打撃形式にした。
また、プロ選手の実名を挙げ、その練習方法を伝えるなど
プロ流で鍛える一方、寮に住み込んで門限厳守など
私生活も監督した。


高知商で3年後輩になる江本孟紀氏は言う。
『先輩としては本当に怖い存在だが、豪快で人間性も素晴らしい。
 学生との寮生活などは、高校野球の熱血指導のように
 “くささ”もあるが、そういうやり方がごく自然体で
 出来る人でもある。
 こういう人材を監督に迎えた中大は、
 たいしたものだ』―。


江本氏も東映時代、高橋監督と一緒にプレーしたことがある。
当時は試合前のフリー打撃で30~40分も投げ、
補助運動を行って、さらに試合で投げたと言う。
まだ希少価値のプロ出身の指導者として高橋監督は経験上、
『こんな方法が一番いい』
と思ったことを学生の体力に沿って教え、
短期間で結実させた。


プロ野球OBは全国で約4000人。
アマの指導を希望する人も多いが、高校野球などは
いまだに2年間の教職経験が必要で、まだまだ垣根は高い。
しかし、高橋監督が経験則で示したプロアマ交流の範例を
見過ごすようでは、
アマ野球の進歩はおぼつかない。


             サンケイスポーツ 『甘口辛口』より
                               今村忠氏
陸上部仕込みの制球力
2008年06月12日 (木) | 編集 |
ロッテの先発として、3勝をマークしている新人唐川。
彼の特徴はベテラン顔負けの制球力だが、
  
その土台となる下半身は、
金メダリストを生み出した陸上部で鍛えられている。
  


唐川は、千葉・成田高校の出身。
もちろん、野球部に在籍していたのだが、
1年の秋、
尾島治信監督のアイデアで、女子マラソンの増田明美、
ハンマー投げの室伏広治らを生んだ
全国トップレベルの陸上部に預けられることになった。
  
監督は、振り返る。  
『たまたま、陸上の先生と一緒に唐川の練習を見ていたら、
 「もったいない」と言われた。
   
 要するに、体がうまく使えていないと。
 その一言で、「じゃぁ、おまえ、見てくれよ」と』―。
  
他部への“一時移籍”という斬新な強化策は、
その時から、始まった。
  


唐川は冬場の3ヶ月間、週3回のペースで陸上部で練習。
ハードルを歩いて越え、くぐるメニューなどをこなし、
主に足の付け根の筋肉を鍛えたという。
  


迎えた春のセンバツ。
2年生エースの唐川は初戦で、いきなり完封。
  
『見たこともないピッチングだった。
 ステップ幅が広がって、軽く投げてもボールがいく感じ』―。
監督は、陸上トレの成果に驚いた。
  


高校の部活動で、部間の垣根を越えて協力し合うケースは珍しい。
プロ野球では専門的なトレーニングコーチがつくが、
高校の場合、肉体強化の面で陸上部のアドバイスを受けることは、
確かに有益だ。
尾島監督は、その点、かなり柔軟な思考を持っている。

『私の指導で足りないものがあるなら、
 頭を下げても、教えてもらおうと思っている。
 バスケットボール部の足さばきなんかも、
 内野の足さばきに応用できると考えています』―。


唐川の与えた四球は、6試合でわずかに4。
18歳の精密なコントロールが、高校の部活のあり方にも、
ヒントを与えているような気がする。


                     読売新聞 『熱視線』より
                               荒井秀一氏
『中年の星』
2008年06月11日 (水) | 編集 |
『中年の星』とは、この選手のことを言う。
2年間のブランクを乗り越え、米大リーグ・ジャイアンツの
藪投手が“復活”を果たした。


1968年生まれの39歳。
9月28日に40歳の大台に乗る。
一昨年、巨人を退団してパイレーツでメジャーデビューした
桑田とは同じ年。
巨人と阪神のエースでしのぎを削ったライバル同士でもあった。
だが、『中年の星』として脚光を浴びた桑田のメジャー挑戦に比べ、
藪のそれは“惨め”なものだった。


2005年に阪神を飛び出し、アスレチックスと契約したが
1年で解雇。
翌06年はロッキーズと契約も開幕直前の最終カットで
フリーとなり、メキシカン・リーグでプレーした。
昨年はどの球団とも契約できず、所属球団のないまま、
1人で孤独のトレーニングを積んできた。
練習相手もいない。
ときには壁にボールをぶつけて投球練習をしなければならない
ときもあり、
『さすがにメゲそうになった』と本人も述懐する。


『アイツは外角のボールの出し入れができるから、
 メジャーで成功する』と言ったのは、
阪神時代に藪をよく知る楽天の野村監督だった。
ノムさんの見識を証明するように、今年は招待選手から這い上がり、
2年ぶりにジャイアンツと契約。
貴重な中継ぎとしてここまで22試合に登板、
2勝2敗で防御率2.10と好成績を残している。
結果を見る限り、桑田がパイレーツで残した数字
(19試合で0勝1敗、防御率9.43)を
はるかに上回る“成功”を収めているのだ。


『阪神のエース』という栄光を経験したエリートが
リストラにあい、路頭にも迷った。
それでも諦めずに這い上がって、小さくとも、
自分にとって価値のある光をつかんだ。
これこそ本当の『中年の星』として、
もっともっと脚光を浴びていいはずだ。


              サンケイスポーツ 『球界インサイドリポート』より
                                     鷲田康氏
藪 39歳の150キロ
2008年06月11日 (水) | 編集 |
3年ぶりにジャイアンツでメジャーに返り咲いた39歳の藪。
多くの辛苦を味わったが、たくましく這い上がってきた。
  
 
8日のナショナルズ戦では3点リードの8回から3番手で
マウンドに上がった。
3,4番から連続三振を奪い、1回無失点。
直球が150㌔台を記録し、衰えを感じさせなかった。
首脳陣の評価は上がっている。
ボウチー監督は
『どんな場面でも動じない度胸があり、回復力も早い。
 いい捕球だった』と話した
  


ここまで辿り着くには数々の困難があった。  
アスレチックス入団は05年。
阪神のエースとして、3年連続2ケタ勝利など
11年間で84勝を挙げた右腕は、新天地では中継ぎを任され、
40試合で4勝0敗1セーブ。
  
だが、オフには戦力外通告を受けた。  
他球団のテストを受けたが契約できず、
06年はメキシコでプレー。
昨年はどこにも所属せず、“浪人”を余儀なくされた。
  
『手を尽くしてもどうしていいか分からなかった時期』と振り返る。  


キャッチボールの相手にも困り、公園の金網やネットに黙々と
投げ込んだ。
本格的に投球する時には、アルバイトの捕手を雇った。
  
何度も心が折れそうになったが、歯を食いしばった。  

そして昨年末、ジャイアンツとマイナー契約にこぎ着けた。
春季キャンプでは1週間ごとにふるいにかけられる競争を
勝ち抜いて、メジャー昇格を果たした。


メキシコ時代にチェンジアップを習得した。
1年目の情報不足を反省、
『2,3年目はテレビやビデオで打者の特徴やスイングの軌道を
 頭に叩き込んだ』―。
  
アスレチック時代は4.50だった防御率が、今季は23試合で
2.04という数字に、
雌伏の2年間の蓄積が
はっきりと表れている。


苦労話にはしたくない、と言う。  
近所のおじさんとゴルフに出掛け、司馬遼太郎や城山三郎らの
歴史小説を20冊以上も読んだ。
  
『遊んでいただけだから。
 ただ、色々と幅が広がった時間でもあったと思います』
と笑った。

                 読売新聞 『メジャー’08』より
                                清水裕氏
軟式と硬式ではテクニックが変わってくる
2008年06月09日 (月) | 編集 |
長谷川滋利の『LOVE BASEBALL』より。
軟球と硬球のテクニックについて語っています。


軟球の場合は、ボールがバットとコンタクトした瞬間に
ギュッとつぶれてしまうので、
バットを通じて力を伝えるのが難しいのです。
そうなると、一番重要になってくるのは、
  
バットとボールが少しでも長い時間、コンタクトしていることです。  
そこから導かれる結論は、できるだけ
『レベルスイング』を心がけ、
ボールを正面から捕らえることに尽きるのです。
  
正面から捕らえ、ボールをバットに乗せてから遠くに弾き返す
感覚を養って欲しいと思います。


  
ただし、日本にはちょっとした問題があります。
中学レベルまで硬球と軟球による『二つの野球』があるため、
中学から高校に入る時に
  
アジャストメント、適応力が試されることです。  

硬球と軟球ではボールの飛ばし方が違います。  
硬球は反発性が高く、メジャーリーガークラスになると、
ダウンスイングを心掛けてボールにバックスピンをかけます。
  
スピンをかけることで空気抵抗が少なくなり、
飛距離が伸びるからです。
このスピンをかける感覚がなかなか難しい。


中学まで軟球しか手にしていないと、
硬球に対して恐怖心があるので、なかなか技術的なことまで
気が回らないからです。
私も中学から高校に入った時、アジャストメントするのに
苦労した記憶があります。
なにしろ同じ感覚でボールを打っても、全然飛ばないのですから。


解決策としては、打撃練習の時間を有意義にするしかありません。  
ただし、日本の問題は一般的に、
打撃にあてる時間が短すぎることです。
(打撃の良し悪しは、ある程度練習に比例すると私は思っています)


有効に使うためには、練習に入る前にテーマを決め、
確かめながら打っていくしかありません。
  
ついつい打撃のことになると熱くなってしまうのですが、
投手経験者としては、
  
『打者に遠くに打たせない』方法を考える必要があります。
特にアメリカでリリーフに回ってからは、
長打を警戒することが仕事になりました。
  
相手打者に長打を浴びない秘訣は万国共通で、
『低めにボールを集めること』につきます。


特に軟球の場合、低めの球は有効です。
低めに投げておけば、打者がコンタクトした瞬間、
バットにボールを乗せる感覚を得るのは難しいので、
長打の危険性を減らすことができます。


個人的な感想ですが、投手は打者に対して、
『角度』をつけていくことが、有効な武器になると思っています。
投手がボールをリリースしてからホームプレートに到達するまでに、
どうやって角度をつけるのか。
  
角度をつける方法は色々ありますが、
普通はリリースポイントを高くしたり、
サイドスローの投手は横から角度をつけているわけです。
アメリカだと、右投手は三塁寄り、左投手は一塁寄りに
踏み出すクロスステップをする投手もたくさんいます。
これも角度をつけて打ちにくくする投手の
工夫といえるでしょう。

365日続けた10分間の素振り
2008年06月09日 (月) | 編集 |
イチローは野球がうまくなる秘訣を、こうはなしています。  
『小さい頃、お父さんとキャッチボールを
 やりたくて、やりたくて仕方なかった頃の気持ち、
 それを大人になってから、いかに持続するかだ』―と。


イチローにも、今日はバットを持ちたくない、
と思う時がある。
  
だから、オンとオフをハッキリさせるなどして、
そうならないよう色々と工夫していました。


ただ、こんな話もしていました。
イチローにとって、高校時代、1つだけ誇れることが
あるとすれば、それは
  
『寮に帰ってから、365日、1日も休まずに最低でも
 10分間は素振りをしたこと』だそうです。


簡単なことのようで、非常に難しいことです。
こうした継続する力を持っているイチローだからこそ、
休むことの大切さにも気付いたのだろうし、
また、それについて語る資格があるのだと思います。


        『Hit&Run』  イチローの恋人・マー君の恩師
                    奥村幸治(宝塚ボーイズ監督)
                    「リアル・ベースボール」より




引退後も『第2の夢』見よう
2008年06月06日 (金) | 編集 |
埼玉県ふじみ市に、うどんの人気店がある。
昼時になると、行列ができるほど。
店の名を『讃岐うどん 條辺』という。
主人は、巨人に在籍した條辺剛さん(26)。
  


條辺さんは2005年オフに退団。
本場・香川県の店で修業し、この春、自分の店を開いた。
條辺さんに店の休日、ゆっくり話を聞いた。
その中で意外だったのは、
  
飲食店の開店が少年時代からの夢だったという話だ。  

『小学校の文集で、1番の夢が飲食店経営で、
 2番がプロ野球選手と書いたんです。
 うどん屋ではなかったんですけど、
 そういう意味では、幸せですね』―。
  


肩を痛め、プロ野球人生が、6年で終わったことは
確かに辛いことではあった。
  
しかし、店を成功させることは子どもの頃からの
もう一つの夢に挑戦することでもある。
  
巨人時代、速く、キレのある球を追い求めたように、
今は、コシが強く、形のいい『條辺うどん』を
追い求めている。
  


日本野球機構は昨秋、
『セカンドキャリアサポート』事業をスタート。
引退した選手の就職相談とあっせんを行っている。
  
担当の手塚康二さんは  
『プロ野球選手は、一般社会への就職が怖い、
 という意識があるようだ』と語る。
  
手塚さんのよると、野球選手は引退後、
野球以外の世界がわからないため、
できるなら裏方でも残ろうとする人が多い。
しかし、野球界で働ける選手は限られている。
困難は多いかもしれないが、條辺さんのように、
別世界で、夢を見つけることも可能だ。
  


『「おいしかった」と言われることが一番嬉しい』と條辺さん。
引退した選手が消息不明になったニュースなど聞くと、
やりきれない。
  
條辺さんのような生き生きとした姿を、
現役時代に応援したファンも望んでいる。


       『讃岐うどん  條辺』
          ふじみ野市上福岡1の7の9

                読売新聞 『熱視線』より
                            荒井秀一氏
           

劇的にアジア市場への関心増した
2008年06月05日 (木) | 編集 |
サンケイスポーツ 『MLBロッカールーム』より。
レンジャーズ・環太平洋地区スカウト部長
ジム・コルボーン氏の連載を今回は紹介します。


7年間着たユニホームに別れを告げ、
今季はスニーカーにジーンズ姿で観客席に座っている。
ドジャースとパイレーツの投手コーチを経て、
レンジャーズの環太平洋地区スカウト部長に転身。
通うのもドジャースタジアムやPNCパークから、
東京ドームなどの日本や韓国、台湾の球場になった。
アジアの空港を飛び回っているため、5ヶ国語で
『ビールをもう1杯』と言えるようになった。


この仕事をするのは初めてではない。
オリックスで投手コーチを務めた後、96-00年に
マリナーズのスカウトとして
“魔神”佐々木やイチローの獲得に携わった。
韓国の高校生や豪州の選手も入団させた。


スカウトに戻って改めて痛感したのは、  
米大リーグ球団のアジア市場に対する関心の高さだ。  
球場で他球団のスカウトに会う回数が増えたし、
レンジャーズには私以外にもアジア球界に精通する
スタッフがいる。
  
例えるなら、昔は好きなリンゴを選べたが、
今はリンゴの木を探すのさえ難しい状況だといえる。


アジア各国の反応も一変した。
10年前は大リーグのスカウトが珍しく、歓迎してくれた。
日本ではバックネット裏の席だけでなく、
ホテルまで用意された経験があるが、
イチローや松井秀喜が移籍してから風向きは変わった。
  
国内の野球のレベルや人気を落とすと批判され、
韓国の新聞では
『青い目の釣り師。
 右手に大金、左手に契約書』の見出しで報じられた。


私は、自分の人生ともいえる野球の国際化が、
米国や大リーグ以外の国やリーグにも
好影響を与えることを心から願っている。
単に情報を集めて、選手を連れてくるのではなく、
双方にプラスになるようなスカウト活動をしていくつもりだ。
  

                            (訳・ 田代学氏)


薬物への『意識』と『知識』の徹底を
2008年06月05日 (木) | 編集 |
1970年代から80年代にかけて、米大リーグでは  
『グリーニー旋風』が吹き荒れた。
ほとんどの球場でトレーナー室には無造作に瓶ごと置かれ、
選手は常備薬のように服用していたという。


ニューヨーク・タイムズのジョージ・べクシー記者が
こんな騒動を紹介している。
  

― ピート・ローズ(レッズ)もこの薬の常習者で、
  試合前に服用したはいいが、直前に雨で開始が延期になった。
  待っている間に薬が効き出したローズは、
  ロッカーで壁に頭を打ち付けたり、
  大暴れを始めてしまった。
  ローズは常に全力プレーが売り物だったが、
  体はボロボロ。
  それでもファンが求めるプレーをするために、
  グリーニーで“ハイ”になるしかなかった―
  


実は日本でも、グリーニーの使用疑惑はウワサになっていた。  
そんな中、巨人のゴンザレスがドーピング検査で陽性反応が出た。
グリーニーの特徴的な成分が検出され、
機構からは1年間の出場禁止処分が下され、
球団からは契約違反で解雇を通告された。


ローズのケースでも分かるように、
ケガなどで体が思うように動かないときに
この薬は効果を発揮する。
ゴンザレスはリウマチの持病があり、
その中で激しい外国人選手枠の争いがあった。
  
だからといって正当化されることではないが、
グリーニーはステロイド系の薬物に比べ、
ワラはもすがる気持ちの時に手を出しやすい。

誘惑を断ち切るのは、選手個々の強い意志しかないともいえる。   


巨人は事件後、即座に選手に注意を喚起し、
個人面談などでサプリメントを含めた服用薬のチェックを
徹底する方針を打ち出した。
もちろんそこで『禁止薬物を使っています』などという選手は
いないが、
こうした個人面談は12球団に必要なことだろう。


とにかく『意識』と『知識』を徹底させる。
そこからだ。
  

            サンケイスポーツ 『球界インサイドリポート』より
                      スポーツジャーナリスト 鷲田康氏
交流戦のもどかしさ
2008年06月04日 (水) | 編集 |
この方式になって2年目になるが、やはり馴染めない。
昨年から各カード2試合ずつになったプロ野球の交流戦。
なんだか、試合途中で放送を終了する野球中継を見ているようで
もどかしい。


大学野球のような勝ち点制ではないが、
2勝1敗(または1勝2敗)と、1勝1敗では
首脳陣や選手の気持ちが違って伝わってくる。
野球は年間144試合も戦いながら、
勝率5割台でも優勝が決まる特異な競技。
2勝1敗を積み重ねていくチームが優勝争いするのであって、
逆に3ケタを食らうと、ダメージが大きく一気に順位を下げる。
1勝1敗で終わりというのはなんとも微妙な感覚だ


『野球は心理の戦い』とは楽天・野村監督が口にする言葉だが、
心理戦だからこそ、日本シリーズのように
同じ相手との試合が続いても観衆は飽きない。
事前に情報収集し、実際の対戦でデーターを確認し、
相手が作戦を変えてくるかどうか見極める・・・
野球だからそこに面白みが見い出せるのであって、
いくらマンチェスターUとチェルシーの好カードでも
7試合続けてやられたら、
サッカーファンは食もたれになるのではないか。
  


もう一つ、2連戦の問題は、ファンの曜日感覚まで麻痺させる点だ。
先週26日の月曜日、フルカード6試合行われていたことに驚き、
翌火曜日、ラジオをつけてもどこも放送していないことに
落胆した人もいるのではないか。


野球人気が下がり、今や日本人の根付いているとは言えないが、
それでも昔からのファンは火曜日から3連戦、
相手を替えて金曜日から3連戦の方が安心感がある。
144試合の長丁場だけに、
選手もファンもリズムを崩さないことが大切なのである。
  


                サンケイスポーツ 『甘口辛口』より
                                    楠山正人氏
逃げ道をつくらない
2008年06月03日 (火) | 編集 |
千葉ロッテ・里崎智也捕手の
『週間ベースボール』隔週連載~Yse,Ican(私は出来る)~より。


もっと良いものがあるんじゃないか、
もっと要領よくできるんじゃないか・・・。
100のうち99%はできたとしても、そういう意識を持つことで、
99%から一気に120%へと、
プラスアルファ的なものまで生まれるんじゃないか―。

これが、僕の野球人としての基本スタンスです。  


打撃フォームについてもそれは同じで、
100点満点なんて僕には有り得ない。
  
『これで完璧』と思ったことは一度もないし、だからこそ、
その完璧さを求めて日々の練習の中で新しいものを探したり、
毎日がベストで臨めるようにやっているわけです。
  


プロになってから、左足の位置はいろいろと大きく変わって
きました。
でも、自分で自分のフォームが個性的だとか変わっているとか、
別に思わない。
  
『なぜ、そういう構え方なの?』と聞かれたら、
『楽だから』としか答えようがないです。
実際にピッチャーを見やすいし、タイミングも取りやすい。
また過去に、指導者から何か言われたり修正されたりした記憶も
ないです。
  


小2で野球を始めた時から、そういう環境にあったのかも
分からないけど、できた(打てた)というのも
大きかったと思います。
  
つまり、人からケチを付けられたくなければ、
結果を出せばいい。それだけのこと。
  


それじゃぁ、僕の打撃フォームは全部が全部、自己流かと言えば、
決してそんなことはない。
1人で好き勝手にやったところでしょせん、限界がある。
どうするかと言うと、
  
『この人の良いところは何なのだろう』と、
まずは打てる人をよく観察して、
気付いたことを試したり、感じたことを意識してみる。
そしてそれが良ければ採り入れるし、
自分に合わないと思えば省く。
その積み重ねで、自分のやりやすいようにアレンジしていった
結果が、今のフォームです。
  


具体的に言えば、僕の手本、教材となったのは、
福浦(和也)さんのフォーム。
  
自慢じゃないけど、福浦さんのバッティングのビデオ(映像)は、
自分のビデオ以上に見ている。
特に僕が一軍に出始めの’01年頃は、
福浦さんのビデオを福浦さんと一緒に延々と見ていました。
それも試合が終わってから1時間とか、平気で。
福浦さんは当時の首位打者で、やっぱりマリーンズで
1番のバッター。
身近にいるのに、良いところを盗まない手はないし、
福浦さんがまたそれに付き合って話もしてくれる、
器の大きい方でもあります。
  


僕の打撃フォームを鏡に映すように左右を正反対にしてみると、
福浦さんのフォームに何となく似ているはずです。
僕は右打ちだけど、左打ちの福浦さんをいつも鏡と思って
見ているから、逆にやりやすい。
  


まぁ、どんなバッターにも良い部分があるだろうし、
悪い部分もあるかもしれない。
それを最初から探そうとするしかないか
(好奇心や探求心を抱けるか)、またそれも一つしか探せないのか
三つ探せるのか、それによって先々の答えは全然、
変わると僕は思っています。
もちろん、どんなに優れている教材でも、1から10までは
コピーできないし、お手本は別に複数いてもいい。
  
要はそれを意識したり試したりしていく中で、
自分に合うか合わないかを しっかりと判別する事が
大切になってくる。
  


でも何より重要なのは、自分の目で教材を見つけて
良い部分を盗むこと。
  
人から強制されるのが僕は苦手だし、
自分で納得してやるからこそ妥協もしない。
その結果、ダメだったら自分でまた何とかしようとするし、
良ければまた違うことにもトライできる。
それがもし、人に言われたことを言われるままにやったとすると、
ダメでも人のせいにできる。
  
野球選手に限らず、最初からそんな逃げ道を作ってしまっている人、
あなたの周りにもいませんか?





狙わない でも不満
2008年06月03日 (火) | 編集 |
ヒットは出るが、一発が出ない。
5月は3割5分の高打率ながら、18日を最後に
2本塁打のみ。
  
現在、リーグ打率首位(3割3分)の背番号55は、
満足感を覚えるのか。
答えはシンプルな言葉に隠されている。
  
『いかに自分のバッティングをするかが大事』―。  


ツーシーム、シンカー系は外に逃げ、沈む。
不得手とした球種を実にうまく、逆方向へ打ち返している。
  
例えばマリナーズの先発右腕、シルバはシンカーを多投する。
4日は3回に、左翼線へ同点適時二塁打を放ち、
24日は2回、左中間二塁打で先制機を広げた。


5月の35安打中、12安打が左方向。
逆方向へ、さらなる飛距離を求めれば、トータルの本塁打数は
増えるはず。
  
だがこれは、今の打撃スタイルにそぐわない。  
本来、なるべくボールを呼び込んで、
上から強くたたくスイングイメージだ。
しかし、外へ沈むボールを無理して上げようとすると、
ボールを迎えるようなアッパースイングになりがち。
これは本意ではない。
  
『今度は引っ張る打球のイメージが変わっちゃう。
 内に入って来たボールに詰まることが多くなる』―。

つまりアッパースイングが、今のスイングよりも
遠回りの軌道を描く分、ボールを捕らえるまでに遅れが生じる。
またアッパーは、ボールの上っ面をたたいたゴロを打つリスクも
高くなる。

『ボールに合わせ、一瞬にしてスイング軌道は変えられない。
 いろいろやってみたけどね』―。
  


適応と進化のため、試行錯誤と苦悩を重ねた6年目の言葉は重い。
そうしてたどり着いた、精度の高さと長打のバランスだろう。
  
上からたたくイメージを保ちながら、外へ沈むボールに対応する。
内寄りに来れば右方向へさらに強い打球を飛ばす。
本塁打はそこで稼ぐ。
狙いはしない。だが、
  
『芯に当て、角度がつけば、
 いい時は勝手にフェンスを越えていく』―。
本塁打はより良い打撃の体現だ。
だから、結果としてのオーバーフェンスは常に意識の片隅にある。
  

『良かったり悪かったり』―。
打率トップの彼は言う。
  
 
『自分のバッティング』の中で、好打に納得する一方、
強く引っ張るべきボールを打ち損じた不満も漂う。
追求心なくして不満は生じない。



              読売新聞 『松井秀喜 ’08』より
                              小金沢智氏

せいちゃん、がんばれ!!
2008年06月02日 (月) | 編集 |
この所の雨で公式戦も順延になり、
なかなか試合をこなせないでいます。
昨日は久しぶりの快晴で、H大会(ニッカンスポーツ主催)の
予選が1週遅れで始まりました。
無事に決勝トーナメントに進出し、今度の土曜日、
運が良ければ2試合目に決勝、悪ければ3試合目。
ピッチャーの消耗を考えると、
試合数を一つでも減らしたい所です。
昨年、決勝で負けてしまった
宿敵、Kチームとの決勝対戦できることを願いたいものですが・・・。


今回、このブログに足を運んで読んで下さった方々に、
私からこの場を借りてお話ししたいことがあります。

実は、今回の大会に、友人の息子さん(勇汰と同級生)が
出場していることを知っていて、
『どう?そっちは?』―とメールで送ると、
衝撃的な返事が返って来ました。

『誠一郎、来てないよ。
5/19~入院しているんだ。
 急性リンパ性白血病になっちゃった』―。

その後、何度かやり取りをしていましたが、
私は周囲の目を気にする事もなく、目からは涙がボロボロと
溢れて止まりませんでした。


彼女は私と小・中・高と12年間一緒の学校に通い、
地区も一緒とあって、特別仲が良かったわけではないのですが、
お互い気の知れた間柄です。
何も言わなくてもお互い分かり合える仲・・・といった感じの。


身近にこんな辛い病を抱え戦っている友人がいることに、
神様を恨みたい想いでいっぱいでしたが、
彼女はとても強靭な精神の持ち主で、負けず嫌いな人です。
息子さんもママに似て強い子だと思います。
家族みんなで正面から病気と向き合い、明るく頼もしいブログを
書いています。
是非、ご覧下さい。

http://b44.chip.jp/messn 『誠一郎 がんばれ』


明るい明日を願って・・・。