日々様々なスポーツ界での出来事や、気になった記事を取り上げ考えていくブログです。
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改修後の甲子園に物申す!!
2008年03月31日 (月) | 編集 |
カネやんの『ワシの話を聞きなさい』より。

 ―さて、野球といえばセンバツも盛り上がっていますが、
  金田さんはどうしても言っておきたいことがあるとか。 

カネやん)(グッと目を見開いて)この前、安房高校のサードの子が
      カメラマン席に突っ込んでいったやろ。
      あれを見とって寒気がしたんや。
      ベンチにしてもそうやが、なんで選手が落っこちるような
      構造にしたのかね。
      あれで首の骨でも折ったらどうするの。
      せめてネットを張るとか(重くて頑丈な)テレビカメラは
      別の場所で撮るとかできんもんかね。

 ―幸い大きなケガにならず、その選手が決勝打を放ちました。

カネやん)結果オーライじゃダメなの。
      甲子園はプロの選手だけじゃなく、高校生も使うんやから、
      そのときのことを考えないと。
      プロと違って、高校生は後先考えず飛び込んでいく
      もんなんだよ。
      いまの日本は、そういう想像力が働かなくなっているのが
      悲しいね。
      道を歩いていたら殺されるし、球場で野球をやっていたら
      ケガをするというんじゃあ、なんにもできんようになる。
      これからの国民は、こういう世の中矛盾を見逃さず、
      一致団結して正しく行くべきだね。


≪カネやんQ&Aコーナー≫

Q)メジャーには投球制限があって、松坂投手が苦しんでいます。
  日本はそこまで厳しくないと思うのですが、
  どちらが正しいのでしょうか。

カネやん)日本のピッチャーは重心が低く
      下半身を使って投げるから、
      メジャーのピッチャーより肩の負担は小さい。
      だから、100球にこだわることなんてないんだよ。
      ただ松坂は球団が何十億も使ってとってきた
      ピッチャーやろ。
      もしものことがあったら、莫大な保険金が動くような
      問題になる。
      投手コーチやチームドクターの責任問題にもなるから、
      松坂自身も勝手なことはできんのや。
      金をもらい過ぎるというのも、
      窮屈なもんなんだよ。

   
          
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わずかなチャンスをこの手に
2008年03月30日 (日) | 編集 |
隠善(いんぜん)智哉という育成選手からスタートした
巨人の外野手が、26日公示の開幕一軍メンバーに
名を連ねた。
なんともインパクトのある名字だ。
『ぜん』が肉月だと陰膳(かげぜん)風で
しんみりしそうだが、『善』だから、
いかにも陰に隠れていた好素材に光が当たった感じで
つい興味をひかれる。
  


『隠善』は全国的にも非常に珍しい名字で、
広島県東広島市内に7世帯あるだけという。
忍者の末裔(まつえい)という説もあったようだが、
定かではないらしい。
本人は『学校の給食でインゲン豆が出ると“インゲン、インゲン”と
からかわれるのがいやだった』とか。
 


広島国際学院大から育成ドラフト4巡目で昨年入団。
1メートル74と小柄ながら昨秋のキャンプで打撃センスのよさが
首脳陣の目に留まり、今月21日に支配下登録された。
本紙評論家の江本孟紀氏は
  
『ドラフトで指名され、高い契約金をもらってチヤホヤされ
 “オレはエリート”と勘違いしている選手とは根性が違うはず』
と話す。
  


実は江本氏も似たような道を歩いた。
熊谷組時代の昭和46年2月、ドラフト外で話が舞い込んだ
東映(現・日ハム)と契約し、すぐキャンプに合流。
開幕一軍をもぎとった。
  
『その年の100人新人が入っていたとしたら私は100番目の選手。
 最初は相手にされなかったが、“こいつらに負けるもんか!”
 と必死だった。
 隠善も同じだろう』―。
  


金にあかせて、よそから次々と大物を連れてくるのが巨人と
思いきや、わずかなチャンスをしっかりつかんだ若手もいた。
伸び悩んでいる“エリート組”に与える刺激も大きいだろう。
並み居るスター選手の陰に隠れることなく
活躍してほしい。


            サンケイスポーツ 『甘口辛口』より
                               今村忠氏  


≪日本語 日めくり―潮時(そろそろ行ってみようか・・・)≫  

何かを行うときを例えるのが『潮時』。
潮の満ち干から、漁に出る時機を判断したのに
由来する言い方だ。
『引退の潮時』『潮時を見て引き揚げる』といった
用例を掲げる辞書も多く、『引き際』『去り際』を指して
よく使われる。
盛んだった勢いが弱まっていくのを言う
『潮が引く』などを連想し、断念や衰退のイメージが
付いてしまったのかもしれない。
  
だが、本来は『ちょうどよいとき』の意味だから、
好機のチャンスの場合にも使っていい。

  
 

   
桑田真澄投手、お疲れ様。
2008年03月29日 (土) | 編集 |
楽天・野村克也監督の素晴らしいコメントが、
スポーツ新聞に載せられていました。
さすが、野村監督!と思わせるコメントです。
短い文面の中にも、温かさが伝わります。
是非、読んでみて下さい。


『米国に行ってからも新球を覚えるなど、
 あくなき探求心と向上心を感じさせる選手で、
 まさにプロフェッショナルだった。
 人間、時代と年齢には勝てないというが、そういうことだ。
 今後は何をするか分からないが、
 あの探求心があれば、磨かれていくだろう』―。
  



長い間現役の選手として戦ってきた“同士”をいたわる
後輩思いの野村監督。
同じ境遇であった立場だからこそのコメントだったのだと
思います。
桑田投手、本当にお疲れ様でした。
全ての野球選手のお手本です!

松井秀喜の人望
2008年03月29日 (土) | 編集 |
松井秀喜を手塩にかけて可愛がってきた
長嶋茂雄巨人名誉監督(72)も
愛弟子の結婚を祝福した。

『今朝早く、電話で知らせてきましたよ。
 “結婚します”とね。
 心なしか声が弾んでいたような気がしました』―。

巨人監督に復帰した直後の92年11月のドラフトで、
中日、阪神、ダイエーとの競合の末、
星陵高校のスラッガーを引き当てた。
それから15年以上に及ぶ師弟関係だ。

巨人の4番に育てるべく『1000日構想』を立て、鍛え上げた。
試合前に東京・田園調布の自宅に呼び寄せ、
素振りをさせることもしばしば。
ヤンキースへ移籍後も国際電話をかけて素振りをさせ、
受話器から聴こえるスイング音で不調の原因を指摘した。
ゴジラも帰国すると必ず長嶋氏と会食する強い絆だ。


『松井君の事だから、しっかりした人を選んだに
 違いありません。
 これでグラウンドに一層集中できるはずです。
 奥さんにはバックアップをよろしく頼みたいところです』―。


長い独身生活に食事や環境のことを心配していたが、
ミスターもようやくひと安心。
最後に手術明けの厳しいシーズンに臨む愛弟子に
熱いエールを送った。
『これで松井君の心機一転のシーズンが期待できるという
 ものです。
 まずは、おめでとうですね』―。


 
これがメジャーリーガー(後)
2008年03月27日 (木) | 編集 |
福留孝介が米大リーグ移籍を機に改良したことがある。  
『右翼からの送球』。  


ゴールデングラブ賞を4度獲得した中日時代は、
あまり深く考えず、テークバックを大きくとって投げるだけだった。
  
転機は、右ひじ遊離軟骨クリーニングの内視鏡手術を受けた
昨年8月。
  


『右ひじに負担をかけず、力強い返球をするには
 どうしたらいいか』―。
  
新たなスローイングは逆にテークバックを小さくし、
肩甲骨を引きつける動作を意識。
右ひじを目標の正面に向けてから右腕を振り抜く。
  
スポーツ医の瀬戸口芳正氏=みどりクリニック院長=に
分析してもらい、
医学的にも理想的なフォームになったという。
  


昨年11月から新スローイングに着手した福留。
『右ひじは問題ありません。
 思い切って投げますよ』―。
シーズンに向けて“メジャー型ロケットアーム”は
準備万端だ。


                      サンケイスポーツ 広岡浩二氏
これがメジャーリーガー(前)
2008年03月27日 (木) | 編集 |
ヤンキース・松井秀喜外野手(33)が大リーガーになった
今でも重視している練習が
素振りだ。
キャンプでは部屋で振り込む。
野球少年や高校球児、草野球命の会社員らに向けた
  
ゴジラ流素振りの極意とは・・・。  


『投手の姿を思い描き、球種とコースを考える。
 球の高低、内外角。
 直球を打ちにいきカーブのタイミングで打つとか、
 自由な想像も素振りでは可能。
 僕はどの球、コースでもセンターに打ち返すイメージで振ります』。
  
また、「明日対戦する投手」や「前回打ち取られた投手」など、
相手をより具体的に設定すると効果的だという。
  
大事なのは「ただ振る」のではなく、
「本番をイメージして振る」こと。
  
『音でスイングの切れを確かめる。
 鋭いと空気を切る音がビュッとする。
 鈍いと音がボワッと割れる。
 音の違いは長嶋(巨人終身名誉)監督とやっているうちに
 分かるようになりました』―。


この域に達すれば、あなたも大リーガーになれるかも・・・。  

                    サンケイスポーツ 阿見俊輔氏        



~日本語 日めくり~
*えにし ― とわに結ばれて二人・・・*

つながり、ゆかりの意。
『浅からぬえにしで結ばれたふたり』など、
男女の間柄について言うことが多い。
『縁』の『ん』が『に』に転じた言い方『えに』に、
助詞『し』を続け、『えにしあらば』のように使われたところから、
『えにし』で一語と意識されて生まれたもの。

『し』は、上の言葉を強調する働きがある。
『旅にしあれば』や、『生きとし生けるもの』
(この世に生きているあらゆる生き物)の『し』もこの助言だ。
現代語でも『必ずしも』『果てしない』といった
言い回しに残っている。
  


今朝、ビッグニュースが飛び出た。
松井秀喜がようやく・・・結婚!!
本人の会見は今夜9時頃あるとのこと。
本当におめでとう!!
 
1年春から4番務めた『ゴジラ2世』
2008年03月27日 (木) | 編集 |
2年ぶり4度目の頂点を目指す横浜のルーキーマンは、
1年生スラッガーの筒香(つつごう)だ。
『まずはチームバッティング。
 できたら甲子園でホームランを打ちたいですね』―。
1㍍83、85㌔と堂々たる体格の16歳は、
大舞台で大ブレークの可能性を秘めている。


和歌山出身で、中学時代はボーイズリーグの世界大会に出場。
地元の強豪、智弁和歌山やPL学園からも声がかかったが、
自ら横浜を選んだ。
『松坂さん(現・レッドソックス)に憧れていたので』―。
横浜が松坂を擁して春夏連覇を果たした98年夏、
当時6歳だった筒香は甲子園で試合を観戦。
中でも、ノーヒットノーランで優勝を決めた決勝の
京都・成章戦は大興奮した。


入学後は、1年春から4番を務め、既に通算19本塁打。
昨夏には、フリー打撃で学校側を慌てさせた。
グラウンドの右中間後方にあるマンションまで届く
推定飛距離145メートルの打球を放ち、
右翼後方だけに張られていた防護ネットが
右中間まで延長された。
その長打力について小倉清一郎部長は、
『ゴジラ2世。松井秀(現・ヤンキース)の1年生の頃と同じくらい』
と評価。
現在は中学以来となるスイッチヒッターに挑戦中で、
飛距離は本来の左打席にもひけをとらない。


大阪桐蔭から日ハムに入団した中田翔に代わり、
今年は横浜の大砲に注目だ。


≪視力のためにマンガは禁止≫

取材の際、寮の部屋に入れてもらった。
高校生なら誰もが好きなマンガ本が全くない。
目立つのは、窓際に飾られたユニホームと筋トレ用のダンベル。
『マンガは目に悪いので読みません。
 野球には視力が大切なんで』―。
テレビもほとんど見ないそうで、音楽を聴きながら行う
ケガ防止のストレッチが日課だとか。
16歳ながら、その自己管理には頭が下がる思いがした。


≪筒香嘉智 (つつごう よしとも) ― 両打ちスラッガー≫

1991年(平3)、11月26日、和歌山・橋本市生まれ。16歳。
小2から和歌山ニューメッツで野球を始め、主に三塁手。
中学時代は堺ビックボーイズに所属し、
4番打者として通算30本塁打を記録。
横浜高では1年春から「4番・三塁」。
1㍍83、85㌔。
右投げ両打ち。
大声で「F××K!」・・・米国人観客もマナー守れ!
2008年03月26日 (水) | 編集 |
昨日に引き続き『イデスが見た ニッポンのやきゅう』より
お送りします。


ボストンでも日本開幕戦は注目されている。
『ボストン・グローブ』紙では、コラムニストと若手の
女性記者、カメラマンに私の4人を派遣。
時差で試合終了がボストンの午前中になるため、
まずはウェブ用の原稿を出稿したり、ブログを更新。
改めて新聞用の記事を書く予定。
米国で米大リーグを取材している日本人記者の苦労が
実感できそうだ。


日本では松坂や岡島を中心に報じられているが、
私はこの開幕戦をきっかけに
日本の野球や文化が地元・ボストンのファンや読者に
伝わるように心掛けてきた。
西武ドームを訪れて入札金の使い方を尋ね、
“松坂の後継者”といわれる涌井らをインタビュー。
少年時代に所属していたリトル・リーグも訪れた。
ライバル紙の『ボストン・ヘラルド』は
大阪まで足を運び、松坂と甲子園の特集記事を組んでいた。


かつてレ軍がドラフトした西武の新助っ人・キニーとは、
通勤に利用しているという西武線に同乗。
長男の出産に立ち会った松坂とは対照的に、
妊娠中の妻を米国に残して来日している話や、
日本に1日も早く適応するために電車を使ったり、
和食に挑戦している話を聞くことができた。
メジャー1年目の日本選手と共通する点も多い。


前日23日の巨人戦では大声で
『F●●k』と叫び、周囲を不快にさせている米国人の観客がいた。
同じ国の人間として恥ずかしい。
大リーグの球場ではすぐに警備員から注意されるか、
退場させられる行為。
開幕戦では観客席も大リーグのような
雰囲気になることを願っている。




リトル・リーグに見た松坂のルーツ
2008年03月25日 (火) | 編集 |
サンケイスポーツでの『イデスが見た!ニッポンのやきゅう』
というコラムが載っていて興味をひきました。
今回はこの記事を載せてみたいと思います。


レッドソックスが阪神と東京ドームで対戦している頃、
私は葛西臨海公園の近くにある野球場にいた。
  
松坂の野球の原点ともいえる
『江戸川南リトル』の練習を取材するためだった。
  


まず驚いたのは、到着した途端に全員が駆け足で集合。
整列して、帽子をとって挨拶されたことだ。
帰る際も監督にお礼を言って引き揚げようとすると、
フリー打撃を中断して再び丁寧な挨拶をされた。
  


日本のリトル・リーグは礼儀と基本プレーを重んじると
聞いていたが、これほどだとは思っていなかった。
とても好感が持てた。
父親が海軍だったという有安信吾総監督(66)の
指導もあるのだろう。

 

グラウンド内では常に小走りで移動。
いつも声を出しながら練習しているのも、
米国のリトル・リーグでは見られない光景だった。



土曜日と日曜日の練習時間が8時間というのも、
米国では聞いたことがない。
子どもの頃は飽きさせないように練習時間は短くし、
バスケットやサッカーなど、
さまざまなスポーツをするのが一般的だからだ。
  


子ども達が自転車で通っているのも違うところだ。
米国は通学も保護者の送り迎えかスクールバス。
洲によって差はあるが、ある程度の年齢になるまでは
子どもだけで通学することはない。
  
少年時代の松坂は、自転車で3~40分の距離を
通っていたという。

 

レッドソックス対阪神は取材できなかったが、  
松坂の少年時代を思い描けるようになった。
日米のリトル・リーグの違いも知ることができた、
とても有意義な1日だった。
  


≪ゴードン・イデス≫  

米・マサチューセッツ州ルネンバーグ出身。53歳。
シカゴ・トリビューン紙でのアルバイトからスタート。
ロサンゼルス・タイムズ紙やアトランタ・ジャーナル氏などを経て、
ボストン・グローブ紙へ。
今季が野球記者としては25年目で、
レ軍担当としては12年目。
地元テレビやラジオにも出演し、
レ軍球団幹部の信頼も厚い。

人の心寄り添い優しい人になる
2008年03月23日 (日) | 編集 |
読売新聞の『気流』より。
川崎市・中学生(15)からの投稿です。


『いじめられたら、俺に言えよ』―。
そう言うと、いたずらっぽく笑って見せた人がいました。
3年前、僕が中学校に入学した時のことでした。
  

彼は小学校の同級生。
スポーツが得意で、いつもクラスの中心にいました。
僕は人見知りで友達も少なく、彼と特に仲がよかった
わけではありません。
それでも、僕のことを気に掛けてくれていたと知り、
うれしく思いました。
  

言葉は相手の心を温かく、柔らかくするもの。
しかし、武器として使えば、相手は深く傷つき、
心を閉ざしてしまうでしょう。
  
僕はいつか彼のように、人の心に寄り添えるような
優しさを持ちたいと思います。
  

もうすぐ卒業式。
彼の心配は杞憂(きゆう)に終わりました。
あの時、彼が分けてくれた温かい気持ちを勇気に変えて、
これから出会う友達に自分から声を掛けてみます。
新しい場所で一生懸命、頑張ります。
  



素晴らしい中学生だな、と読んでいて感心しました。
相手に対して思いやりの心を持ち、自ら体験したことでの
“人への配慮”を持つことの出来る15歳に
私も真似をしなくては、と学ばせてもらいました。
若いのにエライな、と心を打たれた投稿でした。
球児流で魅せる奪三振ショー
2008年03月23日 (日) | 編集 |
今日のセンバツ第3試合、対小松島(徳島)に2-0で勝利
した初出場、埼玉・聖望学園の大黒柱は、
エースの大塚椋司投手(17)。
“埼玉のドクターK”が、全国デビューを果たした。

最大の魅力は最速144㌔の直球だ。
昨秋の埼玉県大会2回戦・滑川総合戦で、
自己最多の19奪三振。
プロからも注目されるようになった。

『目標は完封。三振は結果的に取れればいいです。
 このチームが好きなので、チームのために投げたい』―。
本人はフォア・ザ・チームを強調するが、岡本監督は、
『あいつは王様。
 打者に向かっていく投球スタイルで、例えるなら球児
 (阪神・藤川)』と評する。

甲子園での1試合最多奪三振記録(9回)は、
63年春に戸田善紀(PL学園)がマークした21奪三振。
大塚には奪三振ショーと記録更新の期待がかかる。

オフには走り込みを増やした。
強さとバネを兼ね備えた下半身ができあがり、
球威がさらに増した。

『観客を楽しませる投球をしたい。名前を覚えてもらえれば』―。
中学時代は無名で、どの高校からも誘いの声が掛からなかった。
高校で急成長した本格派右腕は、
記録にも記憶にも残る投手を目指す。



 ≪履いて寝れば勝つ ― 勝負トランクス≫

大塚の好投の陰には、お守り代わりのトランクスがある。
『ピンクパンサー』の図柄が入ったもので、
『当番前夜に履いて寝ると負けないんです』―。

4強入りした昨秋の埼玉県大会も、センバツ出場を事実上決めた
関東大会も、自身の当番前夜に履いて願掛けしたという。
トランクスは1枚しかないが、
『毎日洗って夜に履きます』―。
センバツ期間中は“洗濯”も大事な日課になる。


≪大塚 椋司―おおつか りょうじ≫

1990年(平成2)7月24日、東京・福生市生まれ。17歳。
4歳から野球を始め、福生第七小時代は福生フェニックスに所属し、
主に投手。
福生第三中時代は瑞穂シニアに所属。
聖望学園入学後は、2年秋からエース。
家族は母と兄。
1㍍78、78㌔右投げ右打ち。

 
みちのく勢Vへ導く剛腕サウスポー
2008年03月22日 (土) | 編集 |
今日から選抜高校野球大会がいよいよ始まりました。
今回は1日目第2試合、宮城県・東北高校の
萩野祐輔くんに注目していきます。

『東北の剛腕』は仙台育英からヤクルトに入団した由規
(よしのり)だけではない。
みちのく勢初の甲子園優勝を目指し、
東北・荻野祐輔投手(17)=2年=が大舞台に初登場する。
『甲子園では145㌔を出したい!絶対に優勝してきます!!』
MAX143㌔左腕は、4年ぶり18度目のセンバツ甲子園出場を
果たした東北の大黒柱だ。


宮城県志津川町生まれで、4歳の時に仙台市泉区へ
移り住んだ。
入学した館小は、東北高校野球部グラウンドのある
泉校舎に隣接。
荻野少年は下校途中、泉校舎に入って野球部の練習を見続けた。
中学は館小からわずか約300メートル先の館中。
高校は迷うことなく、幼少からの憧れだった縦ジマユニホームの
東北を選んだ。
自宅は泉校舎から約500メートルしか離れていない。
生粋の“東北”人だ。


本格的に硬球を握ったのは高校に入学してから。
硬球を使用するシニアリーグ経験者が中心の現在の
高校球界では、珍しい存在ともいえる。


昨秋から本格的にエースとなり、秋季宮城大会と東北大会で優勝。
昨年11月の明治神宮大会は、準決勝で横浜(神奈川)に敗れた。  
冬場はその横浜戦を教訓に、テークバックを小さくして
腰の回転で左腕をしならせるような投球フォームに改造。

この冬、剛腕に磨きをかけた。
その価値を甲子園で発揮する。



≪4番 宮下 打線の軸≫

東北の公式戦チーム打率は、センバツ出場36校中で
6番目に高い.363。
そんな強力打線の軸は宮下英彦三塁手(2年)だ。
1㍍81㌢、75㌔の右打者は昨夏から4番を打ち、
秋季公式戦の通算成績は打率.467、2本塁打、20打点。
センバツでは『(東洋大)姫路の佐藤投手を打ちたいです』と
MAX144㌔右腕との対決を熱望している。


≪荻野 祐輔 ― 1年秋から背番号「1」≫

1990年(平成2年)7月23日、宮城県志津川町生まれ、17歳。
館小2年の時、館ドラゴンファイターズで野球を始める。
当初から投手。
館中では軟式野球部に所属。
東北高校では1年春の東北大会からベンチ入り。
1年秋と2年夏に背番号1をつけ、2年秋から本格的なエースに。
左投げ左打ち。
1㍍80㌢、79㌔。
家族は両親と兄。

攻守の要 “房総っ子軍団”引っ張る!
2008年03月21日 (金) | 編集 |
明日からいよいよセンバツ高校野球選手権大会です。
今日から注目されている選手たちの素顔や魅力などを
お伝えしていきたいと思います。

まずは、明日1日目第3試合。
千葉県・安房高校2年、岩沢寿和外野手(17)。

≪優れた判断力≫

創部108年目に『21世紀枠』でつかんだ初の大舞台。
岩沢は「街を歩いていても、“おめでとう”と声を掛けられる。
     すごい場所なんですね」と、
甲子園の影響力を改めて実感した。

チーム一の長打力を誇る主将を、
就任13年目の早川貴英監督(43)は1年秋から
1番で起用し続けた。
『外野の間を抜く力など、能力的にチームで抜けている存在。
 一回から無死二塁、無死三塁をつくることで、
 打線が目覚める』という狙いだ。

その期待に応え、岩沢も昨秋の公式戦で放った12安打のうち、
長打は6本を数えた。
“先行逃げ切り”のパターンが定着したチームは、
千葉県大会で準優勝し、関東大会に進んだ。


打つだけではない。
県大会準決勝の木更津総合戦。
優勝候補を5-4とリードして迎えた九回、
先頭打者に右中間を破られた。
中堅から打球に追いついた岩沢は二塁手ではなく、
二塁ベース近くにいた遊撃手へ遠投。
三塁へ転送して打者走者を刺した。
『甲子園を決めたといってもいいプレー』と早川監督も
驚いた瞬時の判断だった。
『情けない試合はできないと、緊張感を持って
 練習をこなせています』と岩沢。

35人の全部員が地元中学出身の“房総っ子軍団”を
引っ張り、憧れの地でも大暴れを誓う。


 ≪冬トレにエアロビ≫

安房は冬場のトレーニングにエアロビクスを取り入れている。
『リズム感を養い、関節の可動域も広がる』と
早川監督の発案で5年ほど前から始めたが、
指導するのは監督夫人の道子さん(41)。
エアロビやチアダンスのインストラクターでもあり、
12分間の振り付けも全て1人で考えた。
最後は大塚愛が歌う「PEACH」のリズムに乗って、
全員でハート型を作ってフィニッシュ。
甲子園でも見せてほしいぐらいの華麗(?!)な演技だった。



 ≪岩沢 寿和 (いわさわ としかず) ≫

―高校で外野手転向―

1990年(平成2)4月28日、千葉・館山市生まれ。17歳。
北条小2年から軟式の北条スターズで捕手。
館山三中でも捕手だったが、安房高入学後に外野手に転向。
1年秋から1番を打つ。
昨秋の公式戦9試合で打率.324、5打点。
家族は両親と姉、祖父母。
1㍍81㌢、76㌔。
右投げ右打ち。


ファンに力 『心のホームラン』
2008年03月20日 (木) | 編集 |
オリックスのというより、西武のカブレラの大ファンだった
15歳の少年が、この冬、亡くなった。

少年は菅公駿くん。
東京都東久留米市に住む中学3年生だった。


公駿くんは「神経芽腫」という難病を患い、
小6の時から入退院を繰り返していた。
  
父の秀明さん(47)によると、
3年半以上にも及ぶ闘病生活で励みになっていたのが、
病室に飾ったカブレラの写真であり、
活躍の映像を伝えるテレビの映像だった。
  


昨年8月、秀明さんはいつ命の火が消えるかもしれない
我が子のために、カブレラとの対面を実現させた。
入院中の病院から球場に来た公駿くんは、
『ホームランを打って下さい』と懇願。
カブレラはその日のナイターで、
6回に大きな当たりを放ったが、
無情にもフェンスは越えられなかった。
父は息子に論した。
  
『公駿、あれはホームランだよ。
 カブレラ選手が、おまえのために打ってくれたホームランだ。  
 ホームランボールだってあるじゃないか、
 心の中に』―。
  


プロ野球選手の持つ力は、計り知れない。  
秀明さんによると、カブレラに会う前の公駿くんは体調が
最悪だったが、その後はしばらく、元気になったという。
  
選手のちょっとしたファンサービスや、グラウンド上での
全力プレーは、それほどエネルギーを与える。
彼にとって、
『心の中のホームラン』が特効薬だった。
  


公駿くんは、西武の開幕戦の相手がちょうど
カブレラが移籍したオリックスとあって、
西武ドームでの観戦を一つの目標にしていたが、
1月29日、容態が悪化し、帰らぬ人となった。
  


公駿くんが楽しみにしていた2008年のプロ野球、
パ・リーグが今日、開幕する。
  
選手達は、もっともっと、自分たちの持つ力を自覚して
素晴らしいプレーを見せてほしい。
ファンは、『心の中のホームラン』を待っている。


                 読売新聞 『熱視線』より
                           荒井秀一氏


『ファンに夢と勇気と希望を与えられる選手になりたい』―。
毎晩寝る前に、プロ野球選手になる夢を現実にする為に、
息子が唱えている言葉です。
息子はこの記事を読んで、
『いつも言っている言葉の意味が分かったような気がする。
自分のプレーを見てもらうことで、みんなの力になれたらいいな』と
更なる向上心を持ちつつ、
プレーする意味を深く感じ取ったようです。


この場をかりて、公駿くんのご冥福をお祈り致します。


※一花さんからのコメントです。
 合わせて載せます。


巨人の尾花コーチが、投手の成長の源泉を「一流の心」
述べてます。
  
SBの斎藤が、ブレイクするまえから、日常の考え方・行動など
一流のレベルだったそうです。
上原は既に一流ですが、同様です。
  
  
こういうスポーツをする以前の心を大切にする事って、
とても大切だと思います。
善人であれとは、思いませんが、勝つ為には、色々あるでしょう。
でも、善人でありたいと願望することが、大事だと思います。
    



私は、息子にプロ野球選手を志す為の『心構え』を、
本人が生活の中で身を持って経験した中で教えています。
半ば聞いていないことの方が多いのですが、
昨秋スランプに落ちいった際、苦しんだ経験を活かし
これから同じ思いをするチームメイトにどう対応し励まして
いったらいいのか、その場に立った気持ちを伝えていけたら、と
スランプだったことを活かす術を自ら得たようです。
これからチームを支えていく立場になったわけですが、
kiyo358さんの息子さん同様、
最上級生としての重責を担うに相応しい
野球少年になって欲しいと願っています。







目指す方向性
2008年03月19日 (水) | 編集 |
先日は夏海さん
今回は一花さんより、とてもためになるコメントを
頂戴致しましたので、
載せてみたいと思います。




はじめまして、中々大変ですね。
私は、企業戦士なので、銀行内での上司のタイプが
「長所指導・自由放任タイプ」「細かく管理するタイプ」など
様々です。
  

丁度身近にいる、中学でクラブチームにお子さんがいる方が、
そのお子さんが3年生で卒団まであと半年のところで、
クラブチームをやめてしまったそうです。
  
理由は、どうも途中から入り、どうも仲間となじめなかったようで、
高校で再度野球を始めたいと思っているらしいです。
  

話は、大きく変りますが、夏海さんのコメントを読んでいて、  
日ハムのダルとロッテの成瀬の週刊べでの対談を思い出しました。  
要約すると、ダルは強豪校での激しいトレーニングが嫌で、
野球の環境の良い東北を選んだそうです。
  
成瀬は、横浜で、とにかく言われたとおりの
激烈なハードトレを積んだそうです。
  
ダルは、よく練習の為の練習はしない投手で、
自分の為の練習が出来る投手だと言われています。
これは、既に横浜・工藤投手のレベルに達しているということです。

 

さて、話は、また飛びますが、PL学園出身の選手が、
プロで活躍する確率が高いのは何故か。
  
名門校の練習方法」という出版物で紹介されていますが、
簡記すると
  
①タイムトライアル
②走者付実戦練習を繰り返し反復。時には特守。
練習後の徹底した自主練習。

①②を繰返すと体力的に相当辛くなり、バットを振るのも
容易でなくなるそうです。
しかし打球は驚くほど飛ぶようになる。
  
理由は、無駄な力が抜け腕力に頼らない身体全体を使った
バッティングをするのに最適だそうです。
そして休日に緊張感のある走者付の実戦練習をすることで、
実際の試合のほうが緊張しなくなるそうです。
  

PLの選手は、長所を徹底的に伸ばすそうで、
その為プロでも清原、福留、立浪らタイプの違う選手が
生まれているそうです。
  

最後にSBの王監督の話をご案内しましょう。   
王監督は、野球界もサッカー界のように指導者の資格制度導入を
コメントしてます。
  
今は、個々の経験だけで指導している為、
人により格差が大きい事と、プロ向きもアマ向きも体格を考慮せず、
同じ練習をさせる指導者がいる。
  
王監督は、指導者の基礎知識の向上の為にも
資格制度導入を訴えてます。
  


追記ですが、私の大学の先輩は、高校時ある世界選手権チームの
主将でしたが、その人の言葉に
  
「世界チャンピオンは、小学生の時から、
考え方は世界チャンピオンなんだよ」という言葉があります。
  
他人から教わらなくても、自分で一流の考えを持っているのが
世界チャンピオンだそうです。
  

以上、話が、あちこち飛びましたが、
それぞれ僕としては、つながりのある事をご紹介したつもりです。 

 


一花さんの素晴らしいコメントに、改めて考え直させられました。
『自分の居心地のいい環境つくり』を、自ら見出す能力を見に付け、
最終的に自分で決断しなくてはならないのですから、息子には
これからの時間を大切にしていって欲しいと思います。
『他人から教わらなくても自分で一流の考えを持つ子』
になって欲しいなぁ・・・。
ちょいと無理っぽい・・・です、今のところ。


とても参考になる文面でしたので、コメントで収めるのは
もったいなく、載せさせて頂きました。
一花さん、ありがとうございました。




カネやん質問コーナー
2008年03月18日 (火) | 編集 |
カネやんの『ワシの話を聞きなさい』より。
質問コーナーをお送りします。

Q)いよいよシーズン到来! ファンはどういう所に注目して
  見ていけばいいですか?

カネやん)キャンプの期間中、新聞やテレビで選手の情報を
      見たり聞いたりしたでしょう。
      それを、しっかりと自分の目で実力を確かめて欲しいね。
      特に、球場に来て見てみれば一目瞭然だから、
      プロのレベルがどんなもんで、
      新しく入った選手がどのレベルにあるかを、
      自分なりに吟味してちょうだい。


Q)今年、中学生になる プロ野球選手にあこがれる息子がおります。
  中学でやるのは軟式の野球部と硬式のシニアリーグと、
  どちらの道がベストでしょうか?

カネやん)早くボールに慣れるという意味では、硬式をやった方が
      ええやろな。
      メジャーリーグに行った松坂たちが苦労しているように、
      ボールの感覚というのはデリケートなものがある。  
      ただし、大きな意味でいえば、硬式も軟式も
      野球であることには変わりない。
  
      むしろ問題は、どのチームに入るかや。
      自分に合ったチーム、自分が思いっきり野球できる
      環境でプレーすることが、
      その後につながっていくと思うよ。


 この中学生のお子さんを持つ方の相談。
 私の先日のブログのコメントに、とてもためになることを夏海さんが
 書いて下さったので、合わせて一緒に紹介したいと思います。  




 私は少年野球や教育についてのノウハウはありませんので、
 素人の戯言程度の意見ですが。
 横浜高校は「勝利を目指す野球」で、常に次にどうすればいいかを
 体に染み付かせる野球です。
 常葉菊川は「楽しむ野球」で、練習時間も短く、
 選手の好きな練習をやらせています。
 ただ、横浜高校の選手が野球を楽しんでいないわけでもないし、 
 常葉菊川の選手が勝利を目指していないわけでもない。
 その選手にとって、何が一番大事なのか、
 ということだと思います。
 上手くならなければ楽しくない、という選手は
 楽しさを目指しても厳しい環境に身をおいたほうが良いでしょう。
 逆に楽しくなければ上達しない、というならば
 楽しめる環境の方が伸びるのかもしれません。
 指導者は、その選択肢を手伝い、
 フォローアップする立場なのではないかというのが
 私なりの見解です。
  


 足を上げるフォームですが、24日に常葉菊川と対戦する
 明豊の金沢が参考になるかもしれませんね。
 駄文&長文失礼致しました。
  

 私のブログのリンクにさせて頂いている夏海さん。
 いつも的確なアドバイスに感心させられ、勉強させてもらっています。
 本当に感謝しております。
 明豊の金沢、参考にします!!
海外へ行きメジャー目指す選択
2008年03月17日 (月) | 編集 |
『決して開いてはいけない』という箱をパンドラは、
好奇心で開けてしまう。
その途端に世の中には貧困、憎悪・・・などあらゆる災難が
飛び散っていったが、最後に箱の中には『希望』が残った。
『パンドラの箱』の話だ。


日本の球界にとってメジャーは『パンドラの箱』だった。  
『わがまま』『自分勝手』『ルール違反』・・・さまざまな
批判を受けながらも、野茂が実質的には最初に
その箱を開けてから、もう13年がたとうとしている。
  
その時、いずれメジャーで20人近い日本人選手が
プレーすると想像した人は、皆無に近かったかもしれない。
  


その野茂が再起をかけてロイヤルズのキャンプに
参加している今年、
もう一人、日本球界の『パンドラの箱』を
開けたかもしれない選手がいる。
  
ドジャースに所属するロバート・ブース投手だ。  
ブースは亜大出身で、昨年の東都大学秋季リーグで
初勝利をマーク。
150キロを越す速球に、数球団がドラフト氏名を狙った
素材だった。
  
だが、アメリカ人の父も3Aでプレーしていたブースは、
夢を選んだ。
契約金はない。
月給も20万円弱のマイナー契約で、ドジャースに入団。
そこから大リーグを目指している。
  


選手会と機構で話し合うFA権の取得期間の短縮は、
『国内8年、海外9年』でまとまる可能性が高い。
国内外で差をつけたのは、選手のメジャー流出を1年でも
遅らせようという狙いだ。
  
そんなときにブースが『パンドラの箱』を開けてしまった。
直接、海外に行って、そこからメジャーを目指す。
  


とりあえず条件のいい日本で腕を磨いて、自信をつけてから
メジャーに行くはず― 球界関係者の中には、
こう高をくくる声も多い。


だが、もしブースが成功すれば、想像を超えて事態は一変
するだろう。
メジャーも日本から直接的な人材捕球に力を入れ、
条件も上がる。
自信のある選手は、続々と後を追うだろう。


夢を追うには9年はあまりに長すぎる。

           サンケイスポーツ 『球界インサイドリポート』より
                                鷲田康氏
精一杯の反抗
2008年03月17日 (月) | 編集 |
今日の練習から帰って来た勇汰の第一声・・・。
いつもの『ただいま』ではなく
『ちくしょう!!』・・・。
どうもA監督とバッティングフォームの件で
すったもんだがあったそうです。

ここの所、バッティングを4年生の頃のフォームに戻し、
ようやく自分の納得いくバッティングが戻ってきて
兆しが見えてきたところで、またA監督に注意されたらしい。
『なんで足を上げる!?』・・・。
A監督は総監督にも勇汰のバッティングフォームの件で
どうして直したのか問い質していたらしいが、
総監督は黙っていたそうで・・・。

実は昨日、遠征試合があり、新チーム同士の対戦をした所、
2試合中、チームでヒットを打ったのは勇汰だけ。
4打数3安打。
3安打の中の1本は、会心の当たりでセンター前ヒット。
このヒットを見て私はようやく長かったトンネルを抜けたな、と
実感し核心を持てた一振りでした。
あのバッティングフォームで大丈夫だ、と。
総監督も見ていて私と同じ思いになってくれていると思います。


ようやく自分自身、自信を持ち始め、“これで行ける!”と
思いを貫こうと思った矢先に
またバッティングフォームに対して指摘され、
A監督に対して11歳なりに怒りをあらわに出した表現方法が、
A監督に対しての涙とムシ。
今までバッティングに自信が無くて、でも自分なりのバッティングは
確立させたくて・・・と悪戦苦闘の日々が続き
ようやく素振りやティーバッティングで体全体に感覚を養い
自信を持ち始めた矢先に水を差され、
悔しさが無視、涙となって11歳なりの反抗をしたようです。
その後、Kコーチが勇汰を慰めて下さり
『なんで泣いた?打てないからか?』―。
勇汰は精一杯『違います!』と答えたそうです。

『聞く態度をとらなければいけない、と思ったけど、
 悔しくて聞く耳を持つことが出来なかった』と
帰って来てから反省していた勇汰。
11歳の子には難しかったようです。

個々の持っている能力をうまく引き出して伸ばしていく方法で
あって欲しいと願いたいものです。
とにかく結果を出さなければ話にならないので、
勇汰には更なる努力をしてもらってA監督を黙らせるくらいの
結果を出して欲しいと思っています。
 



朝食抜かない!
2008年03月16日 (日) | 編集 |
≪好き嫌い無くし・・・≫  
 
開幕二軍が決定した日ハム・中田翔内野手(18)は14日、
千葉・鎌ヶ谷の合宿所で静養。
ダルビッシュ有投手(21)から送られた
『朝食をしっかり食べろ』の金言を守り、再スタートを切る。  
兄貴のように慕うエースの助言は絶大だ。  
中田は食生活の大切さを痛感した。  
『好きな食べ物だけ食べていてはいけない。
 食欲がなくて朝ご飯を抜いたりすることがあったので、
 適量でも食べないと』―。
  

≪プロとしての自覚≫  

これまで朝食抜きで練習に臨むことがあったが、
ダルビッシュから
  
『温野菜や果物だけでも必ず食べておけ』と言われたという。  
合宿所の朝食はバイキング形式で、
温野菜や果物だけでなく、魚や納豆など多くの品目が
バランス良く揃っている。
  
プロとしての自覚も問われるだけに、
『辛抱強くやっていかないと』―。
一軍復帰の道のりは、生活習慣の改善から始まる。
  
打球を予測・・・米で進化した頭脳的守備
2008年03月15日 (土) | 編集 |
パドレス・井口資仁内野手(33)がこだわるのは二塁守備。  
日本でゴールデングラブ賞を3度獲得したが、
『米国に来て守備がうまくなりました。
 いまでも上達しています』―。
と胸を張るほどだ。
  

転機は大リーグへ移籍した05年。  
メジャーの内野は主に土か天然芝で、打球はイレギュラーしやすく
勢いがなくなるのも早い。
待って捕球できる人工芝に慣れていた井口は、
  
『スピードのあるメジャーの打者をアウトにするには、
 何が必要か』を考え抜いたという。
  

結論は頭を使うことだった。  
過去の細かいデーターをインプット。
味方投手の球種、相手打者のスイングの角度、
打者での立ち位置から打球の飛ぶ方向を瞬時に予測することで、
一連の動作がスムーズになり、
送球体勢にも早く入れるようになった。
  
淡々と守っているように見えるが、
実は頭の中はフル回転しているのだ。
  

            サンケイスポーツ 『これがメジャーリーガー』より
                               広岡浩二通信員
『悪評』心得で一掃
2008年03月15日 (土) | 編集 |
丸子修学館は、長野県の古豪、丸子実から昨年4月、
校名が変わった。
春夏11度目の甲子園出場。
夏は1990年を最後に遠ざかり、選抜にいたっては
実に31年ぶり。
この空白には理由がある。  
OBの竹内政晴監督が就任した97年、
丸子実の評判は悪かった。
  
『丸子に行けば、つぶされる』―。
厳しかった上下関係の伝統が、いつしか屈折し、
下級生への暴力が明らかになり、処分されたことも。
有力選手は他校に流れ、地元出身者は一人もいなくなった。
  


約40年前、竹内監督の現役時代も状況は似ていた。
当時は中村良隆監督(現・佐久長聖監督)が、
  
5章74条にも及ぶ『選手心得』を定めて
上級生の暴力を戒め、部を再生した。
  
その心得を復活させ、トレーニングでは大学の専門家の
意見を取り入れるなど、選手の能力を伸ばす工夫を重ねた。
悪評が消えるまで5年の歳月がかかった。
  


今のチームは地元選手が大半。
高く弾んだ内野ゴロ、野手のファンブルで次の塁を狙う走塁は、
古豪らしく鍛え抜かれている。
  
主将の山崎は、
『丸子実の歴史は誇り。
 そこに新しい伝統を加えていく』―。

新生・丸子をアピールする。  
『屈辱』からの復活
2008年03月14日 (金) | 編集 |
懐かしい左胸の『S』の文字が、29年ぶりに
春の甲子園に帰ってくる。
下関商は、1928年に選抜に初出場して以来、
春夏通算22度目の甲子園出場。
63年の選抜では池永正明投手(元西鉄)を擁して
初優勝を飾った。


その後は低迷し、山口県大会1回戦敗退も。
古豪復活について、佐々木大輔監督(40)は、
2試合で50点以上を取られる屈辱的な大敗をした
2001年3月の練習試合を転機に挙げる。
  
見かねた相手監督から『一つのプレーを大切に』と
アドバイスを受けた。
  
徹底的に守備を鍛え、02年、佐々木監督が就任時に掲げた目標
『公式大会の県大会ベスト8』を達成。
一時は20人を割った部員も増え始めた。
  

優勝した昨秋の中国地区大会では、4試合のうち
3試合がサヨナラ勝ち。
  
しかし、明治神宮大会では、初戦の明豊(大分)戦で8回コールド負け。
この日から目標は『甲子園で勝つこと』に変わった。
  
部員達は『自分たちの下商を作りたい』と口を揃える。
それが新たな活力になっている。
少数精鋭が結束
2008年03月14日 (金) | 編集 |
春夏通算26度目の甲子園出場となる
智弁和歌山・高嶋仁監督(61)は、ここまで甲子園で
通算51個の白星を積み上げた。
  
『あと8つ勝つまで、辞めさせてもらえないでしょう』―。
PL学園(大阪)・中村順司元監督(現名商大野球部監督)
が持つ最多勝記録の58勝を射程権にとらえている。
  


箕島(和歌山)、池田(徳島)、PL学園といった昭和の時代に
甲子園を沸かせた強豪と入れ替わるように、
智弁和歌山は平成に入って頭角を現した。
  
『監督の指導が行き届くのは、補欠は1人が限度』と、
部員は1学年10人の少数精鋭主義。
  
部員を徹底的に鍛え、春1度、夏2度の優勝と
春夏3度の準優勝を果たした。
  


豪打がチームカラーと思われがちだが、高嶋監督は
『僕は一度も打撃のチームを作った覚えはない』と否定する。
今大会屈指の強打者と評価が高い4番の坂口真規(2年)は
『監督の下で野球をやっていると、気持ちが大事だということが
 分かる』と語る。
  
厳しい指導の中で熟成されてきた<鉄の結束>―。
勢いづいたら止まらない打線の秘密も、
そんなところにあるのだろう。
中田よ 今こそブルペンに入れ!
2008年03月13日 (木) | 編集 |
中田は、いまこそブルペンに入りなさい!!  
カネやんが、日ハム・中田翔(18)に、キャンプ中に行った
投手練習をもう一度勧めた。
  
新人時代のソフトバンク・王貞治監督(当時巨人)も
行った方法で、体を絞れとの指令だ。
  


  ―中田が苦しんで苦しんでいます。

カネやん)あの子は自分で『やせたら打てなくなる』と
      言っとるんだろう。そこが間違っとるんや。
  
      前にも言ったけど、バッティングはスイングのスピードと
      タイミングで決まる。
      それには、すさまじいまでのキレがないといかん。
  
      ところが、中田は最初の実戦でホームランが出ちゃった
      もんだから、そのことを忘れちゃったんだよ。
  

  ―きっかけをつかむために、いい方法はないですか。  

カネやん)キャンプでやっとったんだから、いまこそピッチングを
      すればいいんだよ。
      ピッチャーの練習が一番体を絞り上げられるんや。
  
      (高卒で巨人に入団した)新人時代の王も、柴田も、
      初めはそうやっていいバッターになっていったもんや。
  
      中田もこの先輩達に負けないピッチングが出来るんだから
      どんどん放るべきだよ。
      一軍だとか二軍だとか決めるより、そっちの方が先や。
  


  ―本人は『二軍でも仕方ない』と言っているようですが。

カネやん)それで、梨田(監督)が、
      『自分で決めることじゃない』と怒ったんだろ。
      あの子もワシと同じように失言が多いから、
      周りがちゃんと教育してやらんとな。
  
      教育しないうちに打つようになっちゃったら、
      収拾つかんことになるで。
  
      とにかく、中田がいい素材であることは間違いない。
      でも、そのいい素材も、うまく味付けしてやらんと、
      いい料理にはならん。
      指導者の腕の見せどころだね。
      まだ若い子だから、厳しく鍛えなくちゃな。

   
自由奔放連覇へ 常葉菊川
2008年03月13日 (木) | 編集 |
兵庫・第一神港商(現市神港)、PL学園に並ぶ
史上3校目の選抜連覇を狙う常葉菊川(静岡)からは、
偉業に挑戦する張り詰めた雰囲気は感じられない。
  
あるのは磨きをかけた技術に対する強い自信だけだ。  


前回大会は、決してバントに頼らない強行が注目された。  
しかし、
『常葉菊川が強いのは守備と走塁が優れているから』
(明徳義塾・馬淵史郎監督)と分析する指導者が多い。
  
内野の守備練習では、基本にとらわれず、
グラブを逆シングルで差し出す選手が目立った。
森下知幸監督(46)も
『監督が抑え込もうとすると、選手の感性が失われる。
 次の送球につながるなら、逆シングルでもいい』と話す。
  


徹底して一つの型に収まることを嫌う。
森下監督が『バントしない常葉の象徴』という
  
2番・町田友潤(2年)は、  
『打席で監督からサインが出たことは数えるほどしかない。
 バットを振って出塁した方がチームに勢いが出る』―。
  


自由奔放なスタイルで、連覇の厚い壁を打ち破るか。
チームに必要 重圧が喜びに
2008年03月12日 (水) | 編集 |
アストロズのキャンプ地・キシミーの球場内にあるグッズ売り場には
早くも背番号3の商品が並んでいる。
全ての選手のものがあるわけではない。
5人ほどの限られた選手のものと一緒に、
松井稼頭央のユニホームやシャツが売られている。
『ありがたいことですよね』―。
アストロズ一筋で3000本安打を達成し、ファンに惜しまれながら
引退したビジオの代わりとしての期待の大きさが表れている。


これまで、重圧に弱いと思われてきた。
だが、今の松井稼の表情、振る舞いに、そんな雰囲気はない。
  
『当然、周りはビジオを意識すると思うけど、
 僕は自分のプレーをするだけ。  
 あれだけの選手だと勝負するというより、
 憧れの部分の方が強いからね』―。
そうさらりと受け止めることが出来る。


かつては、周囲を過剰に意識していたようにも見受けられた。
だが、今は、期待を重圧ではなく、
必要とされる喜びに感じているようだ。
  


自分の原点を見つめ直したことが、変化をもたらした。
一番の武器はスピード。
  
32盗塁を決めた昨季、打撃も守備も、
メジャー移籍後、最高の結果を残した。
  
『一番大きかったのは、走れたこと。
 走ることで、打撃、守備のリズムも出来る。
 走ることは一番しんどい練習だけど、
 それを疎かにしていると全てが崩れる』―。
  


笑顔がすくなく、うつむき加減の硬い表情を見せることが
多い時期もあった。
だが、今は違う。
  
『自分のことを本当に必要にとしてくれた』と
選んだアストルズのユニホームを着た松井稼は、明るく、
常に前を向いている。
  


                     読売新聞 『MLB発信2008』より
                                  下村征太郎氏
欠点早期矯正
2008年03月11日 (火) | 編集 |
『ふてくされているようにも見える』と、
日ハムの平野打撃コーチがルーキー中田翔を“批判”したという。
8日の巨人との対戦では代打で三振し
10打席連続無安打と、どうも重症らしい。
試合後の若手の特打ちも志願せず、
ウエートトレーニングに汗を流したというのも気になった。

 

テレビで見ると、シロウト目にもかなりのオープンスタンスで、
左肩が開いている感じだ。
あれではベースの半分しか届かず、外角球には手が出ないのでは
ないかと思う。
公式戦で一線級の投手に外角にスライダー、カーブ、
さらにフォークで厳しく攻められたら、とても打てそうにない。
  


金属バットの高校野球は、オープンスタンスでもバットに
ぶつければボールは飛んでくれるが、
  
木のバットではそうはいかないだろう。  
『左肩は固定して体を開かず、
 リストをきかせて体に巻きつけるようにしながら振り抜き、
 バットに乗せる打法でないとコンスタントには打てない』
という専門家の声も聞く。
  


長嶋茂雄氏が現役時代、不振のどん底にいたとき、
当時の川上監督が見かねてベースの真ん中にホウキを立て、
『当たらないように振ってみろ』と練習で指示した。
オープンスタンス気味になり腰が逃げ、
外角に手が出なかったからだ。
コンパクトに振り抜かないと、ホウキを持って立っている
川上監督にもぶつけてしまう。
  
大打者がそんな矯正に挑んだ当時の新聞記事は
強く印象に残っている。
  


壁にぶつかって悩んだあげく、指導を求めるのを待つのも
育成法のひとつかもしれない。
  
しかし、中田は将来の球界を背負うと期待される逸材である。
老婆心ながら、欠点は欠点として早いうちに矯正して
もらいたいと思う。
  


            サンケイスポーツ 『甘口辛口』より
                             今村忠氏  


『左肩は固定して体を開かず、リストを効かせて
 体に巻きつけるようにしながら振りぬき、
 バットに乗せる打法』―。
  
私が色々なプロのバッターを見ながら聞きながら読みながら
今息子が心掛ける『教訓』がこの方法でした。
同じことが記事にあって驚きました。
息子は今、4年生の頃のバッティングフォームに直す練習を
しています。
ジュニアの頃は、好き勝手に楽しく伸び伸びと
やらせてもらい、いつもバットに当たればホームラン。
長距離バッターでした。
5年生になってからは、チームが勝つための“つなぎの野球”
を求められ、バッティングフォームも変えられました。
もちろん、自分としては納得できず、結果も最悪な状態。
本来の勇汰の良さを封印してしまったのです。
このままではいけない、自分の本来の良さを出さないと、
と本人が気づき、また元に戻しバットを振り続けています。
その為の下半身強化も怠らず、毎日コツコツとランニングを
しています。
遠回りはしたけど、少しずつではありますが
取り戻せているように見受けられます。
後は結果を求められる立場なので、少しずつでも本来の力を
発揮してほしいと願っています。  

今日も学校から帰ってから家族で近くの球場へ
勇汰のバッティング練習に行きます。
勇汰が好きなように、おもっきりバットを振って、
あの頃のボールを怖がらないフルスイングで相手を圧倒する
バッティングをさせてきてあげたいと思っています。

エンターテイメント
2008年03月10日 (月) | 編集 |
米大リーグ、ブレーブスの練習に5日、
プロゴルファーのタイガー・ウッズが参加し、
エースのジョン・スモルツと対戦。
MLB公式ホームページによると、試合形式で3打席立った
ウッズは、2三振と四球だったが、四球後にスモルツが投げた
緩い球を中前に打ち返したとか。
ただし投手と捕手しか守っていなかったそうだが。


こんなニュースを聞くと、メジャーはこの時期でも
随分のんびりしているな、と実感する。
向こうではオープン戦はあくまでもエキシビジョン。
試合途中からは、マイナー選手ばかりになるし、
レギュラーが確定している主力は、“競争”がない分、
緊張感に乏しく、ミスも続出する。
  


00年にメッツのキャンプを取材したが、カントリー歌手の
第一人者ガース・ブルックスが参加していて驚いた。
高校までしか野球経験はないのにもかかわらず、
オープン戦にも出場、すると観衆は全員総立ちで大興奮。
彼は98年から4年間、3球団のキャンプに参加し、
オープン戦で1安打している(打席は40以上)のだが、
決して有名人の遊びというわけではなく、
参加しながらたくさんの募金も集めていた。


いくらボランティアでも日本で同じことをやったら
大ひんしゅくを浴びる。
  
『オープン戦とはいえ、生活をかけてプレーしている選手がいる』と
目くじらを立てる人も多いだろう。
せいぜい許されるのは始球式で対戦することぐらいではないか。
  



ただし、巨人戦でも1万人入らない日がある昨今のオープン戦を
見ていると、
多少の“工夫”は必要な気がする。  
参考までに当時のメッツGMは  
『エンターテイメントを提供するのも我々の大事な仕事だ』と
話していた。
   
 
                   サンケイスポーツ 『甘口辛口』より
                                  楠山正人氏
相次ぐけが・・・鉄人松井に何が?
2008年03月09日 (日) | 編集 |
昨年11月に手術した右ひざのリハビリが順調に進み、
実戦出場が見えてきた矢先だった。
ヤンキースの松井秀喜外野手(33)は1日の練習後に
首の痛みを訴えた。
『またケガか・・・』との思いに、私はとらわれた。
  

慢性的な左ひざ痛、昨年4月には左太もも裏の肉離れ。
2006年5月11日のレッドソックス戦の守備中に
左手首を骨折。
日米をまたに掛けた連続試合出場(1768試合)が
途切れてから、“鉄人神話”にかげりが見える。
松井秀喜に何が起きたのか?
  


『若いときも無理はきかないし、ケガもしていた。
 巨人時代も寝違えもするし肩も足も痛めた。
 ただ体の回復力が落ちるんだと思う。
 若いときはすぐにできる(回復する)んだけれど、
 今はそれがない』―。
  

タバコは吸わず、酒は飲んでものどを湿らす程度。
外食中心とはいえ、栄養バランスを考えて食事し、
体には人一倍、時間もお金もかけている。
  
それでも20代にはなかった異変が頻繁に起きるように
なったのは、つい最近まで自らの鉄人ぶりを過信し、
頭や体の疲労に対し、鈍感になっていたからだろう。
  

よかれと思ってやっていた深夜の練習による寝不足や、
試合前のアップが足りないまま本番に臨む。
それでも以前はなんともなかったことが、
6月で34歳になる体には、こたえるようになった。
  

『年齢の自覚はある。
 とにかく、疲れをためないようにします』―。

松井からは“自分は体が丈夫。無理しても問題ない”という
自信は消えつつある。
  
予想外だった首痛に見舞われ、その考えをさらに強めた。  
『鉄人』→『普通の人』への意識改革が、
この先の選手寿命を決めそうだ。
  


                  サンケイスポーツ 『核心リポート』より
                                  阿見俊輔氏
生き残るために“わがまま”貫け
2008年03月08日 (土) | 編集 |
『活躍すればトレード要員。ダメなら3A行き』―。
これがニューヨークメディアの井川評だという。
  
ヤンキースの井川慶投手(28)が、オープン戦でジキルとハイドの
顔を見せた。
初登板となった1日の南フロリダ大戦では、
2四球と死球で満塁とし、代打の大学生に満塁弾を浴びた。
しかし、5日のブルージェイズ戦では、
2回を無安打2奪三振と、
2年目の変身を感じさせる内容だった。
それでも彼らの視線は冷たい。
練習を見ている限り、確実に昨年よりパフォーマンスは
向上している。
ブルペンではフォームも安定している。制球もいい。
フィニッシュが乱れて、とんでもないボール球を連発していた
1年目に比べ、内容は良くなっているのだ。
  

今年の井川は、いい意味で“わがまま”になった。  
キャンプ初日にジラルディ監督に直談判して、
日本流の調整法を認めさせたのもそう。
昨年は、周囲と打ち解けられず孤独だったロッカーでは、
親友(ブルーニー投手)もでき、担当記者(ただし日本人記者)
とも、積極的にコミュニケーションをとるようになった。
去年はストレスだらけだったチーム内で、精神的に落ち着ける
環境を自分で切り開いた。
  


ロイヤルズでメジャー復帰に挑む野茂が、
こんなことを言っていた。
『メジャーでやっていくには、どれだけ“わがまま”になれるか。
 自己主張をすることもプロの仕事なんだから』―。
  


細やかな気配りでチームに溶け込んでいった松井秀とは
対極を歩くが、それもひとつのプロのあり方ということだ。
依然、地元メディアからは“やっかいもの”扱いされて、
冷たい視線を浴びている。
それでもひるむ必要はない。
  
思い切って“わがまま”を貫き通し、彼らの鼻を明かす。
それしか生き残る道はないのだから・・・。
  


           サンケイスポーツ 『球界インサイドリポート』より
                    スポーツジャーナリスト 鷲田康氏