日々様々なスポーツ界での出来事や、気になった記事を取り上げ考えていくブログです。
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不屈の精神で
2007年12月31日 (月) | 編集 |
 今年も残り少なくなりましたね。
 今年息子の野球に関しては“山あり谷あり”・・・で  

 年明けから左でのバッティングを始め、春を迎えましたが芽が出ず、
 中途半端な形でシーズンイン。
 5月以降、完全無敵のチームができ、
 6年生を中心に勝ち続けました。
 夏休みの後半、ロッテマリーンズ球場へ行く日、
 急遽練習試合が入り、息子は監督に黙ってその日を休み
 そしてその頃から歯車が狂いだしてしまい、
 公式戦のスターティングメンバーから
 初めて外されました。
 それと同時期、肩を壊し夏休み中、接骨院通い。
 その後1ヶ月、野球ができない始末。
 秋に入ってそのトレーニング不足からバッティングが不調になり、
 シーズン終わるまで結果を残すことができませんでした。  



 今シーズン親自身が反省しなければならないことが沢山ありました。
 息子に対して“過信”し過ぎていたこと。
 秋、スランプに立った息子に、何かきっかけを与えてあげられたら・・・
 と、バットを買い与えたのですが・・・。
 親としては、
 “あと1年ちょっとしか使わないし”という安易な思いでしか
 選んであげられず、
 今本人に最適なバットの重量やミートする箇所など考慮せず、
 かなりレベルの高い物を選び与えてしまったのです。
 親のエゴでした。
 “勇汰なら出来るだろう”と過信し・・・。  
 これが息子を悩ませてしまった原因でした。
 それまで570㌘のバットを振っていた息子に
 620㌘の重たいバット、しかも幅の狭いトップミートの
 中村紀バットを買い与え、
 それからは毎日何百回もバットを振って、
 バットを早く自分の物にしようと必死だった息子。
 でも、その時の息子には難題だったようでした。
 振っても振っても結果が出ず、悩み苦しみました。

 左で打つ練習も、私が息子の先を見据えて過信していたこと、
 そしてそのせいで、それまで完成していたフォームを
 崩してしまったのでした。

 全て親のエゴで息子を悩ませ苦しませてしまったこと、
 反省しています。
 そして今シーズン、息子の記録にドロを塗り
 棒に振ってしまったと、
 息子に本当に悪いことをしてしまったと後悔しています。

 
 来シーズン、結果を求められる最終学年。
 チーム創立30周年という記念の年に、
 今シーズン以上の結果を求められることになりそうです。
 今までは6年生に頼りっ放しで、ちょっと迷惑かけても
 フォローしてもらえましたが、もう6年生は卒業します。
 背負わされた十字架は大きいものですが、
 “連覇”を目指してチームがひとつになって
 “最強チーム”を作っていかなければ!!
 それには息子にも頑張ってもらわねば・・・
 
 監督、コーチには本当によくして頂いて感謝しております。
 いつも温かく見守って下さり、アドバイスもたくさん頂き
 息子は練習から家に帰って来てからも
 アドバイスを頭に素振りを何度もしていました。
 来シーズンこそ、
 必ず結果を出してチームに貢献したいと思っています。
 その為に、息子を、チームを最大限にサポートして
 盛り上げていきたいと思っています。


 来年もみなさんにとって、実りある年になりますように。

  

 
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“金より手間”日本球界はインディアンス参考に
2007年12月31日 (月) | 編集 |
 米大リーグでは、今オフも多くの大型契約が結ばれた。
 ただ補強資金が貧しくても強く、日本球界が参考にできる
 球団がある。
 ア・リーグ中地区王者のインディアンスだ。
 

 今季の総年俸6170万ドル(約70億3000万円)は、
 30球団で23位。
 1位のヤンキースは約1億9000万ドル(約216億6000万円)
 だから、1/3にも満たない。
 それでもインディアンスは地区シリーズでヤンキースを
 3勝1敗で倒してしまった。


 95-99年に地区5連覇した当時のインディアンスは、
 スター選手を揃え、総年俸でも大リーグ上位だったが、
 00年のオーナー交代を機に方針転換。
 マーク・シャピロGM(40)が総年俸を抑え、
 生え抜き選手中心の強化を図ってきた。
 最も重視しているのは、ドラフトとマイナーでの育成。
  
 その手法は、ここでは紹介しきれないので、
 日本球界でも参考になる一例を挙げたい。

 
 マイナー選手は、定期的にファーム組織を統括する
 育成担当ディレクターらと個別に面談。
 長所や短所を指摘され、メジャーに昇格するために
 必要な点を伝えられる。
  
 興味深いのは、面接するのが監督やコーチではないところだ。
 指導者とは違う客観的な視点からの意見だし、
 選手側も疑問や不満があれば遠慮せずに質問できる。
 ディレクターらは、選手育成だけでなく、
 指導する側の改善にも努めている。
 これなら『監督に嫌われているから昇格できない』
 という声は減るだろう。


 すでにインディアンスの選手育成法は高く評価されており、
 他球団からヘッドハンティングの標的になっている。
 今オフ就任したパイレーツのニール・ハッティントン
 新GM(38)もインディアンスに10年在籍。
 大リーグでは近年、この“インディアンス人脈”が
 急速に広がっている。


 インディアンスは来季も主力メンバーが残留。
 金より手間を掛ければ強いチームが作れることを、
 改めて証明してくれるだろう。


              サンケイスポーツ『アナザーストーリー』より
                               田代学氏 
日本の野球は若い者でやれ!
2007年12月31日 (月) | 編集 |
 今年最後の記事は、カネやんの『ワシの話を聞きなさい』より。
 日本球界への提言をビシッと総括!
 渾身の語り納めをお伝えしていきます!


 ≪野球界金まみれ≫

カネやん)大リーグへの移籍で動いた金が大きかったからな。
      野球界が“金まみれ”になってしまったような気が
      したのよ。
      金を出している側のアメリカ人にも、笑われているような
      気がしたで。
      『金につられて、みんなアメリカに来て大丈夫か?』
      なんてな。
  

 ―この傾向はしばらく続きそうです。

カネやん)うん。だからワシも割り切ったよ。
      行きたい者は行けばいい。
      日本の野球は若い者でやっていこう、ってな。
      ダルビッシュやマー君(楽天・田中)、
      ソフトバンクに入った大場や日本ハムに行った
      中田とか、他にも若くて楽しみな選手はいっぱいおる。
      この“ところてん”の流れを途絶えさせなければ
      いいんだよ。
  

 ―“ところてん”ですか。

カネやん)ワシの若い頃がそうやった。
      赤バットの川上さん、青バットの大下さんらを
      押し出して、自分らが一番になろうと頑張ったもんや。
      その力がワシやONを生んでいった。
  
      これからの日本野球も少年野球の底辺を広げていって
      いいものが出てきたらプロ1年目から使っていくことや。
      そういう若くて魅力ある選手が増えてくれば、
      ファンも大合唱でついてくるよ。
      

 ―新しい日本球界を作りあげろということですね。  

カネやん)みんな『アメリカ、アメリカ』と浮かれとるが、
      今回知り合いに聞いたら
      『来年の夏頃に経済的な危機が来そうだ』
      と言うとった。
      いま、アメリカのスポーツ界が異常なまでに
      潤っているのも、ある種のバブルなんや。
      ワシも世の中を長い間見てきたから、
      そういうものを肌で感じとる。
      いったん不景気になってみい。
      アメリカに行ってしまった者は、
      笑い事じゃぁ済まされなくなるぞ。  

 ―ただし日本にも影響が及んできそうです。

カネやん)だから、しっかりせにゃあいかんのよ。
      野球界だけじゃなく、スポーツ界全体にしても、
      経済や政治にしても・・・。
      日本は日本でちゃんと成り立ってないと、
      あっという間にすべてが吹っ飛んでしまうんや。
      来年こそ、1人1人がやるべきことを最後までやり遂げる、
      そんな日本にしてほしいね。

   
怪物変えた旧友との再会
2007年12月30日 (日) | 編集 |
 “あの夜”が怪物を変えた。
 自分たちが失いかけていた『ハングリー精神』を持った
 ひとりの友が、レッドソックスの松坂大輔(27)、
 岡島秀樹投手(32)の闘志に火を付けた。


 後半戦開幕の7月12日のこと。
 レッドソックス本拠地フェンウェイ・パークのスタンドに、
 米独立リーグ、ヨーク・レボリューションでプレーする
 田中一徳外野手(26)がいた。
 1998年夏、PL学園2年だった田中は、甲子園の準々決勝で
 横浜高校と対戦。
 延長17回の死闘の末に惜敗したが、松坂から4安打を放った。
 2000年に横浜入団。
 結果を残せず06年に戦力外。
 それでも野球への情熱は捨てず07年に
 ヨーク・レボリューションに入団。 
 メジャーを目指して汗を流している。
  

 試合後、田中は松坂に誘われ、岡島も同席して
 日本料理店で夕食をともにした。
  
 田中はメジャーの雰囲気、規模を肌で感じ、
 独立リーグとの環境の違いを2人に話した。
 翌13日からは無休の30連戦。
 球場の食事は常にサンドイッチ。
 外国人選手との慣れない相部屋生活・・・。
  
 その話を聞いた松坂は、
 『大変なんだな』と言ったきり、絶句したという。
 同時に何もかもVIP待遇のメジャーで野球ができることの
 幸せを感じた。

 『ボクらは本当に恵まれている。
  頑張っている姿を見せないといけない』と
 決意を新たにした。
 
 『頑張れよ!』―。
 別れ際、松坂は短い言葉に力を込めた。
 岡島も思いは同じ。
 『絶対に見てくれている人はいる。
  チャンスはあるよ』と激励した。
 
 熱いエールに田中は
 『あそこまでしてもらって、本当に嬉しかった』と
 来年もヨーク・レボリューションでプレーし、
 夢舞台を目指すことに決めた。


 今季、田中はチームで唯一のアジア人としてレギュラーを
 死守し、松坂、岡島は世界一を達成した。
 “あの夜”の刺激が間違いなく3選手を変えた。
 それは間違いなく、来季の力にもなる。


                サンケイスポーツ 『アナザーストーリー』より
                                 湯浅大氏

時間短縮
2007年12月29日 (土) | 編集 |
 今季の日本プロ野球平均試合時間は、セ・リーグが
 3時間19分、パ・リーグが3時間18分だった。
 試合時間短縮は掛け声だけで、ともに昨年よりも長くなっている。
 7月11日の楽天ーソフトバンクのように
 延長戦でもないのに、パ最長の5時間06分もかかった
 試合もあった。
 何事もスピード化の時代に呆れた長さだ。  


 26日のプロ野球事業委員会では、テレビ局から
 『中継時間内に終わらせる為にも、2時間50分以内に』
 と時間短縮の申し入れがあった。
  
 テレビのために野球をやっているわけではないが、
 結果が入るかどうかさえ分からない中継では、
 視聴率が下がる一方で、いずれ中継できなくなるという
 主張もわかる。
  


 大リーグは長々とやっているように見えても、
 90年以降のデーターでは平均2時間50分前後で
 収まっている。
 投手交代で呼ばれた投手は、すぐにマウンドまで走っていく。
  
 日本では、もったいぶってブルペンでさらに何球か投げ、
 他の投手達とハイタッチしてようやく出てくる。
 こんな無駄な時間が積もり積もって
 彼我の差になるのだろう。
  


 本紙専属評論家の江本孟紀氏はこう語る。
 『中継ぎ、抑えと投手が分業制になったのが長くなった
  最大の原因。
  マウンドにいちいち行って、変えなくていい投手を
  次々に変えて、それが采配スタイルと自慢げにする監督もいて
  余計長くなる』―。
  
 テレビ側はルール通り投手が12秒以内に投球するよう、
 残り秒数を電光掲示するなどの提案もしている。
  


 本来ならファンのために、テレビ局から注文がつく前に
 球団を通じ現場にスピードアップを徹底させるべきだった。
 テレビのいいなりでなく、その主張をテコにして本腰を入れる
 時期がきたようだ。


             サンケイスポーツ 『甘口辛口』より
                              今村忠氏

 
悪い伝統
2007年12月28日 (金) | 編集 |
 『お前らがたるんでるから負けたんだ!』と、
 下級生を並べて上級生がぶん殴った。
 昔、東京六大学野球部の試合後、神宮球場のスタンド下で
 目撃した某大学応援団の おぞましい鉄建制裁である。
 時代が変わり、今時の応援団はそんな理不尽な暴力など
 無縁だろう、と思っていたら大間違いだった。
  


 7月に自殺した明大応援団リーダー部員の男子学生(3年)が、
 複数の元幹部から受けた暴行は、書くのも 憚られる(はばかられる)
 くらいのひどさだ。
 当初、大学は
 『リーダー部の伝統的な体質に問題があるが、
  イジメはなかった』としていた。
 しかしその後、暴行の様子を撮影したビデオの存在が
 わかったという。


 大学スポーツ、特に野球には不可欠の六大学応援団も
 チアリーダーと吹奏楽による応援が主流になり、
 運動部なみに厳しく鍛えられるリーダー不足が
 どこも悩みの種という。
  
 明大の場合も少数で伝統を守らねばという使命感は
 あったのかもしれないが、
 はき違えて悪い方の伝統にのめり込んでしまったようだ。
  


 今年は六大学応援連盟の創立60周年で、
 OB・OGの六旗会も協力してイベントも開かれた。
 各校の絆は強いが、ある大学のOBは困惑ぎみに語った。
 『明大には一部OBが私的に強い影響力を持つ、
  独特の体質があると聞く。
  ほかの大学も同じように見られ、ますますリーダー不足に
  ならないか』―。
  


 関東学院大ラグビー部員の大麻事件もそうだが、
 不祥事にはどこも初めから“逃げ切り”態度が見え隠れする。
 3月末まで部活動停止の関東学院大には
 『甘すぎる』と批判が集中している。
  
 一罰百戒。  
 明大は活動停止中のリーダー部を潔く解散させ、
 何年かかっても暴力体質を払拭させるべきだろう。
  


                 サンケイスポーツ 『甘口辛口』より
                                  今村忠氏
発展途上の育成制度
2007年12月27日 (木) | 編集 |
 人生初のヒーローインタビューに、巨人の背番号99の
 顔が紅潮していた。
 『うれしくて、頭が真っ白で何もわかりません』―。
 
 5月9日、甲子園球場。
 阪神1点リードの8回に登板した山口が1イニングを
 無失点で切り抜けると、9回に味方が逆転した。
 育成制度創設2年目。
 育成出身で、12球団初の勝利投手が誕生した瞬間だった。  


 2005年12月の初の育成ドラフトで入団した山口は、
 今年4月に支配下選手として再契約。
 着実に階段を上り、今季は一軍の貴重な中継ぎ左腕として
 32試合に登板した。
 山口は、『育成も二軍の選手も一緒の扱いをしてもらい、
 いい環境で野球ができて恵まれていた』と振り返る。
  


 若手育成に関しては今季、新たな試みも行われた。
 イースタン・リーグ各球団の育成、若手選手で作る混合チーム
 『フューチャーズ』が、イースタンのチームと戦う
 『チャレンジ・マッチ』が開催された。
 公式戦とは別に24試合。
 貴重な実戦の機会で、藤田監督(巨人育成コーチ)は
 『普段ならシート打撃などしかできない選手たちが、
  生きた球を打ち、生きた球をさばけた』と効果を語った。


 育成選手制度は、確実に浸透しつつある。  
 05年の第一回ドラフトで指名されたのは6人。
 06年には12人になり、今年は15人が指名された。
  
 今年は四国アイランドリーグ(IL)に続き、
 発足1年目の北信越1BCリーグから石川・内村賢介内野手が
 楽天に育成で指名された。
  
 リーグ運営会社の村山哲二代表は、
 『指名がゼロと1とは、天と地ほど違う。
  選手の気持ちの面でも大変意義がある』と
 喜びを隠さない。
  
  
 埋もれた人材を発掘し、すそ野を広げる。
 選手を受け入れる球団と選手を送り出す側、
 双方にメリットがある形で進んできた。
  
 反面、制度が未成熟のための問題、課題も浮き彫りとなった。  
 中日がシーズン中に支配下選手をウエーバー公示し、
 育成選手として再契約する動きを見せ、球界を困惑させた。
 実績も十分な上、33歳の中村紀を中日が育成選手として
 契約したことに、疑問視する見方も。
 ロッテ・バレンタイン監督が示した、四国ILの選手を育成で
 大量獲得し、再び四国ILでプレーさせる案も論議を呼んだ。
  

 これらを受け、10月の実行委で来季からシーズン中の
 支配下登録から育成への切り替え禁止などが決まった。
 法の網をくぐるかのようなあの手この手の方策に、
 追いついていない側面もある。


 育成制度は『ホップ、ステップのホップまでも行っていない』
 と語るのは、制度創設の中心的存在だった
 広島・鈴木球団本部長。
 『じっくり鍛えられた育成選手が二軍から一軍に昇格し、
  ポジションをつかむ。
  5年後、10年後が勝負』と見据える。
  
 村山代表も『育成と言うなら、3年はじっくり鍛えてほしい』と、
 長期的な育成の必要性を主張する。
  

 制度そのものが『育成』の段階で、試行錯誤が続く。
 理念に沿った、新たな現実的な取り組みがいま、
 求められている。
  
                     
                          読売新聞 『球景07』より
                              清水鴨和氏 田中潤氏 
   
イチロー熱きメッセージ
2007年12月26日 (水) | 編集 |
 マリナーズのイチロー外野手(34)が23日、
 故郷の愛知・豊山町で行われたイチロー杯争奪の
 学童軟式野球大会閉会式で、
 子供たちに熱いメッセージを送った。
 あいさつに立ったイチローは、
 『大人の世界ではウソをついたりする。
  みんなは野球をしていると、ウソは通じないと
  分かっていると思う。
  ウソのない大人になって欲しい』
 と力強く語った。

 また監督や父母に対しても子供たちが、
 イチロー自身の打撃フォームなどのマネをすることを
 やめさせないように勧めた。
 『マネをしようとするときが一番成長するときで、
  その姿勢を大事にして欲しい』
  
 と気持ちを込めた。


 うちの息子も、今シーズン不調のとき、
 色々な選手のマネをして 童もすがる思いでバットを
 振っていました。
 結果は出ませんでしたが、不調の中でも何かにすがりたい
 思いが強かったようです。
 私は技術職で、先輩の技術を盗んでマネしたものです。
 先輩のようになりたい、越えたい・・・という一心で
 勉強しました。
 イチローさんの言葉が強く印象に残った記事でした。

  
直撃注目のルーキーくん(1)
2007年12月25日 (火) | 編集 |
 阪神の大学生・社会人ドラフト4巡目、黒田祐輔投手(21)
 =シャンソン化粧品。

 野球部のない同社の契約社員として、毎日20㌔の茶葉を
 運んで足腰を鍛えた異色の苦労人だ。
 空調の効かない軽自動車での通勤、
 高校生に混じっての練習・・・。
 今ドラフト最大の“隠し球”の素顔に迫った。


 ≪最速150㌔超≫
 
 静岡市内にあるシャンソン化粧品の工場。
 焙煎した茶葉の香ばしい香りが漂う中、ひと際背の高い
 黒田の姿があった。
 社会人・大学生ドラフトで指名された途端、
 『えっ?誰っ?』と会場がざわついた虎の“隠し球”。
 最速150㌔超の右腕は、多くの逆境を乗り越えてきた
 『苦労人』でした。


 ≪月給12万5千円也≫

 黒田の一日は午前9時にシャンソン化粧品に出社することから
 始まる。
 同社が原料を提供するアサヒ飲料「十六茶」の
 茶葉工場に勤務。
 ベルトコンベヤーで運ばれてくる約20㌔の茶葉の袋を
 台車に移す作業を毎日300袋もこなす。
 夏場の工場内は43度にも及ぶ過酷な労働。
 それでも黒田は
 『慣れるまで正直キツイこともありました。
  でも、ウエートのあるものを何回も運ぶので、
  良いトレーニングだと思います』―。
 まじめな勤務態度で、今年8月には自給1000円のアルバイト
 から契約社員に昇格した。
 週休2日で月給は12万5000円(年収150万円)。
 さらにボーナスが出ることを知り、飛び上がって
 喜んだという。
 ちなみに阪神とは契約金3000万円、年俸600万円でサイン。
 まさにジャンプアップだ。


 ≪野球人生の危機≫

 順風満帆の野球人生、のはずだった。
 静岡高校では甲子園に出場し、駒大に進学。
 ところが、同大に誘ってくれた恩師・太田誠前監督(61)が
 昨年1月に勇退。
 心の支えを失った黒田は同11月に退部し、
 大学も中退して静岡に戻ってきてしまった。
 『悩みました。結果も全く残せていなかったし、
  野球自体を辞めようと思ってました』―。
 実家で無気力な日々を送る中、声を掛けてくれたのが
 母校の静岡高・畑田裕視監督(50)。
 畑田監督は
 『このまま終わらせるのはもったいなかった。
  本人も「どうしてもやりたい」と言ってきました』と
 同校での練習を許可。
 この恩師の誘いがなければ阪神・黒田の誕生もなかった。

 ≪愛車は軽自動車≫

 今年1月から静岡校で練習を再開すると、同校野球部
 後援会長をシャンソン化粧品・川村修社長が務めていたことも
 あって、同社で働くことになった。
 女子バスケットボールで有名な同社だが、野球部はナシ。
 午後2時半に仕事を切り上げた後、静岡高まで約30分の
 道のりを空調の壊れた赤い軽自動車で通っていた。
 『乗っている体が大きい(1メートル90)ので
  よく笑われましたね。
  暑いんで夏は窓全開ッス』―。
 ドラフトで指名されてからは『事故でもあったら困る』という
 周囲の勧めで父・哲司さん(58)の普通セダン車を
 拝借しているんだとか。

 ≪練習も大変≫

 高校生に混じっての練習も一苦労だった。 
 裏方兼コーチとしてノックやグラウンド整備もこなしてきたが、
 『一番大変だったのは投球練習』―。
 最速150㌔超の直球で高校生がケガでもしたら大変と、
 7割程度の力で投げてきた。
 夏前にはスカウトがグラウンドに来たが、
 『本当にいつスカウトの方が足を運んでくれたのか
  分からない。
  良い意味でリラックスして投げていたのが良かったん
  ですかね』―。
 7割の投球で逆にしなやかに腕が振れたのか?
 プロの目は素材のよさ、将来性を見抜いていた。


 ≪CM出るぞ!!≫

 年内は28日の業務終了までシャンソン化粧品で働く
 予定の黒田。
 大きな“恩返しプラン”も練っている。
 それは『十六茶』のCMキャラクターになり、
 お世話になった同社に貢献すること。
 『活躍してネームバリューが出たらCMも是非やりたいと
  思います』―。
 1年間実戦から遠ざかっている不安はあるが、
 逆境を乗り越えてきた『苦労人』の黒田に焦りはない。
 支えてくれた人々への感謝の思いを胸に、
 タテジマのユニホームに袖を通す。


ゴジラの“メジャー流”オフ練習
2007年12月24日 (月) | 編集 |
 シーズンオフとは名ばかりだ。
 松井秀喜がハードな練習をしている。
 『企業秘密だから』というのでメニューは詳しく明かせないが、
 腹筋ひとつをとってもさまざまな工夫を凝らしていた。
 休憩を挟みながら、4時間近い練習。
 見ているだけで私は疲れた。
 メジャーリーガーのオフといえば『表彰』『イベント出席』が
 定番だが、それはメディア露出の部分に過ぎない。
 ゴジラは2003年から毎オフ、ヤンキースから渡されたメニュー
 などもとに、密度の濃い練習をしている。

 

 1999年と2000年、私が巨人担当として取材しているときの
 オフは、ここまでの激しさはなかった。
 『確かにやっている時間が違いますね。
  巨人時代は神経系を鍛える練習を週に何回かやって、
  あとは軽くグラウンドを走るくらい。
  1月に入ったらもう少し本格的にやったけれど、
  年内はそんな感じだった』と松井秀は言う。

 
 日本の野球をなめていたのか?
 違う。
 日本の春季キャンプは2月1日に始まり、
 オープン戦開幕まで約1ヶ月は体を鍛えられる。
 さらに公式戦開幕までの1ヶ月も主力としてVIP待遇を受け、
 望めばある程度、自由な調整を許される。

 ところが、米大リーグのキャンプは2月下旬のスタート。
 体ができている、という前提で初日から連携プレーなどが
 組み込まれる。
 その後も10日ほどでオープン戦が始まり、
 巨人のときのような特別待遇というわけにはいかない。
 とにかくキャンプまでに体を仕上げておかなければならず、
 そのためには、シーズン終了後から準備しておかないと
 間に合わないのだ。


 今オフは11月14日(日本時間15日)に手術を受けた
 右ひざのリハビリもしなくてはならない。
 来季、左翼の定位置を奪うための体作りは
 例年以上に重要になる。
 休養とは縁遠いオフ。
 師走のゴジラは忙しい。


              サンケイスポーツ 『アナザーストーリー』より
                                  阿見俊輔氏

報道陣に見せた岩村のプライド
2007年12月22日 (土) | 編集 |
 デビルレイズの岩村明憲内野手(28)は、
 取材にくる記者を大切にする。
 冬の屋外でも取材が始まると、質問が出尽くすまで
 対応してくれる。
 私の知る限りでは、顔見知りであろうと、
 初対面の記者であろうと態度は変わらない。
  

 その岩村が“取材拒否”をした。  
 7月3日、ボストンでのレッドソックス戦でのことだ。
 この試合に松坂大輔(27)が先発し、
 日本は『岩村VS松坂』のメジャー対決に注目していた。
 結果は球審の微妙な判定にも泣かされたが、
 岩村は1安打3三振。
 スコアも1-4。
 勝負も試合も松坂の勝利だった。
  

 試合後、松坂の取材を終えた15人程度のレッドソックスの
 番記者が岩村を取材しようとデビルレイズ(当時)の
 ロッカールームに行ったが、岩村は指定した2社による
 代表取材の形式を取っただけで、
 それ以外の記者には対応しなかった。
 普段、仲良くしてもらっている私も“その他大勢”だった。


 この時は、岩村が勝負に負けた自分に腹を立て、
 冷静に対応できないために規制をかけたのだと思った。
 しかし、翌日の試合後、岩村から誘われた食事の席で
 真意を聞かされた。
  
 『オレは“ついで”で取材されるのはイヤだった。
  ほとんどダイスケを取材にきている記者。
  きのう話した2社は、開幕からズッとオレを取材
  してくれていたから』―。
  
 松坂と対戦した岩村 ― のくくりだけで取材されることが
 許せなかった。
 番記者を大切にする思いと、メジャーリーガーとしての
 意地とプライドを聞いた夜。
 記者として、取材対象への『配慮』を
 改めて痛感させられた。
  

 サンケイスポーツ 『アナザーストーリー』より
                              湯浅 大氏

  
ゴジラもあきれる怪物的練習量
2007年12月21日 (金) | 編集 |
 あきれるほど打球を遠くに飛ばす。
 160㌔近い速球を投げ込む。
 そんな光景に出くわしたとき、私は安易に
 “怪物”という表現を記事に使ってきた。

 ところが2004年、ヤンキースのアレックス・ロドリゲス
 内野手(32)の練習やプレーを目の当たりにするように
 なってから、“怪物”という言葉を使うハードルが上がった。

 今季は両リーグ最多となる54本塁打、156打点を記録し、
 史上最年少で通算500本塁打に到達。
 3度目のMVPに選ばれた。
 その源になっているのが他を圧倒する豊富な練習量。
 巨人時代、主砲にもかかわらずチーム一の
 練習量を誇っていた松井秀喜が、
 『Aロッドと同じようにはできない。もたないよ』とあきれるほど、
 よく動く。


 今年も2月のキャンプ初日から全開だった。
 午前9時集合なのに、Aロッドは6時過ぎから
 サブグラウンドで1時間近くノックを受けていた。
 その後、室内練習場でフリー打撃。
 これらの早出をこなしてから全体練習に加わるという
 メニューをほぼ1ヵ月半、やり通した。

 シーズン中も早出は当たり前。
 体感気温40度を越える真夏の午後2時過ぎ、
 ヤンキースタジアムでフリー打撃に励むこともよくあった。
 かつて現役時代の巨人・王貞治(現・ソフトバンク監督)が
 炎天下での早出特打を日課にしていたというが、
 Aロッドも同じ。
 『試合で疲れない?』と聞いてみると
 『問題ないよ。汗をかくと守備も打撃も(体に)キレが出る』と
 涼しい顔で答えた。


 温存する必要のないほど有り余る体力。
 天賦の才能を、大リーグきっての練習量で磨くから
 チームメートやライバルとの差は大きく開く。
 10年総額2億7500万ドル(約305億2500万円)で
 ヤンキースに残留することが確実なAロッドは、
 まさに『怪物の中の怪物』だ。


 サンケイスポーツ 『アナザーストーリー』より
                             阿見俊輔氏



 
 
ボランティアに励む井口は『真のプロ』
2007年12月20日 (木) | 編集 |
 メジャーリーガーは積極的に慈善活動に取り組んでいる。
 その姿こそ、『真のプロ意識』を持った選手として、
 評価されるべきだと思う。
  

 2005年、当時ホワイトソックスに在籍していた
 井口資仁内野手(33)を初めて取材した。
  
 知られざる一面に接したとき、
 『真のプロ意識』を持った選手だと強く感じた。
  

 井口はダイエー時代の97年から車椅子の寄贈や、
 盲導犬育成のための寄付など積極的に取り組んできた。
 今オフも今月14日に北海道・洞爺湖町の
 社会福祉法人『幸清会』を訪問し、
 自動体外式除細動器(AED)1台ほか、車椅子3台を贈った。
 AEDは、心臓停止に見舞われた患者を救う医療装置。
 井口は、
 『野球でもAEDがあれば助かっていたという痛ましい事故も
  起きている。
  少しでも多くの命が救えれば』
 と訴えた。


 シーズン中も、ジッとしていられない。
 今年の4月8日、シカゴの病院で、心臓移植手術を
 目前に控えた少年、松本拓也くんの激励に訪れた。

 帰宅した井口は、インターネットで、
 拡張型心筋症と闘う拓也くんの支援サイトを通じ、
 そっと100万円を寄付したという。
 当時、ホワイトソックスの井口は、退院した拓也くんの
 13歳の誕生日(6月6日)に、
 約束通り本拠地のUSセルラーフィールド(対ヤンキース戦)
 に招待した。
 

 真剣に野球に取り組みながら、
 思いやりの気持ちを忘れない。
 地道ながら、毎年継続することでその価値は一層高まる。
  
 フィリーズから、パドレスに1年総額400万ドル
 (約4億5000万円)で移籍した井口は、
 新天地でも『真のプロ意識』を持った選手として
 受け入れられるはずだ。


 サンケイスポーツ 『アナザーストーリー』より
                      広岡浩二氏
 
左手でハイタッチ
2007年12月19日 (水) | 編集 |
 よくある光景だけど、どこかおかしい。
 でも、どこがおかしいのかよく分からない・・・。

 今年、レッドソックスの試合中継を見ていて、
 同様の“違和感”を覚えた人もいたはずだ。

 場面はレッドソックスの優勝の儀式。
 ベンチから出てきた松坂大輔投手(27)が、
 引き揚げてくる仲間とハイタッチを交わす。
 ありふれた光景。
 しかし、よく見れば松坂だけが左手でハイタッチ。
 他の選手は右手を軽く差し出すだけなのだが、
 松坂は仮面ライダーの変身シーンのように
 左手を右上方へと伸ばし、
 窮屈そうに仲間を迎えていた。
 
 『日本と違って、毎試合(のように)やる。
  当たりどころが悪かったり、(タッチが)強い人もいます。
  何かあったらイヤですからね』―。
  

 日本では先発投手は自分の登板日は試合終了まで
 見届けるが、それ以外は「早上がり」で、
 練習が終われば帰宅できる。
 メジャーは違う。
 時差のある場所での先発投手など特例を除き、
 全選手が試合を最後まで見届ける。

 松坂にすれば、西武にいた昨年までは勝利数の
 「15回前後」の参加で済んだハイタッチも、
 レッドソックスに移籍した今年はレギュラーシーズンの
 96勝に、ポストシーズンの11勝を加えた
 「107回」に激増。
 ましてやタッチの相手も屈強な外国人選手。
 
 儀式に参加する回数が増えた分だけ、
 つき指など思わぬアクシデントにあう確率も高くなる。
 左手のハイタッチは怪物流の『危機管理』だった。


 『試合には常に万全の準備をします』―。
 あらゆる行動に細心の注意をはらう松坂。
 メジャーで1年間、先発ローテを守れた裏にはこうした
 “気遣い”があった。

イチローの07年
2007年12月18日 (火) | 編集 |
 2007年もマリナーズのイチロー外野手(34)は、
 シーズン最多の238安打をマークし、球宴MVP、
 ゴールドグラブ賞などを獲得。
 チームは地区2位でプレーオフ進出は逃したものの、
 充実したシーズンを送った。
 7月にマリナーズと5年総額9000万ドル(約100億円)で
 契約延長したイチローが、マリナーズ残留を決断するまでの
 苦悩や、10月で34歳になった年齢、レッドソックスの
 松坂大輔投手(27)について語った。
    (サンケイスポーツ 11/24付け)


 ≪去就問題≫
~春先から迷い・・・~

 ―去就問題で最も迷ったのはいつ
 『春先から継続して迷っていた。
  (親しい友達は)日本に戻って来て欲しいという人もいれば、
  ヤンキースのユニホーム姿が見たいという人もいた。
  大輔(松坂)と一緒のチームでプレーしてくれとかね』

 ―迷いの中で何を考えたか
 『そのユニホームを着ている自分がイメージできるかどうか。
  そして、そのホームグラウンドに立ってプレーする姿が
  想像できるか。
  そうやって想像していくとマリナーズが残った。
  マリナーズを出ることで失うものを補い、自分も他人も
  納得できるのはヤンキースしかないのかな、
  と考えたりもしました


 ―迷いにピリオドを打ったのはいつ
 『自宅で晩御飯を食べているときだったと思う。
  ボクが迷いつつもシアトルでプレーしたいという空気を
  漂わせていたのを(夫人の)弓子が感じ取っていた。
  彼女から
  「ここを離れる気持ちはないんでしょう?」と言われて、
  背中を押された思いがした』
  

 ―マリナーズの前向きな変化を感じての決断なのか
 『どうしようもないチーム状態なら、
  客観的に見ると残る理由がない。
  もし、僕がシアトルの居心地の良さを最優先するような
  逃げの決断を下していたなら、弓子はガッカリしたでしょう。
  ここ何年もプレーオフに出ていない歯がゆさは、
  僕だけでなく彼女もそうですから』

 ―ベテランとは何か
 『定義は難しいですね。自分から“今の若い選手は・・・”
  という言葉を頻繁に使い出したらベテランかな』

 ―めったに口にしない言葉だが
 『今の僕にはとても使えません』

 ―今年のマリナーズは年下の同僚がほとんどだった
 『彼らより僕の方が動けるからね。
  僕よりも彼らの方が肩も強い、足も速くて動きもいいとなれば
  自分はベテランだと思うでしょうけど』

 ―慢性的なケガは全く無い。プロ15年以上でほとんど
  痛いところがないのは非常に珍しい
  
 『努力していないからね。
  この場合の努力とは、苦痛に耐えるという意味ですが、
  基本的に体が求めなかったらやりません。
  苦痛に耐える概念がないので、無駄な負担がかからない
  のではないでしょうか』


 ≪初対戦≫
~気持ちが動いた~

 ―レッドソックスの松坂と7年ぶりに対戦した。
  松坂との4試合、14打席をどう振り返る
  
 『最初の2試合はカウントしずらい。
  1,2度目の試合は大輔がひどかったし、
  1度目は僕自身もつまらない状態にあった。
  お互いノーマルな状態に近かったのは、あとの2試合。
  ただ最初の打席では、やはり気持ちが動いた。
  あいつが初めて対戦する日本人バッターが
  僕でしたしね。
  (インディアンスとのリーグ優勝決定戦)第7戦に先発が
  回って来るのもそうだが、やはり大輔は何かを持っている』
  

 ―そのメジャー初対戦の1球目にカーブ  
 『そこがあいつのまだカワイイところです。
  あの場面はど真ん中目掛けて渾身の真っ直ぐしか
  ないでしょ。心意気ですよ。
  何も迷うことなんかないんです。
  ただ、あの1球は大輔が相当悩んだと人づてに聞いた。
  そんな必要のないところで悩んだということは、
  よほどあの時期は苦しかったのではないか』
  

 ―来季も松坂は特別  
 『それが変わる事はない。
  あいつが突然アンダースローとかにならない限りは・・・。
  その前に僕が大輔にとって特別で居続けたいね』


  

    
松坂も驚愕!イチロー『トレードへの覚悟』
2007年12月17日 (月) | 編集 |
 今年の8月末、レッドソックスの松坂大輔投手(27)が
 ニューヨークで知人らと日本料理店にいたときのこと。
 談笑していた松坂が突然、手に持っていた焼き鳥を
 皿に戻した。
 話題がメジャーのトレードに及んだときだった。
 『こっちでは(トレードは)普通にあることだけど、
  ボクがビックリしたことがあったんです』―。  


 松坂がレッドソックスに移籍する前、
 マリナーズのイチロー外野手(34)と、
 メジャーの契約について話したことがあった。
 イチローがふと漏らしたひと言に、松坂は大きな衝撃を
 受けていた。
 『オレはメジャーの全チームのカラーのスパイクを
  用意している。
  どこにトレードになってもイイようにね』と
 当たり前のように話したという。

 今年7月にマリナーズと再契約したイチローだが、
 突然のトレード移籍も想定し、
 大リーグ全球団数の30種類というわけでは
 ないだろうが、数パターンのスパイクを作っているのだ。

 
 イチローが2001年にオリックスからマリナーズに
 移籍したときから、契約条項にトレード拒否権は
 含まれていたが、実際にトレード話しがあったとき、
 その権利を行使するかどうかは本人の意思次第。
 松坂にすれば、
 『あれだけの実績のあるイチローさんでさえ、
  そこまで考えているんだ)とメジャーの非情さ、
 怖さを痛感した。


 『ボクは家族の生活を落ち着かせたいので、
  トレード拒否権はありますが、
  本音は“いらない”と判断された球団では
  やりたくない。
  自分を欲しいと思ってくれる球団でやりたいですよ』―。
 松坂のトレードに対する思いだった。


 くしくも現在、ヤンキースの松井秀喜外野手(33)が、
 トレード騒動の渦中にいる。
 松坂の言葉で分かるように、ゴジラの胸中も
 穏やかではないはずだ。

  サンケイスポーツ 『アナザーストーリー』より
                         湯浅大氏


 
大学ラグビーに新しい風
2007年12月16日 (日) | 編集 |
 かつて『東伏見族』といわれ、グラウンドの移動で
 『上井草族』となった早大ラグビーの熱心なウォッチャーが、
 『あの大学はマナーがいい』と感心したという。
 1軍への登竜門となるジュニア選手権の試合で、
 上井草にやってきた東海大の選手や控え選手らが、
 試合後、周囲をきれいに掃除して帰ったからだ。
  


 大麻取締法違反による部員の逮捕で、関東学院大が棄権した
 関東大学リーグ戦で、その東海大が初優勝した。
 棚ボタ優勝という声もあるが、先月24日の最終戦では
 強力FAの大東大に48-8と圧勝し、
 10月の関東学院大も21-22と互角の戦いを演じた。
 実力的にリーグ戦の覇者として胸を張っていい。
  


 個人技が目立つ最近の大学ラグビーの中で、
 東海大はスターはいないものの基本に忠実で、
 攻守にバランスの取れたチームになっている。
  
 木村季由監督は、2部落ちした98年に就任して10年目。
 私生活の改善から再建に乗り出し、
 『強いだけではなく、強くていいチームになろう』と
 言い続けてきた。
 試合先の清掃も習慣化されたものだ。
  


 今日開幕する大学選手権では、
 いつもの関東学院大の指定席に東海大が座る。
 対抗戦の早明戦で早大が勝ったので、準決勝では
 明大と当たる。
 春のオープン戦では明大に19-53と粉砕され、
 『ぜひもう一度』と頭を下げ、夏の菅平で28-24と
 雪辱に成功。
 大きな自信をつけ『東海大強し』をアピールした。
  


 ラグビー不毛の地、島根県の進学校出雲高校から
 『教員になりたい』と入学し最上級生の今季、
 主将を務めるFL宮本誉久の骨身惜しまぬタックルが、
 今季の東海大の強さを象徴しているようだ。
 大学ラグビーに新しい風が吹き込まれる。
  


            サンケイスポーツ 『甘口辛口』より 
                               今村忠氏   


      
 
新リーグの挑戦(下)
2007年12月15日 (土) | 編集 |
 『選手一人一人と県民が向き合う球団、全敗しても県民に
  愛されるチームにしたい』―。

 福井ミラクルエレファンツの清水昌勝・設立準備室代表は
 今月2日、福井市内で開いた記者会見で、
 『地域』『県民』という事場を何度も繰り返した。  
 北信越BCリーグは、来季、福井と群馬ダイヤモンドペガサスが
 加わり、名将を『BCリーグ』と改め、6球団体制となる。


 両球団が参入理由に挙げたのは、リーグの
 『スポーツを通じた地域活性化』とう理念に共感したこと。
  
 福井の清水代表は、
 『野球で地域貢献し、人口80万の地方でも球団経営が
  できるビジネスモデルを作りたい』
と語った。
 また、群馬の糸井丈之・球団設立準備委員会代表は、
 学習塾と連携した、勉強と野球が両立できる『野球塾』で
 地方の子供たちを育成する構想をぶち上げた。


 リーグは来季、『北陸』(富山、石川、福井)と
 『上信越』(長野、新潟、群馬)の2地区制を導入。
 年間72試合の半分を地区内で行い、
 地域内チームの対戦を増やして、さらに地域密着を進める。


 リーグ運営会社ジャパン・ベースボール・マーケティング
 (新潟市)の村山哲二代表は、
 『隣県同士の対抗意識やライバル心が、選手のプレーや
  集客にプラスに働く』ともくろむ。
 今季の首位攻防戦、石川ー富山戦で、リーグ最高の入場者
 8539人を記録したことを念頭に置いての発言だ。
  
 
 だが、信濃グランセローズ(長野)の施設応援団
 『レッドセローズ』の団長として、富山への応援ツアーなども
 企画した高校3年生永井敏喜さん(18)は、
 『初年度1,2の石川、富山と違う地区になるが、
  地区間で実力差が出ないだろうか。
  強いチームと戦ってこそ、観客も盛り上がるのに

 と心配する。



 四国アイランドリーグ(IL)にも来季、福岡レッドワーブラーズと
 長崎セインツが加わり、
 『四国・九州IL』としてスタートする。
 四国4県の人口は約400万人。
 6県に広がると、市場規模は一挙にBCリーグ6県分を
 上回る1000万人を越える。
 四国・九州IL事務局では、
 『スポンサーを見つけやすくなり、球団への分配金も増える』
 とスケールメリットに期待をかける。
 また、BCリーグと異なり、地区割りせず、6球団でカードを
 組むことから、
 『対戦がバラエティーに富み、試合内容も魅力が増す』
 (事務局)とみる。
  
 不安材料は、遠征費や選手の負担増だ。
 四国4球団は来季の遠征費を約400万円増の
 約1000万円と試算。
 
 四国での試合が多くなる長崎は約2000万円と見込む。
 移動時間も悩みの種だ。
 愛媛の選手は今年4月、徳島県鳴門市でナイターを
 終えた後、翌日にデーゲームがある松山市へ帰った。
 バスが着いたのは午前1時過ぎ。
 3年目の副西太志内野手(25)が、
 ユニホームを洗って床に就いたのは午前3時。
 それでも午前9時には球場へ入った。
 福西選手は、
 『慣れてきたけれど、体調管理が大変』とこぼす。
 九州から一番遠い、徳島から長崎市への移動はバスで
 11時間もかかる。  


 愛媛県出身のスポーツジャーナリスト・二宮清純さんは、
 『リーグが拡大すれば競争は激しくなり、
  選手の成長にもつながる。
  米マイナーリーグも、過酷な条件に耐えた者だけが
  大リーガーになっている』と、
 選手にエールを送る。


 BCリーグは、福島にも参入を呼びかけており、九州では、
 独自リーグの発足を目指す。
 2地区制に踏み切るBCリーグと、
 『大地域性』に乗り出す四国・九州IL。
 来季のそれぞれの取り組みは、拡大する独立リーグの
 将来を見通す試金石になる。


 
 
 
新リーグの挑戦(中)
2007年12月14日 (金) | 編集 |
 プロ野球の大学生・社会人らのドラフト会議が開かれた
 11月19日。
 高知市中心部の飲食店街「ひろめ市場」に据え付けられた
 大型テレビから、四国アイランドリーグ・高知ファイティング
 ドックスの選手の名前が次々に流れると、広場は拍手と
 大きな歓声に包まれた。

 2005年に誕生した同リーグから、1年目には2人、
 2年目には3人がプロ入り。
 3年目の今年は、6人が指名を受けた。

 ロッテに育成枠で指名された高知の宮本裕司捕手(24)は、
 『あきらめかけていたが、地元の声援が支えになった』と、
 ファンと手を取り合った。
 摂南大(大阪)を卒業し、リーグ設立とともに入団。
 1年目にリーグMVPを獲得し、2年目は前期優勝に貢献した。
 『声がかかるとしたら今年が最後』と思っていただけに、
 笑顔がはじけた。

 球団のためにと、募金活動など支援の先頭に立った
 地元商店街新興組合の山本良喜事務局長も、
 『応援してきたかいがあった』と、
 我がことのように喜ぶ。

 野菜や米のプレゼントから、理髪店半額サービス、
 定食のご飯の大盛りまで。
 地域の人たちは、月給8~12万円で生活しながらプロを 
 目指す選手達を、自分たちができるやり方で支援する。
  

 地元球団と一緒に街づくりに乗り出す自治体も出てきた。  
 徳島県阿南市は今年5月、ナイター設備が整った球場の
 完成を機に、「野球のまち」推進を表明。
 リーグの試合を球場に誘致し、徳島インディゴソックスの
 選手と市民との交流会を開いている。
 「市民球団」感覚を根付かせ、地域の活性化も
 図ろうという作戦だ。
  

 一方、選手らも積極的に市民の中に飛び込んでいる。  
 愛媛マンダリンパイレーツや香川オリーブガイナーズは、
 下校する小学生に付き添う見守り活動を実践。
 徳島の片山正弘投手(23)は、
 出身地・阿南市の「野球大使」を引き受け、
 子供たちに野球を指導する。
  
 徳島県の佐藤勉教育長(60)は、
 『選手は、夢の実現に向かって努力する身近なモデル。
  交流は子供たちの励みになる』と強調する。
 

 リーグの観客動員数の1試合平均は、初年度1068人、
 2年目は800人台に落ち込んだが、3年目の今年は、
 1100人を記録した。
 球団側は、『地域に密着した活動で地元ファンが増え、
 入場者増につながった』(香川の小崎貴紀社長)と、
 地道な地域浸透策に手応えを感じている。
  

 だが、リーグの赤字は、初年度の約3億円から改善
 したとはいえ、依然として1億円に上る。
 しかも、4球団の拠点ごとにスポンサーとなる有力企業の
 有無などにばらつきがあり、
 経営面での格差が目立つようになってきた。
  

 1試合の観客数が563人と、リーグ半分だった高知は、
 スポンサー数も10社と4球団中、最も少ない。
 資金なんでオーナーが見つからず、一時、活動休止の危機に
 さらされた。
 今年の10月、公募でようやく、大阪市で不動産会社を
 経営する高知市出身の北古味鈴太郎さん(33)が
 引き受けたが、2年をめどに経営判断を下すと、
 厳しい姿勢を示す。

 
 リーグ最大の目標は、  
 『プロで通用する選手の育成』―。  
 それが実を結び始め、地域密着で固定客もつかみつつある。
 とはいえ、さらなる経営の安定化は、全球団にとって
 喫緊の課題だ。
  
 リーグ運営会社IBLJ(高松市)の鍵山誠社長は、
 『地域に根ざした球団の応援は、PR効果があることを
  地元企業に理解してもらいたい、
  スポンサーの獲得を進めたい』と話す。

新リーグの挑戦(上)
2007年12月13日 (木) | 編集 |
 『プロで通用する選手の育成』『地域新興』などを
 合言葉に設立された野球の独立リーグ。
  
 初シーズンを終えた北信越BCリーグ(来季からBCリーグ)
 と、3年が経過した四国アイランドリーグ
 (同、四国・九州アイランドリーグ)から、
 リーグを取り巻く課題を探る。  


 金沢市のスポーツ広場。
 石川ミリオンスターズの大川裕士二塁手(19)は、
 午後3時過ぎ、同僚選手の車に便乗して、
 駐車場に着いた。
 すぐに車内で着替え、来季の契約選手16人で寒風の中、
 ランニングを始めた。
 シーズンオフに入った11月から、他の選手と一緒に、
 同じ運送会社で仕分け作業のアルバイト。
 午前8時から働き、終わったらすぐ合同練習に駆けつける。
 コーチ2人が来ると、室内練習場で技術指導を受け、
 6時から近くのジムで筋力トレーニングに励む。
 『冬こそ、レベルアップの勝負どころ』と意気込む。  

 常総学院(茨城)で甲子園に出場した大川選手は今春、
 専修大に進んだ。
 だが、『プロの指導を受けたい』と大学を中退。
 7月から元西武の金森栄治監督(50)率いるチームに
 加わった。
 

 独立野球リーグの北信越BCリーグは今年4月、
 新潟、長野、富山、石川の4球団でスタートした。
 初年度、1試合あたりの平均失策数は1.4個、
 平均四死球は5.1個。
 プロ野球セ・パ両リーグ合わせた今季の平均失策数
 0.5個、四死球3.1個と比べると、
 レベルの違いは明らか。
 『地域密着』を理念の第一に挙げるリーグだが、
 初めて迎えるオフに、『選手育成』の課題を抱えることに
 なった。
  

 オフ中、選手は無給で、働き口を見つけなければならない。
 シーズン中の7ヶ月間は月給が支払われるが、
 15万円が基本。
 活躍度によってプラスもあるが、最高でも20万円しか
 受け取れない。
  

 富山サンダーバーズの鈴木康友監督(48)は、
 『オフは、来季、野球に集中できるようにお金を蓄える
  とともに、足りない技術を補う期間』と位置づける。
  

 スポンサー企業が全員を雇ってくれる石川の選手は、
 そろって練習できるが、他の3球団では、
 仕事探しも練習も個人に任されるケースが少なくない。
 富山では、県外出身の川端英治内野手(25)ら3人が、
 福岡県などの実家に帰る。
 県内に残る選手は、居酒屋やコーヒー店、配達業務などの
 アルバイトをし、週3回、球団が借りている室内練習場
 などで汗を流す。
 新潟アルビレックスBCも週3回程度、合同練習をするが、
 あとは自主練習。
 信濃グランセローズは、ほぼすべて自主練習に任せる。

 四国アイランドリーグ・香川オリーブガイナーズの監督を
 2年間務め、来季、新潟の監督に就任する芹沢真矢さん
 (49)は、
 『与えられた環境で工夫が出来ない選手は、
  独立リーグでは生き残れない』と言い切る。
 
 リーグ運営会社ジャパン・ベースボール・マーケティングは、
 『多くの観客が足を運びたくなるような試合をすれば、
  オフにも固定給を払えるようになる』
 (池田拓史・運営広報)とする。
 だが、今季のリーグの観客数は、1試合平均1790人。
 目標の5000人には遠く及ばない。

 新潟の鴨下瞬投手(22)は、車で1時間半かけて
 酒造会社に通い、夕方4時まで8時間、
 酒の仕込などのアルバイトをする。
 『自分はまだ「セミプロ」だから、仕事をしながらの練習は、
  仕方ない。
  オフの間に成長し、ファンを喜ばせられる、
  本当のプロになりたい』―。


≪北信越BC(ベースボール・チャレンジ)リーグ≫

 野球を通じた地域の活性化を目指し、
 四国に次ぐ国内2番目の独立リーグとして誕生した。
 加盟4チームは、独立採算制で球団を運営し、
 年間各72試合を戦う。
 選手は1球団25人。
 トライアウトなどで、プロを目指す若者だけでなく、
 元プロ選手も受け入れている。
 リーグ運営会社は、野球教室やイベントなども開催する。


 
『誰にも負けない野球』を夢にしなくちゃ
2007年12月12日 (水) | 編集 |
 サンケイスポーツ『プロ野球Daily Specia』火曜日編。
 カネやんの『ワシの話を聞きなさい』(12/11付け)より。
 
 カネやんが、メジャー移籍する日本選手にカツを入れた。
 大金が積まれている契約内容よりも、
 実際にどんなプレーができるかが問題。
 引く手あまたの『メジャーバブル』に警鐘を鳴らした。
  
 ヤンキース・松井秀喜のトレード話、
 関東学院大ラグビー部の話題と合わせてどうぞ。

 ≪崩れたバランス≫

カネやん)しかし、大リーグの球団っていうのは、とてつもない
      金を出すねぇ。いまの日本の選手でも代理人が間に
      入ってくると、こういうことになるんやろうね。
      最近は大リーグの選手も小粒になって、日本の選手が
      活躍することはほぼ間違いないからな。

 ―日本の選手は堅実で、獲る側にとってリスクが小さいようです。

カネやん)メジャーのピッチャーの質が落ちてきとるしな。
      2番手、3番手になったら固め打ちができる。
      あれならイチローなんかは、毎年必ず3割打ちますよ。
      ただ、ついでに言えばワシは
      『イチローには日本に残ってもらいたかった』と、
      いまでも思っとる。
      (通算安打)3000本、4000本と、誰にもマネできない
      ような記録を作ってもらいたかったんだけどなぁ。

 ―でも、あれだけ年俸の差があると、メジャーに行きたくなる
  気持ちも分かります。

カネやん)だから金じゃないっていうんだよ!
      野球選手というのは
      『誰にも負けない野球をする』ことを夢にしなくちゃ。
      金は、その後からついてくるものなの。
  
      イチローはメジャーでも(シーズン安打の)
      記録を作ったからいいとしても、他の者がメジャーで
      どれほどの野球を見せるっちゅうんだ。
      (広島からFAの)黒田なんか、まず日本で20勝してから
      でもいいんじゃないの?
      大金ばかりに目が行って、大事なことを忘れているんじゃ
      ないのか。

 ―確かにイチローや松井秀は日本の頂点を極めてから行った
  という感じがします。

カネやん)そうやろ。
      だいたい、最初にあんな大金をもらってしまったら、
      故障が怖くて蹴つまずくこともできんように
      なるぞ。

      ワシは現役時代、
      野球以外のことでは、利き手を使わず、
      キャッチボールやランニングをするにしても、
      始めるときには徹底的に準備運動したものや。

      短パン、ビーサンを平気ではいとるいまの選手たちに、
      そんなことができるんやろか。
      ワシが向こうに行って覗いてみて、自己管理について
      感心したのは、イチローと野茂くらいしかおらんかったぞ。


 ≪仕組み作り直せ≫

 ―いまの状況を『メジャーバブル』という人もいます。

カネやん)どう見たってバランスが崩れとるからな。
      メジャーの選手と年俸のバランス、日本の年俸の
      バランス、日本の中でも、選手の取り合いによる
      年俸のバランス・・・。日本の野球界は
      『お客様は神様です』という言葉を思い出して
      仕組み作り直さないと、長い間かけて築き上げた
      ものがなくなっちゃうよ。
  


 ≪成立なら見限れ≫

 ―ところで、ヤンキースの松井秀にトレード話しが持ち上がって
  います。

カネやん)(心配そうに)そうなんだよな。ワシは結局成立しないと
      思っとるが、もしトレードされたらヤンキースには
      幻滅するな。あれだけチームに貢献して、日本の
      ファンや放映権料も手に入れて、なんであと数年
      自分のチームで(松井秀を)使いきれんのかね。
      監督が代わったからとか、オーナーが息子に実権を
      移したとか、関係ない。
      そんなことが理由なら、松井もヤンキースを
      見限って出てくればいいよ。
  

 ―トレード拒否権を使って残留することもできますが。

カネやん)『戦力外』と言われとるのに、残ることはないよ。
      潔く出て行けばいいんだ。
      試練の財産をもらったと思って、
      新天地で頑張ればいい。
  
      もともと強い子だけど、精神的にますます強くなって
      大選手になりますよ。
      今後は、イチローだってトレードに出されることが
      あるかもしれん。大リーグというのは、
      そういうもんだと思ってやるしかないな。


 ≪関東学院大ラグビー部廃部いかん≫

 ―最後に、問題が大きくなった関東学院大ラグビー部の
  大麻事件についてお話しください。

カネやん)これだけは言っておきたいからな。
      実はワシの兄も昔『ヒロポン』という覚醒剤にハマって
      大変な思いをしたんだ。
      母親が命がけで止めて、中毒から抜け出させたんや。
      それを見ていて、大麻、覚醒剤、麻薬をやることが、
      どんなに親不孝か痛感したんだよ。
      親が命がけで育ててくれた体を痛みつけた上に、
      親にとんでもない迷惑を掛ける。
      こんなことは、もってのほかや。
      (女優の)三田佳子を見とっても気の毒や。

 ―関東学院大ラグビー部は廃部になる可能性もあります。

カネやん)それだけは、いかんぞ。
      実際にやったヤツだけ永久追放にすればいい。
      (春口)監督も、ここまできたら、管理責任を問われる
      のは仕方ないが、関係ない部員に罪はないんや。
      この部をここまで立派にした先輩や、この部で活躍する
      ことを目指してラグビーをやってきた子たちを
      巻き添えにしちゃダメだ。
      一刻も早く、ラグビー部を再生させることを
      考えてほしいな。

 
            
       
 
『中高一貫』指導 光と影(下)
2007年12月10日 (月) | 編集 |
 5月に高野連が実施した特待生制度の全国実態調査。
 この時、高知県だけが、申告ゼロだった。
 
 高知県高野連によると、県内には、明徳義塾や高知など
 計6校の中高一貫校に野球部がある。
 今秋の四国大会登録メンバー(20人)では、
 明徳は6人、高知は12人が、
 系列中学での軟式野球経験者。
 全国中学大会で最多の4度優勝を誇る明徳は、
 中学生にも高校野球を意識した指導を行っている。

 
 夏の甲子園で初優勝した2002年当時、
 野球部長だった明徳中・宮岡清治監督は、
 『高校で勝負できるよう、基礎体力と気持ちの強さを
  身に付けさせる』と基本をたたき込む。
 50人以上に達した今年の中学部員たちの出身地は、
 神奈川、大阪、沖縄など全国に広がる。
 大阪出身の2年生投手は、
 『レベルが高いから入った。
  明徳から甲子園に行きたい』と目を輝かせた。

 軟式ではなく、明らかに甲子園を念頭に置き、
 硬式野球部を系列中学に設けた学校もある。
 近年、甲子園に出場している青森山田(青森)、神村学園
 (鹿児島)などが代表例だ。

 一方で、中高一環校は抜け道を使っている、と指摘する
 声もある。
 高野連は中学生への勧誘行為を禁じているが、
 日本中体連は
 『(小学生への勧誘について制限する)権限は無い』
 としている。
 その為、系列中学が、高校での活躍が期待できる
 小学生を、その気になればスカウトできる。
 

 数年前、九州の山間地のグラウンドに、
 ある一貫校の系列中学の軟式野球監督が訪れた。
 そこには、約20人の小学生が集まっていた。
 テストは50㍍走、打撃、投球の3項目。
 『中学で活躍できるかは関係ない。
  高校、大学でのことを考えて誘う』―。
 打者の内角をうまく攻めた投手がたった一人合格した。

 この監督は、飛行機やフェリーを使い、
 ときには日帰りで全国を巡った。
 大会では保護者らから有力情報を入手した。
 自家用車で、2日で1400キロ走ったこともある。
 『素質を埋もれさせたくない。
  情熱ある選手は、情熱ある指導者が教えるのが一番』
 が信念だった。
 素質を見出された子供たちは夢を追い、その夢を、
 大人が後押しする。
 甲子園でプレーできる選手もいるが、それは、
 ほんの一握りの存在。
 なかには挫折して、野球をやめてしまう選手もいる。
 中高一貫校には、高校野球がもたらす『光と影』が
 凝縮されている。

全国一律の規制には限界(上)
2007年12月08日 (土) | 編集 |
 日本高校野球連盟(脇村春夫会長)は11月30日、
 従来は厳禁していた特待生制度容認に方針転換した。
 しかし、特待生の制度採用のあり方や人数枠の問題などで
 規制を強めようとしている。
 転換点を迎えた高校野球の今の姿を追った。


 県立の進学校が、帝京(東京)や広陵(広島)など
 並み居る私学勢を撃破して、全国の頂点を極めた。
 今夏の甲子園。
 佐賀北の優勝は、『普通の高校生たち』の快挙と、
 もてはやされた。
  

 ところが、同校の百崎敏克監督は、
 世間の注目を集めたことを、実に冷静に受け止めていた。
  
 『特待生を歓迎しない人たちにとっては、
  うちの優勝は都合が良かったのかも知れない。
  でも特待生問題に絡めて取り上げてほしく
  なかったんです』―。
  
  
 佐賀北に先立ち、県勢として初めて全国制覇(94年夏)した
 県立佐賀商の田中公士元監督は
 『佐賀はもともと公立校が強い』と断言する。
 受験生の間でも公立志向は強い。
 そのうえ、ある県立校の監督は、
 『声をかけ、一人でも素質のある選手を確保しないと、
  いいチームは作れない』と話す。
 そのために活用しているのが面接と調査書で合否が決まる
 推薦入試だ。
  

 中学の軟式野球の指導者によると、
 県立校の監督から、
 『チームの核になる投手が欲しい』と電話が掛かってきたという。
 評判を人づてに知り、学力レベルが確認されると、
 その投手は推薦入学を果たした。
 高野連が禁じていた『勧誘』との境界線はあいまいだ。  

 強い県立校に対して、地元の私学は、
 特待生制度を使って対抗してきた。
 ある私学の監督は、
 『引き合いが競合する選手じゃないと、確実な実力の
  持ち主とはいえない。
  多ければ14~15人の選手の中学を訪れ、
  入学を打診することもある』と打ち明けた。
 高野連の有識者会議が
 『特待生は各学年5人以下が望ましい』と
 答申した時も、この私学の監督は、学校長に
 『7、8人は勧誘させてほしい』と強く要望したという。

 佐賀県の事情は九州全体にも当てはまる。
 福岡から沖縄までの私学代表者が集まった
 特待生問題私学検討部会。
 そこでは『県立校の推薦入試は、特待生制度と同じ』
 との意見が根強い。
  

 4月に始まった特待生に対する高野連の厳しい対応には、
 県立校の指導者でさえ批判的だ。
  
 『公立も私学も、諸事情に合わせてチーム作りをしている。
  学校現場や、それを取り巻く状況を把握しようとしない、
  高野連の上意下達の体質には疑問を感じる』―。


 都市圏と違う事情が、地方にはある。
 全国一律で、監視、規制を続けようとする
 高野連の方針には、限界があるように思えてならない。


   読売新聞  『高校野球は変わるか』  より


 
やっぱり桑田は天才 驚異の記憶力
2007年12月07日 (金) | 編集 |
 ≪人間GPS≫
 
 1㍍74㌢、80㌔。
 プロ野球選手としては決して大きくない体で勝ち続けてきた
 理由に触れられた気がした。
 パイレーツでプレーした桑田の記憶には何度も驚かされた。
 今まで何人もの野球選手と車に乗ってきたが、
 桑田ほど通った道を忘れない選手はいない。
 初めて訪れた遠征先でも、ホテルから球場まで
 1往復すると、翌日からは道案内されてしまう。
 たとえ助手席でも、外を眺めていると自然に風景が
 頭にインプットされてしまうらしい。
 まさに『人間GPS=全地球測位システム』だった。


 ≪雑談さえも≫

 雑談の内容も、よく覚えている。
 夏休みに一時帰国していた私の家族が米国に戻ってくる
 という話をしていたら、
 『カギは奥さんに送ったの?』と突然尋ねられた。
 自分でさえ『家主がカギをひとつしかくれなかった』と
 話したことを忘れていたばかりか、
 『カギを渡していないと、家族が家に入れないだろう』と
 心配してくれた。

 専門分野である野球となれば、この記憶力と観察力は
 存分に発揮される。
 また桑田がフロリダ州のキャンプ地で捻挫した右足首の
 リハビリをしていた5月、約束していた夕食を
 キャンセルされ、デビルレイズーマリナーズ戦の
 観戦に誘われた。


 ≪観察力抜群≫

 おいしいシーフード料理を食べられずガッカリしたものだが、
 試合中はけん制や一塁走者が盗塁を試みる際の
 クセを瞬時に見抜き、ポソッと教えてくれる。
 初めて見た選手がこれなら、何度も顔を合わせれば
 前回対戦時のイメージや内容、弱点などのデーターが
 頭に浮かんでくるだろう。


 大リーグ1年目は日本との違いに戸惑ったことも
 多かったはず。
 今季の経験をどう生かすのか。
 4月に不惑を迎える桑田の投球をまだ見たい。

  サンケイスポーツ 『アナザーストーリー』より
                          田代学氏
原点
2007年12月06日 (木) | 編集 |
 居合わせた部員はたったの8人だった。
 『バックスはどこだ』と聞くと『これで全部です』―。

 昭和49年、関東学院ラグビー部の監督に春口広氏が就任
 したときだ。
 当時関東大学リーグの3部最下位。
 監督自らグラウンド整備にも精を出し、少しずつ部員を増やして
 大学日本一6回という名門に育て上げた。


 いま部員150人。
 3面の芝生のグラウンドに、合宿所に入れない部員の為に、
 近くのマンションを部で借り上げる恵まれた環境が、
 『初心』をすっかり忘れさせてしまった。
 部内の大麻汚染は広がり、大麻取締法違反で起訴された
 元部員2人の他、警察の事情聴取でレギュラーを含む
 12人が吸引を認めたという。


 編集作業が終わった『ラグビー観戦ガイド』
 (サンケイスポーツなど発行)の大学選手権展望号の原稿には、
 ある選手の『突然試合ができなくなった関東学院の、
 特に4年生のためにも優勝を目指したい』との
 コメントもあった。
 そんなラガーメン同士の友情も踏みにじられた。
 情けなく、腹立たしくもある。


 選手個々の適性を鋭く見抜く春口監督の手腕は誰もが認める。
 心臓に持病を持ちながら、
 『グラウンドに立てるうちは、水まきでも草むしりでもいいから
  部に携わりたい』と
 ラグビーに生きた名伯楽が、グラウンド外の不祥事で
 去るのはしのびない。
 しかし、ここまで規律が乱れてしまっては辞任も
 致しかたない。


 学内では、一般学生から『他の部なら即刻廃部だろう』
 との声も聞かれるという。
 中途半端な処分ではなく、一端廃部するくらいの荒治療に
 でないと体質は変えられない。
 それこそ『部員8人』の原点に立ち返り、
 心身ともに強い部に生まれ変わって欲しい。

                     サンケイスポーツ『甘口辛口』
                                 今村忠氏
    
 
ハートが試合を左右した
2007年12月05日 (水) | 編集 |
 今年こそ、いい勝負になるのではと期待していた。
 関東ラグビー対抗戦の最後となる伝統の早明戦。
 劣勢を伝えられた方が予想を覆して勝つこともあって
 早明戦だけは何が起こるかわからない、
 といわれた時代もあった。
 実力以外に両校のハートが試合を左右したからだ。
 『71-7』というスコアなど本来ありえないはずだ。

 ハートで早大を圧してこそ明大が勝負に持ち込めたはずだが、
 それが伝わってこなかった。
 腰に相手をぶらさげながら突進し、“ターザン”の異名を取った
 早大の名ロック故橋本晋一氏の、こんな話を思い出す。
 『タックルとはただ相手を止めることではない。
  “ここで自分がやらなければ”という仲間への気持ちを
  表すものだ』―。

 しっかり相手を見て、相手もボールも殺すタックルが
 明大にはなかった。
 『タックルでなく相手をつかまえるだけの“ホールド”だから、
  早大のボールが面白いようにつながった』と指摘する
 関係者もいた。
 流れが早大に傾いた後、誰か一人でも仲間を奮い立たす
 必殺タックルを決めたら、こんな大差にはならなかったかも
 しれない。

 部員の不祥事による関東学院大の不出場で、16日から始まる
 大学選手権では早大の反対のブロックで明大が勝ち上がる
 可能性もある。
 しかし、早大のすごみは最後まで手を抜かない
 “アルティメットクラッシュ”(究極の破壊)で、
 『次もかなわない』とのダメージを明大に与えたことだ。


 巨漢のわりに走りまくるFW1列目の機動力も見せ付けた。
 この強さは、とうてい学生の手には負えない。
 大学日本一も決まったも同然だろう。
 志も高い。
 気が早いが、日本選手権で“打倒トップリーグを果たして欲しい。」
プレッシャーが最高の野球を生む
2007年12月04日 (火) | 編集 |
 カネやんの『ワシの話を聞きなさい』より。
 五輪予選の経験を日本で生かせ!!
 韓国との死闘を制した野球の日本代表選手に、カネやんが
 エールを送った。
 国際試合だけでなく、シーズン中もあのような真剣勝負を
 見せることが重要だと力説。
 それが五輪の金メダルにもつながると強調した。


 ―(机の上のスポーツ紙から、日本代表の辛勝ぶりが
   伝わってくる。
   ホッと一息ついた金田さんが話を始めた)

カネやん)日本の優秀な選手を連れて行っても、これだけ
      クロスゲームになるんだ。
      韓国の実力が日本に近づいていることは
      認めなきゃいかんな。

 ―韓国とは、去年のWBCでも通算1勝2敗でした。

カネやん)ワシは古い人間だからずっと見てきているが、
      朝鮮戦争(1950年ー53年停戦)の時点で何もなかった
      韓国の経済が、あっという間に発展した。
      日本にどんどん技術を送り込んで、
      『追いつけ追い越せ』でやってきた成果が出たんや。
      それと同じように野球も物凄い勢いで追いかけてきて、
      短期間でここまできた。
      今回は勝ったけど、日本があぐらをかいとったら韓国に
      抜かれてしまうな。

 ―ただ日本には、『絶対に負けられない』というプレッシャーも
  あったようです。

カネやん)それはわかっとる。受身の立場というのは苦しいもんよ。
      そういう意味では、最後に投げた上原は一番しんどい
      思いをしたやろう。
      だけど問題は、
      それだけのプレッシャーを普段の試合で
      感じてないことなんや。
  
      ワシらがやっとった頃の野球には、
      それがあったぞ。
      未だにワシが長嶋との勝負
      (デビュー戦で4打席4三振)を語ってもらえるのも、
      プレッシャーを感じていたからや。
      『プロで182勝もしてきた投手が
       新米に負けられるか』と死に物狂いで練習して、
      長嶋に立ち向かっていった。
  
      プレッシャーが最高の野球を生むんだよ。  

 ―シーズンでも自分を追い込んでプレーしろ、
  という事ですね。
  

カネやん)その通り。アジア予選の勝った負けたで
      野球を盛り上げるんじゃなくて、そこで感じた
      プレッシャーを日本の野球に持ち帰ることにこそ
      意味がある。
  
      『高野山に修行に行った』と思わなきゃ。
      そこで身に付けたことをシーズンで発揮することが、
      五輪の本番にもつながるしな。
  

 ―星野監督は『金メダルしかいらない』と言っていますが。

カネやん)持っている力を発揮すれば、十分獲れるだろう。
      いまも実力的には、アメリカについで日本が2番。
      そのアメリカが、メジャーの一流選手を出してこんの
      だからな。
      ただし、その力を発揮するためには、予選を戦った疲れを
      早く取って、万全な体でキャンプに入るように
      しなきゃいかん。
      そしてキャンプでは、五輪が入る日程にも耐えられる
      ように、いつもの年以上の練習をして、
      シーズンに臨むことだ。
      やるべきことを完璧にできれば、金メダルは
      おのずと付いてくるはずや。

  
 
勝負は山本コーチの“右腕”に
2007年12月03日 (月) | 編集 |
 北京五輪出場をかけたアジア予選。
 昨日みごと韓国に競り勝ち、いよいよ最終戦、
 台湾に挑む。

 実際にグラウンドに立つナインとともに、
 この戦いの大きなカギを握るのが、三塁コーチャーを
 務める山本浩二元広島監督。

 星野監督は監督就任とともに、田淵幸一ヘッド兼打撃コーチと
 山本浩二守備コーチの親友内閣を結成。
 これに大野豊投手コーチを加えた4人で、
 北京までのかじ取りをしていくことを決めた。
 いずれも指導者経験も豊富で、日本代表チームを率いるに
 ふさわしい重量感のある首脳陣だが、
 その中である意味、最も責の重い役割を担うことになったのが
 山本コーチといえる。

 今回の日本代表チームは長距離砲を外して、
 スピードとバントやエンドラン、盗塁などの小技で
 『1点を取りにいける』(星野監督)打線編成となっている。
 そういうチーム編成でベンチとグラウンドの選手の意思をつなぎ、
 なおかつ“1点を決めにいく”三塁での『ゴー』『ストップ』の
 判断を委ねられたのが、三塁コーチャーを務める
 山本コーチというわけだ。

 『一発勝負の戦いでは三塁コーチャーの判断ミスが
  命取りになる。
  慣れない球場での判断は、ただでさえ難しいだけに・・・』と
 心配するのはアテネ五輪で三塁コーチャーを務めた
 高木豊コーチだ。

 監督経験は豊富だが、山本コーチにとっても、
 本格的な三塁コーチ業は初めてのことになる。
 今回のチームではノッカーも務めるため、代表合宿前に
 入念な体作りもしてきた。
 三塁コーチャーとしても、自宅でブロックサインを送る練習
 もして万全の準備で臨んでいる。
 にもかかわらず、練習試合では、サインの伝達がワンポイント
 ずれてしまったり、走塁面での判断の難しさを痛感したという。


 1点勝負で挑む北京へのキップ。
 勝負は山本三塁コーチャーの“右腕”にかかっている、
 と言っても言い過ぎではないかもしれない。

 サンケイスポーツ 『球界インサイドリポート』 鷲田康氏
日本ラグビーの発展につながるレフェリーの進化
2007年12月02日 (日) | 編集 |
 いよいよ今日2時にキックオフとなるラグビーの早明戦。
 13年ぶりの無敗対決。
 明大の『重戦車復活』を期待するが、
 もうひとつ注目していることがある。
 試合の進行を任されるレフェリーの“言葉”だ。


 きっかけは、今年のラグビーW杯決勝
 (南アフリカ対イングランド)。
 久しぶりに国際試合を真剣に見ていたら、レフェリーの声が
 耳に飛び込んできた。
 選手に話しかけるたびに、必ず
 『エクスキューズ・ミー』。
 丁寧に説明を終えると『サンキュー』。
 世界のトップレフェリーは、常に優しい言葉で語りかけていた。


 その理由として
 ①プレーの細密化が進み、選手に説明して納得させることが
  多くなった。
 ②スクラムをはじめとするプレーの安全性を、
  さらに徹底している
 ―などが挙げられる。
 そして、 
 ③プロ化の進化で、レフェリーにも
  『選手と一緒になって、いいプレーを作り出す』意識が
  高まったのだという。
 当然、選手とのコミュニケーション、相互信頼がより重要に
 なるわけだ。


 もともとレフェリーは野球などのアンパイア(裁定者)とは違い、
 『仲裁する人』という位置づけにある。
 試合をスムーズに進行させ、選手が実力を出せるように
 コントロールするのが役目。
 むやみに反則を取るのではなく、反則が起きないように
 するのがベストだ。
 その流れが加速している世界のラグビー。
 選手に対して高圧的なレフェリーは、もはや時代遅れだと
 いえる。


 一時ほどの人気はなくなったといっても、国内では注目度の
 高い早明戦。
 そこでどんなレフェリングが行われ、どんな声が聞こえて
 くるのか。
 日本ラグビーの発展につながるレフェリーの進化を見たい。


          サンケイスポーツ 『甘口辛口』より
                           山根俊明氏
 
五輪はアマ限定に
2007年12月01日 (土) | 編集 |
 11/27付け 400勝投手カネやんの
 『ワシの話を聞きなさい』より。
 
 今回金田さんが取り上げたのは、北京五輪を最後に
 競技種目から外れる野球について。
 参加資格を“アマ限定”にすれば他国の賛同も得られ、
 復活できると訴えた。
 

≪忘れられたWBC≫  

 ―いよいよ始まる野球の五輪アジア予選。
  金田さんが机の上に広げた新聞にも、台湾で練習する
  日本代表の様子が大きく取り上げられていた。―

カネやん)長嶋ジャパンの次は星野ジャパンか・・・。
      みんな一緒になって騒いどるけど、北京を最後に
      野球が(五輪から)外されてしまうことの方が
      大問題だぞ。
  
      (公開競技だった84年ロス五輪から)20何年間
      続けてきたのに、ヨーロッパやアフリカの理解を
      得られなかったんだからな。

 ―やはり、米国が大リーグの選手派遣に
  消極的だったからでしょうか。

カネやん)今回外されたのはそれが理由なんだろうが、
      今後復活させるためには、
      違う考え方をせんといかん。

      五輪は、もともとアマの選手が
      やるものだったんやから、
      野球はもう一度、アマ限定に戻せばいいんだ。
      そうすれば(メダル候補が)日本や
      米国など一部の国に偏ることなく、
      多くの国が『ワシらも強化してみようかな』
      と乗ってくるはずや。
      2016年は東京五輪になる可能性もあるんだろ。
      そこで復活を目指すためにも、そうすべきやな。
  

 ―ただ、日本のプロ野球人気を盛り上げるためには、
  五輪での活躍が欠かせないという考え方もあります。
  

カネやん)(急に目をつり上げて)そんなバカなことを言ってるから
      ダメなんだ。
  
      五輪にしろ、WBCにしろ、
      そこで勝ったって一発の花火みたいなもんよ。
      数ヶ月したら跡形もなくなって、
      世の中の人はみんな忘れてしまう。
      WBCがいい例や。
      五輪をアマが目指す大会にして、多くの小中学生、
      高校生が『出たい』と思えるようなものにした方が、
      どんだけ価値があるか。
      間違いなく(競技人口の)底辺が広がるよ。
  

 ≪オフ試合は過酷≫  

 ―長い目で見れば、その方がプロ野球のためにもなる
  というわけですね。
  

カネやん)その通り。それにプロの選手にとって、この時期に
      試合することの“しんどさ”を考えてみい。
      長いレギュラーシーズンが終わって、日本シリーズ
      があって、力を出し尽くした後に、
      また体を作り直さんといかん。
      ピッチャーなんか特に大変だぞ。
      ワシの現役時代だったら、
      とてもじゃないができん芸当や。
  

 ―通算400勝の金田さんでも、できないんですか。

カネやん)ワシはシーズンで投げられるだけ投げきって、オフに
      入っとった。そして、オフは本当に体のケアだけを
      考えていた。
      ところが、長嶋が巨人に入った年、(昭和33年)のオフは、
      ガンで死んだオヤジの看病につきっきりでな。
      ろくにオーバーホールせんままキャンプに入ったら、
      シーズンでとんでもない苦しみを味わった。
      元の調子に戻すのに3年もかかったわ。
  
      プロ野球選手として球団と契約している以上、
      シーズンに悪影響があるようなことはできんよ。
      いま選ばれとる選手たちも、よほど体に注意せんと
      いかんぞ。
  

 ―先週のことになりますが、その日本代表のエースでもある
  ダルビッシュがパ・リーグのMVPに選ばれました。

カネやん)まあ、あのピッチングを見れば当然だわな。
      だけど15勝しかしとらんのやろ。
      ワシなんか30勝してもMVPをもらえなかったんやから、
      ダルビッシュが今度獲るときは、せめて20勝は
      してほしいな。
      今回のMVPは、ひとつのステップにしないと。


 ≪選手の鑑だ、小笠原≫  

 ―一方、セ・リーグのMVPは小笠原でした。

カネやん)あの(東京)ドーム球場で、よう頑張ったからな。
      足なんかもう疲れきっとると思う。
      何をするにしても一生懸命、全力疾走。
      巨人の若い選手は、小笠原の頑張りに引っ張られた
      んじゃないかな。
      そういう意味では阪神に行った金本と双璧や。
      選手の鑑ですよ。
      2人の域になって初めて『自分はプロだ』と
      大きな顔をして、高い給料をもらう権利がある。
      金まみれになっとる他の選手は、まだまだ甘いよ。