日々様々なスポーツ界での出来事や、気になった記事を取り上げ考えていくブログです。
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審判への戦略
2007年10月31日 (水) | 編集 |
 『ストライクを投げているのにボールと言われた』と、
 早大・応武監督が球審の判定に不満をぶつけた。
 28日の東京六大学野球早慶1回戦。
 延長12回裏一死一、二塁から早大・須田のきわどい
 コースを付く投球が、ことごとく『ボール』とされ、
 四球で満塁の後、慶大にサヨナラ打が飛び出した。

 確かに微妙でストライクでもおかしくない球も何球かあった。
 優勝を争う大事な1回戦で負け、
 球審に不満をぶつける気持ちも分からなくもない。
 しかし、学生野球は教育の一環でもあるはずで、
 監督があからさまに球審批判とは大人気なさ過ぎる。
  



 レッドソックスの4連勝で終わったワールドシリーズや
 日本シリーズでも、気になるのは球審によって
 ストライクゾーンに かなりバラつきがあることだ。
 
 
 日本シリーズ初戦の一回戦、日ハムセギノールに
 3ランが出る直前、稲葉の2-0からの中日・川上の
 3球目は、完全なストライクに見えたのに、
 判定はボールだった。

 テレビ解説者の楽天・野村監督は、苦笑いしながら
 『日本の球審は、2-0からの3球目はバッテリーが外す
  ものと頭から思っているのでは・・・』という意味の
 話をした。
  
 野球のジャッジは100%審判の主観に委ねられるもの。
 ストライク、ボールの判定は本来、クレームを付けられる
 ものではなく、チクリと皮肉るしかない。
  


 応武監督は、
 『ストライクをボールと言われては、
  学生に何も指導できない』
 と、選手の会見も拒否した。
  
 批判する前に、審判によって異なるジャッジの個性や、
 それによる戦略の立て方などを指導することが、
 伝統を誇る早大に相応しい高次元の野球では
 ないだろうか。

   
  サンケイスポーツ 10/30付け 『甘口辛口』より
                            今村忠氏 
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体調管理へ持参! “安眠セット”
2007年10月31日 (水) | 編集 |
 日本代表のヤクルト・青木宣親外野手が、
 “安眠セット持参で29日から日本代表候補による
 合同自主トレに参加している。

 フリー打撃などで汗を流した後、
 『国際大会とか いつもと違う状況では、
  自分の力が出せる体調と環境づくりが重要ですね。
  枕とマットレス、加湿器も持ってきています』―。

 体調を管理して台湾での活躍を誓った。


 プロとしての基本は体調管理。
 ある選手は朝起きた時、首の痛みを感じたが
 無理に試合に出場し、その際首をかばった際に
 脇腹を傷めてしまった、という選手もいました。

 体調管理をすることで、未然にケガを防げます。
 できる所から実行する青木選手に、
 このブログでも何度か紹介しています。
 グッスリ眠れることが一番の休息です。  


  *2/8日付けのブログにも紹介しています。
ダイスケが語るレッドソックスの仲間達
2007年10月30日 (火) | 編集 |
 怪物が世界の頂点に登り詰めた。
 昨日、ロッキーズを倒し、3年ぶり7度目の
 ワールドシリーズ制覇!!
 第3戦での日本人投手としてWシリーズ初勝利を
 挙げた松坂大輔投手(27)が、
 大リーグ1年目で世界一に輝いた。
  
 夢を叶え、来年3月に第2子も誕生する
 “1億ドル(約114億円)の男”は、
 歓喜のシャンパンファイトに酔いしれた。


 3年ぶりの世界一に輝いたレッドソックス。
 そこには松坂と共に泣き、笑い、一緒に戦ってきた
 仲間がいる。
 『チャンピオンリング』を手にした世界一の男たちを
 松坂の“解説”付きで紹介したいと思います。


 【お守りくれた】  
  デービッド・オルティス内野手(31)

 レッドソックスの主砲。1㍍93㌢、104㌔の巨体で
 外見は怖そうだが、実は超優しい。
 愛称は『ビッグ・パピー』。
 春季キャンプ中、松坂の愛娘が体調を崩したのを知った
 オルティスは、母国ドミニカ共和国のブレスレット型の
 お守りをプレゼントした。
 『どこからか聞いたみたい。
  すごくいい人ですよね』―。
 たまに松坂は、左手首にそのお守りを付けている。


 【おなかムキムキ】  
  マニー・ラミレス外野手(35)
 オルティスと並ぶレッドソックスの主砲。
 巨漢ではないが、右打者ながら右中間方向への打球は
 驚異的な伸びを見せる。
 『彼の足首はすごく細くて、“きゃしゃ”なんだけど、
  ふくらはぎはすごく太い。
  あのあたりに、飛距離の秘密があると思いますよ。
  体も太っているように見えるけど、
  お腹は全部筋肉。すごく硬いんですよ』―。
 松坂は触ったことがあるらしい・・・。


 【“危険”な守護神】
  ジョナサン・パペルボン投手(26)
 松坂と同じ1980年生まれの守護神。
 普段は“やんちゃ”で、シャンパンファイトでは私服の
 新聞記者の頭の上からバシャーッ。
 それでいて、マウンドに上がると別人だ。
 『試合後、パップ(愛称)とのグータッチは痛いんですよ。
  勢いが強くて・・・。
  気をつけないといけないんです』―。
 実は松坂、“引き気味”に右拳を出しているという。
 勝利の儀式で故障しては笑えません。


 来季は松坂だけではなく、こんな仲間たちにも
 熱い声援を送って下さい!!
 来春は日本でのメジャーリーグ
 レッドソックス開幕戦の予定ですから!! 
  
早朝トレ後、球場で朝食を
2007年10月29日 (月) | 編集 |
 西武再建へデーブ考案が・・・?  


 小鳥がさえずり、朝もやの残る中、レオ軍団が
 動き出す。
 27日からの秋季キャンプで、午前7時開始の
 早朝トレが実施される。

 『野手は全員、7時くらいから練習します。
  その方が体にいいというので、
  取り入れることにしました』―。
  

 渡辺新監督が指名したのは17人の野手。
 午前6時45分に宿舎を出発し、筋力トレ中心の
 メニューをこなす。
 朝食はケータリングサービスで球場に持ち込み、
 10時からの本隊練習までにとる予定だ。


 異例の早朝トレを立案したのは、今季まで評論家として
 メジャー取材を重ねた大久保新打撃コーチ。
  
 『空腹状態で体を動かしてから食事をした方が
  栄養の吸収がいい。
  メジャーのキャンプでは(レッドソックスの)
  オルティスやラミレスも、6時半くらいから練習
  しています』と説明した。


 今春までのキャンプは早出練習が午前9時開始、
 選手は7時半の散歩に合わせて起床した。
 始動は1時間以上も早まるが、全体練習は午後2時に
 終了予定。
 その後はミーティング、マッサージなど有意義に活用する。

 レオ再建は早朝練習から。
 早起きは三文の徳となるか??
どん底から這い上がった男
2007年10月29日 (月) | 編集 |
 昨年と同じカードになった日本シリーズ
 『日本ハムVS中日』が始まった。
 新庄、小笠原、福留が両軍のスタメンから姿を消す中、
 気になる新顔は34歳の中村紀。
  
 昨年1勝4敗で敗れた中日が今年はどうなるか、  
 カギを握る一人だ。

 昨オフ、オリックスを自由契約になり、
 今年2月に育成選手として中日入団。
 開幕前に支配下契約(年俸600万円)を結ぶと、
 レギュラーシーズンで打率.293、20本塁打、79打点の
 成績を残した。
 ケガで離脱した福留の穴を埋め、後半はクリーンアップで
 活躍。チームをクライマックスシリーズへと導いた。


 勝利への貢献もさることながら、その変身ぶりに
 驚かされた。
 落合監督も心配していた“お山の大将”的な
 振る舞いを封印。
 普段の練習から、真摯な姿勢を貫いた。
 奇抜な髪型もやめて、1年を通して丸刈りに。
 中村紀の茶髪をこの欄で批判したことがある筆者も
 正直見直した。


 ただでさえ、今年は
 『元オリックスの選手がブレークする年』だ。
  
 楽天・山崎武、巨人・谷、ロッテ・早川らもシーズンを
 盛り上げたが、最後まで残ったのが中村紀。
  
 今季最下位の古巣に、晴れ舞台での雄姿を
 見せ付けようとしている。
 また、ともに米大リーグとの苦い関係を持つ
 日本ハム・稲葉(ヤクルトからFAでのメジャー移籍失敗)
 との再戦も見もの。
 セ・パの所属が入れ替わって、6年ぶりに日本シリーズで
 顔を合わせる。


 中村紀は、球団創設以来55年間日本一と縁がないまま
 消滅した『近鉄の血を引く男』でもある。
 中日に53年ぶりの日本一をもたらすことで、
 叶わなかった夢の代わりにできるか。
 生まれ変わったノリの再チャレンジに注目したい。


     サンケイスポーツ 10/27付け 『甘口辛口』より
                             山根俊明氏


 昨年、ある番組に中村紀が苦渋の思いで語っている場面を
 見た。  
 『伊勢神宮で、ある程度の金額を奉納し、本当に野球を愛して
  いるのなら、謙虚な心で初心に戻り、どんな条件でも
  受け入れなさい』―。
 と、ある有名な方がアドバイスしていました。
 その通りにしたのでしょうか。
 今に至っているように思います。
 童もすがる思いで、
 当時の中村紀は人目もはばからず打ち明けていました。
 

 どん底から這い上がる時のパワーは計り知れないものだと
 思いますし、その殻を割ることができない選手の方が多い中、
 よくぞここまで!!と拍手したいです。
 “お山の大将”のイメージが強かったので、
 私も正直ここまでこれる選手とは思えませんでした。
 

 今の背番号『99』。
 近鉄に入団した初めてのユニホームには『66』。
 初心に戻って、その時の思いもひっくり返し、謙虚に
 チームの為に貢献している中村紀選手。
 落合監督に救われ、ここまでこれたことに感謝し、
 日本シリーズ優勝目指して頑張って欲しいです。
 この気持ちを忘れて欲しくないですよね。
  

 
メジャーはボーナスもデッカイ!!!
2007年10月28日 (日) | 編集 |
 松坂の契約条項に含まれている出来高で、
 プレーオフに関するものは2項目あり、
 優勝決定シリーズ、ワールドシリーズでのMVP獲得で
 それぞれ15万ドル(約1716万円)が入る。
  
 しかし、前者は既にジョシュ・ベケット投手(27)が
 獲得している。

 その他の出来高としてゴールドグラブ賞5万ドル
 (約572万円)、新人王2万5000ドル(約286万円)
 などがある。
  

 また、ワールドシリーズは第4戦までの入場料収入の
 60%が分配される。
 (勝利チームに36%、敗北チームに24%)
  

 昨年の覇者カージナルスには2000万ドル
 (約22億8000万円)が分配され、1人当たりの
 分配金は史上最高額の36万2000ドル
 (約4126万円)。
 
 
 今季も人気球団と初出場チームの対戦で話題性もあり、
 高額の分配金が期待される。

DH制ない敵地・・・打も『きちっとやる!』
2007年10月28日 (日) | 編集 |
 メジャー1年目を締めくくる、最大の挑戦が始まる。  
 松坂も自然と興奮した。
 『どんな雰囲気になるかわからないけど、
  そこから先が楽しみです』―。

 優勝決定シリーズと同様敵地での初戦。
 DH制のないナ・リーグ球団の球場となるため、
 松坂は打席に立つ。
 打撃センスがよく、西武時代には打撃練習も行って
 いたが、今回は得意の打撃より、犠打を重視した。
 『バントを死に物狂いで練習しておこうと思う。
  1回も成功したことがないので。
  1度くらいは決めたいと思います』―。
 今季の松坂は4打数無安打で犠打もゼロ。
 メジャー初安打より、チャンスメークの初犠打を狙う。

 
 そんな松坂をナイキもサポートする。
 この日までに打撃用の新たな手袋を緊急輸送した。
 『右手のひらと人差し指、中指、親指の部分に
  衝撃を吸収するパットが入っています。
  バットに当たった衝撃で利き手がシビれ、
  投球に影響がでないようにです』―。
  
 と用具担当者が説明した。
 さらに走塁用手袋も用意。
 厚手のものでスライディングの際に地面に手を付いたり、
 想定外の“事故”を未然に防いでいく。
  


 敵地のクアーズ・フィールドは初体験で海抜1600メートルと
 気圧が低く、湿気を含ませたボールを使用するが、
 どの程度の飛距離が出るかは未知数。
 さらに21日には15cmの降雪も記録するなど、
 寒さも敵になる。
 『(バントは)自分を助けることになるし、
  きっちりとやりたいです』―。

 クリアすべき“障害”もあるが、松坂のバントがチームを
 救い、自分を救う。

  
 松坂がWSでの日本人投手初勝利を目指す!!
 

アウエーの洗礼乗り越える!
2007年10月27日 (土) | 編集 |
 レッドソックスの松坂大輔(27)が明日、敵地
 クアーズ・フィールドでの第3戦に先発して
 世界一に大手をかける!

 事前に敵地で使用されている湿気を含んだ
 “飛距離抑制球”での練習を希望したが、
 断られてしまう“ロードでの洗礼”を受けた。



 ワールドシリーズでの先発デビューへ万全を期す。
 『何度もやっていることだから。
  練習は通常のメニューをこなした』―。
 ジョン・ファレル投手コーチ(45)が、
 松坂の“先乗り”を明かした。

 インディアンスとの優勝決定シリーズでも敵地初戦の
 第3戦を任されたが、この時はチームと同じく
 第2戦終了後に移動した。

 しかし、今回のデンバーはボストンから飛行機で約4時間半。
 マイナス2時間の時差がある。
 チーム本隊に帯同すれば、到着は試合前日の午前6時頃。
 これでは体力的にも厳しいため、投球に悪影響を
 及ぼさないよう準備万端、先乗りした。

 
 そんな気合の松坂の前にロッキーズ側の
 “ロード洗礼”が待ち受けていた。

 敵地クアーズ・フィールドは標高1600メートルの高地で、
 空気抵抗が少なく、他球場よりボールが飛びすぎる為、
 使用球は湿気を含ませた“特別球”となっている。
 
 さっそく松坂側が練習で“特別球”の使用を
 ロッキーズ関係者に頼んだところ
 『それはできないですよ』と、
 にべもなく断られたという。


 “触感”に大差はないが、指先の感覚で勝負する
 投手にとってボールの違いは生命線。
 本番を前に少しでもなじんでおこう、という思いも
 完全にシャットアウトされた。

 『ダイスケのいつものピッチングをしてくれたらいい。
  ボールはよく飛ぶのかもしれないが、
  (投球の)基本は変わらない』―。
 それでもファレル投手コーチは松坂に信頼を寄せた。


   
 初対戦のロッキーズから“ロードの洗礼”を
浴びた松坂だが、これも試練。
 大舞台に強い投球を披露し、
世界一へ大手をかけてみせる!



 ≪飛距離出る高地対策≫

 ロッキーズの本拠地クアーズ・フィールドには、
 飛距離を抑制するために使用球を“加湿”する
 約3㍍四方の小部屋がある。
 公式使用球が届くと、室温21度、湿度50%に保った
 室内で保存。
 常時約400個が収納されており、
 長く置かれている球(平均約2ヶ月)から順に使用される。

 
 02年に大リーグ機構の許可を得て“加湿”を開始。
 本塁打数は01年の268本から今季185本に減った。
 
寒さには温熱クリーム
2007年10月26日 (金) | 編集 |
 ポストシーズンの季節は、開催地によっては真冬並みの
 寒さになる。
 今季ワールドシリーズは特に、寒い地域のチームが
 顔を合わせた。


 そこで、選手にとって重要事項の1つが寒さ対策。
 米国では携帯カイロはあまり使われておらず、
 多くの選手は肌に塗ると発熱する
 『温熱クリーム』を全身にすり込み、フィールドに立つ。
 

 05年にホワイトソックスに所属していた井口が出場した際も
 このクリームを使い、かなり効果があると話していた。

 
 試合中のベンチも寒そうだが、実はヒーターが付いている。
 ダッグアウトの天井に赤外線ヒーターを設置している所や、
 壁から温風が吹き出てくる所もあり、ベンチは見た目より
 ずっと暖かい。
 
 ただし、ビジターのベンチにはヒーターを付けていない
 球場が多い。相手に不利な条件を与え、
 ホームフィールド・アドバンテージを取ろうということらしい。
背広組から現場へ・・・ツバメ再建プラン
2007年10月26日 (金) | 編集 |
 昨日、来季の監督として日ハムGMを退任した
 高田繁氏(62)と条件面で合意に達し、
 都内で正式契約を結び、新監督就任記者会見が
 行われた。
 なぜ今、再びユニホームに袖を通す決断を下したのか。
 21年ぶりの再会を喫したヤクルトの再建プランを
 独占激白した。


 88年に4年間務めた日ハムの監督を退任。
 01年に巨人の二軍監督を終えてから、
 高田氏がユニホームを着るのは実に7年ぶりとなる。
 『簡単な決断ではなかった。
  重要な仕事をさせてもらっていたし、もう1年やって
  欲しいとも言われていたから』―。

 日ハムではGMとして3年間でリーグ優勝2回。
 “背広組”としての実績を積んだが、
 現場へのこだわりは捨てられなかった。
 『背中を押したのは、やはり野球人だから。
  意欲はみんなある。ただやりたくて手をあげたって、
できない。チャンスがあるかどうか。
  作り直さないといかんけど、体もまだ動くしね』―。

 
 そんな中で秋季キャンプ(11月5日~愛媛・松山市)で、
 いよいよ高田ヤクルトがスタートを切る。


 『まず、どんな選手がいるのか自分の目で見たい。
  やりたい野球というのはもちろんあるし、
  基本は投手を中心とした守りだと思う。
  しかし、プレーするのは選手。
  例えば、走れる選手がいないのに、
  走る野球をやってもダメでしょう。
  いるメンバーに合わせた野球をやっていく。
  そうするうちに、理想の野球に近づきたい』―。


 日ハムGM時代には、ダルビッシュや武田勝ら
 即戦力を獲得。
 当然、ヤクルトでも補強・育成面で高田氏にかける
 期待は大きい。


 『今年は戦力にはならなかったが、来年は、という人が
  たくさんいればいいね。
  例えば増渕のような選手とか。
  まぁこれは宝くじのようなものだけど、
  古田監督が佐藤由(仙台育英)を引いてくれた。
  本当にありがたいプレゼントだよね』―。


 今季最下位に終わり、決して順風満帆とはいえない船出。
 だが、高田氏の視線の先には希望が映っていた。

 『現場に戻って幸せかどうか感じるのは(監督が)
  終わった時かもしれない。
  苦しいけれども、監督にはやりがいと魅力がある。
  やった者じゃないと分からないんですよ。
  これだけは』―。


 こう激白した高田新監督。
 88番のユニホームに袖を通した。 
まだ進化する!!ダイスケ
2007年10月25日 (木) | 編集 |
 松坂のメジャー挑戦を間近で見守ってきた
 レッドソックスの前田高典トレーナー(48)が、
 この1年の松坂、そしてこれからの松坂について語った。


 メジャー移籍後、松坂の最大のテーマとして
挙げられるのが、
 固いマウンド、滑るボールへの対応だった。
 慣れない条件の下、松坂の体への負担は、
 かなりあったという。

 『最初は適応に苦労して、フォームのバランスを崩して、
  おかしな箇所に負担がかかっていた』―。

 
 西武時代、松坂の筋肉が張る部分といえば、
 内転筋や臀部だったが、開幕当初はそれ以外の箇所にも
 張りを訴えていたという。

 そこで、前田トレーナーは正しいフォームで多めに
 キャッチボールをやらせて“いつもの場所”に
 張りが出るフォームを思い出させた。


 その甲斐あって、かつては中4日の登板の間に2度
 行うときもあったマッサージも、
 いつの間にか1度に。

 『中6日のときでも1度になっていたかな』と、
 松坂の順応性に笑みを見せた。

 それでも、今の松坂のフォームは“完成版”ではないという。
 『今は日本の時と同じフォームで、なんとか投げようと
  している。でも、何年かしたら今とだいぶ違うフォームに
  なっていると思うよ。
  長い目で見て、楽しみにしていてよ』―。


 前田トレーナーは来年、再来年と、
 怪物はさらに進化していくことを予言した。
球児“神様フォーク”で来季V奪回や!!
2007年10月24日 (水) | 編集 |
 “神様フォーク”でバージョンアップだ!!  
 阪神の藤川球児投手(27)が21日、今オフに最速フォークと
 スプリットを習得する意気込みをみせた。
 前日20日、セ・CS第2ステージのゲスト解説で訪れた
 東京ドームで、フォークの神様、杉下茂氏(82)=野球解説者=
 から、直接アドバイスを受けたもの。
 神様伝授のフォークで、来季のVも、来夏の金メダルも
 引き寄せる。
  


 まさに“神のお告げ”。  
 球児が08年V奪回へ、
五輪金メダルへ必殺武器を手に入れる。

 『前に話したことを(杉下氏が)覚えていてくれて嬉しい。
  やってみます』―。
 前日(20日)、巨人ー中日戦のゲスト解説で訪れた
 東京ドームの通路で偶然、杉下氏と遭遇。
 “フォークの神様”として、星野監督時代の02、03年の
 キャンプで臨時コーチを務めた杉下氏に
 『ご無沙汰しています』とあいさつ。
 すると『おおっ』と返事をくれた。

 当時、まだ才能を発揮していなかった藤川にとっては
 『覚えて頂いて頂けただけで嬉しい』再会だった。
 立ち止まった杉下氏は、指でVの字を作ると、
 身振り手振りでアドバイスを開始。
 それが高速フォークとスピリットだった。
 時間にしてわずか2,3分ほどの立ち話が、
 虎の守護神にとって貴重な“神様”の教室になった。


 『スピリットですね。前から言われていたんです。
  腕の振りで(直球と)ゴマかせるでしょ』―。
  
 リリースの際に手首を固定し、抜くようにして投げるのが
 通常だが、杉下氏からは、直球のように思い切り
 スナップを効かせて投げるバージョンを伝授された。
  
 『直球を投げるイメージ?そうですね』―。

 ヒントを得た藤川の目が輝いた。
 “神様フォーク”で世界へ挑戦する!!
  



 杉下茂(すぎした・しげる)≫ 1925(大正14)年9月17日、東京都生まれ、82歳。
 帝京商(現帝京大高)からいすゞ自動車ー明大を経て
 49年中日入団。
 50年から9年連続2ケタ勝利を記録するなど、
 エースとして活躍。
 54年の日本シリーズでは3勝を挙げ、中日初の日本一に
 貢献、MVPに輝いた。
 61年大毎に移籍、同年引退。
 その後阪神、中日で監督、巨人、西武で投手コーチを歴任。
 85年殿堂入り。
 通算成績は525試合に登板、215勝123敗、
 防御率2.23。
 1㍍82㌢、71㌔。右投げ右打ち。  

結局最後に勝つ 物凄い幸運
2007年10月23日 (火) | 編集 |
 カネやんの『ワシの話を聞きなさい』(10/23付け)より。
 “最後まで逃げずに立ち向かって行け!!”―。
 カネやんが、レッドソックス・松坂大輔にエールを送った。
 決して絶好調ではない怪物だが、ワールドシリーズでも
 悔いのない投球をするよう激励。
 小手先のピッチングを厳禁した。  


カネやん)松坂は物凄い運を持ってるねぇ。紛れもない幸運児だ。
      結局、最後の試合で勝ち投手になってしまうんやからな。 

 ―もし負けていたら“戦犯”になるところでした。
カネやん)それはどうかな。負けようが、勝とうが、今年の
      レッドソックスファンをあれだけ楽しませたんだから。
      むしろ“花咲かじいさん”だよ。
  
      元々レッドソックスは松坂がいなくても、優勝できる
      チームなの。そこに、最高の話題づくりをして
      くれたんだから“盛り上げたで賞”をやっても
      いいんじゃないか。
      1億ドルといっても安い買い物ですよ。
  

 ―その一方で岡島は期待以上の貢献でした。
カネやん)松坂が宣伝部長なら、岡島は事務経理部長かな。
      計算できるピッチングをしてくれたからな。
  
      メジャーの選手は、あの変則フォームにビックリした
      んだろう。それにタテの変化(チェンジアップ)。
      ワシが400勝できたのも、タテに大きく割れるカーブ
      があったからや。岡島の場合は打者のすぐ手元で
      変化するから、なおさら打ちずらい。
      チームに多大なる貢献をしたな。
  

 ―岡島はワールドシリーズでも活躍しそうですが、松坂が心配。
カネやん)何が心配することあるの!(目を見開いて)
      こんな名誉、喜んで投げりゃあいいのよ。  
      逃げたり、小細工したりせず、思いっきり腕を振って
      投げることや。そりゃあ多少の工夫は必要やろうが、
      後悔するようなピッチングをしてはいかん。
      ダメなら、交代するピッチャーはいくらでもいる。
  
      相手のチーム(ロッキーズ)には元チームメイト
      松井稼もおるんやし、日本人同士、
      新たなる歴史の1ページを刻んで欲しいな。 
野茂やれる!!
2007年10月22日 (月) | 編集 |
 復活を期す野茂が上々の試運転を終えた。
 野球が盛んなベネズエラだから知名度も絶大だった。
 先頭ブランコ(ブレーブス3A)から2ストライク目を奪うと、
 野茂の代名詞でもある『ponche!(三振)』コールが起きた。
 約1年半ぶりのブランクを経た実戦は、追い込んでからの
 右前に運ばれ、無死1塁からスタート。
 だが、2番スアレス(デビルレイズ1A)を投前犠打、
 3番カーター(Dバックス3A)を遊飛、4番サラザー
 (オリオールズ2A)は投ゴロ。
 後続3人も2ストライクに追い込み、しっかり3個アウトを
 奪った。

 野茂も復帰戦の内容には満足した。
 『球場がいい雰囲気だった。雨で1回しか投げられ
  なかったのは残念。
  でも、まぁ良かったです』―。

 雨季の影響もあって2回、先頭打者との対戦中に
 スコールが始まり中断。
 グラウンド整備の後で再び雨が強くなり、
 計1時間以上もの中断を余儀なくされたため、
 再開後のマウンドには上がらなかった。
 それでも全17球に確かな感触を得た。

 『キャッチャーの方が僕より選手を知っているし、
  それに自分たちも勝ちたかったので』と
 カブスの控え捕手を務めるブランコのリードに従い、
 変化球主体に組み立てた。
 フォークについては、フランコ投手コーチが、
 『とてもよく変化していた。
  いい仕事をした』と切れ味に驚いたほどだ。
 
 開幕8試合で3点が最高だった打線も初回、
 復帰戦を援護すべく先制の2点をプレゼント。
 投球回が少なく野茂に勝利投手こそ付かなかったが、
 6連敗で止めた。

 球場は首都カラカスを本拠とする両軍の『ダービーマッチ』
 ということもあり、入場券は完売。
 回を追うごとに膨れ上がった観衆は、野茂降板に
 肩透かしだったが、場外にはダフ屋も出現した。

 現役メジャーが本格参戦前の10月としては異例の大入りで、
 地元紙はチーム名『レオネス(ライオンの意味)』に
 引っ掛けて『RUGE(ほえろ)NOMO』と
 スポーツ面のトップで伝えた。

 ドジャース時代にバッテリーを組んだヘルナンデス監督も
 『私の知っている野茂だ。
  私もまたプレーしたくなった。
  今日の彼ならすぐにメジャーに上がれるね』と喜んだ。

 
 次回登板は24日か25日に3回、
 60球をメドに先発する。
 『ここ1、2年、痛かったり痛くなかったりが続いているので、
  試合中も痛くないかを考えていた』と
 2年以上も苦闘する右肘痛を克服したわけではないが、
 『今日も痛くないし、明日もなければ次のステップへ行ける』
 とまずは順調な1歩をしるした。

 詳しくは『野茂英雄オフィシャルウェブサイト』
セ・パでCS同時開催すべき
2007年10月21日 (日) | 編集 |
 今季から、セ・リーグでもクライマックスシリーズ(CS)が
 行われたことは、パ・リーグのチームに大きな影響が
 出るでしょう。

 昨年まで、2年連続で日本シリーズを制したのはパ。
 CSからの勢いのまま入っていけたメリットは、
 はかりしれないものがあります。
 しかし、今季は逆転しています。
 セ・リーグの第2ステージが終わるまで期間が空き、
 試合勘が鈍ってしまう心配があります。

 この試合勘というのは、実に厄介なものです。
 例えば阪神はフェニックス・リーグに選手を送ったり
 しましたが、結果はご存知の通り。
 やはり、緊張感を強いられる試合とは
 程遠いのです。
 
 そうは言っても、紅白戦でいかに試合のイメージを
 失わないでいられるか。
 それしかできることはありません。

 巨人もそうでした。
 中日は阪神との試合を終えて、勢いに乗ってきて
 いました。
 対する巨人は、手探りで初戦を迎えるハンディが
 あったと思われます。
 普段どおりに戦うことしか出来ないのです。
 
 CS4年目のパ・リーグでさえ、いまだに初戦は
 硬さが出ていました。
 

 CSは定着していくかもしれません。
 ただ、やはりセ・パとも同時平行で行い、
 最後は同じ条件で戦わせてあげるべきだと
 思います。
稼頭央育てた手腕で
2007年10月20日 (土) | 編集 |
 西武の秋季練習が17日、埼玉・所沢の西武第2球場で
 行われ、新任の小野和義一軍投手コーチ(41)、
 清家政和一軍守備走塁コーチ(48)、
 熊沢とおる一軍打撃コーチ補佐(34)が初参加。
 異色の経験を持つ熊沢補佐は、大久保博元一軍打撃コーチ
 (40)との二人三脚で打線強化に着手する。


 一軍経験なし。
 05年までは二軍サブマネージャー兼用具係りだった
 熊沢打撃コーチ補佐が、
 ロッキーズ・松井稼頭央への指導経験を生かし、
 大久保新打撃コーチをサポートする。
 『今は振りが小さい選手が多い。
  カズオにも言ってきたし、デーブ(大久保)さんとも
  話したのですが、打撃は強く、大きく振ることが
  大事なんです』―。

 現役時代から親交の深かった松井稼の個人コーチ
 として、2年間の米国生活を終え、
 1週間前に帰国したばかり。
 米マイナーリーグに留学経験のある大久保コーチと共に、
 メジャー仕込みの打撃理論を注入する。
 
 その指導経験を受けた松井稼頭央内野手(31)は、
 初のワールドシリーズ出場を決めた。
 Bクラスが指定席だったロッキーズを、
 ワールドシリーズへ導いた“カズオ・パワー”を
 在デンバー日本国総領事館の久保和朗総領事から
 表彰を受けることが決定的になったという。
 夢舞台に向けて、最高の励みとなるはずだ。

 日本ではなじみが薄いデンバー。
 約1900人の在留邦人を含めた日本系人が住んでいる
 という。
 だが、最近では日系企業の撤退が重なり、その人口は
 低下の一方。
 松井稼は、9月下旬にデンバー日本語補修学校で行われた
 運動会に、激励メッセージを贈るなど、
 活性化に一役買った。
 “デンバーの星”が、ワールドシリーズでも光り輝く!


 <熊沢とおる>
 1973(昭和48年)年9月7日、
 埼玉県生まれ、34歳。
 埼玉・所沢商高時代に52本塁打をマークし、
 92年ドラフト3位で西武入団。
 現役時代の名前は当緒流(とおる)。
 外野手でプレーしたが、98年に引退するまで
 6年間で一軍出場なし。
 99年から西武の二軍スタッフ、05年の退団後は2年間、
 ロッキーズ・松井稼の個人コーチを務めた。
 
 
つなぐ打線結実
2007年10月19日 (金) | 編集 |
 球団初のパ・リーグ連覇を成し遂げた日本ハム。
 課題の『ポスト小笠原』は現れなかったが、
 少ない得点を守り切る野球が、実を結んだ。
 手堅さを増した野手陣を振り返る。


 『この守備では、ダメだな』―。
 今年の春季キャンプ第一クール。
 新外国人グリーンの、ぎこちないグラブさばき、
 ステップを見た白井ヘッド兼内野守備コーチの
 第一印象だった。
 首脳陣が『3番・三塁』を期待した中距離打者に、
 実質的に失格の烙印が押された。
 懸案だった『ポスト小笠原』の不在。
 皮肉にもこれが、守備を前面に出し、少ないチャンスを
 ものにする今季のスタイルの一つの契機となった。


 三塁手で18試合出場し、併殺を一つも取れなかった
 グリーンに代わり、三塁を奪ったのが小谷野だった。
 ずんぐりむっくりの体に似合わず、動きは素早く
 球際にも強い。
 内野の連携は格段に高まった。
 田中賢、金子誠の二遊間は盤石。
 外野は森本、稲葉にチーム屈指の俊足、工藤。
 『本当に安心して見ていられる』と、
 平野外野守備走塁コーチが語る通り鉄壁だった。


 チーム失策はリーグ最少で、併殺数は12球団一の
 130個を数えた。
 ヒルマン監督の目指す『守りから入る今年の野球』は、
 最後まで揺るがなかった。


 大砲が少ない打線は、一つの出塁を大事に生かすしかない。
 田中賢がリーグ新の56犠打を記録し、
 チームはダントツの145犠打で走者を進めた。
 進塁の意識も徹底され、エンドランのサインが急増。
 一塁走者はただではアウトにならなかった。
 攻守のキーマン、田中賢は言う。
 『併殺を奪えば波に乗れるし、併殺打を打つと勢いが
  なくなる。併殺は自分にとって大きなプレーです』―。
 規定打席到達者中、併殺打が最少『1』の2番打者の
 言葉は説得力がある。


 12球団で最も本塁打が少ない『ピストル打線』だからこそ、
 機動力をふんだんに使い、点を小刻みに刻んできた。
 9月24日のソフトバンク戦。
 重盗後に内野ゴロの間の得点で1点差に迫り、
 エンドランが成功して追いついた。
 そして延長12回引き分け。
 本塁打で先行しながら勝ちきれなかった王監督は、
 『悔やしいけど、点の取り方の幅はウチよりも広い』と
 認めざるを得なかった。
 今季の日本ハム打線にとって、最大級の褒め言葉である。 
亀田父 子離れいつ?
2007年10月18日 (木) | 編集 |
 『負けたら切腹』と広言(口に任せて言う)していた
 亀田大毅が、思い詰めて
 『台所でジッと包丁を見つめていた』そうだ。
  

 東日本ボクシング協会の大橋会長が、
 父親の史郎トレーナーから聞いたとう。
 なるほど、17日の会見に現れた大毅は憔悴していた。
 しかし、本当に『切腹』するほどの勇気や信念があったら、
 あんな愚かな反則などするはずがない。


 16日に一部のマスコミの取材に応じた史郎トレーナーは、
 『とにかく今の大毅を見ているのは辛い。
  自分はどうなってもいい。
  大毅を助けてやりたい』と話していた。

 散々、暴言や恫喝を繰り返したわりには殊勝だ。
 『タマ打ってええ』とけしかけたと思えば、
 今度はガードしての泣き落としか。

 しかし、この父親が悪かったのは『反則』だけ、
 と思っているようなフシもある。
  
 傍若無人な子供達を育てた責任についてはどう
 考えているのか。
 世間が何を批判しているのか、分かっていないような
 気もする。
  
 本当に反省しているのであれば、まず相手の内藤陣営に
 謝罪した後に、きちんと公の場で会見するのが
 順序だったろう。


 17日に親子はコミッションを訪れ謝罪したが、
 所属する協栄ジムの金平会長に促されて
 不承の謝罪、会見に見えた。
 父は質問に答えるときも、ほとんど顔を上げず、
 反則の指示については
 『悔いのないようにやれと言っただけ。
  後はどうとらえようと、そっち側は自由』と
 投げやりに答えていた。

 視聴率の為に亀田家を祭り上げたテレビ局の責任も
 大きいが、なんといっても親の責任は重い  
 教育が間違っていたことを早く悟って“子離れ”し、
 自分からライセンスを返上するくらいの潔さを見せれば、
 世間は少しは納得するだろう。

   サンケイスポーツ 『甘口辛口』 今村忠氏 より 
スポーツ中継 本質軽視の風潮
2007年10月17日 (水) | 編集 |
 読売新聞スポーツ欄に『オープンスタンス』というコラムがあり、
 このところ過熱し過ぎなスポーツ番組の本質を問う
 文面が載せらていたので、紹介したいと思います。
 

 経済学の授業で『悪質は良質を駆遂する』という法則を
 習ったものだが、テレビのスポーツ中継が最近、
 そんな状況だと感じるのは筆者だけだろうか。


 先週行われた世界ボクシング評議会(WBC)のフライ級
 タイトル戦は、挑戦者の亀田大毅が反則行為を
 繰り返すなど、質の低い内容だった。
 亀田家への批判が相次いだが、筆者の周囲では、
 放送したTBSへの批判の声の方が多かった。
 『亀田側に肩入れしている』
 『スポーツを冒瀆するような内容を、視聴率が取れる
  というだけで優先している』というもので、
 テレビ局に直接抗議した視聴者もかなりいたようだ。


 テレビ界では、視聴率が高ければ番組が支持されている
 と見るのが常識のようだが、実際は、番組への評価は
 それを見た後でなければ出せないもの。
 『視聴率=視聴者の支持』ではないのは明らかだが、
 今回のように番組に不満がある視聴者が多いのに、
 視聴率を根拠に『支持されている』と
 勘違いする例が絶えない。

 TBSは、以前にも亀田家に異様に肩入れする放送で
 世論の批判を浴びたが、今回も視聴者を惑わすような
 手法が目立った。
 19時から地上波放送が始まったが、
 『試合はこの後すぐ!』と延々引っ張った末、
 試合開始は20時近く。
 プロ野球の重要な試合の放送を試合終了を待たずに
 簡単に打ち切る対応は、昨今の民放各局共通だが、
 それと考え合わせると、こうしたことがスポーツの
 本質を軽視する風潮を招いているように思える。


 米国のスポーツ中継で以前こんなことがあった。
 ゴルフのマスターズを主催するオーガスター・ナショナルGCが
 女性会員を受け入れないことに対し、
 女性団体が『性差別』と批判した。
 GC側は
 『私的クラブには、自らの運営方針を決める権利がある』
 と意に介さなかったが、
 女性団体はテレビ放送のスポンサーの商品不買運動を
 起こして圧力をかけた。
 結局、イメージ低下を恐れた企業が放送のスポンサーを
 降りた。
 市民が番組内容に間接的に『NO』を突きつけた例だ。


 経済原理に左右されやすい業界風土で、
 スポーツや文化等の『良質』をすくい上げるのは
 難しいのかもしれない。
 だが、視聴者を愚弄(ぐろう)するような手法をやめ、
 本質を伝える努力をしなければ、
 いつか、スポーツ番組自体が そっぽを向かれてしまう。

                         ~下田郁夫氏~

  
チームがひとつに
2007年10月17日 (水) | 編集 |
 ロッキーズ4連勝 ナ・リーグ初V!!

 二塁の守備位置で鳥肌が立った。
 空気が冷たいからではない。
 ストライク一つ、アウト一つ、取るごとに5万を越える
 観衆が地響きを立てた。
 『何が何だか分からないけど、グッとくるものがあった』―。

 勝利の瞬間、松井稼頭央は無意識の中で両手を天に
 突き上げた。
 22戦21勝。
 レギュラーシーズン終盤から驚異的な勢いでつかんだ
 ワールドシリーズへの切符だった。
 『勝ち続ける中で、勝つことの大変さを感じた』―。
 という。

 プレーオフに入ってからの7試合は重く、長かった。
 だが、そんな中でチームの絆がどんどん強くなってくる
 ことが、自信になった。
 『チームが一つになって戦った。
  この素晴らしいチームメートと一緒に戦えることが嬉しい』―。
 MVPにはホリデーが選ばれたが、ヒーローは一人ではない
 ことは、みんなが分かっている。
 1時間以上も続いた勝利の宴。
 この日、貴重な3点をもたらした松井稼のもとには、
 タベラス、トレアルバと何人もの選手がやってきた。
 そして松井稼もシャンパンの瓶を片手に
 ロッカールームを走り回った。


 今シーズン開幕前日。
 敵地の球場を後にする時、ポツリともらした。
 『ここから荷物を運んだんやな』―。
 メッツからトレードを通告された日のことを思い出していた。
 
 大きな荷物を持ち、悔しさと不安と希望、
 様々な思いを胸にデンバーに向かった日。
 だが、今はそれも懐かしい思い出だ。

 成績の残せなかったメッツでは、どことなくチームメートとの
 距離があった。
 今はいつも笑顔で語り合い、同じ目的に向かえる仲間が
 そばにいる。
 努力を重ね、本来の姿を取り戻したからだ。
 
 『ここまで来たら当然、目指す。
  僕は脇役に徹するけど』―。

 メジャーの頂点へ走る集団の中で背番号『7』も
 しっかりと輝いている。
竜倒秘策は上原先発!
2007年10月16日 (火) | 編集 |
 カネやんの『ワシの話を聞きなさい』
 (サンケイスポーツ 10/16付け)より。

 あっと驚く奇襲で行け!!
 カネやんが、クライマックスシリーズ(CS)第2ステージで
 中日と戦う原巨人に秘策を授けた。
 それはズバリ『上原先発』―。

 レギュラーシーズンとは違う、短期決戦ならではの
 戦い方を勧めた。
 プロ野球の新監督、亀田一家の話題も合わせてどうぞ。



 (1試合1試合が重要な意味を持つ短期決戦。
  テレビ観戦につい力が入ってしまう金田さんも
  なんとなく疲れた表情だ)

カネやん)それにしても、阪神はあっという間に終わってしまった
      のう。藤川を使わずじまいだったやろう。
      まったく、もったいないことをしたもんだな。

 ―レギュラーシーズンから解消されなかった『先発投手の不安』
  が出てしまいました。
カネやん)中日は先発の数も、質も揃っとるからな。
      おまけに全てナゴヤドームで試合をするんやから、
      ハンディキャップをつけてプレーボールするようなもんや。
      おまけに序盤であんな大量点を取られたら、
      もう追いつけるわけがない。

 ―阪神が勝つ方法はなかったんでしょうか。
カネやん)それはもう、藤川先発ですよ。
      藤川だけじゃなく、JFKが1試合ずつ先発しても
      よかったな。または、JFKだけで1試合投げきるとか。
      とにかく阪神のジョーカーは藤川なんだから、
      それを使うことを真っ先に考えないと。
      (第1戦、第2戦で先発した)下柳や上園もいい
      ピッチャーなんだろうけど、こういう試合は先に点を
      取った方が勝ち。
      試合の頭を0に抑えられるピッチャーじゃないと
      いかんのよ。

 ―その点、巨人は内海、高橋尚、木佐貫と先発は揃ってます。
カネやん)まあ、原(監督)のことだから、正攻法で行くんだろうな。
      初戦の先発は内海だろう。
      一方の中日はもう一度、川上で来るような感じがするな。
      その為の6イニング(降板)だったような気がする。
      ただ、巨人にはもっといい策があるんだけどなあ・・・。

 ―そんな秘策がありますか?
カネやん)上原先発ですよ(キッパリと)。
      川上との横綱相撲に勝って、
      (第2ステージの)5試合で2つ勝てるピッチャーは、
      上原しかおらん。完投しなくてもいい。
      5イニングでええんや。
      ここで負けたら日本選手権に出られないんやから、
      切り札は使い切らなくちゃぁ。
      先発がどうしても無理なら、3イニングくらいの
      ロングリリーフで使って、勝てる試合は必ず取ることやな。

 ―苦手にしているウッズ対策も必要です。
カネやん)だいたい、巨人のピッチャーは行儀が良すぎるんや。
      もっと、胸元や土手っ腹めがけて投げなくちゃいかんよ。
      (投球が)頭に行かなけりゃぁ、危険球には
      ならんのやからな。その点、野間口あたりが面白いかも
      しれん。タマがどこに行くか分からんからな。
      的が絞りずらいでえ。

 ―巨人でカギを握るのは、やはりピッチャーですか。
カネやん)中日と阪神との戦いを見て、分かっただろう。
      巨人のピッチャーと、中日のピッチャーとの戦いや。
      その中でも、特にカギを握るのが巨人の上原。
      この子がフル回転しなければ、阪神に勝って
      上がってきた中日の勢いを止めるのは難しいな。



 ―さて、話は変わりますが、3球団の新監督がほぼ決まりました。
  ヤクルトの高田さんはよくご存知ですよね。
カネやん)巨人の仲間だったからな。
      人相は優しいけど、芯の強い子ですよ。
      これからのヤクルトは古田もいなくなるし、
      センターラインを強化して、ディフェンス中心の野球を
      作り上げていかなくちゃいけない。
      その点では適任じゃないかな。
      スワローズOBとしても大賛成だ。

 ―日本ハムの梨田さん、西武の渡辺監督についてはどうですか。
カネやん)そういえば梨田も表情が優しいな。
      いまやそういう監督がモテるのかな。
      でもヤクルトと違って、日本ハムは益々強くなる途中
      やから、あの子は運があるんやろうな。
      近鉄の弱い時代も知っとるし、選手の扱い方を
      心得とるよ。外国人監督にはない、よさが出てくるんじゃ
      ないかな。
      渡辺は、二軍監督から上がってくるんだろう。
      これは理想的なパターンですよ。
      下にいる有望な若い子のこともよく知った上で、
      チームを作れるからな。
      今年1人もいなかったピッチャー出身の監督だし、
      ピッチャーの気持ちを大事にする采配を見せて欲しいな。


 ―最後になりましたが、ボクシングの『亀田問題』について。
カネやん)うーん(急に表情が曇って)。何にせよ、言葉遣いが
      乱暴極まりないね。世の中の子供達に対して、
      教育上よろしくないよ。試合中の言葉もそうだけど、
      試合をする前にナゼ『負けたら切腹する』とか、
      相手のことを『ゴキブリ』だとか言うのかね。
      そんな礼儀知らずの言葉を吐くから、試合中に
      やったことの罪も重くなるんだよ。
      『まだ子供なんだから大目に見て・・・』なんてことを
      言うヤツがおるが、子供なら子供らしく、
      目上の人に対する日本語を学びなさい!!
            
 
子育てをすること
2007年10月15日 (月) | 編集 |
 いま、親の権威がなくなっています。
 親が自分の生き方に自信がなくなっているから、
 子育てに対しても、どうしたらいいか 
 分からないのでしょう。
  

 
 子育てをするということは、強い意志が必要になって
 きます。
 ときには、自ら律して、お手本にならなければならない
 こともあります。
  
 親がだらしなくて、『ちゃんとしろ!』と言っても、
 子供は言うことを聞くわけがありません。
 子供に立派に育って欲しいのであれば、
 親自らが自分の行動を見つめ、
 子供の模範にならなければならないでしょう。
  


 親は立って木を見るがごとく、
 まぶしく見上げられる存在なのです。
 だから、親なのです。
  


 ただ、模範と言っても、親は『聖人君子』になれと
 言っているわけではありません。
 親自身の人生に夢を描き、それを家族と共有し、
 イキイキと生きて行くことじゃないでしょうか。
 そんな親の姿を毎日見た子供が、
 すくすくと育たないわけがないと思っています。
  


 夢(目標)をいつも持っていて欲しいのです。
 たとえ小さな目標でもいいから、
 夢を持つことです。
  
 そして、決して諦めてはいけません。
 最後の最後まで諦めないで、夢を持ち、
 挑戦し続けることが大切です。
  
 特に、子供に対して諦めることは絶対にいけません。
 それでは、子供がかわいそうです。
 『あぁ、親から見捨てられた』と、
 子供は敏感に察知するものです。

 親が、『ワクワク、ドキドキ、ハラハラ、うっとり』と見る夢は、
 子供にとっても大きな夢に違いありません。
  


                     『新庄剛志』の育て方より


 私は、今のこの時期がとても貴重で大切です。
 元から子供が好きで、自分の子供を授かり子育てができる
 喜びを日々感謝しています。
 
 実は私の子供時代は、振り返ることに拒んでしまうほどの
 時期・・・でした。
 あまり思い出したくないので書きませんが、
 そのことが最愛の我が息子、娘に影響を与えて
 しまわないように、
 逆にその事がいい教訓になり、今の親子関係が築けていると
 思います。
 もちろん、子育てを主人が中心となり支えていてくれている
 お陰でもありますが・・・。


 日々夢に向かって努力し、今何をすべきか、
 いつも手探りで探しています。
 子育ての大切さを実感している私です。
 
 
 
期待の右腕(茨城)
2007年10月14日 (日) | 編集 |
 今月行われたプロ野球の高校生ドラフトで、
 菊池保則投手(18)が楽天の指名を受け、
 1999年度まで女子高だった常盤大高(水戸市)から、
 初めてのプロ野球選手が誕生する。

 1㍍80㌢、80㌔のガッシリとした体つきの本格派右腕。
 エース兼4番打者として、同校を初めて県大会決勝まで
 導いた活躍は記憶に新しい。

 しかし、創部8年目の同校に甲子園出場経験はないし、
 全国的には無名の存在。
 ドラフト当日、指名を確約する球団はなく、
 須田武志監督は、
 『私が非力で甲子園に連れて行けなかっただけに、
  責任を感じていた。
  ほっとしている』―。
 と、感慨もひとしおだ。

 入団する楽天は今季3年目の新しい球団。
 吹石徳一・チーフスカウトは、
 『(菊池投手は)なんと言っても体が強い。
  うちはまだ若い球団で、強くはないが、
  これからどんどん強くなっていこうと思う。
  協力して欲しい』―。
 と呼び掛けた。

 菊池投手の自己分析は
 『負けず嫌いで、相手が強いほうが楽しい』。
 ピンチでも表情を変えず、とつとつとした話し方や、
 高3の夏の県大会決勝で敗れた点など、
 水戸商から阪神に入った井川慶投手(現ヤンキース)を
 思い出させる。

 県高校野球界を盛り上げた右腕が、プロの世界でも
 新興球団を引っ張っていく。
 そんな未来を期待している。
いい捕手はミットを動かさない
2007年10月12日 (金) | 編集 |
 カネやんへの質問コーナー。
 今回は『いい捕手の条件』です。

 Q)捕手がミットをストライクゾーンに動かすのを
   どう思われますか?
   見ていて見苦しいと思うんですが・・・。

 A)おっしゃる通りだよ。ワシがピッチャーだったら、
   そんなキャッチャーは即刻クビですよ。
   ミットを動かさず、いい音を立てるのがいいキャッチャー
   なの。 野村(現楽天)、森(元横浜監督)、
   古田(元ヤクルト監督)・・・。
   みんなキャッチングがうまかった。
   打つ方は、ついででいいんだ。
   夫婦だって、夫をいい気分にさせるのが妻の役目やろ。
   今のキャッチャーにも、そういう事を大事にして欲しいな。

   カネやんHPにも是非足をお運び下さいね。
相談・・・
2007年10月12日 (金) | 編集 |
 今回のブログの内容・・・。内々の内容で申し訳ありませんが
 とっても悩んでいるので、勇気を出して書いてみました。
 成長過程の中、どう接していけばいいのか
 悩んでいます。


 数日前から息子の様子がおかしく思い、
 注意を祓い様子を伺っていました。
 
 どうして“おかしい”・・・と思ったか。
 ①口ごたえが激しくなってきたこと。
 ②目を合わせて話をしなくなったこと。
 ③ランドセルの中身を見せたがらなくなったこと。
 
 などなど・・・。

 一時期、女の子と仲良くなって、授業も上の空、
 親の話も上の空、野球も上の空・・・。
 “恋の病”にかかった時期があり、
 親としても野球と勉学に集中して欲しいあまり
 口げんかもしました。
 その時は、すぐにクラス替えがあり、
 その子とは別のクラスになったので
 その後は関わりは持たなくなり(切り替えが早い)
 また普段通りの息子に戻りました。

 今回も どうも恋絡みの様子・・・。
 長期にわたり、ようやく肩のケガも完治し、
 明日から続けて大会も控えている中、
 こんな有頂天になっている息子に
 苛立ちを感じてなりません。
 主人に話をしてみると、
 『遠くから温かく見守ろうよ。
  今まで手を掛け過ぎだったんだよ。
  寂しい気持ちも分かるけど』―。

 自分は高校の頃に彼氏が出来て、
 そのことが原因で職員会議にかけられ
 彼は同じ部活動(硬式テニス)を退部させられ
 別れさせられました。
 当時の顧問の先生は、私にこう言いました。
 『テニスに集中しろ!!どれだけ力を入れていると
  思っているんだ!!』―。
 私の為にサポートして下さっていたその時の
 顧問の先生の気持ちを踏みにじってしまっていた自分。
 結局、結果も残せぬまま中途半端な成績で
 3年間の部活動は終わりました。


 後悔しています。
 ある程度の力があったとはいえ、100パーセント
 発揮できなかったことに今でも悔いが残っています。
 この話を息子に以前話す機会があり、
 目標に向かって頑張っている時期は、
 邪念を捨てて邁進するよう、
 伝えました。
 が、やはり11歳の男の子。
 まだまだ『親の心 子知らず』のようで。


 なんだかとても寂しい気持ちで複雑な思いでいます。
 ご指摘などございましたら
 アドバイス願います。
  
 
日本一は足元から 由伸機能性インソール
2007年10月11日 (木) | 編集 |
 巨人・高橋由伸外野手(32)が、足元を固めて
 日本一に挑む。
 CS第2ステージに向けた練習で、アップシューズの中に
 ウィニングワン社の機能性インソール(中敷き)
 『Bane(バネ)・スウェードタッチ』を入れて使用している
 ことが10日、わかった。


 このインソールは、体の土台にあたる足の骨格を
 安定させることで、体全体の適正なバランスを保つという。
 右足首痛など、昨年まで下半身の故障に泣かされ
 続けてきた高橋由は、これまでオーダーメードの
 別製品を使っていたが、
 外側へ足が流れにくいというこのインソールに注目。
 素材もスウェード調を選び、よりフィット感を
 高めたという。
 
 『アップは体をケアする時間でもありますから、
  柔軟性と安定性を兼ね備え、
  体軸を整えられるインソールはより有効』
 と同社の広瀬勇人代表(37)は説明する。


 故障がちの足に細心のケアを尽くして決戦に備える。
ミスが許されない街ニューヨーク
2007年10月10日 (水) | 編集 |
 松井が生き生きとしている。
 と、言ってもヤンキースの松井秀喜ではなく、
 ロッキーズの稼頭央なのは言うまでもない。


 メッツにいた2年半は、本当に地に足が着かなかった。
 もともと『日本人であのポジションは無理』(井口)という
 遊撃を、いまやメジャーでもトップクラスの
 スタープレーヤーとなったレイエスと争わされた
 悲劇もある。
 何より苦しめたのは、勝つこと、成功することでしか
 認められないニューヨークの持つ、
 独特のムードだったかもしれない。
 『アイツはダメだ』と一度決め付けられたら、
 これでもか、と攻撃される。
 メッツ時代の松井稼は、守備の不安を担当記者に
 書きたてられた。
 もともと送球は不安定だったが、当時の一塁手の
 ピアザの捕球ミスで割を食ったこともかなりあった。
 それでも一度、『ダメ』とレッテルを貼られて
 しまったために、全ては松井稼の責任に転嫁されて
 いった。
 地元メディアとスタンドのファンから浴びたブーイング。
 それが松井稼にとってのニューヨークだった。


 デンバーに本拠地を置くロッキーズに移籍したことが
 松井稼を生き返らせた。
 ヘビースモーカーで、ロッカーを出た脇のスペースで
 よくタバコを吸う。
 『ホントはいけないんですけどね、
  多目に見てくれてるんですよ』と
 うまそうに煙を吐き出す。
 コロラドの田舎町には、そんなおおまかなところがある。
 ニューヨークでは、まずあり得ない話だった。


 『勝者だけが祝福される街』-。
 メジャーでは明らかにマイノリティー(少数派)の
 日本人が、ニューヨークのチームで働く難しさは、
 わずかな失敗も許されない、ということだ。
V奪回
2007年10月09日 (火) | 編集 |
 理想の野球とは―。
 2002年に優勝をした時、原監督は答えている。
 『個々の選手が自分の判断で、その時の状況に応じて
  プレーできる。
  つまりはベンチが全く動かない野球』―。
  


 9月26日、中日との最終決戦では、図らずも
 そんな展開となった。
  
 初回に4点を先行され、指揮官がサインを出しにくい
 状況となった。
 それでも、選手は粘りに粘って追い上げ、追いつき、
 そして勝ち越した。
 試合後、原監督は言った。
 『サインを出さなくても、選手が動いてくれた』―。  
 李、脇谷、高橋由の3本塁打は言うまでもなく、
 しぶとく安打をつなぎ、ベテラン清水は6回無死二塁で
 二塁ゴロを打ち、走者を進めた。
 それでも、そんな会心の試合はめったに
 できるものではない。
 今季、原監督に『今、目指している野球は』
 聞いたことがあった。答えは
 『8割は選手主導。1割から2割がベンチ主導で、
  そのへんの幅を持たせるということだと思います』―。
  
 残念ながら、その1~2割の部分は、
 今季の戦いを見る限り、十分にこなせていたとは
 言い難い。
  
  
 例えば、勝負所で原監督が好んで仕掛ける盗塁。
 今季は63と、昨年から10も減り、成功率も6割7分に
 とどまった。
 シーズン前半は小笠原、李、阿部ら主軸打者にも走らせ、
 相手にプレッシャーをかけていた。
 しかし、夏場以降は、そんなシーンは影を潜めた。
 走者を確実に進め、試合の主導権を握る送りバントは
 149回試みて、失敗が41回に上った。
 成功率は7割2分5厘と、昨年を1割2厘も下回った。
 4~6月は1本のバントから相手投手を追い詰め、
  
 連打で大量点を奪う鮮やかな攻撃が見られたのに、
 7月以降は逆にバント失敗で流れが悪くなることが
 多くなった。
  


 2005年、米大リーグでホワイトソックスが
 『スモールベースボール』を掲げてワールドシリーズを
 制した後、日本でもこの言葉が
 もてはやされた時期があった。
 昨年の春季キャンプ、原監督が言った。
 『スモールベースボールというのは、当たり前の野球
  だと思う。
  長打とか、違った攻撃スタイルもあるわけで、
  その中でのバリエーションの一つですよね』―。
  
 
 原監督が志すのは『スモール』とか『ビッグ』とか、
 そんな型にとらわれない縦横無尽、自由自在な野球だ。
 『本当に強いチームを作るという大目標は、
  まだ達成したとは思ってない』―。
 
 まだまだ、やらなければならないことは
 たくさんある。


 *2/22, 4/27日付けのブログに、V奪回に向けての
  動きなどを載せています。
  合わせてご覧下さい。 
谷・小笠原 打『点』が『線』に
2007年10月08日 (月) | 編集 |
 谷は悔しかった。
 9月9日の阪神戦(東京ドーム)で、スタメンを外れた。
 前日まで16打席連続無安打。
 『監督は休ませた方がいいと判断したと思う。
  でも、僕は休むのが一番嫌い。
  試合に出るためなら、痛くても我慢する。
  まして、どこも痛くなかった
』―。
 8日後の阪神戦。
 甲子園の左中間に本塁打を放った。
 『普通なら届かない』―。
  
 浜風とプライドで運んだ、自身2ヶ月ぶりの一発だった。


 小笠原の名前が初めてスタメンから消えたのは、
 8月2日の横浜戦(横浜)。
 それまでフル出場を続けていたが、約1ヶ月前から
 左膝半月板損傷の古傷が悲鳴を上げていた。
 しかし、首脳陣から『強制休養』を命じられたその日も、
 9回に代打で登場し、試合を決める適時打を放って見せた。
 翌日は欠場したが、翌々日の試合ではスタメン出場を
 直訴し、6回にダメ押しの2ランをかっ飛ばした。


 谷と小笠原がいる―。
 それだけで心強かった。

 33歳の小笠原がチーム最多の142試合、34歳の谷も
 141試合に出場。
 ともにスランプらしいスランプもなかった。
 内田打撃コーチは
 『2人が加わり、打線が「点」から「線」になった』と
 言い切った。
  
 

 谷はほとんど経験のない2番をそつなくこなし、
 打率はチームトップの.318.
 高橋由との1.2番コンビは、2人の平均出塁率
 .380でチャンスをつくり、得点力アップに貢献した。


 小笠原も巨人へのFA移籍選手で初めて
 『3割30本塁打』をクリアし、殊勲安打
 (先制、同点、勝ち越し、逆転)32本は、2位の阿部に
 10本差のチームトップ。
 特に先制打が22本と試合序盤で無類の勝負強さを
 発揮した。


 内田コーチは数字では推し量れない影響力も強調する。  
 『2人とも、どんなに難しい球でもヒットにする技術があるし、
  野球に対して貪欲。
  みんなが少々のことじゃ休まなくなったのも、
  2人の姿を見て、たくましくなったからだと思う』―。


 昨年は3人だった規定打席到達者が6人。
 ケガ人続出でリーグワーストの貧打に泣いた巨人が、
 チーム打率、総得点ともに12球団トップに
 のしあがった。


 巨人1年目。小笠原は
 『辛かったし、目に見えない部分で重圧もあった』
 と言い、谷は
 『最初から、どのチームでもやれる自信があった』と
 振り返った。


 キャラクターもまるで違う2人だが、チームに吹き込んだ
 新風が、V奪回への快進撃を後押ししたのは
 間違いない。 

  
               10/6付け 読売新聞 津崎勝利氏

 *3/14付けのブログに、『小笠原移籍秘話』を
  載せています。
  合わせてご覧下さい。
日本に馴染んだ外国人選手
2007年10月07日 (日) | 編集 |
 ヤクルトのラミレスがシーズン200本安打を達成した。
 日本のプロ野球では右打者として初めて、
 外国人選手としても初の快挙。
 
 『石の上にも3年』。
 2001年入団時、ヤクルトはそんな感じでラミレスをえ入れた。
 外国人選手調査のため渡米した球団編成部が、
 獲得の3年前からリストアップ。
 やっとの思いで契約にこぎつけ、当時の丸山編成部長は
 『これで活躍しなかったら、オレはクビだ』
 とまで話していた。

 ところが、入団後も『石の上にも3年』が必要だった。
 来日2年目までは大振りが目立ち、
 6,7番を打たされることが多かった。
 それでも若松監督は辛抱よく使い続け、
 3年目に40本塁打&124打点で2冠。
 いまも、ことあるごとにラミレスが
 『使ってくれる監督に感謝しています』と話すのは
 実は重みのある言葉だ。


 『まさに“努力と感謝”ですね。
  ラミは日本に溶け込もうと努力したし、
  周囲への感謝も忘れなかった。
  いまやほとんど日本人ですよ』―。
 入団時から接する杉村打撃コーチは、成功の理由を
 そう話す。
  
 日本の言葉、食べ物、気候にも順応して、
 オフには裏方さんにプレゼントを贈る。
 1年で解雇される外国人選手が多い中で、
 ゆっくりと開花していったラミレスのケースを
 振り返る価値はある。


 心配なのは、今年が3年契約(年俸3億円)の
 最終年だということ。
 ラミレスの持ち味は、ファミリー的な雰囲気の
 ヤクルトでこそ生きるはず。
 球団側とラミレス側、ともに歩み寄って、
 時間をかけて磨き上げた“ヤクルトの宝”を
 輝かせ続けてほしい。

  サンケイスポーツ 10/6付け 『甘口辛口』より
                        山根俊明氏