日々様々なスポーツ界での出来事や、気になった記事を取り上げ考えていくブログです。
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時間差投法で活躍の元巨人・故渡辺秀武さん
2007年08月31日 (金) | 編集 |
 広島のスカウト・渡辺秀武さんが亡くなった。
 カネやんの元同僚だったそうです。
 『巨人時代(65~69年)にズッと(キャンプなどで)
  同部屋だったよ。
  現役を辞めてからも、ウチを訪ねてくれた・・・。
  メリーちゃんと呼ばれて、とても優しい人だった。
  ワシが巨人で辛かったときも、朝の散歩から付き人の
  ように付いてきてくれた。
  残念だ・・・。』
 そうカネやんは語る。


 テークバックから踏み出した左足が地面に着く。
 それでも腕は、まだ振ってはいけない。
  
 『そこでぐっと我慢して、手と足のバランスをわざと
  遅らせるんだよ。
  そうするとバッターはタイミングを外されて空振りするか
  ど真ん中でもバットが出ない。
  本当は二段モーションでボーク。
  でも、この微妙な間を見分けられるアンパイアは
  そうはいなかったね』―。
  
 
 巨人、広島などで投手として活躍した渡辺秀武さんが
 亡くなった。 享年65歳。
  
 現役時代は気弱な性格から『メリーちゃん』と
 呼ばれていたが、実際にお目にかかったのは、
 今から20年以上前の83年、茨城・水戸で開催された
 高校野球春季関東大会だった。

 渡辺さんも前年に現役を退き、広島の新米スカウトとして
 活躍を始めたときで、こちらも新米のアマチュア野球担当。
 新米通しのよしみもあって、何かというとスタンドで
 並んで野球を見ていた。

 『有名選手はウチにはなかなか来てくれないから、
  他が手を出せないけど磨けば光る選手を取りたい』―。


 資金に乏しい広島の悲哀を味わいながらも、
 なんとか可能性を探して選手を一本釣りしていく。
 それが“渡辺スタイル”だった。

  
 『オレは小手先で細工をできるようなピッチャーじゃ
  なかったから、自分の体を目いっぱい使うしか
  なかったんだよ』―。
 その最高傑作が冒頭の“時間差投法”だった。
  

 後に東尾修投手(前西武監督)に破られるまで、
 与四球の日本記録を持っていたのも、
 独特の投法のせいだったという。

 『あの投げ方は背筋にすごい負担がかかるし、
  コントロールが難しい。
  バッターもタイミングがすっかり外れるから、
  内角球をうまくよけられなくなるんだ』―。
  

 そんな危険なボールを投げながらも『メリーちゃん』と
 呼ばれたのは、グラウンドを離れたときの穏やかな人柄が
 あったからだろう。
 ここ数年は体調を崩してスカウトからも退かれたと
 聞いていたが・・・。
 65歳とは、あまりに早すぎる。

    サンケイスポーツ
      『球界インサイドリポート』より 
                       鷲田康氏
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米国では判定が絶対!!報復の可能性も
2007年08月30日 (木) | 編集 |
 『MLBプレスルーム』 マイナーリーグ審判 平林岳氏の
 コラムを載せたいと思います。
 前回、カネやんの質問コーナーと付随して
 取り上げてみました。
               サンケイスポーツ8/14付け


 米大リーグには日本と違う習慣があります。
 選手の審判に対する発言も、そのひとつでしょう。

 レッドソックス・松坂投手が
 『誤審をした審判に対する罰金制度の導入を提言した』
 という記事を目にしました。
 今後さらに大リーグで活躍して欲しいと願っているので
 気になりました。

 松坂投手は知っていると思いますが、野球は
 『審判の判定が全て』という規則で行われます。
 審判も人間で、勘違いもあります。
 ですが規則上は、どんな判定にも間違いはないことに
 なっているのです。
 くどいようですが、下された判定が正しく、誤審は存在
 しないものなのです。

 大リーグに限られず、米国では『規則』が最も大切に
 されます。
 退場を宣告することが多いのも、規則に従って試合を
 進行させるため。
 ですから、審判が罰金を科せられるとすれば
 誤審ではなく、退場を宣告せずに試合を長引かせた
 場合かもしれません。
 
 松坂投手の今回の発言で危惧(きぐ)しているのは、
 米国で報道されると審判から
 “報復”される可能性があることです。
 名前を挙げられた審判の判定は、
 さらに厳しくなるかもしれません。
 (本人が否定するでしょうが・・・)

 大リーグでは、例え審判による“報復行為”と思えるような
 判定があっても、ファンや球団関係者でさえ
 『審判批判をした方が悪い』という受け止め方をします。
 それほど審判はルールや大リーグ機構に守られていて、
 とても“強い存在”になっています。

 納得できない判定は多々あるでしょうが、
 審判を敵に回すような発言はしない方が賢明です。


 



 
  
成瀬のビデオ観て勉強せい!
2007年08月30日 (木) | 編集 |
 400勝投手カネやんが、プロ野球の優勝争いのカギを
 握るのは『完投勝ちできる投手を作ることや』
 断言した。
 今月19日、ロッテ・成瀬の完封に感心したカネやんは、
 現在のセ・リーグにこそ完投が必要と強調。
 救援陣を休ませる試合を作ることを優勝の条件に挙げた。

 今回もカネやんの『ワシの話を聞きなさい』で
 球界を盛り上げていきたいと思います!!

             サンケイスポーツ8/21付けより


カネやん)強い日ハムを19日にロッテの成瀬が
完封したのには感心したなぁ。
素晴らしい技術を持っとるぞ、あの子は。
打者の反応を見て、球種や投げるコースを変えてくる。
つかみどころの無い手品師みたいなピッチャーや。
手の出どころも見えにくいし、誰が教えたんかな。  
アマ時代に、いい監督さんがおったのか?  
  

 ―成瀬・涌井(西武)・松坂(レッドソックス)は
  横浜高校出身。渡辺監督が、防球ネットをマウンドの
  すぐ両脇に立てて投げさせているのを見ました。
  
カネやん)なるほど・・・。それで分かった。その練習は
     窮屈そうに見えるが、理にかなっとるんだ。
     体を開かず、鳥が羽ばたく寸前のような形で
     タメを作ることで、力のある球を投げられるように
     なる。しかも、ひじが下がらないように
     腕を振らないと、ネットに手が当たってしまうんや。
     この練習で投げ込んだフォームだと、
     手の出どころも見えにくいし、何より疲れない。
     横浜高校の子供たちがタフなのは、
     そのフォームに秘密があるんや。
  

 ―みんな完投が多いですもんね。
カネやん)こういうのを巨人のピッチャーも勉強せにゃいかん。
     優勝のカギを握るのも、完投勝ちできる
     ピッチャーが出てくるかどうかなんや。
     ここんところ(リリーフの)上原と豊田に
     頼り切っているが、これでは2人がへばってしまう。
     高橋(尚)と内海という、いいピッチャーが
     おるんやから、少なくともどちらかが完投して、
     リリーフを休ませる試合を作らないと。

 ―2人に続く先発“第3の男”も出てきて欲しいところです。
カネやん)金刃にしても、木佐貫にしても“ホームラン病”が
     あるからな。あれは、簡単にカウントを取りにいく
     からなんだよ。いまのバッターは、ヤマを張って
     振り切ってくるから、気の入っていない球は
     確実にエジキになってしまう。
     だから『成瀬を見て勉強せい』ちゅうこっちゃ。
     あの子はヤマを張らせず、抜く球も
     全力で抜いている。
  

 ―この暑い中、最後まで投げ抜く精神力が必要ですね。
カネやん)確かに最近の暑さは、地球温暖化もあって
     尋常じゃないからな。同情はするよ。
     広島戦(15日)で、巨人の阿部が隠し球で
     アウトになったけど、あれも暑さでボーッと
     しとったんだろうな。
     広島には凪(なぎ)があって、とんでもない暑さに
     なるのはワシもよう知っとる。
     それでも、優勝を目指すチームは、どんなときでも
     集中力を切らしたらいかん。
     ワシが監督なら、一・三塁のベースコーチを
     引っぱたいちゃうがな。

 ―一発で目が覚めそうですね。
カネやん)そうよ。あと目を覚ましてくれるのが、前にも
     言ったけど『水』だな。
     トレーナーに教えられた医学的なデーター
     だけじゃなく、経験を重ねることで、いつ、
     どれくらいの量を飲むかを体で覚えておくことや。
     投げている途中、ベンチに戻ってガブガブ水を
     飲んでいるヤツを見るが、必ずノックアウト
     されとる。
そういう野球の細かい部分も
     この名人が教えていくから、若い選手、
     少年野球の子供たちはサンスポを読みなさい!!



 ≪カネやん 質問コーナー≫  
Q)プロ野球で、人間の審判制を廃止し、全てカメラによる
 ジャッジにしたらいいと思いますが。

カネやん)それはダメだな。野球は流れを切らさずにやる
     ゲームなので、相撲のように間を取ってカメラで
     確認することはできんのよ。
     それより、その金を審判の“健康管理費”に
     使って、体調万全でゲームに臨めるようにする
     ことだな。
     審判員諸君は、こういう意見が出ることを
     屈辱だと感じなくちゃ。
     もっと自己管理をきっちりして、体力をつける
     こと。
     『体力がジャッジを助ける』ということを
     もう一度よく考えてほしいな。     
      
甲子園がある限り生き返る!
2007年08月29日 (水) | 編集 |
 今日もまたまたカネやん節!!
 甲子園の総括を今回はお届けします。
     サンケイスポーツ 8/28付けより


 ―高校野球、けっこう盛り上がりました。
カネやん)特待生問題なんか、どこかに行ってしまったな。
     それほど劇的な決勝戦だった。
     広陵の監督は『ストライクがボールになった』
     とか言ってたけど、審判は絶対なの。
     それより、奇跡的な逆転勝ちを成し遂げた佐賀北の
     成長に注目して欲しいね。
  

 ―段々強くなっていった気がします。
カネやん)その通り!!甲子園というのは、そういう魔力を
     持った場所なんや。ひとつ勝つことで自信になって
     思い切りが出てくる。
     そしてまた勝って自信がつく・・・。
     最後の満塁ホームランも、そういった
     『自信と思い切り』が成せる業だったな。
     しかも若いから、大会中にその強い気持ちが、
     どんどん膨らんでいく。
     去年の(早実)斎藤もそうやった。
  

 ―公立校の優勝を称える声もあります。
カネやん)(キッパリと)それは関係ない。
     公立校だって、私立校だって、同じくらい練習は
     していますよ。佐賀北の子供たちも素質と力が
     あって、努力したからこそ、野球の神様が
     ご褒美をくれたんだ。
     高校野球は単純明快、野球の純粋な部分で
     出来ているんや。
     そのお陰で、甲子園がある限り金田正一も
     生き返るよ!!



  
井口トレード 拍手を送ったよ。
2007年08月28日 (火) | 編集 |
 400勝投手カネやんの『ワシの話を聞きなさい』より。
 井口の電撃トレードの件から話は日本球界の
 トレード問題へ。
 相変わらずのカネやん節をどうぞ。
        サンケイスポーツ 7/31付け  


カネやん)あれは度肝を抜かれたな。と、同時に拍手を
     送ったね。
     アメリカは、トレードを何とも思わないんだから。
     日本でも、戦後まもない頃には
     『ニコヨン(日給240円)』という労働者がいて、
     トラックで運ばれたところで文句も言わず仕事を
     していたんだ。それが、今の日本球界では、
     『あそこに行くのはイヤ』とか言って
     現役を辞めたりもめたりする。
     もっとプロフェッショナルにならなくちゃ。
  

 ―米国の方が、何事もビジネスライクですね。
カネやん)新天地で環境が変われば、活躍できる
     場合もあるしな。
     ワシもオヤジに言われたもんだ。
     『自分の腕で名をなさしめよ』ってな。
     プロ野球ってのは実力社会なんだよ。
     『野球で勝つことは大変難しい。だから人の
      何十倍も努力して戦う』―。
     これがワシのモットーなんや。
     他人から手を差し伸べられるのではなく、
     自分が働くことで金を稼がないと。
  

 ―日本でも、もっとトレードを盛んにしなくては
  いけませんね。
カネやん)くすぶっている人間も居るんだから、活発に
     やらなくちゃ。いま、あれだけ一生懸命やっている
     高校野球の中で、センスある連中だけが選ばれて
     入ってきてるんだからな。
     日本のプロ野球も、あぐらをかいていると、
     本当にダメになってしまう。
     いろんな意味で、組織改革をしていかないと、
     取り返しのつかんことになるぞ。
  


 〈カネやん質問コーナー〉
Q)昔のピッチャーは夏でも長袖のアンダーシャツを
 着ていました。 いまは半袖も多いのですが、
 どう思いますか?

カネやん)ワシらの頃は『肘を冷やしてはいかん』という
     教育がなされていたからな。
     自分自身でも痛むのが怖かった。
     ただその分、汗をかくことには大変気を遣ったね。
     でも、今は汗を吸って熱を外に出す(長袖の)
     アンダーシャツがあるんだってな。
     ワシらの頃にそんなもんがあったら、
     800勝できたぞ。
     つまりワシらには水との戦いがあって、
     ガバッと飲んだら体は動かなくなるから、
     氷をかじったり、“末期の水”のように
     唇を湿らせたりして投げてたんだ。
     そんな苦労が無いんだから、いまの子供たちは
     幸せだよ。  
   

  
陽がキングに“弟子”入り
2007年08月27日 (月) | 編集 |
 打撃向上に取り組んでいる日ハム・陽内野手が、
 課題克服のために
 『突撃!隣のスラッガー』大作戦を敢行した。

 8月9日の楽天戦(札幌ドーム)の試合前に、
 楽天・山崎武司を電撃訪問。
 面識がないのにもかかわらず、
 『どうしたらもっと打球を遠くに飛ばすことが
  できますか?』と
 勇気を振り絞って助言を求めた。


 山崎武司も最初はびっくりしていたが、
 すぐに解釈。
 『むやみに遠くへ飛ばそうとするより、
  ボールを的確に捉えるミート力が必要』と
 助言を送った。

 次の再開までに陽のフォームをビデオ研究することを
 約束し、バットもプレゼント。

 球団の垣根を越えた心温まる師弟関係がスタートした。
ピンチの裏側
2007年08月25日 (土) | 編集 |
 佐賀北高校の心得『ピンチの裏側』。
 とても感銘を受けたので、載せたいと思います。


    ピンチの裏側  

 神様は決してピンチだけをお与えにならない
 ピンチの裏側に必ず
 ピンチと同じ大きさのチャンスを
 用意して下さっている
  

 愚痴をこぼしたり
 やけを起こすと
 チャンスを見つける目が曇り
 ピンチを切り抜けるエネルギーさえ
 失わせてしまう
  

 ピンチはチャンス
 どっしりかまえて
 ピンチの裏側に用意されている
 チャンスを見つけよう
  


 劇的な逆転劇で広陵(広島)を破って
 全国の頂点に立った佐賀北高校。
 校内のグラウンドにあるカウント盤も、信号機を改造して
 作られ、ベンチのイスはコンクリートブロック。
 ベンチはテント。
 全て手作り。
 グラウンドもサッカー部と併用して使われています。

 特待生問題で困惑していた常連校。
 でも結局、特待生など関係ない佐賀北高校が
 頂点に立ったことで、
 改めて学生の本分である『文武両道』を
 見直すきっかけになったのでは、と思います。  
 
 夢と希望と勇気を与えてくれた佐賀北高校。
 今日からは全国統一摸試だそうです。
 
  
 


 
ベテラン選手が“おせっかい”やけばもっと強くなる!
2007年08月24日 (金) | 編集 |
 野村監督の振るタクトに乗って楽天が元気だ。
 楽天がひと味違うチームとなってきた要因は
 さまざまなことがある。
 ルーキー田中の活躍やベテラン山崎武の復活・・・。
 だが、やはり大きいのは、野村流の教育が次第に選手に
 浸透してきたということだ。
  

 分かっていてもなかなか出来ない事はある。
 19日に発表された財団法人日本コミュニケーション協会の
 調査では、6割以上のビジネスマンやOLが
 話したり書いたりする発信型の英語能力を大切と
 考えながら、その8割近くは
 『何も対策をしていない』というアンケート結果が
 出たそうだ。
 口酸っぱく言われなければ、なかなか重い腰が上がらない
 のは、人間、特に今の若者の特性といっても
 いいかもしれない。
  

 野村監督も若い選手にとっては、ある意味
 『ウザいオヤジ』かもしれない。
 球宴に出場したルーキーの嶋が練習休みを返上しなかったのを
 一喝し、返す刀でベテランの山崎や高須にも苦言を呈する。
 口うるさく叱り、選手の危機感をあおる古典的な指導法だが、
 実は今の若者を動かすのには有効かもしれない。
  

 巨人の上原が、
 『危機感を持ってプレーしている人間と、
  そうやない人間の差が大きい』とホームページで
 苦言を呈したことがちょっと話題になった。
  
 おそらく上原自身の気持ちとしては、今が正念場という中で
 イマイチ必死さの見えない若手、中堅選手たちへの
 メッセージだったのだろう。
  
 この発言を
 『チームを混乱させる余計なこと』ととるか、
 それとも選手の危機感をあおりチームを活性化させる
 発言ととるか・・・。
 それは巨人の選手達の取りかた次第となる。


 ただ、チームを動かすためには、こういう
 “おせっかい”なパッションも大切なものなのだ。
 監督やコーチがそういう前に、ベテラン選手が物申す。
 そういうチームカラーが出来上がったら
 楽天はもっと強くなるはずだ。
 
 
本塁打激減 バント威力
2007年08月23日 (木) | 編集 |
 佐賀北が北九州勢として13年ぶりの快挙を成し遂げた
 今大会は、従来の投打にも変化が見られた。

 第一は、昨年、ピークに達した『打高投低』の傾向が
 弱まったことだ。
 昨夏は史上最多の60本に達した本塁打数が、
 今年は24本に激減した。
 
 その理由には、今春の選抜から甲子園大会で初めて
 導入された低反発球の効果が挙げられる。
 本塁打の減少で大味な乱打戦は減ったが、
 本塁打の魅力を観客に伝えられるスラッガーも
 少なかった。

 春は優勝校の常葉菊川がバントに頼らない強打で
 注目されたのに対し、夏は佐賀北、広陵を始めとした
 各校で“バント復活”が顕著だった。

 大垣日大・阪口監督は
 『バントこそ最高の積極戦法』と話す。

 一・三塁線の内側1㍍以内に打球を転がした大垣日大。
 準々決勝の帝京戦で、スクイズされた佐賀北の久保が
 繰り返し見せた本塁へのグラブトスなど、
 バントを巡る攻守の技術には向上が見られる。

 引き分け再試合となった佐賀北ー宇治山田戦を含め
 延長戦は最多の8試合に迫る7試合。
 2度の延長戦を経験した佐賀北と日南学園を含め、
 12校のうち10校が継投策を採用していた。

 『先発完投型』から継投を軸にした『複数投手制』が
 定着してきたことの表れで、力のある投手を終盤で
 登板させる采配が目立った。

 8強に、7年ぶりに佐賀北、楊志館、長崎日大の3校が
 入った九州勢の活躍も見逃せない。
 馬場ー久保の継投で佐賀北が優勝したことで、
 複数投手制の流れは更に強まるに違いない。
球児に読書のすすめ
2007年08月23日 (木) | 編集 |
 高校球児に読書を勧める指導者は少なくない。
 開星(島根)の野々村監督は毎年、選手に本を配る。
 昨年は『国家の品格』(藤原正彦、新潮社)、
 今年は
 『未来のきみが待つ場所へ 先生はいじめられっ子だった』
 (宮本延春、講談社)を勧めた。
 野球をしながら、いろんなことを学んで欲しいとの考えだ。


 また、長崎日大の金城監督は、昨年7月に就任以来、
 選手に毎朝15分の読書を課している。
 短い時間でもコツコツ読むとかなりの量になる。


 準々決勝でヒーローになった曲渕祐太外野手(2年)は、
 1年で25冊。
 イチロー(マリナーズ)の語録など野球関連ははもちろん
 『サスペンスも好きです』と曲渕。
 他に『恋愛小説も読む』という選手もいた。


 金城監督は、
 『感性を養うため。それが勝つことにつながる』
 と持論を語るが、たとえ野球につながらなくても、
 視野を広げる意味は大きい。
 泥だらけでプレーする姿を見ながら、
 『この選手はどんな本を読んでいるんだろう』などと
 考えてしまった。
進化の証し グラブトス
2007年08月23日 (木) | 編集 |
 多くの攻守が見られた今大会。
 中でも、帝京の二遊間が佐賀北との準々決勝(19日)で
 披露した華麗なグラブトスは、快挙ともいえる
 出来事だった。

 二遊間のゴロを、二塁・上原が逆シングルで捕球し、
 回り込んだ遊撃手・杉谷拳にバックハンドでトス。
 杉谷拳が、流れるように一塁送球してアウトに仕留めた。
 
 昨夏の横浜が試みて話題になったプレー。
 常葉菊川の二遊間も日大山形との2回戦(13日)で
 試みたが、横浜も常葉菊川もアウトにはできなかった。

 3年生の上原は
 『いつか自分たちも横浜と同じ場面がくる』と、
 後輩の杉谷拳と2人で居残り練習を重ねていた。
 大舞台で初めて成功し、
 『苦労が報われた』と胸を張った。

 高校生ではあまり見られなかったこの連携プレーは、
 『技巧に走りすぎ』との批判もあるだろう。
 だが、むしろ、いつ来るか分からないゴロに備え、
 反復練習を繰り返した選手たちの頑張りを称えたい。
 選手の自由な発想と努力が、甲子園を進化させている。
『投捕』背番号奪われナイン発奮
2007年08月19日 (日) | 編集 |
 愛媛大会の決勝で、2年ぶりの出場を狙った強豪・済美を
 延長11回の末に破り、2年連続10回目の優勝を果たし
 今春の選抜大会を含め3季連続の甲子園出場を果たした
 今治西。

 今春の選抜大会は、選手達にとって苦い思い出になった。
 1人1日4500本の素振りなどを課した
 冬の猛特訓の疲れが癒えないまま出場し、
 1回戦の都留(山梨)戦は終盤8回に逆転して
 何とか1点差で勝った。
 しかし、2回戦の常葉菊川(静岡)戦で0-10の
 完封負けを喫した。

 昨夏の大会からエースだった熊代が、常葉菊川に1イニング
 で6点を奪われて、打線もチーム全体で散発3安打に抑え
 込まれる屈辱を味わった。

 地元に戻ってからすぐの四国大会で、
 熊代の背番号は『5』に、
 正捕手の潮は『12』になった。
 大野康哉監督は、バッテリー二人の奮起を期待していた。
 
 5月、チーム全体が息を吹き返した。
 『自分が抑えなければ』という気持ちが強すぎた
 熊代から力みが消え、持ち味のスライダーの制球が増した。
 選抜大会の前後から連打が出なかった打線も復調し、
 笠原や浜元らに本来の当たりが戻ってきた。

 主将の福岡は
 『甲子園での悔しい思いは、甲子園でしか晴らせない』
 と、リベンジに燃えている。

 昨日の3回戦第1試合でも熊代が投打で活躍した。
 直球と切れのあるスライダーを武器に
 今日も勝って欲しい!!
 準決勝では、明日の常葉菊川VS大垣日大の勝ったチーム
 との対戦。 
 目が離せない!!
楊志館 宮地監督『甲子園楽しめ!』
2007年08月18日 (土) | 編集 |
 3年生の4番吉野を挟む2年生の2人は、試合中によく
 狙い球などを相談しあうという。
 この日も『スライダー1本に絞っていこう』と
 意思統一した。
 松富(遊撃手・2年生)は言う。
 『オレが出るから、お前が返せよ、といつも話しています。
  南(ライト・2年生)はチャンスに強いですから』―。

 5回までの張り詰めたムードから一転して、
 ビッグイニングに沸き上がる楊志館ナイン。
 この攻撃の前、自身も甲子園初体験の宮地監督は
 『楽しむことを忘れてないか?』と問いかけていた。
 勢いに乗った初出場校。
 ベスト8進出に
 『実感がない。強豪校と競り合いたい』と
 笑顔がはじける松富。
 楊志館が、旋風を巻き起こしつつある。
一雨欲しいグラウンド
2007年08月18日 (土) | 編集 |
 内野手が捕球体勢に入った瞬間、ボールがポーンと跳ねる。
 そんな場面が今大会は目につく。
 記録上は失策にもヒットにもなるから、過去の大会と
 比較することは難しい。
 ではグラウンドの状態は実際、どうなのか。

 『雨が降ってないので、ボールが跳ねやすくなっているのは
  事実』と、球場を整備する阪神園芸の金沢健児・整備課長。
 一度通り雨があったものの、甲子園周辺は8月3日以来
 ほとんど降水が記録されていない。
 土の表面は、ならして軟らかくできるが、
 深い所はカチカチになっている。
 水をまいてもすぐに乾いてしまって、
 地中に染み込んでいかないのだという。

 金沢さんは、
 『期間中に一度、雨が降るといいんだけど、
  日程が延びてしまっても困るし』と話す。
 
 昨年は準決勝終了後に雨が降り、
 理想的なグラウンド・コンディションで、
 あの決勝引き分け再試合を迎えることができた。
 金沢さんたちの、グラウンドをならしながら空を
 見上げる日々が続く―。
監督にも夢の甲子園1勝
2007年08月18日 (土) | 編集 |
 甲子園は球児の『夢』であり、優勝となれば
 『夢のまた夢』だ。
 徳島商(徳島)の井上監督は1986年の選抜で、
 池田(徳島)の外野手として『攻めのダルマ』と称された
 蔦監督の下で優勝し、『夢』を叶えた。
 恩師の教えを胸に監督となり、2年連続で
 甲子園出場を果たした。
  
 結果は昨年に続く初戦敗退。
 監督としての甲子園初勝利は、またもお預けとなった。
  

 池田は爆発的な攻撃力の『やまびこ打線』が代名詞。
 しかし、今大会の徳島商はわずか2安打。
 池田の野球を知る人にとっては、物足りなかったと思う。
 ただ、井上監督は選手時代を
 『何も分からず、言われるまま。
  それで優勝できた』と振り返る一方で、
  
 『監督になって初めて分かる苦労も多く、
  甲子園で勝つことは本当に難しい』と、痛感していた。
  

 『選手と甲子園に来られて、自分が優勝した時よりも
  嬉しかった』と井上監督。
 甲子園で勝利すれば、さらに大きな喜びを分かち合える。
 その日を目指し、新チームでの挑戦が始まる。
 
振る勇気
2007年08月17日 (金) | 編集 |
 気持ちの中で一歩、前に踏み込んだ。
 大会6日目2回戦 第二試合 開星VS徳島商。
 同点で迎えた8回一死一、二塁。
 開星の6番、橋本に気後れはなかった。
 『僕には待っている余裕はない』―。
 1年生の背番号『5』は、積極的にバットを振った。
 初球はファール。
 続く速球を中前に弾き返し、待望の決勝点が入った。
 
 積極性と言葉に出すのは簡単だが、選手を萎縮させて
 しまうのが“甲子園”という大舞台だ。
 だから、開星の野々村監督がミーティングで話すのは、
 精神論がほとんど。
 ある時、こういう例えをした。

 『向こうは長い刀を持っている。
  自分たちの刀は短い。
  同じ距離で戦えば負ける。
  一歩踏み出す勇気を持てば勝てる』―。

 監督が求めるのは『バットを振る勇気』だ。
 相手投手は7回から、球威のある中野に代わっていた。
 しかし開星は、8回に鋭いスイングで連打を見せた。
 中学時代に硬式野球で全国制覇の経験を持つ橋本は、
 教え通りに先輩に続いた。
 橋本の父・慎吾さんは、府中東(広島)の一員として
 1979年選抜に出場。
 そのときに率いたのが野々村監督だった。

 過去4度の出場は、いずれも初戦敗退していた開星。
 16歳の一振りが、チームにとっても
 記念すべき甲子園勝利を呼び込んだ。
甲子園は見る教材
2007年08月16日 (木) | 編集 |
 『甲子園は試合をするだけではなく、
  見る場所でもある』―。
 常葉菊川(静岡)の佐野心部長の言葉は得心がいく。
  

 中日でプレーした元プロ野球選手で、今春のセンバツ制覇を
 支えた佐野部長は、
 『せっかく目の前で良い試合をしているのに
  見に行かないのはもったいない』と続ける。
  

 常葉菊川の選手たちは午前中、
 甲子園で試合を観戦している。
 仙台育英の佐藤由投手が17奪三振をマークした
 智弁和歌山戦(9日)は、練習を休んでまで見に行った。
 直接、球場で観察することが、自分たちの試合にも
 生きるということだ。
  

 日大山形との2回戦(13日)で、
 二遊間のゴロに追いついた二塁手・町田がグラブトスし、
 受けた遊撃手・長谷川が一塁に送球した。
 アウトにはならなかったが、
 あの高度なプレーは昨夏、横浜の二遊間が披露したのを
 選手達が取り入れたものだった。

 甲子園を教材に、技術と知識を貪欲に吸収する
 常葉菊川ナイン。
 大会の15日間を最大限に利用するつもりだ。
席取りに早朝から走るスカウト陣
2007年08月15日 (水) | 編集 |
 甲子園の朝は早い。
 第1試合が午前8時30分開始だと、試合前の選手取材は
 7時に始まる。
 第4試合が終わるのは午後7時過ぎで、それから原稿を書く。
 体力勝負の現場なのだが、もっと早い人達がいる。
 プロのスカウト陣だ。
 甲子園のネット裏席は座席指定がなく、
 エリア指定のチケットで、好きな席に座る。
 注目投手の球筋をしっかりと見たいスカウトにとって
 座席確保は欠かせない仕事のひとつだ。
 
 12人を送り込む巨人の最年少、35歳の織田スカウトは
 毎日午前4時に起床して、始発電車で甲子園入り。
 一般ファンと一緒に並んで先輩スカウトの席も確保する。
 『ビデオやスピードを測るには一番いい』と、
 いつも巨人は2段目の中央付近に陣取る。
 各球団には定位置があり、ソフトバンク、阪神などは
 上段からグラウンド全体を見渡す位置。
 いずれも若手スカウトを中心に早朝から並んで、
 独自の視点で視察している。

 大阪桐蔭・中田翔が出場を逃し、昨夏の斎藤・田中のような
 ヒーローもいない。
 座席確保も楽になったかと思ったら
 『そんなことはありませんよ』と織田スカウト。
 6日までの入場者数は昨夏を6万人上回っている。
 高校野球人気は不滅のようだ!!


 日刊スポーツ『記者リレーコラム・甲子園発』より  


 今日の甲子園は“満員御礼”の札が出たそうで、
 それでも何百人もの高校野球ファンが列を連なって
 並んでいます。
 本当に高校野球を好きなファンは、
 マスコミが作り上げたヒーロー目当てで見ていません。
 自らの目で見て真の球児を探していますし、
 見つける楽しさを知っているからこそ、
 見逃せないのです。
 高校野球が大好き!!
 
日本一奪回へ 76歳名将のマジック再び!!
2007年08月14日 (火) | 編集 |
 甲子園通算40勝、全国制覇もした名将、
 常総学院(茨城)の前監督・木内幸男氏(76)が、
 同校の監督に復帰することが13日、明らかになった。
  

 木内氏は春夏通算20度甲子園に出場。
 03年に同校を日本一に導いたのを最後に勇退した。
 05年9月からは総監督としてチームに関わってきたが、
 『木内マジック』といわれた采配が再び
 現場復帰することになった。



 木内氏が4年ぶりに監督復帰する意向を固めた。  
 野球部に強い影響力を持つ同校関係者は、
 『持丸監督は今日(13日)で退任することになる。
  木内監督に復帰してもらうことになった。
  木内監督本人も了承している。
  日本一を取り戻す為に、現場に戻ってもらう』とした。
 同校の桜井富夫理事長も了承している。
 実質今日(14日)から新体制がスタートする。 
 
 宿舎で取材に応じた持丸監督は、
 『私は辞めます。試合後の会見では頑張った選手に
  悪くて言えなかった。
  理事会を開く必要もない。
  大会前から選手達にも伝えていました』と話した。


 持丸監督は木内監督が勇退した03年秋から指揮を執った。
 昨夏に続く初戦敗退に
 『甲子園で1勝もできなかったのが残念。
  できれば木内さんみたいに優勝して終わりたかった』
 と悔やんだ。


 木内氏の復帰は、甲子園で勝つチームをつくることを
 最大の目標にしている。
  
  
 同氏は取手二校を率いて84年夏に県勢初優勝。
 同年に常総学院の監督に就任し、通算で甲子園優勝3回、
 準優勝2回の実績をを誇る。
 『木内マジック』と称された独特の攻撃的采配で、
 選手の能力を引き出した。
  
 勇退が決まって臨んだ03年夏は、日本一に輝き、
 有終の美を飾った。
  


 この日の試合は、一塁側スタンドで観戦した。
 『まじめに行き過ぎて優等生の野球になっていた。
  エースと心中ではダメ。
  もっと勝つ手を打って欲しかった。
  私立の監督は我が道を行くだけではいけない。
  もっと厳しい采配が必要』
 『9回は(二死満塁で投手の清原が打席)
  代打(を送るべき)。
  勝つ努力をしないと。敗戦の責任は弱気
  だったベンチにある』
 と苦言を呈した。
  
 今後については
 『毎年大会後に反省会を開く。
  (監督交代は)議題には挙がるでしょう』と話した。


 76歳という高齢での現場復帰に、体調面の不安もあるが、
 同関係者は、
 『病気も治っているし、今は大丈夫』と話す。
 
 日本一奪回に向け、センバツ出場がかかる秋季大会から
 新生常総学院がスタートする!!


 「監督の責任」―
 持丸監督は
 『2度追いつき、こちらに流れがあるから、この試合は
  負けない』と選手を鼓舞し続けた。
 『でも、3回目はダメでした』―。
 疲れが見えた清原投手には
 『もっといい監督だったら代えたでしょうが、
  甲子園の初戦を勝ちたいと考えているような監督には
  踏ん切りがつかなかった』
と話した。
 最後は『生徒らは十分評価できる。逆転できなかったのは
 監督の責任。それでも、ものすごくいい甲子園でした』
 と、泣きじゃくる選手を優しい目で見ながら締めた。


 「来年の飛躍」誓う2年生―
 中村勇太(背番号8)は、3日前から京都大会のビデオを
 ジックリ分析し、投手・本田拓人を
 『直球主体の投手』と読んでいた。
 その本田の高めの直球を振らされていたナインを見て
 佐々木力部長は、ヘルメットのつばを下げるよう助言
 していた。目線を低くし、高めを捨てる―。
  
 中村もヘルメットを深くかぶり、左打席に入った。
 初球、つばの先から見えたのは、予想どうりの直球。
 やや高めの球だった。
 それでも中村は喰らいついた。
 『行けー!!』―。
 渾身のフルスイングは快音を残し、ボールはレフト前へ。
  
 12回表の2点で初戦突破の夢はついえた。
 『7回のチャンスに打てなければ意味がない。
  先輩達に申し訳ない』―。
 中村は試合後、ずっと自分を責めた。
 しかし、猛追を見せた常総学院はこの夏、
 中村ら4人の2年生をスタメン入りさせた。
 『この悔しさを来年、甲子園でぶつけたい!』―。
 中村たちは“次”に向けてスタートを切った。
 

 昨年9月、部内の暴力事件が発覚。
 公式戦の出場辞退にはならなかったが、
 秋の県大会は2回戦で敗退した。
 現3年生は
 『みんなで辞めて後輩に渡した方が
  チームの為にいいのではないか』(長谷川主将)
 とまで思い詰めた。
 個性が強い最上級生たちが、ようやくまとまったのが、
 今夏の県大会前。
 清原は6戦中3試合に完投勝ち。
 チームの柱に成長し、2年連続の甲子園を手にした。
 昨夏の甲子園は1回戦の今治西戦(8-11で負け)に
 2回1/3を投げ2失点。
 『借りを返す』と臨んだ2度目の夏は、テンポよく
 ストライクを先行させ、9回まで1安打に抑える
 ベストピッチ。
 『でも、結果的に打たれたので』―。
 春夏3度の甲子園は白星なし。
 エースは後輩に託し、甲子園を後にした。


 
 
 
明暗分けた左打者への投球
2007年08月13日 (月) | 編集 |
 全国高校野球選手権大会第5日目。
 第1試合青森山田(青森)-報徳(兵庫)戦。
 石井投手VS近田投手の出来が全てだった。

 ポイントは対左打者。
 石井は最高の投球で抑え、近田は本来の調子には
 程遠い内容で打たれた。
 
 右サイド気味の石井は左打者が6人並ぶ報徳学園打線に対し、
 うまい投球をした。
 スライダーもシンカーも直球と同じ軌道で来てから曲がり、
 または落ちるのが大きな特長。
 特に左打者のタイミングを狂わせ最後まで狙い球を
 絞らせなかった。
 加えて内角への直球の制球が見事で、4つの見逃し三振の
 うち3つが内角直球。
 無四球完投もうなずける。

 対して近田は、上体で力んで投げていた。
 左肘が下がって右肩が開いてしまう為、本来は球の出所が
 見えづらい左打者に捕らえられ、打たれた6安打のうち
 5本までが左打者。
 両足のけいれんというアクシデントも、
 バランスを崩していた影響かもしれない。
 何よりも近田を苦しめたのは石井の好投。
 『これは失点できない』と意識させたことも、
 攻略につながり、石井が近田にも打線にも重圧をかけた
 ことが勝因だった。


 (コラム 追求甲子園 後藤寿彦氏) 
森田進化 146キロ! 自己最速15K完投!
2007年08月12日 (日) | 編集 |
 バチン、バチンと乾いた音がキャッチャーミットから
 響いた。
大垣日大の捕手・箕浦は
 『二回頃から指が痛かった。いつもはスロースターター
  なのに』―。
  
 エース森田の投げ込むボールは、構えたミットの中心を、
 ことごとく捕らえた。
  

 接戦となった苦しい試合で、1失点完投。
 1球の失投も許されない重圧の中、森田の球速は回を
 追うごとに増した。
 縦に落ちるスライダーと直球を使い、七回以外は毎回の
 奪三振。三回にマークした146㌔の直球は本人も
 『出したことがない』と驚く自己最速。
 15奪三振も初めてだった。
  

 2三振を含む4打数無安打の金足農・3番佐藤龍は、
 『初めからスピード感と伸びがビデオとは全く違った』と
 うなだれた。
  

 実は、岐阜大会決勝戦前に、
 阪口監督から教わった調整法を実践していた。
  
 室内練習場で試合直前まで走りこんで汗を流すことで、
 『初回から体が軽くなる』
 『お前はバテるような投手じゃない』―。
 という阪口監督の言葉を信じているから、
 体力温存などは全く考えずに取り組める。
  

 今春のセンバツ決勝で敗れて、プレゼントできなかった
 阪口監督の甲子園通算30勝目は、
 夏の初戦突破で達成できた。
 だが、森田は言う。
  
 『もちろん、これだけで終わるつもりはない!』―。  

 恩師の節目の勝利にも喜びを見せないのは、
 頂点に立った時に初めて祝おうと決めているからだ。


 大垣日大・阪口監督
 『1回戦という重圧か、選手の動きが硬かった。
  打線は打てないこともあるので、
  バッテリーを鍛えたことが接戦で生きた』―。
緊張克服 心理学に注目!
2007年08月12日 (日) | 編集 |
 大会第3日目(10日)の第2試合の開始前。
 面白い光景が目に飛び込んできた。
  
 三塁側ベンチ前で、金光大阪(大阪)の選手が
 ごろんと大の字になって寝転がっている。
 一塁側では、神村学園(鹿児島)が
 横一列に並んで正座している。
  
 聞けば、過度の緊張をコントロールするための
 メンタルトレーニングの一種だそうだ。
  

 逆転勝ちした神村学園・対知主将は、  
 『平常心になれて、甲子園でも鹿児島でやってきた
  野球ができた』―。
  

 専門家を招いて積極的に練習に取り入れていた神村学園は
 2005年のセンバツ大会で準優勝。
 正座は当時から行っており、既に敗退したが、
 八代東(熊本)も鬼塚監督が心理学を応用して
 集中力を高めた。
  

 最近『メンタルの弱さ』という言葉をよく聞くが、
 その克服に高校球界でも最先端の心理学が
 注目されている。
  

 1000本ノックやウサギ跳びなど、『ど根性野球』は
 過去のもの。
  
 時代とともに、『心・技・体』に表される精神力の
 意味合いが、少しずつ変わり始めている。
応援団長が選手を後押し!
2007年08月11日 (土) | 編集 |
 アルプススタンドからひと際、大きな声が響いた。
 応援団長を務める、新潟明訓・渋谷明伸くん(外野手)。
 声をからしてナインを励ます。
  

 チームで一番通る声の持ち主。
 小学校のときから、
 『元気よく大きな声!』を出して野球をしてきた。
 『選手を励まし、プレーを後押ししたい!』と
 言葉に力を込めた。
  
 
 応援は生活面にも及ぶ。
 寮長でもある渋谷くん。
 新潟中越地震で地区大会は6日間順延された。
 調整が難しくなるなか、
 『選手に練習に集中してもらおう』と
 寮の掃除当番も積極的に引き受け、サポートしてきた。
  

 甲子園でもこの日、洗濯をこなす。
 『チームのためにできることを考えた。
  選手の負担を減らして活躍してもらいたいんです』―。
 
 応援団長の強い思いもまた、
 新潟明訓を強くすることでしょう。
 
 
 
 
神村『ID野球』的中!
2007年08月11日 (土) | 編集 |
 打席に立つ前から神村学園の各打者は、
 金光大阪の左腕・植松のデーターを分析し、
 丸裸にしていた。
  

 3点差を追う6回、先頭打者の東が  
 『植松のグラブのすき間からボールの握りが見えていた』  
 と、種を明かした。  
 
 ノーワインドアップの植松が、胸の前で右腕のグラブに
 球を握った左手をセットした時、グラブのすき間から
 人差し指か中指が動くのが見えたら変化球、
 全く見えなかったら直球だ。
  

 指が見えた東は、スライダーを左前打。
 ここで走者を背負った植松が制球を乱すことも
 予想通りだった。
 暴投で東は二塁に進み、次打者の木下は四球を選んで
 無死一、二塁。1アウト後、松原の犠牲打で
 二、三塁と、好機を広げた。
 
 金光大阪の内野の失策で1点を返し、さらに小原と盛の
 連打で3点を奪って逆転に成功。
 一気に流れを引き寄せた。
  

 記録員としてベンチ入りした下条らが、大阪大会決勝の
 ビデオを10回以上見て分析した。
  
 植松は投げる時の癖以外にも、投球後の打球処理の動きに
 欠点がある、ボール球が先行すると直球でストライクを
 取りにくる―。
  
 下条は『用紙2枚分の資料をチームに提出した』と
 胸を張った。
  

 金光大阪側は『力んで球が浮いた』と植松。
 捕手・毛利は『直球を狙われていたので6回からスライダー
 中心の組み立てに切り替えた。
 何であんな結果になったのか分からない』と、
 首をひねった。
 逆に神村学園側は、松原が
 『球種が分かったら、どんな投手でも打てる』と
 チームの勝利にしてやったりだ。
  

 神村学園の“ID野球”が、大会屈指の左腕を
 マウンドから引きずり降ろした!
チーム変えるトレード 日本にも
2007年08月10日 (金) | 編集 |
 7月31日。
 メジャーの各球団は、シーズンの1つの節目ともいえる
 トレード期限を迎えた。
 フィリーズがホワイトソックスの井口を獲得するなど
 今年も活発化した。
 移籍した選手は『請われた』貴重な戦力。
 旧チームに『出された』暗さはなく、
 実際、そのほとんどが移籍翌日からスタメンでプレー
 している。
  
 
 恒例行事とはいえ、7月最終週の米球界は、このトレードの
 うわさで持ちきりとなる。
 『買い手』の上位球団と、放出選手をリストアップする
 『売り手』の下位球団が、はっきりと色分けされている。
 
 出血覚悟で弱点を補ってプレーオフへ向かうチームに
 とっては、本当の正念場となる。
 プレーオフ進出の可能性がありながら補強に動かない場合、
 チーム全体の士気に影響を及ぼすことも少なくない。
  
 
 今回補強のなかったツインズでは、エースのサンタナが
 『失望した』と発言。
 クラブハウスの空気を表す言葉として話題を集めた。

 03年のマリナーズでは、ネルソン投手が出演した
 ラジオ番組で
 『このチームには優勝を目指す気がないのだろう』と
 フロント陣を批判。
 その後、トレードでヤンキースに放出された。

 それほど7月末のトレード期限はチーム内の雰囲気を
 変えるとも言われる。

 『生え抜き』『外様』などの言葉が存在する
 日本の球界では、依然としてトレードには負のイメージが
 付きまとう。
  
 ただ、血の入れ替えは、チーム内での激しい競争を生み
 全体の底上げに結び付く。
 更に、トレードが活発になれば、FA移籍もスムーズになる。


 楽天・山崎武、横浜・仁志ら、新天地で息を吹き返した
 例を見るまでもない。
 6月30日の期限見直しも含め、
  
 トレードの在り方を再考する時期ではないだろうか。
                   (from Ballparkより) 
何かを持っている 今治西・熊代聖人
2007年08月10日 (金) | 編集 |
 5回一死三塁。
 カウント2-0からの3球目だった。
 今治西・熊代は、救援した宮田(八代東)が、
 高めに外した球に喰らいついた。
 詰まった打球は前進守備の一・二塁間を破る先制
 タイムリーとなり、
 『気持ちで持っていった』。  

 昨夏から背番号『1』を背負い、3季連続で甲子園の
 土を踏んだが、『苦い思い出ばかり』という。
 
 今春のセンバツ大会2回戦の常葉菊川(静岡)戦で、
 4回まで2安打無失点の好投が5回に一変した。
 一挙に6点を奪われたイメージが脳裏にこびりついていた。

 『精神面が弱かった』―。
 センバツ大会で見えた自分の課題を乗り越えるため、
 自らを追い詰めた。
  
 1日300球を越える投げ込みと、汗をたっぷり出すために
 服を重ね着してのランニング。
 『あの悔しさがあったから、ここまでこれた』―。
 と、大野監督は熊代の努力を認めた。
  

 3安打2打点をたたき出したバットに加え、
 早実・斎藤(現早大)を研究して覚えた
 縦に落ちるスライダーを駆使して、8回を1失点。
 『甲子園は気持ちで戦うもの』というエースが、
 呪縛を振り払った!!
  



 『上しか見ずに打球を追っていたので、(足元に)
  バットがあるとは思わなかった。
  バットをどこに置けというルールはないし・・・』
 (八代東・岩崎大地捕手)
  
 5回一死三塁で、4番熊代の飛球を、バットにつまずいて
 ボールはポトリと落ちて、追いつけずファールに。
  
 『1回はアウトになった気持ち。
  野球の神様がチャンスをくれた』
と、
 気持ちを切り替え3球目、見逃せばボールの高め直球を
 右前に弾き返し、均衡を破った。
 
 運と実力を持ち合わせている熊代聖人くん、
 注目です!!
  
  
 (8/1日付けブログにも紹介しています)
深紅の大器くん(1)
2007年08月09日 (木) | 編集 |
 文星芸大付・佐藤祥万(さとうしょうま)くん(3年)
 の完投劇に、ネット裏のスカウト連もうなった。
  
 ロッテ・山森雅文スカウトは、高めに浮く球が少ない上に
 『直球と同じ腕の振りで、縦のカーブ、スライダー、
  チェンジアップと3方向に曲げてくる』。
 特に右打者の外角に逃げるチェンジアップは
 『あれはバットが出ちゃう』と
 切れ味を絶賛した。
 『ウチの成瀬みたいになって欲しいね』と
 左腕エースを挙げて今後に期待した。
  

 ヤクルト・宮本賢治スカウトも  
 『腕が振れているし、投球がうまい』と評価。
 1㍍74㌢と小柄だが、
 『ウチの石川だって1㍍68㌢で毎年2ケタ勝っている』。

 成長次第ではプロの指名も夢ではない。

 帽子を飛ばして投げる渾身のストレートに
 バッターは空を切る。
 7安打9奪三振で今大会1号の完投勝利!
 祥万(しょうま)くん、期待していますよ!!
5番板橋涼太 5の5!!
2007年08月09日 (木) | 編集 |
 文星芸大付の板橋涼太くんが、大会1日目第3試合
 市立船橋戦で5打数5安打!!
  
 『5打数5安打なんて生まれて初めて』と
 童顔をほころばせた。
  
 変化球は打てないと見切り、直球狙い。
 二回の二塁打で先制のホームを踏み、
 九回には中超えの適時二塁打で5点目を奪った。
  
 連続打席安打の大会記録は、過去4人がマークしている『8』。
 2回戦の興南戦に記録がかかるが、
  
 『ウチは守備でリズムを作っていくチーム。
  守りをきっちりと固めたい』―。
 と、1失策した守備を反省していた。


 体がしなやかで、球にうまく合わせられる器用なバッター
 に見受けられました。
 眉を細く整え、きりりとした(?)でも、どこか
 あどけなさの残る遊撃手の2年生。
 個人的に注目しています。
球種にヤマ張る米打者に制球力で勝負
2007年08月08日 (水) | 編集 |
 最近よく受ける質問がある。
 『日本で二軍にいた桑田が大リーグの打者を
  ある程度抑えられている理由は何ですか?』―。
  
 最大の理由は、日米の打者の違いだと思う。

 打者が配球を予測するのは日米で変わらないが、
 読み方と比重の置き方が違う。
  
 オリックスで投手コーチを務めた経験からも、
 米大リーグの打者は基本的に速球待ちで、
 ヤマを張る傾向が強い。
  
 日本の打者の方が、自分の読みに対する比重が低く、
 予想外の球種が来ても対応できる。
  

 打者の傾向が違うのは、
 日米の投手の制球力の差が原因だ。
  
 日本の投手は球威が無い分、さまざまな球種やコースで
 ストライクを取れる。
  
 一方、大リーグの平均的な投手は、カウントが苦しく
 なると、球威頼みの速球か、得意な変化球という
 選択になる。
  
 日米どちらの配球が読みやすいかは明らかだ。

 確かに桑田には、全盛時のような球威はないが、
 どんなカウントからでも思い通りの球種とコースで
 ストライクを取れる制球力がある。
 大リーグの打者にヤマを張らせない頭脳、何を待っているか
 見抜く観察力や洞察力もある。
  
 日本ではスーパースターだが、米国では
 『小柄な39歳の中継ぎ右腕』としか
 思われていない点もプラス。
 試合前にビデオで研究されていないこともあったはずだ。
  

 最近は『レインボーカーブ』を警戒されるようになって
 きたものの、それを逆に利用できる力を
 桑田は持っている。
 大リーグの打者の方が、ヤマを張るという傾向を
 思い出して欲しい。
  

 カーブを待っていると感じれば、ボールになるカーブでも
 空振りさせられるし、速球で裏をかく手もある。
 相手が研究してきたときこそ、
 桑田にはチャンスだ。


 サンケイスポーツ 8/7日付け
    『MLBロッカールーム ジム・コルボーン投手コーチ』
4番菊地香介、『文星の名を全国に!』
2007年08月08日 (水) | 編集 |
 今日開幕の第89回全国高校野球選手権大会。  
 第一試合に登場する文星芸大付(栃木)の主砲
 菊地香介外野手(3年)が燃えている!!
  
 1年冬まで所属した浦和学院(埼玉)から転校した
 “Uターン組”だ。

 前校名の『宇都宮学園』時代は、全国的に知名度が
 高かったが、新校名の浸透度はいまひとつ。
 『文星の名を全国に広めたい!』と、
 まずは1回戦で市立船橋(千葉)を倒し、
 88年春のベスト4超えを狙う。


 
 栃木の文星芸大付は2003年に宇都宮学園から
 校名変更された。
  
 県内随一の夏8度の出場回数を誇る栃木の強豪校として
 知られた“宇学”。
 その学校の後身だということは、全国的には知られていない。
 
 その文星芸大付に一際強い“愛”を持つのが、
 主砲の菊地だ。
  
 埼玉の名門・浦和学院に入学し、投手として活躍したが、
 チーム方針と合わず1年冬に転校を決意。
 転入生は1年間出場できない決まりの為、
 転校を受け入れる高校は少なかった。
  
 『その中で、自分の事情で転校したボクを
  迎え入れてくれた仲間やチームには
  本当に感謝しています』―。
 と話す。
  

 チームは昨夏も出場したが、2回戦負けで
 その名が広まったとは言えない。
 『4番として活躍して、上へ勝ち上がっていくことで
  恩を返したいです』―。
 
 故郷の宇都宮にUターンした転校生主砲が、
 自らのバットで“母校”の名を日本中に知らしめる!!