日々様々なスポーツ界での出来事や、気になった記事を取り上げ考えていくブログです。
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中田翔、さらば。
2007年07月31日 (火) | 編集 |
 高校野球大ファンの私にとって、1年生の頃から
 見ていた中田翔選手が甲子園に出場できないことは
 予想していました。
 というのも、どうして監督はピッチャーを他に作らな
 かったのか・・・?
 中田の一人舞台を演出したのは、監督の失態。
 (失態とは、やりそこなって面目を失うこと)
 監督采配がここに出た、と思います。
 春のセンバツだって、ホームランこそ出たものの、
 ここぞ、という場面では内野ゴロ、フライ。
 見ている人達の期待している中田の姿とは、
 “豪快なバッティング”。
 ピッチャーとしての中田は、剛速球(?)のみで
 あれでは肘、肩が壊れる。(素人目ですが)
 プロで二刀流???
 ムリ!!
 バッティングも極めていない選手が、自惚れすぎ!
 もっと足元を見て、謙虚に自分自身を見つめ直さないと
 プロでは通用しない!!そんなに甘くない!!
 桐蔭の監督も、高校での結果のみしか求めていないし、
 プロで通用する選手を、先を見据えて指導して
 いないように思います。
 辻内だって、平田だって。
 あれだけ注目されて・・・。
 プロの世界は厳しいし、もう少し謙虚に受け止めて
 これから先、期待しているし(野球ファンみんなが)
 頑張って欲しいです。
 去年の屈辱を、そして今回味わった屈辱を
 忘れないで欲しい。   

 今回息子が学んだこと。
 ①体が大きいだけではダメ。柔軟性をつける。
 ②ストレッチをマメにして、地道な努力を怠らない。
 ③今、を大切に。二度と同じ過ちをしない。
 ④全てにおいて万全の体制で準備を怠らない。
 ⑤先を見据えた、今できることを着々とこなす。 

 中田翔選手、あなたには
 『謙虚な心』が足りない。
 原点に戻って強くなってプロ野球を盛り立てていって欲しい!

      (高校野球大好きなおばさんより)
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心の強さこそ最も必要!
2007年07月31日 (火) | 編集 |
 タイプとしてはちょっと違う。
 広角に打ち分けるバッティングスタイルもそうだし、
 スリムで筋肉質な体形も、主砲という言葉には
 似つかわしくないかもしれない。
  

 そんな小笠原が巨人の第73代の4番打者として
 いい仕事を見せている。
  
 『色々あるけど、一番の理由は気持ちの強さ。
  それだね。』―。
  
 球宴明けから小笠原を4番に抜擢した理由を、
 原監督はこう語った。
  

 
 開幕から今年の4番は李と決めていた。
 しかしふたを開けてみると、チームの柱に期待した男は
 絶不調からしだいに心も沈んでいった。
 昨年からの膝の故障に脇腹、肘、右手親指付け根の炎症と
 次々に故障に襲われ、思うようにバットが振れない。
 結果が出ない苛立ちから、ついつい弱気な言葉が口をついた。
  

 『4番にとって一番大切なことは、チームの盾になれる
  ことだ』と言ったのは、中日の落合監督だった。
  
 『相手の全てのプレッシャーを受け止められる強さが
  なければ、4番は務まらない。
  だからちょっとのケガで痛い、って言ってたら、
  4番は務まらないんだよ』―。
  

 この言葉に込められているのは、肉体的な強さ
 だけではない。ケガを理由に決して逃げない。
 その心の強さこそ、実は4番に求められる最も大切な
 要素だということだ。
  

 小笠原だって故障を抱えていないわけではない。
 持病の腰痛もあるし、膝にも爆弾を抱えている。
  
 『でも、そんなそぶりは みじんも見せないからね。
  打席に入ったら、あれだけ気持ちよくフルスイング
  してくれる。(4番)タイプじゃないかもしれないけど、
  ハートを見れば最もタイプな選手なんだよ』―。
 原監督は胸を張った。
  


 球宴前にどん底に落ちたチームは、打線の組み換えを
 起爆剤に再び走り出した。
 小笠原が4番に座ることで、李もプレッシャーから
 開放されて、息を吹き返しつつある。
 4番1人でこうもチームがガラリと変わっていく。
 だから4番は要なのだ。


 7/31付け サンケイスポーツ
    『球界インサイドリポート』より
         (スポーツジャーナリスト・鷲田康氏)       
“関東の雄”夢切符!埼玉・浦和学院
2007年07月30日 (月) | 編集 |
 埼玉大会決勝。降雨で1時間23分の中断があったが、
 浦和学院のエース・鎌田優投手(3年)が、
 2戦連続完投。6-2で本庄一を下し、
 2年連続9度目の出場を決めた!
 

 浦学ナインの歓喜の輪の中心で、1㍍83㌢の鎌田の長い
 腕が、ひときわ高く天を突き刺した。
 背番号『1』を背負って勝ち取った、最初で最後の甲子園。
 『負ける気はしませんでした』と充実感をのぞかせた。

 5-1とリードして迎えた9回一死一塁の攻撃中、
 雨が強くなって中断した。
 再開できなければ、勝利目前でノーゲーム。
 翌日再試合となってしまう。
 『雨は絶対に“やむ”と思って、準備していました』―。
 前日28日の準決勝で延長10回を投げぬいたが、
 この日も1時間23分の中断の間は、集中力を維持。
 6安打2失点に抑えた。

 昨夏の甲子園はスタンドで応援。
 『同学年の赤坂(投手兼外野手)が背番号1で出ているのが
  悔しかった』と、ライバル心を燃やしたが、
 甲子園直後の千葉・鴨川遠征で、海で水遊びをしたときに、
 左足の親指に菌が入り、秋の試合を棒に振る苦難にも
 見舞われた。
 キズが治った冬場は10時間の練習の半分を20㌔走るなどの
 走りこみにあて、135㌔だった直球の球速が143㌔に。
 『一番練習しました』と振り返る。

 森士(もり・おさむ)監督も
 『下積みの努力が実を結んだ。彼の成長が大きいです』と
 たたえた。

 初出場の86年に甲子園ベスト4、その翌年にも出場し
 連続出場はそれ以来20年ぶり。
 ナインの目標は大きい。
 胸に下がった金メダルを見つめながら、鎌田は
 『甲子園でもこの色のメダルを取りたい』と
 チーム初となる全国制覇の野望を口にした。
 
 
目立つミスジャッジ
2007年07月29日 (日) | 編集 |
 カネやんの質問コーナーより。
Q)最近、審判のミスジャッジが目立ちます。
 審判はひと昔前の方がうまかったように思いますが。

カネやん)下手というより、グラウンド全体を見渡す
     センスがないような気がするなあ。
     例えば、球審ならストライクゾーンばかりに集中して
     きわどい球をボールと判断することで満足しとる。
     そうじゃなくて、突発的な出来事にも瞬時に
     対応できるような感覚を見に付けて欲しいね。
     その為には、プロ野球の経験者をもっと多く
     採用していい。
     その上で、一定の訓練をして、
     選手以上にコンディションを整えて
     臨んでくれたら、文句はないよ。   


  
 カネやんのHPにも足を運んでみて下さいね。
前半戦の新人王にも指名
2007年07月28日 (土) | 編集 |
 松坂にとって大きな励みになるのは間違いない。
 全米で190万部を発行するスポーツ週刊誌
 『スポルディング・ニュース』で、松坂が
 “後半戦に期待できるベスト9”に選ばれていた。

 同誌では先発投手部門で松坂を選出したことについて
 『右肩違和感で離脱中のシリングの穴を、ベケットとともに
  埋めないといけない存在』として、
 メジャー1年目の松坂を高く評価した。
 これに伴い、同誌は松坂を
 『大きな評価で入団したが、それに値する活躍をした』
 として、前半戦の新人王にも松坂を指名していた。

 
 その松坂が、新しい道具を使って練習をした。
 ソフトボール大の黄色いボールで、重さが1,2キロある
 メディシンボールだ。
  
 投手陣の練習前、松坂はそのボールを使って入念な
 投球フォームをチェック。
  
 それを投げることはしないが、リリースポイントや
 右肘の位置などを確認。
 右肩のインナーマッスルを鍛える意味もあって、
 地味な練習に汗を流している。
珍ゲームからの教訓
2007年07月27日 (金) | 編集 |
 ホームランを打って喜びのあまりベースを踏み忘れたり、
 前の走者を追い抜いた、という珍プレーはたまに起こる。
  
 しかし、二死満塁でサヨナラ押し出しの四球を選んだ
 打者走者が、一塁に向かわず本塁付近での歓喜の輪に
 加わって『進塁放棄』と見なされ、アウトになったという
 珍事は初めて聞いた。
  

 それも草野球ならともかく、れっきとした高校野球
 というからビックリした。
  
 23日の茨城大会の準々決勝、水戸葵陵対竜ヶ崎一。
 3-3で迎えた九回裏に葵陵が、その珍事で
 サヨナラ勝ちを逃し、十二回裏に再びサヨナラ押し出し
 四球を選んで勝った。
 珍事中の珍事である。
  

 『(九回は)初めてのベスト4進出だったので、
  みんな舞い上がってしまった』と西長部長。
 押し出しの瞬間、選手が飛び出して歓喜の輪になった。
 監督がベンチから『一塁行け!』と怒鳴っても、
 歓声で打者走者には聞こえなかった。
 整列しかけ、やっと気付いて一塁に向かったが、
 相手のアピールもあって審判がアウトを宣告した。
  

 珍事は珍事だが、江本孟紀氏は苦言を呈した。
 『ホームランを打たれたり、押し出しの四球を与えた
  時点で、相手投手は無抵抗で死んだ状態になる。
  大リーグでは、相手を思いやるが、目の前で大騒ぎして
  “死者にムチ打つ”のが日本のプロ野球の悪い風潮。
  奥ゆかしさがなくなった。
  その延長線上で、高校生もお調子のりになっているから
  起きた感じもする』―。
  

 高校野球は地方大会たけなわで、全国で約4000試合も
 行われる。
 こうした珍事も起こるはずだが
教育の一環というのなら
 珍事件だけで片付けず、そこからの教訓も生かして
 もらいたいものだ。
   


 我が母校J学院も昨日の決勝で甲子園出場を果たした。
 益々今年の夏も熱くなりそうだが、
 珍事件もまた楽しみでもある。  

技術は虹のようなもの・・・体鍛え直し雨降らせ!
2007年07月26日 (木) | 編集 |
 400勝投手カネやんの“ワシの話を聞きなさい!”
 (7/24付け)より。
  
 今回はジャイアンツ・李内野手を挙げ、安易な二軍調整
 をせず、一軍で踏ん張り続けることや、オールスター
 1試合を押し勧めるなど、軽快な“カネやん節”を
 お楽しみ下さい。
  


 球宴第一戦(東京ドーム)で、殿堂入り表彰された
 故・梶本隆夫氏へのプレゼンターを務めたカネやん。
 今回の話は、球宴についての心配から始まった・・・。
  

カネやん)東京ドームの試合はともかく、次の日は仙台まで
     行ってデーゲーム。しかも雨でコールドゲームやろ。
     そんなことをやってるから、翌日の1面が
     サッカーばかりになっちまうんだよ。

 ―第二戦は、ナイターだと放映権が売れなかったようです。
カネやん)もうオールスターは1試合にして、もっと大きな
     祭りにすることやな。
     開催地も巻き込んだイベントにしてな。
     2試合分の儲けを1試合で得るようにすれば
     いいのよ。アメリカは昔からそうしてるやろ。
     そういう所をマネしなくちゃ。
     何年も前から『改革』って言ってて、
     企業努力が足りんよ。
  

 ―そうですね、米国の球宴は1週間かけて、色々な
  イベントをやってますからね・・・。
  
  さて、その球宴をはさんで いよいよ後半戦ですが。
カネやん)巨人はオールスター休みに救われたな。
     選手は疲れ切っとったし、前半戦の最後は
     打順も取っ替え引っ替えやっとったな。
     この休みで、どれくらい回復しとるかやな。

 ―高橋由、李もスタメンに戻ってます。
カネやん)(ここで目をカッと見開き)そこや、問題なのは。
     『スンヨプは二軍で調整』なんて書いてあったが、
     なんでそんな事が許されるの。
  
     巨人の3番、4番を打つ人間が、そんなことで
     どうするの。王や長嶋が二軍で調整したか。
     みんな歯を食いしばって、自分のいるべき場所を
     死守してきたんだよ。
     今年の小笠原だってやってるじゃないの。
     『二軍に落ちたら終わり』くらいの覚悟で
     やらなきゃあ。
  

―後半戦は、韓国人コーチも李の為に帯同するそうです。  
カネやん)実は、それも気になってるんだ。
     一軍には一軍の打撃コーチがいる。
     その権限は絶対なんだよ。
     いくら自分のことをよく知っているからといって
     口出しさせちゃいかん。
     これは組織としての問題や。それに、今の
     スンヨプの不振は、技術論を語り合うような
     ものじゃないよ。
  

 ―精神論ですか。
カネやん)違う。体だよ、体。技術というものは虹のような
     もので、いっときはキレイに現れるが、
     必ず消えてしまう。人間は機械じゃないから、
     体が疲れると技術を維持できなくなるんだ。
     だから、また虹を出すためには、雨を降らさないと
     いかん。つまり、体を鍛え直さなきゃダメなんだよ。 
  
  

 ―巨人のV奪回には、李の復調がカギを握るわけですね。
カネやん)打線が投手を助け、投手が打線を助けていく
     形にならないとな。
その点、ピッチャーの方は
     誰が“旗振り役”になるかや。
     前半戦は尚成が『巨人ご一行様、こちらです』
     とやったが、後半戦は誰が出てくるかやな。
     横浜は“番長”(三浦)なんていう、
     旗振り役に相応しいヤツが出てきたから、
     手強いぞ。巨人と中日に、横浜と阪神。
     この4つが入り乱れて(プレーオフ)3つの
     イスを争うことになるやろうな。

 ―パ・リーグの方はどうですか。
カネやん)これはもう、日ハムで決まりだよ。
     ダルビッシュという、とんでもない旗振り役が
     おるからな。現時点では、日本一も最有力といっても
     いい。あとはロッテ、ソフトバンク、西武が
     くっついてくるだろうな。ワシはワンちゃん
     (王監督)の事を心配しとるんだが、西武もしぶとい
     からな。最後まで気が抜けんだろう。

 ―プレーオフ争いはともかく、楽天の田中も楽しみですね。
カネやん)(再び目を見開き)前も言ったように、あの子は
     体を絞らなきゃダメだ。これを見ろ(と、母校
     駒大苫小牧を応援する田中の写真を指す)。
     こんなデーンと太ってしまって・・・。
     北海道に行く時間があれば、どれだけ走り込みが
     できると思ってるの。
     大事なペナントレースをそっちのけにして、
     過去を振り返るな。
     自分の野球人生はこれから作り上げるんや。
  

 ―さすがにマー君には厳しいですね。
カネやん)かわいいからこそ言うのよ。この連載でも
     『15勝したら、ご馳走する』って約束したやろ。
     『あと8勝、必ず勝て!』と言っていると書いてくれ。
     本人は球宴で『真っ直ぐを磨き上げたい』と
     言っとったけど、まずその真っ直ぐを投げる
     体を作りなさい。
     さっきも言ったけど、
     “虹を出すには雨を降らさなくちゃいかんのや”  

   カネやんHPにも遊びにどうぞ!!
負けさせたらいかんのだ(3)
2007年07月25日 (水) | 編集 |
 さて、大垣日大に来て3回目の夏がいよいよ始まった。
 強豪校と試合をすると二桁失点の連続だった
スタート当初は、もうはるかに昔のこと。
 地域住民の大きな期待を受けて、夏の甲子園出場を狙う。
  
 『野球部以外の生徒たちからも、また甲子園に連れて
  行ってね、と言われる。
  センバツに出場して、学校が驚くほど変わったんです。
  目に余る生活態度の生徒が多かったんですが、
  それがほとんどいなくなった。
  学力も上がってきた。
彼等は多くの人と関わる甲子園の
  スタンドで応援してみて、改めて気付いた。
  今の自分はこんな風でいいのかしら、とね。
  球児だけではなく、一般生徒、教員までも感動させた
  甲子園は、本当に素晴らしいところです』―。
  

 試合については、勝ちたいというよりも、  
 “負けさせたらいかん”という思いでいる。
 負けさせたら泣くのは自分。
 自分の指導のどこがまずかったのか、考えれば考えるほど
 涙が出て、これまでも人知れず涙してきた。
 そしてその涙の蓄積は、選手への限りない愛情と、
 責任感の歴史でもある。
  

 『情、誰にも負けない。面倒見、日本一。
  僕の自慢は、過去一度も浪人を作ったことがない。
  東邦でもここでも、みんな希望の大学や企業に
  入れました。だって、子供がそこへ行きたい、と
  言うんだもの、何とかしてやらないかんでしょう。
  気持ちがなければ出来ないことですよ』―。
  

 鬼の阪口が・・・と思わず絶句したら、ニコッと笑って
 こう言われた。
 『鬼って皆さん言うけど、発音が違うんだよ。
  オニ↑じゃなくてオ↑二。
  二を下げる。なんか優しく感じません?』―。
  

 そんな阪口監督の、指導者としての思いが最もよく現れて
 いる場所がある。
 学校から車で15分ほど離れた場所に新設された
 左翼100㍍、右翼90㍍、中堅122㍍の立派な専用球場。
 そのレフトフェンス後方に、2つの記念碑が楚々として
 建っている。
 監督1年目、2年目にそれぞれ送り出した部員の名が
 刻まれており、2年目にあたる平成18年度卒業生の
 記念碑には、こう記してあった。
  

 “空のように海のように成長した12名”―。  
  
 『大きく立派に成長してくれた子供達をどう表現したら
  いいのかしばらく悩んで、ある時ハッと頭に浮かんだのが
  この言葉。1,2年目の選手は今の3年生に多くが
  レギュラーを取られたんだが、上級生が下級生をとても
  かわいがって大事にしてくれた。
  これこそが伝統になる。
  感謝の気持ちを心から表現したかった』―。
  

 この夏が最後となる3年生には、どんな言葉をプレゼント
 するのだろうか。
 阪口監督と共に、3年間歩んだ選手達である。
 万感の思いで建てられるであろう新たな記念碑を、
 また是非見に行こう―。



 輝け甲子園2007夏季号 『監督と甲子園』より
                文・藤井利香   


 春のセンバツを見て、大垣日大の阪口監督を一目ぼれして
 注目してきました。
 息子の先輩にもあたる高校生らとは、たまに会話をしたりして
 近くに感じる機会も多く、思うことは、皆とても繊細で優しい。
 “オレが!!”みたいな成り上がり的な勢いのある子は
 少なくなってきている。
 高校野球を続けている息子の先輩もいますが、
 私達の時代より指導者としては育てにくい子どもが
 多いのでは、と思います。
 昨日も息子のチームメイトら6人を連れて、私の母校J学院の
 練習を午後見学に連れて行きましたが、
 “こんちきしょう!!”みたいな勢いが全く見受けられず、
 (1軍は今日の準決勝の準備の為、午前練習のみで、
  午後練の見学時は2軍でしたが)
 這い上がってやる~!!みたいな勢いを全く感じられません
 でした。
 
 その時代時代で教える側も対応を変えていかなければ
 ならないという、指導者の適応能力によって、
 選手が伸びるかどうか、左右されるのでしょう。
 “鬼の阪口”が“仏の阪口”に。
 ひとつのケースとして、載せてみました。 
  
高校3年間は男の修行!(2)
2007年07月23日 (月) | 編集 |
 阪口監督は、愛知大を卒業してすぐの1967年に母校
 東邦の監督に就任し、退任するまで甲子園出場春夏通算
 24回、
うち優勝1回、準優勝2回。
 当時の愛知は杉浦藤文監督率いる中京(現中京大中京)の
 全盛で>、「相手がステンレス軍団ならうちはブリキ軍団。
 倒すには3倍の猛練習しかない」
と、
 早朝から夜遅くまで、選手と共に休むことを忘れて
 グラウンドに立ち続けた。
 4㌔のウサギ跳びをさせたとか、合宿をすれば教室に
 新聞を敷いて寝て、1週間風呂に入らなかったとか、
 今の選手が驚くような、まさにハングリー精神で
 鍛え上げる指導だった。


 以来、甲子園の強豪校として君臨した東邦だったが、
 以外にも部費は年間50万円以下で、進学校ゆえに
 選手獲得も思うようにならず、苦悩したことは
 少なくなかったという。


 『グラウンドの土も自分たちで買うような状況で、
  つまりは甲子園に定期的に出るようになると、
  学校側も段々と協力的ではなくなるんですよ。
  心底燃えることが出来なかった時期は正直辛かった。
  それを知って他校からの誘いも実はあったんだが、
  だもすぐにノー。
一度ここでやると決めたこと、
  十分だと。そういう生き方しかできないんですよ、
  僕は』
―。


 延長10回裏、2死からの逆転サヨナラという劇的な
 幕切れで上宮(大阪)に勝った1989年のセンバツ
 優勝が44歳の時。
 こらえきれず涙を見せた阪口監督だったが、その姿は
 今に思えば年齢以上の貫禄、重みを感じさせるものだった。
 その優勝から早20年。
 当時の指導について『骨と皮にしちゃったな』と
 反省の弁を込めながら、猛練習と並んで思い出すのは、
 真夜中の電話だという。


 『打てなかったらどこ見てるんだ、何やってんだと、
  真剣勝負ゆえについ怒鳴ってしまうんだが、
  言った後から僕自身が気になって仕方ない。
  結局真夜中に選手の自宅に電話して、
  怒って悪かったな、短気になって言い過ぎたよ、と
  謝って回っていた。そうすると、子供も翌日張り切って
  練習してくれて。よく言われました、“電話魔だ”と。
  今はそんな必要ないけどね(笑)』―。



 思わぬ一面である。そう聞けば、当時女生徒からの信頼も
 厚かったというセリフもうなずける。
 青春真っ只中の高校生の数ある悩みに、それこそ最後の
 とりでのごとく答えていたのが阪口先生。

 通りいっぺんの答えに終始せず、生徒にあっと言わせる
 ような幅広い発想で、幾度も彼らのピンチを救ったのだ。

 『阪口先生は先生じゃない、先生を通り越していると
  言った女生徒もいたな。ちくらんし、解決策を持って
  いると。そんなときは、素直に嬉しかったなぁ』―。



 では、野球部員にとってはどうなのか、と言えば、
 やはり監督は鬼の阪口。

 それが大きな武器となり威力を発揮するのは、
 高校3年間を終えたまさにその時からである。

 就職試験の面接で、東邦を卒業、鬼の阪口のしごきを
 受けたと言えば相手も納得。
 学生時代に何をしてきたかと聞かれたら、
 監督はこう答えるように教えている。


 “男の修行をしてきました!”―。

 『そう言うと面接官がみんな大笑いするって。
  学生時代に耐えることを学んだ子供は社会に出ても強い。
  会社はそういう人材を求めているはずだから』―。


 今年12月に指導者生活40周年記念の祝賀会が
 今や相当数の教え子が全国に散らばり、さまざまな世界で
 活躍している。親子二代にわたって阪口監督の指導を
 受けた教え子もいて、そんな人々が、新たな挑戦に
 踏み切った現在の阪口監督を、陰日なたとなって
 支えている。
 

 『大垣に来て、毎晩僕の体のマッサージしてくれるヤツが
  います。夜中12時まで、汗だくになって。
  他にも何かと気遣いをしてくれる教え子がたくさんいて、
  みんなが自分の生き様を理解してくれているのかなと、
  改めて思う。こうなると教え子を通り越し、
  仲間だね』―。


 人生、人との出会いで全てが変わると思っている。
 大垣日大に来て特に感じているのは、
 新たな素晴らしい出会いに恵まれたこと。

 『だから自分も成長できる』と言い、その一方で
 長く師と仰ぐ人の言葉も忘れていない。
 阪口監督が今も心の奥深くに刻んでいるのは、
東邦高1年時の担任で、平成元年優勝の時の
部長、故・和田悟先生の言葉。


 小柄ながら目に力があり、一番前の席に座って茶目っ気
 たっぷり、クラスの人気者だった阪口少年を和田先生は
 ことのほか可愛がった。

 “阪口は私の趣味”と他の先生に公言したほどで、
 理由は野球のグラウンドに来れば分かると
 ハッキリ言ったという。その和田先生が指導25周年の
 折に寄せてくれた文面を結ぶ言葉は
 
“心をもらえ、心ある人間たれと説く君の指導方針で
  立派な球児、人間作りをしてくれたまえ。
  私はそれを期待し、確信している―”。


 『今も思い出すとポロっと涙が出る時がある。
  この文章にたがわない生き方をせねば。異なる生き方を
  したらいかん、というのが、常に自分の心にあります』―。

                       (続く) 


 
 
 
出会いは明日への力なり 新しき姿に笑顔と誇り(1)
2007年07月22日 (日) | 編集 |
 2年前の春、新天地に来て誓った。
 東邦の38年間は全て捨て去ろう、と。
 名将がいかに固い決意を持って挑んできたかは、
 あの甲子園で勝利するごとに飛び出した。
 たくさんの喜びの言葉を聞けばよく分かる。
 センバツ・希望枠で準優勝。
 かつて鬼の阪口と呼ばれてきた監督が、
 『ここに来て本当に良かった』―。
 そう、しみじみ言った。
  


 63歳になったばかりの監督を、平成生まれの選手達が
 真剣な眼差しで見つめている。
 監督はそんな彼らの目を一人ももらさず見返して
 熱き言葉を力を込めてかけていく。
  
 『こんな練習は全国でも珍しいんじゃないかな。
  誰一人遊ばない、魂の入った練習を毎日やっているから。
  確かに東邦のときも日本一の練習と言われたけど、
  それとはまた違う、厳しさの中にも落ち着きが
  あるんです。東邦では一度も味わったことのない
  練習が出来ていますね』―。
  


 練習前の恒例15分間のセレモニーは、監督の言葉に続いて  
 “(山本五十六の)男の修行”、“阪口慶三のグラウンドに
 おける心得”、“勝利の絶対条件”を選手全員で唱え、
 最後に高歌で締めくくられる。
  
 この春のセンバツに希望枠で出場し、あっぱれな準優勝を
 勝ち取った大垣日大だが、そんな栄光に酔いしれる余韻は
 微塵(みじん)もない。
 私語は一切なく、ぴりっと張り詰めた空気が、広いグラウンド
 を見事なまでに支配している。
  


 『自分を見失わず、今何をしたらいいのかを各人が
  しっかりと理解している。これだけの集中力を持った
  練習は他にない。だから、見に来られた方々がみんな
  感動して帰ります。だって甲子園で2番だもの、
  1番じゃないんだ、誰も納得はしていない。
  準優勝はいいんですよ、悪いことはない。
  5試合も戦えて、喜びと満足度は試合後にはありました。
  でも大垣に帰ってからは、そんなものみんな消えた。
  目指すは日本一のみ。
  勉強もそうだけど、2番にはなれても1番になるのは
  本当に難しい。それを子供達が冷静に受け止め、
  練習に臨む姿はとても素晴らしいね』―。
  


 だから阪口監督は練習が終わると思わず言いたく
 なってしまうのだという。
  
 “今日も感動をありがとう。心からありがとう”―。  
 鬼と呼ばれた阪口監督が、何のてらいもなく そう口にする。
 言わずにはいられない、それほど全てが理想の
 野球なのだと、きっぱり。
  


 『夢中になってやってくれる。
  甲子園でも子供達がいい笑顔を見せたけれど、みんな
  目がものすごくきれいです。
笑顔は心に余裕を作り
  そして知恵を生む。
そしてうちの生徒はね、
  野球だけじゃないんだ。ボクは本当に驚いた。
  勉強だって深夜、または早朝に一生懸命やっている。
  そこまでしなくてもと思わず言いたくなるくらい。
  たいしたものですよ』―。
  


 選手を手放しで褒め称えるなど、東邦時代を知る人々に
 とっては目を丸くするような、信じがたい出来事に
 違いない。センバツ大会中も、ベンチでは体をいっぱいに
 使ってリアクション。笑みを絶やさず、バントなどの
 失敗にも苦言のひとつすら無かった。
  
 逆にあったのは、その選手に向かって『笑え』のサイン。  
 試合後のお立ち台でも喜びを素直に爆発させ、
 指導者として全く新しい顔を披露した。
 ついた名称は、“仏の阪口、ニュー阪口”。
  


 『試合後、宿舎に戻った時、勝った喜びを子供達に
  ちゃんと伝えたいと思ってね。
  そこで僕なりに考えて、夕食の際、プーンと飛行機の
  格好をして食堂に入っていった。キャッキャとサルの
  物まねもしたな。部屋はそれまでシーンとしていたんだが
  いきなり大笑い。みんな腹抱えて笑ったよ。
  そして彼らの前に立ったとき、今度は大粒の涙を流した。
  だって、本気で嬉しいんだから泣けるよね。
  最後にはエイエイ、オーと勝ちどきさ。
  ヨッシャーとなって、あとはもうみんなバリバリ飯を
  食った。嬉しいからドンドン食える。
  
  こういうことが40代、50代ではできなんだ。
  どうしても先生、監督、威厳ある男、というのが邪魔して
  しまい、言動に出せなかった。所が、60歳を過ぎれば
  もうおじいちゃん、何でも出来ちゃう。
  自分でも驚くくらい変わりました』―。
  


 阪口監督自身、まさか還暦を境にここまで自分が変わるとは
 考えもしなかった。
  
 2005年春、38年間勤めた東邦を定年退職して、
 岐阜・大垣へ。
 監督勇退を表明した後、大垣日大を新天地に選んだのは、
 45校ものオファーのうち最初に声をかけてくれた
 学校だったから。
 他の44校の話は一切聞かず、大垣日大の諸先生に会って
 ここならばと迷い無く決めた。
   

 
 『条件を見比べて、なんて性に合わない。給料のことも
  聞かず、野球部の状態も調べなかった。
  ただ、行ってみて驚いてしまったんだな。
  東邦と比べるつもりは無かったが、あまりにもレベルに
  差があったから。何から手をつけていいか分からない。
  たがのゆるんだのは、なかなか直らんで、最初のうちは
  やればやるほど子供が逃げて行ってしまったね』―。
  


 阪口の名が死ぬな、と思わずにはいられなかった。
 過去の手腕が評価されてここに来たのではなかったのか、
 と。でも、半年ほどして考え直したという。

 『グラウンドでは阪口の名は捨てよう。1回戦ボーイ、
  田舎の阪口。マイナスからのスタートを覚悟しました。
  東邦の38年間を全て消さなければこのチームは
  立ち直れない。
  とにかく全てに一生懸命にならねばいかん。

  それにはまず、野球の技術以前に人間力を付けること。
  感謝の心、誠実、思いやり、礼儀、言葉遣い、服装など。

  早く僕の野球を理解してもらいたかったから、
  ミーティングや個人面談などを通して、
  とにかくたくさんの話をしていきました』―。

 かける言葉が変わっていった。
 懸命な姿には、『そうだ、気持ちの入ったいいプレーだ』
 そして続けて、『ただ、○○をもう少し意識して
 直していこう、ほんの少しでいいんだからな』などと、
 具体的な指示を励ましを添えながら出していく。
  
 やがて、下手をすれば、おざなりになりがちな選手の返事
 にも、自然に前向きな気持ちが生まれていった。
  

 『悪い部分に子供は絶対気付いてる。私にも娘がいて経験が
  あるが、何枚かのテストを親に見せる時、いい点数の方を
  上にして、悪いのを下にするのが子供。これに対して親は
  上の1、2枚だけを見て下は見ない。
  見て見ぬふりをするんです。
  そうか、できなかった所は、時間を作って勉強して
  いこうかなと、それくらいにして逃してやる。
  これが子育てですよ。
  今の親は、1から10まであれこれ言うから子供は
  聞くことさえイヤになってしまう。そういうコツが
  分かって子育てをすると、子供は逆に親に対して
  感謝の気持ちを持つようになる。
  信頼感も生まれるし、上手に伸びていくんです』―。
  


 センバツ決勝戦で思いがけず出てしまったエラーに対しても
 監督は一切触れていない。
 まだまだ未完成なのだから当たり前。
 だからもっともっと練習をしていこう。
 鬼の阪口ではなくなったが、無言ゆえの強いメッセージは、
 日々確かに選手達に伝わっている。
  


 とはいえ、褒めて褒めて褒めまくるばかりの指導ではない。
 褒めて育てよとは昨今よく言うが、そこに威厳があってこそ
 意味がある。
  
 『気の抜けたプレーをしようものなら、今のプレーはダメだ!
  と厳しく言います。でもすぐ後に、そうそう、それで
  いいんだ。それならエラーしないな、学習能力ありだ、と。
  褒めて褒めての中に、こうやって1つトーンの違う
  言葉も必要。その方がより心に響きます。
  指導者には特に必要なことだと思いますね』―。
  


 選手達が監督のことを、すげーっ、すげーっと言っている。
 豊富な知識と経験談。その全てを機会あるごとに
 伝えながら、思うことはただひとつ。
  
 『子供らを幸せにせんといかんから』―。  
 大垣日大に赴任してきたとき、学校側からの
 “3,4年で甲子園”という希望に対し、阪口監督は
 『いや、2年で行く!』と断言した。
 戦力が充実していたからとか、何か決め手があった
 わけでは決してない。
 『3年も待てない、自分の気力が持たないと言ったんです。
  やるならとことん。生活全てを野球に絡め、集中して
  計画的に進めていった。
  それに、2年で行くと公言してしまえば、もうやるしかない、
  逃げられないでしょう。
  これが僕の生き方です。だからセンバツから戻った後に
  夏はもらいます、と。
  言っちゃえば燃えざるを得ない。本当に真剣勝負。
  だから体もよく動くんだな(笑)』―。


                    (続く)
日本プロ野球界オーナーらの“物言い”
2007年07月21日 (土) | 編集 |
 『NHK大リーグ放送が多すぎる』という、プロ野球オーナー
 会議で出た“物言い”には、唖然とした。
 1日2試合の日もある中継の多さだけでなく、
 朝のニュースのトップで日本人選手の打った、投げたを
 報じるのも気に入らないらしい。
  
 『公共放送としてもっと日本のプロ野球を取り上げるべき』
 と近く申し入れるという。

 
 確かに、NHKは衛星放送の加入を増やすために
 大リーグを利用しているような、うさん臭さを感じる。
 しかし、公共放送とはいえ、しょせんは商売。
 湯水のごとく金を使ってとやかく言われても、
 売れるものに飛びつくのは当然で、オーナーたちが
 “多すぎる”というのは筋違いだろう。
  


 『視聴者からは、多すぎるという苦情はない。
  “松坂は今度いつ投げるのか”といった問い合わせが多く、
 放送しなければ逆に苦情が殺到するのでは・・・』と
 NHK広報部も“心外”の様子だ。
  
 今季の大リーグは、松坂の入団で昨季より55試合増え
 290試合放送するが、日本のプロ野球も1試合増え
 127試合放送するという言い分もある。
  


 江本孟紀氏はこう指摘する。
 『元を正せば、夢だ何だと大リーグに選手を送り込み
  球団経営のまずさから目を反らせようとしたのは
  自分たち。 テレビに格好のコンテンツを提供した
  ことを棚にあげ、日本の球界も大切に、とは
  責任転換もいいところで、メディアに対しての
  認識も甘すぎる』―。
  


 日本のプロ野球では先日、東京ドームでの伝統の
 巨人ー阪神戦が、地上波での放送がなかった。
 巨人戦の月別平均視聴率も6月は10%を割った。
 NHKに物言いを付ける前に、やるべきことは
 山ほどあるのではないか。


 サンケイスポーツ 7/20日付け 『甘口辛口』より
             今村忠氏



 ここでミニ情報。
 チャリティー日本野球機構は、12球団と選手会と協力し、
 新潟県中越沖地震の被災者救援のため、
 『ガリバーオールスターゲーム チャリティーオークション』
 を実施する。
 出場者全員が着用したサイン入りユニホームを
 7月30日からネットオークションに出品する。
 詳細は30日以降、NPBホームページで発表。
 また選手会はこの日(7/20)の臨時大会で、
 12球団選手会が100万円ずつの義援金を
 被災地におくることを決めた。
 
 
“二岡に代打”で思う日米監督の権限
2007年07月20日 (金) | 編集 |
 7/20日付け サンケイスポーツより
 『球界インサイドリポート』~鷲田康氏のコラム。
 目を引いたので、紹介します。
  


 日米で『監督の権限』ということを考えさせられる出来事が
 あった。
 ひとつは7月15日の広島戦で巨人・原監督が二岡に
 代打・小関を送った采配だ。
 この采配には批判的な声が圧倒的だった。
 今季、得点圏打率4割以上の二岡と二軍から上がって
 きたばかりの小関との比較論もあった。

 また、勝負の場面で主軸に代打を送ることによる
 今後への『マイナス』を指摘する声も多かった。
  

 どの批判も、ある意味もっともといえる。
 ただ同時に、たとえ不合理であっても
 “だから原監督はダメ”という判断に乗っかるわけには
 いかないな、とも思うのだ。
  

 監督はチームをあずかり優勝、日本一という目標達成の
 ために、全権が与えられている。
  
 成否は結果によってのみ判断されるということだ。
 もちろん選手の育成など、優勝以外にも求められることは
 あるが、一義的には
 やはり勝つことしかない。  
 その為に、選手を犠牲に出来る厳しさも、
 監督の権限であり、求められる大きな素養である。



 そこで思うのは6月30日に起こった大リーグ、
 マリナーズ・ハーグローブ監督の辞任劇だった。
 優勝争いを演じ、しかも7連勝中の突然の辞任劇は、
 確かに奇異にうつった。
 直後に確執が伝えられていたイチローが破格の条件で
 チーム残留を発表したことで、
 まことしやかに残留条件に監督交代があった、という
 ウワサが流れている。
  

 イチローと同監督の采配を巡る確執は、さまざま伝わって
 きている。しかし、監督は勝つことを考え、選手は監督の
 求めるプレーをする。
 この野球の大前提を思えば、イチローもそんなことを
 求めるわけがないし、チームもそれを
 受け入れるはずはない。
  

 選手が監督を選択するようになったらチームは終わり、
 命令系統を失ったチームに優勝など
 あり得ないということだ。
  

 もし、今回の原采配で二岡が不信感を
 抱くことを心配するならそれは無用である。  

 もし仮にそうなら、原監督は二岡を使わなければいい。
 それが監督の権限というものであり、それが出来なかったら
 むしろその時こそ“原監督はダメ”というときである。
  


 
楽天・山崎という男
2007年07月19日 (木) | 編集 |
 高々と舞い上がるボールは、歓喜と沈黙が交錯する場所に
 あっけなく飛び込む。
 しかし、よく考えるとわずか直径約8㌢、重さ約150㌘の
 小さな球体を、180㌢を超え100㌔もある屈強な
 打者たちが、力のある限り振りぬく。
 もちろんボールは、はるかかなた。
 そんなに難しいことではない。

 そこで展開されるのは、死が出るような18.44㍍間の
 局地戦。
 一流のピッチャーがバッターに投じる甘い球は、
 一打席にわずか1球といわれている。

 そう、失投と呼ばれるチャンスを確実に仕留め、それを
 バッターたちの鋭い読みと高度な技術が必要とされる。

 そんな駆け引きに前半戦、ここまで31回も打ち勝った
 男がいる。

 
ホームランバッター、東北楽天・山崎武司(38)。
 この男は、いとも簡単に打つ術を知っている・・・
 のだろうか?
 これまで驚異的なホームラン量産の裏には、
 何かヒミツがあるのだろうか?



 プロ21年目、今年39歳を迎えるベテランは、
 ここまで苦難な野球人生を歩んできた。
 1968年11月7日生まれ。
 1989年中日で一軍デビュー。
 中日時代の1996年には通算39本塁打を放ち、
 セ・リーグ、ホームラン王を獲得。
 しかし、その後ケガや監督との確執により、
 出場試合とホームランは減り、2003年には
 オリックスにトレード。
 (1028試合出場、通算185本塁打)
 そこでもわずか2年で戦力外通告を受けてしまう。
 (172試合出場、通算26本塁打)

 いきついた先は、遠い仙台の地。
 まだ産声を上げたばかりの新球団。
 
『もう、失うものは無くなりました。オリックスをクビに
  なって、イーグルスに拾ってもらって。
  野球から身を引こうと思っていたから―』。

 その時既に36歳。
 かつてのホームラン王、その経験と実績は、プライドという
 名で男の行く手をさえぎる。
 これまで努力で築き上げたスタイルを、
 簡単に変えるつもりはなかった。


 山崎のバッティング哲学とは―。
 『一番はピッチャーの速い球に振り負けないように
  している』―。

 拾ってもらった恩返し。
 気持ちだけは強かった。
 だが、その気持ちを支えるほどの体力は、もぅ残って
 いなかったのかもしれない。

 
 移籍2年目、悩めるベテランの前に、一人の理解者が
 現れる。
 野村監督との出会い。
 
 こんなエピソードがある。
 就任以来、山崎のことを高く評価する指揮官は、
 ある試合で、変化球に凡退する山崎を見て
 ひとつの言葉を投げかけた。

 『もっと自惚れろ!お前にストレートが
  来るわけないだろう』―。

 山崎は言う。
 『“野球”というものを野村監督に教わるまでは、
  本能でやっていた人間なので、
  “来た球を打てばいいや”とか、そういう感覚で野球を
  やっていたので、それでは限界があるってことを
  監督から言われたので、自分の中で“こういう感じで” 
  と、読みをして打てた、というのが今年は多々出るので、
  21年やっているけど、新しい発見という感じです。
  自分の野球観をもっと広げさせてくれた』―。
  

 そして毎日が楽しくなり始めた。
 相手ピッチャーを恐れ、打率が下がることに怯えた日々。
 バッターボックスに向かう身長182㌢、体重100㌔の
 巨体は、今ゆっくりと相手に目を向ける。
 ピッチャーの手の中にあるボールは、
 直径約8㌢、重さ約150㌘。
 いつもと同じ大きさ。
 そして感じる。
  
 “そんなに難しいことではない!!”―。  


 『野球というものを難しく考えず、子供の頃ボクらが本当に
  喜んでバットとボールを持って握って、グラウンドに
  行ってた、という気持ちで野球が出来るというのは、
  最高なことだと思うし、楽しんで野球をやる、という
  なかなかそこまで極めるまでにはボクも行ってないけど
  でも少しだけ、それが分かってきたかな、というのが
  あるので、今の自分があると思います』―。
  

 プレッシャーから回避というのは余生を楽しむ者への
 最高のはなむけ。
 山崎に託されたそれは、努力を重ねてきた男だけに
 与えられた、21年目の特権。

 そしてその特権を有効利用したベテランは、まだまだ
 余生を楽しむ気はない。
 プロ21年目、38歳の男は、今シーズン間違いなく
 劇的に変貌を遂げた!
  


 バッティングは、詰まるか、ジャストミートするか、
 泳がされるか・・・この3つ。
  
 流されるのは止めて、詰まるのはOK!と、
 前楽天監督・田尾氏は指導したそうです。
  
 詰まることで、自分のパワーがバットヘッドに
 伝わりやすいんだそうです。
  
 それを納得するまでには時間がかかったというが、
 あと今年少し変えたのは、
  
 マイナーチェンジとして、バットヘッドを少し中に入れた
 という。
 そのことにより、ミートポイントまでの距離を作れたそう。
 この辺りが、ホームラン量産につながっているのだそう。
  


 何より変わったのは、今まで自分の為だけ、という野球を
 してきた男が、チーム内でも皆に喜んでもらう、という
 気持ちに変わってきたから。
 ベテランになると、やはり“やりがい”だと思います。
 そういう意味では、温かいファンの人達の為にも
 何とかしたい、という気持ちが強まったのだと思うし、
 そういう気持ちも山崎を支えている大きな要因のひとつ
 だと思います。
 だから楽しいんだと思います。


 後半戦の楽天、期待したいです。
 
  
 

 
 
“何苦楚魂”継承者・浦和学院 鮫島勇人(3年)
2007年07月18日 (水) | 編集 |
 節目となる高校通算40号を右翼芝生に弾んだ。
 2点を返された後の四回、鮫島が7-2と突き放す
 2ランだった。
  
 『最近振れていなかったので、開き直りました』―。  

 五回にはコールド勝ちを決める右超え安打も放ち、
 2安打3打点と4番の役割を果たした。
 十日市場中3年の時に神奈川・中本牧シニアで
 日本一に輝いたスラッガー。
  
 同じ左打ちの三塁手、デビルレイズ・岩村明憲に憧れる。  
  
 春の県大会はポテンヒット1本のみと不振に陥ったが、
 フォームを試行錯誤しながら、毎夜遅くまで
 素振りを欠かさなかった。
  

 岩村選手がモットーにしていた“何苦楚(なにくそ)魂”
 の継承者だ。  
  

 2年連続出場への最大のライバルとみられていた
 春日部共栄が初戦で敗退。
  
 『敵はまず自分。そこをしっかりわきまえていきたい』―。  
 頼れる男は、地に足を付けながら、甲子園ロードを
 ひた走る!!


 
球団、野球機構、選手会が一体となり社会奉仕を
2007年07月17日 (火) | 編集 |
 ~豊田泰光氏のコラムを今日は紹介します~

『他人の身になって考える』―これができない日本プロ野球。
生き残りたいと思うなら、どんどん社会奉仕の実績を
作り上げるべき!!  
  


 先日、『がんサポート』(エビデンス社)という雑誌の
 取材を受けたのですが、これからは2人に1人はガン、
 という時代になるのだそうです。
 そうなると、がん治療、がん予防には膨大なお金がかかる
 ことになるわけです。これはもう、政府もお手上げです。
 日本人の全てが真剣に考えないと、助かる人も助からん
 という悲劇が起きてしまいます。
 早期発見、これに尽きるでしょう。
 その為には、低料金で気軽にいつでもどこでも診察して
 もらえる体制を整えないとダメです。
 とにかくお金がかかる。
  

 プロ野球が、ガン予防基金のようなものを始めたらね、
 これはインパクトが大きいですよ。
  
 日本中が名前と顔を知っている人たちが、
 『ガンに勝ちましょう!』と立ち上がったら、
 波及効果は大きいですよ。
  
 例えばね“今日の試合はガン撲滅デーとして入場料に
 100円上乗せして、これを基金にしますから、
 ご協力下さい!”というようなやり方でもいいんです。
 お客さんに100円負担させるんだから、球団も100円
 負担する。(ベンチ選手らからも一人100円)
 3万人入ったら、たちどころに数百万円集まります。
  

 こういう具合に、何かにつけて社会奉仕をやっていけば、
 ファンは>『いいぞ!プロ野球!』となって、
 決して見捨てるようなことはありません。
  
 今は、ソフトバンクの和田や、阪神の赤星らが一生懸命に
 やっていますが、個人での社会奉仕はどうしても
 限界があります。年報1千万くらいの選手では、やろうと
 してもできません。
  
 だから、こういうことは、各球団とプロ野球機構と選手会の
 三者が協力し合って一体となって
 遂行せんとダメなのです。
 裏金を社会奉仕に回していたら、どれほど日本中で
 喜ばれたことか。
  

 社会奉仕については、日米の選手会が手を握りあって
 アイディアを出せばいいんです。
 ボランティアに関しては、アメリカは当たり前のように
 やる国ですから、日本の選手会はアメリカの選手会から
 大いに学ぶべきですよ。
  

 とにかく、現状から一歩踏み出すのを怖がる世界ですから、
 グズグズしているうちに、客観情勢の方に追い越されちゃう。
 『それでは』と追いかけ始めると、ズレまくりで滑稽
 (こっけい)なことになるだけ。
  
 (これを読んでいる高野連の人、あなたたちだって似たような
  ものだよ。他人を笑っている場合じゃないよ!)  

 プロもアマも、日本野球の世界はファンの期待と願いに
 反することばかりやってきました。
 誰も言わないから、オレ(豊田氏)が言い続けているワケです!


 ロッテのバレンタイン監督が四国リーグの
 1チームを援助する計画を明らかにしましたが、
 野球協約ウンヌンは別にして、
 彼は基本的に正しいと思う。
  

 プロ野球は独立リーグに冷たすぎるよ!
 本来なら、プロ野球全体で四国リーグを丸ごと救助すべき
 なんです。プロ野球が手助けする独立リーグが6つか7つ
 くらいあれば、ファームなんかもういらんよ。
 各球団40人くらいのスリムなプロ野球にできる。
 40人なら、チームを持とうという企業も現れるでしょう。
  
 
 さて、プロ野球はこの一歩を踏み出せるか?
 ムリだろうねぇ。   


 
シゴキは殺人じゃない!他
2007年07月16日 (月) | 編集 |
 7月3日付けのサンケイスポーツより。
 『ワシの話を聞きなさい』のカネやん節を
 今回も厳選してお送りします。

 
 ~先日稽古による外傷性ショック死の可能性があり
  亡くなった力士の問題によるカネやんのお言葉から~

カネやん)相撲でも野球でも、昔からシゴキはあったんだよ。
     亡くなった少年にはお悔やみを申し上げるが、
     スポーツの世界にはそういう厳しい部分もあるんだ。
     ワシも長嶋も王も、気を失ってバケツの水をかけられ
     死線をさまようような練習をしてきた。
     それを、あたかも殺人が行われているかのように
     言うから(相撲の)新弟子検査の受験者がいなく
     なったんじゃないの。


 ―受験者ゼロは初めてだそうです。
カネやん)“国技を潰す気か。スポーツを潰す気か!”と
言いたいね。
野球だって、ノックの球が
     顔に当たれば、死ぬことだってありますよ。
     ワシらは、それを死にものぐるいで捕って、
     3倍の力で投げ返したから生き残ってこれたんだ。
     人間は、親の手を離れて自分一人で立ち向かって
     いかないといけない時もある。

     もちろん力士が亡くなった原因は究明しなきゃ
     いけないが、今の世の中、管理責任ばかり問うから
     指導が甘くなって、真のスターも
     生まれてこないんだ。



~地上波を増やせ~
 ―地上波での野球中継が どんどん減っています。
カネやん)せっかく巨人が強いのに、日本テレビは何を
     やっとるのかね。あれだけ長い間、巨人にお世話に
     なっておきながら、視聴率が少し悪いと、すぐに
     中継をやめてしまう。NHKにしてもそうだ。
     メジャーリーグに金を払う金があるんだったら
     少しは日本のプロ野球にもお金を払って
     地上波で中継しなさい。
この前、蒸し暑い広島で
     デーゲームをやっとったのを見たが、あれも
     テレビの放映権の兼ね合いやろ。
     せめて(試合開始が午後4~5時の)薄暮ゲーム
     にしてやらないとな。選手の健康を考えろって
     言いたいね。
  
 
~キャッチャーというポジションの意味~  
カネやん)阿部(巨人)はよくなったねぇ。すっかり頼られる
     存在になった。
もともとキャッチャーは、
     全てを任されるような存在にならないとダメ
     なのよ。(現・楽天監督の)野村にしても
     (元横浜監督の)森にしても、現役時代は
     そうだった。普段の行動から自信を持って、
     ドッシリと構えるようにならないと、いい女房役
     にはなれんのだよ。
  

 ―主将で4番、昨オフには結婚もして、公私共に自覚が
  出てきたようです。
カネやん)最近あまり語られなくなった“責任感”というものが
     伝わってくるね。
奥さんの『内助の功』でもある
     というが、男がいい仕事をしなくちゃ、そんなものは
     言われなくなっちゃう。
     阿部は奥さんが“悪妻”と呼ばれないように
     頑張っとるんだ。

~掃除だって大切~  
―そういえば金田さんは、さっきまで自宅で大掃除を
  していたそうですね。
カネやん)ああ、ワシは自分で掃除をするよ。
     野球というものに真剣に取り組み始めた頃から
     整理整頓をする習慣がついたんだ。
  
     グラブに感謝、ユニホームに感謝。パッと脱いで
     パッとデートに出かけるようじゃぁ、一流とは
     いえんな。汗も引かんうちに外に出たら、
     風邪をひいてしまうやろ。
     ワシは“球場には最初に入って最後に帰る”を
     実践しとったなぁ。
  

 ―“重役出勤”ではなかったわけですね。
カネやん)あたりまえよ。それから、球場への行き方
     (通勤経路)も気にしてたなぁ。だいたい
     『縁起を担ぐ』というのは超一流の世界なのよ。
     勝って怖がり、負けても怖がる。
     中途半端なヤツに、ジンクスというものは
     関係ない。誰にも負けない向上心、努力の後に
     “最後の意欲”として神頼みするわけだ。


 カネやんHPもチェック!!   
背番号36番 下山真二  
2007年07月15日 (日) | 編集 |
 昨日の対西武戦、6回裏2アウト走者無しから下山が
 左中間へ5号ソロを放ち、8回にもダメ押しの2ランを
 放ち、オリックスの連敗を止めた。

 
 27歳で飛び込んだプロの世界。
 代打、代打で苦しい時期が続いたが、今季5年目で
 レギュラーの座をつかんだ。
  
 それでも初心者の気持ちは忘れない。
 野球を始めた頃の“野球を楽しむ”ことを実践し、
 充実した毎日を送り続けている。
 今回はオリックスバッファローズ・下山真二選手に
 注目してみました。


 『打席の中で真っ直ぐを待ちながら、全ての変化球に
  対応できる。これがボクの理想』―。
  
 下山の特徴は軸足となる右足を後ろに引きながら、左に
 引っ張ったり、右に流して長打を打つことが多い。
  

 下山には理想とする打者がいた。
 『真っ直ぐを待ちながら変化球に対応するためには、
  左肩が開いてしまっては対応できません。
  その為にも右足を少し引くことで、左肩が残るんです。
  それの打ち方がうまいな、と思う打者が、
巨人に移籍
  された谷佳知さんでした。
  
  それを盗もうと谷さんの打撃を見て参考に
  していました』―。
  

 確かに見て盗むのは頭では理解できるが、実践でいきなり
 実行するのは難しい。
 さらに練習でも そう簡単にできるものではない。
  

 『ストライクゾーンのボールを打つだけではなく、少々の
  ボール球も打撃練習で打ってみる。
  場面を想定して工夫しながら外角の球を思いっきり
  引っ張ってみたりしています。
  ストライクゾーンだけを打つ習慣をつけてしまうと
  そのコースしか打てない打者になってしまいますから、
  実戦を想定しながら打撃練習をしています。
  ですから“その球、打つのは難しいやろ”と、
  一般の人が思うような球でも、ヒットに出来るのは、
  その練習のお陰かもしれませんね』―。
  

 開幕してから3ヶ月半、シーズンは中盤に差し掛かった
 ところだが、既にプロ入り自己最多の試合出場を果たし、
 04年近鉄時代の年間106打席を越える200打席
 以上を経験。外野のレギュラーとして定着している。
  

 これまでの代打・代走、左投手専門から、レギュラーへ
 飛躍した理由は、打撃の向上だけではない。
  
 『昨オフに新しい監督になったことで、スタートラインが
  みんなと同じだと考えました。
  その新監督が日本人ではなくて外国人ということは、
  自分にとっては良かった。
  結果を残せば使ってもらえるという実感があった。
  キャンプ、オープン戦の打撃も、自分の中で納得いく
  結果が残せたので、それは今の自分につながって
  いるのかな、と思います。周りの外野のライバルも
  調子が良かったので、さらに自分も成長でき、
  良い結果が出せたのだと思います。
  そういう中で結果を残せないと、この世界で
  やっていけないと思っていますから』―。
  

 下山の中には、レギュラーをつかんだという気持ちはない。
 シーズンが終わって結果的に先発で出続け、そこで
 初めてレギュラーとしての地位が築き上げられる、
 と考えている。
  

 『今まで代打が多かったのですが、その一打席に懸ける
  思いを、先発として出ている打席全てに生かせるように
  心掛けています。ここまでは数多く打席に立てる事で
  自分の中で打てる球、打てない球というのが
  少し分かりだしてきたな、と感じています』―。
  

 打てる球と打てない球を、自分で実感させる作業として、
 毎日メモを取り、自宅で自分の打席のビデオを
 チェックすることで、感覚のすり合わせを行っている。
 そのメモは打撃のことだけには及ばず、精神的なことも
 あるが、その感性は下山独特のモノがある。
  

 『調子が悪い時に、よくメモを取ったりする人は多いと
  思いますが、それってボクの中では違うかな。
  調子がいい時にも、なぜ調子がいいのかメモして
  おかないと、意味がないですし、調子の波は少なく
  ならないと思うんです。
  こんな気持ちで打席に立っているとか、どういう考えで
  ボールを待っていたとか。
  自分の調子がいい時にナゼ良かったのか?を
  メモに取った方が良いと思います。
  調子が良い時ほど、体調が良いから飲みに行こう、
  なんてなりがちですけど(笑)。
  きっちりとメモは取りますね』―。
  

 そんな野球漬けの毎日が楽しい。  
 『年は取っていくんですが、実は年々体が動くようになって
  きているんです。不思議な感じがするんですよ。
  やっぱり毎日試合をするプロの方が自分に合って
  いるのかなと思いますね。社会人時代などは、
  “今日は体が重いな”と感じることも多かったのですが
  プロに入ってから、それが無くなりました。
  やっぱり野球が大好きで、それで飯を食いたいと
  思っていましたし、社会人(日本生命)から入団した時、
  年俸もダウンして、周りからも反対されながら
  プロに入りましたけど、今は好きなことが出来ているのが
  うれしいですね』―。
  

 コリンズ監督はよく試合によって打順を変更するが、
 打順に関係なく、
 チームに貢献できている自分がそこにいる。
  

 『打順に関しては、どの打順でも意識は無いですね。
  基本は積極的に打つ。その気持ちは崩したくない。
  たとえそれが1番や2番でもね。
  クリーンアップが不振な時や敬遠された時には
  “よし!!”と思いますから、やりがいがありますし、
  楽しいですね。今年のモットーは、
  “楽しみながら野球をやる!!”ですから。
  今はすごく充実しています』―。
  

 楽しみながら充実した毎日を過ごせるよう、これからも
 日々の努力は欠かさない。


  
 
カネやんへの質問コーナー
2007年07月14日 (土) | 編集 |
 カネやんこと金田正一さん。
 日本球界を代表する偉大な400勝投手。
 そのカネやんへの、これまでの質問を、今回はまとめて
 お送りしたいと思います。
 カネやん節を説くとお聞き下さいませ!
  


~ものおじしない『生意気な若造』~  
Q)金田投手がデビューしたころの、
 対戦相手とのエピソードをお願いします―。
  

カネやん)大ベテランの藤村さん
    (富美男=初代ミスタータイガース、
     金田さんより17歳上)と対戦したとき、
     大きなカーブをセンター前にヒットされたのよ。
     それで、その回が終わってすれ違ったとき、
     思わず『藤村さん、うまいこと打つねぇ』と
     言っちゃった。そしたら、あとでかなり
     怒っていたらしい。
     『あの若造、生意気だ!』ってね。
     新聞記者を通じて、結構な騒ぎになった。
     でも、本人から直接は言われんかったよ。
     直接言われてたら?
     『文句あるか?』って言い返してたかな。
  

~ふくまないよう手首振る動作を~  
Q)現役時代、金田さんはマウンド上で手首を振る動作を
 していたように思いますが、あれは何だったのですか?
  

カネやん)あれは、手がむくまないようにしてたのよ。
     投球が続いて(うっ血や体の老廃物などで)
     手がむくむと、懸命に投げても打たれてしまう。
     だから手をスッキリさせようとして、ああいう
     動作をしてたんだ。最近は疲れてくると、
     腕をダラリと垂らす奴がいるが、手を心臓より
     下にしてちゃダメだな。
     それから、野球をやらない人も、手のむくみには
     気をつけなさいよ。脳梗塞や心臓疾患で
     むくみが出ることがある。
     ワシは指輪が抜けないようになってないか
     いつも気をつけとるよ。
  

~着こなし含め昔に戻すべき~  
Q)最近のユニホームの着こなしについて、どう思いますか?
 足首まで隠れるスタイルが主流のようですが・・・。
  

カネやん)ああ、あれは好かんな。ひざの辺りまでズボンを
     上げてストッキングを見せた方が、軽快に見えて
     カッコいいよ。この前、始球式で昔の巨人の
     ユニホームを着たけど、やっぱりカッコよかった
     もんなぁ。今の巨人は“顔”といえる
     スーパースターがいないんだから、
     せめてユニホームは着こなしを含めて元に戻す
     べきだね。そうすれば視聴率も上がるんじゃ
     ないの。テレビで今の選手のユニホーム姿を
     見ていても、思い入れが沸いてこないからな。
  

~見逃し三振、ナゼ増えた?~  
Q)最近は2ストライクを取られてから、3ストライク目を
 簡単に見逃すバッターが多いと思います。
 かつて巨人にいた千葉(茂)さんのように、くさい球を
 カットすることは出来ないんでしょうか?
  

カネやん)まぁ、一言で言えば“ヘタクソになった”
     ということやな。つまり、ヤマ張りバッターが
     増えたんや。普段から『球を引き付けて打つ』
     ことをしてないから、カットできんのよ。
     千葉さんは相手投手の調子を崩すバッターで、
     ファウルで粘って球数をかけさせていた。
     根負けして四球を出したり、千葉さんを抑えて
     ホッとして、次のバッターに打たれるピッチャーが
     たくさんいたんや。その千葉さんが
     『カネやんの球をカットできんようになったから』
     と言って辞めたんだよ。
     そろそろ、そういう勝負を見たいよな。     
  


 カネやんの公式ホームページに是非遊びにどうぞ!!
   http://www.kanedamasaichi.jp
二人三脚で超える 松坂最後の壁
2007年07月13日 (金) | 編集 |
 この数ヶ月、さまざまな試行錯誤を繰り返しながら
 自分を取り戻そうとしてきた松坂。
 そして今、彼はもうひとつの壁を乗り越えようと
 している。
 完全なる松坂への最後のピースともいえる壁・・・。
  

J・バリテック)私のサインにダイスケが首を振るケースがある。                        どうしてなのか、プロセスを知る必要がある。   

 自分流の調整を貫き、一時の不振から脱出した松坂。
 しかし彼に最後に残された課題は、自分だけで解決できる
 ものではなかった。
 それは、実戦でしか克服できないもの。
 キャッチャーとのコミュニケーション―。
  

J・バリテック)私は試合になったら野球の知識は信じない。
       目の前で起こっていることだけを
       信じるようにしている。
       だから私のサインにダイスケが首を振ることが
       目の前で起きたら、それはとても重要なことだ。
  

 松坂とバリテック―。
 お互いが強力な存在でも、2人は出会ってからまだ半年にも
 満たない。
 発展途上だけに調子が上がるにつれて、松坂がサインに
 首を振る回数が増えている。
 試合の局面で考えの違いが現れてきているのだ。
  

J・バリテック)例えば私がチェンジアップがダメだと思うと
       しよう。でもダイスケはいいと思っている。
       もちろんサインに首を振るだろう。
       その時のダイスケがナゼそう思うのか知りたい
       と思っているんだ。
  

 なぜ松坂が首を振ったか、そのプロセスが知りたい―。  

 一見強面のバリテックだが、新人・松坂の考えを理解しようと
 している。
 
  
J・バリテック)もしも意見が合わなかったら?
       どんどん話すしかないだろう。
       私がその時しなければならないのは、その球種を
       選択した裏には何があるのかを伝えることだ。
       理論の裏づけをしないと、納得しないだろ?
  

 一方の松坂は  
 『基本的な配球はバリテックに任せています』―。
 それでも松坂は、納得できないサインもあるけど
 相手バッターを知らないので、半信半疑です―。
 と、率直な感想も漏らしている。
  

 
 このことに関して相手バッターの特徴をノートにまとめる
 研究家、エース・シリング投手は、こう話す。
  
 『若い投手は、たいてい捕手の意見を聞くものだけど、
  ダイスケは既に偉大な投手だ。
  二人はキャンプからよく話していたし、
  コミュニケーションに問題はない。
  時間はかかるんだよ。ここはメジャーリーグなんだ!』―。
  


 キャンプ中からコミュニケーションを取ることに
 時間を割いてきた二人。
 しかし実はシーズン前バリテックも
 こんなことを話していた。
  
 『配球はスプリングトレーニングで完成するものではない。
  意味ある試合を経験してシーズンに初めて完成する
  ものなんだ』―。
  

 松坂とバリテックは今、ようやくそのレベルに。
 すなわち、試合を通してのコミュニケーションによって
 配球を完成させ始めたのだ。
 
 
 象徴的だったのは先月の松坂対ボンズの局面だった。
 敬遠の支持に苛立ちを感じている松坂の元へ
 すぐさま駆け寄ったバリテック。
 続く2度目の対戦では、松坂の気持ちを察するように
 気持ちよくストレート勝負で挑ませた。
 しかし、ピンチで迎えた第3打席では、一転して変化球攻め。
 前の打席でストレートしか見ていなかったボンズは、
 初めて見る松坂の変化球に、あっけなく凡退したのだ。
  

 
 松坂の性格、経験を尊重しつつ、自身の豊富な経験で
 試合に臨むバリテック。
 未だ発展途上のバッテリーは、これからも
 コミュニケーションを取りながら、更なる高みを目指す。


 
J・バリテック)ダイスケがサインに納得しない時もあるだろう。
       でも、それはそれでいい。
       勝つ為に総合的に判断してリードするのが
       私の役目だよ。  


 

    
 
来年FA権上原 クローザーで能力の高さ証明
2007年07月12日 (木) | 編集 |
 巨人の上原が抑えとして完全復活を遂げている。  
 実はこの上原クローザー構想は、V奪回への勝負として
 原監督が昨オフから密かに練っていた案だった。
 
 ここ数年、故障に泣いて本来の数字が残せていない上原を、
 チームにとって最も有効に再生する方法は何なのか。
 思いを巡らせた指揮官が辿り着いたのが、
 アキレス腱だった抑え役にこの右腕を抜擢するという
 勝負手だった。
  

 これまで抑え投手に求められる条件としては、
 球が速く、三振を取れるボール、例えばかつての佐々木の
 フォームや高津のシンカー、を持っていることだった。
 だが、ここ数年の傾向としては日ハムのマイケル中村に
 代表されるように、球威はなくとも、きちっとボールを
 コントロールできる能力が要求される傾向にある。
  

 大事なのは、余分な四球を出さないこと。
 その上でゴロを打たせられるボールがあれば、
 クローザーとして活躍できるということだ。
  

 こうした点から見ると、上原にはクローザーとして
 適性が非常にある。
  
 持ち味は両コーナーにフォークをも投げ分けられる
 制球力の高さ。
 球速は145㌔前後と決して突出していないが、
 交代していきなり四球で走者を出す事も皆無に近い。
 1点差ゲームで、今の巨人では最も安心してマウンドに
 送り出せる投手ということになる。
  

 もちろん上原にだってメリットはある。
 ここ数年故障がちで、長丁場のメジャーで先発することには
 不安の声も出ていた。が、この活躍で、投手としての
 能力の高さに注目をする声が出てきている。
 
 クローザーとしてももちろんだが、これだけ制球力が良く、
 決め球もあれば先発として再評価する球団も出てきている。
  

 
 来年にはフリーエージェント権も獲得。
 もう一度、メジャーへの夢を膨らませてもいい
 材料はそろった。
スターシートでの初めての観戦
2007年07月11日 (水) | 編集 |
 昨日daiyaさんからのご好意で、
 ヤクルト・広島戦の『スターシート』というチケットを頂き、
 神宮へ足を運びました。
 朝から小雨が降りしきる中、1週間前から作った
 てるてる坊主と一緒に、空をにらめっこしながら、
 いざ!!神宮球場へ!!

 1塁側ベンチ上よりやや斜めではありましたが、
 ピッチャーマウンドからバッターボックスへの
 球の流れが、よく分かる位置で(私のような素人にでも)
 広島のマルテ投手の152㌔も、この目でハッキリ見れました。
 観客席のいい位置からの速球を初めて見た息子と私は
 大興奮!!
 緩急使い分けた投球に、プロの凄さを思い知らされました。
 テレビで観戦していて
 『なんで打てないのかなぁ~』なんてぼやいていた私・・・、
 プロの方!!ごめんなさい!!
 本当に感動しました。


 5回でマウンドを降りた、この日先発の藤井投手。
 その裏、1アウト1・2塁でラミちゃんの
 レフトへの11号先制3ラン!!
 『バットの先で、自分でもビックリ!
  多分、風のお陰』―。
 と謙虚に語ったラミちゃん。
 私も高く上がったので、入らないかな・・・?!と思って
 打球の行方を手を合わせて見ていましたが、
 入りました~!!
 
 今季はテークバックを小さくまとめた打撃フォームに
 マイナーチェンジしたラミちゃん。
 本塁打こそ例年のペースを下回ってはいるものの、
 9日時点で青木に次ぐリーグ2位の打率.346と、
 自己最高を更新するペースで打ちまくっている!!

 『ボクの一番の仕事は走者を帰すこと』―。
 と、あえてチーム打撃に徹しているラミちゃん。
 ベテランのラミちゃんが、きっちりと仕事をしている
 からこそ、若手も“オレがやってやる!!”くらいの
 意気込みで、これからの後半戦、上位に食い込んでくる
 可能性が、益々高まってきています。

 毎年、この辺りから徐々に頭角を現してくるヤクルト。
 実力があるチームだけに、今後目が離せません!!


 嬉しかったことをもうひとつ。
 私は城石さんのファンで、昨日は途中、宮本さんと交代。
 ナマ城石さんが見れました~!!
 守備もちょい危なっかしい場面もありましたが、
 広島にヒットを打たれ、タイムリーになってしまう場面に
 中継に入りホームベースでアウトを取ることができました。
 バットの方は湿りがちでしたが、
 私にとっては大満足でした。

 ちょい不満が2つ。
 雨が降っていたので、みなさん傘をさしての観戦になり、
 ちょうど目の前に傘が・・・
 しょうがないとはいえ、ちょい・・・
 こんなにイイ席に座ったのに~

 あとひとつ。
 応援団(?)らしき“おじさん”が数人。
 中途半端な応援に唖然・・・
 60歳前後の“野球オヤジ”でしたよ
 『ピッチャービビッてる~!!』
 『パンパンパン、ハイ!』・・・とか。
 小学生のヤジの飛ばし合い野球みたいな。
 イマイチ盛り上がれなかったなあ・・・。
 内野席だったとはいえ、応援ももう少し若い力が欲しいな。
 (ロッテの応援を、いつも見ているせいもありますが) 
 応援といえば、広島の応援、まとまっていて
 きれいでした。
 “一致団結”しているな、と感じました。
 結構、広島ファンって東京にも多くいらっしゃるんですね。
 

 この場をお借りしてdaiyaさんには感謝です!!
 貴重な時間を与えて下さいまして、
 ありがとうございました。
 今後の息子の術になれば、と思います。

 みなさん!!
 是非、球場に足を運んで“ナマ野球”を見て
 楽しみましょう!!
 
キヨの復活、信じて待つ!!他
2007年07月10日 (火) | 編集 |
 “万全な体で帰って来い!!”―。
 カネやんが、左ひざを手術したオリックス・清原和博に
 エールを送った。
 かわいい後輩の復帰条件を
 『全力疾走できること』と限定したカネやんは、
 実現することを信じて待つ。
 
 夏バテ気味の巨人、佑ちゃんの話題と合わせて
 お伝えしていきます。
              ~サンケイスポーツ 7/10付け~
 
カネやん)心配やな。ワシもいま苦しんどるんやが、
     ひざの痛みっていうのは想像を絶するものが
     あるからなあ・・・。

 ―清原のことですか。
カネやん)そうよ。痛さに耐えかねて、断腸の思いでシーズン
     中の手術に踏み切ったんだろう。
     でも、これから立ち直るのは至難の業やでえ。
     まあ、それでも“もう一度やる”というんやから
     周りはゴチャゴチャ言わんことやな。
     ワシら(OB)も批判はできん。
     静かに見守ることや。

 ―引退するという判断もあったのでは?
カネやん)(語気を強めて)だから、それは周りが決める
     ことじゃないの。清原は(宮内)オーナーから
     『1年待ってやろう』と“解答用紙”を
     渡されたんや。やるべきことは、
     全力疾走できる体を作り上げること。
     上半身をスリムにして、ひざに負担をかけない
     ような体に仕上げて帰ってこい、ということやな。

 ―ここ数年は、故障を押してプレーしていました。
カネやん)本人も辛かったと思うよ。高校1年から脚光を
     浴びて、20年以上も英雄視されてきたんやからな。
     完全に休むわけにはいかんかったんやろ。
     出たり出なかったり、ズルズルやったのが
     間違いだった。だけど、やっと思い切って休む事に
     なったんやから、しっかり治してこなくちゃ。
     そうしたらワシも『万歳』するよ。

 ―清原に対しては優しいですね。
カネやん)好きだからな。思ったことを素直に言うし、頭の
     回転が良くて面白いやろ。いばっているように
     見えるが、神経が細やかで礼儀正しい。
     どっか、ワシに似とるところがあるんだ。
     全国に何百万もいるヒザの悪い人、今後の
     スポーツ医学の為にも、是非カムバック
     して欲しいね。 

 ―金田さんにとって、もうひとつ心配があります。
  巨人が3連敗しました。
カネやん)そうなんだよ。ヤクルトとの初戦(6日、神宮)
     を見に行ったんだが、みんな疲れとったなあ。
     ただでさえ調子が落ちとったのに、そこで
     屋外の試合やろ。人工芝の照り返しというか
     熱にやられとった。普段は“スパルタ精神”の
     ワシも、あの暑さにだけは同情するよ。
     これで本当に夏バテに陥ったら、1ヶ月は
     落ち込むぞ。

 ―現役時代の経験から、なにかアドバイスはないですか?
カネやん)まずは、食うことやな。夏になるとワシでも
     食欲がわかなくなることがあったが、
     それは仕方がないことや。
     問題は、どうやって“食欲がわくようにするか”
     やな。ワシの場合だと、卵焼きに砂糖を沢山
     入れて、醤油を多めにかけて食べた。
     そうやって食欲が出てくるのを待ったんや。
     そして食欲が出てきたら、いつもにも増して最高の
     肉を食べた。
     “何をどういう風に食べれば食欲がわくか”―。
     それは、人それぞれで違うから、自分で見つけ
     なくちゃいかん。

 ―あと、冷房にも気をつけたそうですね。
カネやん)冷房を切って、長袖、長ズボンで寝とったよ。
     絶対に体を冷やしちゃいかんからな。
     枕や布団にも気を遣って、遠征先にも自分用の
     物を置いとった。とにかく、快食、快眠、快便を
     心がけること。
     今の巨人に必要なのは、技術でもなんでもない。
     元気だよ。

 ―そうなると、若い選手にも頑張って欲しい所ですが。
カネやん)今回ヤクルトが巨人に3連勝したのも、
     若い連中が活躍したからや。
     巨人にも、流れを変える若手が出てきて欲しいね。
     できれば(早大の)斎藤みたいに、運を持っている
     ヤツがいいな。

 ―そういえば、斎藤を擁する日本が、米国開催の日米大学
  野球で初めて優勝しました。
カネやん)あの子一人で雰囲気がガラッと変わるんやから
     ホントにたいしたもんやな。
     (日本代表の河原井)監督も、うまかった。
     早稲田の(応武)監督もそうだったけど、斎藤の
     存在を使って上級生をあおったやろう。
     あれが勝因やな。プロ野球も外国人監督ばかり
     呼んでこないで、こういうアマの監督を呼んで
     きた方がええで。

 ―ただし、最終戦で斎藤の“不敗神話”は終わってしまい
  ましたが。
カネやん)そんなことより気になったのは、勝った時、
     『(パイレーツの)桑田や(レッドソックスの)
     岡島を参考にした』って言っとったやろ。
     あれはイカン。偉大な先輩であろうが投手はみんな
     ライバル。参考にするのなら、黙ってすれば
     いいんだ。しかも、人前で理屈を言うのは
     まだ早いよ。桑田のことを言うのなら、
     桑田のように38歳まで投げられる体を作って
     からや。今の段階では、まだ“ラッキボーイ”。
     “ハニカミ王子”にしてもそうだけど、
     最初だけ騒がれて消えたヤツが何人もおることを
     忘れるなよ。

    
 
球界一のエコ球場
2007年07月09日 (月) | 編集 |
 東北楽天の本拠地、フルキャストスタジアム宮城で、
 福盛弁当と高須弁当が発売された。
 これらの弁当には、これまでにないある特典が付いていた。
 福盛弁当には捨てずにずっと使えるプラスチック製はし。
 高須弁当には買い物に便利なエコバック。


 選手が自発的にこうした弁当を発売したのは、
 球団側や球界が積極的にエコ活動に
 取り組んでいるからである。


 地球の温暖化など、環境問題が社会問題となっている現代。
 Jリーグなどスポーツ界でもエコ活動に取り組むチームや
 団体が増えてきているが、
プロ野球チームでは
 取り組むチームが少ないのが現状。

 しかし、東北楽天は3年前の球団発足当時から、
 積極的なエコ活動を展開。

 球団職員と市民による、球団周辺の清掃活動など、
 ファンに対し救助活動を行うことで、
 地球に優しい球場作りを目指してきた。


 それは先に仙台をホームタウンとしてエコ活動に力を
 入れていたJリーグ・ベガルカ仙台の存在。

 そして実際に、現場で作業を行うスポーツボランティアが、
 地域に根付いていたという、仙台特有の土壌のお陰。

 
 『直接のきっかけになったのは、地元仙台のベガルカ仙台や
  ワールドカップがあった時のその組織、あるいは
  キリンカップのような大会の時のボランティアの集まり
  というのを参考にしましたが、球場でエコ活動をやるのは
  今回が初めてだったので、やはり最初の2年くらいは
  手探り状態で運営していました』―。 

 (フルキャストスタジアム宮城・堀江隆治球場長)
 
 現在フルキャストスタジアムは、エコステーションと
 呼ばれるゴミ回収の場所が5ヶ所設けられている。
 ここでボランティアスタッフの協力のもと、
 全てのゴミの分別を行っているのだ。

 ゴミ分別の一番の狙いはリサイクル。
 紙ゴミは段ボールや再生紙に。
 紙コップはティッシュやトイレットペパーに。
 そしてプラスティックはRTFと呼ばれる
 石炭に変わる燃料にリサイクルされ、
 主に工場で使用されている。
 エコステーションでは、リサイクルの内容を分かりやすく
 表示し、よりファンの分別の意識を高めているのだ。


 ファンにも分かりやすく、分別がスムーズに行われるよう、
 さまざまな工夫もなされている。

 球場内の売店は全て球団指定の容器に統一されている。
 例えば、それまで売店によって存在のまちまちだった
 どんぶりの容器を全て紙の物にするなどし、
 現在ゴミの分別率はほとんどの試合で100%となっている。


 『地元のファンの方たちは、もう3年目ですから、
  ほとんど定着したといってもいいと思います。
  自らも分けて来て下さります。』

 (ボランティアスタッフ・小野武彦さん)

 『いつも球場に来て下さる方々がエコ活動を通して
  お客さんと球団、球場をつなぐ ひとつの架け橋になって
  頂けるのかなと思います』―。
 (球団長)

 3年目にして完全に起動に乗ったゴミの分別。
 今、さらに球団が目指しているのは、
 全体のゴミの減量とリサイクル率をよりアップさせる努力。
 その対策のひとつとして、去年から始めたのが

  マイカップ制度導入。
あらかじめ指定のカップを購入し、そのカップを持参して
 飲み物を購入すると、割引になるというサービス。
 これにより、紙コップのゴミは削減。
 よく球場に通うファンの間で定着した。

 そして去年までは燃えるゴミとして捨てられていた割り箸も
 今年からはリサイクル。

 割り箸3膳でA4サイズの紙1枚になるという。
 こうしたさまざまな努力の甲斐あって、
 リサイクル率は年々アップしてきている。


 『観衆は増加しているにもかかわらず、ゴミの量は
  減少してきている。
  リサイクル工程に載っているゴミの量は約38%
  (1年目は36%)あるというのが今の実績です』―。

 (球団長)


 連日多くの地元の子供達が詰め掛けている
 フルキャストスタジアム。
 7回の攻撃前、恒例となっている光景がある。

 飛ばされたジェット風船を子供達が回収。
 10個集めるとシールと交換できるのだが、
 この風船もRPFという燃料にリサイクルされる。
 子供達のこの働きも立派なエコ活動となっているのだ。


 『学校の場だけが教育の場所じゃないですから、
  子供達にもしっかりとした
  社会常識というものを、少しでも感じて帰ってもらえれば
  一番いいですけれどもね』
―。(野村監督)

 今後、エコ活動に関してまだまだ進化を遂げる
 フルキャストスタジアム。

 夏には食品リサイクル法に基づいて、
 食べ残しや加工品などのゴミもリサイクルする予定。
 こうした活動は他球団にも大きな影響を及ぼしている。


 『他球場の方にも色々とお取り寄せ、あるいは視察など
  受けているので、世の中の流れにその環境対策という
  所に動いているので、我々が掴んだノウハウを
  是非とも他球場で広めて頂ければと思います』―。

 (球団長)

 『12球団ありますが、私が見る限り、プロ野球が発展
  する為にファンを増員する為に努力しているのは、
  楽天が一番じゃないかと思います。
  長期に渡って続けていって欲しいですね。
  “継続は力なり”ですね』
―。(野村監督)



 
 エコ問題というのは、知らない人がいないくらい
 今、社会問題となっていますが、
 球団が取り組むことによって、また関心が高まると
 思います。
 また、球場でやることに“価値”が上がると思います。
 大人から子供まで色々な人が来て、現場を見ることで、
 どんどん広がっていくし、
 契合活動に非常に大きな影響を与えると思います。
 子供達にエコ活動の姿を見せる、教えるということは、
 これから先の子供達に、あたりまえとなっていく
 “よい習慣”に結びつくのではないでしょうか。 
  
  

 
MLB審判員 平林岳さん
2007年07月08日 (日) | 編集 |
 マイナーリーグ・シングルAのオールスターが
 メジャーに先駆けて開催された。
 試合前のアトラクションには選手達も参加。
 ハデさはないが、球場全体がひとつに。

 そしてこの試合で球審を務めたのが、平林岳さん(41)。
 今、夢の舞台を目指している。
  

平林)アメリカのメジャーリーグという最高の舞台で
   少しでもチャンスがあるのなら、それに挑戦したい。
  

 かつて平林さんはパ・リーグの審判を9年間務めていた。
(94~02年)
 だが、メジャーに憧れ、4年前にアメリカへ。
 スタートはもちろんマイナーから。
 
 年間140試合。
 時にはおよそ900㌔。11時間にも及ぶ移動をこなす。
 41歳の男に課せられたメジャーへの挑戦。
  
 メジャーの場合、シーズン中は4人、
 プレーオフは6人体制でジャッジを下すが、
 平林さんが所属するシングルAは2人体制。
 プレーに合わせてグラウンド中走り回らねばならない。
 シングルAの場合、支給される経費は1ヶ月6万円。
 それだけで食費やガソリン代などをまかなう。
  

平林)もうピーク超えましたけど、やっぱりホームシックに
   なりましたね。
   シーズン終わったら一度帰れる。
   それまでは我慢して頑張ります。
  
 シーズンオフだけが家族と過ごせる時間。
 日本にいる家族の為にも、1年でも早いメジャー昇格を。


 その為に乗り越えなければならないハードルは、
 審判協会の監査役が抜き打ちで行う査定。  
 これで評価を上げていけば、審判のランキングも上がり、
 メジャーでジャッジする道も開けてくる。
  

監査役)平林氏は公正な判断、正しい立ち位置、高い熱意を
    持ってジャッジしています。
    評価する側からしても嬉しいことです。
  

 査定で好評価を得た平林さんは、1Aオールスターゲームで
 栄えある球審の座を掴んだ!
  
 オールスターゲームでは、審判が6人付くにもかかわらず、
 ついつい2人体制のクセで走り回る平林さん。
  
 球審というプレッシャーを感じつつも、オールスターという
 華やかな舞台にいつか酔いしれていた。
  

 “すごくよかったぜ!(Hell of a job!)”―。  
 選手達に激励の言葉を投げかけられた平林さん。
 41歳のMLB挑戦はまだまだ続く。
  


 平林さんのコラムを今までこのブログで紹介していました。
 たまたまあるスポーツ番組で紹介されていたので、
 みなさんにもお伝えしたく書かせてもらいました。
 一人でゼロからのスタートを切った勇気ある姿に、
 年齢は関係ないんだな、と励まされたように思います。
 夢のメジャー昇格をブログを通して応援しています!
 随時ブログの中でも取り上げていきたいと
 思っています。 
 
俊輔 “秘密兵器”で一蹴だ!
2007年07月07日 (土) | 編集 |
 ― 雨ニモマケズ、極悪ピッチニモマケズ~。 
 『オレの(スパイク)は1足でポイントを3パターン
  変えられる。
  あんまり言うと宣伝みたいだけど、
  違和感なくできる』―。

 練習開始前の突然の雨。
 日没後も気温は29度、湿度は95%。
 顔をゆがめる選手達の中にあって、俊輔だけは自信の
 笑みを浮かべていた。

 自信の裏づけは、契約するアディダス社の新スパイク
 『+F50 2007 TUNIT』。   
この“秘密兵器”を1次リーグ初戦・カタール戦から
 実戦投入する予定だ。
  

 オシム監督は遠征前のミーティングで
 『ベトナムにはスコールがある』
 と選手に注意を促し、普段使用している靴底のポイントの
 短いスパイクだけではなく、
 劣悪なピッチにも対応できる長いポイントのスパイクも
 用意しるよう指令した。
  

 使い慣れないスパイクを、いきなり試合で使用するのは
 難しく、多くの選手は国内で使用しているものを
 アジア杯でも使う見通しだが、俊輔は指揮官の意思を
 体現できる。
  
 持参したスパイクは、靴底の10個のポイントを
 ピッチ状況によって取り替えることが可能で、
 中敷きの重さも変えられる。
 世界初の全天候対応型スパイクだという。
  

 日本代表が1次リーグ3試合を戦う
 「ミーディン国立競技場」は、
 03年に完成した陸上競技兼用施設。
 芝の状態はひどくないが、ところどころで凹凸が目立つ。
 そこに突然の雨が降れば、劣悪なピッチ状態になることは
 間違いない。
 日本のキーマンは環境に対応できる武器を装填(そうてん)
 して、得意のFKを繰り出す。
  

 『久しぶりの黒いスパイク。慣れたら良くなってきた』―。
 前回04年大会ではMVPにも輝いた俊輔が、
 全天候型の新兵器で、オシム・ジャパンを牽引する。


      ~+F50 2007 TUNIT~  

 アディダス社のスパイク。
 コンディションやプレースタイルに応じて自由にパーツを
 選び、好みのスパイクに組み立てられる
  
 『+F50 TUNIT』の最新バージョン。
 「黒」は俊輔がアジア杯で着用予定で、「オレンジ」を
 アルゼンチン代表FWメッシ(バルセロナ)が着用する。
  

 価格は2万1525円(税込)。
 全国のアディダス直営店、取扱店で今月中に販売予定。
 詳細は同社公式HP、
 またはフリーダイヤル0120・810・654 (アディダスコール)まで。  
  
ロッテがRソックスと提携
2007年07月06日 (金) | 編集 |
 ロッテは4日、レッドソックスと3年間の戦略提携を
 結ぶと発表した。
  
 千葉マリンでの会見には、ボビー・バレンタイン監督と
 レ軍のクレイグ・シプリー国際スカウト担当副社長、
 ジョン・ディーブル環太平洋コーディネーターが出席。
 (6/5付けのブログに
 ジョン・ディーブル氏を紹介しています。参照下さい。)
  
 
 春季キャンプで選手を派遣するプランが実現すれば、
 松坂と一緒に練習できることになる。


 ロッテはレ軍と
 ①選手データーの交換―。
 ②人材交流および派遣―。
 ③中国、環太平洋地域における野球機会発展のための
 情報交換―。
  
 と、3点を柱とした提携を発表した。  

 『韓国にチームを持ち、台湾・中国の球団とも提携する
  ロッテが、世界最高の組織と提携した』
 とバレンタイン監督。
  

 シプリー副社長も
 『アジア各国に野球を広めていくというのが
  最大の目的』
 と話した。
  

 バレンタイン監督の存在が締結のきっかけだった
 ことも明かし、
  
 『(松坂が在籍していた)西武とは詰めたレベルでの話まで
  いかなかった。
  
  ロッテが日本における唯一のパートナー』
 と強調した。
  

 さらにバレンタイン監督は、スカウト情報の交換、
 フロント、コーチ、選手の人的交流を行うことを希望。
  

 本多球団部部長は、
 ロッテの選手をレ軍キャンプに派遣するプランも示唆した。
  
 これにはディーブル・コーディネーターも
 『ロッテのキャンプにも若手を送りたい。
  来春に実現する可能性もある』と賛同。
  

 もし、実現すればロッテ選手と松坂の“合体”が
 見られそうだ。
  


 バレンタイン監督の今回の発想は、今の固執した日本野球界を
 払拭してくれそうな試みだと思いました。
 日本人にはない発想で、球界を度々驚かせている
 バレンタイン監督。
 日本プロ野球の原動力を、バレンタイン監督に
 託して欲しい!!
 
 
 
 
 
『本当の価値がある球宴』にするために
2007年07月05日 (木) | 編集 |
 米大リーグのオールスター戦出場メンバーが、
 1日に(日本時間2日)発表された。
 日本人選手ではイチロー(マリナーズ)が7年連続出場を決め、
 投手ではドジャースのクローザーとして活躍する
 斎藤隆投手が初選出された。
 日本で期待された松坂大輔投手(レッドソックス)は、
 監督推薦から漏れ、岡島秀樹投手は最後の1議席を決める
 ファン投票の候補として、かろうじて残っている。

 最高得票がアレックス・ロドリゲス選手(ヤンキース)の
 389万515票と、日本とはケタ違いの得票数となる
 メジャーのファン投票では、そうは簡単に組織票も
 生まれない。
  
 また投手全員を含め、監督推薦で決まる陣容も話題性より
 実力優先で選ばれるから、夢の球宴の価値は非常に高い
 ものになっている。
  


 『初めてオールスターに出たときは、緊張で背中の筋肉が
  つったんだ』と思い出を語ったのは、
 中日の落合監督だった。
  
 『オールスターっていうのは、それぐらいの本当の価値が
  あるものだったんだよ。
  でも、今は全然違う。全く選手にとって
  価値の無いものになってしまった』―。
 その落合監督が現役の晩年には、こんな嘆きを
 漏らしていたものだ。
  
  
 両リーグの精鋭(せいえい)が選ばれて上がるはずの
 ステージは、最近は単なるお祭りに終わってしまってる。
 ファン意識だけの組織票や、カン違いした慣れ合いで
 真剣味の欠けるプレーで本当の魅力は年々なくなって
 きてしまっている。
  
 
夢の球宴を本当に夢のステージに
するためには、年に1試合でいいだろう。

そこで本当にプロの技を競い合う
真剣勝負を見ることが出来れば、

低迷が叫ばれるプロ野球人気にも
一石を投じることになるはずだ。



 今年はセ・リーグの指揮官を中日・落合監督が執る。
 落合流のオールスターとはどんなものか。
  
 『本当に価値のあるオールスター』の醍醐味を
 どう見せてくれるのか―。
  
 期待が広がる。


  ~サンケイスポーツ 『球界インサイドリポート』~
                 鷲田康氏


 プロ野球一流の技を魅せ酔いしれる、
 年に一度の(2回戦ですが)“オールスターゲーム”。
 メジャーでは、出場選手に対してボーナスも支給される
 くらい、出場する価値は高い。
 野球を知らない人や子供に、野球の素晴らしさを伝える
 格好の場でもあり、パ・リーグなどの実力のある選手を
 公にアピールできる最高の場でもあります。
 
 低迷と嘆かれているプロ野球界。
 今回出場する選手たちには、精一杯の力と力の勝負を
 魅せて欲しい。
 
 

 
病に死す2年前 地球上最も幸運ゲーリッグ引退
2007年07月04日 (水) | 編集 |
 7月4日で思い出すのが、ルー・ゲーリッグの感動的な
 シーンです。
 ヤンキース第一期黄金時代にルースと史上最強の
 3,4番コンビを組み、2130試合連続出場を続けた
 『アイアン・ホース(鉄の馬)』。
 ところが38年頃から筋萎縮性側索硬化症という病魔に
 侵され、39年5月に自ら申し出て連続出場にピリオドを打ち
 引退しました。
 この年の独立記念日に、本拠地ヤンキースタジアムに
 約6万2千人の大観衆を集めて、
 『ゲーリックデー』が盛大に催されました。

 史上最強とうたわれた27年当時のメンバーが勢ぞろい。
 4年前に現役引退したルースの顔もありました。
 ゲーリックは、
 『この地球上で最も幸運な男です』
 という名言を残し、栄光の背番号『4』は
 ファンに別れを告げました。

 それから2年後、鉄人は37歳の若さでこの世を去りました。
 彼の命を奪った病は
 『ルー・ゲーリッグ病』とも呼ばれています。

           大リーグ研究家 福島良一氏
                『新雑学ノート』より 

 岡島に清き一票を!!
 米大リーグ公式ホームページへ!!GO~!! 
躍進の陰に“城島流”改革
2007年07月04日 (水) | 編集 |
 『今年はちょっと違うぞ・・・』―。
 記者席ではそんな声が聞こえてくる。
 3年連続地区最下位だったマリナーズが現在ア・リーグ
 西地区で2位に付けている。
 記者にはその陰にメジャー2年目の城島ありと映った。 

 ワシュバーンという先発投手がいる。
 06年にエンゼルスからマリナーズに移籍し8勝を挙げた
 32歳の左腕だ。
 6月17日、アストロズ戦で3回6安打7失点で壮絶に
 KOされた。
 だが、6日後のレッズ戦では8回1失点と
 見違えるような好投を見せた。

 『この前とはピッチングスタイルを変えたんです。
  彼はいつも内、内って行きたがるタイプ。
  だから不利なカウントになって投げた内角のストレートを
  打たれていた。これしかない、っていうんじゃなくて
  アウトコースにもイイ球があるんだから、
  それを使っていこうと』―。

 城島はこう説明した。

 実はレッズ戦の開始前に、ワシュバーンが
 相談にやってきた。
 その時に投球スタイルの変更を提案したのだという。
  
 先発交代のメドが100球というメジャーでは、
 投手は最初から一番いい球を多投する傾向にある。
 ただ単調になれば連打の危険をはらむ。
 そこで決め球への布石を打ちながら配球する
 日本流をミックスしたのだ。
 打たれた後だったから、余計に説得力があった。
  

 城島のリードのモットーは、
 “打たれた球をどう生かすか”だという。
 ワシュバーンだけではなく、どの投手も毎回投球内容に
 変化が見られる。
  
 投手が投げたい球を投げる傾向の強いメジャーで
 “城島流”を浸透させるには、打たれた後がチャンス。
 打たれた投手に欠点を説明し、実践して結果を出す。
 その地道なプロセスを踏んでいるからだろう。
 城島が密かに着手してきた改革が、マリナーズを変えた
 のかもしれない。
  

 ~ニッカンスポーツ 6/29日付け 
    『鈴木忠平のシアトルの風』より~
日本プロ野球の試合ペース
2007年07月03日 (火) | 編集 |
 ようやくプロ野球が通常の開催に戻ったー などと
 書き出すと、いまだにセ・パが公式戦で戦うことに
 批判的だと思われそうだ。
 決して時代遅れなことを言うつもりはないが、
 ただ日程だけは、どうにかして欲しいと
 交流戦の間、ずっと思っていた。
  

 6月の30日間で当初から試合が組まれていたのは
 18日間だけ。
 火曜日や木曜日に試合がないこともあれば、月曜日にあったり、
 あるいは土曜日と日曜日のカードが違ったり・・・。
 リズムが崩されっぱなしだった。
 このリズムが意外に慣れないのだ。
 日本人なら長い習慣で、月曜日以外は毎日、野球があるとの
 感覚が染み付いているのではないか。
  
 だからファンは帰宅すれば無意識のうちにテレビを付けて
 ナイター中継を探す。
 巨人戦でさえ地上波で放送されなくなったが、
  
 CATVを契約してまで見たいと思っている人の多くは、
 野球が生活の一部となっているはずだ。
  

 米国の人気スポーツであるフットボールは土曜日はカレッジ
 (大学)、日曜日はNFL(プロ)と決まっている。
 (1試合のみ月曜日に行われるが)
 同日開催になることで、好カードを見逃してしまうことも
 あるが、『日曜日はNFLの日』などと米国民の生活に
 定着させた戦略が、この競技の成功の要因と言われている。
  


 1カード3試合だった交流戦が、今季は2試合に特化された
 ことで、観客増にはつながったが、長いスパンで見れば、
 代償の方が大きくなるかもしれない。
 1カード2試合が興行的にベターなら週に3カード行えば
 いいだけの話。
 選手の移動や予備日の設定など問題は山積みするが、
 それでもせっかく根付いた野球のリズムを守る、
 これを念頭に置いて来年以降は日程を検討してもらいたい。
  

 ~サンケイスポーツ7/2日付け『甘口辛口』より
                     楠山正人氏~


 各カード2試合、計4試合というのは
 ファンにとっても正直、物足りなさを感じました。
 
 子供達の夏休みに合わせて交流戦を組むなどして、
 もっとたくさんの人達に、プロ野球の良さを
 球場に足を運んで知って欲しいです!

 私達家族も、夏休みの休日には毎週なんらかの野球を
 観戦に足を運ぶ予定でいます。
 『技のパ・人気のセ』と言われていますが、
 パリーグにも注目して頂きたい!!
 うちは毎日CATBでプロ野球、メジャーを付けて見ています。
 生活の一部とかしていますが、
 パリーグでも注目選手がたくさんいます。
 色々な選手を発掘する楽しみもパ・リーグにはあります。
 どんどん見て探して欲しい!!