日々様々なスポーツ界での出来事や、気になった記事を取り上げ考えていくブログです。
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日々、積み重ねる小さなこだわり
2007年06月30日 (土) | 編集 |
 イチローといえば記録だ。
 その数字を見ていただけの今までは、本当の凄さは
 分からなかった。
 実際に現場でイチローを見て、数字を裏付ける『行動』こそ
 真の凄さだと感じた。

 例えばイチローは、スパイクを2日に1足のペースで
 替える
という。
 メーカー担当者に聞いて驚いた。
 『軽さには相当なこだわりを持っています。
  あれでよく走れるな、と思うほど』―。

 重量は260㌘。極限まで軽くする為、形崩れを防ぐために
 靴の周りを覆っている『コバ』をなくしたという。
 極端に言えば、ふにゃふにゃだ。
 右に重心をかければスパイクも変形する。
 まるで“足袋”のよう。
 だから消耗も早いという。
  
 販売すれば、1足10万円以上というスパイクは、
 2日でダメになる。
 このこだわりが、6年連続30盗塁という数字の裏にある。


 また、インターリーグ中、9番に投手が入る
 ナ・リーグ野球について問われた時こう言った。

 『投手の打席は、できる限り見ないようにしています。
  バッティングが下手ですから。
  下手なものは見たくない。
  自分に影響する可能性がありますから。
  それは避けないと』―。
  
 視界に入れるものにさえこだわる。  
 思わず絶句した。


 取材でも同様だ。  
 質問を真剣に聞き、数秒考えて答える。
 勉強不足や、自分のことをよく知らないと思われる
 質問は拒否する。

 ある時、2安打した試合があった。
 投手のベストピッチを体の反応で打った。
 記者は、
 『イチローさんの中で状態がいいと言えるのでは』
 と聞いた。
 『勝手に(判断)してください』―。
 イチローを知っていればその程度で好調とは言わない
 ということだった。
  
 中日の落合監督を思い出した。
 洞察を積み重ねた質問にしか答えない。
 取材者にもプロを求める姿勢が共通していた。


 
 日々、積み重ねる小さなこだわり。
 知れば、知るほどイチローが残す数字の偉大さが分かる。


 ~ニッカンスポーツ 6/28日付け 
            『鈴木忠平のシアトルの風』より~   
 
 
 
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良かった?悪かった?交流戦
2007年06月29日 (金) | 編集 |
 野球観戦の“日課”が崩れた。
 そんなファンが多かったのではないか。
 これまで『休みは月曜日だけ』の3連戦が2カード続く
 1週間を過ごしてきたファンには、ストレスがたまる期間
 だったかもしれない。

 2連戦、休み、4連戦、休み、2連戦、休み・・・。
 『しょっちゅう移動している感じでしたね』―。
 と、ヤクルト・青木は戸惑いを口にした。

 巨人戦ナイターの中継減は進み、交流戦の地上波ナイター
 中継はわずか13試合にとどまった。
 ところが、観客動員数は増加。  
 3年目にして初めて1試合平均で2万5千人台に乗った。
 『週当たりの試合数が少なくなって、ファンが野球を見たい
  気持ちが強くなったんじゃないか』―。
  
 と、中日・落合監督は分析した。

 2連戦を組めたことで、地方興行が増えた。  
 中日は楽天、オリックスとの4試合を地方開催。
 ヤクルトも日本ハム戦を松山で開催した。
 『3連戦だと興行的に地方では売れない。
  その点ではよかった』と関係者。
  

 ファンサービスも変化の兆しがある。
 巨人がV9時代の選手を始球式に集め、ヤクルトは西武との
 日本シリーズの名場面を始球式で再現するなど、
 歴史や地域重視に。

 『球界は偉大な先輩や歴史に冷たい。
  いいことじゃないか』―。
 と、楽天・野村監督は巨人の試みを評価した。
 温故知新の企画は、若いファンにも新鮮だった。
  

 
 
こんな球宴中止しろ! 
2007年06月28日 (木) | 編集 |
 “こんなオールスターなら、やめてしまえ!!”  
 カネやんが楽天の“球宴ジャック”に対して怒りを
 あらわにした。
  
 いまだに、組織票まがいの行為がはびこる日本の
 ファン投票に幻滅。
 前半戦活躍した選手が選ばれる新しいシステム作りを訴えた。
  

 交流戦の総括とともに、熱弁をふるうでえ~!!  


カネやん)この連載を始めてから、こんなに腹が立ったことは
     ないぞ!オールスターのファン投票は
     どうなっとるのよ。
  
  
 ―最終中間発表で、楽天の選手が10部門12人中
  8つを占めました。
カネやん)そのことだよ。選ばれる選手も気の毒だ。
     (嶋のように)自分から謝っとる子もおるんやろ。
     仙台でゲームがあるといっても、オールスターは
     全国から集まった成績のいい選手によって
     行うものなの。それじゃないと感動や感激、
     ドラマは生まれませんよ。
     視聴率もゼロになるぞ。
  

 ―コンピューター投票が“球宴ジャック”を助長したようです。
カネやん)だけどな、アメリカのオールスターだって
     コンピューターで投票できるんやろ。
     そこで、こんなことが起きるか?
  
     日本では昔から組織票が問題になっていたけど、
     いまだになくなっていないのなら恥ずかしいよ。
     もっと純粋に野球を愛して、選手に敬意を
     払わなきゃ。
このままじゃ、アメリカに
     “日本はクレージーだ!”と言われるよ。

 ―選ばれても、出場を辞退する選手がいるかもしれません。
カネやん)本当に責任を負うべきは、これを野放図にしている
     コミッショナーや両リーグ会長なのにな。
       
     こんなオールスターなら即刻中止しなさい!
     それが出来ないなら(コミッショナー)“代行”
     だとか言っていないで、スッパリ辞めろ。
     そして新しいオールスターのやり方を考えなくちゃ。
  

 ―例えば・・・。
カネやん)政治の世界でも、有識者会議ってものがあるだろう。
     野球でもちゃんとした経験者を10人くらい集めて
     いろんなシステムを考えたらいい。
     名球界に入っている人間は、その資格が十分ある。
     球宴に出る選手もそこで決めたらいいんだよ。
  

 ―球界にも、まだまだ改革が必要だということですね。
カネやん)球界だけじゃない。年金問題、ミートホープの問題。
     この国を憂うよ。特に、食べ物に対する美学を
     無くしたら、国は滅びるぞ。ワシが総理大臣だったら
     なあ・・・やっぱり選挙に出ようか。

 ―お願いします!
カネやん)アホか。冗談だよ。



 ―交流戦は日本ハムが優勝しましたが、今年もパ・リーグ
  のチームでした。
カネやん)そうなんだよ。この前、ワンちゃん(ソフトバンク
     王監督)と話をしていて、パ・リーグが強い理由が
     ひとつ分かったぞ。

 ―えっ、どんな理由ですか。
カネやん)旅行だよ、旅行。パ・リーグのチームは、普段から
     キツい遠征に慣れとるやろ。札幌、仙台、大阪、
     福岡・・・。ワシも監督時代に経験したが、
     千葉や所沢だって慣れていない者が行くと疲れる。
     セ・リーグのチームは、そこでやられちゃうんだな。
     感覚でいえば5倍、6倍もしんどいはずだよ。
  

 ―そんなに違いますか。
  その他、交流戦で印象に残ったことはありますか。
カネやん)勝ち負けには関係ないけど、オリックスのカーターが
     打球をあごに当てたプレーがあっただろ(6/19日)
     あれに警鐘を鳴らしたいね。
  

 ―幸い軽傷で済んだようですが。
カネやん)当たること自体おかしいんだ。ワシなんか、一度も
     顔にボールを当てたことがないぞ。
     というのもな、高校(享栄商)時代、チン○に
     ライナーを当てたことがあってな。それから
     『投げたら構えろ』という、監督の教えを
     忠実に守るようになったんや。

 ―なるほど。
カネやん)しかもな、『投げたら構える』を守ったら理想的な
     投球ホームになるんだよ。
左投手の場合)体が前に
     突っ込みすぎると投げた後、右側に体がよれる。
     逆に手が振り切れないでシュート回転になるような
     場合は、左側に体がよれるんだ。きっちり手を
     振って守りの体制をとれる場合が、最高のフォームに
     なる。
そういう意味では(楽天の)田中や(早稲田の)
     斎藤もまだ乱れとるな。

 ―金田さんは、高校時代に球が当たったことが、結果的に
  よかったわけですね。
カネやん)そうなんだよ。あと『ボールから目を離さないこと』
     も大切だぞ。
       
    (投手ー本塁間は)18.44㍍しかないんだから、
     逃げてもボールは当たるんだよ。
     でも、ボールをしっかり見ていたら、少なくとも
     顔に当たることはない。
   
     バッターにもデットボールを食うと、すぐにケンカ
     する奴がおるが、(投球が)当たるのは恥ずかしいと
     思うようじゃないと。とにかく『見る』ということは
     全てにおいて最も大事なこと。
     世のお父さん、お母さんには、スポーツにしても
     勉強にしても『見て目を養う』ことを
     こどもたちに教えて欲しいね。
           
             サンケイスポーツ 6/27日付け 
                『ワシの話を聞きなさい』より      
日本でのファームがあるから今がある!
2007年06月27日 (水) | 編集 |
 昨オフ、チーム再建を図るカブスが、
 アルフォンソ・ソリアーノ外野手(31)と
 史上5番目となる8年1億3600万ドル(約163億円)
 の、大型契約を結んだニュースが流れた時、
 シカゴの街は色めき立った。

  
 サミー・ソーサの退団以降、カブスファンが求めていたもの、
 それはスーパースターの存在だった。
  
 盗塁、本塁打、強肩の走攻守で敵に脅威を与え、
 チームに流れを呼び込む男。
 早くも“シカゴの顔”となりつつあるソリアーノの
 成功の陰には、日本プロ野球での経験があった。
  


 30本塁打・30盗塁を決めること4度。
 06年にはメジャー史上4人目となる40本塁打・40盗塁
 を達成した。
 そして、前人未到の50本塁打・50盗塁を達成する
 可能性を秘めているとまで言われるソリアーノ。  

 だが、引き締まった細身の体から盗塁に必要な優れた
 スピードは想像できても、本塁打に必要なパワーとは
 なかなか結びつかない。
  
 『スピード』と『パワー』―。
 この相反する2つの能力を、一体どうやって1つの身体に
 宿すのか。
 そう質問されたソリアーノは
 『本塁打=パワー』という大前提を簡単に覆した。
  

ソリアーノ)自分は筋肉が隆々としたパワー選手じゃない。  
      本塁打が生まれるのは、スイングのおかげだと
      思う。自分の持っているパワーと、ボールの
      打ち方がうまく働いているんだよ。
      パワーはあっても本塁打を打てない選手は多い。
      それは、自分に合ったスイングが見つけられて
      いないんだと思う―。
  


 足を大きく開き、上半身を“グッ”とかがめ打席に立つ。
 狙いの速球に対し、バットをムチのようにしならせながら
 速いスイングでピシャリと叩く。
 少ないパワーが何倍にも膨らんでボールに伝わったとき、
 打球は大きな弧を描いて外野席に消える。
  
 今季、ソリアーノの先頭打者本塁打で出鼻をくじかれた
 対戦投手はすでに5人。
 いずれの試合も、カブスが勝利を収めているのは
 偶然の一致ではないだろう。
 先頭打者として、数字の上ではもちろん、
 精神面でも敵に大きなダメージを与えてきた。
  


ソリアーノ)先発投手は先頭打者に対して、その日の最高の
      球を投げてくることが多い。
      だからこそ、そこを狙うんだ―。
  

 出塁したら、足でかき回す。
 盗塁を警戒する相手バッテリーが増え、年々難度は高まるが、
 それでも盗塁を狙う姿勢は崩さない。
  

ソリアーノ)必要な状況がくれば、必ず狙いにいく。
      どうすれば盗塁が成功するかは、もう体が
      知っているからね。
      確かに、以前より警戒が厳しくなった。
      でも、盗塁すれば得点チャンスが増える。
      自分がアグレッシブであれば、
      チームもまた勝利に対してアグレッシブに
      なるはずだ―。
  


 カブス・ピネラ監督が求めるものが、まさにこれ。  
 ソリアーノの3試合連続本塁打で、22日からの宿敵
 ホワイトソックス3連戦をスイープした後、
 ピネラ監督は言った。
 『これがソリアーノという選手なんだ!
  先頭打者で起爆剤の役割を果たす。
  それも期待通りにだ』―。



 今やメジャーでトップスターの座をつかんだソリアーノだが、
 プロとしてキャリアをスタートさせたのは日本だった。
  
 故郷ドミニカ共和国で広島東洋カープが運営する
 『カープアカデミー』で才能が認められ、
 96~97年に広島でプレーした。
  
 この時の体験が、メジャーでの成功の礎となっている。  


ソリアーノ)日本での2年間は、ほとんどファームで過ごした。
      当時はまだ若くて、とにかく一生懸命練習
      することを教わったんだ。
      みんな試合よりも練習が全てみたいな感じだった
      からね。でも、そのおかげで精神的に
      よりタフな選手でいられるんだと思うよ―。
  


 ソリアーノは今でも練習の虫として知られている。  
 築き上げた名声におぼれることなく、
 常に勝利に向けて努力し続ける。
 この姿勢がチーム全体に好影響を与えることを
 考えれば、カブスは決して高い買い物をしたのだはなく、
 賢い投資をしたといえるのかもしれない。
  


  ~ニッカンスポーツ 6/27日付け~
          

 
 
   
 
         
       
V奪回へ欠かせぬ李の4番復帰
2007年06月26日 (火) | 編集 |
 同点で迎えた7回。
 1点を勝ち越し、なお無死一、二塁で6番バッターに
 打順が回った。
 順当ならば送りバント。
 だが、打順に立った6番打者が李ならどうだろうか・・・。

 20日の巨人対ロッテ戦。  
 この場面で巨人・原監督は、それでも
 バントのサインを出した。
 結果はバント失敗で、阿部が三塁で封殺された。

 試合後の監督に聞いた。
 『サインはどうしても追加点が欲しかったから?
  それとも不振の李だったから?』―。
 答えは後者だった。
 『やっぱり彼が6番という打順にいるからだね』―。
 指揮官は言った。
 
 だが、あえてこの采配に疑問を投げかけたい。
 理由はこうだ。

 不振で6番に置いているとはいえ、シーズンを通して
 巨人の4番は やはり李しかいない。
 これは原監督も同じ考えだと思う。
 今はどんなに阿部が好調でも、これから終盤の戦いを
 想定すれば、李が一回り大きくなって4番に戻ってくる
 ことが、覇権奪回への欠かせぬ条件となるはずだ。  
 ならばもっと李を追い込むべきではないか。  

 この試合では2打席目に5試合ぶりの14号2ランを
 放っていた。
  
 サインが出た瞬間に、少し不満そうな表情を見せて
 バントは失敗。
  
 だが、一見厳しそうに見えるバントのサインだが、
 実は李にとっては、これが一番楽な作戦だったはずだ。  
 ほとんど練習もしていないバントを失敗しても
 「仕方ない」と自分を慰められる。
 だが、もしここで李のバットにかけて強攻していれば、
 李は全ての結果を背負わなければならない
 厳しい打席に立つことになったはずだ。
  
 そこまで追い詰めることはしない。
 そんな監督の配慮があったかもしれない。
  

 だが、一方でそれぐらい追い込み、

 その重圧をはねのけない限り、
 李はこれからも、本当の4番にはなれないだろう。
 どんなにコンディションが悪くても、
 どんなに打撃が不調のときでも、
 毅然と前を向いてグラウンドに立つのが4番打者だ。
  

 今の李にとって、最も必要なのは、その
 『心』と『体』の強さだろう。
  

 ~サンケイスポーツ 6/26日付け 
    『球界インサイドリポート』より
         スポーツジャーナリスト  鷲田康氏~   
 
ブーイング喜ぶのは あまのじゃくだけ
2007年06月25日 (月) | 編集 |
 5月4日、カリフォルニア州アナハイムの
 エンゼルスタジアムでのこと。
 ホワイトソックス1番打者ダリン・アースタッド(33)が
 打席へ向かうと、球場にはスタンディングオーベーションが
 わき起こった。
  
 昨季まで11年間エンゼルスの一員としてプレーした
 アースタッドを出迎える温かな拍手。
  
 バックスクリーンには11年の活躍をまとめた映像が流れ、
 球場全体が『お帰りなさい』と両手を広げて出迎えてくれ、
 アースタッドは『ただいま』と笑顔でヘルメットを取って
 感謝の意を示した。
  

 記者席からこの様子を見て、思わず目が潤んでしまった。
 実は、エンゼルスのファンが どんな反応を示すか
 密かに心配だったのだ。

 昨季トーミがホワイトソックスの一員として
 初のクリーブランド遠征をした時、
 インディアンスファンはトーミに大ブーイングを送った。
  
 確かに、今は同じ地区で争うライバル球団の主砲に
 なったのだから、ブーイングをしたい気持ちも分かる。
 だが、メジャーでも屈指のナイスガイが容赦ない
 ブーイングを浴びる姿は辛かった。
  
 この思いがあるだけに、エンゼルスファンの温かな歓迎には
 素直に心を動かされた。
  

 高額年俸を求めて、長らくプレーしたチームを
 何のためらいもなしに去る選手がいる。
 一方、チーム事情により放出され、やむなく新天地へと
 向かう選手がいる。
 どちらの場合でも、これが『ビジネス』。
 「勝利」が大前提となるメジャーでは、
 そこに『情』が入り込む余地はない。
 ビジネスはビジネスだ。
  

 だが、どの選手も“今”在籍するチームで、
 自分、チーム、ファンの為に100%を尽くして
 プレーしている。
 移籍後も、在籍していたチームに対する功績は永遠に
 変わらない。
 その事実をファンは忘れてはならない。

 ブーイングもまた声援のひとつ、とも言うが、
 ブーイングを喜ぶのは、あまのじゃくな選手だけ。
 感謝の意を示されて嬉しくない人はいない。
  

 これから先、古巣と対戦する選手が1人でも多く、温かな
 『お帰りなさい』で出迎えられる姿を
 目撃できれば、と思う。

 ニッカンスポーツ記者 シカゴ通信員 佐藤直子さん  


 日ハムから巨人に移籍した小笠原選手。
 北海道遠征へオープン戦で出場した際に、日ハムファンから
 ブーイングを受けていたシーンを見ました。
 小笠原選手は、決死の覚悟で巨人への移籍を決め、
 オープン戦でもチームの為、そして今まで日ハムで応援して
 くれていたファンへの感謝の意味で、
 活躍する姿を見せることが恩返しと、精一杯プレー
 していました。
 (3/14日付けの私のブログで紹介しています)

 メジャーでのこの話題を読んで、私も心打たれました。
 恩恵を受け、こんなにファンの方に愛されプレーできた
 アースタッド選手。
 ファンは温かい。ファンによってチームも選手たちも
 作られるのだな、と思います。

 日本のプロ野球界も、どんどんいい所をマネして
 選手たちを応援し、いいプレーをどんどん魅せてもらい
 盛り上げていってもらいましょう!
 球界を支えているのは選手、そしてファンあってでしょう。
 往年の活躍したプレーヤーを賞したり、
 もっとたくさんのイベントを企画して
 魅力あるプロ野球にして欲しいですね。
 
 
野球生命を賭けた『僕の生命線 カーブ』
2007年06月24日 (日) | 編集 |
 このピッチング、『あっぱれ!!』という言葉が
 ふさわしい。
  
 パイレーツ・桑田がマリナーズ戦に登板して、
 2回を1安打無失点4奪三振。
  
 メジャー最高の安打製造機イチローからも、
 得意のカーブで空振りの三振をとった。
  


 桑田の投球を支えるこの『カーブ』は、
 野球で最古の変化球でもある。
  
 1867年、米国・ウィリアム・カミングスが発明。
 カミングスは“魔球”を武器に、6年間のプロ生活で
 通算145勝を挙げた。
  
 ただし、発明当時は手首を使って投げる『スナップ・スロー』
 が禁じられていたため、それほど鋭く曲がる
 球ではなかったらしい。
  


 数年後、日本に持ち込んだのが、実業家の平岡煕(ひろし)
 だった。
 鉄道技師の勉強をしていた米国から帰国した
 1876(明治9年頃)、覚えたてのカーブを披露したと
 言われている。
 所が、この変化球を試合で投げた所、
 相手が 猛抗議。
 『投球は一定の速度で投げられるべき。
  カーブは卑怯だ』と食ってかかってこられたという。


 数々の生涯を乗り越えながら、その後は発達していった
 カーブ。 最もポピュラーな変化球として
 長く君臨してきたが、最近は他の変化球に押され
 決め球とはいえなくなっていた。
  
 
 そんな状況でも、日本でこの球を磨き続け
 『カーブで空振りが切り取れる数少ない右腕』と
 いわれていたのが桑田。
  
 米国での快投は、メジャーリーグに“ルネサンス”を
 起こしているともいえる。

 順風満帆にきたレッドソックス・松坂大輔とは違い、
 39歳の桑田からは必死さが伝わってくる。  
 その桑田自身が、
 『ボクの生命線』と評するカーブ。

 まさに野球生命を賭けた一球で、紙一重の勝負を
 勝ち抜いて欲しい。 
 
  
  http://blogs.yahoo.co.jp/jisan0529/49703435.html
3年生の希望者全員行進
2007年06月23日 (土) | 編集 |
 『3年生の希望者全員行進』という小さな記事が
 目に留まった。
 宮崎県高野連が、来月7日の全国高校野球
 宮崎大会開会式で
  
 20人の登録選手以外でも希望する3年生の
 部員全員を入場行進に参加させることを決めたという。
  
 全国でも初の試みで、高校最後の夏にベンチ入りできない
 3年生を思いやった。
 “クリーンヒット”である。
  


 発案者の松本泰県高野連理事長(佐土原高副部長)は、
 『苦楽をともにしながら、力及ばず開会式をスタンドから
  見なければならない3年生の辛さは、
  我々の想像以上だと思う』
と話す。
 監督として延岡工を春のセンバツに導いたこともあり、
 県内4校での25年間にわたる監督時代から、
 その思いが強かったという。
  


 今年、各校に呼びかけ踏み切った背景には、いままで
 野放しにしておきながら、日本高野連が突如として
 加盟校に撤回を求めた“特待制度問題”があった。
  
 宮崎県では加盟11校の私立全校が制度に触れ、
 5月の対外試合を自粛した。
 違反のない選手は出ても良かったが、全校が足並みを
 そろえた形になった。
  


 『私立は試合が出来ない1ヶ月間を3年生が中心になって
  結束し、乗り切ったと思う。
  こんな時こそ、3年生全員に行進してもらうのも
  教育的配慮だと思う』と松元理事長。
  
 登録外の3年生は背番号無しの行進だが、
 来年からは記念になるよう『21』以上の背番号を
 つけることも考えている。
  


 夏の大会を前に特待制度の解約に同意したものの、
 私学から学生野球憲章の見直しを求める声は強い。
  
  
 生徒あっての高野連のはずだ!! 

 宮崎からこの一服の“清涼剤”こそ、
 時代遅れの憲章に固執している日本高野連の
 おエライ方に、是非飲んでもらう必要がある。
  

  ~サンケイスポーツ 6/21付け 『甘口辛口』より~
                      今村忠 氏


 
世代を超え海を越え・・・3人の甲子園V投手に熱いメッセージ
2007年06月22日 (金) | 編集 |
 大好評『カネやんの“ワシの話を聞きなさい”』
 (6/19日付け)より。
  

 甲子園優勝投手に物申す!
 カネやんが、かつて高校野球で全国制覇を果たした
 早大・斉藤佑樹投手(19)、レッドソックス
 松坂大輔投手(26)、パイレーツ・桑田真澄投手(39)
 の“今”について語った。
 三者三様の後輩に送る熱いメッセージを聞きなさい!!


 ―最近は、東京六大学以外の大学も強くなっているんですが。
カネやん)だったら、対抗すればいいんじゃないの。  
     (東京)六大学を特別だと思うのはいいけれど、
     その殻に閉じこもっていちゃいかん。
     日本全体に目を広げていかないと、どんどんレベルが
     下がってしまうよ。
  

 ―今回は、その殻を斉藤が入ったことによって打ち破り
  ました。
カネやん)他の選手の競争心をあおったことが大きかったな。
     斉藤の後に投げるピッチャーなんて、崖っぷちに
     立たされたようなもんや。打たれたら何を言われるか
     分からん。そういう気持ちが、闘争本能や
     責任感を呼び起こしたんだな。
  

 ―斉藤の存在が、他の選手に刺激を与えたということですね。
カネやん)やかんでたって沸騰すれば  
     ピーといい音が鳴るだろう。
     あの(応武)監督は、斉藤を使ってチームを
     煮えたぎらせたんだな。
     今回やっと日本一になったんだから、本当に
     リーダーシップを取る為にも、巨人のように9連覇
     ぐらいしなさい。
  

 ―確かに早大は黄金時代を迎えそうですが、斉藤個人に
  ついては、何かありますか。
カネやん)あの子が入ったお陰で、大学野球が変わったんだから
     “世直し大名神”といっていいだろうな。
     でも、ピッチャーとしての斉藤はまだ体ができて
     いない。ストレートのスピードを上げれば、
     バッターはあのフォークにダボハゼのように
     食いついてくるから、素晴らしいピッチャーに
     なるんだがな。
  

 ―そしてプロで楽天の田中と・・・。
カネやん)そうよ、それを見届けるまでは、ワシも元気で
     いないとな。ボヤボヤしとれんよ。

 ―松坂がメジャーで初めて、無失点で切り抜けました。
カネやん)(急に元気がなくなり)良かったけどな・・・。
     あれだけ前宣伝しといて、いきなりボンズに敬遠
     っていうのは、なんなんや。メジャーのファンも
     納得せんだろう。レッドソックスの(フランコナ)
     監督は、優勝しても価値ないよ。

 ―金田投手なら敬遠を拒否しますか。
カネやん)デビュー仕立ての頃敬遠したら、オヤジに物凄く
     怒られた。“なぜ逃げるんだ!”って。
     それからは、監督が敬遠を指示しても
     “ここで敬遠したら、オヤジに辞めさせられます”
     と言って断ったもんや。
松坂はワシの中でも特に
     期待しているピッチャー。
     夢を壊しちゃいかんよ。まあ、今回は敬遠を命じ
     られたときにイヤな顔をしてたから、
     オヤジに代わって許してやるワ。
  

 ―金田投手ならボンズをどう攻めますか。
カネやん)ああいうバッターはカウントを取りにいっちゃあダメ。
     ヤマを張っているからな。もともとアッパースイング
     なんだから、グーンと伸びる球を力一杯投げること
     だよ。岡島が三振を取っただろ。ヤマを張るバッターは
     どこに球が行くか分からないヤツを嫌がるんだ。
     もう40(歳)を超えてるんだし、たいしたこと
     ない。松坂だって三振取れるよ。
  

 ―斉藤、松坂と来て、もう一人の甲子園優勝投手・・・
  桑田がメジャーで頑張っています。
カネやん)アメリカでは、あのフォームで投げるだけで、
     メジャーに上がる価値はあるよ。
     若い投手の教科書になるからな。
     20年前と違って球に威力がないから、勝つのは
     難しいけど誰からも絶賛されるんじゃないかな。
  

 ―桑田のフォームで、最もいい所はどこですか。
カネやん)あの重心の低さだよ。下半身主導で腕が遅れて
     出てくる。
ワシが相手の別所(毅彦)さんの
     フォームを見て、つられて好投することが
     あったように、メジャーでも桑田のフォームを
     見てよくなるピッチャーが出てくるよ。
  
 
     この前のソフトバンクー巨人戦の、杉内と高橋(尚)
     も、そうだったろ。あれはお互いに引っ張り合って
     投手戦を作ってるんだ。
     実に印象に残る試合だった。

 ―金田さんは、桑田とも親交が深かったそうですが。
カネやん)あの子が一度引退しかけた時があってな。
     その時に『もう一度、死に物狂いでやってみろ』
     と言ったんだ。その時の努力があったからこそ
     いまがある。 もっと前からやってたら簡単に
     250勝、300勝するピッチャーだったんだがな。
     まあ、思いっきり楽しんで、きちっとした野球の
     姿を示して帰って来て欲しいな。 
  

 カネやんHP http://www.kanedamasaichi.jp
高野連 今後の課題
2007年06月21日 (木) | 編集 |
 先週末、全国トップを切って、夏の高校野球の地方大会が
 沖縄県でスタートした。
 西武の裏金問題が高校野球に飛び火、
 特待生は5月から1ヶ月の間、対外試合禁止の処分が
 科せられた。
 福岡のある私立校の監督は、
 『毎日、紅白戦を行って、実戦の勘を失わないように
  しました』と“空白の1ヶ月間”の調整の難しさを
 訴えていた。
  

 特待生制度に関しては、自民党の中に  
 『高校野球特待制度小委員会』もでき、
 政治まで関与し始めた。
  
 それでも、約8000人の特待生の大半の保護者が、
 同制度の解約同意書を提出し、経済的な理由での退部者も
 出なかった。
  
 だが、特待生制度そのものは、いまだに何ら
 解決されていない。
 日本高野連はこのまま、高校野球の夏の祭典
 『甲子園大会』を迎えるつもりだろうか。
  

 16日、沖縄・北谷公園野球場で行われた開会式で
 同県高野連・狩俣会長が一連の問題に関して謝罪し、
 中部商の兼城雅主将は
 『心に残る大会にすることを誓います』と
 力強く宣誓した。
  
 『心に残る・・・』の言葉の裏には特待生問題で苦しんだ
 全国の仲間たちへのメッセージが
 込められていたように思えた。
  
 
 高校野球が感動を呼ぶのはプロや大学のリーグ戦と違って、
 3年生は負ければ即引退という“サドンデス”の悲劇が
 強く影響している。
 それだけに、今回の特待生問題は3年生には気の毒だった。
  
 夏の地方大会の参加高は約4000校。
 甲子園優勝校は1校しかない。
  
 それ以外の高校球児たちは涙とともに、高校野球生活に
 別れを告げる。
  
 その敗れ去った球児たちの心の片隅に特待生問題が
 残っていないことを願うばかりだ。
 高野連は1,2年生や来春の新入生に同じ経験を
 させないで欲しい。
『狙った』田中にノムさん苦言
2007年06月20日 (水) | 編集 |
 マー君の直球へのこだわりが今後を左右する。  
 13日の中日戦(フルキャスト宮城)、楽天のルーキー
 田中将大投手は、プロ初完投勝利で4勝目をマークした。

 捕手のサインに何度も首を振り、最後の1球を
 ストレート1本で締めくくろうとした。
 ストレートへの信念を貫こうとする田中の大成を
 願うがゆえに野村監督は苦言を呈する。
 勢いに乗る若さと現実の危ういバランスに迫る。
  


 完投勝利から4日たった17日、あらためて田中の直球に
 関して聞かれた野村監督の口から、苦言が飛び出した。
     
 『野球はあくまで団体競技。チームを私物化している。
  あれは150㌔を狙っていた。
  ええ格好で幕切れを飾ろうなんて考えるようじゃ』―。
 最後は、
 『まだ本物のエースではない』という言葉をのみ込んだ。
  

 
 4点リードの9回2死一・二塁。中日の中村公を
 カウント2-1と追い込むと、プロ9年目で12歳上の
 藤井捕手のサインにも首を振って直球を投げ続けた。
 3球続けて抜けて四球。
 続く井端をフォークで仕留め、何とか完投を達成した。
  

 直球の最速は151㌔をマークし、自己最速を更新した。
 ただ、野村監督は指摘する。
  
 『まだ投げ方を知らない。
  序盤に150㌔が出ていたけど、たまたま
  出たということ』―。
 常時150㌔を投げる技術があれば、まだ許せる。
 その域に達していない段階では、直球勝負は自己満足に
 すぎない。
 仮に失点し、走者を残して交代すれば、救援投手と
 チームには大きな負担をかける。
  
 
 一方で、直球勝負を肯定する意見もある。
 広島のエースだった紀藤投手コーチは
  
 『いいんじゃないの?オレでもそうなるよ。
  エースになる人は、そういう世界を持っている。
  オレもそうだった』
 と、投手の本能の観点から、田中の姿勢に同調した。
 『走者がいないという前提ならば、いいと思う。
  ウチの投手で、ああいった気持ちを前面に出す投手は
  他にいないでしょ?』
 と話す首脳陣もいる。
  

 マウンドでの振舞いは、すでに模範にもなっている面も
 あると言う。
 野村監督にしても、期待しているからこその苦言に
 他ならない。
  
 後日、田中にも改めて説いたと話す。
 その田中は、
  
 『変化球も抜けていたし、直球の方が悔いが残らないと
  思った。間違ったとは思っていません。
  基本は直球。
  反省を生かしていい投球をしていきたい』―。
  

 野村監督の苦言は理解しているが、思わず若さが出る。
 教訓の残った初完投を経験し、今後の直球の質に
 変化が訪れるかもしれない。
  
 

 そんなマー君が昨日、甲子園のグラウンドに足を踏み入れると
 いきなりテレビカメラに囲まれピリピリしたムードに
 なったが、練習が始まると普段通りに笑顔もこぼれた。
 『甲子園でも特別な意識はないです』―。
 と、平常心。

 ところが、ロッカーに引きあげる時、通路を間違えて
 アタフタ。『この通路は通ったことないですよ』―。
 通いなれたはずの甲子園も、高校野球とプロでは
 勝手が違った??
 
 今日の先発マウンドでは、高校時代のような快投を
 期待したいところです!!
 

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努力こそボクのスタイル
2007年06月19日 (火) | 編集 |
 今日は、サンケイスポーツ(6/19)裏一面に掲載してある
 『泣いてたまるか!』
 ~今だから話そう、あの時、あの瞬間~
 より。
 パイレーツ・桑田真澄投手について書き綴ってあります。
 
 大リーグ史上7番目の高齢となる39歳70日で
 メジャー初登板を果たした。
 愛する巨人で投げられなくなった時、
 新たな目標にしたのが、

 “20歳の頃の忘れ物”といえる大リーグ挑戦。
 年齢、小さな体のハンディ、大幅な収入源、さらには
 オープン戦での右足ねんざを乗り越えた桑田の哲学とは―。
  
          (田代学、広岡浩二通信員)

~大幅な減収~  
 大半の野球関係者やファンは
 『メジャー昇格は絶対無理』とせせら笑っていた。
 投手としての桑田は終わっている、と。
 大リーグ挑戦も『コーチ留学』と陰口を叩かれ
 『引退して巨人に残る方が利口だ』と助言してくる人もいた。
  

 『ボクはね、ここまで叩かれて、叩かれてきた。
  誰に何を言われても気にしない。
  
  目標に向かって努力するのがボクのスタイルですから。
  努力する姿勢が好きなんです。
  
  だからメジャーに上がったら偉いとか、マイナーのまま
  だったらダメだというのはない。
  
  大事なのはプロセスなんです』―。  

 大好きな巨人のユニホームを着られなくなって、
 20歳の時に抱いた夢を追いかける決意を固めた。
  
 助っ人として来日したビル・ガリクソンに出会い、大リーグに
 憧れたのは巨人3年目の88年。
 前年に最優秀防御率のタイトルを手に入れ、この年の
 開幕投手に指名されるなど、飛ぶ鳥を落とす勢いだった
 桑田は、全ての面でどん欲に上を目指していた。
  

 全盛期には何度も球団幹部に大リーグ移籍を訴えたものの
 全て却下。近年は『もう無理だと思っていた』というが、
 巨人を自由契約になったことで大リーグ挑戦の機会が
 巡ってきた。
  
 20年前の“忘れ物”を探しに行く千載一遇のチャンス。
 オリックスを指導していた当時に桑田の投球を見ていた
 ジム・コルボーン投手コーチの橋渡しでパ軍入りを決めた。
  


~ハンディ克服~  
 夢の扉は開かれたが収入は激減した。
 メジャーに昇格できれば年俸65万ドル(約7670千万)
 になるが、マイナーのままなら年俸5万ドル(約590万円)
 最高時は3億円以上、昨季でさえ1億5千万円だった桑田の
 年俸は、巨人入団時の年俸(480万円)まで急落した。
    
 それでも家族の理解を得て単身渡米。
 全盛時ならありえず、20年前の夢を追いかけて
 いるからこそできた選択だった。
  

 『確かに地位やお金は大事。ボクも、お金では苦労してきた。
 だけど、お金じゃ買えない、手に入れられないものがある。
  野球は今しかできないからね。
  ボクは、まだ投げたかったし、投げられる自信もあった。
  そのチャンスを与えてもらったんだから、
  お金の問題ではなかった』―。
  

 予想された通りメジャー昇格の道は平坦ではなかった。
 投手陣では最も小柄(1㍍76㌢)で、断トツの最年長。
 速球はMAXでも140㌔に届かなかったが、桑田自身は
 口ほど身体的なハンディを気にしていなかった。
 清原(オリックス)に出合ったPL学園入学時や、内野手に
 転向した方がいいと言われた巨人入団時にも
 同じようなことを克服してきたからだ。
  

 『体全体だけでなく、頭の中も使えば何とか勝負できる。
  命綱であるカーブにも使えるメドが立った。
  コントロールとスピードの変化(緩急)に
  自分の経験を加えた投球をしていきたい。
  すごいことはできないが、小さなことを心を込めてね』―。
  


~驚異の回復で~  
 そんな自信をつかんだ矢先、アクシデントに襲われた。
 開幕1週間前のオープン戦でベースカバーに走った際、
 球審と激突。 日本から観戦に訪れた家族の目の前で
 右足首に重度のねんざを負った。
 この日好投すれば開幕メジャー昇格が当確となって
 いただけに精神的なダメージは倍増した。
  

 『倒れた瞬間は右足首に全く力が入らなくて、さすがに
  “これだ終わるのか”と思った。
  手術したら今季は投げられないからね。
  でも検査の結果、メスを入れなくて済んだ。それからは
     
 「野球の神様が“またメジャーに上がるのは早い」と
  止めてくれたんだ”と思えるようになった』―。
  

 診断を1ヶ月も上回る驚異的な回復振りでリハビリを
 終えた桑田に
野球の神様”は最高のデビューの舞台を
 用意してくれた。
  
 伝統のヤンキースタジアムで10日に行われた
 ヤンキース戦。
 (日本時間11日)
 『読売新聞』の広告が入ったフェンスが開き、左中間奥の
 ブルペンから登場した背番号18は、巨人時代の後輩
 松井秀喜とも対戦した。
  

 『夢を実現するチャンスを頂いたことに改めて感謝している。
  自分自身も、よく頑張ってきたと思う。
  また次の目標に向かって努力したい』―。
  

 20歳の頃のような投球はできなくても、
 当時夢見た大リーガーにはなれた。
 本拠地・ピッツバーグでの初登板も終えた桑田は、
 憧れていた米国での第2の投手人生を満喫している。 
   


 『努力こそボクのスタイル』―。
 この努力の証が『背番号18』全てに込められていると
 思います。
 『背番号18』が告げられたのは、ニューヨークへ向かう
 乗り替え途中の空港でのこと。
 その時、涙を流して喜んでいた桑田の姿を、
 スポーツ番組独占で放映していて見ていました。
 私も涙が止まりませんでした。
 どんな思いでここまで辿り着いたか―。
 その苦難をこのブログでも度々紹介してきて
 ブログを書いてきて良かったな、と思っています。
 ブログを始めてから、さまざまなプロ野球選手を追い求め、
 今までとは違った角度で見て聞いて感じて・・・。
 そして、桑田選手の人生の岐路に書けたことに
 感謝し感激しています。
 野球の奥深さを、まざまざと思い知らされ、益々野球好きに
 させられました。
 
 “桑田真澄”から学ぶものは たくさんあります。
 『感謝する心』『謙虚な心』『努力した証』―。
 子供達に夢や希望、勇気を与えてくれている桑田選手に
 益々の活躍を期待したいですし、
 書き綴らせてもらいます。
 応援しましょう! 桑田真澄を!
 
 
ニックネームは“シャーパー”
2007年06月18日 (月) | 編集 |
 年俸510万円の無名選手が、いきなりお立ち台に上がった。
 この日一軍に登録された
楽天・中島俊哉が、
 1点を追う二回二死一、二塁から三塁線を破る
 逆転の二塁適時二塁打。
  
 無印良品の一打で、交流戦5割復帰だ。  

 『今日、あの、登録されたばかりなんですけど・・・。
  チャンスで結果が出せて良かったです』―。

 ヒーローインタビューで2万人を超えるファンの注目を浴び、
 声も体も震えた。
 球界再編でオリックスから楽天入りしたが、2年間一軍
 出場なし。 
  
 3年ぶりとなるプロ2本目の安打が、
 貴重な勝ち越し打となった。
 
 5年目の今季はイースタンで開幕から好調。
 打率.373、5本塁打で3-4月の月間MVPも獲得した。
  
 一軍にもいい報告が続いたが、チーム事情からお声は
 かからない。
 『こんなに打ってもダメか・・・』―。
 と、諦めかけた時期もあったが、
  
 オリックス時代の先輩でもある佐竹外野守備走塁コーチに
 『見てくれている人は絶対にいる』と電話で励まされ、
 ついにチャンスをモノにした。
  

 『今日は1・5軍の選手が活躍したな。
  中島?オレの好きなスイングじゃないけど・・・。
  よう打ったよ』―。
  
 野村監督はアッパースイングを指摘したが、
 一軍にいれば直接指導で改善もできる。
 野村再生工場に、また楽しみな選手の誕生だ。


 中島はチームメイトからシャーパー』と呼ばれている。
 オリックス在籍時、二軍戦で掛け声を命じられて
 慌てた中島は、九州国際大で
  
 『シャープにコンパクト』をシャーパーと略していたことを
 思いだし、『シャーパーでいきましょう!!』と叫んだ。
 他の選手は理解できなかったが、そのままニックネームに。
 この日の適時打もシャーパーなスイングだった?


 若手の成長を少し待って、次の出番に備えている野村監督他
 首脳陣。
 その見抜く力が、若手の急成長を生み、球団の発展に
 つながっている。
 楽天のゲームは見ていても面白いし、点差があっても
 “何かやってくれる”と思わせてくれるくらい
 今、勢いのあるチームだと思って試合も見ています。
 プロ野球を面白くしてくれている
 野村監督の手腕ぶりに今後も注目です!
 
 
 
剛球の残像
2007年06月17日 (日) | 編集 |
 白球の記憶、あの夏の記憶―。
 どれだけの人が覚えているだろう。
 2001年8月、甲子園球場。
 宮崎からやってきた少年は、ずっとスピードだけが
 全てだと思っていた。
 “怪物・松坂”を越える 高校史上最速の154㌔をマーク。
 未だにこの記録は塗り替えられていない。
  
 あれから6年―。
 甲子園を沸かせたヒーローは今、横浜にいる。
 
 横浜ベイスターズ 寺原隼人(23歳)。  

 挑戦と挫折を繰り返し、ようやく辿り着いた新境地。
 そこにはスピードだけを追い求めていたあの頃の面影はない。
 スピードよりコントロールを―。
 剛球よりバランスを―。
 師と仰ぐ城島健司からの言葉が今も心に残る―。

 ずっと絶望感と戦ってきた男が、
 横浜ベイスターズで再生を誓う!

 
 寺原の野球人生を変えたあの一球。
 “松坂以来の怪物”―。  
 メディアはそう騒ぎ立て、少年の周囲は劇的に変化した。
 高校生にして154㌔を投げる逸材をプロが放っておく
 わけがなかた。
  
 その年、2001年ドラフト会議。
 1巡目で4球団が1位指名共有。
 クジを引き当てたのは当時の福岡ダイエーホークスの
 王監督だった。
  
 1年目に6勝2敗1セーブ、2年目7勝5敗。
 期待通り球界を代表するピッチャーへと一気に駆け上がる
 かに見えた。
 しかし、更なる飛躍を誓った3年目に悪夢が待っていた。  
 あれだけ自信を持っていた速球が、軽々とスタンドに
 運ばれていく。
 3年目0勝、4年目0勝―。
 フォームを崩しコントロールが乱れ、剛球も鳴りを潜める。
 もちろんスピードだけではこの世界では生き残れないことは
 分かっているつもりだった。
 プロの本当の怖さを知った時、かつての輝きは
 失われていった。
  

 “行き先はボールに聞いてくれ!!”―。
 力で抑え込むことでズッと快感だった。
 スピードに魅せられた男にとって、豪腕を封印することは
 自分自身を否定することだと。
  

 最高級のピッチャーになる為の条件を解いてくれたのは
 メジャーへと渡った名捕手・城島健司だった。
  
 『自分が投げようとした所にちゃんとボールを責任持って
  放っている、ということ。
  たまたま抑えられたからっていって結果オーライだ、と
  考えてやっているピッチャーは、いつまでたっても
  そこに投げられないですからね。
  良いピッチャーの条件としては、そこにボールを
  絶対ほ放るんだ、と思って責任を持って投げれる、
  ということ』―。
  
 城島はそう語っていた。
 ただ信頼されるピッチャーへ。
 城島はそれを寺原に伝えたかった。
  

 2006年プレーオフ。
 負けたら終わりの大一番で過去2年1勝も出来なかった寺原に
 思わぬ形で先発のチャンスがめぐってきた。
 この日の前夜、寝付けなかった寺原はアメリカにいた
 城島に1本の電話を入れた。
 『マウンドで良かった時も悪かった時も、堂々とベンチに
  帰ってくればいいんです。
  悔いを残しちゃいけないんです。プロとして』―。
 そう電話の向こうで城島はアドバイスしたという。
  
 ずっとボールを受けてくれた城島はもう日本にはいない。
 一球一球低めに丁寧に、極限に達した緊張感の中での経験が
 今大きな絶てとなっている。
 悔しくもこの日が寺原にとってホークス最後のユニホーム姿と
 なった―。

 
 2ヵ月後、それは突然のトレード通告だった。
 先発陣の層が薄い横浜は、寺原にとって逆にチャンスの場所
 だった。   
 新境地での初キャンプを控え寺原はある行動に出た。
 新しいチームメイト1人1人に挨拶して回った。
 今シーズンに賭ける決意の表れだった。

 
 開幕から先発ローテを勝ち取った寺原は、抜群の安定感で
 すぐにエース格の存在を示す。
 あれほど苦しんだ3年間が
 まるでウソのような変貌ぶりだった。
 九州一筋でやってきた男が、今は横浜で戦っている―。

 セ・リーグNO1の破壊力を誇る巨人打線との
 初対戦を控えたある日。
 寺原は斉藤明夫コーチとビデオルームにこもっていた。
コーチ)寺原のボールだと力があるから、そう簡単に
    高めさえ行かなかったらミートはうまく出来ないと
    思うから、自分の球を信じて投げ込んでいく、
    っていうことが大事だと思うよ。
 寺原の前に立ちはだかるのは、左のスラッガーたち。
コーチ)(小笠原は)オレが教えて欲しいくらいだけど
    どんなバッター?
寺原)相性は悪かったです。
   (パ・リーグ時代~26打数11安打 .423)
コーチ)(李へは)寺原だったら力のある球でいった方が
    いいと思うよ。
寺原)自分の力より それ以上を出そうと思わずに
   していきたいですね。

 そして決戦の日を迎えた。
 5月16日対巨人戦。
 警戒する小笠原には今シーズン初MAX153㌔。
 今の寺原はスピードだけではない。
 高低、更には緩急を使った投球で5回まで無失点。
 完璧に押さえ込む。
  
 しかし6回、巨人打線が遂に牙を剥く。
 あまく入ったストレートを小笠原が弾き返す。
 更に李―。
 まるで吸い込まれるように あまく入った変化球を―。
 強力打線の主砲は失投を見逃してはくれなかった。
 この回まさかの5失点。
 初対戦はほろ苦い結果となった。

寺原)気持ちの面で余裕が無かったのかな、と思いますし
   この悔しい気持ちは絶対忘れないでしょうし
   次こそはしっかり抑えたいと思います。
 もうあの頃の残像を追い求めることは無いだろう。
 今はただ、前だけを見据えて―。
  

寺原)がむしゃらな気持ちで行けると思うし、今まで
   “頑張ってね”とか“どうしたの?”とか(ファンが)
   そういう声の掛け方だったので、やっぱり自分の中で
   悔しいですし、やっぱり“今年は頑張ったね”って
   1年終わった時に そういう声を掛けられるように
   1年野球が出来ればいいと思います―。



 プロ野球は本当に厳しい世界です。
 150㌔投げる球を持っていても、簡単にホームランを
 打たれたり、勝てないし。
 皮肉なもので、高校の時すごく速くても、プロに入って
 急にスピードが出なくなって。 
 そしてコントロール重視し出すと、
 おもいきり手が振れるようになってきて
 スピードが戻ってきたり。
 逆に遠回りのように見えるけど、
 1歩1歩大きい道になってくる可能性があると思うので、
 今少しずつ1歩ずつ
 階段をゆっくりと上がっていってる状態のようなので
 長く苦悩した分、大きくもっと花が咲くことを
 願いたいし応援したいです。
    
                  
ご意見番の存在
2007年06月16日 (土) | 編集 |
 楽天・田中がプロ初完投を飾った夜(13日)、
 カネやんこと金田正一さんの笑顔が目に浮かんだ。
 本誌連載(サンケイスポーツ)『ワシの話を聞きなさい』で
 2人が対談した直後の快投。
 400勝投手の神話力を思い知った

 初対面の田中にも『走れ、走れ!』と勧めていた金田さん。  
 最近この『金田式野球』が復権してきているように思う。  
 不調に陥ったレッドソックス・松坂が真っ先に行ったのは
 走り込みだったし
セ・リーグの首位・巨人は東京ドーム
 近くに土のグラウンドを確保。
 そこで投手陣の調整を行い、好調を維持している。
(この土の話題、4/27のブログで紹介しています。)
  
 日本の投手にとって下半身の安定は、やはり重要なのだ。  

 金田さんは田中に  
 『疲れがたまっていかないように、朝早く起きて体を動かせ』  
 ともアドバイスしていた。
 血流を促進することで、体内にある老廃物を
 早く代謝させるのが目的。
  
 確かに今までは若い選手の教祖的存在といえる
 パイレーツ・桑田も
  
 『起きたら顔を洗うのと同じです』と、
 朝のジョギングを続けている。
  

 『金田式』は経験のみに基づく理論だけに、
 以前は批判されることもあった。
  
 しかし、食事へのこだわりや体のケアを含め、
 再評価されている部分も多い。
 ソフトバンク・王監督の一本足打法のような特殊性もなく
 本当にやる気があればマネができる。
  

 『ワシは超人ではない』という金田さんが、
 いかにして400勝に到達したのか。
  
 科学的な裏づけを含め、その理論を確かめる価値は
 十分にある。
  

 田中が初完投した翌日、金田さんに電話したら
 『やったなあ。でも、あの子は あれくらいのことは
  出来るんだ』
と喜んでいた。

 その豊富な経験を、球界の財産として生かせるか。  
 今後も掲載を通して仲立ちをしたい。

   6月16日 サンケイスポーツ 『甘口辛口』より
                山根敏明氏  


 私も、カネやんの記事の連載が始まってから、
 カネやんの経験談や意見など、注目して読んでいました。
 次世代のプロ野球界を目指す子供達だけでなく、
 大人になりきれない大人たちにも読んでもらいたい!
 カネやんの力強い昭和のパワーを
 是非、感じて欲しい。
 前回も書きましたが、昔活躍したプロスポーツ選手に
 どんどんスポットライトを当てていって欲しい。
 どのようにして試練を乗り越えたか、
 どのような目標を持って叶えたか、
 トレーニング方法は・・・など。
 ヒントを与え、スポーツ界を盛り立てていって欲しいです。
 

   
 
佑ちゃんに喝!
2007年06月15日 (金) | 編集 |
 カネやんの『ワシの話を聞きなさい』(6/5付け)より。
 カネやんが早大の斉藤佑樹投手を叱咤激励。
 そのスター性は認めつつ、一流投手になるには、
 さらなる成長が必要だと力説した。
  

カネやん)すべての新聞が東京六大学で1面というのは、
     何十年ぶりかなあ。
     この子は、どんな星の下に生まれてきたんやろうか。
     命がけで有名になろうとして なれない役者もいるのに
     ハンカチ1枚で・・・。
  

 ―でも、いきなりの4勝。しかも優勝が決まる試合で
  勝ち投手になったのは立派ですよ。
カネやん)それはそうやな。勝ち方のうまさは知っとる。
     野球は相手との戦いやからな。
     相手がこけたら勝てるんだ。
  
     ただ、ここまできたのなら、もっと大きな投手に
     なって欲しい。優勝した試合では球がシュート回転
     しとったし、バランスを崩してスッポ抜けもあった。
     なにより、1試合投げきるようなピッチャー
     じゃないとな。
  

 ―まだ力不足ですか?
カネやん)体が足りなさ過ぎる。秋までに鍛えて“地盤”を
     作り上げて欲しいね。
     プロを目指すようなピッチャーなら、大学レベルでは
     ストライクゾーンで勝負できなきゃいかん。
     そこで風格というものが出てくるんや。
     その為にはスピードはもちろん、キレまくる球を
     身につけないと。
     成長期だから、しっかり練習すれば
     まだまだ伸びるよ。
  

 ―それにしても彼のお陰で神宮球場は満員。
  人気はすごいです。
カネやん)なにしろ貴公子のような顔をしとるからな。
     ワシらの頃の若いヤツといえば『怪童』中西太。
     すさまじい形相でホームランを打っとった。
     そういう男は親が作った顔ではなく、
     自分で顔を作っていったもんよ。
     佑ちゃんも、高校野球の続きはこれで終わりにして
     これからは自分で顔を作っていかないと。
     楽天に行った田中は、もっと厳しい世界で、
     もっと成長しとるぞ。
  

 ―宿命のライバルですからね。
カネやん)4年後、相まみれるのが待ち遠しいなあ。
     斉藤がそれまでに力を蓄えるためには、
     まずチームの屋台骨を背負うエースになることや。
     仲間意識を捨て、人の力を借りない大人の野球で、
     江川のように1試合に15から20くらい三振を
     取るようになってほしいね。
     今度東大とやる時には全員から三振を取るようじゃ
     なきゃいかん。

 
 松井秀喜も、斉藤佑樹投手に注目している。
 『色々言われていたけど、優勝する、って大したもの。
  甲子園で勝ってプロですぐに活躍した投手はいるけど、
  甲子園で優勝して大学1年でも日本一なんて、
  今までにいるの?
  高校と大学の連覇なんてスゴいね』―。
 と、珍しく逆取材するほどゴジラも斉藤に関心を寄せていた。
 あまりインターネットは見ないというが、
 日本球界の新星の動向は差し入れられるスポーツ紙などで
 情報収集していたという。

 松井が初めて斉藤に会った昨年の高校選抜での米国遠征。
 ハンカチ王子に
 『米国遠征の感激を忘れるな』
 『夢を持て』
 『異文化を楽しめ』
 と3つの助言を贈り、
  
「王子と呼ばれるだけあって顔も端正。
 オレの高校時代とは大違いだよ」と、スター性を認めていた。

 
 人気・実力共に、今後の野球界を背負っていく
 貴重な存在であることは、言うまでもない。
 (私は斉藤君が3年生の春センバツから注目していましたが、
  ここまで注目されるとは予想もしませんでした、正直な所)
         
       
 
マー君に忠告 走りこめ!体を絞れ!親孝行しろ!
2007年06月14日 (木) | 編集 |
 400投手カネやんの『ワシの話を聞きなさい』より。
 “ワシを超える大投手になれ!!  
 カネやんが、楽天の田中将大投手(18)を直撃!
 ゴールデンルーキーの本音を聞きだし、
 熱いアドバイスを送った。


 ついにカネやんが球場へと飛び出した。
 8日、田中との対面を求めて、東京ドームへと足を運んだ。

カネやん)おおー。よう来てくれたのう。このおじいちゃんの
     こと知っとるか。昔は野球がうまかったんだよ。
マー君)はい。すごい記録を持っている事は、
    よく知っています。
カネやん)そうか。 どうだ、プロに入ってしばらく
     経ったけど。(早大の)斉藤みたいに
     大学に行けば良かったと思っとらんか。
マー君)ボクは高校を出て、すぐにレベルの高い所で
    自分の力を試したい、勝負したいと思っていたので
    プロに来て良かったです。
  

カネやん)でも、もっと強いチームに行きたかったんじゃない。  
マー君)本当に入りたい球団があるなら、大学か社会人に
    行く道を選んでいました。
    プロにいくと決めた以上、どこでも同じだったんです。

カネやん)ワシも57年前、弱いチーム(国鉄)に
     入ったんだよ。“どこでも同じ”か・・・。
     そういう所が共感を呼ぶなあ。
  
     で、実際に楽天に入ってみてどうだった。
マー君)すごく活気があって“本当に最下位のチームなのかな”
    と思いました。
    選手もみんな、いい人ばかりだし・・・。
カネやん)相手(打者)のレベルは?
マー君)どこの世界でも変わらないと思ってやってますから。  
カネやん)でも、エースになるからには、バックに頼って
     いたらダメだぞ。
     “4点取られたけど、5点取ってもらって勝った”
     なんて喜んでちゃいかん。
  
マー君)ボクはチームが勝てばいいと思ってましたけど・・・。  
カネやん)“チームが勝てば”は建前だ。
     プロの仕事であるからには個人の力を十分に発揮
     しないと。
ワシは(通算)82完投しとるのよ。
マー君)そこまでは知らなかったです・・・。
カネやん)野球は点を取られなきゃ負けない。
     1-0で勝つという強い形を見せなきゃいかん。
  

カネやん)ところで、やっぱり(早大の)斉藤のことは
     気になるか?
マー君)周りは比べたがるけど、ボク自身はあんまり意識して
    いません。世界が違うし、野球界をお互いに
    盛り上げていければいいなと思っています。

カネやん)だけど、4年後は対戦したいんだろ? 
マー君)それは、甲子園で負けてますから・・・。
カネやん)(駒大苫小牧は)2年も続けて優勝したんだから
     1年くらい譲ってやれ。それより気になるのは
     今の環境だ。田中はローテに入って投げる厳しさが
     あるが、斉藤には大学の練習の厳しさがある。
     田中は走るのが好きか?
マー君)どちらかといえば嫌いです。
カネやん)ワシがなぜ、現役時代に走りまくったか分かるか?
マー君)(野球を)長くやろうと思ったからなんじゃないですか。  
カネやん)違うな。肘を故障したからだよ。
     プロ20年のうち15年くらいは、肘に痛みを
     感じていた。その肘をかばうために足を使ったんだ。
     足で(体全体を)引っ張って投げていれば、
     それ以上は故障しないんだ。
  
     こうして見ると、田中も鍛えないといかんな。
     タバコは吸うんか?
マー君)吸ってないです。
カネやん)よし。体重は?高校時代はもっとスリムだったろ。
マー君)高校時代は86㌔で今は・・・95㌔です。
カネやん)ダメだ。絶対にダメだ。78㌔くらいに落としなさい。
マー君) 無理・・・キツイですね。
カネやん)80㌔超えたら故障してしまうぞ。
     ちょっと見せてみろ(と言って肘を触る)。
     前に痛めたことがあるだろう。
  
マー君)はい。高校時代に・・・。
カネやん)今日を機会にな、走り込め。体を絞れ。
     肺活量を上げろ。ワシが特別コーチになるのにな。
  
     プロに入って、他に変わったところはないか?
マー君)5月中旬頃、体がしんどかったですね。
    なぜか分からなかったんですが・・・。
  
カネやん)それは寝過ぎだよ。ナイター終わって
     昼過ぎまで寝とるんやろ。
  
マー君)はい。
カネやん)それが若い体を滅ぼしていく。
     朝早く起きて体を動かしなさい。
     3度の食事をうまくとって、生活にリズムを
     つけるんだ。眠かったら昼寝をすればいい。
     自分のレベルは自分で管理しなければならん。
     辛抱することをせずに気を緩めると、故障するぞ。
  

カネやん)いま何勝だ?
マー君)3勝です。(昨日完投で4勝目を挙げた)
カネやん)ワシは18、19(歳)で20勝したんだぞ。
     三振は?
マー君)三振率(9イニング平均すると)は、
    9.5くらいです。
カネやん)まあ、10個くらいは取らんといかんな。
     とにかく先発したら130球全力で投げることや。
     1球たりとも おろそかにしてはいかん。
     “あそこに投げよう!”と思うと、
     手が先に出て(手投げになって)しまうから
     そんなことは気にせず力いっぱい投げることや。
     体をリラックスさせて、足を使って、
     闘争本能を燃やして・・・。
     甲子園を制したものが、プロでできないわけがない。
  
マー君)はい。
カネやん)じゃあ、約束しよう。走ること。体を絞めること。
     朝起きて、散歩をすること。
     そして、力いっぱい投げることや。
     そうそう、親孝行も忘れるなよ。
  
マー君)この世界で『親孝行』というのは、親が期待している
    活躍をすること。
    それが最高の親孝行だと思っています。
  
カネやん)よーし。よう言った。楽しみにしとるぞ。
     しっかりやって、プロ野球の期待の星になってくれよ!
  

 ~カネやんHP~  http://www.kanedamasaichi.jp
   6月13日 サンケイスポーツより
  
ハム14連勝の裏に“高田編成術”あり
2007年06月13日 (水) | 編集 |
 日本ハムが14連勝の球団新記録を達成した。
 大物選手が抜け戦力ダウンが心配されていた今季、
 しかも金村暁、八木智哉、建山義紀、スウィーニーという
 開幕時の先発投手4人が不在になった苦しい時期に、
 こんな大型連勝をすること自体、信じられない。
  

 特徴的なのは、入団4年目までの高校出の若い力が、
 14勝のうち6勝を挙げたことだ。
  
 20歳・ダルビッシュ有と19歳・木下達生が各2勝、
 21歳・金森敬之、19歳・吉川光夫が各1勝した。
  
 ダルビッシュ以外の3人は全てプロ初勝利だったというのも
 驚きである。
  

 今年は田中将大(楽天)のような大型新人もいるが、
 甲子園経験もない新人を次々と即戦力としているのが
 今の日本ハムだ。
  

 ゼネラルマネージャー制の日本ハムで、新人獲得など
 チーム編成を一手に握るのは
3年目の高田繁GMだ。
 若い投手が出始めた時期と一致する。  
 『投手、野手の数、年齢、能力の配合に工夫している』
 というのは、補佐役の吉村浩チーム統括本部副本部長。

 支配下選手数62人、うち投手数30人はともに
 12球団最少で、育成選手も持たない。
 数の不利は選手層を若く保つことで補う発想だろうか。
  

 『例えば年俸3000万円の32歳と480万円の20歳。
  能力が同じなら、これからピークに向かう20歳を
  使うのを基本線にしている』―。
  

 金森(東海大菅生、6巡目)と、吉川(広陵、1巡目)には
 甲子園経験がない。
 高校1巡目選手獲得には高田GM自ら
 プレー視察で足を運び、品定めをする。
 スカウトと育成、1軍との連携がうまく回っていればこそ
 できる芸当でもある。
復刻版
2007年06月12日 (火) | 編集 |
 巨人が8日から4試合、V9時代の復刻版ユニホームを
 着用している。
  
 昭和40年代の巨人は強すぎて、ひねくれ者の自分は
 どちらかといえばアンチだったが、それでも試合を見ながら
 懐かしい気持ちになった。

 サッカーやバスケットの昔のユニホームはピチピチで
 カッコ悪いのに、野球はオールドスタイルの方が断然いい。 
 こうした外見も野球が『旧きよき時代を感じさせるスポーツ』
 と言われる所似かもしれない。
  

 ただ、せっかくの復刻版も戦う相手が
 現在のままでは少々興ざめ。
 巨人がV9なら、西武は日本シリーズで巨人相手に
 3連敗から4連勝した西鉄時代の、
 飾り文字でLIONSと綴られたユニホームを着るとか、
 オリックスなら黄金時代を築いた50年代の阪急時代、
 ロッテならミサイル打線と
 恐れられた30年代の大毎時代のものとか・・・。
  
 ファンは時代の異なる最強チーム同士が戦っている気分に
 浸れるのではないか。
  

 興行であるからには、
 主催球団だけで取り組んでも中途半端。
 昔のユニホームに身をまとった選手たちだけでなく
 試合前には両軍の往年の名選手が登場。
  
 メジャーでは毎年のように行われているイベントだが、
 普通以上にスタンドから尊敬の視線が注がれ、
 選手にも好評だと聞く。
  

 過去2年の交流戦で着用し、復刻版の火付け役となった
 阪神だが、今季の筆記体のものは共感できない。
 密かに今年は30年代の黒地で、胸にOSAKAと表記された
 ユニホームを期待していただけに、ギャップは大きかった。
 
 交流戦後のGT戦で両軍がいきなり
 オールドユニホームで登場―。
 そんなサプライズを実施したら、メディアは一斉に
 飛びつくと思うのだが、いかなものか。
 


   サンケイスポーツ 6月10日付け
          『甘口辛口』より   楠山正人氏


 4日間の『復刻版』番組企画、懐かしかったですし、
 気持ちもタイムスリップして、その頃 野球を夢中で父と
 見ていた幼少の頃を思い返してもらいました。
 番組スタートのオープニングテーマにのせ、心はずませ
 暑い夏の夜は、扇風機回し 片手に内輪を持ち応援していた、
 夢中で野球を覚え始めたあの頃を思い出させられました。

 メジャーでも往年のスタープレーヤーを称え紹介する
 イベントも、試合の合間に行われていますが、
 日本のプロ野球も原点に帰って、
 往年のスターをもっと公に迎え、改めてその偉業を
 褒め称えるイベントを行い、日本のプロ野球界を根本から
 見直し、プロ野球ファンみなさんに野球の醍醐味を
 感じてもらいたいです。
 活躍した頃のVTRを電光掲示板に映して、その頃にもう一度
 タイムスリップして、『こんなに素晴らしい選手がいたんだ!』
 と、若い世代の人々にも、野球の魅力を伝えていく。
 
 どんどんこれからは昔のプロ野球選手にも
 注目してみて欲しい。
 
 
 
    
 
 
 
交流戦 日ハムの快進撃 高田GMの凄さ
2007年06月11日 (月) | 編集 |
 400勝投手カネやんの『ワシの話を聞きなさい』より
 日ハム快進撃の立役者・高田(GM)の凄さを今回は
 取り上げてみます。

カネやん)グリンという投手もよかったな。
     ヒルマン監督も優秀なんだろうが、
     グリンを楽天から獲ってきた高田(GM)が偉い!!  
     小笠原や新庄が居なくなっても勝っているんだから
     これは高田のチーム作りが優れているからですよ。

 ―巨人時代、高田さんと仲が良かったんですか。
カネやん)そんなのは関係ないよ。アイツはああ見えて
     えげつないことを言うんだ。
     何を言ってもへのカッパ。
     その口の悪さがあっても、北海道で築きあげたことは
     たいしたもんだということよ。
  
     選手を見る目があるし、経験も豊富。
     GMとして適任なんじゃないかな。
  
     これからは、こういう野球経験者がGMにならないと
     チームは滅びる。
  
     これまでフロントに入った野球経験者の中には、
     ブローカーまがいのことをして金儲けをする奴が
     多かったからな。
  

 ―日本ハムとは反対に、いつもは交流戦で強い阪神が
  沈んでいますが。
カネやん)だからこれもフロントなんだよ。先発で1試合
     任せられる井川がいなくなったやろ。
     完投できる投手がいなくなると、3試合分くらい
     影響が出るもんなのよ。
  
     出て行くのを許可したのは球団なのに、なんで
     代わりを獲ってやらないの。
     これじゃあ、岡田(監督)がかわいそうだ。
     責任はフロントにありますよ。
  
     現場に対してブツブツ言う資格はない。

 ―ポスティングの影響という意味では、岩村がいなくなった
  ヤクルトも苦しんでいます。
カネやん)かつて引退した長嶋が、自分がいなくなった巨人を
     監督して最下位になっただろ。
     いまの古田(兼任監督)は、まったくそれと同じ
     状況なんだ。自分がプレーしようにも、もう衰えて
     いるから、ずっと出るわけにはいかん。
  
     つまり、大黒柱がグラウンドにおらんということや。
     おまけに岩村までいなくなって・・・。
     これで勝てという方が無理なんや。
  

 ―そんな阪神とヤクルトに、何か打開策はありますか。
カネやん)とにかく、若い先発ピッチャーを作ることやな。
     例えば阪神なら藤川。ワシだったら先発に
     持っていくがな。楽天のノム(野村監督)を
     見てみい。若いヤツをどんどん使っとるうちに、
     チームも勝つようになっただろう。
     プロ野球も若返りができないと、勝ち負けだけじゃ
     なく、人気もテレビの視聴率も上がっていかないよ。
  

 毎回、バッタバッタとカネやんの鋭い切り口で好評(?!)の
 このシリーズ。
 とても楽しみにしています。
 カネやんのHPにも注目して下さい!
 http://www.kanedamasaichi.jp
 往年のプロ野球選手たちが、神技・経験などを
 公に伝える事の出来るTV番組などが放送されると、
 面白いと思うし、野球の奥深さを人々に伝えていって、
 野球を見る“楽しさ”を知らしめてくれるのでは―。
 個人的にそんな番組が出来ることを願っています。
 
            
呆れた社会保険庁
2007年06月11日 (月) | 編集 |
 社会保険庁が年金の電話相談で、今日から始める
 専用のフリーダイヤルの番号は
 「0120・657830」だそうだ。
 土日も含め24時間対応するが、この期に及んで
 『老後悩みゼロ』という下手な語呂合わせ。
 年金をちゃんともらえるのか、気をもんでいる人達の
 神経を逆なでするのではないか!
  

 先週金曜日の朝は、村瀬長官をはじめ3700人もの職員を
 全国主要駅に動員して、謝罪と本人の確認をPRするチラシを
 22万枚も配った。
 ずさんな記録管理を棚に上げ「自分で確認しろ」とは横柄で、
 そんなチラシを作る金と、パフォーマンスをする時間が
 あったら、不明年金の照合作業を少しでも進めた方が
 ましだった。  

 名古屋駅では職員達が
 「ここは人が通る。あんなに問題を起こしておいて、
  中央はよけた方がいい」と通行人から、
 ズバリ言われたという。 無理もない。
  
 やることなすこと浮世離れしたこんな組織が、
 この21世紀の日本に存在しているのかと思うと、
 改めて呆れるやら情けないやらだ。
  

 国民年金は60歳までの40年間、保険をきちんと
 支払っても、65歳からもらえるのは月6万6千円とか。
 夫婦二人で13万円ちょっとでは、とても「老後悩みゼロ」
 どころではない。
  
 若い人達が見向きもしないのもよく分かる。
 年金の扱いをめぐってデタラメぶりが噴出した
 いま、保険料を一律ではなく 段階性にしたり、
 途中で死亡した場合は半分返すなど、
 国は年金の質を早急に考え直すべきだろう。
  

 それにしてもフリーダイヤルの語呂合わせの白々しさ。
 それをやるなら、現実に即して
 『653636』(老後はさむざむ)か、
 『654040』(老後はヨレヨレ)の方が憶えやすい。
  

   ~サンケイスポーツ 『甘口辛口』より 今村忠氏~


 年金問題は人々を混乱させ、改めて国のいい加減さを
 まざまざと知らせられた。
 会社勤めの方は、一方的にお給料から天引きされ、
 国はあたりまえかのように“年貢の取立て”をし、
 国民の将来までも食い物にしてしまう、悪代官!!
 国は今までの年金を、どのように使い、どう活用したか、
 ひとりひとりが支払った年金に対しての責任を
 きちんと答えて欲しい。
 今まで払うことが当然と思っていた国民を裏切った形に
 なってしまった社会保険庁の“ずさんな管理状況”も
 国民に説明すべき。
 その上で、責任者に対して与党・野党が厳しく追及
 していくべき。国の信頼回復は、国で解決すべき。
 
 私は専門学校卒業後、理容業界に就職し、
 少ない給料から(時には月4万円の住み込みもしていました)
 支払い、将来どのくらいの保障があるのか、
 若い時代の自分にはとうてい予測も出来ませんでした。
 ただ、大人として支払うことの当然の義務と思い、
 必死に講習代を払いながら、年金ももちろん支払って
 いましたから、生活は楽ではありませんでした。
 
 国民の方々が、年金は国がきちんと管理してくれているものと
 思っていたと思います。
 その年金が、預けたお金が、返ってこない―。
 なんですか、こんないい加減なお役人たちは。
 今更支払い拒否できない年齢でもありますが、
 本当に真剣に取り組んで頂きたい!
 切実な国民問題です。
 
                    
  
母が見た佑ちゃんの成長
2007年06月10日 (日) | 編集 |
 空前の大学野球ブームの立役者となった斉藤を
 陰で支え続けたのが母しず子さんだ。
 4月の入寮以来、毎朝続けているモーニングコールで
 叱咤激励し、家族の食事会では栄養バランスに気を使ってきた。
 想像を絶するプレッシャーの中で投げ続け抜いた息子の
 成長を振り返った。

 ~手記~

 甲子園から神宮へ舞台を移し、まさか1年春から4勝
 できるとは思ってもいませんでした。
 佑樹もこういう展開になるとは想像もして
 いなかったと思います。
 周りの期待が大きく、勝って当たり前というか、
 そういう雰囲気の中で、本当によく頑張ったと思います。
 先輩達と練習させていただき、地道なトレーニングを
 続けてきた成果なのでしょうか。

 常に話しているのは、
 『今まで通り佑樹らしく常に謙虚さを持っていくんだよ』  
 ということです。
 投手はとかく、いい時は持ち上げられて、悪くなると
 たたかれます。
 ですから1つ1つ確実に学んでいき、周りに振り回されず
 マイペースで目標に向かって進んでいってもらいたいと
 思います。
  

 振り返ってみると、4月に入寮してから精神的にも
 大変だったと思います。
 大所帯で上級生と一緒に生活していくわけですから
 遠慮や気遣いもあったでしょう。
 でも、私が聞くと、答えはいつも
 『大丈夫』―。
 高校までは兄と2人暮らしで、週末には下宿先を訪れて
 佑樹の好きな豚汁やすき焼き、カレーライスを作っていました。
 今は料理を作ることも出来ません。
 寮に入ってからフォローの仕方も変わってきています。  
 今やっていることは、毎朝、寮で上級生を起こすのが
 下級生の仕事なので、佑樹が寝過ごさないように
 朝6時40分にモーニングコールしています。
 佑樹の『おはよう』の一言で、その日の体調や、
 ぐっすり眠れたかなどを感じ取っています。
  
 試合のある日は、どう声を掛けてリラックスさせたらいいか
 気を使いますね。
  
 特に今朝は(6月3日)『ピンチは必ずあるから、
 チェックポイントを思い出して。甲子園の再現になるよ

 と励ましました。

 佑樹の表情が明るくなったな、と思ったのは開幕戦の
 東大戦後だったと思います。
 『創部以来初の1年生開幕投手』  
 というプレッシャーと、周囲の大きな期待の中で、
 役割を果たして1勝できたことで自信を掴んだのでしょう。

 その後の法大戦では初タイムリーを打つこともできました。
 苦しい試合展開だったので、
 『まぐれでもいいから打って!』と祈っていました。
 バッティングは好きで、よく
 『今日は打撃の調子が悪い』なんて言うんです。

 ウイニングボールは寮の部屋に置いてあると思います。
 『お父さんやお母さんにプレゼントする必要はないからね』
 と、前もって話していました。
 入学直後の大変な時期に、苦しみながら挙げた4勝は、
 重みがあると思います。
 佑樹がそれを見て、今後の野球人生の励みにして欲しいと
 思います。
  

 心配なのは、リーグ戦が始まってから体重が70㌔まで
 落ちてしまったことですが、睡眠で体力を取り戻している
 ようです。昔からよく寝る子でしたから・・・。
  
 家族で外食に行くと、ウナギの肝焼きやユッケ、馬刺しなど
 今まで食べられなかったスタミナ満点のメニューを好んで
 食べる姿を見て、“大人になったなあ”と思ったりします。
 佑樹の好きな中華料理店にも足を運びます。
 普段不足気味な野菜料理をオーダーします。
 バランス良く食べて栄養をつけてもらいたいですから。

 最近は家族で食事に行くことも なかなか難しくなって
 きました。
 やはり個室のあるお店じゃないと落ち着いて食事も
 できませんし。
 今色々とマスコミで取り上げられていますが、
 私達親の前では『子供の頃の佑樹』のままです。
 親に甘えた表情を見せたり、ちゃめっ気たっぷりです。
 母の日には、自分のサインに『母の日のプレゼント』と
 書いて渡したり。
 それだけかと思ったら、当日カーネーションが
 郵送で届いてビックリしました。
 こっそり送ってくれたことを思うとホロリときちゃいました。
  

 
 昨秋にはプロアマの選択で悩んだ時期もありましたが、
 今は『大学を選んで良かった』と家族で話しています。
 色々な面で順調にきているので。
 お客さんもこんなに入るとは思ってもいませんでした。
 ただ、これだけ騒がれて本人もありがたいと思う半面、
 責任感や普通の生活が出来ないという、不自由さを感じて
 いる面もあります。
 そういう時は
 『佑樹を多くの人が支え、応援してくれている。
  これからも気負うことなく今まで通りにやっていこう

 と話しているのです。 


 佑樹の野球人生はまだ始まったばかりです。
 今後4年間かけて1つ1つ積み上げていってほしい。
 技術だけでなく人間的にも成長してほしいと願っています。


                   ~斉藤しずこさん~

 親として見本となる斉藤佑樹投手のお母様の手記です。
 根本的な考えは親として当然の思い、考えであると思います。
 母親として、子に何をすべきか―。
 とても必要な“親心”だと思います。
 温かい家庭に育ち、ご両親の信念の強さが、今の“斉藤佑樹”を
 作り上げたのだと思います。
 子は親の背中を見て育ちます。
 将来の子供達の行く末を明るいものに導いて行くには
 親の“愛情”が必要なのです。
 『母親は大きな海であれ』―。
 子供達を寛大な心で包んでいくことが母親としての役目です。
『何苦楚魂』 心の交流
2007年06月09日 (土) | 編集 |
 『一緒に育てよう!』ブログを始めてからちょうど半年に
 なります。
 その間、たくさんの方々との交流があり、
 野球界を通して 色々な勉強をさせて頂いています。
 
 今日はその中で何苦楚魂 東京支局のdaiyaさんについて
 お話ししてみたいと思います。
 
 きっかけは『総合リンク』から。
 内容は、皆さんもご存知の、デビルレイズに今年入団した
 岩村明憲内野手(元ヤクルトスワローズ)の
 応援ブログです。

 岩村明憲選手の4月の活躍には、目を見張るものがあり、
 動物的な、躍動感あるプレーに
 息子は夢中になり、ファンクラブに入会しました。
 遠い日本ででも、応援できる!と。
 そして、『何苦楚!!』という気持ちが足りなかった息子に
 与えた岩村選手の影響力は大きく、
 今まで諦めていたことのその先も、歯を食いしばって
 踏ん張れる根性がついてきました。

 先週の県内の大会 決勝リーグに勝ち進んだ息子のチーム。
 2試合を勝ち進みいざ!決勝へ。
 相手は県内でも少年軟式野球の強豪とされているチーム。
 残念ながら5-0で敗れたものの、
 今後の課題を自ら得ることができた、
 これからにつながる実りある試合でした。
 
 息子の結果などは、このブログには書くまででもないと
 思っていたので、その日のコメント欄に
 目立たないように書いてはいたのですが、
 daiyaさんのお目に映ったようで、息子への温かいコメントを
 頂戴しました。
 
 そして、daiyaさんの心に異変(!?)が起こったので
 しょうか
 息子へのお守り―。
 ということで、岩村選手のサイン入りTシャツを贈りたい
 との要望で、正直 戸惑いました。
 とても大切な品を、ただで、しかもまだお会いしたこともない
 方からなどとは・・・。

 息子とも話し合い、
 『“何苦楚魂”に相応しい強い人間になりたい』と息子。
 何か目標を掲げ、daiyaさんとの間での公約を果たした時に
 プレゼントして頂けたら、daiyaさん・岩村選手に恥じない
 “誇り”を持てるし、それがお二人にとっても本望なのでは
 ないか、と思ったのです。

 daiyaさんの御好意に対し報えるように、目標に向けて邁進して
 いって欲しいですし、協力もしたいです。
 
 息子はかなりやる気になり“モチベーションが上がったよ!”
 と気合を入れて今日の練習に向かいました。
 これから練習見て来ようかと思います。

 daiyaさん、いつも息子を応援、励まして下さり
 感謝の気持ちで一杯です。
 この場を借りて お礼申し上げます。
 
                  
                   
DH制ないナ・リーグ敵地交流戦 打ち気は十分!!
2007年06月08日 (金) | 編集 |
 インターリーグに、怪物が赤バットを携えて登場する。
 DH制のないナ・リーグ敵地での交流戦に、松坂は打者として
 “メジャーデビュー”を飾る。
 その“赤い相棒”が完成した。  


 『チームカラーということもあり、赤にすることに
  しました』―。
 ナイキの松坂担当、原剛氏が説明した。
 レッドソックス移籍後、スパイクやグラブは、
 チームカラーの赤を基調としたものを使う機会が多かった
 松坂が、打撃でも“チーム愛”を貫いた赤バットを使用する。

 赤バットといえば、『打撃の神様』と呼ばれた元巨人の
 川上哲治氏が有名。
  
 現在日本ではバットの色が制限されているため、
 赤バットは使用できないが、
 メジャーではデビルレイズの岩村明憲内野手(28)が
 使っている。
  
 しかし、怪物のこだわりは、色だけではない。

 『去年と同じもの、というリクエストがありました』―。
 と原氏。
 横浜高校時代、甲子園で通算47打数16安打(打率.340)
 1本塁打と打撃センスも抜群の松坂。
 昨年6月9日の阪神との交流戦、
 甲子園でプロ1号を放った。
  

 メジャー仕様も、この時と同じ長さ85㌢、重さ900㌘、
 グリップエンドの直径は50㍉。
 野手のものと比べて、軽く、細めだ。
 その一方、ヘッドの部分は平均(63-64㍉)より太い
 65㍉。スイートスポットを広くするなど、
 バットにも細かく注文を出した。
  

 『ベケットが交流戦でホームランを打ったと自慢して
  いたんです』と松坂。
 今春のキャンプ中、2年連続でインターリーグで本塁打を
 放った同僚のジョシュ・ベケット投手(27)の
 “武勇伝”に対抗意識を燃やしていた。
 打ち気は十分。
 このままの先発ローテでいけば、6月11日(現地時間10日)
 のダイヤモンドバックス戦、23日(同22日)の
 パドレス戦で登板予定。
 怪物が剛球と赤バットの豪打で、敵をねじ伏せる。   


 高校野球では、『4番 ピッチャー○○くん』
 という選手はよくいる。
 松坂選手も当時4番。
 あの斉藤佑樹選手も地区大会や2年生の頃は4番。
 そして今年期待の大阪桐蔭 中田翔選手も4番。
 ピッチャーをやる子はバッティングセンスもいいし、
 基本的にどこの守備についてもこなしてしまう。
 イチロー選手も松井選手も高校時代はピッチャー経験者。
 松坂自身マウンドでのピンチを、自らのバットで
 ラクにするゲーム展開にも・・・(?)期待したいです。

 ちなみに、工藤公康投手が巨人時代、200勝を挙げた
 ゲーム。 打線が続かず緊迫した試合だったが、
 自身のホームランで勝利を呼び込み200勝投手となった。
 (この試合、偶然東京ドームへ観戦で行ってました。)

 松坂のバッティング、赤バットに注目です!
 
小久保裕紀のホームラン理論
2007年06月07日 (木) | 編集 |
 小久保の真骨頂、それは空高くアーチを描くホームラン。
 昔からチームに勝利を呼び込んでいた、
 レフトスタンドに突き刺さるホームラン。
 片手を上げるその独特のポーズは、男のトレードマークとなる。

 背番号『9』の中に小久保のそのポーズが描かれている・・・。
 実は、この姿にこそ、小久保裕紀の原点があるという。  

 驚くべきことに、天性のホームランバッターでは
 なかったという小久保。
 力の弱い選手がボールを飛ばすには、どうすればいいか。
 高校時代、試行錯誤の末、掴み取ったのだ。

 ではこの男の独自の『ホームラン理論』とは―。  

 それはボールへの力の伝え方。
 インパクトの直前に両脇を絞め、同時に両足を内側に
 絞り込むことで、パワーを凝縮させる。
 ボールを打つ瞬間、一気にその力を解放させ、
 そして真上に跳ね上げるイメージでボールを押し込む。


 高校時代から独自に作り上げた『ホームラン理論』―。
 こうしてしみついたあの姿。
 放物線を描くその姿に いつも見られる片手を上げた
 独特のポーズ。
 このトレードマークこそ、ホームランバッター
  
 小久保裕紀の信念と努力の証なのだ。

 『むちゃくちゃバットを振っていましたよ。
  その前にボクはランニングの量が半端じゃ
  なかったんですよ。
  ねじり上げる時の伝え方も、やっぱり下半身が
  かなりできていたから。
  小学校の頃は毎朝ランニングしていましたし、
  中・高もしていた。
  その日“やる!”と決めたら“やる!”という
  積み重ねだと思います』―。
  

 その意識の高さは、幼い頃も今も変わることなく
 プロ野球選手としての活躍を支えている。
 野球に関わる全てのこと、全ての人達に対しても
 真剣に向き合うことのできる男だ。
  
 

 この話は、息子にとってヒントになった。
 調度、バットに当たる瞬間に力が逃げてしまい
 思ったほど遠くに飛ばないで悩んでいたのだ。
 小久保選手のバッティング理論は忠実で、息子にも
 分かりやすかったようで、昨晩のバッティング練習では
 振った後、バットを跳ね上げるイメージで
 スイングしてみた。
 どうしても力に頼る所があり、アッパーに
 なる面があったが、なんとかきれいに返せるようになり、
 力みも無くなってきた。
 振り切った時にバットを跳ね上げるイメージを
 持ったことで、ボールが当たる瞬間の力を
 最後まで感じ取ることができたようだ。 

 練習を重ねて、毎日のランニング・トレーニングを欠かさず
 努力していってもらいたいし、
 一緒に上を目指して頑張っていきたいです!

 とても参考になった『小久保・ホームラン理論』でした。
   
松坂やっぱり『速球派宣言!』
2007年06月06日 (水) | 編集 |
 松坂が、あらためて速球にこだわる姿勢を見せた。
 ここまで7勝を挙げているものの、松坂自身が納得する
 投球には、ほど遠い。
 その解決策のカギが速球だった。
 『投球が楽になるのは真っ直ぐがいいとき。
  投げるボクも、組み立てる捕手もそうだと思う』―。
  


 これまでバリテックの要求は、変化球主体。
 『今ひとつバリテックに信用してもらえないところ。
  これはボク自身の問題です』―。

 松坂本来の投球の基本は、やはりキレのあるストレート。
 『速球派宣言』は、復調への第一歩だった。
Aロッド反則癖は直らない?!
2007年06月06日 (水) | 編集 |
 ヤンキースのアレックス・ロドリゲスは
 『おきて破り』的なプレーをして、よく批判を浴びている。

 5月22日レッドソックス戦では、併殺を崩そうと
 二塁へ激しく滑り込み、ペドロイア二塁手の足元に
 体当たりしながら、左腕で腰の辺りに肘鉄を食らわせた。

 併殺崩しのスライディングは
 『アグレッシブだがフェアープレーに』というのが
 メジャーの常識。
 『明らかな妨害やスパイクの歯を相手に向けること、
  ベースから離れている内野手の足元を目掛けて滑ること』
 などは、ご法度とされている。
 ペドロイアは『チープなプレーだ』と
 肘鉄を非難し、レ軍フランコナ監督も『あれは野球じゃない』
 と切り捨てた。

 ロドリゲスもさすがに悪いと思ったのか、
 翌日の練習中にペドロイアに直接、謝ったとか。

 けれども直後のブルージェイズ戦では
 『フェイク声掛けで相手の落球を誘う』騒ぎを起こした。
 『反則癖』は、簡単には直らないらしい。


 年俸数十億も稼いでるプレイヤーとは思えない。
 伝統のヤンキースにキズを付けるようなマネは
 してほしくないが、今のヤンキースの成績では
 そうせざるを得ないのかも。
 品格よりも失態が目立つ今のヤンキース。
 魅力が無くなってしまったように思う。
 
二塁からのサイン盗 バレれば報復
2007年06月06日 (水) | 編集 |
 サインを盗む行為は、メジャーで意外に多く行われている。
 ロッキーズのGM特別補佐ウォルト・ワイス氏が今季、
 大リーグ機構から試合中のベンチ入りを禁じられたのだが、
 同氏は試合中に相手のサインを盗むのが仕事だったとか。  

 ロッキーズから他球団に移籍した選手によって
 それが暴露され、ライバル球団が機構に
 『ベンチ入りしているコーチの人数が規定を超えている』
 と、クレーム。
 5年前からベンチ入りしてきたワイス氏を排除したのだった。
 
 暗黙のルールでは、二塁走者やベンチからサインを盗むのは
 『正当な行為』であり『駆け引きの一部』とされている。
  
 かといって黙認されるわけではなく、
 相手から気付かれれば報復を受ける。
  
 また、打者が打席で捕手のサインを盗むのは絶対にタブー。
 実際に盗んでいなくても、誤解を受けるようなしぐさを
 するだけでもダメで、次の打席で必ず報復を受ける
 ことになる。
  

らつ腕スカウトマン ジョン・ディーブル 
2007年06月05日 (火) | 編集 |
 毎回楽しみにしているサンケイスポーツ6/5日付け
 『球界インサイドリポート』(鷲田康氏)より。
 今回は、岡島の活躍でクローズアップされている
 レ軍とヤ軍のスカウトの差を取り上げています。
 
 
 レッドソックスの岡島が現地時間6/2日のヤンキース戦で
 メジャー初勝利を挙げた。
 ここまでの活躍からすれば、当然白星だったが、
 相手がヤンキースというのが何とも皮肉。

 松坂ではなく、岡島が活躍すればするほど、
 毎年、補強でしのぎを削るヤンキースとレッドソックスの
 スカウティングの差がクローズアップされることになる。
  

 昨オフに岡島がフリーエージェントを宣言した際、
 日本の球団もそれほど強い関心を示さない中、
  
 最も積極的に動いたのがレッドソックスだった。    
 その裏には豪州代表チームの監督なども務めた
 アジア極東担当スカウト、ジョン・ディーブル氏の
 存在があった。
  

 ディーブル氏は2004年のアテネ五輪で豪州代表の
 監督を務め、銀メダルの立役者となった。
  
 選手の潜在能力を見極めることにかけては、
 高い評価を受けている らつ腕スカウトだという。
  

 そのディブル氏の岡島に対する評価は、  
 『縦のカーブとチェンジアップは武器になる。
  投球フォームはユニークだが、スタイルが常に一定して
  いるから問題はない』というもの。
  
 一方、井川に対しては、  
 『チェンジアップを投げる時にフォームが緩むので
  そこを改善しなければ難しい』というものだった。


 その為レッドソックスは、松坂獲得が決まった時点で、
 岡島にターゲットを絞って獲得に動けた。
 一方でヤンキースは、松坂獲得に失敗して、急きょ井川に
 方向転換。
 日本での実績だけで岡島との比較検討もないまま
 井川に30億円もの“値段”を決めてしまった。
  

 『誰もがこれほどとは予想しなかった』といわれる
 岡島の活躍だが、レッドソックスにしてみれば  
 最初から“買い”は井川ではなく岡島だった。  

 中継ぎ崩壊で次々とゲームを落としていくヤンキースに
 とって、岡島の存在感は悔しいぐらいに
 きらびやかに見えるはずだ。
  
 表面的な実績ではなく、確かな目を持つスカウティングの
 能力の差が、チームの浮沈を左右する。

 日本の球団もヤンキースと同じ反省をすべきかもしれない。

上質の筋肉へ進化中
2007年06月04日 (月) | 編集 |
 昨日の東京6大学リーグ戦、早大・斉藤佑樹投手が慶大との
 2戦目に先発して、6回を4安打4失点に抑え
 9-5の勝利で2季連続39度目の優勝に導いた。
 1年生春に開幕勝利投手&優勝投手になったのは
 慶大・宮武三郎以来80年ぶり2人目の快挙で、
 先輩から胴上げされた。

 その斉藤佑樹投手の筋肉の質は早実時代に比べて
 大人へと進化している。

 体重は1月から7~8kg減り、直球のスピードは
 自己最速の149㌔に届かない。
 それでも結果を残す。
 
 斉藤投手を高校2年から3年間ハリ治療している鍼灸師は、
 『脂肪が減って細くはなっているけど、筋肉の質は数段
  良くなっているから、今の体重でも145㌔ぐらいは
  出ている』
と話す。

 筋肉の質が良ければ、腕の細い人が太い人に腕相撲で
 勝つこともある。
  
 早大・川上恭雄教授(42)は
 『ピッチャーの場合は腕の筋肉の末端が軽い方が
  スピードが出る可能性がある』と話す。
  

 多くのアスリートを見ている鍼灸師の目から見た
 斉藤投手の身体的な強みは何か―。
 『びっくりすることは何もない普通の体』と話す。
 ただ、『体のケアに対する考え方や気持ちはプロ以上』と
 続ける。

 早実時代、甲子園での連投を支えたハリ治療。
 リーグ戦中は試合の間隔が1週間なら2度、2週間なら3度
 ハリを打つ。
 登板2日前が一番効果がある。
 時にはボールを握り野球の感覚を保ちながら、8本のハリで
 30~1時間かけて全身に施す。

 疲れを取るだけではなく、握力を上げ腕の振りを
 速くするなどの効果がある。
  
 
 斉藤投手は成長過程にある筋力を、最大限に発揮する
 準備をしているから試合に臨んでいる。