日々様々なスポーツ界での出来事や、気になった記事を取り上げ考えていくブログです。
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困難な状況
2011年05月04日 (水) | 編集 |
福島第1原発から直線にして3㌔。
福島県双葉町にある県立双葉高校は“原発に最も近い高校”で、
この野球部は夏の甲子園大会に過去3回出場した
文武両道の伝統校としても知られる。
3回目となった94年は準優勝した樟南(鹿児島)に
3回戦で敗退したが、グリーンを取り入れたユニホームで、
校名を強く印象づけたものだ。

原発事故で町はゴーストタウンと化し、
学校は県内の喜多方高に仮事務所を開いた。
生徒の半数は磐城高、福島南高など県内5校が協力する
サテライト式で、5月9日から分散授業を受ける。
学校自体、地震と津波による被害は少なく部員たちが
『練習は続けられる』と思った直後に襲った“人災”だった。

10人いる3年生は、
『できるだけ1ヶ所に集まろう』と最後の夏に向けて結束し、
なんとか7人が磐城高で授業を受けることになった。
3人の2年生を加え目下13人で再開を目指している。
『用具は何もなく、各自で体作りをしている。
 みんな野球をやりたいだろう。
 歯がゆさでいっぱいだ』と田中巨人監督(37)は話す。

高校野球は各都道府県で春季大会が真っ盛りだが、
福島、宮城は中止になった。
同じように甚大な被害を被った岩手県は、
『中止した場合の沈滞ムードを避けたかった』と
今月19日から予定通り開くが、6月に宮城県で予定されていた
東北大会も中止が決まっている。

東京電力によると、原発事故収束に6~9ヶ月かかるという。
道は果てしなく遠い。
『町を元気づけるためにも夏は出る。
 しかし、来年以降を思うと・・・』と
田中監督は声を詰まらせる。

甲子園出場という何よりも貴重な経験を糧として、
何とかこの困難な状況を乗り切って欲しい。


            サンケイスポーツ 『甘口辛口』より
                       今村忠氏
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1、2年生の野手に逸材が目立った夏。~甲子園に見た筒香世代の影響~
2010年09月10日 (金) | 編集 |
           小関順二 = 文 


初回に先頭打者がヒットを放てば、チームは一気に活気づく。
今夏の甲子園大会でそうしたケースは27回あり、
その勝敗は17勝10敗。実に勝率.630という高さだった。

最も多く初回にヒットで出塁したのは、
優勝した興南の1番打者・国吉大陸の4回で、
続いて東海大相模・渡辺勝、成田・大木涼太、
関東一・山下幸輝の各3回(2勝1敗)と続く。
いずれもベスト8以上に進んでいるので、
今大会の“勝利の法則”であったと言えるだろう。

この中で国吉とともに目立ったのが準優勝チーム、
東海大相模の2年生の核弾頭・渡辺である。
準々決勝、準決勝、決勝の終盤3試合で先頭打者ヒットを放ち、
九州学院、成田戦では先制のホームを踏んでいる。
エースの一二三慎太が脚光を浴びていたが、
相手チームからは渡辺の強打と俊足もかなり警戒されていた。

~投手は3年生、野手は下級生に逸材が集まった理由~

この渡辺と同様、今大会は下級生の野手に注目が多く集まった。
主な選手の名前を挙げると、2年生では村井昇汰(北大津)、
海部大斗(履正社)、丸子達也(広陵)、北川倫太郎(明徳義塾)、
浜田晃成(延岡学園)、浜田竜之祐(鹿児島実)。
1年生では谷口一平(遊学館)、萩原英之、溝脇隼人(ともに九州学院)
などである。

投手は有原航平(広陵)、島袋洋奨(興南)といった
注目選手のほとんどが3年生なのに、
野手は下級生に逸材が集まっていた。
なぜだろうか。

昨年、野手は筒香嘉智(横浜)、今宮健太(明豊)、
堂林翔太(中京大中京)など、大豊作だった。
これは全国的な傾向であり、その分、
下級生だった現在の3年生は出場機会が限られていた。

これは、投手と違って試合経験がモノをいう野手にとっては
不利な状況である。
近年の高校野球の監督は、実力が同等ならば、
プレーが成熟していない3年生より、
来年を見込んで下級生を抜擢しようとする傾向がある。
そういう3学年のせめぎ合いが、
今夏の甲子園大会には濃厚に見て取れた。

下級生組の中でも、特に大物感が際立ったのが九州学院の萩原である。
準々決勝の東海大相模戦で敗退した後、
報道陣に向かって
「(一二三慎太は)そこまで凄い投手だとは思いませんでした」
と言い放った。
あと2年の間で、萩原はどんな成長曲線を描いていくのだろうか。


【筆者プロフィール 小関順二】

1952年神奈川県生まれ。日本大学芸術学部卒。
1988年ドラフト会議倶楽部を創設し、
模擬ドラフトで注目を集める。
Numberほか雑誌「週刊現代」にも野球コラムを連載中。
『プロ野球 問題だらけの12球団』(草思社)は
シリーズ10年目を迎えた。
他に『プロ野球のサムライたち』(文春新書)、
『プロ野球スカウティングレポート』(アスペクト)など著書多数。

仲間
2010年07月06日 (火) | 編集 |
サッカー日本代表の活躍がまだ脳裏に残る中、
高校野球も熱い。
8月7日に開幕する夏の甲子園大会を前に、
先月から地方予選が火ぶたを切った。
中でも注目は、岩手県立伊保内(いぼない)高校3年の
MAX147㌔右腕、風張蓮(かざはり・れん)投手(17)。
今月17日、県立西和賀と初戦を迎える。

伊保内高のある風張投手の故郷・九戸(くのへ)村は、
青森県との県境に近く、山に囲まれた養鶏の盛んな
のどかな土地柄だ。
ちなみに、一から九まで『戸』のつく市長村は青森県と
岩手県にあり(四戸だけ現存しない)、
その起源は平安時代とも鎌倉時代ともいわれる。

そんな古い歴史を持つ村に現れた期待の球児、
風張投手は身長1㍍80、80㌔の恵まれた体から繰り出す
剛速球と鋭いカーブが武器。
春の岩手県大会にはプロ10球団のスカウトが
集結したほどだ。
軟式野球部に所属した九戸中時代から私立の強豪校に誘われたが、
仲間5人とともに地元・伊保内高の硬式野球部に入った。

全員、志を高く持ち、高校生活最後の夏に県大会で優勝で
甲子園初出場を目指す。
野球部長の地歴公民科教師、飯塚高さん(33)によると、
『蓮は普段、口数の少ない真面目な子ですが、
 試合になると率先して声を出す。
 内に秘めた闘志はすごい』と語る。
歌が好きで『遠征の合宿ではEXILEのヒット曲をアカペラで
みんなと歌ってます』とチームの結束力も厚い。

プロ志望と見られ、
今秋のドラフトの目玉に躍り出る可能性もある。
昨年も、ハイレベルの岩手からは雄星(本名・菊池雄星)が
埼玉西武ライオンズ入りしたばかり。
世の中をワクワクさせてくれるスター選手に
育ってほしいものだ。


          サンケイスポーツ 『甘口辛口』より
                     森岡真一郎氏
ライバル物語の続きはプロで
2009年10月29日 (木) | 編集 |
明豊・今宮と常葉橘・庄司が決闘!  

                        氏原英明 = 文  

 ライバル――。

 その存在だけで、己を高められる相手、好敵手。

日々の練習の力となり、また、対峙するとなれば負けじ魂を燃やし、
その心が自らを未知なる領域へといざない、
スーパープレーを生みだしてくれる存在。

甲子園という大舞台はスター候補生が大勢集まる場所である。
優れたアスリートであればあるほど、
ハイレベルなライバルたちを目の当たりにして
その心に火がつくことになる。

 反骨心という言葉に置き換えてもいい。

強大なライバルの存在で成長してきた男、明豊・今宮健太。
今大会でそんな気持ちを糧に戦っている選手とは誰か?
そこで最初に浮かんだのが、
明豊の投手兼遊撃手・今宮健太である。

「自分は特にマスコミから注目されているような選手に
 ライバル心を燃やすタイプなので、
 負けたくないという気持ちは(甲子園にくると)
 どんどん強くなりますね」

今宮は、一人の野球人として、
最高の舞台・甲子園で最高のライバルを相手に
自分を試してみたいという高いプライドを持って大会に臨んでいた。

2回戦の西条との試合では、
相手の剛球投手・秋山拓巳を強く意識し
「相手は注目されている投手。
 彼の得意球ストレートを狙っていきたい」
と試合前から宣言していたほどだ。

そしてもう一人。
その今宮健太にライバル心をむき出しにしていたのが、
常葉橘の投手・庄司隼人であった。

この2人が20日の第1試合で激突。
試合前、傍から見てもあからさまに分かるほど
互いのライバル心は燃えたぎっていた。

「試合になったらヤバイくらい燃える」男、常葉橘・庄司。
 まずは今宮の言葉。

「新聞や雑誌でも、庄司は凄い球を投げると書いてあった。
 やりたかった選手の一人です。
 ライバル心を持つと力が出る方なので、
 1回戦は島袋(興南)、2回戦は秋山と対戦できて、
 本当に自分は運がいいと思っています。
 この2試合の反省もあるんで、
 それをいかしたい。チーム全員で……常葉橘を叩きたい」

 一方の庄司。

「地方大会のときから、今宮と対戦したいと思っていた。
 今宮はプロ注目で、僕よりも小さい体なのに、
 149kmを投げて62本のホームランを打っている。
 ライバル心はあります。
 今はそうでもありませんが、試合になったらヤバイくらい燃えると思う」  


 ~最初の対決は庄司の四球から始まったのだが…~  

 最初の対決は1回表にいきなり訪れる。

投手・庄司が打者・今宮に挑んだが、四球を与えてしまう。
庄司に力みが先行している。
3回表の第2打席もストレートの四球だった。

試合は1回表に明豊が2点を先制する展開も、
常葉橘は3回裏に5本の長短打を集めて逆転。
4-2とするとともに、
先発した明豊の先発左腕・野口をマウンドから引きずり下ろした。

そして、3回裏途中、今宮がマウンドに上がった。
アップもしていない状態での緊急登板だが、
今宮は3球連続ストレートを投じて7番・稲角を3球三振。
2球目は147㎞、3球目は150kmを計測する圧巻の投球だった。
次打者には151kmも記録した。

4回裏、投手・今宮―打者・庄司の直接対決。
その2球目、今宮のストレートは153kmを計測。
しかし、庄司は打ち返した。左翼前への2点適時打。庄司に軍配。

 6-2で常葉橘がリード。 


  ~庄司の心が燃え上がった瞬間――速球が唸りを上げた!~  

5、7回。投手・庄司―打者・今宮の対決では
今宮が2安打を放ち猛追をかける。
そして9回表。常葉橘1点リードで無死三塁。今宮が打席に立った。

庄司に戦う姿勢がありありと出る。初球から140km台後半を連発。

 ストレート、ストレート、ストレート、ストレート、ストレート、ストレート。

 145km、146km、147km、146km、146km、146km。

 小細工なしのストレート一本勝負。

 2-1からファール2球の後、今宮が軽打。右翼前へと運んだ。

 同点タイムリー。

  ~延長12回まで続いた2人の死闘。~

 9回裏、今度は投手・今宮―打者・庄司の対決。

真っ向勝負を期待した庄司に対し、
今宮は初球フォークから入り、コントロール重視のストレート、
フォークを投げ分け、最後も抑え気味のストレートで
セカンドゴロに打ち取った。
技で今宮が勝った。

11回表2死2塁から投手・庄司―打者・今宮の対決を迎えたが、
この時は庄司の制球が定まらずストレートの四球。

 2人の勝負はここで終わった。  

試合は延長12回表に2点を奪った明豊が、接戦を制した。  
  

「今までで一番楽しかった」今宮。「最高の甲子園」庄司。
 試合あとの、2人のコメント。

 今宮は……
「この勝負にチームで勝ったことは先につながる。
 庄司との力勝負には負けたくなかった。
 ライバル心が強いので、打てて良かったと。
 好投手から打てたことはこれから先にもつながるので」
と胸を張った。

153kmを出せたのは庄司によって力を引き出されたから?
という質問にも「それはある」と答え、
「野球をやっていて、今までで一番楽しかった」と素直に言葉にした。

 庄司は……
「ライバル心があったので、力勝負したい気持ちがあった。
 たとえそれでホームランを打たれてもいい、と。
 試合には負けてしまったけど、
 最高のマウンド、最高の甲子園……本当にいい勝負ができた。
 今宮は僕のことを知っていたかは分かりませんが、
 これからも今宮にライバル心を抱きながら、
 上のレベルに行って、もう一度勝負したい」



2人のライバル・ストーリーは、プロ野球で再開される!
強烈なライバル心を抱きながら激突した2人の物語。
'98年夏、松坂大輔と杉内俊哉が投げ合って
今日の活躍があるように、彼らもまた、
ここでの対決を境に大きく成長を遂げてくれるものと期待したい。

この対戦は彼らの野球人生にとって、序章に過ぎない。
野球を続ける限り、彼らのライバル・ストーリーは永遠に続いていく――。



  ~筆者プロフィール 氏原英明~

1977年ブラジル生まれ。
奈良大学を卒業後、地方新聞社でのアルバイト勤務を経て、
フリー活動を開始。
高校野球を中心に活動を続けるが、
野球を通じた人間性、人生観を伝え続け、
Numberのほかに野球専門誌で活躍。
WEBの世界でも「人間力×高校野球」(高校野球情報.com)
と題したコラムを連載している。
本当は皆メジャーに行きたい・・・ 日本野球界は菊池の涙に猛省せよ!
2009年10月26日 (月) | 編集 |
                         氏原英明 = 文  

 メジャー挑戦か、国内プロ入りか。

花巻東高・菊池雄星投手が、ついにその決断を下した。
25日に同校内で記者会見を開き、
「国内でのプレーを選択する」決意を表明した。
日米20球団との面談を行うなど、
自らの決断をドラフト4日前に発表した18歳の真摯な対応には、
敬意を表したいものだ。

 ~今の若い選手たちがいかにメジャーへの夢を抱いているか~

これを菊池は世間に知らしめてくれたと言っていい。
昨年の田澤純一(新日本石油→レッドソックス)に続いて、
今年も同じような騒動が起きたという現実は、
ドラフト上位候補の高校生が日本のプロを経ずに、
メジャーの舞台に挑戦する、
という事態が今後も起きる可能性を示している。

「菊池騒動」は彼本人の想いの深さだけによるものではない
ということを、日本の野球界は直視しなければならない。

今後、このような事態が起きた場合に、
日本球界はどのように対応していくべきなのだろうか。

 ~この騒動が契機になり、再び悲劇を繰り返さぬように…~  

今年、プロ野球実行委員会がとった菊池の
「流出対策」は成功したといえる。
たとえ菊池がメジャーに挑戦していても、
最大限のことはやり尽くしたといえるはずだ。
菊池本人が「メジャー挑戦」の想いを公言していたため、
誰にも悟られぬようにメジャー挑戦を決断されてしまった
田澤のケースとは事情が違う。
ドラフト前に、球団が選手と面談を行うということは
ほとんどないはずなのに、
それを実現させたことは昨年の轍は踏むまいという日本プロ野球界…
…いや、スカウト陣たちの熱い想いがあったからにほかならない。

とはいえ、若者の大志は面談だけで防げるものではない。
この騒動が契機になり、また同じようなことが起き、
異なる結果を招くことも十分考えられる。
昨年の田澤の件では、彼の復帰を抑制するという形で、
夢を抱いた人間への「仕返し」を決断した日本プロ野球組織だが、
実際は「規制」だけでは、いつまでたっても解決策は生まれない。

「田澤の気持ちは分かる」 あるドラフト1位選手の告白。
昨年のちょうどこの時期、田澤のメジャー挑戦について、
ある有名選手が興味深いことを話していた。
ちなみに、その選手は過去ドラフト1位で指名されており、
普通に入団を果たしている。

「田澤の気持ちは分かりますよ。
 今のプロ野球のルールだったら、
 いつメジャーに挑戦できるか分からないじゃないですか。
 入ってしまったら、いつ出られるか分からない。
 だから、今のうちに挑戦しようという気持ちはすごく分かる。
 僕は今の時点ではメジャーに行こうという気持ちがないので、
 田澤のようには思いません。
 でももし僕がいずれはメジャーに、
 という気持ちが少しでもあったら同じようにすると思います」

 非常に重い言葉である。

田澤と同年代の若い選手ならば、
今どきはそこまでメジャーを意識して計算しているのだ。
もっとも、彼らも日本のプロ野球に魅力を感じていない
というわけではない。
プロの球団が菊池を説得させる際に、口説き文句にあった
「日本で実績を残してからメジャーに行けばいい」というのも
本当によく理解している。
だが、そうした想いを抱いて日本のプロ野球界入りした選手たちが、
契約や規則を理由にメジャー挑戦を断念しているという現実を、
現代の若い選手たちはうすうす感じているのだ。  

  ~川上憲伸、上原浩治らのメジャー行きがあと5年早ければ~

我々、野球ファンが川上憲伸(ブレーブス)や
上原浩治(オリオールズ)にあと5年早くメジャーに行ってほしかった
と思うように、
菊池ら若い選手たちも同じ感情を抱いているのではないか。
入ってしまったら、自分もそうなるのではという懸念が生まれてくるのも
当然の話だ。

FAを短縮するのも、ドラフト前の交渉も、ひとつの案としてあるが、
それだけでは若者には訴えるものがない。
というよりも今、
若者たちの目に映っているプロ野球の閉塞感を
打破しなければいけないのではないか。

規制するよりもまず緩和すべきである。
メジャー志向が強くなってきているという現実を受け入れ、
解放する方向へと向かわなければならない。
それを紳士協定や日本野球のためにといって、
規制の柵を張り巡らしているから、
田澤や菊池の騒動が起こるのである。

スカウト活動にしても同様のことが言える。
甲子園などの全国大会では日本のプロ野球12球団に
「スカウト席」が用意されているが、
メジャーの球団にはそうしたものがない。
排除しているといった方がいいのかもしれない。
排除したからといって、メジャーのスカウトが自由に選手を見れない
と思ったら大間違いで、
「そっちがそうするなら」と奔放に動いてみせる。

スカウトといえば、誰もがバックネット裏で試合を見るとは限らず、
球場だけに足を運ぶわけでもない。
どこかでチーム関係者と接触を果たし、
日本のスカウト以上のことを彼らはしている。
実際には「紳士協定」などどこ吹く風なのだ。

  ~若者たちに閉塞感を植えつけ続ける日本のプロ野球界~

ただ、それもこれも彼らを排除するからであり、
規制するから起きるのだと思う。
極秘裏にメジャーと関わり、
独断で決断を発表した昨年の田澤問題に対し、
日本プロ野球組織はドラフト指名を拒否して
海外挑戦を選択した選手に関し、復帰制限措置を決めた。
しかしこのような規制こそが逆効果で、
プロを夢見るイマドキの若者たちに、
日本プロ野球界の閉塞感を伝えているだけだということに
なぜ気がつかないのだろうか?

世間を騒がせた菊池騒動は終焉を迎えたが、
昨年の田澤問題と含めて、
日本野球界に一石を投じたといっていい。
来年のドラフトの目玉と騒がれる早大の斎藤佑樹にも
メジャー挑戦が囁かれているが、
果たして、プロ野球界はどう変わっていくのだろうか。 


 規制しているだけでは、明るい未来は見えてこない。



    ~筆者プロフィール 氏原英明~

1977年ブラジル生まれ。
奈良大学を卒業後、地方新聞社でのアルバイト勤務を経て、
フリー活動を開始。
高校野球を中心に活動を続けるが、
野球を通じた人間性、人生観を伝え続け、
Numberのほかに野球専門誌で活躍。
WEBの世界でも「人間力×高校野球」(高校野球情報.com)
と題したコラムを連載している。