日々様々なスポーツ界での出来事や、気になった記事を取り上げ考えていくブログです。
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練習の進化 伸びた選手寿命
2009年06月12日 (金) | 編集 |
5月末の世界ボクシング評議会(WBC)フライ級タイトルマッチで、
34歳の王者、内藤大助選手が、
自分の持つ国内最年長防衛記録を更新した。
近年は30代王者も増え、若くして引退していた
ボクシングの印象を変えている。
米大リーグでは、45歳のランディ・ジョンソン投手(ジャイアンツ)
が4日に、通算300勝を達成した。
アスリートは、なぜ、長寿化しているのか。


日本ボクシング界では、1980年に上原康恒が31歳1ヶ月で
スーパーフェザー級王座を守り、最年長防衛記録を樹立した。
記録は長く破られなかったが、2006年に、
徳山昌守が31歳5ヶ月でスーパーフライ級王座を防衛。
翌年、内藤がさらに更新した。
現役では、32歳のスーパーバンタム級王者、
西岡利晃が5月に防衛を果たし、内藤に次ぐ記録を作っている。


こうした傾向について、
内藤のトレーナー、野木丈司さんは、
『練習の仕方や栄養の取り方が大きく変わったため』とみる。
従来、ベテラン選手は、疲労の蓄積を避けようと
練習量を落としがちだったが、
野木さんは『筋力を落とさないよう、むしろ増やした』という。
通常は3分ごとに休みをとるスパーリングを、
休憩なしで続けるなど内容をハードにする一方、
中身を毎日変え、刺激を与えるように工夫している。
減量も、綿密なカロリー計算をして、
空腹感を満たしながら減らすなど、絶食のような肉体に
ダメージを与える方法をとっていない。


長寿化は、プロ野球界でも同じだ。
阪神では、金本知憲選手、下柳剛投手の41歳コンビが投打の柱。
現役最年長、46歳の横浜、工藤公康投手は先月、
2年ぶりに勝ち投手となり、自らのセ・リーグ最年長記録を
更新した。


工藤投手の活躍は20代後半から球界でいち早く実践した
科学トレーニングの成果と見られ、
トレーナーを長年務めた白木仁・筑波大教授は、
『MRI(磁気共鳴画像装置)など医療機器の普及も重なって
科学的トレーニングが大きく発展した』と振り返る。


トレーニング法の発達に加え、内藤選手や工藤投手のように、
スポーツ選手の肉体への意識も以前より、高まっている。
今後も第一線で長く活躍するアスリートが続々と出てきそうだ。

                        読売新聞 『気になる』より
                                新田哲史氏  

テニスの伊達公子選手も、ウィンブルドンに出場を決め、
まだまだアラフォーと言われる選手らの活躍が目立ちます。
イチロー選手は日々、試合前の準備に時間をかけ
同じ動きを大切にしています。
本物のプロとは、自分を知る、ということなのかもしれません。
アフターケアを怠らず、準備に余念がないこと。
好きなことを長く続けていけることは、自分を大切にすることに
尽きると思います。
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ひじや肩 使いすぎに注意
2009年05月28日 (木) | 編集 |
スポーツのやり方を間違えると、
故障して運動が制限されるだけでなく、
日常生活に支障が出ることもある。
子どもの間で目立つのは、野球ではひじと肩、
サッカーではひざやすね、かかとの故障だ。
子どものスポーツ障害の問題に取り組んできた
東京厚生年金病院(東京)の整形外科部長、
柏口新二さんによると、

成長期の骨には新芽があり、そこが傷つきやすい。  

『指導者、保護者は、子どもがスポーツをすることの
 「リスク」も考えてほしい』としたうえで、
保護者にもできる体のSOSチェック法を教えてくれた。


例えば、ひじ。
手のひらを上に、左右の両腕を前に伸ばし、
ひじを曲げ伸ばして左右の角度を見る。
どちらか一方が肩につかない、伸びきらない場合は要注意。
  
専門家に診てもらった方がいい。
『子どもの場合、痛みがすぐになくなり、大したことないと判断し、
 手遅れになりがち』と、柏口さんは注意を促す。


次に、予防するにはどんな方法があるのか。
『国立スポーツ科学センター』(東京)の整形外科医、
奥脇透さんは、
  
『障害の原因を取り除くこと』とアドバイスする。
多くのスポーツに共通する障害の原因は、
特定の部位を偏って使うことにあり、休養はもちろんだが、
少年野球の投手でいえば、球数の制限も必要になる。
  

また、運動する前はウォーミングアップやストレッチで
体を温めて関節や筋肉を動きやすくし、運動後は、
肩、ひじ、ひざなど故障が起こりそうな箇所を触って
痛みがあるかどうかを確認することも大切だ。
体温、脈拍数、体重をチェックすることで、
体の内部の変化にも目を配りたい。
  

見過ごされがちだが、日頃の姿勢も大事だ。
日常生活からの体の一部に負担をかけ続けていれば、
運動で負担が加わることでケガにつながる恐れもあるからだ。
立つ時は、あごを引いて胸を張る。
お腹を締める。
足指で地面をつかむ。
イスに座る時も背筋を伸ばすようにする。
『小さい頃から歯磨きのように体の手入れを習慣づけてほしい』と、
奥脇さんは話している。


                      読売新聞 『くらし 学び』
                             ~健康プラス~より  

~ケガの予防策4か条~

①故障のリスクを知ろう
②偏った使い方を避ける
③運動後に必ず体を点検
④日頃からよい姿勢で
  


息子も小5の時、ひじを痛めてしまい、
その頃から上の予防策に今でも取り組んでいます。
ケガを恐れるのではなく、自分で意識し普段からケアをする、
大切なことです。
長く野球に関わりたいのなら、自分へのメンテナンスに
こだわりなさい、と うちでは話しています。
内藤選手 拳だけじゃない
2009年05月22日 (金) | 編集 |
内藤選手は1996年にデビュー。
2007年7月に世界王座をつかんだ時は、
さほど騒がれなかったが、
同年10月の防衛戦で亀田大毅選手を破って、
一躍人気者になった。
昨年3試合の視聴率(ビデオリサーチ調べ、関東地区)は、
26.3%、24.7%、25.6%。
中継したTBSの年間視聴率トップ3を独占する人気ぶりだった。

『内藤人気』の背景のひとつに、
彼の生い立ちがある。
母子家庭で育ち、思春期は いじめに遭っていた。
TBSの磯崎裕啓プロデューサーは、
『(内藤戦は)子供や主婦層が多く見ているのが特徴』
と指摘。
実際、いじめに悩む子供がボクシングジムの門をたたく例も
増えており、
元世界王者の大橋秀行・東日本ボクシング協会会長は、
『いじめに遭っている全国の人々に勇気を与えた』と
話している。


人柄も人気の要素だ。
『礼儀や謙虚さを説けるアスリート』と磯崎プロデューサー。
北海道弁の素朴な語り口は、人間味あふれる。
若い頃に、派遣社員として契約を切られた経験もあるといい、
反則行為をした大毅選手が謝罪へ訪れた際には、
『お互い頑張ろう』と励ます寛容さを見せた。
ボクシングファンのコラムニスト、勝谷誠彦さんは、
『内藤選手は、強さと優しさを備えた武士のよう。
 人々が失われた理想の日本人像を(内藤選手に)
 見ているからでは』と人気を分析する。


強さを誇示する亀田兄弟が席巻した05~06年ごろは、
IT長者など『勝ち組』を持てはやすムードが漂っていた。
しかし、その後、格差問題が深刻化。
弱者への配慮など日本古来の美徳も見直される中、
内藤選手は『時代の申し子』(勝谷さん)として、
大衆の心をとらえているのかもしれない。


野木丈司トレーナーは
『意欲がある限り、体力的には38歳までやれる』と
太鼓判を押す。
人気と王座防衛は、どこまで続くか。

                   読売新聞 『気になる!』より
                               新田哲史氏
スポーツは人生の教科書
2009年03月30日 (月) | 編集 |
読売新聞 『熱視線』 より  荒井秀一氏


『熱視線』というタイトルは、旬のスポーツシーンに
熱い視線を送る、という意味でつけた。
昨年3月に連載を始めるにあたって考えたのは、
  
『極力、関係者に会って、じっくり、話を聞いてみよう』
ということ。
  
スタート前は不安だったが、
恩師や専門家らの話が想像以上に興味深く、
助けられた思いで、いっぱいでもある。
  


例えば、イチローについて書いた時には、
マリナーズのトレーナー、森本貴義さんにインタビューした。
  
感心したのが、イチローが誰よりも早く球場に現れ、毎日、
黙々と準備メニューをこなしている、
という話。
  
森本さんは言った。
『彼は“イチロー”になっていくプロセスを自分で作り、
 ルーチン(一連の決まった動作)の中に
 入れている点がすごい』―。
  
8年連続200安打は、そんな積み重ねが実った大記録。  
森本さんによると、昨年も、シーズンが終わって、
5日間しか休まず、練習を開始したという。
  
頭に浮かんだのは、
『継続は力なり』という一般社会にも当てはまる言葉だった。
  

イチローと言えば、中京大・湯浅景元教授の分析も印象に残る。  
35歳のイチローの衰えについて聞くと、
教授はこう答えた。
『彼の性格から言うと一番、
 楽しい時期を迎えるんじゃないかと思う。
 困難とは思っていない可能性がある。
 チャレンジですよ』―。

WBCに向けても、イチローは  
『王座を守るのではなく、奪いに行く』と話していたが、
これこそ、チャレンジ。
教授の説明は、どんな人にも通じる困難への対処法でもあった。


このコラムは今回が最終回になる。  
1年間、『熱視線』を注いで見えたのは、
スポーツは人間ドラマが詰まっているから、
生き方の教科書になるということ。
  
サムライジャパンの優勝も、
チームがひとつになることの大切さを改めて教えてくれたような
気がする。



私はこの『熱視線』のコラムを読むのがとても好きで、
選手の表ではなく裏の部分を、丁寧に分かりやすく書いていて、
きめ細かな文章に毎回、心打たれていました。
色々な角度でたくさんのスポーツを愛し、
そこから学ぶ強い姿勢に敬服します。
また荒井秀一さんのコラム、楽しみにしたいです。


                
『これでいいじゃん』 心に余裕
2009年03月16日 (月) | 編集 |
フリースタイルスキー、モーグルの上村愛子(北野建設)が強い。
昨季はワールドカップ種目別優勝に輝き、今季もすでに2勝。
29歳の上村に何が起きたのか。
愛子の変容を探った。
               (読売新聞3月2日付け 三橋信氏)


数年前、昔の日記を読み返しながら思った。
『今、私何歳だっけ。
 次の五輪は、30歳かあ。
 無理していたら、疲れちゃうなあ。
 自然でいたいなあ・・・』

音楽の好みが変わった。
以前はにぎやかなモーグル会場に合うヒップホップや
レゲエを聴いていた。
いまは、クラッシックやジャズが多い。
『モーグルって、元気いっぱい滑るものだと思っていた。
 音楽もそういう音楽を聴くものだって。
 でも、そうじゃない。
 いいと思ったものを正直に聴こうと』―。
難聴のピアニスト、フジ子・へミングが好きだという。

以前は過剰なくらい気配りする女の子だった。
『この人、私に気を使っている、って気づくと、
 すいませんって思っちゃう』―。
スケジュールを立て、その通り運ばないとイライラするのに、
それを口に出さない。
『一人じゃないし、わがままかなって思っちゃう』―。
イライラする自分と、それを我慢している自分。
自称『実戦に弱いタイプ。もろい人』だった。

それが、少しずつ変わった。
いま、1年の半分をともに生活するチームメートのhとんどが年下だ。
自分をしっかり持った選手に囲まれ、
『何だ、私が一人で気にしているだけじゃん』
『気を使いすぎて失敗した』―。
そう思えるようになった。

変わりつつある上村を、幸運な出会いが後押しした。
3年前から指導を受けているフィンランド出身の
ヤンネ・ラハテラコーチは、7年前のソルトレーク五輪モーグル
金メダリスト。
滑りのスムーズさに定評のあるコーチの下で技術を伸ばし、
自信を持つことの大切さを教えられた。

せきを切ったように勝ち始めた。
昨年2月からW杯5連勝。今季も2勝。
通算9勝のうち7勝を、この1年間に挙げている。
『長く気づかなかった。“こう滑ればいい”という自信ができて、
 環境があって、指導者もいる。
 どのように調整すればいいのかも分かってきた。
 そして勝てた。
 気づくまで少し時間がかかったけど、“これでいいじゃん”
 って、思える』―。
ちょっとした心の持ちようや、精神面の充実。
『果実』は、手を伸ばせば届くところにあった。


フリースタイルスキーは、文字通り『自由なスタイル』のスキーだ。
滑って、跳んで、タイムも競う。
『何よりもスキーが好き。
 辛いことがあっても笑える。
 無心になれる』―。

五輪が行われるバンクーバーに近いスキー場で、
初めてモーグルに出会った中学2年の女の子は、
3度の五輪を経て、大人の女性に成長し、
再びカナダに戻る。