2008年07月15日 (火) | 編集 |
― 彼女さえいれば』 『不細工』など、
ネットの書き込みからは、容姿や異性関係に対する加藤智大
容疑者のコンプレックスがうかがえる。
内面的な若者に多く見られる自意識のあり方だ。
最近は、自分たちのことを『非モテ』『キモメン』(気持ち悪い男)
という言葉で卑下する若者も多い。
彼等は実際は醜くなくても、コミュニケーション能力不足が原因で、
異性経験が少なくなり、そのことだけで『負け組』と思い込む。
彼等は『努力すればモテるかも』と期待を持ち続けることを
つらいと感じることが多い。
加藤容疑者も、努力では変えられない外見に劣等感を集約し、
あえて自ら期待を断ち切ろうとしたのではないか。
―周囲に『アニメの女性は裏切らない』と語っていた点は
どう見るか。
いわゆる『オタク』たちがそうするように、
現実の女性の代わりに空想のキャラクターに興味を
示してみたのかもしれない。
ただ、彼は十分オタクにはなりきれなかった気がする。
私が知るオタクとは、モテなくても、キャラクター女性などで
それなりに満足できる。
そんな現実を仲間同士で自虐交じりのユーモアで語り合い、
居直ってみせることもできる。
そうしたコミュニティーに加藤容疑者も属していれば、
少しは楽になれたかもしれない。
―なぜ、なりきれなかったのか。
かつてはエリートだったという意識があり、
空想の世界に逃避することに心のどこかで抵抗があったのだろう。
家族関係を喪失した孤独感も想像以上に大きいと思う。
その空白を埋めてくれると信じていたのだが、
『彼女』という存在だったのではないか。
多くの引きこもりの若者を見てきて思うが、
家族という居場所は嫌悪感の対象になるが、
極端な行動に走らせない緩衝材にもなっている。
若者を孤立させないために、
今回の事件が家族のあり方を考えるきっかけになってほしい。
精神科医 斉藤環さん(46)
ネットの書き込みからは、容姿や異性関係に対する加藤智大
容疑者のコンプレックスがうかがえる。
内面的な若者に多く見られる自意識のあり方だ。
最近は、自分たちのことを『非モテ』『キモメン』(気持ち悪い男)
という言葉で卑下する若者も多い。
彼等は実際は醜くなくても、コミュニケーション能力不足が原因で、
異性経験が少なくなり、そのことだけで『負け組』と思い込む。
彼等は『努力すればモテるかも』と期待を持ち続けることを
つらいと感じることが多い。
加藤容疑者も、努力では変えられない外見に劣等感を集約し、
あえて自ら期待を断ち切ろうとしたのではないか。
―周囲に『アニメの女性は裏切らない』と語っていた点は
どう見るか。
いわゆる『オタク』たちがそうするように、
現実の女性の代わりに空想のキャラクターに興味を
示してみたのかもしれない。
ただ、彼は十分オタクにはなりきれなかった気がする。
私が知るオタクとは、モテなくても、キャラクター女性などで
それなりに満足できる。
そんな現実を仲間同士で自虐交じりのユーモアで語り合い、
居直ってみせることもできる。
そうしたコミュニティーに加藤容疑者も属していれば、
少しは楽になれたかもしれない。
―なぜ、なりきれなかったのか。
かつてはエリートだったという意識があり、
空想の世界に逃避することに心のどこかで抵抗があったのだろう。
家族関係を喪失した孤独感も想像以上に大きいと思う。
その空白を埋めてくれると信じていたのだが、
『彼女』という存在だったのではないか。
多くの引きこもりの若者を見てきて思うが、
家族という居場所は嫌悪感の対象になるが、
極端な行動に走らせない緩衝材にもなっている。
若者を孤立させないために、
今回の事件が家族のあり方を考えるきっかけになってほしい。
精神科医 斉藤環さん(46)
2008年07月15日 (火) | 編集 |
事件や社会問題には様々な顔があります。
読売新聞で企画された『アングル』というコーナーを
前回より何度か取り上げていましたが、
今回も載せてみたいと思います。
この『アングル』では、各方面の識者に多角的な視点から
分析してもらい、読者の方々に考えるヒントを
提供できれば、と企画されたようです。
今回は二人の心理療法医師、精神科医の先生のご意見を
紹介したいと思います。
― 加藤智大容疑者(25)は子ども時代、
親に干渉されたことを恨むような供述をしている。
子どもによる家庭内暴力の相談をよく受けるが、
そうした家庭では、親が勉強や生活について口うるさく
干渉していることが多い。
親の過干渉はそう珍しくことではないのだが、
ボタンの掛け違いが積み重なっていくと、
不満が憎しみへと変化してしまうことはある。
加藤容疑者も同じなのかもしれない。
― 携帯サイトにも延々と親への不満が書き込まれている。
『25歳にもなってなぜ』というのが世間一般の感覚だと思うが、
私のところに相談に来るケースでも、30歳代、40歳代になっても
親との問題を抱えている人が少なくない。
年齢に関係なく、関係修復のきっかけをつかめなければ
いつまでも親との確執を抱き続ける。
加藤容疑者もタイミングをつかめないまま、長い時間をかけて、
親を憎む心が凝り固まってしまったのではないか。
― 事件の根はどこにあるのだろうか。
価値観の違いから生じる親子の対立など
思春期の問題を一緒に乗り越えられなかったところから
始まっているのではないか。
加藤容疑者が携帯サイトに書き込んだ
『親に捨てられた』などの言葉からは、大人になりきれずに
親に強くわだかまりを持ち続けている様子が感じられる。
他者とうまく関われないのは、友人や教師との関係もそうだが、
家族間で共感したり互いに認め合ったりする経験が乏しかった
からではないだろうか。
― 家族の結びつきが弱まりつつある中、どんな解決策が
あるだろうか。
たとえ家庭内でそうした経験が積めなくても、
一定のコミュニケーション能力を磨けるように、
学校教育などでも、自分の感情をうまく表現する
トレーニングを取り入れる必要があると思う。
淀屋橋心理療法センター所長
医師 福田俊一氏
読売新聞で企画された『アングル』というコーナーを
前回より何度か取り上げていましたが、
今回も載せてみたいと思います。
この『アングル』では、各方面の識者に多角的な視点から
分析してもらい、読者の方々に考えるヒントを
提供できれば、と企画されたようです。
今回は二人の心理療法医師、精神科医の先生のご意見を
紹介したいと思います。
― 加藤智大容疑者(25)は子ども時代、
親に干渉されたことを恨むような供述をしている。
子どもによる家庭内暴力の相談をよく受けるが、
そうした家庭では、親が勉強や生活について口うるさく
干渉していることが多い。
親の過干渉はそう珍しくことではないのだが、
ボタンの掛け違いが積み重なっていくと、
不満が憎しみへと変化してしまうことはある。
加藤容疑者も同じなのかもしれない。
― 携帯サイトにも延々と親への不満が書き込まれている。
『25歳にもなってなぜ』というのが世間一般の感覚だと思うが、
私のところに相談に来るケースでも、30歳代、40歳代になっても
親との問題を抱えている人が少なくない。
年齢に関係なく、関係修復のきっかけをつかめなければ
いつまでも親との確執を抱き続ける。
加藤容疑者もタイミングをつかめないまま、長い時間をかけて、
親を憎む心が凝り固まってしまったのではないか。
― 事件の根はどこにあるのだろうか。
価値観の違いから生じる親子の対立など
思春期の問題を一緒に乗り越えられなかったところから
始まっているのではないか。
加藤容疑者が携帯サイトに書き込んだ
『親に捨てられた』などの言葉からは、大人になりきれずに
親に強くわだかまりを持ち続けている様子が感じられる。
他者とうまく関われないのは、友人や教師との関係もそうだが、
家族間で共感したり互いに認め合ったりする経験が乏しかった
からではないだろうか。
― 家族の結びつきが弱まりつつある中、どんな解決策が
あるだろうか。
たとえ家庭内でそうした経験が積めなくても、
一定のコミュニケーション能力を磨けるように、
学校教育などでも、自分の感情をうまく表現する
トレーニングを取り入れる必要があると思う。
淀屋橋心理療法センター所長
医師 福田俊一氏
2008年07月03日 (木) | 編集 |
読売新聞 『アングル』より。
― 加藤智大容疑者(25)はなぜ犯行現場に秋葉原を
選んだのだろう。
秋葉原はインターネットの掲示板のような街だ。
ゲーム、フィギュア、パソコンなどの様々な分野の
スレッド(掲示板)に様々な立場の人間が書き込むのと同じように
色々な趣味の人が各地から集まってくる空間だ。
携帯サイトへの書き込みから想像すると、彼は孤独で、
誰かとつながりたかったのだろう。
秋葉原も携帯サイトも、遠い所にいても興味が同じなら
つながることができる世界。
どちらも彼の理想郷だったのではないか。
私が秋葉原に行くようになったのは中学生の頃。
音楽を聴くカセットの生テープを買いに月に2回は
通ったものだ。
かれこれ30年以上たち、その間、家電の街からパソコンの街へ、
さらにパソコンのソフトやゲーム、漫画などに主役は移ったが、
今も全て混在するのが秋葉原の良さ。
しかし、街の変化につれ、集う人は互いに無関心になった気がする。
最近、茨城県土浦市の連続殺人事件など、
凶行に走った若者が秋葉原に執着していたと
報じられることが多いが、
その無関心や孤独を秋葉原なら受け入れてくれると
思ったのではないか。
― なぜ自分の『理想郷』で犯罪を犯したのだろう。
秋葉原を歩くほかの人は楽しそうで、自分だけが苦しい環境に
あると思い込む、いわば近親憎悪のような感情なのかもしれない。
同じような境遇の人は大勢いる中、
彼だけが一線を越えてしまったのは、
『一度負けたらおしまい』という思いに
とらわれ過ぎていたからでは。
こうした風潮は広がっている。
親が『再チャレンジは無理』と思っているから
子どものお受験にやたらと力を入れ、
教師や官僚も失敗を恐れ何事も無難に過ごそうとする。
失敗しても這い上がれる『柔らかな粘り』のようなものを
子ども達が学べる環境を作るべきだ。
作家 石田衣良さん(48)
― 加藤智大容疑者(25)はなぜ犯行現場に秋葉原を
選んだのだろう。
秋葉原はインターネットの掲示板のような街だ。
ゲーム、フィギュア、パソコンなどの様々な分野の
スレッド(掲示板)に様々な立場の人間が書き込むのと同じように
色々な趣味の人が各地から集まってくる空間だ。
携帯サイトへの書き込みから想像すると、彼は孤独で、
誰かとつながりたかったのだろう。
秋葉原も携帯サイトも、遠い所にいても興味が同じなら
つながることができる世界。
どちらも彼の理想郷だったのではないか。
私が秋葉原に行くようになったのは中学生の頃。
音楽を聴くカセットの生テープを買いに月に2回は
通ったものだ。
かれこれ30年以上たち、その間、家電の街からパソコンの街へ、
さらにパソコンのソフトやゲーム、漫画などに主役は移ったが、
今も全て混在するのが秋葉原の良さ。
しかし、街の変化につれ、集う人は互いに無関心になった気がする。
最近、茨城県土浦市の連続殺人事件など、
凶行に走った若者が秋葉原に執着していたと
報じられることが多いが、
その無関心や孤独を秋葉原なら受け入れてくれると
思ったのではないか。
― なぜ自分の『理想郷』で犯罪を犯したのだろう。
秋葉原を歩くほかの人は楽しそうで、自分だけが苦しい環境に
あると思い込む、いわば近親憎悪のような感情なのかもしれない。
同じような境遇の人は大勢いる中、
彼だけが一線を越えてしまったのは、
『一度負けたらおしまい』という思いに
とらわれ過ぎていたからでは。
こうした風潮は広がっている。
親が『再チャレンジは無理』と思っているから
子どものお受験にやたらと力を入れ、
教師や官僚も失敗を恐れ何事も無難に過ごそうとする。
失敗しても這い上がれる『柔らかな粘り』のようなものを
子ども達が学べる環境を作るべきだ。
作家 石田衣良さん(48)
2008年07月03日 (木) | 編集 |
昨日に引き続き、読売新聞『アングル』より。
― 加藤智大容疑者(25)が携帯サイトの掲示板に
書き込んだ内容が注目されている。
誰かに読んでほしいという気持ちもあると思うが、
基本的には自分に言い聞かせ、行動を起こす手段だったと思う。
言葉にすることでイメージは具体化する。
もし掲示板がなければ、社会に対する漠然とした不満を抱え
続けるだけで、行動には移せなかったかもしれない。
― 『不細工』『彼女ができない』などと
自虐的な書き込みが目立つ。
恵まれない状況を他人のせいにしているだけだろう。
『不細工』と繰り返すことで、『私を産んだ親が悪い』と
責任転嫁している。
『書き込みを見て犯行を止めてほしかった』
とも供述しているようだが、裏を返せば
『止められなかった社会が悪い』と主張しているように思う。
― 1日200回以上書き込むこともあったようだ。
身近な出来事を実況中継するかのように書き込みを繰り返す、
いわゆるリアルタイムブロガーだ。
メールのやりとりには相手が必要だが、
掲示板なら友人がいなくても書き込める。
10〜20の掲示板に登録し、
誰かに嫌な書き込みをされるとすぐ別の掲示板に移る人も多い。
そこにあるのは、
『いつでもリセットできる人間関係』だ。
― 事件後もネットで犯行予告をして逮捕される若者が
後を絶たない。
グリコ・森永事件など、類似の犯行予告が出されることはあったが、
手紙などの投函先は警察や一部マスコミなどに限定されていた。
ネットなら、自分の書いたことをそのまま見てもらえるので、
ネット仲間の反応を楽しもうと気軽に予告してしまうのではないか。
数多い書き込みの中で、自分だけが特定されるとは
思っていないのかもしれない。
大学教授 加藤主税さん(61)
― 加藤智大容疑者(25)が携帯サイトの掲示板に
書き込んだ内容が注目されている。
誰かに読んでほしいという気持ちもあると思うが、
基本的には自分に言い聞かせ、行動を起こす手段だったと思う。
言葉にすることでイメージは具体化する。
もし掲示板がなければ、社会に対する漠然とした不満を抱え
続けるだけで、行動には移せなかったかもしれない。
― 『不細工』『彼女ができない』などと
自虐的な書き込みが目立つ。
恵まれない状況を他人のせいにしているだけだろう。
『不細工』と繰り返すことで、『私を産んだ親が悪い』と
責任転嫁している。
『書き込みを見て犯行を止めてほしかった』
とも供述しているようだが、裏を返せば
『止められなかった社会が悪い』と主張しているように思う。
― 1日200回以上書き込むこともあったようだ。
身近な出来事を実況中継するかのように書き込みを繰り返す、
いわゆるリアルタイムブロガーだ。
メールのやりとりには相手が必要だが、
掲示板なら友人がいなくても書き込める。
10〜20の掲示板に登録し、
誰かに嫌な書き込みをされるとすぐ別の掲示板に移る人も多い。
そこにあるのは、
『いつでもリセットできる人間関係』だ。
― 事件後もネットで犯行予告をして逮捕される若者が
後を絶たない。
グリコ・森永事件など、類似の犯行予告が出されることはあったが、
手紙などの投函先は警察や一部マスコミなどに限定されていた。
ネットなら、自分の書いたことをそのまま見てもらえるので、
ネット仲間の反応を楽しもうと気軽に予告してしまうのではないか。
数多い書き込みの中で、自分だけが特定されるとは
思っていないのかもしれない。
大学教授 加藤主税さん(61)
2008年07月02日 (水) | 編集 |
事件や社会問題には様々な顔があります。
読売新聞で企画された『アングル』というコーナーを
今回から何度か取り上げてみたいと思います。
この『アングル』では、各方面の識者に多角的な視点から
分析してもらい、読者の方々に考えるヒントを
提供できれば、と企画されたようです。
第一弾は、東京・秋葉原で起きた無差別殺傷事件。
逮捕された加藤智大容疑者(25)の心理や
事件の背景を読み解いてもらいます。
1997年に14歳の少年による神戸連続児童殺傷事件が
起きて以降、同世代の少年による凶悪事件が相次ぎ、
『酒鬼薔薇世代』と呼ばれた。
この世代だけを問題視するのは疑問だが、
若年層でストレスに対する耐性が弱まっているのは確か。
これまで個人のストレスを緩和・吸収していた地域や家族などの
共同体が崩れ、若者が『自己責任』の名の下、
優勝劣敗が露骨に表れる状況におかれている。
― 過去の凶悪事件では、ネット上で犯人を
『神』などと英雄視する書き込みが見られた。
酒鬼薔薇事件以降の傾向だが、今回は特に携帯サイトに
書き込まれた加藤容疑者の言葉が、
若者の共感を呼んでいる点は要注意だ。
まるで自分の『隣人』のような感覚でとらえている。
テレビ番組にも『書き込みは心に響くものがある』などの
投書が寄せられていた。
危うい風潮だ。
格差問題などの社会に責任を転化するような一面的な議論に
触発されて、反社会的な行動を助長してしまうことにも
つながりかねない。
― こうした風潮にどう対処すべきか。
もちろん事件の一背景である社会経済状況の改善は重要だ。
事件を機に、ようやく国が派遣労働のあり方を見直すことになったが、
これが凶悪犯の『手柄』になるようでは情けない。
本来は事件が起きる前に、政治家や官僚が手を打って
おくべき問題ではないか。
ただ、こうした事件の動機形成を一つの要因だけに
求めるのは間違いだ。
事件の主因はあくまでも容疑者の資質や育成史であって、
派遣労働やサブカルチャーの問題などは従因だ。
せめて主因と従因を分けて報道する必要がある。
この点で混乱している報道や評論が多かった。
冷静で科学的な分析が求められる。
宮崎哲弥氏(45)
評論家
読売新聞で企画された『アングル』というコーナーを
今回から何度か取り上げてみたいと思います。
この『アングル』では、各方面の識者に多角的な視点から
分析してもらい、読者の方々に考えるヒントを
提供できれば、と企画されたようです。
第一弾は、東京・秋葉原で起きた無差別殺傷事件。
逮捕された加藤智大容疑者(25)の心理や
事件の背景を読み解いてもらいます。
1997年に14歳の少年による神戸連続児童殺傷事件が
起きて以降、同世代の少年による凶悪事件が相次ぎ、
『酒鬼薔薇世代』と呼ばれた。
この世代だけを問題視するのは疑問だが、
若年層でストレスに対する耐性が弱まっているのは確か。
これまで個人のストレスを緩和・吸収していた地域や家族などの
共同体が崩れ、若者が『自己責任』の名の下、
優勝劣敗が露骨に表れる状況におかれている。
― 過去の凶悪事件では、ネット上で犯人を
『神』などと英雄視する書き込みが見られた。
酒鬼薔薇事件以降の傾向だが、今回は特に携帯サイトに
書き込まれた加藤容疑者の言葉が、
若者の共感を呼んでいる点は要注意だ。
まるで自分の『隣人』のような感覚でとらえている。
テレビ番組にも『書き込みは心に響くものがある』などの
投書が寄せられていた。
危うい風潮だ。
格差問題などの社会に責任を転化するような一面的な議論に
触発されて、反社会的な行動を助長してしまうことにも
つながりかねない。
― こうした風潮にどう対処すべきか。
もちろん事件の一背景である社会経済状況の改善は重要だ。
事件を機に、ようやく国が派遣労働のあり方を見直すことになったが、
これが凶悪犯の『手柄』になるようでは情けない。
本来は事件が起きる前に、政治家や官僚が手を打って
おくべき問題ではないか。
ただ、こうした事件の動機形成を一つの要因だけに
求めるのは間違いだ。
事件の主因はあくまでも容疑者の資質や育成史であって、
派遣労働やサブカルチャーの問題などは従因だ。
せめて主因と従因を分けて報道する必要がある。
この点で混乱している報道や評論が多かった。
冷静で科学的な分析が求められる。
宮崎哲弥氏(45)
評論家




