日々様々なスポーツ界での出来事や、気になった記事を取り上げ考えていくブログです。
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本当に好きなことを見つけて
2009年04月14日 (火) | 編集 |
バンド『シャ乱Q』でデビューし、プロデューサー、
作詞・作曲家としても活躍している つんく♂さん。
昨年出版した『一番になる人』(サンマーク出版)では、
『凡人』だという自分が一番に上り詰めるまでのノウハウを
伝授している。
会社経営者でもある立場から、この不況を乗り越え、
幸せに働くためのメッセージを語る―。

             読売新聞 『オンの才人 オフの達人』より


本の中で、夢や目標に向かって『妄想』するだけでなく、
うまくいかなかったことも含め、
様々なパターンを想定しておくことが大事だと書きました。
  
物事がうまくいく妄想をしたら、
次に失敗するケースを妄想しておき、
それを回避する対策を取る。
どんな失敗にも落ち着いて対処するためで、
危機管理につながります。
  


子供の頃、実家の塩干・乾物屋を手伝った経験が、  
今の自分の原点にあります。  
売り場で創意工夫して商売するのは楽しかったけれど、  
それは『得意』であって、『好き』ではなかった。  
自分の中で  
『得意』と『好き』をしっかり区別しておくことは大切です。  
もちろん、得意だから、それを仕事にするのもアリだと
思いますが、『好き』のエネルギーにはかないません。
  

ただ、学生の頃には
『これが本当に自分の好きなことなのか分からない』
『好きなことが見つからない』
という人もいるかもしれません。
そういう時は、
  
『この人の言うことなら聞ける』
『この人になら3年間捧げてももいい』と思えるような
『心の師匠』を見つけ、
3年間、その人の下で修行する。
その間に、自分が本当に好きなことが見つかるかも
しれません。
  

『石の上にも3年』のことわざがある通り、
若い人には、弟子でも下積みでも、
3年は我慢して頑張ってほしい。
苦しくても、永久にこの苦しみが続く訳ではありません。
  
僕たちには『音楽で売れたい』という希望があったので、
どんなに苦しくても頑張ってこられました。
  


昨年、子ども達のリズム感を育てるゲームソフトを
プロデュースしました。
リズムを教えるというと、日本ではまず理論から入りがちですが、
そうではなく、音符の前にリズムがあって、
跳んだり跳ねたりが楽しめるよう、
ゲームで学べる内容にしました。
いずれこのリズムを学んだ人が、世界で通用するシンガーに
育ってくれたらうれしいですね。
  


世界的に景気が悪化していますが、日本もこの2、3年が
山場だと思います。
まず食や住が優先され、人々が音楽にかけるお金も削られ、
音楽を取り巻く状況は厳しい。
けれど、どんな時代にも音楽は必要で、
これまでも逆境ほどヒット曲が生まれてきました。
自分が苦しい時は、上司も会社も同じように苦しいんです。
  
愚痴を言うのは簡単だけど、
愚痴を言っても世の中は変らない。
だったら、その代わりにポジティブで楽しいことを言った方が
人生は楽です。
  
24時間のうち23時間は必死に働いても、
後の1時間だけは笑っている時間を作ればいい。
そうした幸せな時間を1日いくつ作れるかが大事で、
世の中は厳しくても、
自分の心まで病気になってしまってはダメ。
それは、自分の心持ち一つで変えられることです。
  
昔から、お祭りに行くよりは、
屋台などお祭りに参加するのが好きなタイプ。
  
目の前にいる人が
『面白かった』『楽しいね』と感動してくれるのが嬉しくて、
その一言を常に待っている気がします。


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懸命に生きる それが幸せ
2009年04月13日 (月) | 編集 |
85歳となった作家、
佐藤愛子さんの新刊『院長の恋』(文芸春秋)は、
人生にふと訪れる喜びや悲しみをユーモアあふれる筆致で
描いた短編集だ。
帯には『これが最後の作品集』とあり、
5編を収めるが、そこから浮かび上がるのは、
生きることへの絶対的な肯定とも言うべき眼差しである。


父・佐藤紅緑、異母兄・サトウ八チローら
破天荒な佐藤家の人々を12年かけて描いた『血脈』
(2001年刊)以来、久々の小説となった。
刊行まで時間が空いたのは、
『「血脈」でエネルギーを使ったんでしょう。
 その後、小説が書けなくなってしまって』―。
しばらくエッセーばかりをしたためたが、
身辺雑記を記すエッセーは、どうしてもパターン化していく。
自分でも『嫌だな』と感じ始めた頃、
文芸春秋から小説執筆の依頼が来たのだという。
締め切りも枚数も決めない。
自由に書き、書けた段階で順次、雑誌に載せていく、
という条件で。

『それがありがたかった。
 昔は、借金とか生活の為とかに無理やり搾り出していたけど、
 今回は時間をかけ、じっくり書けましたから。
 かつて書き散らしたものを全部捨て、
 これだけを残しておきたいぐらいです』―。

確かな手応えが、『最後の作品集』という帯の言葉に
つながったのだろう。
『次に書くものが、これより落ちるのはイヤ。
 それぐらい、自分でも気に入っているんです』―。


そんな言葉の通り、5編はどれも人間の心の機微を描き、
実に味わい深い。
表題作では、妻子に恵まれ、病院長としても尊敬される
52歳の男が、20歳近く若い女に恋い焦がれ、右往左往する。
『離れの人』では、昔の恋人の前に姿を現した男の霊が、
自分を思い出してもらえぬことに嘆息しながら、やがて、
自分が悲しんでいる理由すら分からなくなる。
『沢村校長の晩年』では、
妻に先立たれた主人公が、お手伝いの過分な善意に辟易とし、
最後は憎みさえするのに、結局受け入れてしまう。


時に滑稽で、時に切ない。
まさにそれが、人生である。
誰もが山や谷を越え、生きて行く。
『人は、かく生きてかく死んだ、それだけだ、という思いが、
 私の芯の部分にあるんです。
 何が幸せで何が不幸かなんて、その時には分からない。
 ただ、大事があれば、そこで精いっぱい頑張って生きる。
 それが幸せということだと思う』―。

その境地に達するには、『荒ぶる血』を持つ佐藤家の男達に
振り回され、自身も結婚で苦労した経験が大きかったという。
最初の夫はモルヒネ中毒、次の夫は膨大な借金を作った。
『もう、悲劇的なことを面白く見立て、笑うしかないんです。
 ひどい話でも、面白おかしく他人に話して笑ってもらえれば、
 自分も一緒に笑い、慰められる』―。

そう生きられれば、ちょっとしたイライラならすぐ解決されるだろう。
例えば電車の中で化粧をする女性を見た場合―。
『ブスがきれいになっていくのを見て、
 さて化けた後、どこに行くのかと想像してみるんです。
 男に会う?なら、男はこの女を美人と思っているのか?
 もし結婚したら、化粧を落とした朝の顔を見て、
 男は失望するのか、あきらめるのか。
 そう考えると、楽しくなるでしょう』―。


もちろん、今の日本の状況にまで視野を広げれば、
簡単に笑い飛ばせるものばかりではない。
だが、
『愚痴をこぼしたり絶望したりする暇があるなら、
 何か出来ることを探せばいい。
 日本人は豊になり、傲慢になった。
 だから少し謙虚になり、立ち直るチャンスにすればいい』―。

辛いことを、笑って紛らわせもするが、
最後には、しっかりと受け止める。
愛子節、健在である。

                  読売新聞より