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“伝説”にもなった下半身主義
2009年06月23日 (火) | 編集 |
現役時代の晩年から第一次監督時代にかけてのこと。
長嶋さんは独特の「打者観察法」というか、
打撃技術論をしていた。
「バッティングの要諦は下半身にあり」というものである。
  

これは、大量に所有している大リーグ名選手の打撃フォームの
映画フィルムコレクションを繰り返し見るうちに会得した。
  
大リーガーの打撃フォームは千差万別。
日本のように武術、芸事にある“型”と言う伝統を
持たない大リーグでは、
選手それぞれが個性あるフォームで打っている。
その中から長嶋さんは、ある共通したものを見つけたのだった。 
  

『腰から下、下半身の動きの大切さだね。
 腰の回転が鋭く切れているかどうか。
 右打者ならば右足、左打者ならば左足の蹴りこみが
 スイングのときに十分働いているかどうか。これがポイントだ』―。
  

現役時代の長嶋さんは、
フォームで打つタイプの打者ではなかった。
従ってスランプになっても、他の選手がよくやる自分の調子が
よかったときの連続写真で打撃フォームの再点検をすることは
あまりやらなかった。
  
気をつけていたのは、腰が切れているか、
右足のけりが十分かの2つだけだったそうだ。
  

『上半身のフォームが少しぐらい崩れても、
 下半身さえしっかりしていれば、
 強い打球が生まれるものだ。
 打撃練習で選手の下半身の動きを見ていれば、
 だいたい試合で打てそうかどうかは分かる。
 腰から下の動きだけで、
 打球音を聞かなくてもいい当たりかどうかは判断できるし、
 打球の方向も当てられる…』―。

そして、  
『選手時代は自分の下半身、監督になってからは
 選手の下半身の動きばかりを気にしていたのだから、妙なもの』
と、長嶋流になってくる。
  

さらに長嶋流打撃術には“伝説”がある。  
選手にバットの素振りをやらせ、長嶋さんは目をつぶって
バットが空気を切る音を聞いて、
正しいスイングかどうかを判断するそうだ。
居合いで刀を振る剣士たちは、正しい刀の操作を
太刀風の音で判断するから、納得だが、
ある選手が電話をかけたところ、長嶋さんは
『バットを振ってみろ』と言って、
電話でスイングの音を聞いてアドバイスしたという。
いかにも長嶋さんらしいが、
ちょっとすごすぎる伝説ではなかろうか。
  



長嶋茂雄という男は、天才の域を超越した野球の神様だな、と
この記事を読んで改めて感じました。
うまく説明できないけれど、野村監督の理論的な考えとは間逆の
天性で野球を会得した選手・・・と思っていましたが、
経験し会得した中で独自の“長嶋流理論”が備わった言動なのだな、
と理解できました。
野球の奥を知る選手ならではの記事でした。

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「命と男」をかけたスイング
2008年12月08日 (月) | 編集 |
長嶋茂雄の選手時代にドーム球場はなかった。
雨が降れば中止。
多摩川の雨天練習場か、相手の練習場を借りて練習した。


長嶋も参加はするが、たいていは適当に汗を流して
「ハイ、お疲れさん」と、早めに引き上げた。
王貞治らは「ミスター、雨、嫌いだから」と笑っていたが、
  
実は長嶋の“本番”はその後だった。

東京・田園調布の自宅地下には
賞状やトロフィーを飾る部屋が造られており、
バットスイングができるようになっている。
家に戻ると、ここへ直行し、満足できるまで1時間でも2時間でも
バットを振り続けた。


遠征先では宿舎の部屋が練習場になる。
それは試合後も同じだった。
“部屋っ子”の土井正三にアドバイスを求めながら振るから、
そのスイングは“コーチの目”で見なくてはいけない。
土井によると深夜、真っ暗な中でのバットスイングもたびたびで、
そのまま起きるとバットが直撃する。
土井は目を慣らしてから声をかけて起き上がった。
「練習の大切さを命がけで教わった」と話している。


壮絶だったのは引退の年となった1974年のキャンプ。  
毎日、暗くなるまで1人グラウンドに残って走り、
宿舎ではバットを振った。
  
それは「最後を全力で」という気持ちと、
8歳になった一茂への思いからであった。
「打てなくなった親父を、学校で責められていると思うんだが、
何も言わない。
親父の苦しみが分かる、男になったんだなと思う。
ボウズのために今年は打たなきゃ!」


そんな感動的な話をした直後に  
「足首の肉をあと100グラム落とせばバッチリ」と続ける。
そうすれば、俊敏に動けるようになるということなのだろうが…。
このあたりの“感覚”は、常人には到底理解できない。



 【74年の長嶋】
4月6日、後楽園球場でヤクルト・松岡弘投手から
5年連続開幕戦本塁打を放ち、好スタートを切ったが、
梅雨時になって失速。
6月12日に打率が2割3分7厘まで落ち込み、
翌日の中日9回戦で先発を外れた。
同19日にプロ入り初の1番打者で出場するなど、
首脳陣も長嶋再生にさまざまな手を打ったが
調子は上がらず、10月14日に引退。
最終成績は2割4分4厘、15本塁打、55打点。
打撃成績24位は現役17年で最低だった。