日々様々なスポーツ界での出来事や、気になった記事を取り上げ考えていくブログです。
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手抜きしない
2011年09月07日 (水) | 編集 |
昨年のキャンプで交流したハンマー投げの
室伏広治(ミズノ)が、世界陸上で金メダルを
獲得した。
同い年でお互い故障を克服したトップ選手として、
『トレーニングと節制の成果。すごい』
と感慨を持った。

ただ、そのまま自分の励みにするには、
住む世界が違う。
団体競技の野球なら、個人がトップでなくても、
チームに貢献し、喜びが分かち合うことが
できるからだ。
しかし、今季のアスレチックスは4日現在、
首位から15.5ゲーム差の地区3位と優勝は絶望的。
伸び悩む自分の打撃にも、責任の一端はある。


大リーグでこれほどプレーオフから縁遠い9月は初めて。
その分、アピールに懸命な若手の姿が目に付く。
1番打者で打率が3割近いウィークスや、
大砲候補のアレンらに、
『自信をつけて欲しい。来年が楽しみ』
と目を細める。


1993年。
自身のプロ1年目も、
巨人が優勝戦線から遠ざかり、終盤は長島監督に
3番で起用され続けた。
『あの時は本当に毎日必死だったし、楽しかった。
 今の彼らもそうだろうし、
 いい結果につながっているんだろう』―。


雑な守備など気になる点はある。
『しっかり走るとか守備のカバーとか、
 手を抜かない習慣は今つけないと』―。
一流への基盤をしっかり築いてほしいと願う。


では自分はどうか。

先週のインディアス戦で、7月末にカブスから移籍した
福留と会い、
『生き生きしている。プレーオフ争いはいいな』
という気持ちは抑えられなかった。
選手の幸せはやはりそこにある。


一方、こんな時こそ
『プロフェッショナルとしての使命を全うする』と、
例年以上に強く意識もした。
この数年、優勝争いと縁がないチームで、
『それに悪い意味で慣れるのが一番よくない』―。
日々、勝つための準備と打席を続けるだけだ。


『来年も大リーグでやりたい』と思う自分のために
個人成績に走ることも、
逆に流したプレーもしたくない。

『「今日はいいや」なんて気持ちでやったことは一日もない』―。
少年時代からずっとそうだった。


先週のある試合、好機にファウルで粘る味方に、
ベンチから一人だけ拍手を送っていた。
プロとしてどんな試合も手を抜かず勝利を目指す。
『選手として最低限。
 それを失ってしまったら、金をもらっている資格はない』―。

これ以上、重い答えはなかった。


         読売新聞 2011 松井秀喜  より

                   
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『捕って投げる』当たり前をこなし、選択肢は広がる
2011年06月27日 (月) | 編集 |
一番、心配していたことはスローイングだった。
アスレチックスの松井秀喜が、交流戦で1年ぶりの守備に
ついている。
もちろんスーパープレーを求められているわけではない。
飛んできた打球を、捕れる範囲できちっと捕ってくれるだけでいい。

メルビン監督代行も、そんな思いで先発メンバーに
松井の名前を書き込んだと思う。


しかし、思った以上に松井は守れていた。
21日(日本時間22日)のメッツ戦では、
フェンス際の難しい打球をスタンドにグラブを突っ込んで
好捕した。
打球への判断、捕球技術は、ひざのケガとそれによるブランクを
思わせないものだったといえるだろう。


そしてもう一つ、安心したのが、スローイングだった。

『下半身のケガをしたときに、
 守りで最も影響を受けるのが実はスローイングなんだ』・・・

巨人で守備コーチをしていた故土井正三さんが、
こんなことを言っていた。

『足をケガすると、もちろん動きも鈍くなるし、
 守備力は落ちる。
 でも、なかなか気がつかないけど一番、
 影響を受けるのはスローイングなんだ。
 足を使って投げられなくなる。
 手投げの送球は不安定だし、ボールがシュート回転して
 コントロールも悪くなる』―。


実は昨年、エンゼルスのキャンプを訪れ、
久々に松井の守備練習を見たときに、
スローイングの悪さに驚かされたのだ。

ひざの手術後は、ほとんどまともな守備練習はしていなかった。
もちろんキャッチボールはしているが、
捕球して強い球を投げる、という一連の動作は、
とんとご無沙汰だった。

だから、エンゼルスのキャンプでの送球を見た瞬間に、
土井さんの言葉を思い出したのだった。

22日(23日)のメッツ戦。
松井はニ回、フェンスに跳ね返った打球を素手でつかみ、
素早く二塁に強い送球を投げてみた。
捕って投げられる―。
野球選手として当たり前のことだが、
その当たり前のことが、普通にできることを証明できた。

これでイザという時、松井の選択肢は広がるはずである。


        サンケイスポーツ 『球界インサイドリポート』より
                           鷲田康氏
チームに貢献 「一流」目指す
2010年07月26日 (月) | 編集 |
サッカーワールドカップも無事閉幕。
メジャーへの挑戦を始める前年の2002年、
松井秀喜は日韓大会で日本ーロシア戦と、
ブラジルードイツの決勝を観戦するため、
横浜に足を運んでいる。
『世界のトップを争う戦いを見るのはいい』―。
スポーツからクラッシックのコンサートまで、
『一流』に触れるのは好きだ。

あくまで余暇の過ごし方なのだが、選手として得るものもある。
一観客の立場で一流を経験することで、
『人を感動させることの素晴らしさ』を改めて感じ、
選手として自分もそうあろうと再確認できる。

では、野球選手としての一流とは何か。
『記録とか成績だけでは測れないものを持つこと』と、
価値観の一端を披露する。
やはり大切なのは日頃から繰り返す
『チームの勝利のため』という姿勢だ。
ヤンキースで、主将ジーターに巡り合った。
日頃から積極的に周囲に声を掛け、
試合中も常に試合全体を見渡す目を持つ選手で、

『自分の実力を発揮するのは当然だが、何よりもチームの勝利を
 優先する気持ちが伝わってきた。
 尊敬するに値する』―。  

名外野手のウィリアムズや抑えのリベラ、左腕ぺティットも、
『自分と価値観が同じ』と思える存在だった。

まだ彼らに近づけたとは思わないが、
1試合6打点などMVPを獲得した昨年のワールドシリーズは
本望だった。
『そこで勝つことが目標のチーム。
 一番大事なところで貢献できて、チームメートも
 お客さんもみんな喜んでくれた。
 それが嬉しかった』―。

新天地での今季、開幕当初は自分は好調だったが、
チーム状態は今ひとつ。
だが、5月の不調を経て迎えた6月は、
1日から4日連続複数安打。
チームも首位争いを演じている。
サッカーワールドシリーズには及ばないが、
なかなかの満足感がある。

02年W杯決勝。
2失点したドイツのGKカーンが試合後、
ぼうぜんとゴールポストにもたれて、座り込んでいたのを
覚えている。
カーンがその後どうしたかは知らない。ただ、
『僕はああなっても、その日のうちに感情的な悔しさは
 整理すると思う。
 たとえW杯の選手だったとしても』―。

自分はまだ一流とは思わないというが、
さりとて『二流』の人間に言えることではない。


          読売新聞 『松井秀喜 2010』より
                        
35歳松井秀喜が迎えた岐路
2010年03月07日 (日) | 編集 |
35歳は野球選手にとって、ひとつの曲がり角かもしれない。
『30代前半は野球選手のカルビです』―。
この名言は巨人・長嶋終身名誉監督のものだ。
プレーヤーとして心技体が絶妙のバランスとなり、
脂が乗り切ったカルビのようになる。
選手としての頂点を迎える時期。
それが30代前半だという。
と、なれば35歳とはその頂点を登りつめ、
今度は下り坂に入る年齢となるわけだ。


今季からエンゼルスに移籍した松井秀喜外野手は、
今年の6月に36歳となる。
ミスターの伝でいけば、プレーヤーとしてのカルビは過ぎ、
少し脂の落ちたロースの時代に入っているかもしれない。
アリゾナ州テンピのエンゼルス・キャンプで
そんな松井秀を取材した。
久々に外野で飛球を追う背番号55。
まぶしい光の中で復活に必死の汗を流すが、
その一方でロースとなった不安がないわけではなかった。

『年々、体重が落ちにくくなっている。
 やっぱり歳かなぁ・・・』―。
膝の故障の原因もオーバーウエートにあるのでは、
と指摘するのはミスターだった。

現在の体重は104㌔。
ベストまでまだ3,4㌔は落とさなければならない。
若い頃なら走って簡単に絞れたが、
膝に故障を抱える身ではそれもままならない。
だから、ここからが大変なのである。
『いつもはこの時期から徐々に落ちていって、
 開幕にはほぼベストの体重で入れる。
 でも、ここのところなかなか減らなくて・・・』―。

新天地での再起。
心と技術に関しては何も心配をすることはない。
ただ一つ、体調をどう整えてシーズンに臨めるか。
ウエートコントロールがきっちり成功するか、
それとも太めでシーズンに入ってしまうのか。
簡単そうだが、松井秀にとっては、そこが
今季の運命を握る一つの大きなポイントとなりそうだ。


          サンケイスポーツ 『球界インサイドリポート』より
                              鷲田康氏
貫き通したこだわり
2009年12月19日 (土) | 編集 |
サンケイスポーツ連載
『松井秀喜 世界一までの2486日 ~⑲~』より

アレックス・ロドリゲスのフリー打撃は
見る者に強烈な印象を残す。
引っ張った左翼はもちろん、流した右翼にも飛距離十分の
鮮やかなアーチをかける。
どよめくファンの目を意識しているかのように、
大振りをすることもある。
まさにショータイムだ。

松井秀喜はどうか。  

巨人時代は米大リーグの公認球よりも飛ぶと評される日本のボールを
使っていたとあって、
ピンポン球のように打球を飛ばした。
清原と並んだ宮崎キャンプでのフリー打撃は
名物メニューになったほどだったが、
ヤ軍での光景はというと地味なイメージは拭えない。  

練習でサク超えが減った原因―。  
 
使用球とともにバットに理由がある。
巨人時代からフリー打撃では
約1㌔のマスコットバットを使っている。
実際に試合で使用するタイプよりも約100㌘重い。
スイングスピードもおのずと遅くなり、振りは鈍る。
日本の打撃練習の球速の方が速く、球も軽かったため、
当たったときは飛んだ。
  


大リーグではロドリゲスをはじめとして
ほとんどの選手が、試合用と同じ重量のバットを練習で使う。
松井のファンサービスの意識は高い。
時間が許す限りサインや記念撮影に応じる。
試合用のバットを手にして打撃練習をすれば、
ほかのスラッガーと同じように
ファンを喜ばせることもできるのだろうが、
  
7年間かたくなにマスコットバットにこだわった。  

『プロに入ったときからやっていることですからね。
 理由は単純。
 練習で重いバットを振っておけば、試合では軽く感じる。
 速く振っているという感覚が持てる。
 あくまで気持ちの問題だけどね』―。
  

ゴジラ流の重いバットを使った打撃練習に関心を持ち、
『マスコットバットを分けてくれ』と寄って来る若手もいた。
大リーグでの松井の練習を見学して落胆しないでほしい。
派手な本塁打は試合で打ってくれればいい。


                      構成 阿見俊輔氏