日々様々なスポーツ界での出来事や、気になった記事を取り上げ考えていくブログです。
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“炎のタックルマン”再び!!
2010年11月09日 (火) | 編集 |
“タックルマン”と異名をとった故石塚武生さんの顔が
脳裏に浮かんだ。
キャップ数28を誇る元ラグビー日本代表の名フランカー。
その石塚さんが昨年8月、57歳で突然死するまで
監督を務めていた常総学院が、7日の全国高校大会
茨城県決勝で宿敵茗渓学園を20-19で下し、
20年ぶり2度目の花園行きを決めた。

17-19とリードされた後半ロスタイムに逆転PGを決め、
そのままノーサイド。
昨年も茗渓と決勝で対戦(13-19)し、
試合前選手は『勝って恩返しをする』と
遺影の前で泣いて出陣した。
今年は『勝つまでは泣くな』と誓い合い、
石塚さんが後押ししたような劇的勝利に涙がせきを切って流れた。

1㍍70㌢、75㌔と小さかったが、
筋トレで鍛え上げた鎧の体で外国の巨漢を一発で倒す
石塚さんのタックルにファンは留飲を下げた。
06年から指導した常総学院では『低く刺され』と
極意を伝える一方で、
『こんな走ってばかりで強くなれるのか』と
部員が不満をもらすほど走らせた。
そんな、きつい練習が没後1年たって花を開かせた。

タックルの代わりに腰のヒモを引っ張る、安全なタグラグビー。
その普及のため石塚さんは全国の小学校を回った。
昨夏、生前最後の自身のブログでは、
『これからも時間が許す限り日本全国へ行って指導し、
 日本代表としてW杯にチャレンジする生徒を育てたい』と
つづっている。

まさにラグビーに捧げた一生。
社会人の伊勢丹や母校早大、U-19日本代表などの監督を務め、
『あの子たちを何とか花園に連れて行ってあげたい』と
常総の花園出場も残る大きな目標でもあったという。
息のかかった選手達が“炎のタックル”を
花園で見せてくれそうだ。

        サンケイスポーツ 『甘口辛口』より
                    今村忠氏
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大八木イズム 心が成長
2009年01月07日 (水) | 編集 |
元ラグビー日本代表の大八木敦史氏(47)が高知中央高の
ゼネラルマネージャー(GM)に就任したのは一昨年2月。
それから2年足らずで、勉強やスポーツに挫折した
生徒達を束ね、創部2年目で花園出場を勝ち取った。


大八木GMは伏見工(京都)時代、
山口良治監督(当時)の熱血指導で、花園の舞台を踏んだ。
恩師がラグビーを通じて不良少年達を更生させた話は、
1980年代に人気を集めたテレビドラマ『スクールウォーズ』の
モデルとされている。
今回の花園出場は、当時を連想させる快進撃と話題になったが、
大八木GMは『試行の連続』とまだ、道半ばを強調する。


出身地の京都や、自宅がある神戸ではなく、
高知を指導の場に選んだのは高知中央での講演がきっかけ。
ラグビー部を受け皿に、生徒の健全育成を目指そうと考えた
近森正久理事長に触発された。
  
だが、1年目は、理想と現実のギャップに苦しんだ。
他校や、よそのクラブを辞めた経験のある生徒達は精神力が弱く、
練習もさぼりがちだった。
月の半分近くを高知で過ごし、学校では授業態度を観察した。
実家に帰省したまま戻ってこない生徒を
車で迎えに行ったこともある。
親身に正面から向き合っても、何人かは退部、退学していった。
  


『ラグビーは人生の縮図。
 どうやって生き方のヒントを与えるか』と考え抜いた。
思うように転がらない楕円球を人生に例え、
団体生活での規律、辛抱の大切さを説いた。
  

嫌々ラグビーを始めたという加藤弘幸主将(3年)は、
『自分も成長できたし、チームも成長したと感じている』
と言い切る。
大八木GMは、
『あの時、出会えてよかったと、20年後にでも思ってもらえれば』
と話す。
  

『強いチームとの違いに気づいてほしい』―。
大八木GMは、花園で選手たち自身がその答えを発見する姿を
思い描ていた。


                 12月末 読売新聞より 南恭士氏

現代版 スクールウォーズ
2008年12月19日 (金) | 編集 |
ラグビーの元日本代表、大八木淳史氏がゼネラルマネージャー
(GM)を務める高知中央高が、
創部2年目で全国高校大会への出場を決めた。
昨春、同氏が就任し部員11人でスタート。
いまは21人で、他の高校や部活動で脱落した“落ちこぼれ”の
受け皿でもある『つぎはぎだらけ』のチームを
熱血指導で花園へ導いた。


タレント業のかたわら、大八木氏は母校同志社大の大学院生
(博士課程)として
『地域スポーツクラブによる青少年育成システム構築』を研究し、
論文執筆中。
GM就任も全国大会出場が目的でなく、
研究に沿って
『高知のラグビー普及と、ラグビーを通じて人生の生き方を
 教えたかった』と話す。


主力の1人は全国屈指の強豪校から今春転校してきた。
勝利至上主義にちていけずに脱落したその部員に、
規則で対外試合には出られない半年間、
“プレーイングコーチ”に任命すると
水を得た魚のように動き回った。
反対に退学になった元部員が試合を応援に来たり、
大人たちのクラブチームでラグビーを続けているという。


『部員が出たり入ったりだけど、退学してよそに行っても
 忘れずに見に来てくれたのは本当にうれしい』と
目を細める。
ほかに京都市社会教育委員、香川大客員教授の肩書きもあり
『体がいくつあっても足りない』ほどだが、
年間120日のペースで高知に通い、
『スポーツの教育力』という理念を体現した。

12月6日、組み合わせ抽選が行われた。  
『うちが一番弱いと思うし、強豪相手に恥をかくかもしれないが、
 花園で新たな人生の生き方をつかんでほしい』―。
ラグビー不毛の地から現れた新星の戦いぶりに注目したい。


                  サンケイスポーツ 『甘口辛口』より
                               今村忠氏
“ALL FOR ONE” みんなは1人のために
2008年10月28日 (火) | 編集 |
これが“ALL FOR ONE”(みんなは1人のために)の
ラグビー精神の実践だろうか。

重い心臓病と闘う千葉市の中学2年生、
岩田天晴君(13)が米国で心臓移植手術を受けるために、
ラガーマンの父親の仲間たちが呼びかけた募金が
10月8日現在で1億4149万9257円となり
予定より2ヶ月も早く目標を達成した。


テニスやサッカーが好きで病気知らずだった天晴君は今年2月、
ぜんそくのような症状が出たあと原因不明の
『突発性拡張型心筋症』に襲われ、
一時は生死の境をさまよった。
日本では15歳以下の子供の臓器提供は認められていないため
人工心臓を装着し、東大病院で来年1月の渡米を待っている。


父親の天稙さん(50)は北野高(大阪)で主将を務め京大、
博報堂で活躍したラガーマン。
愛息の病気を知った仲間たちが『天晴君を救う会』をつくり、
両親らと力を合わせ9月から募金活動を始めた。
OB会やクラブへ郵便や電子メールで呼びかけ、
秩父宮や花園など試合場、地元の千葉市などでも協力を仰いだ。


ネット時代だけに、とりわけメールが威力を発揮した。
国内だけでなく海外でメールを受けたOBが地元の日本人チームに
呼びかけると、メンバーが逆に国内のそれぞれの母校などに発信した。
『メールが地球を2周した。
 ラグビーをやっていたのは父親なのに、
 こんなにつながるのかと驚いた』
と会の代表の1人、赤木直人さんは話す。


試合場の募金箱には千羽鶴に折られた紙幣もあった。
世の中捨てたものではない。
全国で同じような病気と闘う子供たちにも夢と希望を与えた。

これからは天晴君に “ONE FOR ALL”の頑張りを期待したい。


                      サンケイスポーツ 『甘口辛口』より
                                      今村忠氏
“ひとり勝ち” 早稲田ラグビー
2008年10月27日 (月) | 編集 |
早大ラグビーは、選手1人1人がとことん考えるのが、
今季のスタイルという。
9月下旬には豊田主将ら幹部19人が、
都内ホテルで2泊3日のミーティング合宿を開いたそうだ。
これからの戦い方について、
例えば主力をケガで欠いた場合など、大学選手権まで考えられる
あらゆるシナリオを想定し、討論を重ねグループ別に発表した。


3日間で約20時間の討論。
特に2日目は朝8時から夜12時まで続けた。
監督就任前、三菱総研に勤務し、組織や地域のリーダーとなる
人材育成研修に携わっていた中竹監督ならではの
ハードな内容だったようだ。
『予定表を見て文句を言っていた学生も、
 始まると熱くなって時間のたつのも忘れていた』と同監督。


シーズン中の練習抜きの合宿もそうだが、
上級生だけでなく2年生のリーダー候補を参加させたのも
他の大学では考えられない。
中竹監督は言う。
『ラグビーへの取り組み方で上級生とは温度差があるが、
 いずれリーダーになるのなら早いうちに理解した方がいい』―。


ピンチにもリーダーを頼らず、それぞれが危機管理能力を
働かせる。
来年、再来年まで見据えたチーム戦略も確固たるものがある。
早大のすきのないチーム作りには脱帽するが、
毎年“ひとり勝ち”では対抗戦の妙味は薄れる一方だ。
他校の奮起も期待したい。


                      サンケイスポーツ 『甘口辛口』より
                                      今村忠氏