日々様々なスポーツ界での出来事や、気になった記事を取り上げ考えていくブログです。
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“異端の投球哲学”を持つ唐川侑己。 その美しすぎるフォームの秘密。
2011年07月21日 (木) | 編集 |
                 中村計 = 文


本気で話してる?

高校時代、インタビュー中に、何度となく、
そんなことを言った記憶がある。

そして、そのたびにこんな風に笑って誤魔化されたものだ。

「よく言われます。人と話してても、『今、流した?』って」

ストレートがこれといって速いわけでもない。
変化球のキレが特別鋭いわけでもない。
それでも7月10日現在、リーグ4位となる防御率1.806を維持している
千葉ロッテの唐川侑己の投球はこう形容されることが多い。

 捕らえ所がない――。

 その「感じ」は、マウンド上だけではない。

 オニギリ。

 成田高校時代、唐川は一部のスタッフと部員からそう呼ばれていた。

どこがどうというわけではないのだが、確かに、帽子を取ったとき、
坊主頭の唐川はノリを巻いた三角形のオニギリを想起させた。
唐川の話しぶりが、ほんわかとした雰囲気を漂わせていたことも、
そのイメージ作りを手伝っていたように思う。

「できるだけ楽をしたいっていうのがあるので」
唐川は、その頃から「力投派」に分類されるタイプの投手とは、
あらゆる面で対照的だった。

「状況とか相手の打者を見て、けっこう手を抜いてます。
 昔からやってましたね、そういうことは。
 できるだけ楽をしたいっていうのがあるので」

高校1年冬、選抜大会出場を控えていたときだ。
対戦したいチームを問うと、こう答えた。

「特にないです。あまり知らないんで、高校野球」

プロ志望ということで、プロに入って対戦したい打者を尋ねたときも、
似たようなリアクションが返ってきた。

「あんまりいいバッターとは対戦したくないですね。
 だって、打たれる可能性もあるわけじゃないですか。
 まあ、やると決まったら、やるしかないんですけど……」

 最後の夏を迎える直前、
「夏に向けて、何か言い残したことある?」
と聞いたときなどはこうだ。

「あ、この前、ランニングしてて、初めて足がつりました。
 運動してなかったからでしょうね。テスト明けで。
 今もけっこうつってる感じです。
 あんまり関係ないですね。はははは」


手ごたえがないものだから、こちらも、つい変に力が入ってしまう。
結果、何となくかわされる――。


~身体能力も低いし、小さい頃の「伝説」も無いし……。~


今、唐川に手玉にとられている打者の姿を見るたびに、
当時のそんな自分の姿が思い出されてならない。

いかにも唐川らしいが、小さい頃の話を聞いても、
一般的なプロ野球選手が持っているような「伝説」の類は
ほとんど出てこなかった。

「跳んだり、走ったりするの、苦手なんです。
 もともとバネがないんで。長距離もそんなに速くないです。
 鉄棒とかもダメですね。身体能力が問われるようなものは全部ダメです。
 父がそうだったみたいで。遺伝子の問題だと思います。
 小さい頃は、二つ上の姉と一緒に野球をして遊んでたんですけど、
 よく顔にぶつけられてました。
 それでも犬みたいについて回っていたんです」

 肝心の野球についてもこう振り返る。

「自分、もともと野球がうまくないんですよ。
 打ったりするのは、今も無理。
 投げる以外のことはまったくダメなんです」

本人の言葉通り、高校時代から、唐川の打席は、
まるでプロ野球の投手が打席に立っているときのように
打つ気配がほとんど感じられなかった。

しかし、かといって唐川はそんな自分を否定しなかった。
それどころか、プラスに変えた。

「腕にはまったく力は入れていません。
 最後に指先にちょっと力を入れるぐらいです。バシッ、て。
 筋力やセンスがなかったぶん、
 人より楽をして投げよう投げようとしていた。
 その結果、こういうフォームになったんだと思います」

この性格があったからこそ、これ以上ないと思えるほど力みのない、
流麗なフォームが身に付いたのだ。

 そして、おそらくは、「捕らえ所のない」投球スタイルも、である。

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育成出身ロッテ岡田 ~夫人の金言“3年理論”
2011年06月28日 (火) | 編集 |
球界には“3年理論”というのが確かにある。

『3年間、きちっとした成績を残して、
 初めて一人前として安心できる』―。

古くは巨人の長嶋終身名誉監督に始まり、
中日の落合監督、マリナーズのイチローや
アスレチックスの松井秀喜・・・。
名だたる名選手たちが、機を一つにしたように
『3年間』を、自分に自信が持てるようになる為の
時間として挙げている。

それと同じことをロッテの岡田に説いていたのが、
素人の由美子夫人だというから驚いた。


岡田は栃木の足利ガスから2009年育成ドラフトでプロ入り。
すでに結婚していた由美子夫人の反対を押し切って、
『2年間で芽が出なかったら、スッパリ諦める』と
プロの門をたたいた。

それが1年目には支配下登録され、
2年目の昨年に1軍昇格し、
日本シリーズ第7戦の決勝三塁打でブレークした。
そして今季は不動の1番として定着、
15日の巨人戦ではファインプレーを連発してヒーローとなった。

その岡田が由美子夫人にいつも言われているのが、
“3年理論”なのだという。

『あんたが天狗になったらおしまいよ。
 常に感謝の気持ちを忘れずに、
 最低3年間は実績を残すまで安心しちゃダメよ』―。

今年のキャンプで取材した岡田は
『僕が今あるのは、嫁のおかげ。
 だからその言葉を肝に銘じて人一倍の練習を
 心掛けています』と頭をかいていた。

もちろん由美子夫人に、プロの根拠があるわけではない。
おそらく、この3年は
『石の上にも・・・』ぐらいの感覚なのだろう。

ただ、岡田にとってはどんな名選手よりも、
夫人の言葉には力がある。
だれにも勝る夫人の言葉が、一流の理論と一致していた。
まさに岡田にとっての金言だった。


育成のスターだった巨人・松本は、
1軍で出場するようになって3年目の今季、
大きな壁にぶつかっている。
山口もまた同様に3年目の昨年が転換点となった。
“3年理論”は確かに存在する。

それを自然と説き、聞き入れている岡田夫人―
恐るべしである。


       サンケイスポーツ 『球界インサイドリポート』より
                       鷲田 康氏

ロッテのファン騒動も一件落着!? ボビーと西岡のチーム愛が溢れた夜
2009年10月14日 (水) | 編集 |
                田口元義 = 文
10月6日、千葉ロッテマリーンズのホーム最終戦。
しかもこの日は、ただのホーム最終戦ではない。
ファンが愛してやまないボビー・バレンタイン監督の退団、
小宮山悟の引退セレモニーが試合後に行われる。

ただ、もしかしたら、何かが起きるかもしれない……と
雨に打たれ陰鬱になりながらも、
ファンはその「何か」を危惧していた。
球団も警備員を倍増させ、荷物チェックも慎重に行い、
場合によっては持ち物を没収する姿勢をとるなど厳戒態勢を敷く。

 ファン、関係者含め、「あの3日間」はそれほど強烈なものだった。

9月25日からのシーズン最後となる
週末のホーム3連戦で事件は起きた。

ライトスタンドに広がったチーム批判の横断幕。
 25日、いくつもの横断幕がライトスタンドを埋め尽くす。

「ファンは無視ですか?」

「フロントは責任とらないんですか?」

「改革の結果=Bクラス」

「つまらないシーズンをありがとう」

見ているこちらがビックリするほど誹謗中傷のオンパレード。
バレンタイン監督の契約解除の問題で、
球団の対応に納得できないファンのフラストレーションが大爆発した。

26日、さらに過激な内容になっていた
横断幕を目の当たりにした西岡剛は、お立ち台でファンに願い出た。

「僕たち選手は一生懸命プレーしています。
 (中略) 本当にロッテを愛しているのなら、
 明日から横断幕を下げてほしい」

このコメントが、一部のファンを逆なでした。
27日は西岡への集中砲火だ。

「二日酔いで試合サボり夢を語るスピードスター」

皮肉や冷やかし混じりの横断幕が掲げられ、
彼が打席に立つとライトスタンドの一角では、
応援拒否の沈黙やアウト・コールを鳴らすなどの行動が見られた。
また逆に、西岡を批判するファンに対してのブーイングや
怒号までが飛び交うようになり、球場は不穏な空気に包まれた。
西岡がこのゲームで走攻守にわたり活躍したにもかかわらず、
結局その嫌な流れはゲーム終了まで止むことはなかった。

バレンタイン監督は
「ロッテファンは世界一だと思っている」。  

試合後の監督室では、当然、この話題でもちきりとなった。
バレンタイン監督は言葉を選びながら、記者の質問に丁寧に答える。

「選手とファンの間に何があったのか分からないが、
 私たちは、千葉ロッテファンは世界一だと思っているし、
 26番目の選手として大切にしている。
 それでもリスペクトできない部分があるのなら、
 我々はもっと真剣にファンのことを考えていかなければならない」

そして、
「一連の横断幕は球団の責任?」の問いについてはこう話した。

「プロ野球を作る上でファンはとても大切。
我々は問題解決に努めてきたつもりだし声も聞いてきた。
それでももし、
言動に問題があったのだとすればみなさんから直接、
ファンに聞いてもらってはどうだろうか」
  
ホーム最終戦。球場でファンの声を拾ってみると……。  

だから、といってはなんだが、ファンの声を聞いた。
私設応援団と交流を持つ若い会社員は、
「あの横断幕はない」と、やや怒っていた。

「今のファンは『強いロッテ』しか知らないんです。
 ボビーをリスペクトしているのは分かるけど、
 僕らはチームを応援するために球場へ行っているわけですから。
 強くても弱くても一丸になってチームを応援する。
 それが本当のファンの姿」

川崎球場時代からロッテを熱烈に応援する自営業の中年男性は
「ファンの気持ちも分かる」と肯定的だ。

「27日はベニーの突然の退団表明にもびっくりしましたけど……
 試合途中から西岡選手の批判に気づきました。
 あそこまではやっちゃいけないと思いますけど、
 気持ちは分かりますよ。
 横断幕を作った人たちは、
 『自分たちは球団から無視された』と寂しかったんですよ、きっと」

横断幕にも西岡にも、チームを愛する「心」があった。  

批判の横断幕を掲げたファンを、新聞記事は
「心ない」と表現していたが、
あれだけ大きな横断幕を作製するにはかなりの時間がかかる。
そこには、「何かを伝えたい」という「心」が確かに存在しているはずだ。

西岡の問題にしても、批判する向きもあるが、
ほとんどが彼を擁護する優しいファンのようだった。
ここにももちろん心がある。

そして、西岡本人にも心がある。
WBC直後の言葉が何よりの証拠だ。

「僕にとっては千葉ロッテのユニフォームを着てプレーすることが
 一番大事なんです。
 そこでファンに認めてもらえて初めて日本代表になれるんやと思います」

代表選手になるならないの前に、まずチームのことを第一に想う。
千葉ロッテの選手にとって一流の証とは、
「ファンに認められる」ことなのだ。

ボビー勇退に際して、マリンスタジアムは一体感に包まれた。
10月6日は、結局、何も起こらなかった。
過激なファンが、
横断幕を警備員に没収されて騒ぎを起こすこともなかったし、
試合中に選手や球団を腕組み睥睨し、
罵声を浴びせることもなかった。

なんだかんだ言っても、
ファンはやっぱり千葉ロッテが大好きなのだ。
だからこそ、ボビー・バレンタインはセレモニーで、
こう力強く宣言したのだと思う。  


「これから私は千葉ロッテのファンです!」

来シーズン、チームの組閣は大きく変わる。
もしかしたら好成績は収められないかもしれない。
ただ、ボビーがファンでいてくれる限り、
あのような横断幕を目にすることは、もうないだろう。



慈善活動を続ける意味
2008年07月08日 (火) | 編集 |
毎日、ロッテ・今江選手のブログを拝見しています。
今日付けのブログ、強く心に響いてきたので、
ここで紹介したいと思います。



七夕の今日、夫婦2人で
千葉市内にある乳児院と児童養護施設へ行って来ました。

前回は児童養護施設だけでしたが、
今回は新生児から、3歳までが生活している乳児院に
初めての訪問。

勿論、赤ちゃんや子供達は、僕の事など全くわからないでしょうし、
どのように接して良いのか?不安もありました。
でも子供たちに会えるのを楽しみに向かいました。

しかし、その不安は一瞬にかき消されました。

それは施設長さんのお話や、
保母さんの人柄や雰囲気にも加えて、
何といっても、赤ちゃん皆の元気な声や、表情を見て、
なんとも言えない気持ちになったからです。

嫁は、その姿を見て、感動してしまい、
目を潤ませていました。

色々な諸事情を事前に聞いていましたが、
そんな事など関係なく
今を必死に明るく生きている
子供達の真直ぐな姿、純粋な瞳、
本当に人の心を打つものなんだと深く深く感じました。

言葉で伝えるのはとても難しく、
感じたことを何と表現したらいいのか。
言葉で簡単に表せる事は出来ません。

心と心の間のものですから。


僕も今日は保父さんに変身!嫁も保母さんに!

おもちゃやボール使って、一緒に遊びました。

ボールはマリーンズキャラクターのまぁーくんや、
りーんちゃん、ズーンちゃん、クールの絵が入ったものを
用意しました。

お絵かきに使ってほしいと思いクレヨンもプレゼント。

最初は怖がっていた赤ちゃんも
次第に心を開いてくれました。
そして今日七夕の笹の葉をプレゼント。
折り紙での飾りも僕ら夫婦で作りました。

飾っていただき、それをバックに一緒に写真撮影、
全員の子供を抱っこして、記念写真を撮りました。

施設長さんからは、
「この子達が卒業する時に渡す記念のアルバムに入れます」
との事。

とても光栄です。
今後も何枚も追加してもらえるようにしたいです。

その後は、児童養護施設のハウスにいきました。
丁度、学校帰りも重なって、
たくさんの子供達とも接する事も出来、
その場が、ちょっとした懇談会と言うか、
サイン会になりました。

嬉しいことに、逆に女の子から手書きの絵の入った
メッセージも貰いました。
本当に優しい子供達ばかりです。

おそらく上は中学生だと思うのですが、皆、
とても行儀良く、挨拶もしっかり出来て、
こちらまで清清しい気持ちになりました。

中に野球の好きな男の子もいて
「一昨日、マリンに行ったんだ」と話してくれました。
本当に有り難い事です。

嫁は嫁で、女の子から似顔絵をもらったり、
キャラクターのメモ帳をもらったり、
女の子ならではの話をしていました。

その後も、庭でキャッチボールをやったりと
本当に素晴らしい時間を過ごさせて頂きました。

グローブをはめ、野球をする姿をみて嬉しくなりました。
野球をずっと続けてほしい。

帰り際も最後まで送ってくれて、
「また来てね!頑張ってね!」と言ってくれました。

本当に嬉しかった。


その帰りの車の中、先程までの事、
そして今後について嫁とたくさんの話をしました。


僕は今、このようにプロ野球選手になる事が出来ました。
それは、多くの方々のお陰だと思って常に感謝しています。


その気持ちを今度は行動にして
社会にお返ししていきたいと思っています。

これはかつてからの僕だけでなく、嫁と二人の想いです。  

偉そうな事や、かっこつけるつもりもさらさらありません。
小さな事かもしれませんが、自分達で出来る事をやっていきたい。


今何ができるか、自分に問いかけ、
今後も活動をしていくつもりでいます。

このようなお話を、
今日一日で、説明する事は難しすぎて言えません。


でも地道に、そして少しずつ皆さんにお話していきたいと思います。
そして皆さんにも、
応援して頂けるような輪を広げていければ幸いです。
  
またこのようなご報告をさせてください。


さて、最後に、帰り際、子供達から
「明日のファイターズ戦、絶対に勝ってね」と言われました。

この約束を守らなければ!!!

その為にも、皆さん、いつもの熱い声援で
僕の背中を後押ししてください。

皆さんの期待と、子供達との約束。

本当に今日はたくさんの子供達から
たくさんのパワーをもらいました。

今度はグランドで僕がパワーを与える番です!
頑張ります。




今江選手は、以前から慈善活動を個人的に行っています。
『奉仕の心』『社会に貢献できる心』を
若くして持てるなんて、
本当に素晴らしく感心させられます。
社会生活とはかけ離れた世界の“プロ野球選手”としての活動が、
プロ野球界を開かれた世界としてファンを招きいれ、
地道ではありますが、社会貢献への意味をファンに伝え
選手達、チーム全体が、ファンとの身近な存在であって
ほしいと思います。


今江選手、ガンバレ!!







陸上部仕込みの制球力
2008年06月12日 (木) | 編集 |
ロッテの先発として、3勝をマークしている新人唐川。
彼の特徴はベテラン顔負けの制球力だが、
  
その土台となる下半身は、
金メダリストを生み出した陸上部で鍛えられている。
  


唐川は、千葉・成田高校の出身。
もちろん、野球部に在籍していたのだが、
1年の秋、
尾島治信監督のアイデアで、女子マラソンの増田明美、
ハンマー投げの室伏広治らを生んだ
全国トップレベルの陸上部に預けられることになった。
  
監督は、振り返る。  
『たまたま、陸上の先生と一緒に唐川の練習を見ていたら、
 「もったいない」と言われた。
   
 要するに、体がうまく使えていないと。
 その一言で、「じゃぁ、おまえ、見てくれよ」と』―。
  
他部への“一時移籍”という斬新な強化策は、
その時から、始まった。
  


唐川は冬場の3ヶ月間、週3回のペースで陸上部で練習。
ハードルを歩いて越え、くぐるメニューなどをこなし、
主に足の付け根の筋肉を鍛えたという。
  


迎えた春のセンバツ。
2年生エースの唐川は初戦で、いきなり完封。
  
『見たこともないピッチングだった。
 ステップ幅が広がって、軽く投げてもボールがいく感じ』―。
監督は、陸上トレの成果に驚いた。
  


高校の部活動で、部間の垣根を越えて協力し合うケースは珍しい。
プロ野球では専門的なトレーニングコーチがつくが、
高校の場合、肉体強化の面で陸上部のアドバイスを受けることは、
確かに有益だ。
尾島監督は、その点、かなり柔軟な思考を持っている。

『私の指導で足りないものがあるなら、
 頭を下げても、教えてもらおうと思っている。
 バスケットボール部の足さばきなんかも、
 内野の足さばきに応用できると考えています』―。


唐川の与えた四球は、6試合でわずかに4。
18歳の精密なコントロールが、高校の部活のあり方にも、
ヒントを与えているような気がする。


                     読売新聞 『熱視線』より
                               荒井秀一氏