日々様々なスポーツ界での出来事や、気になった記事を取り上げ考えていくブログです。
スポンサーサイト
--年--月--日 (--) | 編集 |
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
メジャー挑戦日本人内野手 求められる二塁手の資質・・・
2010年10月25日 (月) | 編集 |
日本人選手がメジャーで遊撃手としてプレーすることは、
ほぼ無理だと思った。
それを実証するような、すごいプレーを見たのだ。
ナ・リーグ優勝決定シリーズの第4戦。
同点の9回、フィリーズの先頭打者の放った三遊間のゴロを、
ジャイアンツのウリペべ遊撃手が深い位置で好捕。
そのままノーステップで一塁にノーバウンド送球をして刺した。

この超美技で9回を無失点に切り抜けたジャイアンツは、
その裏、ウリペがサヨナラ犠飛を打ち上げ、
リーグ制覇に王手をかけた。

『日本人には無理です』
こう日本人遊撃手の可能性を否定したのは、
ロッテの井口だった。
井口自身はダイエー(現ソフトバンク)時代に
遊撃手から二塁に転向。
05年にホワイトソックスに移籍後も二塁手としてプレーしてきた。
だが、ニ遊間でコンビを組んだメジャーリーガーを
つぶさに見て、この結論に達したという。
『身体能力が違いすぎる。
 単純な肩の強さだけでなく、捕球してから、
 そのまま踏ん張って投げられる下半身と体幹の強さ。
 メジャーではそういう体の強さを一番求められるのが、
 ショートなんです』―。

過去には西武でゴールデングラブ賞を4度もとった松井稼が、
メジャーでは遊撃手としては全く通用せず、
二塁にコンバートされた。
遊撃ばかりか、三塁手として海を渡った元ヤクルトの岩村も、
二年目には二塁手となった。

この事実が何を示すのか?
それはこれからメジャーに渡る日本人内野手に求められるのは
二塁手としての資質で、
メジャーのスカウトたちも、
必ず二塁手としての適性をチェックしているということだった。

ポスティングシステム(入札制度)でのメジャー移籍を希望する
ロッテの西岡も、おそらくメジャーでは
二塁を守ることになるはずだ。
06年の第1回WBCでは、ソフトバンクの川崎に
正遊撃手のポジションを譲り、西岡は二塁手に回ってプレーした。
あの時は、『なぜ自分が二塁なのか』と
おもってかもしれないが・・・。
今は逆に、そこでそつなく二塁をこなせたことが、
メジャーを狙う西岡の魅力になるのかもしれない。


     サンケイスポーツ 『球界インサイドリポート』より
                       鷲田康氏
スポンサーサイト
パイレーツ入りの岩村明『新天地ではチームリーダーに』
2010年01月25日 (月) | 編集 |
                   津川晋一 = 文  


流浪の俳人・種田山頭火は『人生即遍路』という言葉を残したが、
昨季、天国と地獄を味わったこの人にとっては
『野球即遍路』なのかもしれない。
パイレーツの岩村明憲が年末年始を使って、
故郷・愛媛もルートに入っている
四国八十八カ所の巡礼をしたのだ。


~白装束と杖の“お遍路さん”スタイルでスタート~

「2009年はケガをしてしまったので、
 キャンプインにむけて故障のない良い一年にするために、
 体も心も清めたいと思った。
 チームも変わったし、新天地での意気込みもあるしね」と、
寺院が開いている毎朝7時から夕方5時まで、
自ら車のハンドルを握り、
コンビニのおにぎりをほお張りながら、精力的に寺を巡って行く。


~チーム一の高年俸選手となる岩村に寄せられる期待の大きさ~

昨年は本当に波瀾万丈だった。
春先に歓喜のWBC連覇を味わったが、
5月には左ひざ靭帯の部分断裂で残りシーズン絶望とも言われた。
だが奇跡的な回復力で8月末にメジャー復帰。
そしてオフに入り、レイズからパイレーツにトレードで移籍した。
そんな岩村が、巡礼中に足を止めて見入ったのは不動明王像。
「逞しくカッコいい不動心に憧れる。僕の理想とする姿です」と、
山中の崖によじ登って、眼前の巨大な石像に想いを馳せた。

今季からプレーするパイレーツでは重要な役目を担うことになる。
弱小レイズをリーグ優勝に導いたリーダーシップを期待するからこそ、
首脳陣はチームトップの年俸485万ドル(約4億4000万円)となる
岩村を招聘した。
かつて世界一5度の名門も、今では17年連続負け越し中。
白装束の下にパイレーツのウエアを着込んだ岩村は、
巡礼に訪れたすべての寺で必勝祈願をしていたに違いない。


~『不屈の何苦楚(なにくそ)魂』で4季目のメジャーに挑む~

行程の半分を終えて、雪の降りしきるなか絵馬に座右の銘の
『何苦楚(なにくそ)魂』をしたためた。
そしてその頭には『不屈の』の三文字が加わっていた。
「八十八カ所、そして(満願成就のため参拝する)高野山を回って
 最後にそういうものになっていればいい。
 魂にもっと磨きをかけて、
 どんなことにも折れない心を持つことが大事」と
意図を明かしてくれた。

最初は棒読みだった般若心経も
「だんだん読めるようになってきたね」と笑顔の岩村。
八十八カ所を巡り終え、
1月下旬の高野山の“お礼詣で”まで修行の旅は続く。

奥ゆかしき侍
2010年01月18日 (月) | 編集 |
いつになったら発表されるのか。
カブスを退団した田口壮外野手のオリックス入りを待ち望む
一人として“先延ばし”にいらぬ心配をしている。
将来的に米球界で指導者になる夢を持つ田口が、
ギリギリまで米残留を模索し、
代理人もより好条件を求めているため、
合意が遅れているとも。
ただ、オファの可能性は低く、
自信満々の岡田監督を信じても良さそうだ。


今や日本球界は誰もがメジャーに行きたがる時代に突入。
その中で異彩を放つスタイルを貫いてきたのが田口だ。
出場機会が減ろうが、マイナー落ちしようが、
日本球界復帰の選択肢を排除し続けてきた。
この点では出場機会を求めて阪神入りした城島と
対極に位置する。


心底『ベースボール』を愛する男は昨シーズン、
新たな体験をした。
マイナーのシーズンが終了した9月末にメジャー初昇格。
初打席で三振したが、
『久々の打席でも8球粘れた集中力』を
自身のブログで自画自賛している。
『打てない理由を集中力のなさと言い訳してきたが、
 それは誰のせいでもなく自分のせい。
 18年かかってやっとわかった』と。


野球の奥深さを教えてくれるコメントだ。
例年ならオリックスの施設で自主トレをしている時期だが、
今年は姿を見せてない。
『今の立場じゃ、迷惑をかけちゃう』―。
なんと奥ゆかしい。
それでいてイチローに負けない人望がある。
岡田監督のオリックス再建を、ぜひ手伝ってあげて欲しい。


将来、本当に指導者の道を歩むときこそ、
日米のどちらを選ぶかで思い切り時間をかけて悩んでもらえれば・・・。
今は一日も早い発表を。
18年かけて得た財産を、くじけぬ闘志を日本の選手に
伝えてもらいたい。


            サンケイスポーツ 『甘口辛口』より
                       上田雅昭氏
    
バイクに頼らざるを得なくなった下半身強化トレ・・・
2009年07月04日 (土) | 編集 |
右ひじの違和感で故障者リスト入りした
オリオーズ・上原が、
腱の部分断裂という重症だったことが分かった。


メジャー1年目。
ただでさえ慣れない環境で、シーズン序盤に左太ももの
裏側を傷めた。
『下(半身)がすべてでしょう』―。
本人が語ったように下半身をかばって投げた結果、
ひじに負担がかかった。
それが復帰は早くても8月の終わりという大きな故障に
つながった。


ずっと気になっていたことがある。
ここ数年、上原の下半身強化のトレーニングで
バイクを頼ることがおおくなっていた。
もともと、上原はよく走る選手だった。
しかし、最近は下半身の故障に悩まされた。
それでも鍛えなければならない。
テーマの折衷案がバイクでの強化だった。


同じように下半身のケガと戦うヤンキースの松井秀喜は
こう話す。
『ランニングとバイクは全く違うトレーニング。
 バイクでは自分の体重という負荷がかからないし、
 本当の意味で下半身の強化にはならない』―。


一方、横浜の工藤にはランニングの持論があるという。
走るという行為は、単に下半身の筋肉を鍛えるだけではない。
走っている間に体が宙に浮き、
バランスを保つために体幹の筋肉を使う。
この動きが下半身はもちろん、
体全体を鍛えることにつながるわけだ。


上原もそのあたりは十分に分かっていたはずだ。
それでも下半身に爆弾を抱えながらマウンドに立たなければ
ならないとなると、
折衷案でもバイクに頼らざるを得なくなっていた。


野球選手にとって『走る』ことは、
食事をするのと同じぐらいに当たり前のことでもある。
その食事がまともにとれず、
栄養剤で何とか生き延びようとしても・・・。

下半身強化をバイクに頼るようになった選手は、
選手生命のピンチである。


            サンケイスポーツ 『球界インサイドリポート』より
                   スポーツジャーナリスト・鷲田康氏
大ケガ 笑って『何苦楚魂』
2009年06月10日 (水) | 編集 |
これぞ、彼が座右の銘とする『何苦楚魂』だと思った。
左ひざ靭帯の断裂で今季中の復帰が絶望となってもなお、
レイズの岩村明憲は言った。

『これでオレの野球人生が終わるわけじゃない。
 だからこそ前向きに、落ち込まず、笑ってやっていきたい』

何苦楚とは、苦しみも自分の礎になるという意味。
名将・三原脩氏(故人)の
『何苦楚日々新也(なにくそひびあらたなり)』
という言葉が起源で、
岩村がヤクルト時代に右手首を故障した際、
師匠として仰ぐ中西太氏から聞き、岩村が『魂』の一字を加えた。


その魂が今、燃えている。
悲運に見舞われたのは5月24日の試合。
併殺守備中に、二塁上で走者に激しくスライディングされ、
ひざや足首の靭帯を損傷する大ケガを負った。
自分の不注意が招いた怪我ではない。
だが、スライディングをした選手への恨み節は一切、なし。

『彼が今後も頑張ってくれることが、
 自分のリハビリの頑張りにもつながる。
 オレはそんなに小さくねえ』―。
どこまで強い選手なのだろう。


昨季、前年の最下位からリーグ優勝を果たしたレイズで、
走攻守の牽引役となった岩村は、
『彼なくして昨年の成功はなかった』(フリードマン)と
評される存在だ。
今年もケガをするまで44試合で打率3割1分、8盗塁と好調だった。
3年契約の最終年で、来季の選択権は球団側にあるが、
マドン監督は、こう言っている。
『アキ(岩村)はレイズにとって大きな選手だ。
 彼がいないのはさびしい。
 早く良くなって、また野球を続けてほしい』―。


手術、リハビリを経て、野球が出来る体に戻るのは、
来年以降になる見通しだ。
『必ず復帰する。(二塁の)ポジションを明け渡すつもりはない』―。
まだ30歳。
何苦楚魂なら、きっと出来る。


                     読売新聞『メジャー’09』より
                                 岡田卓史氏

相手走者による大ケガ。
誰かのせいにすることで現実逃避し、自分の心を慰め癒す。
“自分は悪くない!!”と。
でも岩村選手は前だけを向いている。
起こった出来事を後悔したり、人のせいにしないで、
これからの自分がどうすればいいか、
少しずつやるべきことに前向きに取り組んでいます。
気持ちの強い選手です。
完全復活する日を心待ちしています。

岩村選手に応援メッセージを是非送って下さい!!
くじけず前を向き、突き進んでいる姿に!!
“何苦楚魂!!”