2009年11月24日 (火) | 編集 |
永谷脩 = 文
捕手はよいリードができるかどうかで、
バッティングの調子も左右されるといわれる。
打たれた投手のことを考えていては、
自分のバッティングどころではないというわけだ。
しかし、巨人の阿部慎之助は例外だろう。
バッティングの冴えが、投手への強気のリードとなって現れる。
中大時代からバッティングセンスを高く評価されていた阿部だが、
インサイドワークについては疑問視されていた。
シドニー五輪で捕手として起用されることが少なかったのもこのためだ。
野手に転向させたらという声もあったが、
本人は納得せず、捕手で獲ってくれる巨人に入団した。
しかし、捕手として投手をかばって献身的に尽くすよりは、
スターが並ぶ強力打線で、一緒になって打ちまくるタイプ。
「ストライクが欲しい時に、
投手に何を投げさせるか考えて打席に立っている」
という阿部の言葉に、
そのメンタリティーがよく表れている。
阿部が入団した頃の巨人には絶頂期の投手が多かった。
少々、大雑把なリードでも球威で抑えてしまえた。
ベテラン投手の中には、大胆なリードを好む者もいて、
若い捕手を鍛えるというより、おもしろがって好きにさせてくれた。
'02年日本シリーズでの対西武4連勝は、
初球から平気でフォークを要求する阿部の配球に
西武ベンチが面食らったのが勝因のひとつだろう。
だが、意外性に富むリードは相手に研究されれば脆(もろ)い。
巨人の先発投手が球威の落ちた終盤に一発を浴びる
ケースが多いのは、
阿部の繊細さよりも大胆さを求めるリードに原因があるように
見えてしまう。
これまで力のある投手が揃った環境で育ってきたことで、
苦労知らずのリードとなっているところがあったのかもしれない。
阿部がリードの手本にしている中日の谷繁元信の配球哲学は
「基本の応用に意外性がある」というもの。
阿部は試合後に野球日記をつけている。
最近は、そこにバッティングのことよりも、
リード面の記述が多くなってきているという。
今シーズン、天性の打撃面で目立っているが、
その裏で打たれて勉強したリードを心掛けている。
捕手はよいリードができるかどうかで、
バッティングの調子も左右されるといわれる。
打たれた投手のことを考えていては、
自分のバッティングどころではないというわけだ。
しかし、巨人の阿部慎之助は例外だろう。
バッティングの冴えが、投手への強気のリードとなって現れる。
中大時代からバッティングセンスを高く評価されていた阿部だが、
インサイドワークについては疑問視されていた。
シドニー五輪で捕手として起用されることが少なかったのもこのためだ。
野手に転向させたらという声もあったが、
本人は納得せず、捕手で獲ってくれる巨人に入団した。
しかし、捕手として投手をかばって献身的に尽くすよりは、
スターが並ぶ強力打線で、一緒になって打ちまくるタイプ。
「ストライクが欲しい時に、
投手に何を投げさせるか考えて打席に立っている」
という阿部の言葉に、
そのメンタリティーがよく表れている。
阿部が入団した頃の巨人には絶頂期の投手が多かった。
少々、大雑把なリードでも球威で抑えてしまえた。
ベテラン投手の中には、大胆なリードを好む者もいて、
若い捕手を鍛えるというより、おもしろがって好きにさせてくれた。
'02年日本シリーズでの対西武4連勝は、
初球から平気でフォークを要求する阿部の配球に
西武ベンチが面食らったのが勝因のひとつだろう。
だが、意外性に富むリードは相手に研究されれば脆(もろ)い。
巨人の先発投手が球威の落ちた終盤に一発を浴びる
ケースが多いのは、
阿部の繊細さよりも大胆さを求めるリードに原因があるように
見えてしまう。
これまで力のある投手が揃った環境で育ってきたことで、
苦労知らずのリードとなっているところがあったのかもしれない。
阿部がリードの手本にしている中日の谷繁元信の配球哲学は
「基本の応用に意外性がある」というもの。
阿部は試合後に野球日記をつけている。
最近は、そこにバッティングのことよりも、
リード面の記述が多くなってきているという。
今シーズン、天性の打撃面で目立っているが、
その裏で打たれて勉強したリードを心掛けている。
2009年11月21日 (土) | 編集 |
〜つねに競争にさらされるきびしい環境が選手を育てる〜
育成といっても、支配下の二軍選手と練習の上で違いはない。
ただメニューは同じでも、機会には微妙に差がつけられている。
【 大田泰示 】
1990年6月9日、広島県生まれ。
東海大相模高時代に通算65本塁打。
'09年、ドラフト1巡目で入団。
6月21日のロッテ戦で豪快な3球三振の一軍デビューを果たした。
「打者でいえば、特別強化選手、大田泰示なんかがそうですが、
彼らは年間600打席立ってもらうように考えている。
つぎのランクの選手は400打席。
投手でもエース級なら80イニングから100イニング、
それより下ならもうすこし少なくという具合で段階をつけています」
機会は与える。
しかしそれは本人の達成度によって違ってくる。
単に実力だけではない。
シリウス、フューチャーズを率いるキム・キイテ監督
(北京五輪韓国代表打撃コーチ)は、
礼儀やユニフォームの着こなし、
練習への取組みなど精神的な要素にも目を配る。
「若いときは、きれいな気持ちで野球に取り組むことが大事なんです」
礼節も評価の対象なのだ。
育成は機会を与えてくれる優しい制度に思える。
しかし、期限が区切られ、報酬も十分とはいえず、
つねに競争にさらされ、評価されつづける。
評価の関所が増え、選手にとってはきびしい。
きびしいからこそ山口、松本も出てくる。
育成の旗振り役である清武は去年暮れ、
著書を出した。
タイトルは『巨人軍は非情か』。
本人にもそうした自覚はあるのかも知れない。
育成といっても、支配下の二軍選手と練習の上で違いはない。
ただメニューは同じでも、機会には微妙に差がつけられている。
【 大田泰示 】
1990年6月9日、広島県生まれ。
東海大相模高時代に通算65本塁打。
'09年、ドラフト1巡目で入団。
6月21日のロッテ戦で豪快な3球三振の一軍デビューを果たした。
「打者でいえば、特別強化選手、大田泰示なんかがそうですが、
彼らは年間600打席立ってもらうように考えている。
つぎのランクの選手は400打席。
投手でもエース級なら80イニングから100イニング、
それより下ならもうすこし少なくという具合で段階をつけています」
機会は与える。
しかしそれは本人の達成度によって違ってくる。
単に実力だけではない。
シリウス、フューチャーズを率いるキム・キイテ監督
(北京五輪韓国代表打撃コーチ)は、
礼儀やユニフォームの着こなし、
練習への取組みなど精神的な要素にも目を配る。
「若いときは、きれいな気持ちで野球に取り組むことが大事なんです」
礼節も評価の対象なのだ。
育成は機会を与えてくれる優しい制度に思える。
しかし、期限が区切られ、報酬も十分とはいえず、
つねに競争にさらされ、評価されつづける。
評価の関所が増え、選手にとってはきびしい。
きびしいからこそ山口、松本も出てくる。
育成の旗振り役である清武は去年暮れ、
著書を出した。
タイトルは『巨人軍は非情か』。
本人にもそうした自覚はあるのかも知れない。
2009年11月21日 (土) | 編集 |
〜育成選手に必要なのは自分の役割を見抜く眼力〜
【 松本哲也 】
1984年7月3日、山梨県生まれ。
山梨学院大附属高、専修大を経て'07年、
育成ドラフト3巡目で入団。
昨春キャンプからバットを担ぐような独特の打撃フォームに
坂本のあとを打つことの多い松本も、
育成という「器」がなければプロに入っていたかは疑問だ。
「契約金は無しで年俸240万円という条件も知っていましたが、
声をかけてもらったんだからと決めました」
プロに入ったら育成も支配下も同じだ。
負けたくない気持ちは人一倍強かった。
だが、それだけでなくチーム事情をしっかり見抜く目も持っていた。
「チームは脚の速い選手を必要としている。
自分がアピールできるのも脚だ。それはいつも考えていましたね」
スピードある若手を起用して、
チームカラーを変えようとする時期に立ち会っていることを
理解していたのだ。
育成の選手は、まず支配下に入らなければならない。
しかも期限がある。
支配下になっても一軍までは遠く、
レギュラーとなるとさらに遠い。
がむしゃらにやるのももちろんだが、
ただ周りを見ずに進んでも遠回りをする。
なにが求められているのかを理解すること。
育成という「身分」が松本にそうした目を持たせたのかもしれない。
〜ダルビッシュに食らいついた松本哲也の闘争心〜
もっとも松本が育成にいた期間は短かった。
1年目の春季キャンプで俊足と守備力を買われて支配下に入る。
2年目には一軍に昇格して、3試合だけ出場した
(初打席の走塁で自慢の脚を骨折してしまったが)。
この年から打撃フォームの改造に取り組み、
今年は飛躍的に確実性を増した打撃で
レギュラーポジション争いの先頭に立っている。
「育成で入団したこともあるし、
1打席だけで骨折して二軍に落ちたこともあって、
絶対に落ちないぞという気持ちは強いですね。
育成出身だからこそ怠けたら下がる一方だというのが
身に染みている」
交流戦では、ダルビッシュ有から2安打して勝利に貢献した。
気持ちの強さを評価する人は多い。
育成の現場を預かる育成部統括ディレクターの松尾英治は
育成選手の闘争心に注目する。
「はい上がろうとする気持ちはやはり強いですね。
気持ちが前面に出る」
30センチ近く身長の違うダルビッシュに食い下がった
松本の打撃など、闘争心が露骨なくらいに見てとれた。
【 松本哲也 】
1984年7月3日、山梨県生まれ。
山梨学院大附属高、専修大を経て'07年、
育成ドラフト3巡目で入団。
昨春キャンプからバットを担ぐような独特の打撃フォームに
坂本のあとを打つことの多い松本も、
育成という「器」がなければプロに入っていたかは疑問だ。
「契約金は無しで年俸240万円という条件も知っていましたが、
声をかけてもらったんだからと決めました」
プロに入ったら育成も支配下も同じだ。
負けたくない気持ちは人一倍強かった。
だが、それだけでなくチーム事情をしっかり見抜く目も持っていた。
「チームは脚の速い選手を必要としている。
自分がアピールできるのも脚だ。それはいつも考えていましたね」
スピードある若手を起用して、
チームカラーを変えようとする時期に立ち会っていることを
理解していたのだ。
育成の選手は、まず支配下に入らなければならない。
しかも期限がある。
支配下になっても一軍までは遠く、
レギュラーとなるとさらに遠い。
がむしゃらにやるのももちろんだが、
ただ周りを見ずに進んでも遠回りをする。
なにが求められているのかを理解すること。
育成という「身分」が松本にそうした目を持たせたのかもしれない。
〜ダルビッシュに食らいついた松本哲也の闘争心〜
もっとも松本が育成にいた期間は短かった。
1年目の春季キャンプで俊足と守備力を買われて支配下に入る。
2年目には一軍に昇格して、3試合だけ出場した
(初打席の走塁で自慢の脚を骨折してしまったが)。
この年から打撃フォームの改造に取り組み、
今年は飛躍的に確実性を増した打撃で
レギュラーポジション争いの先頭に立っている。
「育成で入団したこともあるし、
1打席だけで骨折して二軍に落ちたこともあって、
絶対に落ちないぞという気持ちは強いですね。
育成出身だからこそ怠けたら下がる一方だというのが
身に染みている」
交流戦では、ダルビッシュ有から2安打して勝利に貢献した。
気持ちの強さを評価する人は多い。
育成の現場を預かる育成部統括ディレクターの松尾英治は
育成選手の闘争心に注目する。
「はい上がろうとする気持ちはやはり強いですね。
気持ちが前面に出る」
30センチ近く身長の違うダルビッシュに食い下がった
松本の打撃など、闘争心が露骨なくらいに見てとれた。
2009年11月21日 (土) | 編集 |
〜育成枠は、チームが選手を育てる力を試される制度〜
最初の育成ドラフトで他球団が採用しなかった
山口をすくい上げたことで、
ジャイアンツの「慧眼」ぶりに注目が集まった。
FA補強、トレードで「カネに飽かせて」と批判を浴びてきた
ジャイアンツのフロントからすれば、
「どうだ」と胸を張りたいところだろう。
「たしかに山口などは育成という器を作ったから採用できた人材です。
テスト時には、133kmのストレートしか投げられなかったんだから、
支配下で獲るのはむずかしい。
だから、彼の成功例はこうやって育てればいいんだという
ひとつのモデルになっている」
そういいながらも、
清武は育成という仕組みを思いのほか冷静に見ている。
「どの球団もジャイアンツのようなやり方を取っているわけじゃ
ありません。
二極化しているといったほうがいい。
スワローズやファイターズは育成枠をあまり使わず、
少数の有望な選手をドラフトで獲って、
その選手たちに集中的に機会を与えるやり方です」
どちらがよいのかという競争に、球団自体もさらされているわけだ。
「それに選手のほうも、
高卒の時点で育成で採用されるよりも、
大学、社会人を経て、契約金をもらってプロに入るほうが
いいと考える選手もいる。
むしろそれが主流かもしれない。
だから育成枠というのは、プロの選手を育てる力を試されてもいるんです」
〜ジャイアンツでは久しく見かけなかった光景〜
今のところ、ジャイアンツの「育てる力」はつぎつぎに花を咲かせている。
今年は山口についで松本哲也が一軍に定着し、
センターの定位置を奪う勢いだ。
7月には育成と支配下を2往復したドミニカ共和国出身の
ウィルフィン・オビスポが初先発初勝利をあげた。
人懐こい性格で、「オビちゃん」と呼ばれて親しまれている
オビスポが先発した試合は、
「オビちゃんを勝たせろ」とばかりに同期入団の坂本が大活躍を見せた。
考えてみれば、坂本も高校生ドラフト1位とはいえ、
いわゆる「外れ1位」で、
指名の際には疑問の声がなかったわけではない。
最初の年は大半をファームで過ごした。
苦労をともにした選手が仲間をサポートするといった光景は、
最初からスターで入ってきて定位置を取る選手の多かった
ジャイアンツでは、久しく見かけなかったものである。
最初の育成ドラフトで他球団が採用しなかった
山口をすくい上げたことで、
ジャイアンツの「慧眼」ぶりに注目が集まった。
FA補強、トレードで「カネに飽かせて」と批判を浴びてきた
ジャイアンツのフロントからすれば、
「どうだ」と胸を張りたいところだろう。
「たしかに山口などは育成という器を作ったから採用できた人材です。
テスト時には、133kmのストレートしか投げられなかったんだから、
支配下で獲るのはむずかしい。
だから、彼の成功例はこうやって育てればいいんだという
ひとつのモデルになっている」
そういいながらも、
清武は育成という仕組みを思いのほか冷静に見ている。
「どの球団もジャイアンツのようなやり方を取っているわけじゃ
ありません。
二極化しているといったほうがいい。
スワローズやファイターズは育成枠をあまり使わず、
少数の有望な選手をドラフトで獲って、
その選手たちに集中的に機会を与えるやり方です」
どちらがよいのかという競争に、球団自体もさらされているわけだ。
「それに選手のほうも、
高卒の時点で育成で採用されるよりも、
大学、社会人を経て、契約金をもらってプロに入るほうが
いいと考える選手もいる。
むしろそれが主流かもしれない。
だから育成枠というのは、プロの選手を育てる力を試されてもいるんです」
〜ジャイアンツでは久しく見かけなかった光景〜
今のところ、ジャイアンツの「育てる力」はつぎつぎに花を咲かせている。
今年は山口についで松本哲也が一軍に定着し、
センターの定位置を奪う勢いだ。
7月には育成と支配下を2往復したドミニカ共和国出身の
ウィルフィン・オビスポが初先発初勝利をあげた。
人懐こい性格で、「オビちゃん」と呼ばれて親しまれている
オビスポが先発した試合は、
「オビちゃんを勝たせろ」とばかりに同期入団の坂本が大活躍を見せた。
考えてみれば、坂本も高校生ドラフト1位とはいえ、
いわゆる「外れ1位」で、
指名の際には疑問の声がなかったわけではない。
最初の年は大半をファームで過ごした。
苦労をともにした選手が仲間をサポートするといった光景は、
最初からスターで入ってきて定位置を取る選手の多かった
ジャイアンツでは、久しく見かけなかったものである。
2009年11月21日 (土) | 編集 |
〜ヤンキースのように獲り、カープのように育てる〜
山口の支配下選手登録に待ったをかけた代表の清武は、
育成制度の旗振り役、実質的な創設者である。
「直接のきっかけは'04年、'05年の低迷です。
特に若い戦力がなかなか育たない。
そのためにチームの空気もよどんでいた。
本来なら支配下選手70人の枠を取っ払い、
見込みのありそうな選手をどんどん獲って競争させたいところ
なんですが、すべての球団の賛同を得るのはむずかしい」
そんな時、広島カープの鈴木常務のアドバイスを得て、
育成というシステムを思いついた。
支配下には入れない、契約金も出さない。
ただし、いっしょに練習はさせるし、
試合への出場機会も球団が準備する。
期限は3年。その間に支配下で採用されなければ契約は打ち切る。
「チーム編成はFAやトレードのような補強と自前で育てるのと、
両方のバランスが取れなければ失敗する。
ヤンキースのように獲り、カープのように育てる。
それがわれわれの理想なんです」
なんと欲張りな。もちろん、ジャイアンツの強化が最大の目標ではある。
だが、それと同時に、育成のシステムを考えた背景には、
日本球界全体の選手強化の仕組みに危機感を持っていたからだ。
「ファームの試合は年間100試合そこそこ。
若くて経験を積まなければならない選手が一軍よりも
40も試合が少ないんです。
これではなかなか成長しない。
例えば、坂本勇人は新人の年、ファームで330打席ほど打ちましたが、
レッドソックスのルーキーは1年で500打席は経験する。この差は大きい」
〜ジャイアンツは新たな育成チームを発足させた〜
現状のファームの枠組みでは自前で戦力を育て上げるのには限界がある。
それはジャイアンツに限らず、他球団にも共通する悩みである。
それを少しでも解消しようと、
清武が中心になって新しいチームが誕生した。
ジャイアンツを中心にイースタンリーグの所属チームから選手が集まる
フューチャーズと、
マリーンズと合同で育成と若手の選手で構成されるシリウスである。
「今までの二軍をアメリカの3Aになぞらえれば、
フューチャーズは2A、シリウスは1Aに当たります。
今年はフューチャーズは44試合、シリウスは24試合を予定しています」
従来の70人の支配下選手にくわえ、
ジャイアンツは12人の育成選手を抱える。
その選手たちに、相応の出場機会を与えるには
新チームの創設は欠かせなかったのだ。
フューチャーズはイースタンリーグで試合のない1チームと戦い、
シリウスはクラブチーム、社会人チームと試合をする。
将来的には地域リーグとの交流も生まれるかも知れない。
山口の支配下選手登録に待ったをかけた代表の清武は、
育成制度の旗振り役、実質的な創設者である。
「直接のきっかけは'04年、'05年の低迷です。
特に若い戦力がなかなか育たない。
そのためにチームの空気もよどんでいた。
本来なら支配下選手70人の枠を取っ払い、
見込みのありそうな選手をどんどん獲って競争させたいところ
なんですが、すべての球団の賛同を得るのはむずかしい」
そんな時、広島カープの鈴木常務のアドバイスを得て、
育成というシステムを思いついた。
支配下には入れない、契約金も出さない。
ただし、いっしょに練習はさせるし、
試合への出場機会も球団が準備する。
期限は3年。その間に支配下で採用されなければ契約は打ち切る。
「チーム編成はFAやトレードのような補強と自前で育てるのと、
両方のバランスが取れなければ失敗する。
ヤンキースのように獲り、カープのように育てる。
それがわれわれの理想なんです」
なんと欲張りな。もちろん、ジャイアンツの強化が最大の目標ではある。
だが、それと同時に、育成のシステムを考えた背景には、
日本球界全体の選手強化の仕組みに危機感を持っていたからだ。
「ファームの試合は年間100試合そこそこ。
若くて経験を積まなければならない選手が一軍よりも
40も試合が少ないんです。
これではなかなか成長しない。
例えば、坂本勇人は新人の年、ファームで330打席ほど打ちましたが、
レッドソックスのルーキーは1年で500打席は経験する。この差は大きい」
〜ジャイアンツは新たな育成チームを発足させた〜
現状のファームの枠組みでは自前で戦力を育て上げるのには限界がある。
それはジャイアンツに限らず、他球団にも共通する悩みである。
それを少しでも解消しようと、
清武が中心になって新しいチームが誕生した。
ジャイアンツを中心にイースタンリーグの所属チームから選手が集まる
フューチャーズと、
マリーンズと合同で育成と若手の選手で構成されるシリウスである。
「今までの二軍をアメリカの3Aになぞらえれば、
フューチャーズは2A、シリウスは1Aに当たります。
今年はフューチャーズは44試合、シリウスは24試合を予定しています」
従来の70人の支配下選手にくわえ、
ジャイアンツは12人の育成選手を抱える。
その選手たちに、相応の出場機会を与えるには
新チームの創設は欠かせなかったのだ。
フューチャーズはイースタンリーグで試合のない1チームと戦い、
シリウスはクラブチーム、社会人チームと試合をする。
将来的には地域リーグとの交流も生まれるかも知れない。


