日々様々なスポーツ界での出来事や、気になった記事を取り上げ考えていくブログです。
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今年の抱負
2014年01月20日 (月) | 編集 |
夢は諦めてはいけない。

真すぐに前向きな気持ちで
取り組んでいたら、

必ず見ている人がいる。

見つけてくれる人が絶対現れる。

それまで腐らず、

奇麗な気持ちで素直に好きな事に
一生懸命頑張れば良い。

自分と時間に負けてはいけない。

自分の決めたことだから。


昨日、必勝祈願に
ある神社へ参拝に行きました。

今日は年明け初のお墓参りに行き、
昨年から行き始めた
勝利の神様が祀られている神社へ参拝。

気持ちを新たに
最後の高校野球を
めいいっぱい頑張って欲しいです。

同期みんなで
最高の年にしたいです‼︎
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End of the day
2013年12月22日 (日) | 編集 |
目指したものが 自分とはあまりに
かけ離れてて
どぅせあそこには 届くはずが
ないんだって吠える
「なんとかなるさ」「ケ・セラ・セラ」
「It's gonna be alright」
そんなフレーズさえもとんだ戯言に思える

End of the day 昨日と変わらぬ1日が
End of the day また過ぎる

いつか いつの日か そぅ言ってやり過ごして
気が付きゃロスタイム
で、慌てるから乞食は貰い損ねる
甘えて過ごした 子供の頃と根底は同じ
今日も一からの
いやマイナスからのスタートを切る

End of the day 少しも前に進んでない
End of the day また同じミス

Oh no! Oh Yes!
あと一歩のとこまで きっと来てる
そぅやって言い聞かせて
もっと もっと
輝ける日は来る きっと来る
もぅ少し そぅ信じて


競争しながら
人は切磋琢磨していくんですか?
その理想論が また人の上に人をつくる
なんてデカイ話にすり替えて
何かを否定しなくちゃ
もぅ可哀想なくらいに
自分がちっちゃく思える

End of the day
どのくらいの価値があるんだろう?
End of the day 今の自分に

Oh No! Oh Yes!
本当はもぅ掴んでて 届いてて
気付いてないだけ
もっと もっと
羽ばたける日は来る きっと来る
あともぅ少しそぅ信じて

Oh No! Oh Yes!
あと一歩のとこまで きっと来てる
そぅやって言い聞かせて
もっと もっと
輝ける日は来る きっと来る
もぅ少し そぅ信じて

Oh No! Oh Yes!
本当はもぅ掴んでて 届いてて
気付いてないだけ
もっと もっと
羽ばたける日は来る きっと来る
とりあえずそぅ信じて
あと少し そぅ信じて


無くしたものと手にしたものを
秤にかければ
きっと圧倒的に前者に傾くと知ってる
でも明日は来るさ
寒い夜にだって終わりは来るさ
太陽は昇り
どんな人の上にもまた新しい 暖かな光

Mr.Children
狙い球絞り投手の特徴つかむ
2013年12月08日 (日) | 編集 |
〜ボール球を振らない為に心がけた2つの対策〜

「松井秀喜氏 野球考」 より

〜打者と投手の攻防〜

米大リーグでは来季からビデオ判定の
適用範囲が広がる。
明らかな間違いを正すのはいいこと
だと思う。
これでいかなる場合も
審判員が絶対なのは、
ストライクとボールの判定だけになる。

打者と投手の攻防は、
ストライクゾーンの上に成り立つ。
1試合平均300球近くの判定だから、
球審による違いは出るし、
試合の中でも変わる。
それでも僕は、自分の中にある
ストライクゾーンは変えなかった。


例えば外れたと思った外角球が
ストライクになる。
だが球審が取るからといって
そこを意識しなかった。
外にゾーンが広いメジャーの外角いっぱいは、
狙ってもそぅ打てない。
だから失投が来る前提で、
自分に届く範囲内で外角を意識した。
2ストライク後も自分のゾーンは広げず、
球をより長く見るといぅ意識だけ変えた。
それで厳しい球をカットできたりする。


野球経験者なら
「ボール球を振るな」
と言われた事があるだろう。
「振るな」と言うのは簡単だが、
必要なのは、振らない為の対策だ。


僕の場合、鍵は二つだった。
狙いを絞り、
悪球に手を出す確率を低くする。
そして、打席での目付けを工夫する。
目付けとは、
端的に言うと投手の特徴を
どぅつかむか。

リリース直後の球を見て、
打者の手元でどの辺に来るかを
予測する。
軸となる速球の軌道で投手の手から
捕手までラインを引き、
その周辺の甘いところを待つような
意識だ。


ストレートという言葉にだまされる人が
多いが、
「まっすぐ」は、あり得ない。
直球でなく速球。
投手によって速球は
沈んだり右や左に流れたり球筋が違う。

例えばリリース時点で真ん中に来ると
思っても、打ち寄りに流れる軌道なら、
真ん中を捉える為には
外寄りと思った球を打ちにいく。

打席でいかにその感じを掴むか。

あとはそこを基本的に対応する。

変化球は遅い分、
対応の時間はある。

ただ、投手も工夫するし、
コンマ何秒の世界。


結論を言うと、
ボール球を振らないと、
ボール球を振らない打者はいない。

永遠のテーマだと思う。


サンケイスポーツより
復活‼︎
2013年12月05日 (木) | 編集 |
皆さん、
お元気でしたか⁉︎


色々と諸事情があり、
なかなかブログを更新する事が
出来ませんでしたが、
近日、
復活したいと思っています‼︎


とにかく、
このブログを通して
ご縁のあった方々と
また楽しく交流出来る事を
願っています(^人^)


7年前の12月15日、
このブログを始めて、
また一から新しい気持ちで
スタート‼︎
甲子園で泣く選手は大成しない!? プロ入りした後の活躍を検証する
2012年11月09日 (金) | 編集 |
中村計 = 文


 初めて聞く「価値基準」だった。

ずいぶん前の話になる。
プロ注目の高校生投手が、夏の甲子園で早々に負けたときのことだ。
試合後、ある放送局の記者に
「今、感謝の気持ちをいちばん伝えたい人は誰ですか?」と聞かれ、
その投手は涙をこらえ切れなくなってしまった。

よく見る光景ではある。
うがった見方をすれば、テレビ取材でありがちな
「泣かせるための質問」でもあった。

すると、近くにいた記者が「幻滅した」と吐き捨てるように言った。
いわく、「甲子園で負けて泣くようなヤツは、プロでも大成しない」と。

~一流のプロ野球選手の多くが甲子園で涙を見せていない!?~

そのときは、そういうものかと思いつつも、
そんな見方に抗う気持ちもあった。
涙にもいろいろな種類があるし、
あまりにも杓子定規に過ぎると思ったのだ。

ところが、そのとき号泣した選手は、
大学、社会人を経て何とかプロ野球選手にはなったものの、
時代を経るごとに輝きを失い、
今では高校時代のスケール感はすっかり影を潜めてしまった。
わかりやすくいうと、ぱっとしないのだ。

それからというもの、心のどこかで、
そんな視点で選手を見るようになった。


~負けたとき、この選手は、どんな表情を見せるのか――。~


近年で、もっとも大量の涙を流した選手といえば、
'09年夏、準決勝で敗れた花巻東の菊池雄星(西武)だろう。

 慟哭。

そんな表現がぴったりなほど、菊池は激しい泣き方をした。

結論を下すのは時期尚早ではあることは承知の上だが、菊池も、
前評判からすると、ここまでは結果を出せていない。

確かに、プロで一流と呼べる成績を残している選手の多くは、
甲子園で涙を見せていない。


~甲子園で負けた瞬間でさえ笑う……堂々とした選手。~

'92年夏、2回戦で5連続敬遠を受けて敗れた
星稜の松井秀喜(レイズ)の泰然たる態度は
今や語り草になっているし、
'95年夏、準々決勝で敗退した
PL学園の福留孝介(元ホワイトソックス)も
驚くほど淡々としていたと聞いたことがある。

実際に目撃した例でも、
東北のエースだったダルビッシュ有(レンジャーズ)は、
2年夏('03年)に決勝戦で敗れた時はそれこそ号泣していたが、
3年夏('04年)は3回戦で最後の打者になったものの、
見逃し三振をした瞬間、笑みさえ浮かべていた。

'06年夏、早実との決勝戦で敗れた
駒大苫小牧の田中将大(楽天)もそうだった。
斎藤佑樹の真っ直ぐに空振り三振を喫し、ゲームセット。
そして、打席の中で、やはり笑っていたのだ。

 彼らが泣かなかった理由――。

 悔いがなかったから。
 感情を制御できていたから。
 甲子園はあくまで通過点で、もっと先を見ていたから。
 だいたいそんなところだろう。

2つ目と3つ目は、プロで活躍するのに必要な資質だ。
そういう意味では、泣いてしまう選手は、
やはりプロ向きではないのかもしれない。


~甲子園で号泣した堂林翔太が、いま活躍している理由とは?~

しかし現在、甲子園で号泣した選手が大活躍している。
今季、広島のサードに定着している堂林翔太だ。

高卒3年目の野手で、ドラフト2位ということも考えたら、
ここまでの働きは二重丸をつけていい。

'09年夏、日本文理との決勝を戦い終えた中京大中京のエースだった堂林は、
お立ち台で泣きじゃくっていた。

「最後まで投げたかったんですけど……
 情けないんですけど……すいませんでした」

 甲子園史上、優勝して謝った投手など堂林が唯一ではないか。

その試合の堂林は、先発しながらも調子が今一つで
いったんライトに回っていたのだが、
9回表、10-4と大量リードしていたこともあり再びマウンドに上がった。
ところが、再び打ち込まれKO。
その後、リリーフがしのぎ、チームは10-9で何とか逃げ切ったが、
堂林の乱調で、あわや優勝を逃すところまで追い込まれてしまったのだ。

 プロに入って、彼の性格はどちらに転ぶのか。

 密かに注目していた。


~単に泣くだけでなく「とにかくよく泣く」堂林の凄さ。~

堂林は練習試合などでもよく悔し涙を流していたそうで、
追いかけていたあるスカウトが、そんな堂林の涙に
「妙に惹かれた」と語っている記事を読んだことがある。

つまり、そのスカウトは、
堂林のそんな性格を好意的にとらえていたのだ。

そうなのだ。
冒頭で紹介した選手も、決して「軟弱」だったわけではないと思う。
ただ、純朴ではあった。

涙を弱さと捉えると否定的な見方になりがちだが、
泣くということは激しさの裏返しでもある。
純粋でも、とことん純粋であれば、
それはエネルギー源になるのだ。
堂林は、まさにそんな選手だった。

だからこそ、入団してから2年間、
まったく一軍での出番がなかった悔しさをバネにし、
3年目、ここまでの成績を残せているのだ。

そう言えば、勝って大泣きした選手がもうひとりいた。
'06年夏、やはり全国優勝した早実のエース、斎藤である。

斎藤は、試合が終わり、応援スタンドにあいさつに行こうとした瞬間、
普段は無口な部長に「お疲れさん」と肩を叩かれ、
感情が一気にあふれ出してしまったのだ。

 彼の涙も、やはり激しさの裏返しだった。

「甲子園で泣く選手=プロでは成功しない」――。

この法則は、まったく的はずれではないものの、
やはり絶対的なものでもないのかもしれない。